Komeiji's Diary《完結》   作:ptagoon

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第119季4月10日─私にとっても厄日でした─

 第119季4月10日

 

 もし乾燥わかめを水に入れておいて置いたらどうなるか分かりますか? 

 

 私の部屋に来たお燐はいきなりそんな事を言いだした。当然、私は困惑し、何も言うことができない。彼女の言いたいことは分かる。心を読んでいるのだから、分からないはずがない。それでも、彼女がどうしてそんな例えをするのかが分からなかった。

 

「水の中に乾燥わかめを入れたら、増えるんですよ。だから、地底に骨を放置したら、増えるに決まってるじゃないですか」

「決まってませんよ」

 

 八雲紫が食料調達を言い渡してきてからの間、結局私は碌な行動もとれずに過ごしてきてしまった。後悔が押し寄せてくる。今までの私は、どこか楽天的に考えていたのだ。きっとどうにかなるだろう。もしどうにかならなくても、流石の八雲紫も許してくれるだろう、と高をくくっていた。みすみす地霊殿の主である私を死に追いやるようなことはしないはずだ、とそう思っていたのだ。だが、よくよく考えれば、その“地霊殿の主を死に追いやるようなこと”を平気でやるのが八雲紫であり、それによる憐れな被害者を私は何人も見てきた。だから私は、宿題をためこんだ寺子屋の生徒よろしく、かなりの危機感を覚えていた。地底に溢れる骨の件については考えている余裕なんて、ない。

 

 それで私はお燐に言ったのだ。地底に溢れる骨の件については、あなたに一任する、と。

 

「そんなこと言われても、あたいにはわかりませんよ」

「でも、お燐は死体が好きなんでしょ。だったら、骨のことも」

「分かりませんよ!」

 

 フシャーっと威嚇をするように歯を剥き出しにした彼女は、びしりと指を立てた。その仕草は、あの子にそっくりだった。

 

「死体と骨は全然違うんですよ。死体は魅力に溢れていますが、骨はただの骨です」

「日本酒と焼酎ぐらい違いますか?」

「なんですかその例え。意味わかんないですよ」

 私も分からない。

 

「ご主人様にも分かるように言えば、あれですよ。死体が団子で、骨が串みたいなものです。大事なのは外身なんですよ」

「よく分かりませんが」

 彼女の死体についてのこだわりは、私の想像以上のようだった。

 

「とりあえず、もしお燐の死体が骨だけになったら、団子でもあげますよ」

「もしそうなったら、お願いします」

 

 苦笑いをしたお燐は、その場にすとんと座り込んだ。赤毛の二本の三つ編みを猫のようにぶんぶんと振り回し、大きな欠伸をしている。人型でそのような仕草をすると、だらしなくみえる、と注意しても、彼女は一向に治す気はなさそうだった。

 

「とういより、最初はお燐が骨をばら撒いているのかと思いましたよ」

「え? どうしてですか? あたいが犯人な訳ないじゃないですか」

「犯人じゃなくて、悪戯っ子ですよ」

 

 というよりも、私はお燐がその“悪戯っ子”であってほしかった。そうであったら、この面倒な問題から解放され、食料調達に集中できると思ったのだ。お燐には、ちょっとした、それこそ一週間トイレ掃除をさせるくらいで、いいだろうと思っていた。

 

「だけど。そもそも骨が増えて、何か困ることがあるんですか?」

 当然の疑問をお燐が言ってきた。

「私も特には無いとは思ってましたし、今も思ってますが」

「思ってますが?」

「ちょっと、まずくなってきました」

 

 やる気満々で骨をいじくる星熊の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「どうやら一部の妖怪が反感を持っているらしいんですよ。“俺たちの領域で下らないことをしやがって”って」

「それ、本当ですか?」

「心を読んだので間違いないです」

 

 彼らはそこまで怒っているわけではない。それこそ、ヤマメが以前大けがを負った時のように、犯人を殺してやる、と意気込んでいるなんてことはないのだ。ただ、それでも不満がたまり始めている。

 

「だから、別に真相を暴く必要なんてないんですよ。あくまで、地霊殿は頑張って原因を探してますって、アピールできればいいんです」

「なら、ご主人様がやればいいじゃないですか」

「私は忙しいんで」

 

 なんで、そんな嘘をつくんですか、と彼女は心でそう思っていた。逆に、なんで嘘だと思われているのか、と文句を言いたくなる。仕事に明け暮れ、八雲紫の無理難題に応えている私が忙しくないはずがないのに。

