串刺し公は勘違いされる様です(是非もないよネ!) 【完結】 作:カリーシュ
個人作業用に調整したVR空間にて、宙に浮かばせたキーボードを叩く。それに応じて、同じく浮かばせている画面にコードが打ち込まれていく。コードを書き始めたのは最近の事でまだ不慣れだが、幸いデータや教材は揃っている。
一旦手を止め、複数の資料画面を手首のスナップで眼前へと動かす。リアルでやろうものなら大型テレビ画面に匹敵する大きさのモニターか、そうでなければPC画面を幾つも用意しなければならないのだろう。作業効率の大幅上昇、こればかりは茅場に感謝してもいい。
重村教授から受け取ったメモと、実数値のデータを前に唸りながら、非実態のコップに手を伸ばして――空を切った。
「何やってるのよ、ジル。こんな所で」
同時に、フランスの突撃女によく似た声――本人は憤慨するだろう――が、背後から聞こえる。画面を覗き込み、何をしていたのか察したのだろう。気配が引いていた。
「……いや本当になにやってるのよ」
「何って……
コップを取り返すべく振り返ると、完全に硬直したクィネラの姿が。右手に収まっていたのを奪還し、飲む仕草をする。『口をつける』『コップが一定以上傾く』という二つの
その電脳でどんな過程・結果を得たのかは知らないが、クィネラは復活に数秒を要した。
「……この世界にブレイン・バーストを持ち込むのは、流石に早すぎないかしら?」
「ブレイン……?」
聞き覚えのない単語に首を傾げれば、「何でもないわ」と誤魔化された。
「で、なんでこんな時代を数歩先取りしたような思考加速システムを組んでるのよ」
「……まあ、いいでしょう。
此度の一件を最後に、ブライアン個人の知識面での
新しく画面を一つ立ち上げる。そこには、オーシャン・タートル襲撃事件に於いて救援に赴いたプレイヤーたちへの事後報告が主題たる九種族合同会議の画面が映っていた。
視点は自身も席を置いているケットシー側からのものだが、その端には、やはり気不味げな銀髪の老プーカの姿が。髪色だけで種族を選んだのが透けて見える。
「キリトを中心とした英雄譚は、間違いなく続いていくでしょう。或いは、その先の『加速する世界』にまで。情報戦にて後手に回るしかない我々に許された手段は、せめて戦力を固めるのみ」
――実際、カムラでは不審な動きがあると報告を受けている。タイミング的には近日発売のオーディナル・スケールが怪しいが、
なら警戒するのは、その先にあるもの。そして、キリトらでは対応不可能なリアルワールドからの敵意。思考だけでも加速が可能であれば、銃弾への対処もやり易くなる。
「素でライフル弾を切れる元英霊が何言ってるのよ。一個師団に包囲されても無傷で突破出来そうなものだけれど」
「私なんてまだまだですよ。何せ門番一人に手も足も出ない程度なのですから。世界にはきっとあれ以上がゴロゴロいるでしょうし。安心するなら、せめて彼女は超えられる程度には強くならないと」
「英霊以上の人間がそういるわけないじゃない」
調整用の仮想敵が『彼女』であると伝えると、クィネラは慢心した笑みで専用の仮想空間へと跳ぶ。
白けた目でクィネラがいた場所を眺めていると、十秒と保たずに顔を真っ青にして戻ってきた。
「……あれが、ただの門番?冠位サーヴァントとかじゃなくて?」
「年齢不詳で、メイドも兼業していますが」
「リアルワールド恐い!!」
「絶対出る世界観間違ってるわよぉ」と泣き言を呻くクィネラに、溜息が出る。私とブライアンは彼女に格闘技を習った以上、かの理不尽の権化は実在するのだ。アンダーワールド最強格だった彼女には、ぜひ突破口を見つけていただきたい。まあ無理でしょうけど。
