かーらーすー。なぜなくのー。からすのかってでしょー。
かーらーすー。なぜ泣くのー。からすのかってでしょー。
かーらーすー。なぜ焼くのー。からすのかってでしょー。
今日はひどいことがあったんだ。ほんとに。こんな心が広いわたしが酷いって思うんだから、よっぽどだよね。広くない? いや、広いよ。ほら、宇宙は広いっていうでしょ? 私の心は宇宙なんだ! だって、何もないんだから。まあ、宇宙には星があるんだけど。わたしの心にあるとすれば、それはきっと、星じゃなくてブラックホールだね。面白くないな-。
そうそう。酷い事っていうのはね、カラスがわたしたちのお家を燃やしちゃったの。カラスの、お空って子なんだけどね。ちれい殿にこう、バーって火を付けちゃったんだよ。放火だよほうか。生で見るのは初めてだったけど、すごかったね。迫力があったよ。思わず、火事だーって叫びながら火に突っ込んじゃったんだ。死ねるかと思って。ま、すぐに消されちゃったんだけどね。
「何をしているのよ。火遊びするにはまだ早すぎるわよ」
そう。ひを消したのは八雲紫だったんだ。まただよ。また八雲紫が来たの。というか、最近は毎日来るの。暇なのかな? それとも、わたしに会いに来てたりして! なんてね。ありえないんだけど。
「遊んでたんじゃないよ。お空が火を付けたの!」
「お空? ああ。あの地獄烏ね」
「そうそう。焼き鳥になってたよ」
ぼぅっと煙が部屋にのこってて、よく見えなかったけど、お空が部屋にいないのは分かったんだ。だって、誰の心もよめなかったから。あの子にもらった眼鏡はほんとうにすごいね。心がきちんとよめるの。ま、眼鏡なんて無くてもいやな感情だけはよめちゃうんだけどね。深くおぞましいくらいに強いから。
「なんかお空もびっくりしてたよ。まさか火が出るとは思わなかったみたい」
「だからといって、その火の中に飛び込まなくてもいいじゃない」
「なんで? 火あぶりの刑なのに?」
わたしがそう言うとね、八雲紫はすごくこわい顔をしたんだ。さすがだね。わたしみたいな弱いよう怪なんて、あの顔を見たら死んじゃうよ。死ななかったけど。
「あなたはまだ死んじゃいけないわ」
八雲紫はね、本当にやさしい声でそう言ったんだ。
「あなたは必要なの」
「必要って何に? いけにえ?」
「違うわよ。この地底に必要なの」
チテイニヒツヨウナノ。へー。
「だって、あなたはちれい殿の主なんだから。この私がそう任命したのだから。私が許可するまでは、死んじゃ駄目なのよ」
「えー。もし許可する前に死んだらどうなるのさ」
「そうね。あなたの日記をみんなの前で音読するわ」
「死んだ後だったらどうでもいいじゃん!」
「そんなことないわ」
ぱさりっていつものように扇子をだして、わたしを扇いできたの。何でか分からないけど、火傷が少し治ったんだ。すごいね。嬉しくない。
「名誉ってのは大事なのよ。たとえ本人が死んだ後も、それは守らなければならない。もしかすると、自分の命を省みず、友人の名誉のために命を張るような輩がいるかもしれないわよ」
そう言った八雲紫はね、ぷすぷすって煙がまだ出てるソファに座ったの。だから、もう熱くないんだと思って隣に座ったんだけどね、びっくりしたよ! むちゃくちゃ熱かったんだ! 驚きすぎたわたしは八雲紫の膝にとび乗っちゃったの。わたしと同じくらい八雲紫は驚いていたね。
「どうしたのよ、鈍くさいわね」
「だって、あつくなさそうだったから」
「スキマの上に座ってるのよ。まったく、あなたは昔から」
そう薄く笑った八雲紫は、わたしのぼうしを脱がせて、頭を撫でてきたの。どうしてそんなことをしてくるのか分からなかったけど、なぜか動く気りょくも湧かなかったんだよね。どうしてだろう。なんか、すごい懐かしかったんだ。前もこんなことあったような気がして。
「やっぱり、あなたは死んじゃ駄目よ」
わたしの頭を撫でながら、八雲紫は言ってきたんだ。
「あなたが死んだら、ちれいでんの主がいなくなれば、やっぱり地底は収拾がつかなくなるわ」
「そう?」
「そうよ。地底にはちれいでんの主が必要なの」
「なるほど」
