Komeiji's Diary《完結》   作:ptagoon

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破れたページ
第119季2月14日 ─丁寧に扱わないから破れるのです─


第119季2月14日

 

 どうしてなのか。星熊も橋姫だって分かっていたはずだ。今の私を旧都に連れて行くことが、どういう意味を持つのか。こんな状態の私を無理矢理あんな騒がしい場所に連れて行くなんて、どうかしている。だが、よくよく考えてみれば、二人にしてみれば昨日のドンチャン騒ぎなど日常で、大量の焼酎も些細なことなのだろう。鬼と橋姫は随分と肝臓が丈夫なようだ。でも、だからといって。

 

「誰もが肝臓が丈夫だと思ったら大間違いですよ」

 

 そう小さな声で呟くも、二人は気にした様子もなかった。

 

 昨日、新たに地底の一員として加わったヤマメを歓迎するパーティーを終え、竪穴コンビ──ヤマメとキスメのことだ──が地霊殿を訪ねてくれたあと、私はなんとか日記を書き、そして晩ご飯すら食べずに眠ってしまった。

 

 ペットたち、特にお燐とお空は私が食卓に来なかったことに随分とがっかりしていたようだが、それも仕方がないだろう。お腹がいっぱいだったし、そして何より、酒が抜けきっていなかったのだ。

 

 “あのご主人様がご飯を食べないなんて”

 

 二匹は相当驚いていたようで、私が死んでしまうのではないかとはらはらしていたらしい。私はいったい彼女たちにどう思われているのだろうか。いや、心を読めば分かるのだが、それはしたくなかった。きっと、食いしん坊だと思われているに違いない。

 

 その証拠に、『はやく元気になってね』という書き置きと共に、彼女たちが貯めておいていたであろうお菓子が枕元に置いてあった。団子とまんじゅうだ。いつもであれば喜びのあまり、やった、と声を出していただろうが、今日は違った。

 

 普通、焼酎を滝のようにがぶ飲みしたらどうなるか。当然、二日酔いになる。

 

「だから、私はもう寝たいんですよ。分かりますか。頭が重いんです」

 

 だというのに、私はなぜか星熊と橋姫に旧都へと連れてこられていた。連行されたと言ってもいい。眠い眠いと駄々をこねている内に、ベッドから強引に引きずり出されたのだ。あと五分寝かせて欲しいという私の精一杯の抗議も、彼女たちは一切聞いてくれなかった。あまりに酷い仕打ちだ。私が一体何をしたというのか。

 

「ほら、あれだけ焼酎を飲まされたんですよ。二日酔いになります」

「ならねえよ」

 

 星熊は当然とばかりにそう言ってきた。

 

「焼酎なんて水と変わらねえよ。むしろ、飲めば飲むほど元気になる」

「それは鬼だけですって」

「そんなことない。なあパルスィ」

「私に振らないでよ」

 

 違いますよね、と縋るような目で橋姫を見つめるも、彼女はそんな私を見て、緑色の目を細めた。呆れているのか、はぁと深い溜め息を吐いている。

 

「まあ、勇儀は言い過ぎだとは思うけれど、古明地も大げさだとは思うわ」

「そんなことないですよ。頭も痛いし、気持ち悪くて死にそう。口からまんじゅうが飛び出そうです」

「きたねえな」

「まさか、団子を食べるのが辛いなんて思う日が来るとは思いませんでしたよ」

「団子って、いつ食べたの?」

 

 橋姫が、何かもの言いたげに眉をひそめてくる。その言いたいことは心を読むまでもなく分かった。うぅ、とうめき声を上げてしまう。

 

「まさか、今日だなんて言わないわよね」

「言わないですよ」

「なら、いつ」

「今朝です」

 

 馬鹿じゃないの、と声が聞こえた。それが心の声か、それとも実際に発せられたものかは分からなかったが、心底呆れているのは確かだ。

 

「二日酔いなのに、そんな甘いもの食べたら気持ち悪くなるに決まってるじゃない」

「私はならないぞ」

「勇儀は黙ってて」

 

 手厳しいな、と後ろ手にその長い金髪を撫でた星熊は、古明地のせいだぞ、と笑いながら肩を叩いてきた。あまりの強さに冗談抜きで口から団子が飛び出しそうになる。もし吐いてしまったら星熊のせいにしよう、と内心で決意した。

 

「まったく、地霊殿の主なんだからしっかりとしなさいよ」

「だって、しょうがないじゃないですか」

「しょうがない?」

「朝起きたら目の前に団子とまんじゅうが置いてあったんですよ? そんなの、食べるに決まってますよ」

「決まってないわよ」

 

