─私も普通ではないですけどね、勘違いです─
いみがわからなかった。なんでなのかな。どうして。いったいなにをかんがえているのかな。たぶんなにもかんがえてないんだろうね。しねばいいのに。ほんとうにはらがたつよ。まったくね。どうしてこんなこともわからないのかな。わたしが旧都にくれば、どうなるかなんてわかるじゃん。どうかしてるよ。あたまがおかしいよ。このわたしがいうのだからまちがいないね。
「ねえ星熊はやっぱあたまわるいよ」
こんなようかいがいっぱいいるところにわたしをつれてきちゃったら、だめにきまってるじゃん。まして、きゅうとだなんて。
「おにってあたまわるいんだっけ」
「おいおい。いきなり悪口かよ」
星熊はなぜか楽しそうにケラケラわらったんだ。なにもおもしろくないのに。
「それに、おまえよりはましだ」
「まし?」
「パルスィもそう思うだろ?」
「私にふらないでよ」
なんで橋姫はこんなところにきたんだろうね。いくらなかがいい星熊によばれても、ふつうはわたしがくるっていわれたらこないのに。なぞだね。やっぱりあたまがおかしいのかな。
「というより、私は古明地についていろいろききたいんだけど」
「いろ? わたしにいろなんてあるの? しいていうならしろだけど」
「そうじゃなくてね」
「そうじゃない? ならなんなの」
「色々ってのは、たくさんっていみよ」
「たくさんのいろ? にじいろってこと?」
ああ、もうって橋姫はいきなりこえをあげたんだ。こわいよね。いきなりおこるだなんて。びっくりだ。
「ねえ星熊。古明地どうしちゃったのよ。また酔ってるの? にしては前と違いすぎるけど」
「さあな。私にもさっぱり分からん」
「わかんないの? ほんとに?」
おかしいよね。いったいだれのせいだと。ああ、ちがうか。わたしのせいか。そうだよね。そうだったよね。わすれてたよ。
「もうおわったんだよ」
「終わった? なにがだよ」
「ぜんぶ」
そう。ぜんぶ。
「もうどうでもよくなっちゃったんだ。だってしょうがないじゃん。しったこっちゃないもん。ちていなんてほろべばいいんだ」
「地霊殿の主として、どうなのよ」
「橋姫だってそうおもうでしょ?」
「そうって、どうよ」
「信じるものはすくわれるんだよ! わたしはしんじなかったけどね。仏なんていなかったんだよ。かおはみっつもなかったのさ。ちれいでんのあるじなんて、どうしてなのかな。なにが? もうちれいでんにすらないじゃん。もうないんだよ。わかる? しっぱいしたんだよ。おそかったの」
「だから何がよ」
「しっぱいしたの」
「だから」
「いきるのにしっぱいしたの。だから、死ななきゃね」
なにかをいおうとした橋姫をね、星熊がとめたんだ。ぶんぶんってくびをふってたの。どういういみだろうね。
「なあパルスィ。どう思う」星熊が、わたしをむしして橋姫にそうきいたの。ひどいよね。
「どうって」
「古明地。まだまにあうか」
「まにあうって、なにに? しめきり? ならまにあわないよ。もうおそかったんだ」
「そうね」
橋姫は、いやそうにかおをしかめて、顔の前でてをぶんぶんって振ったの。ひどくない? わたしをはえだとおもったのかな。おしいね。どっちかっていたらうじむしだ。
「もう、おそかったかも」
「まじかよ」
「まじね。でも、どうしてなのかしら」
橋姫はそこでわたしみたいなわらいかたをしたんだ。ふふって。やっぱへんなわらいかただよ。もういいかな。つかれたわ。ってかんじだった。というより、こころをよんだの。
「あんなに嫌ってたのに、いざ変わると戻ってほしいって思うだなんて、自分でも意外だわ」
「それは多分」
星熊がらしくもなくにがわらいしていったの。
「今の方が酷いからだろ」
