串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】 作:カリーシュ
――第三十四層 DK本部
――少しばかり高かったアイテムを放り込んでからウィンドウを閉じ、疲れ切った顔にジト目でオレを睨んでいるノーチラスに向き合う。
「よくまぁ………よくもまぁ、こんな作戦を思いついたな。 しかも事後報告とか……」
口から溜息混じりに零れ出るのは称賛か文句か。 間違いなく後者だろうな。
「別に良いだろ、上手く行ったんだから」
「だからってな――」
ビシッとオレを指差し、若干の悲鳴混じりに叫ぶ。
「
――あの犯人たちの一糸乱れぬ統率。
捕まえるのに一番厄介なそれを失わせる為の一手は、何よりインパクトのある手段が欲しかった。
しかし
という事で次点の策として、ヴラドに化けた誰かを登場させることにした。
背丈の違いや体格差は、相手から距離を取ったり厚底靴とかで誤魔化せるし、髪は専用アイテムを使えば幾らでも弄れる。
服装も、以前オレがタイタンズハンドの一件で貰ったコート――ヴラドが
あと必要だったのは、連中の索敵スキルで看破されないレベルの隠蔽スキル。
そういう訳で、一番隠蔽スキルの熟練度が高かったオレがヴラド役を請け負った。
ここまで来れば後は簡単。 連中がビビっている隙に、待機していた他のメンツで抑えるだけで片付いた。
「しかし、まさか顔見せるだけであそこまでビビるとはなぁ」
「まぁ『数こそパワー!』を信条にしてる奴からしてみれば、単騎で攻略組最強のウチのギルマスとか一番のヘイト対象だからねぇ」
HA☆HA☆HAと笑う毒鳥。 今日も愉悦部は絶好調だな、悲報だ。
――って、オイ。 何でお前が此処にいるんだよ? 今日は
そう念を込めて睨んでやれば、『その話は後で』とでも言いたいのか手で制される。
「さて! 彼女持ちノーチラスクンが
コイツの毒吐きはスルー。 付き合いの長いオレたちは冗談だと分かっているので、初見のユリエールさん以外誰も動じない。
つかノーチラスからピトへの連絡が通じたって事は、迷子は脱したんだな。
「ぅぅ、最近反応が薄くてつまんない。
……アイツらとテキトーにお話したら、あっさり回廊の転送先をゲロったわよ」
「早っ」
さっき捕らえる事に成功した、あの元軍のプレイヤー。
とは言え、幾ら天下のDKと云えど他人のアイテムの強奪は出来ないし、ギルドホームに結晶無効化エリアも無い。
つまり、逃げられる前に連中からあれこれ聞き出す必要があったのだ。
……そういう意味でも、ピトが直ぐに戻って来たのはありがたいな。
脱出手段を持つ相手とどうお話(意味深)したのかは気になるが、触らぬ何とやらに祟りなし。 手早く本題に入ろう。
「そ、それで、シンカーは何処に?」
「第一層、『はじまりの街』」
「………え?」
「正確に言えば、はじまりの街中心部、黒鉄宮に入口がある地下ダンジョン。 て言ってもβ版には無かったから、多分上層クリアで解放される隠しダンジョンだね」
「マジかよ」
思わず呻いてしまう。
隠しダンジョン、しかも未踏破と来た。 そんな所を独占どころか秘匿してたとなると、相当儲かった事だろう。
後から知った事だが、今回の犯人はこの間七十四層でボスに特攻した一団とその上官だった。 仮にも最前線攻略ギルドに入れる程度の経験値と装備の出処が分かったと、ピトがエゲツない笑みを浮かべていた。 南無。
「て事は、迷宮攻略か。 時間掛かりそうだな」
「実質一本道で難易度は六十層程度らしいから、今此処にいる面子だけで二人の救出“だけは”何とかなりそうだね」
「……あの、すいません。 救出だけは、というのは――」
妙な所を強調したピトフーイ。
その部分をユリエールに突かれ、僅かに微妙な顔をする。
「いや、アイツらの話を聞く限りなんだけどサ。 最深部にいるボスについて、なーんか隠してるっぽいのよね」
「ボス?」
「そ。 話を聞く限り、ボスも六十層相当らしいんだけど………
だとしたら、ポータルPKとしては弱くない? 非戦闘プレイヤーとかならともかく、仮にも武装した元攻略組や昔DKと関わったギルドのメンバーを、しかも集団で送ろうとした先の割には死地って程キツそうには思えないし、救出隊が送られれば六十層程度なら一日で制圧出来るっしょ」
「……確かに。 言われてみればそうだな」
「かと言って、ダンジョンのレベルそのものがもっと上なら、そもそもアイツらが回廊の出口を設定出来ない。
つまり、ボスだけ異様に強いダンジョンって可能性があるのよ。 流石にその相手はこの面子じゃ厳しそうだからね」
普段他人の胃とSAN値を苛め抜くか歌ってるかしかしていないピトらしからぬ推理に、黒猫団のメンバーからすら感嘆の声が出る。
「以上、説明終了! とゆーわけで、明日の早朝、生命の碑前で集合! 今日は解散!