これでは当分作業にならないだろう。進行状況を保存して画面を落とす。
「で、わざわざ私のプライベートサーバーにまで来たということは、なにかログに残っては困る話があったのではないですか?」
震える彼女の肩を揺らして再起動させる。「年齢的に考えればそう長くはないはず……よね?」などとせこい考えが口から漏れていたがどうにか持ち直したクィネラは、一つ咳払いをして空気を切り替えた。
「――ええ。『星王』と『神聖剣』、両名との接触に成功したわ」
その名を聞いて、流石の私も気を引き締めざるを得ない。
二百年の歳月に耐えたのみならず、自己が複製された存在だという認識にすら耐え抜いた『もう一人のキリト』。
全ての元凶にして、なお異世界へと想いを馳せる創造者、そのコピー。『茅場晶彦』。
おそらくこの先の真実に潜むだろう二人と現時点で接触出来たのだ。この存外の幸運を活かさない手はない。
「この事、バーサーカーには?」
「……伝えないでおきましょう。彼らは、言うなれば賭場の元締め。
少なくとも、現状で手一杯なブライアンに今伝えていい内容ではない。情報戦にて後手に回るしかない私たちが、VRワールドにて唯一前提そのものをひっくり返せる手だ。多少の逆境で容易に切っていいものではない。
……そう脳裏で結論付けるも、何かが引っかかった。
「そういえば、なぜ貴女はブライアンの事をバーサーカーと呼ぶのですか?」
「口が慣れちゃったのよ。数十年、数百年間、真名を知るまでも知った後もずっとバーサーカー呼びだったんだもの」
ブライアン――菊岡によって無断でコピーされた彼のフラクトライトとクィネラが、アンダーワールドにて数百年を共にしていたことは知っている。だが、最初から呼称がバーサーカー?
その事を問うとクィネラは、「せっかくだから、解決編と洒落込みましょうか」と手を叩いた。
「――私が出会った彼は、その時点で自分が複製された存在だと自覚していたわ。だから彼は、
取り出したもう一つのコップを片手にクィネラは、三百年前の事を口にする。
「……つまり、そちらの彼は、自分を英霊だと思い込んだだけの人間だったと?」
「言い方は悪いけれど、そうなるわね。わざわざ仮初の令呪まで作って、それに対して絶対服従を自己暗示して。そうまでして彼は、漸くあの世界に立つことが出来た。
けれどそれは、たかがオークの鈍ですら身体が傷つくような不完全なもの。お陰で英霊召喚術式によって『吸血鬼ドラキュラ』をその身に降ろした後ですら、英霊以外の格下による受傷を許す様な心意をその霊基に刻み込んでしまった」
「成る程、サーヴァントを名乗る割にダメージが通っていたのはそういう理屈でしたか」
「ハイドリッヒに情報を流してオリジナルをログインさせてからは、同一存在を消そうとする本能で二人とも殺気立っていたし、大変だったのよ?」
苦笑いを溢しながら、杯を呷るクィネラ。彼女の計画は失敗したが、その後の着地点としての現状は悪くないだろう。さらっとラース外部に機密を漏らしたという告白を受けたが、まあこれは伝えなくていいだろう。機密本人が自分の足で逃げ出したのだ、これはどうしようもない。
「英霊召喚といえば、結局貴女は何を聖杯に望んでいたのですか?」
「私の望みは永遠の命。永久の美貌。魂の物質化よ」
「第三魔法?しかしそれは、
「ええ、ただ純粋に聖杯に希うのなら、そうなるわね。けれど私は、いざ聖杯が手に入った際にはその権をバーサーカーへと譲り渡すつもりだったわ」
「でしょうね」
改めてクィネラを見る。魂の物質化という『手段』を失ってはいるが――今の彼女は電脳の存在。云うなればプログラム。