 

「ほら、前言った食料調達があるじゃないですか。それが大変なんです」

「私だって忙しいんですよ。ペット達が脱走していて」

「脱走?」

 そんな話は聞いたこと無かった。

 

 お燐は、詳細を語らなかった。語るよりも心で伝えるのが早いと判断して、状況を思い出していた。

 それによると、最近ペットの数が減っているようだった。それ自体は別に珍しいことではないらしい。亡くなったり、ふらっといなくなったりしたりすることは今までも普通に起きていた。だが、最近は行方不明となるペットが増えているようだった。といっても、動物は自由気ままにいなくなるものであるし、ペットとはいっているものの、勝手に住み着いたものであるから、そこまで気にしていない、とのことだった。

 

 そこまで気にしていない。意図的に彼女は心でそう問いかけていたが、本心はそうでは無かった。心配のあまり、夜も眠れていない。いなくなった彼らは無事だろうか。もし無事じゃなかったとしても、せめて弔ってあげたいな、と心の底から心配していた。

 

「つまりは、あなたより私の方が、よっぽど忙しいってことじゃないですか」

 

 ペットの件について、特に対策をしていないなら暇じゃないですか、と喚き立てる。彼女の暗い気分を吹き飛ばすように、あえて明るく笑った。

 

「なら、ご主人様は食料をはどれくらい集めたんですか」

 

 それを彼女も分かってくれたのか、同じように軽口を返してきた。だが、私は言葉が詰まってしまう。どれくらい集まったか。全く集まっていない。正確に言えば、全くということはなかった。昨日の晩御飯の残りくらいならあるし、へそくりのお菓子もある。だが、そんなのはある内に入らないだろう。

 

「ねえ、お燐」

「はい」

「人間って、骨を食べられたりしないかしら」

「もし食卓に骨が出てきたら、号泣しますよ」

「奇遇ですね、私もです」

 

 思わず、ため息を吐いてしまう。これならいっそ、今からでも血の池に落ちた方が、まだマシなのではないか。鬼達に入ったと嘘をついたとばらされるよりは、自分からそうした方がいいのではないか、とそう思うほどに私は困っていた。八雲紫が恨めしくて仕方がない。きっと、彼女は遊び半分で言っているのだろうが、私にとっては死活問題だ。文字通り、死ぬか生きるかの問題なのだ。

 

「どうしたもんですかね」

「八雲紫に頼まれたんでしたっけ、食料」

 お燐が心配そうにこちらを見上げてくる。

「あれ、言いましたっけ」

「聞きました。でも、そんなの無視しちゃえばよくないですか?」

 

 彼女に恩がなければ、弱みが無ければ、私もきっと彼女のそんな面倒な命令など無視しただろう。だが、鬼に嘘をばらされるよりは、ましだ。もしばらされたら、どうなるだろうか。あらあら、古明地さんだめじゃないか。きちんともう一度血の池に入りましょう。そのように言われるだろうか。いや、絶対にない。キスメとヤマメを陥れた恨みは、全く晴れていない。彼らにとって、血の池に落とすのはかなりの妥協案、もしくは伊吹萃香の策略によって、しぶしぶ納得したものであって、本来ならば、殺したかったはずだ。

 

 だから、あの日の宴会の名前が、“古明地に一泡吹かせる会”だったのだ。つまり、彼女たちにとって、私を血の池に入れるのは、少しお灸をすえる程度のものとしか映っていなかったに違いない。それすら私が逃れたと知ったならば、彼らは何をするだろうか。恐ろしくて、考えたくもない。

 

「とはいうものの、食料を集めろだなんて、無理なんですけどね」

「そうですね」

 

 お燐は人の姿のまま、私に向かい飛び込んできた。喉をゴロゴロと鳴らしながら抱きついてくる。怪我が治ったばかりで、痛む体をなんとか動かし、彼女を支える。急にどうしたの、とは言わない。彼女が何も考えず、嬉々として抱きついてくるのは珍しいことじゃなかった。火車としての妖怪の本能なのか、猫としての本能なのかは分からない。が、可愛らしいから問題ない。

 

 お燐を膝に乗せたまま、天井を見上げる。彼女の喉を撫ででやるだけで、彼女は嬉しそうに身をよじった。やはりペットは癒しだ。お燐を撫でている今だけは、すべてを忘れることができる。八雲紫の理不尽な命令も、どこからか湧き出る無数の骨のことも、そしてこれから訪れるであろう苦難に関しても、考えなくてすむ。甘味と同じくらいに、私を癒してくれる。そのペットの大半を私は知らないというのが、皮肉なものだが。

