Komeiji's Diary《完結》   作:ptagoon

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─八雲紫には、本当に辛いことをさせてしまいました─

─曜日くらい書いて下さい─

 

 さいきんは地底も暖かくなってきたんだ。いいよね、やっぱり。こんなに暖かいと、私の心まで暖かくなってきちゃう。え、それはない? なんでさ。私に心なんてないから? ひどい! わたしを心ない妖怪のように言うだなんて、しつれい過ぎる。わたしは心ある優しい妖怪なんだよ。知ってた? ねえ、なんか答えてよ。

 

 まあいいや。でも、こんな急に地底が暖かくなるなんて、びっくりだよね。もともと暑かったけど、勝手にお茶が沸くほどじゃなかったもん。やったね! 本当にへそで茶を沸かせるようになったよ。またこんどやってみよう。

 

 こんなに暖かいんだったら、すこしくらい地上に分けてあげてもいいかもね。譲り合いのせいしんは大切だよ。わたしだって、おいしいものを貰えたらうれしいもん。ま、味わかんないんだけどね。

 

 ああ。でももういいのか。むかしは地上、けっこう寒かったらしいけど、今はそうでもないんだっけ。たしか、八雲紫がそう言ってた。いや、言ってなかったっけ。あんまり覚えてないや。そうそう。そうだった。今日は八雲紫がきたんだった。そのせいで日記を書いているんだったよ。すっかり、忘れてた。

 

「あなた、どうしたの?」

 

 いきなりわたしの部屋に来るなり、こう言い出したんだよ。すごい顔してさ。なんか、恐ろしいものを見たような顔だったねあれは。ソファに座ろうとしていたのに、あまりに驚いたからか、びみょうな格好でかたまってたもん。

 

「言いたいことはいろいろあったのだけれど」

 いつものように急に現れたことを謝りもしなかったんだ。まあ、いいけど。

「あなたの変わりようが一番びっくりよ」

「変わってないよ。もともとこんなんだったでしょ、わたし」

 

 わたしがそう言うとね、八雲紫は納得したような、だけどふに落ちないような顔をしたんだ。あれだよあれ。おたふく? ちがう福笑いだ! 福笑いで、中途はんぱに上手くいったせいで気まずい空気になってしまうような、そんな顔をしてた。ださいね!

 

 それでわたしはね、「せっかく来たんだから、お願いしたいことがある」って彼女に言ったの。「八雲紫はてんさいだからできると思う」って

 

 どうしてフルネームなの、なぜ敬語じゃないの、とくびをこてんとさせてたけど、それでも八雲紫はすこし嬉しそうだった。やっぱ、どんな人でも褒められるとうれしいんだね。わたしも褒められてみたいな。もちろん無理だけど。悲しいな。涙が出ちゃう。出ないけど。

 

「あら、口が上手いのね。幻想きょうのけん者だもの。天才に決まっているわ」

「褒めてないよ。てんからの災害のほうの天災って言いたいの」

「ひどいわ」

 

 およよ、といつものように泣きまねをした八雲紫をまねて、わたしも同じように目に袖を当ててみる。まぶたを閉じずにしたせいで、布が角膜をこすって、本当に涙が出ちゃった。いたい。なるほど。女優もおどろきの涙の出し方だ。

 

「なにをしているのよ」

 

 いたいいたいと喚いていると、八雲紫がため息をぶつけてきた。しかえしに口の中に空気をため、思いっきりふー、と吐く。彼女のふりふりの服が少し揺れたけど、それだけだった。

 

「なにをしてるって、八雲紫のまねだよ。似てたでしょ?」

「似てないわよ。私はそんなに馬鹿っぽくないわ」

「鏡みたことないの?」

「あなたに言われたくないわ」

 

 失礼しちゃうよね。でも、たしかに最近かがみを見てない。ま、見た目なんてどうでもいいからね。大事なのは中身だよ。わたしには中身なんて、あるのか分かんないけどね。

 

「鏡くらい見るよ」

 

 だけど、ただそうだと認めるのはしゃくだったから、そんな嘘をついちゃった。べつに理由はないんだけどね。それでも、八雲紫をからかいたくなる。何でかな? あれ。そもそも八雲紫って、なんだっけ。ああ、そうそう。へんな妖怪の名前だ。

 