 あまり早口に言い過ぎたからか、また吐き気が襲ってきて、私はその場に座り込んだ。おいおい大丈夫かよ、と星熊が背中をさすってくる。一瞬、私に触れることを躊躇していたが、それでもゆっくりとさすってきた。

 

「私にとって甘味を食べることは義務なんです」

 

 そんな状況にもかかわらず、私の口は自然に動いていた。

 

「ほらだって、想像してみてください。目の前に美味しそうなお菓子があったら、誰だって食べますよ」

「そんなことはないでしょ」

「きっと私はどんな状況でも目の前に団子があったら食べますよ。賭けてもいいです」

「賭けるって、なにを」

「地霊殿の主という立場、とか」

 

 要らない、と二人は顔を見合わせていた。本心からそう言っている。彼女たちの気持ちは痛いほど分かった。というより、私は誰よりも分かるだろう。地霊殿の主になったところで、ただ仕事が増えるだけで、いいことなんて一つもない。強いて言うならば、地霊殿に住めるということだろうか。だが、とてもそれだけで釣り合うとは思えなかった。八雲紫に報酬としてもっと甘味を要求しよう。いや、やっぱだめだ。馬鹿にされる。

 

「というより、何のために私をこんな所まで、旧都まで運んできたんですか」

 

 何やら話し合っている二人に、私は地面に座り込んだまま訊ねた。土が冷たくて気持ちがいい。そう思うと、自然と体が傾き、ばたりと倒れ込んだ。

 

「何やってんのよ」

 

 橋姫が冷たい目で見おろしてくる。

 

「なんで地面に寝転んでるのよ」

「気持ちいいですよ。頭が冷えますし」

「もしかして、まだ酔っているの?」

「二日酔いです」

 

 今思えば、たしかにこの時の私は酔っていたのかもしれない。さすがの私もいきなり地面に寝転ぶなんて、普通はしない。たぶん。

 

「というより、二人が私を強引に叩き起こすからですよ。二人のせいです。私は悪くない」

「いや、悪いだろ」星熊はまた、大声でケラケラと笑った。

「それに、私たちが古明地を連れてきた理由なんて、心を読めば分かるじゃねえか。聞くまでもないだろ」

「面倒くさいんです。面倒くさすぎて、頭も体も匂ってきます」

「は?」

「面、胴くさい。だじゃれですよ」

「やっぱ、酔ってるなお前」

 

 正直に言えば、彼女たちの心は読めていた。いくら酔っ払おうが、二日酔いになろうが、心は自然と読めてしまう。だが、読めていても信じたくなかったのだ。彼女たちがそんな恐ろしい理由で私をここに連れてきたのだと、認めたくなかった。

 

「古明地をここに連れてきた理由は簡単だ」

 

 星熊は渋々といった様子で、面倒そうに呟いた。

 

「昨日の宴会の後片付けをするんだよ」

 

 ああ、体が臭くなってきました。そう呟くも、彼女たちは肩をすくめるだけだった。

 

 

 

 重い体を引き摺り、なんとか起き上がった私は、痛む頭をさすりながら酒瓶が転がった旧都を歩いていた。

 

 地底で宴会が行われることは決して珍しいことではなかった。それどころか、逆に誰も宴会を開かない日のほうが稀である。だが、さすがに昨日のような、地底中の皆が集まるような宴会は珍しい。それこそ新たに地底に落ちた犠牲者を歓迎する時ぐらいだろう。

 

 当然そんな大規模な宴会を開けばゴミも大量に出るし、喧嘩した鬼のせいで建物も壊れる。それを片付け、修理し、綺麗にするのは星熊の仕事だった。

 

 仕事、だなんて大袈裟なものではない。単純に、リーダーシップ溢れる彼女が意外にも綺麗好きとあって、他の連中に呼びかけ、自発的に掃除をしているのだ。皆に慕われるのも頷ける。私も陰ながら、ありがたく思っていた。

 

 だが、その掃除に自分が巻き込まれるとなると話は別だ。

 

「おーい! そっちは片付いたか!」

 

 そこらに転がっている酒瓶を適当に拾っていると、星熊が大声でそう訊いてきた。まだ掃除を始めて一時間も経っていない。そんな短時間で片づけられませんよ、と声のした方を振り返ると、星熊のまわりは綺麗さっぱりチリ一つなくなっていた。そのあまりの早業に唖然とする。

 

「勇儀、すごいでしょ」

 

 ぽかんと口を開けていると、橋姫が大量の酒瓶をもって近づいてきた。なぜか自慢げに鼻を鳴らしている。

 

「さすがは鬼の四天王ね」

「なんで鬼の四天王があんなに掃除が得意なんですか」

「なんでって。鬼ってそういうもんでしょ? 邪魔なものを消すのが得意なのよ」

「その言い方は怖すぎですよ」

 