ひどいよね。ひどいだなんて。わたしはひどいのかな。ひどいくらいきらわれているのかな。そんなの、かんがえなくてもわかるじゃん。わたしはきらわれてるんだ。ひつようじゃないんだ。いらないんだよね。なにに? このよに。
「ああそうだ」
そこで星熊がね、おもいだしたかのようにおおごえをあげたの。くうきがびりびりってなって、かぜがふいてきたんだ。星熊がさけぶだけでいつもこうなる。まったくいやになるよね。
「この前の宴会の残りの菓子をもってきたんだ。立ち話もなんだから、食おうぜ」
「いきなりね」橋姫はあきれていたよ。わたしもだけど。
「私がいきなりなのは今に始まったことじゃないだろ」
たしかにね。そしてわたしがきらわれているのもいまにはじまったことじゃない。
星熊がもってきた菓子ってのはね、おだんごだったんだ。またかよっておもうよね。もうきらいになっちゃった。おだんごもぺっともきらいだよ。
「ほら、古明地も。おまえ、団子好きだっただろ」
「なんでわたしにもくれるの? まるでわたしのことをきらってないみたいじゃない」
「お前のことは嫌いだよ」
星熊は当然とばかりに言ったんだ。
「嫌いだが、それだけじゃないんだ」
いみがわからなかった。
でも、せっかくもらったけど、おだんごはもうきらいになっちゃったんだよね。おだんごもぺっともどっちもきらいだよ。だから、いっきにみっつともたべたんだ。おいしくないし。あじもしないし。あまりにおいしくなかったから、くしをおもいっきりなげちゃったの。
「あ、古明地」
そしたら星熊がね、たしなめてきたんだ。星熊のくせに。
「まだ串のところに少し残ってただろ。もったいないな」
「えー」
「勇儀、貧乏くさいわよ」
「甘いぞパルスィ。この団子くらい甘い」
つまりまったくあまくない。
「一円を笑う者は一円に泣くっていうだろ。どんなものでも最後まで完璧に。それが私のモットーだ」
「語られる強力乱舞も随分と細かいのね」
「悪いことじゃねえだろ。前に、勝ったと思った相手が死んだふりをしててな、痛い目に遭ったんだ。あれ以来、どんな些細なことでも完全に処理するようにしてるんだよ。徹底的にしないと安心できないだろ」
「意外と小心者なのね」
その橋姫のことばをきいたときにね、星熊はむっとしたんだ。まるで子供みたいだった。そして、子供らしくそのもやもやをこっちにむけてきたんだ。「そもそも、串を捨てるのはよくねえ」ってね。なんて大人げない!
「勇儀、なんだか童の母みたいよ」橋姫はあきらかにばかにしてた。
「きちんと最後までたべなさい。ちゃんと片付けをしなさいって」
「うるせえ」
「ま、確かに片付けは大事だけどね。立つ鳥跡を濁さず。そうしないと川が汚れちゃうわ」
「さんずのかわもよごれるんだね」
わたしがわたるときにはきれいになってればいいな。
「ねえ橋姫」
「橋姫ってよばないで。本当に。気持ち悪いわ」
「わたしがきもちわるいのなんてあたりまえじゃん。さとうがあまいように、まっちゃがにがいように、星熊がたんさいぼうであるように、はしひめがはらがたつほどやさしいように。そしてちれいでんのあるじがわるぐちであるように」
「なにを言ってるのよ。あなた、ますますおかしいわ」
「わたしがおかしいのなんてあたりまえじゃん。さとうがあまい」
「もういい。ストップストップ」
橋姫のかおは真っ青だったんだ。もともとあおじろいけどね、もっとあおくなってた。あおりんごくらい。あ。でもあおりんごはあおくないか。みどりだね。でも、橋姫のめもみどりだからおにあいかも。なるほど! 橋姫はあおりんごだったんだね! たべたらおいしいのかな。わたしのサードアイはおいしくなかったけど。
