串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】 作:カリーシュ
――第七十四層 迷宮区
――僅かに仰け反らせた鼻先を光る切先が通り過ぎ、数秒間動かなくなる。
その隙にエストックで喉元を突き、そのまま腕ごと捻るように横に払うと、元々少量に減っていたHPが完全に消し飛んで爆散。 視界の端に入手したアイテムや経験値が表示されたのを尻目に、他のリザードマンの攻撃に警戒する。
――オレが相手にしていたのは、七十四層迷宮区のMobでも結構強いリザードマン。 普通の攻略組でも、無傷で倒そうとすればタイマンでも少し時間がかかるMob。 さらにほぼ確定で三体以上の群れで現れるから、なおさら梃子摺る。
……の、ハズなんだけどなぁ……
チラッと横を見ると、両手それぞれでリザードマンの顔面を掴んだマスターが大暴れしていた。 抵抗として剣が振るわれるも、問答無用で無限槍の紅槍の矛先が後頭部から貫通して瞬殺された。
……アレを見ると、色々と自信を無くすな。 ていうかなんか斃し方がデジャビュ。
その後サクッと残りのリザードマンの群れをワンサイドゲームで殲滅すると、慣れた手付きで中途半端なマップを開く。
……うーん。分かっていたけどやっぱりオレたちだけじゃ効率が悪いな。
――現状、アインクラッド攻略組のトップギルドは三つに分かれている。
物量を重視している『聖竜連合』。
単騎での能力を重視している『ドラクル騎士団』。
数と質、両方のバランスが取れている『血盟騎士団』。
それぞれ一長一短で、ボス攻略や戦闘では
……最初は月一の定例会の度にドヤ顔晒すリンドにムカついて積極的なマッピングを提案したこともあったけど、マトモに取り合ってくれたのはマスターだけ……いやまあユナとノーチラスは色々あるから兎も角、ピトの『無視しちゃえ』はどうかと思う。
で、そのマスターとの迷宮区マッピングだけど……… あれだ。 時々マスターが自称してる『幸運E』の意味が凄い納得出来るな。 分かれ道を適当に選ぶと100%マッピング済みの場所まで戻るか行き止まりかトラップエリアにぶつかる。
トラップは
……まあいいや。 もう終わった話だし。
マップを閉じて、水筒で自作コーヒーを飲んでいたマスターに声をかけて先に進もう。
◇◆◇◆◇◆◇
――そんなこんなで二時間ほど無双し続けた。
マッピングは予想通りの具合だけど、レベルは上がったし高価なアイテムも幾つか手に入ったから実質問題無し。
さて、この後はどうしようか?
特に予定は無いし、このまま迷宮区に篭ってもいいし……でも確かマスターは、今日の午後は針師の方の仕事があるらしくて帰るって言ってたしなぁ。
まあ、決めるのはもう少し後でいいだろ。 時間帯は昼飯時。 丁度良くこの近くに安全圏もあるし、そこで昼飯を済ませてからにしよう。
同じ地図を見ているのに何故か逆方向に歩き出したマスターの裾を引っ張って、安全圏に向かう。
………オレも街まで戻ろうかな。 色々と不安だ。
そういえば、つい最近になってやっとオレたちのギルドホーム――元ダンジョンだったその場所の最深部にいたボスの情報が少し分かったんだっけか。 初見なのにマスターが単騎で片付けちゃったし、元々フロアボス同様一体限りの特殊ボスだったし、雑魚Mobも
――そんな取り留めの無いことを考えながら歩いていると、後ろからガシャガシャと鎧を纏ったプレイヤー集団の足音が聞こえる。 振り返って見てみれば、白いフルプレートに青い装飾。 先頭の男の兜と鎧には、デカデカと青い竜のギルドマークが。
……聖竜連合か。
向こうの表情は兜とバイザーの向こう側に隠れて見えないけれど……まあ少なくともシュミットの部隊じゃないな。 シュミットなら一声かけるのに、一行はあからさまにこっちを避けて通路の左側に寄ってる。
ガチャガチャ五月蝿い金属音を少し煩わしく思いながらも、まあ何時もの事かとやり過ごした。
……ただ、連中の向かった先は、オレたちが行こうとしていた安全圏のあるスペースなんだよな。 流石に自分からギスギスした空気を作りに行こうとは思わないし。
内心溜息を吐きながら一行を見送ると、マスターに「ザザ」と声をかけられた。
顔を向けると、今日の昼食用に作ってきたサンドイッチが差し出されていた。
「マスター、これ、は?」
「少々面倒なことになったかもしれん。 食いながらついて来い」
オレがサンドイッチを受け取ると、マスターは槍で肩を軽く叩きながらゆっくり歩き出す。
慌てて一口頬張ってから小走りで後を追う。
「
「………聖竜連合は『数』に秀でたギルド。 故に指揮の迅速さを維持する為に各部隊の隊長格の兜には判別しやすいように特殊な装飾が施されている。 それはマッピングやボス部屋まで進軍する際に雑魚を相手取る役割を担う二軍、三軍の者にも言えることである」
それは聞いたことがある。 特定のユニフォームがないドラクル騎士団だと実感がないけど、似たような外見の装備を揃えていると一々頭上に表示されている名前で判断しなくちゃならなくて、二十五層の悲劇は解放軍指揮官の指示ミスが原因の一つだって言われたくらいだし。
でも、それとさっきの一行になんの関係が?