 

「ねえ、ご主人様」

 膝の上のお燐が、甘ったるい声を出し、私を見上げてきた。その目はくりくりとしており、光の反射で輝いている。

「ちょっと、あたいの部屋に来ませんか?」

 そんな顔で言われれば、断ることなんて、できなかった。

 

 

 

 

 

 私の部屋を出たとき、廊下には誰もいなかった。珍しい。いつもであれば、あの子がペットの部屋をあちらこちらと行き渡ったり、もしくは書斎から自分の部屋へと大量の本を運んでいるのだが、今日はいない。また、八雲紫から貰った外の世界の本でも読んでいるのだろうか。頼むから、推理小説はもう読んで欲しくないが。

 

「そういえば、お燐は血の池地獄って知っているんですか?」

 

 ふと、そんなことを口に出していた。別に大して意味があったわけではない。単純に、疑問に思ったのだ。私がそこに落とされると知った彼女が、どういう反応をしたのか、知りたかった。

 

 ああ、知ってますよ。と淡々と言う彼女の心に動揺が無かった。それがどうしたんですか? と逆に眉をひそめているくらいだ。

 

「いえ、私がそこに落とされると知っていた割には、随分と落ち着いていたな、と思いまして」

「ああ。いえ、大丈夫だと分かっていたので」

 

 どうして大丈夫だと分かったか。彼女の心に浮かんだそれは、全く大丈夫という根拠になってなかったが、それでも彼女はそう思ったらしかった。やっぱり、信頼されているのだなあ、と私は思いを馳せた。

 

「さとり様なら、何とかしてくれると、そう思ったんです」

「なんとか、ですか」

 

 本当に何とかなるのか、と問い詰めたくなってしまう。が、彼女にそれを言うのはお門違いだ。これは自分が蒔いた種である。やっぱり自分で解決しなくてはいけない。だが、肝心の解決方法が分からなかった。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にかお燐の部屋の前へとたどり着いていた。正直に言えば、入りたくない。多種多様な死体が陳列された部屋に好んで入りたがるような奴がいるのだろうか。もしいるならば、私と代わって欲しかった。だが今更、用事があると言って抜け出すことはできないだろう。というより、がっちりと手を掴まれ、離してくれる気はなさそうだった。彼女からしてみれば、自慢のコレクションを見せつけたいのだろうが、私からしてみれば迷惑なだけだ。ただ、わくわくと期待に胸を躍らせている彼女を前に、そんなことはできない。

 

 決死の思いを込めて、がちゃりとドアノブを回し、ゆっくりと扉を押す。薄暗い空間に光が差し込み、段々とその部屋の全貌が露わになっていった。

 

 その部屋に、大きな悲鳴が木霊した。耳をつんざくような、甲高い声だ。無数にある死体の異様さに驚いた私が、その恐怖に耐えかねて、つい声を上げてしまった、のではない。

 

 悲鳴をあげたのはお燐だった。

 

 固く握っていた私の手を振り払い、一目散に部屋のなかへと入っていく。そこで、慌ただしく、きれいに並べられた棚をいったりきたりし、そこに置かれているものを確認していた。彼女の心は焦りと、困惑と、そして悲しみに包まれていた。その理由は、部屋に入ってすぐに分かった。

 

「ど、どうしよう」

 

 尻尾をへたりと地面につけた彼女の声は震えていた。目には涙が浮かび、懇願するようにこちらを見上げている。カタカタと震えたその姿を見ると、こちらまで悲しくなってくる。彼女の頭を抱え、抱き寄せる。

 

「何があったんでしょうか」

「分からないわ」

 

 ヒックと涙を必死にこらえようとしているのか、辛そうにすすり上げた彼女を抱いたまま、私は部屋をぐるりと見渡した。そこには、前来た時と同じように、綺麗な木目の棚が所狭しと並んでおり、ワインセラーのようだった。だが、肝心のワインがない。ワインではなく、その外側のボトルだけになってしまっていた。

 

 つまりは、死体が全て骸骨へと変わっていた。

 

「せっかく……集めたのに。どうして」

「お燐?」

「そんな……なんでさぁ」

 