広大なインターネットワークそのものを思考回路に置き換えられる彼女を殺そうとするならば、ネット社会そのものを破壊し、世界を前時代に巻き戻す他ない。つまり不老不死という『目的』は、実質達成出来ていると言っていい。
「私にとって聖杯とは、私個人の欲を叶える為の数ある手段の一つに過ぎない。そこまで執着する必要がないのよ」
「……ならば尚更、なぜ聖杯戦争などというリスクを?聞くに、遥かに早い段階でリアルワールドへ脱出が叶ったようですが?」
「私だって、出来ることなら肉の身体が欲しいもの。聖杯戦争とは、世界とその外側との境に孔を開ける儀式。この場合の世界とその外側との境とは、アンダーワールドとリアルワールドの境界線。
上手くいけば、若かりしまま悠久の時を生きた肉体と、新たなる魔術を扱うアドミニストレータとしての機能を有したまま移り住む事が出来たのよ。まあ、案の定頓挫したのだけれど」
そう妖しげに微笑むクィネラ。これだから黄金率(体)持ちは。
「大体、どこから聖杯術式を持ってきたのですか。あれはそう安易と一から作り出せるものではなかったと思いますが?」
「勿論、原典はあるわ」
「へぇ……?」
ブライアンが探し求め、結局は影も形も見当たらなかった『聖杯戦争』。その大元たる聖杯を見つけたと同義の言葉に、目を細める。
「では、一体何処に術式の参考元が?」
「――朔月千佳」
告げられた名は、天然の願望機。神稚児信仰の成れの果て。
「けれど彼女は、ずっと昔に既に七歳を過ぎています。神稚児としての能力は失っているはず」
「そうね。彼女が本当に、朔月の血を引く娘なら、そうなるわね」
「……どういう意味でしょうか?」
嘗てまだブライアンが血眼で聖杯を求めていた頃、衛宮切嗣によって保護された彼女の苗字を聞いた彼は、当然彼女の能力に期待を寄せた。尤も、偶然苗字が一致しただけの、無力な少女であるという結論に落ち着いたが。
けれど、確かに彼女の血筋については――彼女が保護された街が消失したのもあり、そもそも『朔月千佳』という名が合っているのかどうかすら、調査が進まなかった。
「彼女は朔月の娘ではないと?ならば彼女は一体、いえ、だとしてもどうやってそれを。そもそも朔月でないとするなら、願望機としての機能はどこから、」
「落ち着きなさい、ジル。キャパオーバーするとそうやってパニックになるのは貴女の悪い癖よ。
……そうね。まずは
『正史』と違って、ラースはメディキュボイドでのデータを満足に得られていない分、アミュスフィアや回収したナーヴギアからフラクトライトの断片を掻き集めていた。その中には当然、サチのものもあったわ。
フラクトライト――それ則ち、魂。例え記憶を失おうと、例え世界を越えようと、魂に刻まれたものは変わらないわ。
そう、彼女の本来の家名は、こうなるはずだった」
一旦そこで区切ったクィネラは、思わせぶりに、ゆっくりと、その名を紡いだ。
「――アインツベルン」
「……まさか、
「ええ。といっても、遺伝情報まで入手できた訳ではないから、この世界に於ける、魔術との繋がりの薄いドイツ貴族としてのアインツベルンとの血の繋がりまでは確認出来なかった。でもきっとないでしょうね。
彼女の魂に残された術式は、朔月――神稚児に見られるであろう、『産まれながらに完成した聖杯』とは程遠い、後転的な特徴が見受けられたわ。ここから読み取れるのは、彼女は、聖杯を作り出そうと目論んだ何者かによって産み出された存在だという可能性。
つまり彼女は、朔月の娘だから願望機の機能を有していたのではなくその逆。
これならば、彼女が聖杯としての機能を有する説明がつく」
「……けれどそれは、」
