スレイン法国がかねてより裏で動いていた、バハルス帝国にリ・エスティーゼ王国を吸収させる計画。それが頓挫した事で、上層部は新たな対応を考えなければならなくなっていた。
「バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国が10年間の不可侵条約を結んだようだ……」
「表向きはカッツェ平野に現れた未知のアンデッドに、両国が力を合わせて対応するためとなっているが……」
「風花聖典によると
難航する会議が続き上層部が出した答えは、10年間静観する程人類に余裕は無いとの結論だ。
10年あれば王国が多少力を取り戻し、帝国が王国を併合するのに更に時間がかかってしまう。
よって、強行策に出ることになった。
「出来ればやりたくはなかったが、悠長な事は言ってられん。我ら法国が帝国と王国、二つを率いて人類を纏め上げる」
「戦争以外の方法で彼らを降伏させ、法国も含めた新たな同盟を組ませるしかありませんな。これ以上人間同士で争う余裕もない」
「そうじゃな、同盟が組まれた今となってはガゼフをどうこうする段階を越えてしもうた」
「左様、その同盟に法国を加えた新たな三国での同盟を結べるようにし、その上で力を見せつけて我らが主導権を握る」
「秘宝を使用する。帝国の最高戦力フールーダ・パラダインとリ・エスティーゼ王国最強の冒険者の力。それを我らが簡単に支配下における事を一度見せ、各国に圧力をかける」
「苦しい策ですがやむを得ないですな。支配する能力は単純な武力よりも、相手に分かりやすい恐怖を与えるでしょう」
「異議はない。一部の漆黒聖典とカイレを招集する。『ケイ・セケ・コゥク』の使用を許可し、まず対象とするのは冒険者の――」
今まで静観していた法国が、人類を纏め上げ滅びから救うという大義のもとついに動き出す。
トブの大森林にある家で、モモンガはこの世界に来てからの出来事を思い返していた。
「思えば色んなことがあったな……」
リアルでユグドラシルが終わり、訳も分からぬまま異世界に飛ばされた。
自分が人では無い存在だと自覚したり、今まで出来なかった事をしてみようと自ら積極的に人と関わろうと動いて見たり。
失敗もたくさんあった。様々な事を経験してきた。
まだこの世界に来て一年も経っていない筈なのに、数え切れないほどの思い出がある。
「原点回帰って訳じゃ無いけど、また一人で何処かに出かけてみようかな」
別にここを去ろうとかそういう訳では無い。偶には一人で行動するのも悪く無いかもと思っただけだ。
今までのモモンガならこんな風に思う事は無かっただろう。自分には帰ってくる居場所があるという安心感が、こんな行動すらも出来るようにしたのかもしれない。
「またリアルで出来なかった事をしてみたいけど…… っは!!」
モモンガが思い出したのはギルドのある仲間と話していた事。リアルでは環境汚染の問題から屋外でするスポーツは消え、全て室内で行えるものが主流となっていた。
そもそもスポーツを楽しむ余裕があるのは富裕層のみだったため、モモンガはロクに体を動かした事もない。
「そうだ、ブループラネットさんも経験した事が無いという究極のスポーツ。大自然を体感し、走破するモノがあったとか…… 名前はたしかトライアスロン!!」
やってみよう。運動なんてロクにやった事はない。いや、だからこそやる価値がある!!