 おいおいと泣き続ける彼女を宥めながら、私は何が起こったのかを考えていた。どうして死体が骨に変わってしまったのか。腐ったのか。いや、お燐は今までずっとそのままの姿で死体を安置できていた。どうして。地霊殿に溢れる骨と何か関係があるのか。

 

 そこで、一つの考えが浮かんだ。それは、あまりにも突拍子もないもので、普通に考えるとあり得ないことだった。が、一度そう思ってしまったら、そうとしか思えなくなる。

 

 誰かが物を骨へと変えているのではないか。

 

 そんなことができる奴がいるかも分からないし、やる目的も分からない。だが、そうとしか思えなかった。もしそれが本当だとすれば、それはかなりまずい。だが、今はそれよりも、お燐を宥めなければならなかった。

 

「あたいの、死体が」

「まあ、落ち着いてください」

「でも!」

 

 ふるふると震える彼女の頭をゆっくり撫でる。彼女の悲しみは想像に難くなかった。私だって、大事にとっておいた団子を地面に落としたら悲しくなる。

 

 大丈夫、と声をかけながら懐を漁る。目当てのものがあることを確認し、ほっと息を吐いた。

「まあ、とりあえず」

 泣きはらした目でこちらを見てくるお燐に向かい、微笑みかけた。

「団子、いりますか?」

 いります、と小さく呟いたお燐は、しぶしぶとそれを口に放り込んだ。

 

 

 

 大泣きしたお燐だったが、しばらくすると、落ち着きを取り戻し、すみませんでしたと小さく頭を下げた。

 

 その時の私は、今日は大変だったな、と一日を振り返り、お燐と共に食卓へと向かっていった。ちょうど晩御飯時だったのもあるし、泣き叫ぶお燐を宥めるのに体力を使ったので、お腹が空いていた。お燐もどうやら私と同じようで、お腹ぺこぺこです、と精一杯の微笑みを浮かべていた。だが、この後に悲劇が起こるとは、まるで考えてもいなかった。

 

「あ、遅いじゃん。何があったの」

 部屋に入ると、お空がぼけっと座っていた。どうやら彼女は一人でご飯を待っていたようだ。いつもであれば、私たちのことなど差し置いて勝手に食べてしまうというのに、どうしたのだろうか。

 

「いつものように一人足りないですけど、先に食べちゃいましょうか」

 基本的に私たちは、お燐とお空と古明地姉妹の四人で食卓を囲んでいた。とはいうものの、古明地姉妹のしっかりしている方は、しっかりしているはずなのに、落ち着きがなく、なんだかんだいない時が多々あった。最近では、その頻度が多いように思える。今日の食事当番は彼女だったはずだが、きちんと用意しているのだろうか。

 

 そう思い、机の上に置かれた鍋の蓋を開ける。そこには、いつものような暖かいご飯ではなく、最近では見慣れてしまったものが置かれていた。どうして、と呟いてしまう。

 

「あー!」

 

 呆然としている私たちを他所に、廊下の外から声が聞こえてきた。例の、落ち着きのない彼女の声だ。ドアのすぐそこで叫んでいるのか、その声はよく響いた。

 

「ご飯がどういうわけか骨に変わっちゃったから、今日のご飯はないよー」

 

 ご飯が骨に変わるようなことがあるのか。どういうことなのか、さっぱり分からない。ただ、私の頭の中では、一つの疑惑が膨らみつつあった。

 本当に誰かが、何かが物を骨へと変えているのか。そう思わずにはいられない。

 

 急いで外に出て、扉を開く。廊下の遠くで、スキップをしている彼女の姿が見えた。本当に呑気なものだ。ただ、ほんの少しだけ聞こえた“あと少し”という彼女の心の声には、どこか緊迫感があり、違和感を覚えた。が、それもすぐに掻き消える。廊下の奥で、思いっきり尻餅をつく可愛らしい姿が見えたのだ。

 

「あと少しで、スキップしながら廊下を渡り終えたのにー」と叫ぶ声が、聞こえてくる。

 

 私は何も言わずに扉をしめた。呆然と椅子に座っている二匹のペットを見て、それから鍋に入った大量の骨を見る。まさか、本当に骨へと変わってしまったのか。もしそうだとしたら、大問題ではないか。地底崩壊の危機だ。だが、それよりも早く私たちの胃袋が崩壊しそうだった。

「お腹空いたよ~」

 私たちが今できることは、そう言いながら、わんわんと号泣することだけだった。




お燐がそこまで悲しんでいるなんて、思いませんでした。

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