「そうね。これが示す事実は、朔月千佳と呼ばれている少女は並行世界の存在だということ。それもただの異世界人ではない、何れかの聖杯戦争、おそらく第四次か第五次の関係者でしょうね。イリヤスフィールか、アイリスフィールか。それとも新たに鋳造された誰かか。彼女らの心臓を移植された、或いは聖杯の欠片を埋め込まれた何者かか。そもそも人間だったかどうかすらあやふやね。こればかりは本人が、云うなれば前世を思い出してくれないと推測のしようがないわ」
「待って下さい。だとすれば、彼女は『この世全ての悪』によって汚染されている可能性があるのでは?」
「……これはあくまで仮定だけれど。汚染された聖杯は必ず悪意を持って願いを叶えるもの。けれどそれは、聖杯が理論を無視して願望を実現するものであって、過程そのものを消去している訳ではなく、故にその過程に悪意を介在させられる。ならば、『特定の条件を満たした並行世界への転移』であれば、過程がどれだけ最悪なものであろうと無視できるかもしれないわ。例え『この世全ての悪』が誕生し、その世界の人類を殺し尽くたとしても、転移者本人にはなんの害も及ばないもの」
「……屁理屈というか、無責任というか」
「だから言ったでしょう、あくまで仮定だと。それに、ごく僅かだけれど『この世全ての悪』の残滓が染み付いていたし」
「それって大問題なのでは?!」
僅かとはいえ、全人類を呪う宝具を持ったサーヴァントの存在に思わず大きな声が出た。
けれどその可能性を挙げた本人は平然としている。
「貴女にも聞き覚えがなくて。SAO、嘗てデスゲームだった頃のアインクラッドで度々確認された、システム外の異形異能。
例えば、地下層にて『ザ・フェイタルサイズ』に成り代わり――いいえ、
例えばクリスマスイベントにて、背教者ニコラスを押し退けて出現した、反転した騎士王」
「……『運命の物語』に、そして『この世全ての悪』と繋がる存在は、常に仮想世界に於いてサチの前に現れていた?」
「神秘の寡多もあったのでしょうね。心意システムのある仮想世界であれば、祈りや信仰がより身を結び易く、それに伴って魔術もより存在し易かったでしょうから。
現実世界でも、神秘の有無は兎も角として、面子は揃っていたのもその影響でしょうね。聖杯に選ばれし者は、如何なる事情があれ、姿形はどうあれ、呼び寄せられる。そこにマスターもサーヴァントもないわ」
一先ず『泥』が地表に溢れ返る心配はないだろうという結論に、胸を撫で下ろす。
「……結局、この世界――リアルワールドに、神秘は存在しないのですか?」
「……微妙なラインね。魔術基盤に関しては、人の意思、集合無意識、知名度によって世界に刻み付けられるものだから、存在すると考えてもいいでしょう。星が真っ当に存続している以上、マナについても希望はある。
問題は、魔術回路。この世界で魔術回路を有する人間は、おそらく極少数なのでしょうね」
「その根拠は?」
「聖杯をこの世界に持ち込んだ人物が、未だ生きているのが何よりの証拠よ。
人が複数いれば組織が生まれる。仮に魔術協会か聖堂教会に類する組織が存在していれば、小聖杯を抱えて現れた並行世界の人間なんて、確実に襲われるでしょう。けれど朔月千佳も、その転移者も、未だ無事でいる。つまりこの世界に魔術師は存在しない、もしくは存在したとしても過去の存在か、情報収集に難がある程度の数しか現存していないということよ」
さりげなく告げられたもう一人の異世界人の存在に、真っ先に思い浮かぶのは若かりし頃のブライアンの顔。
「確かに、彼の前には門番と私以外、一度たりとも神秘側の存在は現れていません」
「……言っておくけれど、バーサーカーは違うわよ。彼に魔術回路は存在しないし、仮に彼がマスターとして聖杯を所有していたのであれば、その時点で彼は願いを叶えていたはずよ」
「なら、他に一体誰が?」
「いるでしょう?