「だがあの隊長格の男……見覚えがないのだ。 装飾用の品は基本的に自由、故に個性が出る。 たとえ換えたとしても、大まかには予想がつく。
……だが、あの様にギルドマークそのものを誇示するような男は居なかった筈だ。 新しく攻略組に参加した者かもしれぬ。
そして、付け加えれば――」
マスターはそこで一旦言葉を区切って、
「………あの手の何かに酔った人間は、往々にして何かしらやらかすものだ」
言い終わるなり歩くスピードを落とすことなくストレージから投擲剣を十数本実体化させたマスターが、無限槍の使い過ぎでボロボロになった袖や懐に仕舞う。
あれと全く同じ動きは、何度か見た事がある。
――
「マジ、かよ」
これは走った方がいいのでは? そう言おうとした所で視界の端に安全圏に入った事を示すメッセージが表示される。
休んでいたりして、と僅かな期待を込めて見回すも、……誰もいない。
………いや、それどころか!
「マスター!」
「うむ。 行くぞ!」
遠くから悲鳴が聞こえる。 状況は全く分からないけど、急いだ方がいい事だけは確かだ。
優先して上げているAGIを全開にして走り出す。 マスターを置いていってしまいそうだけど、あの人はあの人でシステム外スキル『水平跳び』でかなりのスピードが出ている。 方向転換の融通が利かないのが難点らしいけど、先行するオレが分かれ道を先に伝える事で解決。
現実じゃあ自転車を使っても出せるかどうか分からないスピードで走っていると、すぐにプレイヤーの集団がリザードマンの群れと戦っている所に出くわす―――って、
「キリト!?」
「ッ、ザザか?! 丁度良かった!」
見覚えのある黒尽くめの剣士と、ギルド『風林火山』が。 聖竜連合の連中じゃないのかよ!
連中の話を聞くのにまずは邪魔なMobを一掃しようとエストックを引き抜き、近くにいたリザードマンが切り掛かってきた所でカウンターにスタースプラッシュを打とうと構えて、
「待て、ザザ! 確かお前、AGI型だったよな?!」
「それが、どうした!」
「この先のボス部屋に向かってくれ! あいつら、とんでもない無茶を――」
そこまで聞き取った所で轟音が鳴り響き、オレの目の前にいたリザードマンが文字通り木っ端微塵になって、代わりにマスターが現れる。
「……やはり不味い状況になったか」
それだけ呟くと、両袖から飛び出た六本の投擲剣が銀の軌跡を残しながら宙を舞い、未だ悲鳴の聞こえる方角の道に立ち塞がるリザードマンの眉間に突き刺さる。
「ヴラド!?」
「貴様ら先に行け! この場は余が引き受ける!」
さらに追加の投擲剣が弧を描きながら突き刺さり、あっという間にタゲがマスターに集中する。
その数、十二体。
マスターが負けるような相手じゃない。 でもここは最前線。 絶対は無い訳で―――
そんな逡巡を察知したのか、「ザザ! 征けい!」と一喝され、早速一体が槍に貫かれてポリゴンに還る。
「ッ―――無茶は、駄目だから、な!」
「はっ! 戯け、追いついてやるわ!」
青い鱗のリザードマンの所為で見え難くなったマスターからの力強い返事を聞いてから、キリトたちが走って行った道を急いだ。
◇◆◇◆◇◆◇
――走る事数分。
辿り着いたその場所は、まさに『地獄』と化していた。
炎の様に揺らめく青い瞳に、羊を模した形の角。
下半身は黒い体毛で覆われ、尻尾は蛇。
手に持つのは、ボスの身の丈ほどある歪な片刃の大剣。
絵に描いたような悪魔――
――『The Gleam Eyes』が、聖竜連合の部隊を一方的に蹂躙していた。
プレイヤー側のHPは――三割も無い。 普通なら撤退一択だ。
「転移結晶を使え! 早く!」
キリトが当たり前の事を叫ぶ。
だが、
「だ、駄目だ……転移結晶が使えな――」
そこまで言葉を繋いだ大盾を持ったプレイヤーが横殴りで吹き飛ばされ、HPが一瞬で激減する。
――状況は最悪。
装備からしてタンク職のプレイヤーのHPを、ソードスキル無しの一撃で大幅に削る馬鹿げた攻撃力。 それに加えて、結晶無効化エリア。
このままじゃあ、間違いなくあのパーティーは全滅する。