「えーと、自然の中を走って、泳いで、飛ぶんだったか? 順番は覚えてないけど公式的なものでも無いし適当でいっか」
出かける前にネムやエンリに〈
準備はそれだけ、後は動くのみ――
「――凄い!! これが雪か!! 本当に白くてふわふわなんだ。ああ、冷たい!!」
アゼルリシア山脈を飛び回り……
「これが海というものなのか!! 生きた魚が泳いでる姿を生で見られるなんて感動だ!!」
王国の西にある真水の海の中をもがき……
「トブの大森林とはやっぱり違う植物も多いなぁ」
エイヴァーシャー大森林をターザンの如く通り抜け……
「ああ、本当に何も無い!!見渡す限りの砂だ!!」
南方の砂漠を走り回った。
感動が最高潮に達する度に種族特性で邪魔をされ、気分が落ちては転移の魔法で別の場所に行った。
ただ純粋な衝動にまかせて、色んな所を全力で駆け抜けて行く。
当たり前だが本来のトライアスロンは、こんな超次元的スポーツでは無い。
気の向くままに砂漠を走り回っていたモモンガだが、急に虚しくなって立ち止まる。
「なんだろう…… どれもリアルでは味わえない凄い体験だった筈なのに……」
何か足りない。
これ以上スポーツをする気分では無くなったモモンガは、トブの大森林にある自分の家に戻った。
「あれ? お姉ちゃん、モモンガ様戻って来たよ」
「どうしたんですか? 今日は出かけてくるって言ってたのに」
二人の顔を見るとホッとした気分になる。
別にここはネムやエンリの家ではないし、絶対にいるという確証も無かった。
それでも二人の顔を見れるんじゃないかと期待していた。
「ただいま。ちょっと自分を見つめ直してきただけだよ」
モモンガがそんな事を言うなんてと、エンリの驚く顔が目に入る。そんなある意味いつも通りの反応が今のモモンガには嬉しかった。
「モモンガ様、おかえりなさい!!」
「ああ、ただいま。ネムよ、実は今日は凄いものを見てきたのだ!!」
そうだ、一人で何かをしてもつまらない。楽しいのは共有出来る誰かがいるから。
「おーい、モモンガ。また修行に来たぞ」
「相変わらずだなブレイン、じゃあ外に出て早速やるか。今日の私は悟りを開いたから強いぞ」
自分を訪ねに来てくれる友がいる…… これもリアルでは無かった事の一つだ。
「相変わらずなのはお前もだぞ。今言ってる事もよく分からんし、お前自身も謎だらけだ」
「謎か…… なら知ってもらいたいな。私の過去も一つずつ教えるよ。――さて、何から言おうか…… そうだな、実は私はモモンガになる前、人だった頃は別の名前があったんだ。当時の私の名前はな――」
――モモンガは悟
私の、俺の過去は無意味なものでは無かった。鈴木悟があったから今の私が、モモンガがある。今この場所で好きな事を出来る力となっている。
私の大切なものは、今ここに――
「――今だ!! カイレ、やれっ!!」
突如飛来した龍の形をした光が、モモンガの全身を包み込む。
その光を受けてから、モモンガはピクリとも動かない。
「アダマンタイト級冒険者ネム・エモット。貴方の使役するアンデッドは、人類の為に我々スレイン法国が利用させていただきます」
現れたのは統一性の無い服装をしている、性別も年齢もバラバラの集団。
しかし、モモンガなら一目で分かる特徴が一つ…… 全員がユグドラシル産の装備を着けている。
「てめぇらイキナリなんなんだ? モモンガに何をした!!」
「今言った通りです。そのアンデッドは我々が支配した。それだけです」
相手のあまりの言い草にブレインはぶん殴りたい衝動に駆られたが、戦士としての経験がそれを抑える。
あの槍を持った青年は自分よりも強いと、危険であると生存本能が訴えている。
だがそれでも――
「モモンガ様!! 大丈夫ですか!!」
「ん? ああ、大丈夫だよネム」
ブレインが覚悟を決めた時に、ネムの問いかけにアッサリとモモンガは答えた。
「そんな馬鹿な!? 神の秘宝の力を退けただと!? カイレ!! どうなっている!?」
「理由は分からん!! とにかく力が弾かれた!!」
謎の集団が焦り出した事とモモンガのあっけらかんとした様子を見て、ブレインもなんだか気が抜けてしまった。今決めた覚悟を返してほしい。
「無事ならちゃんと反応してくれよ……」
「すまんすまん。相手の使ったアイテムに驚いていたんだ」
モモンガからは簡単に返される。
今更だがコイツが支配なんてされるはずが無かったと、先ほど慌てたブレインは苦笑いしか出ない。
「貴方はその子供に使役されているはずだ!! その子の支配力が神の秘宝より上だとでも言うのか!?」
「当たり前だ!! ネムの可愛さは神をも超える!! それにそんな婆さんにチャイナ服なぞ、派手すぎて似合う訳が無いだろう。私を支配したければもっと可愛さを高めてくるんだな!!」
堂々たる啖呵を切ったモモンガ。
前半は本音だが、後半は大嘘である。
「くっ、予定が狂いました。ここは撤退します」
法国の特殊部隊は切り札を防がれた事で動揺し、特に何も出来ずに去っていった。
ユグドラシルでは常識で、知らないのはゲームを始めてすぐの初心者くらいである。
絶対の自信を持っていたのかもしれないが、一つの手段が防がれただけであの慌てよう……
「……モモンガ様って実はロリコンですか?」
「断じて違う」
エンリからのモモンガの評価も危うく下がりかけた。
「カイレより可愛くて、最強の私がこれを着たら言う事を聞くしかないわよね!! 私と戦って敗北を教えてみなさい!!」
(お前らも信じるのかよ……)
その後、能力も発動出来ないのにチャイナ服を着てモモンガの元にやって来たのは、髪と目が左右で白黒に別れた少女。
某番外ちゃんは敗北を知れたとか、知れなかったとか……