あ、キリトは残ってねー」
無駄に綺麗な声で号令をかけ、帰宅を促す。
と言っても黒猫団とユリエールは大事を取ってDK本部に一泊することが決まっていて実際にDK本部を後にしたのはサーシャさんだけだったが。
「――で、何だよ話って」
黒猫団とノーチラス、ユナがユイに構っているのを傍目に、隣に来たピトに小声で話しかける。
チラッと顔を見れば、ここ最近妙に見覚えのあるレベルで真面目な表情で。
……そういえば、ユイについてはノーコメントだな。 ピトらしくない。
「……さっきは敢えて言わなかったけどさ。
ダンジョンの話、違和感ない?」
「違和感?
……いや、特には」
「『一本道のマップ』、『最下層に隠されたダンジョン』、でもって、『ダンジョンのレベル不相応なボス』。 これだけ並べても?」
「?」
本気で分からず首を傾げる。
数分程経っただろうか。 恐る恐るユイの頭を撫でたノーチラスにユナが爆弾発言をして軽く阿鼻叫喚と化した所で、「根拠の無いカンもあるんだけどね、」と呟きが聞こえる。
「単なるダンジョンなら、シンカーは知らないけどディアベルなら完全ステルスなり何なりで勝手に脱出するでしょ。 ポータルPKとして確実性を高めるなら、誰だってボス部屋の中かトラップエリアに出口を設定する。 それなら直ぐに殺せる。
でも、ディアベルたちはまだ生きてる。 それでいて脱出しているような兆しは無い。 つまり、ボス部屋、或いはトラップエリアのさらに奥に安全エリアがある可能性がある、けど……
――ボス部屋奥の安全エリアって何よ? 隠しアイテム入り宝箱っていうんならまだしも、アイツらの装備にも市場にも、そんなブッ壊れ級の代物は流れてない。 単にボスかトラップが強過ぎて取り損ねてるなら、やっぱり急にそんな所に放り込まれたディアベルたちが無事な説明がつかない」
「……何が言いたいんだよ。 キャラじゃないぞ」
ピトらしからぬシリアスな空気に耐えきれず指摘すると、
「じゃあ私の勘を言うわね。
―――システムコンソール。 もしくはそれに準ずる何かがある」
「………………は? いやいやナイナイ。 何でそうなる?」
「ボス
最下層でβ版には無かったダンジョン。 生命の碑に隠された場所にあって、しかも解放条件は不明。
仮に最深部に辿り着けたとしても、そこにあるのは権限を持たないプレイヤーが触ってもうんともすんとも言わないただのオブジェクト。
実は最初から解放されてて、GMがこっそり一人で行き来してました、なんて考えられない?」
「……………考え過ぎだろ。 ここ最近茅場を探ってばっかりなんだからな」
GM候補――ヒースクリフとヴラドの実力を思い出し、ピトの勘を否定しながらも、その可能性を考える。 確かに彼らなら小さなダンジョンの一つや二つ、簡単に突破出来るだろう。 方向音痴も一本道なら関係無い。
「兎に角、その可能性がある以上、ヴラドにもKoBにも頼れない。 だから明日は期待しているわよ? 黒の剣士さん?」
毒を撒くだけ撒き、空気を切り替えてユイに突撃するピトフーイ。
変態軌道で突進する変態にユイが怖がり、サチの見事なカウンターで撃沈するのを眺めながらも、一抹の不安を抱えるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
――そして一夜明け。
第一層 はじまりの街
日が昇りきるかどうかと言う時間帯、黒鉄宮に入って直ぐの場所に、オレ、ピト、ノーチラス、ユリエール、そして月夜の黒猫団のフルメンバーとユイが集まった。
……ユイとサチは安全圏で待っていて欲しかったのだが、ユイは「一緒に行く」と言って聞かず、サチも「ユイちゃんが行くなら」と付いてきてしまった。 まあアインクラッドでも五本の指に入る実力者がオレ含めて二人いるなら、多分大丈夫だろう。
