「おや? プリンセス、キミ一人かい?」
声をかけられたりみが振り向くと、
「少し前に仲間達と一緒にいたのを見たのだけど……もしや、はぐれてしまったのかい?」
自分より頭一つ近く背の高い、薫の姿が。
「ああ……! 固い絆で結ばれたバンドの仲間と離れ離れになってしまうとは……なんと儚いのだろうか……!」
「へっ?」
「だが心配いらないよ。迷える子羊を導くのも、私の役目だからね」
「ち、ちゃう!」
勝手に自己完結する薫に、りみは思わず声を上げた。
おやと口を閉じた薫に、
「ご、ごめんなさい……。えっと、違くて、ポピパのみんなは他に行きたい所があるらしくて……。私はここに来たかったので、今の内に行っちゃおうと思って」
「なるほど、そういう事だったんだね。仲間の事を一番に考えるとは、りみちゃんは健気な子猫ちゃんだね。あぁ……儚い……」
「えっと……」
何が儚いのか分からないりみは、返答に困る。
「実は、私も暇を持て余しているところでね。こころ達との約束の時間までは三十分ほどあるんだ。もし私で良ければ、付き合おうじゃないか」
「ほ、本当ですか⁉︎ 一人だとちょっと寂しいなって思ってたんです……」
「儚いね……。子猫ちゃんに寂しい思いをさせるなんて、あってはならないさ。さあ、共に行こうじゃないか……彼の地へと」
「良かったぁ。薫さん、ホラー平気そうですもんね」
「勿論だと、も…………今、何と?」
唐突に演技がかった口調が止まり、薫は再確認の意を含めてりみを見下ろした。
「ここの遊園地に来たら、お化け屋敷に行きたかったんです」
そう言ってりみは、すぐ近くにある廃病院のような建物を指差した。正面入り口には、おどろおどろしい文字が踊っている。
「でも、ポピパのみんなは多分、苦手そうだから……」
「な、なるほど……。た、確かに、お化け屋敷と言えど所詮は演技。恐れる事なんて何も無いね」
引きつった笑顔で、誰に向けたのかよく分からない発言をする薫。
「ここのお化け屋敷、めっちゃ怖いって評判なんです!」
「…………ほ、ほほう」
「ホラーは平気だけど、脅かされるのはちょっと苦手なので一人で入るのはちょっと不安で……。良かったぁ、薫さんと一緒だと心強いです!」
安堵した笑みで自分を見つめてくるりみに、
「…………。あ、ああ。私に任せておきたまえ」
薫は断る事などできなかった。
二人でお化け屋敷に入った直後、
「ヴァァァ……!」
ゾンビが物陰から飛び出してきた。
「ひっ……⁉︎」
思わず薫に袖を握るりみ。すぐに離すと、
「ご、ごめんなさい……。見るのは平気なんですけど、自分が襲われるかもってなるとちょっと怖くて……」
「き、気にする事はないさ。きっとりみちゃんの儚さが、この世界を構築してしまったのさ……」
りみは知らない。自分の左側を歩くりみからは見えない右手を、薫がキツく握りしめている事を。冷静を装っているだけで、何を言っているか自分でも分かっていない事を。
「えっと……? どういう意味……ですか?」
案の定意図を汲み取れず訊いてきたりみに、
「つまり……そういうことさ」
いつも通り誤魔化す薫。
その時、薫は一瞬視線を前方から逸らした。十歩ほど進んでから視線を前に戻すと、
「…………」
逆さ吊りにされた女性と目が合った。長い髪と腕を力なくぶら下げ、血走った目でこちらを睨んでいた。
「…………。ほ、ほほう?」
完全に思考が止まっていた薫だったが、
「……うん、これは名演技と言えるね。いやはや、この私が見惚れてしまうとは。彼女が演者でなかった時に、熱い談義を交わしたかったよ……」
なんとかそんな言葉を絞り出した。
だが、
「──薫さん、これ、人形ですね」
「えっ…………?」
こういったホラーには耐性があるりみが近付き、女性の反応が無いことを確かめる。
「…………」
しばらく黙った薫。りみも反応に困り、場所も相まって無音の時間が流れる。
「……ふふ、ふふふ。この私の目を欺くほど精巧な人形とはね……。ここには、さぞ優秀な技術者が集っているようだね……。儚い……」
結構見分けつくけどな、とりみは思ったが追求はやめた。
「く、暗いですもんね」
「あ、ああ。その通りだ。このままでは、プリンセスの可憐な姿がよく見えないからね。早急に、この迷宮を抜けるとしよう」
かろうじて微笑みを浮かべたままの薫は、明らかな早足で通路を進んでいく。
「あっ、待って下さい〜!」
「──ヴォアァァッ!」
「っ⁉︎ ……ふふ、儚いね……」
「ヒヒヒヒヒ……」
「ああ、儚い……」
「ギャーッ!」
「こんな儚い事が、あっていいのだろうか……」
「えっと……」
前を歩く薫がほぼ全てのトラップに引っかかるので、ドッキリする事がないりみ。薫の言動に首を傾げつつも、
「ビックリするのが苦手な私のために、全部引き受けてくれてるんだ……。凄いなぁ、カッコいいなぁ……」
存分に雰囲気を楽しめているので、その感謝が優った。
「──儚い……儚い……儚い……。儚いね……」
ドッキリを一手に引き受けた薫は、最終的に怪しく言葉を呟くだけになってしまった。
「──あ、薫さん、あそこ出口じゃないですか?」
「何っ?」
りみが指差した方向へ素早く視線を向ける薫。真っ赤な字で『出口』と書かれた看板を見つけると、細く、長く息を吐き出した。
「ああ、やっとこの地獄から解放されるのか……」
思わず本音が漏れたが、
「……地獄を模したこの空間から、解放される時が来てしまったようだね……。不変の時間は無い、という事だね。ああっ……儚い……」
すぐに取り直す。
「さありみちゃん、この呪われた世界から、共に抜け出そうじゃないか」
「あ、はい……」
調子よく差し出された手を、りみは戸惑いながら握る。
りみの手を引いた薫は、スタスタと歩き出すと何の名残惜しさもなさそうに出口を潜った。
空を見上げた薫は、
「ご覧、やはり私達は、この唯一無二の存在である太陽と共にあるべきなんだよ」
調子が戻ってきたのか、芝居掛かった口調で視線をりみに向ける。
「そ、そうですね」
そのえも言われぬ雰囲気に気圧されたのか、りみは素直に頷く。
「──それでは私は行くとするよ。貴重な時間をどうもありがとう」
「あっ……」
りみが何か言う前に、薫はその場を去ってしまった。呼び止めようとしたりみだったが、
「──りみり〜ん!」
遠くで、自分に手を振る姿が。
「あ、香澄ちゃん」
「りみりんどこ行ってたの? 探しちゃったよ〜! ね、おたえがお腹空いたからお昼にしようって!」
すぐに駆け寄ってきた香澄にまくしたてられながら、
「行っちゃった……。ちゃんとお礼言いたかったのにな……」
りみは見えなくなった背の高い後ろ姿を見つめていた。
「こころは……はぐみは……花音は……美咲は……ミッシェルはどこだ……? またあんな事態になる前に、合流しなければ……」