八雲紫の指がわたしの髪をすくいあげてくる。まるで猫になったかのような気分だったね。ペットの猫のことを思い出すと、なんでか悲しくなるけど、その理由はもうおぼえてないや。いや、そうじゃないだろ。そうじゃないんだ。私は、憶えてなければ、忘れてはいけないことがあったはずだ。何か私には、絶対に守らなければならないものがあって、それを自分から壊してしまいそうになったはずだ。思い出せ。私がいないと本当に駄目なんだから。そんな言葉が頭に響く。そう。そうだ。私にとって一番大切な物は彼女だ。なら、私がするべき事は決まってるだろ。そうだった。一番大切な物を守らなければならない。いちばんたいせつなものは。いちばん? わたしはなにを。ああそうだった。八雲紫のはなしのつづきだ。
「ねえ、なにか飲み物はない?」たしか、いきなりそんなことを言われたんだった。
「ここ暑すぎるわよ。もう少しひやしてほしいわ」
「そんなこといわれてもねー」
「というか、こんなに暑いとまたあなた熱中症になるわよ」
「ねっちゅーしょー」
八雲紫も、ずっとみずを飲まなかったら熱中症になるのかな? もしそうだったら面白いね。
でも、わたしはやさしいから、席を立ってのみものを持ってきてあげたんだ。何がいいか分からなかったから、適当に。そしたらね、八雲紫はすっごく嫌そうな顔をしたの。
「なに、これ」
そう言ってね、折角出してあげた物をみて、こう言ったのさ。
「これ、新手の嫌がらせかしら」
「ちがうよ。のみもの」
「わたしの知識では、焼け焦げた書類は飲み物といわないのだけど。えきたいですらないし」
「そうかな。でも、おいしいよ」
もったいないから、わたしがたべたの。おいしかったよ。
そしたらね、思いっきり息を吐いて八雲紫がいそいでスキマを開いたの。帰るのかと思ったら、そこに手を突っ込んでがさごそとやってたんだ。何やってんだろって思ったんだけどね。これがびっくり! そのスキマから水が入ったコップが出てきたの! 最初からやればいいのにね。
「ほら。あなたも飲みなさい」
八雲紫からもらったみずを一気に飲み干す。これも、おいしかったな。
「いやー。みずだー。やっぱおいしいね」
「まあ、前が悪すぎるからね」
「どういうこと?」
「焼け焦げた書類なんて食べた後だもの。前があまりに酷いと、相対的に後のものがよく感じるのよ」
「そうなの? なら、前の物が酷ければ酷いほど後の物が良く感じる?」
「そうね。まあ、焼け焦げた書類より悪い物を探すのは大変だと思うけど」
「あれだね、相対主義って奴だね」
「違うわよ」
そこで八雲紫はふふって微笑んだの。さっきみたいな笑みじゃなくて。もっと柔らかい感じだった。
「ねえ、あなた。今私の心がよめるかしら」
「え?」
「こころ、読んでみなさいよ」
いきなりだよね。どうしてそんな事をって思ったけど、言われるまでもなくサードアイを向けていたんだ。眼鏡のね。八雲紫のこころなんてよめないと思ってたけど、ばっちしよめたの。
そのこころにはいろいろな感情があった。後悔と自責。恐怖と安堵。そして生暖かい謎の感情。
“むかし、こんな風にのんびりしたこともあったわね。悪くない時間だったわ”
そんなことを思っていたの。
でも、それよりも、彼女が思い浮かべていることで、一番印象的だったのは、彼女の奥底の思いかな。
「“意図的にこころを開けば、あなたもこころを開いてくれるかしら”、だなんていわれてもなー。わたしのこころはいつも全開だよ」
「そ、そう」
「そうそう。“まさかそんなところまでよまれるなんて”、やっぱそう思うよねー。みんなそうだよ。八雲紫もこころよまれ慣れてないなー」
「こころよまれ慣れるってなによ」
「あ、“相変わらずよく分からないこ”って思ったでしょ。ひどいなー」
八雲紫のこころに、少しだけ困惑が浮かんだんだけど、すぐにまた変な生暖かい物に戻った。なんだろうね、これは。
「それで、八雲紫はなにしにきたの?」
なんだかこそばゆくて、わたしはそう聞いたんだ。
「わたしのあたまを撫でに来たわけではないでしょ?」
「あら。わたしがあなたの頭を撫でに来たら駄目なの?」
「だめだよ」
わたしはペットじゃないんだから。