ついでにノーチラスのVR不適合だが、本人曰く『絶対にビビってはいけないドラクル騎士団二十四時 〜ガチモードヴラドによる決闘から暗殺まで〜』を一週間続けたら怖くなくなったそうだ。 ここまで名前と内容とのギャップが酷い企画はそう無いだろう。 因みにヴラドの隠密スキルは九百超えしているので、本気で暗殺者ムーブをし始めたらアルゴみたいに索敵スキルカンストでも無い限り手に負えないと断言出来る事をここに記しておく。
「……お前、苦労してるんだな」
「……本当にな。 今からでも所属を変えるか? 僕は前にKoBに居たから馴染みやすいだろうし」
「いやいいや。 オレの心臓に毛は生えてないんだ」
なんて取り留めもない雑談をしながら地下ダンジョンを進む。 敵? 蛙とか節足動物の群を見て目を輝かせたピトが奇声を上げながら粉砕し、ユイは無邪気に「おねえちゃんがんばれー」と応援し、さらにピトの狂化ランクが上がるの繰り返しだ。 無限ループ怖い。
つかピト、お前仮にも女性としてゲテモノ見てその反応はどうなんだ?
「最近エムを殺ってなくて溜まってんのよ!!」
そーなのかー。
――まあそんなこんな、一部ユイの教育に悪そうなシーンはあったもののサチのファインプレーで誤魔化しながら進む事一時間。
ダンジョンとしての難易度は本当に低く、あっさりとボス部屋前についてしまった。
「さてと。 情報通り、ここまで特に別れ道とかは無かったからこの先にいる事は間違いないわね。 キリト、準備は良い?」
「へーへー。 分かってるよ、出し惜しみはしないよ」
昨日の予測では、ここのボスはユニーク持ちがソロで勝てる程度の難易度だ。 過信は禁物だが、道中のMobのレベルを見る限り、予想より弱い事はあっても強い事は無いだろう。
そう思い、両手に剣を持つ。
――後から思えば、違和感を持つべきだった。
何故このダンジョンに飛ばされたディアベルたちが、こんな如何にもボス部屋な向こう側に行ったのか。
何故転移結晶を持ってるはずの彼らが、それで脱出しないのか。
深く考え過ぎていたオレたちは、そんな単純なことさえ見えていなかった――
――ピトが馬鹿高いSTRに任せて、不気味な光沢を放つ黒紫色の扉を蹴り開ける。
警戒しながらも部屋に踏み込むが………何もいない。
強いて変わった点を挙げれば、ダンジョンの途中から足元に薄く
「……何もいないな」
「んー、じゃああれはブラフだったのかな? こんな分かりやすいウソつくなんて、」
「思いっきり騙された奴が言うな」
念のため警戒を解かずにボス部屋を観察する。
と言っても、変わった点は足元の異変以外無く、ボス部屋の奥深く、五、六十メートル程の所に安全地帯か、光の洩れる場所があって、プレイヤーが二人見える。
「シンカー!」
遂に感極まったのか、ユリエールが駆け出す。 その呼び声が聞こえたのか、二人のプレイヤーが絶叫する。
「ユリエーールっ!!」
「今すぐに逃げるんだ、その通路は――」
次の瞬間――
索敵スキルが、背後からの敵襲に警報を鳴らした。
咄嗟に振り向けば、
「――g@’f」
――『ソレ』が、サチたちに鉤爪を振り下ろそうとしていた。
「!? サチ、伏せろ!!」
「へっ?」
持てるステータスで出せる最大速で数メートルを詰め、鉤爪を全力で弾き飛ばそうとした。
しかし、鈍い金属音と共に弾かれたのは、オレだった。
グルグルと縦に回る視界。 たった一発、それも武器でガードしながら受けたというのに二割強削れるHP。 聞こえるサチの悲鳴。
背中から落ち、それでもなんとか手放さずに済んだ剣を杖に急いで立ち上がって見れば、――
――そこにいたのは、普段なら『出る作品間違えてませんか?』と冗談の一つでも言いたくなる程、生理的嫌悪感を催すバケモノだった。
辛うじて人型のシルエットを保ってはいるものの、テラテラ光る黒紫色の表皮を持ち、翼もある肩から生える腕は節足動物のそれで。
何よりも悍ましいのは、その顔。
――歯を剥き出しにした口が、
これまで確認されたアインクラッドの、どのMobとも似つかないモンスター。
しかもいつかのクリスマスボス同様、カーソルが黒ときた。
トドメに、敵の名前は―――『Bell・Lahmu fake』
そう――
