串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】 作:カリーシュ
――気が付けば、空に立っていた。
いや、正確に言えば、空中に浮かぶガラス板に立っていると言うべきだろう。
少しばかり周囲を見渡せば、案の定と言うべきだろうか。 浮遊する鋼鉄の城が見えた。 予想と違う点を上げるとすれば、未だ崩壊の兆しは見えないところだろうか。
夕陽に照らし出された、世界中のあらゆる建築物の常識に囚われない縦長の城を眺めていると、俺のとは別の足音が聞こえる。
足音は俺の隣まで来て止まる。
「――ゲームクリアおめでとう、ヴラド君」
「……やはりお前か、茅場」
アインクラッドに焦点を合わせている俺の視界の端に、見慣れた紅の鎧を纏った男が映る。
「……その言葉はあの英雄に言うべきであろうに。 何故
「言うまでもない。 あのナイフをサチ君に渡したのは君だろうに」
「………」
微妙な感情が浮かび、鼻を鳴らして誤魔化す。
「……驚いたようなら何より。 オレも手持ちの得物を全てインゴットに還してまで打った甲斐があったというものだ」
何しろ此奴が圧し折ってくれた槍の鉾を基礎に、最高級品のインゴットから打ち出したナイフを全て注いで打った一品だ。 ベースが槍だからか友切包丁レベルの大振りな物になったが、不意を突けたようならいい。
「……まあよい。
それで、楽しめたのか? あの世界、あの城での日常は」
下の方から緩やかに崩れ始めるアインクラッドを眺めながら、そう問う。 横から聴こえてくる息を呑む音は敢えて流す。
「……あぁ、楽しかったとも。
子供の頃から私は、空に浮かぶ鉄の城を空想していた。 広大な街。 どこまでも広がる草原。 地図を片手に潜る洞窟。 個々が生きている怪物。 それぞれの人生を精一杯生きる住人。
そして――」
そこで一旦区切り、
「――人々を鼓舞し、守護する人の『王』。
暗い洞窟を進み、絶望を斬り払う『勇者』。
最上層にて、そんな彼らを待ち受ける『魔王』。
そんな存在が、日々ドラマを創り上げる。 そんな世界を………」
そう、言った。
おそらく、心からの笑みを浮かべながら。
「……そうか。
あぁ。 確かにそれは、」
わざとそこで言葉を切った。
これ以上先を口にすると、これまでの感動が、ありきたりなものに成り果てそうで。
だが、伝わっただろう?
―――確かにそれは、楽しそうな物語だ――
「……幾つかいいだろうか。
何故私の正体に気が付けたのかね? それもおそらく、君から見れば初対面だったろう第五十層の時点で」
「なんだ、そんな事か?」
長い時を過ごした浮遊城から目を離し、未だヒースクリフのアバターを纏う茅場に僅かに向ける。
「『名は体を表す』。 日本の諺であったろう。
その人物の名前とは、名付けた者の願いや性格が出るものだ。 況してや自己の分身たるゲームアバターであれば尚更だろう。
本名ならば、その名に拘りを持つか、はたまたただの面倒臭がりか。
或いは――偉人や他者の名を借りるならば、その者への憧れか、その者の願い、望む在り方を反映しているものだ。
お前の名である『ヒースクリフ』。 その名を持つ男は―― ふむ。 いい加減長ったるしいな。シンプルにいこう」
僅かに息を吸い、ある小説の一節を読み上げる。
「――『Isn't it the end without even? After laughing and struggling, it would be funny to reach such a place?』」
何度でも言おう。
あの城は、あの物語は、本当に素晴らしく。
素晴らしく、
「俺は、狂おしい程に何かを追い求めた男を知っていた。 狂気に囚われて尚、他者を巻き込んですら己の
茅場よ。 俺は、一万人もの無辜の民を巻き込んでまで投影した城。 四千人を殺してまで実在を証明した城。 それを追い求めた『ヒースクリフ』も知っていた。
……ただ、それだけの事よ」
「……そういうものか?」
「そういうものだ。 結局、きっかけなぞ下らない事が多いものよ」
仮に俺が忘れていたとしても、同じ理由で奴を疑っていただろう。 それほどまでのものだった。 うむ、我ながら馬鹿らしい根拠だ。
付け加えれば、隠し通していた筈のユニークスキルを初対面で看破したのも不味かったであろうなぁ。
「……もう一つ。 その時点で予測なり確信があったのなら、何故君は私を見逃した?」
「……………貴様、過去に『茅場は人の心が分からない』とか言われた事がないか?」
「?」
思わずジト目で睨んでやれば、本気で分からないと言いたげな顔をする茅場。 王は人の心が分からない……!
「何度も言わせるでない。
あの世界は、『
今までの俺のアインクラッドへの言葉はオブラートに包んだ虚言だとでも思っていたのか。 わざわざ一人称まで素に変えているというのに。
「……ゲームで死んだら本当に死んでしまう世界でも?」
「だからこそ、だ」
「…………そうか。
ああ―――」
心から安堵したように紡がれた言葉を側に、素人目に見ても復旧は不可能だと断言出来る程崩壊が進みつつあるアインクラッドへと視線を戻す。
一際外周が出っ張っている五十層が藻屑と消えるのを眺めていると、漸く隣に立つ者が動く気配が聞こえる。
「……さて。 私はそろそろ行くとしよう」
こちらに背を向け、何処かへと歩き出す茅場。
その姿は数歩歩いた時点で消え去り、この場には俺だけが残った。
……いや、俺ももうそろ消えそうだな。 周囲一帯が光の粒子と消えつつある。
「………暫し然らばだ。
最後に、悠久に浮かぶ城を一目目に収め――
◆◇◆◇◆◇◆
……次に瞼を開けると、俺の視界はただただ真っ白な光の奔流に包まれていた。
約二年ぶりに網膜を貫く光に、何度か瞬きをして慣らす。 だというのに俺の視界は未だに白いもので埋め尽くされ――
……その白いものの半分弱を占める銀色と、ジッと動かない二つの丸い緑がかった金色の正体に漸く気が付き、思わず呟く。
「………ちと近くないか、ジル?」
「いつまでも起きない貴方が悪いです」
顔を覗き込んでいたジルから少々辛辣な言葉がでる。 初っ端からこれか。 一応主従関係だよな、俺ら。
つかお前、実家の方はどうした?
「長期休暇を頂いてますが?」
そうかい。
手伝ってもらいながらもナーヴギアを外す。
元々長い髪が災いし少々手古摺ったそのヘルメット状のハードを膝の上に置き一息付いていると、「あぁ、そういえば」とジルが切り出すと、
「――おかえり、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」
――ジャックが、俺にとっての日常の象徴にして非日常の証明の女性が、
優しい微笑みを浮かべていた―――――
「……あぁ。 ただいま、ジャック」