 私からすればあなたの方が怖いわよ、と橋姫は肩をすくめてきた。なんでですか、と声を荒らげるも無視される。

 

「でも、意外ですよね」

「意外?」

「勇儀さんが綺麗好きだってことですよ。ほら、なんか雑そうですし」

「まあ、言いたいことは分かるけれど」

 

 橋姫はいつも星熊の話をする時だけ、なぜだか浮ついたような表情になる。

 

「あなただって知っていると思うけど、ああ見えて気配りが出来るのよ」

「私はされたことないんですけど」

「そりゃ古明地だもん。よっぽどのことがないと気なんて配りたくないわ」

「鬼の目にも涙って奴ですか。鬼が泣くほど珍しい」

「たぶんだけど、その言葉はそういう意味ではないと思うわ」

 

 それに、星熊が泣いている所なんて見たところがないし、きっとこれからもないだろう。二人してそう言っていると、橋姫がちらりと星熊の方を見て、すぐに私に目を戻した。辺りを見渡して、はぁと息を吐いている。

 

「というよりも、あなたの周り、全然掃除できてないじゃない。まあ、別に急げとは言わないけど」

「それは」

 

 私の周りから妖怪が立ち去ってしまっているから。そう言おうとしたが、やめた。そんなこと、言わなくても分かってるからだ。

 

 これならむしろ私は地霊殿で寝ていた方が効率よく掃除ができたのではないだろうか。なぜ彼女たちは今回に限って私を連れてきたのだろうか。心を読んでも、そこまでは分からなかった。

 

「ま、しょうがないから手伝ってあげるわよ」

 

 ぼうっとしていると、橋姫がのんびりとした声でそう言ってきた。もしかすると彼女も何だかんだ言って、少しは酒が残っているのかもしれない。

 

「優しいんですね。私と同じくらいには優しいです」

「それ、暴言よ」

「どういう意味ですか」

 

 そんなの、心を読めば分かるでしょ。そう笑う彼女は手際よく酒瓶やらゴミやらを近くにあった袋に詰め込んでいった。手慣れている。彼女もよくこの珍妙な掃除会に参加しているのだろう。いくら星熊が主導しているとはいえ、基本的には自由奔放で、統率のとれない地底の連中の中では、彼女ぐらいしかまともな奴はいないのかもしれない。他の鬼は片付けている、というよりは飲み残しの酒をさらっているといった方が正しいくらいだった。

 

 彼女と同じような、いわゆる地底のまとも枠に、昨日入ってきたヤマメがなれたらいいな。

 

「それこそ、私と同じくらいまともに」

「それも暴言よ」

「なんでですか」

 

 独り言にいらぬ言葉を加えてきた橋姫を三つの目で睨んでいると「休憩にしようぜ」と星熊が猛烈な勢いでやってきた。なぜ他の鬼たちではなく、よりによって私なんかに言いに来たかと首を捻っていたが、すぐに分かる。そもそも彼らは勝手に休憩するし、いつの間にかいなくなる。星熊が何も言わなくとも、だ。

 

「休憩って言っても、こんなゴミまみれのとこでですか?」

 

 何かを手に持ってやってきた星熊は、ゴミの山の上によっこらせ、とおっさんくさいかけ声と共に腰を落とした。

 

「汚いですよ」 

「お前さっき、そのゴミまみれのとこで寝てたじゃねえか」

「覚えてません」

「嘘はよくねえぞ」

 

 まったく、と額に生えた大きな角をコツンと爪で弾いた星熊は、ほれ、と何かを橋姫に投げた。意表を突かれたのか、橋姫は一瞬戸惑っていたが、なんとかそれをつかみ直す。

 

「なによ、これ」

「なにって、見たら分かるだろ」

 

 星熊はふっと微笑みを浮かべた。

 

「団子だよ団子。さっき買ってきたんだ」

「いつの間に」

「鬼にかかれば余裕だっての」

 

 そんなところで鬼の実力を見せつけられるのも困る。

 

「にしても、珍しいわね。勇儀が団子を買ってくるだなんて」

「八雲紫からきいたんだよ。今日は地上だとバレンタインデーっつってチョコレートを渡しあう日らしいからな」

「でも、団子なんですね」

 

 そのチョコレートとやらを食べてみたいという気持ちもある。が、そもそも地底にはそんな得体のしれない食べ物はなかった。

 

「古明地も、ほら」

 

 さすがにゴミの上には座りたくなかったので、橋姫が持ってきたゴミ袋のすぐ横、綺麗な土に腰を落とす。と、星熊がこれ見よがしに団子をひらひらと振っているのがみえた。

 