「冠詞が付いてない……だと?! おまけに
「みたいだねーあっはっは。 あキリトーちょいそれのうしろみてみー」
「なに言って……」
妙に力の抜けたピトの言葉通りに気色悪い哄笑を浮かべる敵の背後を見て見れば、
「……ピト」
「なーにー」
「………逃げていいか?」
「結晶無効化空間でにげられるならどーぞー」
全く同じ敵がプラス十体、意味不明な叫びを上げていた。 これはピトでも絶望したくなる。 誰か嘘だと言ってくれ。
無論相手は待ってくれず、襲い掛かってくる。
「iyg’y! ;zs$d(! b_r! bys@mb_r!」
「くっ!」
地面スレスレを飛びながら突進してくるのを、受け流すように防ぐ。
だというのに相手のふざけた力の所為か、またHPが目に見えて減っていく。
不幸中の幸いは、他の個体は今受け流した奴を指差してケタケタ嗤っているだけで、直ぐには攻撃してくる様子はないことくらいか。
「クソッ! オレが時間を稼ぐ、早く逃げろ!」
「逃げられるんならもうやってるっつーの!」
再度突っ込んでくる敵に大剣を叩きつけながら、ピトが叫ぶ。
「さっきも言ったけど、ここら一帯結晶無効化空間になってる! ディアベルたちの様子見る限り、多分安全地帯に連中が入れないだけであっちもそう! つまり――」
「コイツら全滅させないと、逃げる事も出来ないって事かよ!?」
容易くこちらの防御を貫く攻撃力に、さっきのピトの一撃でも五%程も減らない体力。そんなのが計十一体。
思わず変な笑いが込み上げる。
「……おいピト。 サチは?」
「もうみんな安全圏に逃がしたよ。 何人かは強引に放り込んだけど。 流石にこれの相手は死ぬでしょ」
「……お前は逃げないのかよ?」
「おや、イキリトクンは一人でクソゲーに散った
「なんだよその渾名。 つか死ぬの前提かよ――
――来るぞ!」
嗤いながら地面スレスレに突進する敵。
一先ず数を減らさない事には仕方がないと、揃ってカウンターでソードスキルを発動させ――
「g@v。 f@##t!」
「なっ!?」
「フ◯ッ◯ンこのエセテラフォーマーズ!」
――ソードスキルが当たる直前。
相手は翼を広げて
そのまま真っ直ぐ来るものだと思って発動したソードスキルは二人分揃って虚しく空を切り、発動後の硬直時間が課せられる。
当然、明らかに戦い慣れたAIを持つヤツがそんな隙を見逃してくれるハズもなく、鋭く尖った四肢で無茶苦茶に突いてくる。
またしても回る視界。 朦朧とした視界で自分のHPバーを確認すれば、無慈悲にも
それが意味するのはつまり、次の一撃は受けようが防ごうが、どうやっても死ぬということ。
「――キリト!!」
血相を変えたサチが走り寄って来るのと同時に、連中が「&+t@b_r! &+k&ma’!」と一斉に飛びかかってきた。
せめて、サチだけでも助けなければと、いつの間にか防御力デバフをかけられた身体を起こし――
「――だいじょうぶだよ、パパ、ママ」
この場に似つかわしくない、鈴を転がしたような声が聞こえる。
次に耳に届いたのは、昨日散々聞いた破壊不能オブジェクトのタグが発生する音。
慌てて目を向ければ、細い手足に長い黒髪。
ピトの手によって安全地帯にいる筈のユイが、十一体もの怪物の前に立っていた。
苛立ったような金切り声を上げる怪物の鉤爪は――一つたりとも、ユイを傷付けていない。
――【
圏内にいない限り、決してプレイヤーには付与される事のない、絶対防御。
全く予想していなかった事態にオレたちが唖然としていると、上下左右から突き続ける事で突破不可能だと判断したらしい怪物たちが揃って高笑いを始める事で自身にバフをかけていく。
そして、その内の一体が
――轟音と共にユイの手元に発生した業火。
それは周囲の泥と、運の悪い一体の怪物を纏めて蒸発させながらも細長い形に纏まり、一振りの大剣へと姿を換えた。
同族が一瞬で溶けたからか、或いはそういう生態なのか、怪物たちは警戒しながらも
しかしその連携も、ユイが炎の剣を軽々と横に一閃する事で灰すら残さず消えていく。