「……あの少年!?」
脳裏に浮かぶのは、ブライアンが『主人公』であると気にかけていた黒服の少年。黒の剣士、キリト。
英雄譚の主人公が、そもそも異世界人だったという衝撃の事実に口を閉じられないでいると、肩を竦めたクィネラがなんでもない素振りで続ける。
「オーシャン・タートル襲撃で無防備になった彼のフラクトライトを調べてみれば、サチと似た妙な『結び目』があったわ。おそらくあれが回路のスイッチでしょうね。意図的に封印されていた記憶領域もあったわ。それと、サチのフラクトライト同様、『この世全ての悪』に触れた跡も」
「つまり、彼こそが何処かの聖杯戦争の勝利者であり、この世界に渡ることを望んだと?」
「まさか。封じられている記憶は五歳以前のものだったわ。そんな幼児が、英霊を自らの意識で運用し、優勝し、汚染された聖杯を適切に運用するには無理がある。おそらく聖杯を使用したのはサーヴァントね」
「そうなると、そのサーヴァントはキリトが――いえ、鳴坂和人がSAO世界の人間であると把握している英霊だということになりますが」
「案外私か貴女かもしれないわね。まあ、これも確かめようのない話よ。他の回路保有者については、それを判断するだけのデータがSAO生還者とSTL使用者の分しかなかった。結果はサチとキリトの二人以外白。確認出来なかったわ。
……尤も、一番怪しい、この世界に於ける『運命の物語』と同姓同名の彼らを調べられないのは歯痒いけれど」
「それは諦めてください」
今からナーヴギアを被せるわけにはいかないし、STLに繋ごうにも名分がなければ、アンダーワールドの一件の詳細を知っているだろう切嗣、舞弥の反応が予測できない。あの二人が魔術と関わりがないというのは、これまでの接触からの推測でしかないのだから。
「――キリトで思い出したのですが、何故星王が存在しているのですか?彼は、アンダーワールドにて二百年取り残されたキリトのフラクトライトコピーだったはず。目覚めた時点で
口にしている最中に思い当たる節があり、途中で言葉が続かなくなる。
……奇跡的。奇跡、ね。
「ええ、その推測は正しいわ。アンダーワールドに取り残されたのは、あの坊やだけではない。
故に彼らはアンダーワールドで星王、星王妃としての二百年を過ごし、限界加速フェーズが終了したと同時に分離した」
「ああ、あの時の言葉はそういう意味だったのですね」
――アリスとアスナを見送った後のワールド・エンド・オールター。ほんの数秒間の会話。
あの時のサチの表情は覚えている。希望を、奇跡を叶えるべく、覚悟を決めた、強い女性の顔を覚えている。
「経年劣化で解れていた術式の穴は私が塞いだし、あの後の彼女は正しく創世神に相応しい存在になったでしょうね。ステイシアの権能との複合有りき故アンダーワールド限定とはいえ、神霊の領域に到達していたもの」
「何やってるんですか貴女は……」
何故か我が事の様にドヤ顔を晒しているクィネラ。まあ、黒幕候補側の条件はこれで揃った。このまま世界が進めば、いずれ無事『加速する世界』へと繋がっていくだろう。
「……それに、ライダーとの約束もあったのよ」
「ライダー……『白』の彼女ですか。結局彼女は何者だったのですか?」
引き継いだ『白』のアサシンの記憶から
いや、正確には、名は聞いているし、宝具を見た覚えもあるのだが、如何なる英雄譚にも当て嵌まらないのだ。格好的にはケルト系で、宝具名は日本系、宝具の内容はギリシャ神話系という矛盾点も、推理の難易度を上げている。
「……彼女は、謂わば、『失敗したこの世界の果ての英雄』。本来なら喚び出せるはずのない、剪定事象一歩手前の世界の存在。
ムーンセルが存在せず、鋼の大地の結末を迎えつつある世界に於いて、人類が進歩する余地を守った高潔なる英霊にして、同時に支配者から、人造の
「……エミヤと同様、未来の英霊?」
「そうね。彼女は、自らの世界と同一の末路を迎えさせない為に力を貸してくれたのよ。それが私と彼女の契約。