「それ、うそよね」

「え?」でもね、八雲紫はすぐに嘘を見抜いてきたの。まるで心をよんでるみたい。気持ち悪いよね。

「どうしてそんな嘘をつくのか分からないけど、馬鹿でもないかぎりそれが嘘だと分かるわよ」

「それ、わたしはばかっていいたいの?」

「あなたを馬鹿とよぶのは、馬としかにしつれいよ」

「なら、わたしはなんなの?」

「ちれいでんの主」

 

 たしか、彼女はそんなことを言ったんだよね。ちれいでんの主。ひどくない? そんな悪口をわたしに言うなんて。

 

「それに、あなたが鏡をみてないことなんて、すぐに分かるわよ」

「わたしのことは、わたしが一番知ってるよ」

「そう。でもね、帽子が傾いていることは分かってないみたいね」

 

 ぼうし? そうそう。そのときのわたしは帽子をかぶっていたんだ。今もだけどね。その帽子が傾いているって、八雲紫は笑ってきたの。性格がわるい。これだからみんなに嫌われるんだよ。

 

「その帽子、いったいどうしたの? それ、あなたのじゃないでしょ」

「そうだね、あの子の」

 

 あの子。どの子? 蛙の子。

 

「それ、あなたが被ってていいのかしら。けっこうきにいってたらしいじゃない」

「なんか、スペアがあるからだいじょうぶなんだって」

「スペアね」

「そうそうスペア。スペア、スペアブ、スペアリブ」

 

 美味しいよね。たべたことないけど。たべたくもないかな。

 

「スペアは大事だよ。うん。なくしても大丈夫だしね」

「そうね。でも、普通は新しい方をつかって、古い方をスペアにするのだけどね」

「なんで?」

「新しくて綺れいな方が使いやすいからよ。めがねとかもそうでしょ」

「サードアイ用のめがねってあるのかな?」

「世界でふたつしかうれないものなんて、あるわけないじゃない」

 

 八雲紫はね、そのあとやっと気がついたんだ。なにに? わたしのサードアイのいへんに。おそすぎだよね。おそすぎてカタツムリもびっくりだ! きっと、わたしの事務しょりよりおそいよ。

 

「それ、どうしたのよ」

「それってなにさ」もちろん彼女がなにをいいたいかなんて分かってたさ。でも、訊いた。

「きちんと言わなきゃわかんないんだよ。きちんと言っても伝わらないときの方が多いんだけどね。ああ! かなしすぎるよ!」

「あなた、そのサードアイ、どうしたのよ」

 

 このとき、久しぶりに感情がよめたね。ひさしぶりすぎて、むしろわたしが驚いたよ。しかもあの八雲紫から感情をよめたのだから、おどろきだよね。なんでおどろきなんだっけ。まあいいや。とにかくびっくりしたの。

 

「どうしたのって、みたらわかるじゃん」

「分からないから聞いているのよ」

「人にしつもんするときは、名を名のれって習わなかった?」

「初耳よ」

 

 もー。ほんとうに困るよね。れいぎってのは大事だよ。親しい仲にも礼儀ありって言うし。でも、八雲紫とわたしはべつに親しくなんかないか。なら、べつに無礼でもいいのかな。うーん。分かんないからいいや。

 

「このまえ、まちがえて噛んじゃったの」

「かんだ?」

「そうそう。よく覚えてないんだけどね。なんか噛んじゃったらしい」

「大丈夫なの?」

「だいじょうぶって、なにが」

「心、きちんとよめるの?」

 

 きちんと。どうだろうか。いちおうよめなくはない。さーどあいを目の前に持っていき、みてみる。目の表面はあかくなってた。角膜がはがれたからか、風が吹くだけでもすこしいたいね。血がめのなかにたまったからか、瞳孔がすこしあかくなってる。こころなしか、サードアイじたいもうっ血したみたいな色になってるし、だいじょうぶかっていわれたらだいじょうぶじゃないだろうね。ま、べつにいいけど。

 

「いいよ、そんなのは。それより、わたしのお願いをはやくきいてほしいんだけど」

「願い?」

「最初に言ったじゃん」

 

 やっぱ、八雲紫ももう年だよね。ついさっきのことを忘れるなんて。でも、ほんとにやばいと、忘れてしまうことさえ忘れちゃうらしいね。そこまでいったら、もう無意識とかわんないんじゃないかな。しらないけど。なにが?