三体同時に消えたことで逃げる事にしたのか、歪な形状の羽を広げて飛び立つ怪物たちだが、どうやら泥水の広がっていない所には進めないようで、天井スレスレを「zjoue! zjoue!」と叫びながら、狭い空間を人間より二回りも大きい怪物が七体も右往左往していた。
もうその姿に、さっきまでの恐ろしさは無く。
振り上げられた炎の切先が叩き込まれ、爆音を撒き散らしながらポリゴンの欠片へと散っていった。
「――ユイ……ちゃん……」
標的を焼却し尽くした炎の剣は、現れた時同様突然虚空に消える。
静けさを取り戻した洞窟で、サチの掠れた声が幼い少女に届く。
「パパ……ママ……
ぜんぶ、全部、思い出したよ――」
◇◆◇◆◇◆◇
「――ふー。 ディアベルズは無事脱出。 まっさかあの泥が結晶無効化エリアを作ってたなんてねー」
ポーションを咥えながら、そう独言るピトフーイ。 その視線はオレたち同様、ユイの座る黒い立方体に向けられていた。
――全部、思い出した。 そう言ったユイは、躊躇いがちに、そして、丁寧な言葉で、彼女自身について語った。
――この世界。 『ソードアート・オンライン』と呼ばれるこのVRMMORPGは、二つのコアプログラムが互いにメンテナンスをしながら稼働する一つの巨大なシステム――『カーディナル』によって運営されている。
そのプログラムの何よりの特徴にしてコンセプトは、『人間によるメンテナンスの廃止』。あらゆるAI、アイテムバランスの制御・調整を始め、デバックすらシステム自身の手で直せるプログラム。
けれど、そんな『カーディナル』でも、ある一分野だけはカバーしきれなかった。
それは、
――しかしアーガスのスタッフたちは、悪く言えば傲慢で、良く言えば妥協しなかった。
彼らはプレイヤーのケアすらもシステム化すべく、カーディナルとは別のプログラムを書いた。
問題を抱えたプレイヤーを訪れ、話を聞く存在。 『
……それが、ユイの正体だという。
「プログラム……? AIだって言うのか……?」
信じられない。 確かにユイと一緒にいた時間は短いが、それでもユイの感情は、本物に思えた。
「わたしは、プレイヤーに違和感を与えないように、感情模倣機能が与えられています。
……偽物なんです。 全部………この涙も、全部……」
ユイの両目に涙が溜まる。
これが、偽の感情……
信じられない。
「ちょっと待って。 じゃあ記憶が無いって言ってたのは? あれもプログラム?」
「……話は、二年前。 正式サービスが始まった日に遡ります」
ピトフーイがずけずけと話を進める。
――二年前。 この世界が掛け値無しの地獄と化したあの日。 カーディナルはユイに対し、有り得ない命令を下した。
それは、『プレイヤーに対する一切の干渉禁止』。 本来なら混乱と絶望に陥ったプレイヤーの元へ赴く為に作られたというのに、その行動を禁止されたと言うのだ。
自身の存在意義、そしてそれに矛盾する命令。
唯々見守ることしか出来ない状況が続き、エラーを蓄積させていったユイは、遂に崩壊した。
「それでも、負担が軽い日もあったんです。
あるプレイヤーは、システムにすら拮抗する、『魂の在り方』としか言いようの無いものを持つ人で。 そのお陰で、短い時間。 システムに生じた僅かな不具合の合間を抜って、わたしは実体化出来たんです」
「それが、二十二層の、あの森だったのね……」
こくりと小さく頷くユイ。
「わたしは、カーディナルのバグが原因で漏れ出たプログラム。 コアシステムのセルフメンテナンスが始まるまでの間しか存在出来ないんです。
………その間にママたちに会えて、本当に良かった――」
そう言って精一杯の笑顔を浮かべるユイ。
その身体は、薄っすらと輝きを放ちながら透き通り始めていた。
「ユイちゃん!?」
「……ピトフーイさんがこの安全地帯に放り込んでくれた時、わたしは偶然この石――GM用の緊急コンソールに触れて、破損した機能を復元。 それと、『オブジェクトイレイサー』で守護モンスターを消去したんです。 その分、後回しにされていたわたしへの対応が早まりました。