故に現在に彼女の物語は無く、あってはならない。彼女の名が英雄だと広く認識されることは、つまり私は彼女との契約を反故にしたのと同義。だから私は決してその名を崇めず、讃えない。この名にかけて」
「……そうですか」
なら、仕方がない。私もこの思い出を胸の奥にしまっておくことにしよう。
「……真名が気になると言えば、『白』のアーチャーよ。バーサーカーは感付いていた様だけれど、どう訊いても教えてくれないし」
話題が、次いで正体不明の英霊へと移り変わる。確かに『アサシン』の視点から、真名が判らず不貞腐れていたキャスターの顔が記憶にある。
「バーサーカー――ブライアン、ヴラドが知るのであれば、おそらく現実世界の人間か、或いは『運命』活躍した英霊か。そうでなければ……」
「――『前』の知人か」
クィネラのセリフを引き継ぐ。
しかし彼女の知る、ブライアンの『前』の知人には、英霊足り得る人間はいたとしても、あれだけの力を持った者はいないのだろう。
「……アサシン、貴女に心当たりは?」
「さて、どうでしょう」
……そうでなければ、分からないフリをしたかったのかも知れない。
アンダーワールドにて『白』のアーチャーと接続を果たしたキリトは、ブライアンの左手に宿ったのと同一の奇跡を発現させた。
だが、
――結局満足な答えを得られなかったクィネラは、暫く駄弁った後にプライベートサーバーを後にした。
それを見送り、十分程適当に潰したのち。一本の回線を開いた。
「私です。
……ええ、クィネラから聞きました。これで辻褄が合わせられます。まったく、信用して頂けるのは幸いですが、無茶振りはこれきりにして下さい。
…………それを持ち出すのは些か――はいはい分かりましたよ。無茶振りはおあいこ、ということで」
溜息の脳裏にあるのは、さっきまで此処にいたクィネラ。
あれこれ探りに来たようだけれど、私に言わせれば、まだまだ甘い。
VR空間にて表情や感情を隠す、誤魔化すことは決して不可能ではない。難しいとはいえ、
無論、彼女は彼女で経験を積んでいるのだろうけれど、彼女はアンダーワールド最古からの貴族に対して、相手は所詮そのお零れに預かる程度の小物。格下を幾ら御した所で、満足な経験値は得られない。
だからああも簡単にはぐらかされる、誤魔化される。一方的に情報を抜かれる。
この世界の神秘の有無?知っている。私という存在、そして『間桐桜』の姓名がそれを物語っている。
星王が既に野に解き放たれていることも知っている。ガブリエルの是非について既に散々突っつかれた後だ。PoHの悪意はテラリアとソルスがぎりぎりで東の大門に間に合ったからか、あちら側ではそこまで深刻な乖離は発生しなかったようだが、だとしても純粋な少年が突如世界を背負わされたのだ。だいぶ
――『白』のアーチャーの真名も、知っている。寧ろ、幾ら制約を二重三重と枷していたとはいえ、アラヤの一端とも言える彼女らがサーヴァントの枠に当て嵌まったことの方が驚きだ。
本人も含め勘違いしている彼に授けられた
「では、貴方方の事は、折を見てブライアンには報告を。ご心配なく、『黒の剣士』に例のアドレスを送る手筈は整っています。ユイに辿られる様なヘマはしません。
ええ。それでは、其方の成果は如何程かと。……ええ」
電話口からの情報をメモする事はしない。一度聞いて覚える程度の事が出来ずして、何が完全で瀟洒な従者か。
特にこれは、扱いを間違えれば最悪の場合更なる混沌を世に引き寄せる代物。フォーリナー案件はまだマシな方、最悪の場合はビースト案件など御免被る。まあ、仮にそうなったとしても、ブライアンは復讐の機会が訪れたと嬉々とするでしょうけれど。
「ええ、ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。貴方にとっても、リアルで動かせる駒は未だ必要でしょう?