 

「そうそう。最初にいったんだよ。お願いがあるって」

「あ、ああ。思い出したわ」

「しっかりしてよ。そんなんじゃ、わたしよりしっかりしてないって言われるよ」

「それはないわ」

 

 腹が立つように、ふふんって鼻を鳴らした八雲紫は、「それで、願いって何よ」とへいぜんと言ってきたの。精神がぶっといよね。

 

「ねがいってのはね」

「ええ、なにかしら」

「ねがいってのは、わたしを殺してほしいんだ」

 

 でも、そんなぶっとい八雲紫のせいしんも、わたしの言葉がかんたんにくだいちゃったみたい。もしかしたら、わたしは才能があるのかもしれない。あいての精神をぶっ壊す才能が。

 

「ほら。やっぱり、じさつって難しかったんだよ。だから、やってほしいの。そう思うと次郎って人間はすごいね。なかなかできることじゃないよ」

「なにをいって」

「でも、どうせなら楽に死にたいな。つらいのはつらいからね。こう、すぱっっていってよ。すぱってね」

「あなた、いったいなにを」

「なにって」

「どうしてそんなことを。だって、あなた。もう。もうそんなことする必要なんてないじゃない。あなたは地底を救ったのよ」

「だから?」

 

 鬼の目にも涙っていうけど、まさかさきに八雲紫の涙を見ることになるとはね。生きてると何が起きるか分からない。でも、もうおそいよ。おそい。おそいっての。

 

「でもね。死にたいの。しんでほしいの。それがいいの。そうきめたの。誰が? わたし? ちがうよ。地底が決めたのさ。ほら、たすう決だよたすう決。判決は死刑! いいことばだよね」

 

いい言葉だよね。

 

「どうしてよ」

「どうしてってなにが? わたし? そんなの決まってんじゃん。わたしだよ? わたしは死ななきゃいけないに決まってるじゃん。冗談きついよ、八雲紫。わらっちゃうね」

「嘘でしょ」

「うそなんてついたら鬼にころされちゃうよ。ああ、だったら嘘つけばいいんだ! あ、だめだ。うそついても、鬼が周りにいなきゃ意味がないね。うっかりうっかり」

「ねえ、嘘だって言ってよ。その変なしゃべり方も、冗談でしょ」

「じょうだん? なにが。わたしは生まれて一回も冗談なんて言ったことないよ。なんてね! 冗談だよ」

「本気なの。あなたは本気で死にたいと言っているの? 嘘よね。そんなこと、言わないでちょうだい。あなたが死んでも悲しむ奴はいるのよ。だから、おねがい。ねえ。目を覚まして」

 

 わたしの肩にてをおいて、体重をかけてきた八雲紫のめにはなみだが浮かんでいた。ああ、どうしてだろう。彼女の涙を思い出すと、頭に重苦しいなにかが戻ってくる気がした。気のせいだろう。わたしは私だ。そうなの? 八雲紫が涙声で、私に死んでほしくないていうなんて。

 

 そんなのありえないよね。

 

「それ、じょうだん? 八雲紫も冗談を言うんだね。びっくり。わたしの死を悲しむようなようかいなんて、いるわけないじゃん!」

 

 悲鳴が聞こえたの。どこで? みみもとで。まさか、八雲紫が悲鳴を上げるなんて。ゴキブリでもいたのかな? それか、さとり妖怪でも見つけてしまったに違いない。短く、するどいものだったそれは、きょうふというよりは、絶望にあふれていたね。あれ、なんで悲鳴の感情なんて分かったんだろう。ああ、そうか。サードアイで八雲紫の感情をよんだんだったね。もう、ほとんどだめになってるのに、それでもわかってしまうなんて。

 

 八雲紫は、わたしを心底ぶきみな目で見つめていた。いっぽにほとうしろにさがって、ぶるぶるとくびをふってたね。くびが据わってない赤ちゃんみたいだった。かわいくはなかったけど。

 

「冗談じゃないわよ、本当に」八雲紫は、それこそ本とうの赤ん坊のように顔が真っ赤に染まっていたよ。

 

「わたしは、ほん当にあなたのことが心配で。心をよめば分かるでしょ。わたしは、あなたを救いたいの。しんでほしくないのよ。おねがい。わかって」

「そんなこといわれても」わたしは困っていた。

「分かんないもんは仕方ないよね」

 