「でも、驚いたわね」
「なにに? おのれのむのうさ?」
「違うわ。ふつう、友人の家を訪ねたときに、炎上していたら驚くでしょ?」
「友達がいたことないからわからないよ」
八雲紫の膝の上にもう一度座り込んで、ソファをかるくゆびでつっついてみる。あつかった。どうしてお空はわたしのへやにきて、わざわざ燃やしていっちゃったんだろう。他の動物も、あの子も火事に気づいていないってことは、たぶんこのへやだけなんだろうな。わたしに恨みでもあったのかな。ないわけないよね。
「それにしても、あの地獄烏の子、いきなり主の家を燃やすような子だったかしら。いつも灼熱地獄で働いてる子よね」
「そうだったっけ」
「そうよ」
そんなの、おぼえてるわけがない。
「何か妙なことになってなきゃいいけど」
「みょうなことって?」
「さあね。それを調べるのはちれいでんの主のしごとよ」
「ちれいでんの主ってだれ?」
「あなたよ」
そうだった。いやだな。面倒くさいな。でも、なんだかやらなきゃいけないようなきもしてくるからふしぎだね。
「まあ、いざとなったらわたしも、あの子も助けてくれるわよ。あなた一人で抱え込む必要は無いわ。これからはね」
「かかえこんでないよ」
「そうかしら?」
「かかえこんだのは、みんなの恨みだけだよ」
八雲紫のてが、ピクッってふるえたの。てっきり、わたしの言葉に動揺したのかと思ったんだけど、違ったね。そのあと、すぐにわたしもぴくりって動く羽目になったから。
どすんって、大きな音がしたんだ。最初は何の音か分からなかったんだけど、めがね越しにこころをよんで、やっと何があったか分かったよ。だれかが思いっきり扉をあけて入ってきたんだ。
だれか。こころをよめばすぐ分かるけど、もう読まなくてもすぐにだれだか分かったね。わたしの部屋にくるのは、八雲紫とあの子だけしかいない。ほかの妖怪は、わたしを恐れて、嫌って、きょぜつしているからこないの。だけど、そんな嫌な心を押し殺してまで、わざわざちれい殿に来るような、そんな変わっている妖怪がひとりだけいたんだ。そんな強いせいしんをもっているのは、彼女だけだからね。
まえにも、星熊がわたしをこんな風にむかえにきたきがしたけど、たぶん気のせいだね。
「星熊じゃん。なにしにきたの?」
鬼のしてんのうは、わたしの言葉を聞いてかなりびっくりしてたけど、それでもこっちに歩いてきたんだ。そしたらね、八雲紫が上に乗っていたわたしを放り投げたんだよ。酷くない? そのまま地面に顔をぶつけちゃったの。痛かったな。
「妖怪の賢者さまには悪いけど、ちょっとこめいじに用があるんだ」
星熊は地面で寝っ転がっているわたしに、「酔っているのか?」って聞いてきた。酔ってないのに。もちろん、わたしは「星熊とはちがって、よっぱらわないよ」と叫んだんだけど、うそはよくないって突っぱねられちゃったんだ。うそだとおもったなら、殺してくれればいいのに。
「すこし、お空のことではなしがあるんだ」いつもの星熊らしくもなく、どこかいいづらそうだった。
「こめいじ、少し付いてきてくれるか?」
いいよ、っていうより早く、星熊はわたしの手を取って引っ張り上げた。あまりに強かったから、腕が外れるかと思ったよ。
「そいうわけで、ちょっとお出かけしてくるね」
わたしがそう言うと、八雲紫は軽く手を振ってきた。行ってきてって事だったんだね。
「なんか悪いな。急に割り込んじゃって」
「いいんだよ。星熊はわたしにとっての水なんだから」
「はあ?」
「八雲紫が焼け焦げた書類ね」
どういう意味だ、って首をかしげた星熊に、わたしは教えてあげたの。
「ほら、相対主義って奴だよ。前のが酷ければ、後がよくみえるってね」
「だから、どういう意味だって」
「八雲紫のあとに星熊が来たから、相対的によくみえたってことだよ」
それ、どういう意味よ、と不満げにつぶやいた八雲紫のこえが、頭をぐるぐるとかけまわった。なんてね。
あなただって言ってたじゃないですか。感情というものは複雑なんです。1か0かで表せないんですよ。嫌悪と恐怖を感じていたとしても、確かに、紫さんは、勇儀さんはあなたのことを。