オーバーロード ありのままのモモンガ   作:まがお

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ペロリスト

 バハルス帝国の主席宮廷魔術師、フールーダ・パラダインは今日も失敗した魔法を思い返してため息をつく。

 かつてカッツェ平野にて自然発生した死の騎士(デスナイト)を捕らえてから、ずっと支配を試みているが一向に上手くはいかない。

 

 

「一体何が足りないというのだろう。先達が居ないというのは不便なものだ…… せめて切磋琢磨しあえる同格の者がいれば……」

 

 

 フールーダは自身が魔法の手解きをすることはあっても、自分に魔法を教えられる存在などとっくの昔にいなくなっている。

 沢山の弟子達が自分を越えれば、今度は私が教えてもらえる。そう思っていたが自分を越える存在はおらず、その片鱗を見せる者すら殆どいない。

 

 

「やはり別のアプローチを試す事が必要なのだろうか…… ――っ!!」

 

 閃いた。いや、思い出したと言った方が良いかもしれない。

 以前ジルクニフが言っていた、アンデッドを使役している少女。生まれながらの異能(タレント)によるものだから、あまり気にもしていなかったがコレは使える。

 どう使役するかは余り参考には出来ないだろう。だが、使役されている死の騎士(デスナイト)が、どの様な状態かを見ることは出来る。なぜ今まで思いつかなかったのか……

 

 

「ふふふ、これも魔導の深淵を覗くため。いざ行かん、カルネ村!!」

 

 

 その日の仕事を全てぶん投げた男。

 フールーダが今、動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日もモモンガの家に遊びに行こうと森を歩く少女、ネム・エモット。

 今では森で一番安全になった道を通る彼女に、変態の魔の手が迫る……

 

 

「見せてくだされぇぇぇえ!!」

 

「きゃああーっ!!」

 

 

 森でお爺さんに出会った。

 白い髪に長い髭の変態は、今にも少女に飛び付こうと言わんばかりに迫る。

 

 

「さぁ魔導の深淵のため、隅から隅まで!! 貴方のアンデッ―― ぐほぉっ!?」

 

「何をしているんだお前は……」

 

 

 変態の背後から強烈な打撃を加えたのは、フールーダがお望みのアンデッド。

 嫌な予感がして、家から出てきたモモンガである。

 

 

「ぐふっ、主人の危機にやって来るとは…… やはり使役されているとみた。死の騎士(デスナイト)では無いようだが、この際かまわん!! 希少なアンデッドなら尚のこと見る価値がある!!」

 

 

 死なないように加減はされているが、モモンガの打撃を受けてなおゾンビのように立ち上がるフールーダ。

 

 

「知性もあるようだし本人に聞かせてもらおう。アンデッドよ、なぜその少女に使役されている? 使役するにはどうすれば良いのだ!!」

 

 

 この老人はヤバイ。

 直感では無く現実を見て判断したモモンガは、この爺さんに絶対に出来ないことで煙に巻こうとする。

 

 

「それは…… だな。可愛さ、そう!! この子から溢れ出る可愛さによって私は使役されている!!」

 

「なんと!? その子にはその様な生まれながらの異能(タレント)が!?」

 

 

 信じるわけもないかと思ったが、なんとかなりそ――

 

 

「――ならば、私も幼女になれば良い!! ほれ、幻術くらい簡単に扱えますぞ!!」

 

「えっ!?」

 

 

 ――なんとかならない。モモンガは別の意味でやられそうだ……

 おそらく幻術で子供の姿に化けているのだろうが、モモンガはそんな低位の幻術は見破れてしまうため只の変態にしか見えていない。

 

 

「そんな偽物とネムを一緒にするな!!」

 

「なんと…… 見かけだけでは無理とおっしゃるか…… ならば!! その幼女を取り込み、私の成分を近づける!! 幼子よ、魔導の深淵のためにペロペロさせて貰うぞ!!」

 

「どうしてそうなるんだ!?」

 

 

 フールーダは止まらない。流石にモモンガも狼狽え、その隙にネムに飛び付こうとする。

 

 

「魔導の深淵、いただきま―― ぐぼへぇあ!?」

 

「人の妹に何しようとしてるんですか!?」

 

 

 物凄い悪寒がしてネムを追いかけてきた女性、エンリに殴られるフールーダ。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)の癖に物理耐性が高いような気もするが、きっと気のせいだ。

 たぶん防御魔法でも展開していたのだろう。フールーダは即座に立ち上がる。

 

 

「ふははっ!! 中々いい拳だが、我が魔導への執念の前には無力!! 姉妹なら成分も似ているはず!! 揃って摂取させてもらおう!!」

 

 

 頭に二つタンコブをつけた老人は、ネムとエンリに両手を広げて飛び付こうとする。

 

 

「ペロペロprpr―― かっ!?」

 

「〈秘剣虎落笛(もがりぶえ)・峰打ち〉 ……何なんだこの状況は?」

 

 

 ネムとエンリは1ペロもされずに済んだ。

 通りすがりの正義の味方によって、変態は無事に鎮圧された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バハルス帝国の皇帝ジルクニフは、帝国の明日のために今日も必死に働いている。