……わたしは、直ぐにでも消去されてしまうでしょう」
「そ、そんな……そんなの……なんとか、ならないの……?」
ゆっくり、残酷に、ユイが首を横に振る。
「パパとママたちのそばだと、みんな笑顔でいました。 わたし、それがとっても嬉しくて……」
殆ど消えかけの、その手。
その手が、そっとサチの頬に触れる。
ほんの微かな声。 もう注視しないと判別出来ないほど薄くなってしまったユイの、最後の声が、微かに聞こえた。
―――ありがとう。
――――さようなら。
◇◆◇◆◇◆◇
――ユイの消えてしまった空間。
サチのすすり泣く声だけが響くなか、唐突に何かを叩くような音が響く。
そちらを見れば、システムコンソールの表面を叩き、青白いホロキーボードを浮かび上がらせていた。
「け、ケイタ?」
「……オレには全然分からない。
なんか知ってるらしいそっちの事情も、なんで茅場のクソ野郎がこんなことを仕出かしたのかも、
―――だけどなあ。 それでも、あの子が消えたくなかったって言うことだけは分かる。 だったら、オレに出来ることをやるだけだ!
テツオ、ササマル、ダッカー! ボーっとしてないで手伝え!!」
テツオの怒鳴り声にハッとした三人が、いつの間に複数に増えたキーボードに飛び付く。
「お、おい! 出来るのか?!」
「元パソ研舐めんな!!! 一人しか心当たりの無いどっかの誰かさんに比べれば、この程度っ――」
息の揃った四人がかりが、高速でキーボードを叩く。
一つの画面に表示される膨大な文字列。
オレ一人ならずっと時間がかかっただろうその作業が、四倍どころではないスピードで進んでいく。
それに伴い、ユイの消えた空間に、再び、
次いで、黒い髪が。 細い手足が――
「――これで、終わりっ!!」
ケイタが最後のエンターキーを壊さんばかりの力で打ったのと、コンソールに浮かんでいたホログラムが消えたのは、同時だった。
カーディナルのシステム防御が働いたのか、コンソールから発生した衝撃で吹き飛ぶケイタたちが地面に叩きつけられて気絶する寸前に見たのは、
――「ママ! パパ!」
泣きながら笑う表情、それでもその雫の意味が全く違う少女だった――
次回予告――代わりの一発ネタ
sideクラディール
――この日、俺は思い知った。
「……………」
「あ、アスナさmヒィィィィィイ!?!?」
――本気でキレた女性が、どれだけ恐ろしいかを。
ただでさえこの数週間、彼女をあのビーターから俺に振り向かせようとあれこれ手を回したのは俺だが、こうなると分かっていれば殺してでも数週間前の俺を止めただろう。
崩壊の報せは、KoB内の被害者の会全員に送りつけられた一通のメッセージ。 送り主は、案の定『ド外道』ピトフーイ。
中身は、一枚の写真と短い一文。
たったそれだけで、七十五層ボス攻略会議場に恐慌をもたらした、その内容は――
――今日KoBを休んだビーターと、『雪原の歌姫』。 そして、何処となく歌姫に似た少女。
彼らが仲睦まじく過ごす写真。
一文は、『仕事人乙ww m9^o^プギャー』
――それから先は、地獄絵図だった。
アスナ様が写真を見つめたままフリーズし、黒い瘴気のようなものが溢れる。
不審に思った団長が尋ねると、アスナ様は殺気全開で、それでも声色だけはいつも通りに、写真をヒースクリフに見るよう促した。
結果、ヒースクリフは白目を剥いて気絶し、続いて何事かとウィンドウを開いたヴラドが写真を一瞥し、「あの戯け者」と呟いてからザザとエムを連れて脱兎の如く逃げ出した。
アスナ様が
「――どうかしましたか? 会議の続きを始めましょう」
『『ハ、ハイッッ!!!』』
気絶していたヒースクリフですら飛び起きる程恐ろしい声で会議の続行を宣言した。
なお、碌に進まなかった会議の間中、アスナ様の背後に『ピトフーイボスコロス』と浮かんでいたのは見間違いだと思いたい。
「……ところでクラディール。 さっきサンザに聞いたのだけど、貴方最近
「」
あっ(察し