 ひぅ、と肺がくうきを拒絶する音がみょうに頭に残ってるね。どうしてだろう。その音をおもいだすと、すごく悲しくなるの。不思議だね。

 

 とびらが開いたのは、たしかちょうどそのときだったんだ。あの子が、わたしの部屋に飛び込んできたんだ。わたしの唯一の家族。ほんとうに? わたしに家族なんていたっけ。いたよ。いるじゃん。いないよ。

 

「あれ、ゆかりん。来てたの」

 

 涙をうかべていた八雲紫にたいし、優しげな口調で彼女は笑ってた。大人なたいおうだね。やっぱり、しっかりするほうのこめいじは違う。そのとき「失敗しちゃったんだ」と小さく口を動かしてたけど、どういう意味だろう。本当はわかってるけど、みとめたくないね。しらないよ。しりたくない。しらないってば。

 

「いや、ごめんね。こんなことになるなんて」

「い、いえ」

「ねえ、なんのはなし?」

 

 ふたりだけの世界に入られるのも癪だったから、おおごえでそれをさえぎったの。でも、ふたりはニコニコと無理に微笑んでた。どうして、そこまでして笑ってたのか、わたしには分からなかったけど。

 

「そうそう、プレゼントをもってきたんだ」

 

 じろじろと見過ぎたからか、ごまかすようにそういった彼女は、背中からなにかをとりだしたんだ。プレゼントだよ。わたしにくれたの。うれしいね。まさかこんなわたしにプレゼントをくれるような妖怪がまだいるなんてね。そんなやつ、きっと、頭がおかしいんだ。それこそ、ちれいでんの主くらいに。

 

「おどろかないでね」

「だって、八雲紫」

「どうして私に振るのよ」

 

 八雲紫はそのときにはもう泣き止んでたんだ。はやいよね。赤ん坊は泣き止むのも早いみたい。

 

「プレゼントは、これ!」

 

 そういって差しだしてきたものを受け取ったの。最初は何か分からなかった。だって、見たこともなかったんだから。おおきなひとつのレンズみたいなものが、ひもにくくりつけられてたの。その紐はふくに結べるようになってて、まるで大きなカメラのレンズと紐をざつにくっつけたみたいだった。それが、全部で二枚。

 

「なに、これ」こう言ったのは、たしか八雲紫だったとおもう。もしかしたら、わたしかもしれない。

「ガラクタ?」

「ちがうよ」

 

 ちっち、とどこか演技かかったような仕草で指を振ったかのじょは、おおごえでいった。

 

「サードアイ用のめがねだよ!」

 

 わたしはおどろいていた。まさか本当にあるなんて! どうやって作ったのか、まったく分からなかったけど、大して嬉しくもなかったけど、それでももらった。ないよりはあるほうがましだしね。命以外は。

 

「でも、なんで二枚あるの?」

 

 かちゃかちゃとおとをたてながら、二枚のめがねをいじった。わたしのサードアイはざんねんながら一つしかない。もうひとつあったら、それはもうフォースアイだよね。

 

「わたし、そんながんばれない」

「スペアだよ、スペア。壊れてもいいようにね」

 

 というか、絶対壊すと思う、って小さく言った彼女をむしして、じっさいにかけてみる。その途端、ほんとうにこころがよめるようになった。

 

“わたしがいないと、ほんとうにだめなんだから”

 

 そうきこえたの。あなたがいてもだめなのにね。

 

「よかったじゃない。これで、すこしは」

「すこしは?」途中でいいよどんだ八雲紫に訊ねるも、彼女は「なんでもないわよ」とごまかした。だったら、はじめからいわなければいいのにね。

 

 

 二枚のめがねを両手にもって、みくらべる。どっちをつけようかとまよっていたの。いまおもえば、どっちでもよかったんだけどね

 

「ねえ、ひとつだけききたいことがあるんだけど」

 

 八雲紫とともに何やらはなしあっていた彼女にこえをかけた。なに? とたのしそうにへんじをしてくる。

 

「このめがねって、どっちが古いの?」

「え?」

「ほら、古い方をすぐつかいたくて」

 

 悲しげな顔をしたあの子と、申し訳なさそうに顔をしかめていた八雲紫の顔が、いまでも頭にこびりついてはなれない。なんでだろうね。

 

 




まだ、溶岩に飛び込んでいないと言うことは、希望があったのでしょうか

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