「お前の分はみたらし団子だ」

「え、私にもくれるんですか?」

「いらないのか」

「いります!」

 

 半ば条件反射的に私は答えていた。そんなに好きなのか、と苦笑する星熊を横目に、少しの後悔に襲われる。だいぶ収まったとはいえ、二日酔いの気持ち悪さはまだ続いている。いま何かを口に入れてしまったら、それこそ地霊殿の主としては相応しくないような、えげつない醜態を見せてしまうかもしれない。だが、それでも団子という食べ物の魅力には逆らえなかった。

 

 そんなことを考えていたからだろうか。ほれ、と星熊が団子を投げたことに、すぐには気づかなかった。

 

 ゆっくりと弧を描きこちらに向かってくる団子に、慌てて手を伸ばす。が、それがいけなかった。運の悪いことに、ちょうど団子の串の先が指先にふれ、軌道が変わった。その時の光景は今でも覚えている。コマ送りのようにゆっくりと団子が左に逸れ、一直線に向かっていった。

 

 何にか。ゴミ袋にだ。

 

 動くことができなかった。無力な私はただ、団子がゴミまみれの袋にぼとりと落ちていく様を、じっと見つけることしかできない。

 

「あ」

 

 そう声を出したのは誰だろうか。私はすぐに落ちていった団子に、つまりはゴミ袋に手を伸ばした。串を掴み、拾い上げる。だが、みたらし団子だったのか災いし、その表面は土まみれになっていた。とても食べられそうにはない。

 

「こんなの、あんまりですよ」

 

 知らず知らずのうちにぽつりと呟いていた。悲しすぎて、大声で泣き叫びたい気分だった。だが、そんな私を見て、爆笑する奴がいた。星熊だ。人の気も知らないで。あなたは心を読めないんですか、と責問したくなる。まあ、読めないに決まっているのだが。

 

「あっはは。いや、ドンマイだな古明地。珍しく鈍くさいじゃねえか」

「笑わないでくださいよ。そもそも、みたらし団子を投げるのが間違ってるんですよ」

 

 私の口調はいつもよりも強くなっていた。八つ当たりだと自分でも分かる。

 

「まあでも、まだいけるだろ」星熊は、そんなこと百も承知とばかりに堂々としていた。

「まだ食えるよ」

「え、いや。無理ですよ。だって土もついてますし、何よりゴミ袋に落ちたんですよ?」

「でも、大丈夫でしょ」

 

 橋姫は、薄く笑いながら言ってきた。その心を読み、愕然とする。本気でそう思っているのだろうか。だとすれば、怖すぎる。私なんかよりよっぽどだ。

 

「さっき、古明地は言ってたでしょ。『私はどんな状況でも目の前に団子があったら食べますよ』って。だったら、土まみれでも食べれるでしょ?」

 

 満面の笑みでそう言ってくる橋姫に、私は負けないくらいの笑みを作った。

 

「パルスィさん」

「何かしら」

「地霊殿の主の就任、おめでとうございます」

「何の罰ゲームよ」

 

 そう毒づく彼女の心には、一切の嫉妬も浮かんでいなかった。むしろ、こんなことで嫉妬されても困る。

 

「まったく、しょうがない奴だな」

 

 笑みを浮かべてはいたものの、せっかく貰った団子を落としてしまい落ちこんだ私を見て、星熊は眉をハの字にした。今度はのそりのそりと近づいてきて、手を差し伸べてくる。

 

「ほら、やるよ」

「え?」

「私の食いかけだけどな」

 

 私は驚いていた。まさか、他人に団子をあげるような、そんな奴がいるだなんて思わなかったのだ。しかも、この私に、だ。

 

「これが鬼の目にも涙って奴ですか」

 

 何言ってんだよ、と首を傾げる星熊の脇で、橋姫が笑いをこらえているのが分かった。

 

 こうして、日記を書いている時もあの二人の楽しげな表情がありありと頭に浮かぶ。何だかんだ言いつつ、掃除に行って良かったな、と思っている自分に気づき、ひとり苦笑してしまう。もしかすると、八雲紫が「ハッピーバレンタイン」とチョコレートとやらをくれたので、上機嫌になっているせいかもしれない。

 

 だが、もしかしたらと、思ってしまうのだ。

 

 もしかしたら、星熊は最初からそのつもりだったのではないか。初めから、バレンタインというこの日に、私に団子を渡すつもりで連れ出したのではないか。

 

 そんなわけないか。

 だって、八雲紫いわくバレンタインデーというのは相手に好意を伝える日なのだから。




掃除していたら箪笥の底からこのページが出てきたのですが、まあ、とっておきましょう

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