 

 

「やはり、戦場になると我が国ではフールーダをどの様に投入するかが鍵か…… もしもに備え他の部隊との連携も合わせて、フールーダ無しでの対強敵の編成も考えるべきだな。にしても爺はどこへ消えたのやら…… ん?」

 

 

 独り言が響く静かな執務室に、急にぽっかりと闇が現れた。

 そこから出てきたのはいつぞやのアンデッド。

 何者かの首根っこを掴み、こちらに放り投げる。

 

 

「婦女ペロ未遂で捕らえさせてもらった…… が、国の外交とか面倒くさいから今回は返す。次は容赦しないからな」

 

 

 何のことかはサッパリ分からないが、かなり怒っているようだ。

 そのまま言うだけ言ってアンデッドは去っていき、空間にある闇も消えた。

 

 放り込まれた人間を見てジルクニフは何があったかを察し、顔を両手で押さえて溜息をつく。

 

 

「このくそ爺ぃぃいがぁああ!!」

 

 

 我が国の鍵は一国を単騎で救える骨のヘイトを、貯めるだけ貯めて戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここはトブの大森林にあるモモンガの家。

 珍しくブレインが真剣な顔つきで、モモンガにある相談をしてしている。

 

 

「モモンガ…… 俺は気づいてしまった。目を背けることの出来ない重大な事実に」

 

「どうしたんだ。そんな深刻な顔をして…… どんな事でも聞いてやるから言ってみろ」

 

 

 ブレインの尋常じゃない気配から、今回はおふざけモードをやめてモモンガも真剣に聞く姿勢に入る。

 

 

「俺は、俺は…… 今、無職だ」

 

「なっ!? 本気なのか、本気で働いていないのか!?」

 

 

 リアルで社畜だったモモンガには、働いていないという事実が信じられない。

 働かずして一体どうやって生きていたのだろう。

 

 今の自分は使役魔獣でペットのようなものだしノーカンだ。

 あくせく働く気は無いし、偶に冒険者の仕事をしているからセーフだ。

 

 

「別に金が無いわけじゃない。色んな賞金首やらを捕まえたりもしてたからな…… だが、正義の味方を目指す者が無職で良いのか? 子供達に胸を張っていられるのか!?」

 

「――ああ、お前の思いは伝わった。共に探そう…… お前にぴったりの職をな」

 

 

 正義の味方の就活が始まった。

 

 

「手っ取り早いのは冒険者だが、それじゃあ駄目なのだろう?」

 

「ああ、組合に縛られてちゃ、いざという時助けを求める人達を助けられんからな」

 

 

 ブレインの希望する仕事としては、組織に縛られない自由で融通の利く職業だろう。

 そうなると意外と候補は少ない。冒険者以外にも商売でも商業ギルドはあるし、組合もあるからだ。

 

 

「となると、私が紹介出来るのはここだな」

 

「お久しぶりですね、ブレインさん」

 

 

 自由な仕事を求めて職探しをしていたら、国の王女を紹介された。

 

 

「国に仕えるとか自由とは対極じゃねぇか!! 俺はあの時のガゼフみたいにはなりたくないぞ!?」

 

「何を言うかブレイン。ラナーだぞ? 自由に決まっているじゃないか」

 

「そうですよ。いざとなったらこの国を動かすくらい好き勝手出来ますよ?」

 

 

 小さい時にもっと真面目に勉学や農業を学んで、手に職を付けておくべきだったかもしれない。

 己の進んできた道に久々に後悔しそうになった。

 

 

「ブレインさんにも何やら葛藤があるみたいなので、こういうのはどうでしょうか?」

 

 

 

 

 

 王城の一角で、剣を打ち合う二人の男がいた。

 

「クライムっ、剣筋が乱れているぞ!! 重心を崩すな!!」

 

「はいっ!!」

 

 

 ブレインはクライムの家庭教師という事でラナーに雇われた。

 賃金を払っているのはラナーだが、名目上はクライムが直接ブレインを教師に雇う形なので国に関わりは無い。

 

 

「クライム、お前に俺の〈瞬閃〉を教えてやる。強くなりたいならモノにしてみせろ!!」

 

「はいっ!! もう一本お願いします!!」

 

 

 クライムに才能は無い。しかし、努力とラナーへの思いでまだまだ強くなれるだろう。

 彼には自分とは違う強さがあるとブレインは確信していた。

 

 

 

 

 

「ああ、あの必死なクライムの顔…… 思わず首輪を付けたくなります!!」

 

「ラナー…… お前はブレないな」

 

「モモンガ様だって使役魔獣をやってるじゃないですか。ネムさんに首輪を付けてもらわないんですか?」

 

「ネムに言うのはやめろよ、いやマジで」

 

 

 人の趣味はそれぞれだし、モモンガはあまり否定する気は無い。

 クライムに首輪をつける日を夢見て、恋する乙女の顔をしているラナー。

 

 クライムが強くなるのと首輪を付けるのはどちらが先になるか、モモンガは心の中でクライムにエールを送った。

 

 

 


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