だがオレたちが助けに飛び込んだ所で、この少人数じゃあ無謀な事に変わりは無い。 最悪、オレたちまで死にかねない。 それが分かってるから、キリトも、風林火山のメンバーも突撃することが出来ない。
もっと嫌な事に、元々このボスは事前情報が無く、これはいい偵察の機会だという事実が存在する。 今のこの僅かな時間だけでも、ボスの攻撃パターンが幾つか分かった。
そもそもこの事態はたった一パーティーでボスに挑んだあいつらの責任でもある。
どうするべきだ。 無理を承知で突っ込むか、このまま傍観に徹するか――
オレがあれこれ悩んでいる間に動きがあって、如何にかパーティーリーダーが部隊を纏め上げるのに成功したらしい。
良かった、あのまま撤退してくれるならまだ援護のしようがある。
タゲ引きをしようとマスターに倣って持ってる投擲剣を取り出すと、何の偶然か、そのリーダーと一瞬目が合い―――
「ッ――巫山戯るな! 我々はトップギルドだ! 撤退の二文字は無い!」
「なっ!?」
何を思ったのか、自身を先頭に二列に隊列を組んでボスに突撃をし始めた。 あれじゃ撤退どころか、回避やパリィも難しい。
ボス戦は素人かよアイツ!?
案の定切り上げを喰らい、こんな状況下でなければピト辺りが「た〜まや〜」とか冗談を言いそうなほど盛大且散り散りに吹っ飛ばされる。
その飛距離たるや、最初あいつらはボスを挟んだ奥側にいたのに、うち一人はオレたちの目の前である入り口付近に落ちてくる程だった。
ギルドマークが要所々々に飾られた男――後にコーバッツという名だと知ったそいつは、ただ一言、「あり得ない――」とだけ言い残して、
呆気なく、
……攻略組にいる以上、今まで何度かプレイヤーの死ぬ所は見てきた。
だけど。 こんな、こんな意味不過ぎる死があって堪るか。
「――何が、『巫山戯るな』、だ。
ふざけてん、のは、そっち、だろうが!」
激情に任せてエストックを引き抜き、ボスに向かって突進する。
ボスも、当り所が良かったのか瀕死ながらも生存している残りの聖竜連合のメンバーでは無く、新しいターゲットであるオレを狙う事にしたのか、走り込んだ場所を狙って大剣が振り下ろされる。
――ここで雑学だが、アインクラッドの刺突剣には大雑把に『レイピア』と『エストック』が存在する。
二つの最大の違いは、斬撃属性の攻撃が出来るか否かであり、その点ではエストックはほぼ惨敗だ。
だが、今オレの前にいるボスのような強大な敵を相手にした時、斬撃属性の有無と同等か、それ以上に大事な点がある。
それは、『耐久性』。
そもそも刺突剣に限らず中世ヨーロッパで使用されていた剣は、一部の例外を除けば、堅いフルプレートの鎧や盾を突破する為に切れ味よりも耐久性が重視され、ローマなどでは両刃剣ですら刺突用と割り切られていた説すらあるほど切れ味は重視されなかった。
そしてそれに当て嵌らない例外とは、儀礼用、決闘用の剣――所謂『レイピア』であり、こちらは実戦で使われたことすら稀で、肝心の決闘であっても防御には短剣が必要なほど脆かったらしい。
つまり、何が言いたいかというと―――『生き残る為の戦い』には、エストックの方が向いているのだ。
ボスの振り下ろした大剣の刃に向けて、エストックで突きを放つ。
切先同士が正面衝突、なんてミラクルは起きず、刀身をボスの大剣が滑り、太刀筋がズレる。 当然手元にも強烈な力が加わるけど、その力に逆らわないで、寧ろ受け流しにかかる。
甲高い金属摩擦音に耳を痛めながらも流し、流し――反時計回りに一回転する頃にはボスの大剣は地面に減り込んでいた。
それでもって、すぐそばには伸びきって隙だらけのボスの腕。 見逃すわけもなく、手首と肘裏にソードスキル『ピアース・テリトリー』を発動。 範囲内のターゲットにそれぞれ三連撃を叩き込んで、ステップで下がる。
そこでHPバーを確認して――思わず舌打ちする。
自分でも結構しっかり受け流せていたと思ったのに、想像よりずっとダメージを受けていた。
一方ボスのHPも、手数メインの低ランクスキルを打ち込んだにしては減りが大きい。