……茅場晶彦」
最後にそう言い残し、回線を切った。
「……GGOで適当に狩りでもしますか。ユナイタルリンク対策に装備重量を見直さなければいけませんし」
あれこれ考え続けることへの疲れを銃声で掻き消すことに決め、サーバーにログが残っていないことを確認した後、自身も退出した。
――物語は未だ終わりを見せない。
既に結末を迎えた――その一言を
それに対しての私の台詞は、先人に倣いたった一つ。『よろしい、ならば戦争だ』
今度は私が『舞台装置』となろう。出演者を掴んで離さない戯曲、ならばせいぜい私の掌で
所詮私は泡沫の夢。なら私は、私にとって一番都合の良い道を選ぶ。
そう決めた。
だから私は、戦い続ける。
「さあ――物語をつづけましょう」
「……あー、ピト?気持ちは分かるが」
「落ち着いてますがなにか?」
「イエナンデモナイデス」
新生アインクラッドにて。アホほど強化されたフロアボス共をヴラドとヒースクリフという矛と盾を失った状態で突破するという、いくらリトライが効くとはいえ無茶振り極めているクエストをどうにか突破し、辿り着いたは三十四層。
開放されると同時にちょうど帰国していたザザをコンバートさせ、改めて元ダンジョンだった旧DK本拠地の攻略を敢行した。
新生されたことでボスは悉く強化されていて、幾ら元最強ギルドとはいえ苦戦するだろうなとは予測していた。だがヴラドを交えての攻略は、また分からんことだらけになる気がして省いたし、複数回挑戦を想定し、マナー違反を承知でゴドフリーに入り口を塞がせている。
ここまでやってさあ……ここまでやってさあぁ……
「――ボスそのものが別ってどういうこっちゃぁ出てこいやあのフロム系セイレーンッッ!!」
「やめろ、仮にも、外見美女が、しちゃいけない顔、してるぞ!?」
「お【自主規制】ですわぞ!!」
「VRゲーでピー音流れたの初めて聞いたんだけど!?お前マジで何言ったんだ!?」
折角、現状最もヴラドの秘密に近い手掛かりを握っている筈のボスが全然違う。名前から違う。シルエットも違う。サイズも違う。誰だお前!?
興奮のままに大剣を下層のフロアボスのコンパチキャラの顔面に叩きつける。雑魚が過ぎる。下手すれば旧SAOの時のフルアーマーマーメイドの方がよっぽど強い。強化とはいったい。それともやっぱヴラドがここにいなくちゃいけないとかいうオチかバグにもほどがあるていうかやっぱあいつカヤバンとこの関係者じゃねえだろうなおのれカヤバーンどうなんだカヤバーンッッ!?!
途中から自分でもなに考えているのかわからないまま、敵の攻撃を出を潰す様に剣の腹で殴る。どうやらそれがトドメになったのか、勢いよく壁に激突したボスは地面に落下するとそのまま汚ねぇ花火した。
当然の完勝、だが歓声は上がらない。
「……ピト?」
「次探すわよ。きっとこれはALO版で追加されたダンジョンだったのよ」
「アッハイ」
ダッシュでダンジョンから出る。ホームとして購入するかの画面も出なかったし、帰り道も普通にザコが湧いたあたり、本当にダンジョンを間違えたらしい。
「とはいえ、どうする?ダンジョンの位置は此処であってんだろ?」
「捜査の基本は足よ!!」
「……歩いて探す、だとさ」
途中謎の通訳が会話に挟まりながらも、ダンジョンの出口を潜る。何故かポカンとしているゴドフリーもこき使ってやろうと息巻いて、
その手を、ザザに掴まれた。見上げる先は、ゴドフリーと同じ。
釣られて上がった私の視界に入ったのは――
「……なに、あれ?」
歓喜か、恐怖か。興奮か、絶望か。思わず、声が震える。
――空は、真紅の六角形。『Warning』と『System Announcement』に埋め尽くされていて、
四年前の、『ソードアート・オンライン』の正式サービス開始日の、デスゲームが始まったその日と、瓜二つ空だった。