「なんでよ。この前の宴会の時は普通だったじゃない。ボロボロだったけど」
「ばかだなあ橋姫は。ふつうのさとりようかいなんているわけないじゃん。さとりようかいはみんなふつうじゃないよ」
「そんなことないわ。あなたの片割れはまともじゃない」
「ふーん」
やっぱりしっかりしてるっておもわれてるんだね。ほんしんからだ。橋姫はほんしんからそういってる。やっぱり、そうなんだね。わたしはむいてなかったんだ。
「それで勇儀。いったい何のようなのよ。後で詳しく古明地についても聞くけど、とりあえず用を話しなさい」
橋姫はなぜかすこしおこってたんだ。いらだっていたっていったほうがいいかも。だれに? じぶんじしんに。
「用はあれだよ。霊烏路空について聞きたかったんだ。聞く予定だったんだ」
「予定?」
「あいつが不穏なことを言ってたからな。調べたかったんだけど、ほら。古明地がこんなんだから」
「こんなんだよー」
こんなんならやめておけばいいのに。むつかしいことはするべきじゃない。したらくるしむの。わたしが。そうだ。そうなんだよ。ふしぎだね。
「霊烏路空? お空のことよね。彼女がどうかしたの」
橋姫はしんぱいしてたんだ。わたしのぺっとのことを。わたしのことなんてしんぱいしてくれたことなんてないのにね。
「何かやらかしたの?」
「分からない。だから調べようと思ってな」
「やめたほうがいいとおもうよ」
おもわずそういっちゃったんだ。橋姫も星熊もびっくりしてたね。わたしがきゅうにおおごえをだしたから。でも、しょうがないじゃん。
「いいんだよ。しらべなくて」
「でも、何かあったら大変だろ?」
「しらべても、ろくなことにはならない。そうでしょ? そうなんだよ。ほんとうのことなんてしらないほうがいいんだ。しっちゃだめなんだよ。それでいったいだれがこまるとおもうの? だれがこまったとおもうの? そのもんだいをかいけつしなければならないのはだれだとおもってるの? かいけつできるとおもってるの? わたしはよわいんだよ。なにもできない。星熊だってそろそろわかれよ。わたしはよわいんだよ。それなのにかいけつできるわけないじゃん」
「でも、さすがに霊烏路空が地上に出たらまずいだろ。萃香みたいなことをやらかしたら、またお前八雲紫に」
「ちがうじゃん」
「ちがう?」
そうちがう。いや、あってるけど。あってるけど、わたしはちがうっていったんだ。なんで? わかんないや。ああ。うそをいったら星熊がころしてくれるとおもったからかな。でも、まあ。ころしてくれなかったんだけどね。
「星熊はちじょうにでたいんでしょ? だからおくうに、あのばかなじごくからすがそとにでようとしているのをしって、しっとしたんでしょ。わたしもでたいのにって」
「違う。おい古明地。嘘をつくな」
「うそじゃないよ」うそだよ。
「わたしはこころがよめるんだよ? あさはかだよね。星熊は。ちていでのせいかつもまんきつしてるのに、なんでちじょうにいこうとするのかな。ならなんでちていにそもそもきたのかな。ああ! にんげんにきらわれたからか! わたしといっしょだね。おなじきらわれものだ。たぶんいっしょうにんげんとはなかよくできないよ。星熊は。ざんねんだったね。ごしゅうしょうさま」
「ちょっと古明地。おちつきなさい」
橋姫がてをのばしてわたしと星熊のあいだにわってはいってきた。星熊はおこってたけど、なんでかひっしにそれをこらえてたんだ。
“いま私が怒れば古明地が完全に壊れる”ってね。もうこわれてるのに。いちどこわれたものはもうなおらないというのに。
「橋姫もそうだよ。もうおわりなんでしょ? しっとしんをあやつるだなんて、わたしとおなじあなのむじなのくせに、かんけいないふりしちゃってさ」