ていう事はコイツは、一発一発が重く、速く、代わりに紙装甲なモンスター。 セオリー通りに攻略するなら動きを止める為に大勢のタンクかデバフ要員が必須だ。
撤退戦、それも動きの鈍いタンクが逃げる時間を稼ぐとなると、相性最悪の敵。
いっそHPが低い点を活かして袋叩きにするのもありかと思ったけど、ボスの常として範囲攻撃を持ってるだろうから現実的じゃないし、根本的に、現状ボスを相手取っているオレ、キリト、クラインじゃあ仕留め切るには火力が足りない。 風林火山のメンバー全員を加えても厳しいだろう。
まずい。 このままじゃあマスターが来る前に全滅する。
何か、何か打開策は――
防御と受け流しに専念していると、キリトが「ザザ、クライン! 十秒だけ持ち堪えてくれ!」と叫んだのが聞こえる。
何か切り札でも――いや、今は時間を稼ぐのに集中。
クラインがパリィしたのに合わせてアキレス腱の窪みを突き、薙ぎ払いながらこっちに振り返ったその顔面に投擲剣を二本投げ付ける。 払いこそ喰らっちまったけど、投擲剣はかろうじて狙い通りの場所――ボスの両目に突き刺さり、ボスは左手で顔面を抑え、咆哮しつつもその場に棒立ちになる。
視覚を潰されたMobの行動パターンは二つ。 短時間その場で動きが止まるか、長時間大暴れするかの二通りだ。
大暴れする奴は下手すると数十秒そこらじゅうを転げ回るから賭けだったけど、上手くいった!
レッド一歩手前まで落ちていたHPを回復させようとポーションを取り出すと、横を剣を二本装備したキリトが突撃していき、ソードスキルを発生させる。
ソードスキルは、一部の小型投擲武器以外の武器を両手に持っていると発動出来なくなる。 なのにあいつは出来てるって事は、ユニークスキルか?
「うおぉ――おおおおおおっ!!」
左右の剣が別々に動き、ボスのHPをあっという間に削る。 一本目が一瞬で消し飛び、二本目も順調に消える。 それでもまだ、連撃は止まらない。
こりゃあ決着がついたな。 仮に残ったとしてもミリだと判断して――
――ボスが高々と大剣を振り上げ、その刀身が光っている事に気がついた。
……まさか、動けるのか? 嘘だろ、怯みとかはどうなってるんだよ!?
退避させようにも、キリトの連撃はまだ続いている。 ソードスキル発動中は動きが大幅に制限されるから、躱すのは無理だろう。
投剣で妨害しようにも、そんなちっぽけなダメージで止まるくらいならとっくに止まってるだろう。
――クソッ、間に合え!
慌ててエストックを構えて走るも、大剣は既に振り下ろされ始めている。 駄目だ、間に合わない!
キリトが左手に持った青い剣が突き出されると同時に、その切先が振り抜かれる―――
――その直前、輝く槍がボスの大剣を横から強引に
武器が手から弾けたボスは蹈鞴を踏み、その腹が刺し貫かれ、
無謀に等しかったボス攻略が終わり、疲れからゆっくりと息を吐く。
ボスの一撃を防いだ武器が、期待通り見覚えのある
「……マスター、遅い、です」
「すまぬ、あの後もわらわらと群れられてな。 赦せ」
どれだけ無限槍を使ったのか、さりげなく半分以下になっていたマスターのHPがじわじわ回復しているのを眺めながら。
そこには、確かな安心感があった。
次回予告
喜びなさい。 今回の担当はこの私よ。 何処かの誰かさんみたいにシリアス風に語ったはいいけど、蓋を開けてみればただの繋ぎ回でした、なんて事にはならないから安心なさい。
それじゃあ、始めるわよ。
突然の七十五層解放。 三人目のユニークスキル保持者。 揺れに揺れているアインクラッドで、三大ギルドの会合が始まる。
争点はたった一つ。 『三人目のユニークプレイヤーの処遇をどうするか』。 ふん。 争点もなにも、貴方達が決める事じゃないでしょうに。
ま。 やたらと執着している奴はいるみたいだけど。 私がこの男の立場ならブン殴ってるわね。
え? そういうアドリブはいらない? うっさいわよツギハギ女。 ああはいはい締めればいいんでしょう?
次回、『串刺し公、問答す』。