2092年、8月11日
防衛陸軍恩納基地よりほど近い港、そこからさらに約20km離れた海上にて、原因不明の大爆発が起こった頃。
「───おい、早くしろ!間に合わなくなるぞ!!」
「重要な書類はすべて廃棄しろ!あちらさんに盗られるよりは万倍マシだ!!」
防衛陸軍那覇基地では、突如として渡嘉敷島近海に現れた国籍不明の艦隊により、大混乱に陥っていた。.......いや、『国籍不明』というのはつい先程までの話。現在は、既にその艦隊がかの隣国、《大亜連合》のものというのは周知されている。
「司令官!!第二、第三空挺部隊による敵残存兵の掃討が完了!!しかし、新たに出現した敵艦隊が既に海岸線より二十キロメートル付近に接近しています!!」
「ぬぅっ.....!!」
二十キロメートル。それはすなわち、敵の艦載射撃の射程距離範囲内に入った、ということである。だが、既に上陸してきていた敵兵に人員を割いていたこの基地には、もう新たな海上戦力に対抗しうるだけの兵力が残されていなかった。既に戦闘が終結に近づきつつあるという情報が入っている恩納基地からの援軍も、恐らくは間に合わない。
「......撤退だ!!総員、一刻も早く撤退し、恩納基地の部隊と合流するぞ!!」
悩んだ末に司令官が出した答えは、逃げること。これ以上、彼等にできることは残っていなかった。
*
海岸線より約二十キロメートル付近にて。
「........敵艦隊を確認。戦力、事前情報と相違ありません」
【身体の調子はどうだ?】
「現段階でこれといった異常は確認できません。異常はないかと思われます」
先刻より少しだけ高くなった波に揺られる一世紀ほど前のUSNA──その頃はまだアメリカ合衆国と呼ばれていた──の軍用ボート【ZODIAC】に、1人の少年が搭乗していた。
現在の彼の格好は、一般人が見れば『それっぽい』と評するであろう物。明らかに通常のものでは無いゴーグルに、黒づくめの装備。そして、その両手に抱えるライフル──CAD。この地点で、彼は一般人ではないというのが伺い知れる(海のど真ん中にたった一人軍用ボートで居る地点で既に一般人というのはおかしな話だが)。
その前方、ゴーグルの補助を受けて見た視界に映るのは、合わせて6隻の艦隊。大亜連合が送り出した、日本の国土を侵す者達。
今回の実験の標的は、彼等だった。目に光を宿さない、恐ろしいまでに平坦なその心で、『彼』は《天災》を紡いでいく。
「───魔法演算領域、異常なし。CADシステム、異常なし。重力子、掌握完了」
一度の行使で、十万人都市をも滅ぼすことが出来る悪魔の力。
【───【
「【
豪、と。世界が揺れた音がした。
*
「..............」
高波をかぶることおそらく数十回、その何十回目かで目が覚めた『彼』の目には、相変わらず光は宿っていなかった。濡れた頬に触れ、ほう、と一息。自分がまだ生きていることに僅かに持つ感情で驚くと同時に、『何故か』安心していた。過去の《実験》のデータはネットワークで共有しているが、《実験》の後に生命を繋いでいた個体は自分が初めてだった。
「.............」
虚ろな意識の中、通信機器を手に取る。が、既に鼓膜をふるわすのは(おそらく)数時間前に聞いたあの研究者の声ではなく、ただのノイズだけだった。壊れたか、もう死んだのだと見捨てられたか。おそらくは両方だろうと当たりをつけた『彼』は、諦めるかのようにその手を投げ出した。というより、もう動かす気力もなかった。
「............」
きっと自分も、このまま死ぬ。先に《実験》を行った『兄』達のように、衰弱して生命を枯らす。ほんの少し、それが先送りになっただけのこと。
「.........ッ」
だが、彼は欲張りだった。黄色く漂う液体の中、向けられた一抹の優しさを知った彼は、『兄』達よりも少しだけ欲張りだった。
「........生き、たい.......」
言葉にすれば想いが溢れる。ちっぽけな器を満たしていく初めての『願い』に、彼の心は打ち震えた。
「生き、たい......と、◼◼◼は............」
必死に伸ばしたその手は、空を切るだけだった。
*
「......まさか、本当にいるとは」
とある筋から手に入れた、『沖縄近海にて確認された大爆発を起こした術者がまだ海上を漂流している』という情報をどういう訳か信じた主人の姉に推される形で来てみれば、まさかまさかの展開だった。
仰向けに倒れている少年の傍らに膝をつき、観察する。年齢はおそらく12、3歳ほど。体型は痩せ気味......というより、痩せ過ぎだ。明らかに栄養が足りていない。呼吸を確かめると、本当に僅かながら息があった。
「....なぜこんなボートで漂流を......普通ならとっくの昔に海の底だぞ」
仮にこの少年(?)が本当にあの大爆発を起こした犯人ならば、間違いなく戦略級魔法師。国家が全面的に保護するべき存在を野放しにしておくなど、考えられないことだった。
「.......まあ良い。取り敢えず報告を──!?」
ガシリ、と。通信機器を取り出そうと上げた腕を、少年が掴んだ。たまらず振り払おうとする。この少年も魔法師である以上、油断はできない。
「......ぃき、た、い........」
一言。そのたった一言だけを言って、少年は再び意識を失う。再び起きる様子はない。腕を掴まれた男──黒羽貢は、驚きを残しつつも、任務を忘れることなく報告を行った。
これが、物語が始まる少し前の話。
*
そして、現在。
「おはようございます、お兄様。と、ヒロイは本格中華料理店ばりのフライパン捌きを披露しつつ、ドヤ顔で挨拶します」
「......どうして、こうなった?」
愛しの妹と共に台所に立つ『彼』を見て、トラブル吸引装置こと司波達也は、こめかみをおさえるのだった。
ヨロ(`・ω・´)スク!