「関係ないもの」
「橋姫も星熊もさ、もういいんだよ。もういいの。あしたいっしょにいこうよ」
「どこに?」
「じごくに」
もういるじゃない、ってぶっきらぼうにいった橋姫はわたしのかおをじっとみてきたんだ。なにをかんがえているかわからないかおだったよ。もちろん、こころをよんだからわかるんだけどね。
“やっぱり、古明地は陰湿ね”
やっぱりって。やっぱりやっぱりなんだね。わたしはいつもこんなかんじだったんだね。おどろきだ。こんなこといったおぼえなかったのになー。あれ。もしかしていっていたのかな。いやいってない。なのに。ま、でもいいか。もうおそいんだ。わたしはきめたんだ。
「なあ古明地」
それまでじっとだまりこくっていた星熊がやっとしゃべったんだ。こわかったよ。むちゃくちゃこえがひくかったんだ。あたまにはえたつのがすっごくおおきくみえたね。
「おまえ、私たちのことをどう思っているんだ」
「え?」
「私と橋姫のことを、地底のことをどう思っているのかって聞いているんだ」
「そんなの」
きまってるよね。
「きらいにきまってるじゃん。きらわれてるあいてをすきになるほどわたしはおかしくないよ。おかしいけど。あまいね。だんごよりあまい。だんごはあまくないけど。いきていることがさいあくだよ。ほんとにね。しょせんちじょうにすらいられなかった愚鈍なようかいのなれのはてだよ。わたしもだけどね」
「言い過ぎだろ」
「いいんだよ。どうせ星熊はいっしょうそとにはでれないし」
「なんでわかるんだよ」
「なんでって」
わたしはとくいげにむねをはったんだ。そんなの、わかるわけないのに。
「だってわたしはちれいでんのあるじなんだよ」
「まえ、そんな権限はないって」
「いってないよ。いじでも星熊はちじょうにださないよ。だしてやるものか。にんげんともにどとあえないね。かなしい? ざんねんだね。うらむならうらんでもいいよ。でもぜったいにちていからはださない。わたしはさんしょううおなんだ。やさしくないさんしょううお。ざまあみろ」
「なんでだよ」
「え?」
「なんでそこまで私を地底に押しとどめようとするんだよ!」
橋姫はあたふたしてたけど、それでもわたしのことばをさえぎろうとはしなかった。わたしはふたりをおいて、とんだんだ。ふよふよってね。それでもだれもおいかけてこなかった。あたりまえだよね。さとりようかいをおいかけるときは、ころすときだけだもん。ま、こうしてうそをついているんだから、ころしてくれてもよかったんだけど。ころしてよ。
「なんで星熊をちていにおしとどめようとするか、ね」
そんなことはしないし、できないにきまっていた。けど、星熊はしんじてた。わたしがほんとうにそれをしようとしていることを。
かのじょもきたいをもっちゃったんだね。伊吹萃香という、れいがいがでちゃったから。いっかいきたいをもっちゃったら、それをなくすのはがまんできないほどにつらい。それはもうみにしみてわかってたんだ。
だから、わたしはそのきたいをおとしてやるのさ。
「ねえ、星熊」
「なんだよ」
「たぶん、さいごになるけど、これだけはいっておくね」
「なにさ」
わたしはおもいきりいきをすい、おおきくくちをひらいた。そして、さけぶ。
「まむしに噛まれろよ。このゴミが」
星熊はうごかなかったんだ。だけど、たしかにそのこころはかわったんだよ。さっき、わたしのことを、きらってるけどそれだけじゃない、っていってたけど。
たぶんその、『それだけ』のぶぶんがきっときえたんだね。よかったよかった。
本当によかったと、そう思う。
あなたが勇儀を嫌いになっただなんて、それこそが嘘だったのではないでしょうか。本当はあなたは彼女のことを大切に。いえ、やめておきましょう。