「こんばんは。今日は皆さんどうします?って……。え?どうなさったんですか?皆さんお揃いで」
バレンタインの翌日。白銀の
通常は純白の円卓の間だが、今日はやけにおどろおどろしい雰囲気で。
「……たっちさん。リア充はクリスマスだけじゃなく、バレンタイン当日にもインしないって噂、本当だったんですね……」
たっちがその声の方に視線を向けると、他の面々に比べて頭二つ分くらい大きな姿があった。
「モモンガさん?モモンガさんまで何でそんな姿を……」
そう言ってたっちがモモンガの方に向かおうとした瞬間。パチン!と、指が鳴らされる。その音の元は、たっちが見ているモモンガとは別の方向で。たっちがそちらを見ようとしたその刹那。両脇から二人がかりで両腕をガッチリと誰かに固められた。そして、黒ずくめの集団の奥から、誰かがやって来るのが見えた。
彼だけはマスクをしておらず、その素顔を晒している。大きく立派な黒い角。そして、豪奢な細工の施されたハーフマスクを付けた黒山羊頭の悪魔。たっちと同じくワールドを冠する、ワールド・ディザスター。ウルベルト・アレイン・オードルその人だった。
「リア充はほんっとーに空気読めませんね。たっちさん、思い出して下さいよ。モモンガさん、さっきクリスマスって言いましたよね?クリスマス、たっちさん以外の男性陣が所持してたアイテム。アレのバレンタインバージョンですよ、この装束」
ウルベルトの言葉に、たっちは硬直する。クリスマスの時のアレとは確か、赤と緑のクリスマスカラーをしたある意味呪われた装備……"嫉妬する者たちのマスク"だ。通称、嫉妬マスク。勿論、美人の嫁持ちのリア充かつ勝ち組と言われているたっちは持っていない。その事でクリスマス翌日は散々ギルメンたちに弄られたものだったが……。
「ッ!?ま、まさか皆さん……!」
「ようやく気付きましたか、たっちさん。さぁ、俺たち喪男の恨みを受けて頂きましょう!」
たっちの右脇で、ベルリバーがそう言えば。
「リア充撲滅キャンペーン春の陣ですからね」
と、左脇を押さえ込んでいた武人建御雷が重々しく頷きながらそう言った。
「ささっ、先生!やっちゃって下さいっ!!こちら、喪男たちが敬愛して止まないタブラさん作のアイテムですっ!!」
時代劇の悪役が言いそうな台詞をノリノリで言いつつ、ペロロンチーノがウルベルトに差し出したのは、謎の漆黒の球体だ。黒マントを羽織っていても、その羽根のせいで背中の辺りが歪に膨らんでいてその正体を隠し切れていないので、正直言ってあまりマントの意味が無い。
「……
これから何をされるのか分からず不安そうなたっちは、取り敢えずこの場の誰もが理解しきっている事を改めて口にするが。
「そうですね。でも、ソレって、ダメージが通らない、って意味での禁止でしょう?タブラさん作のコレは、ダメージはありませんから」
楽しそうに笑いながらそう言うウルベルトの言葉に、ほんの少しだけホッとしながら体の力を抜く。
「……では、皆さん。憎きリア充への呪詛を込めて儀式を行いましょうか。たっちさんでもう三人目ですし、皆さんも慣れたモンでしょう」
「は?三人目っ!?って、まさか皆さん誰かがインする度にこんな事を!?」
ウルベルトの台詞に思わずたっちがそう突っ込むと、周りの面々は皆一斉に頷いた。
「たっちさんみたいなリア充には分からないんですよっ!!昨日の俺たちの惨めさをっ!!」
「そうですよ!クリスマスで結ばれたカップルがよりイチャつく俺たちにとって最悪の日……それがバレンタインなんですよ!!」
……正直、誰が叫んでいるのかもう定かではないが。皆して口々にそうリア充への呪詛を吐き出している。辺りには泣き顔アイコンが乱舞して、今にも処理落ちしてしまいそうな勢いだった。
「いや、皆さんそう仰いますけど……うちのはもう義理チョコみたいな物ですよ?結婚して何年も経過していますし」
皆を慰めようと、たっちがそう口にした瞬間。場の空気が一気に凍り付いた。
「……は?たっちさん、何ふざけた事言ってるんです?」
「美人幼馴染み妻が居る癖に、その奥さんから貰ったチョコが義理みたいなモンとか?」
「ガチな喪男な俺らに、喧嘩売ってます?」
「俺にも、愛を!愛ををーーーーーーー!!!!」
野太い野郎どもの慟哭の叫びで、円卓の間は阿鼻叫喚の地獄の様相である。そんな中、比較的冷静に見えるウルベルトはパンパン!と大きく手を鳴らして皆の注目を集める。
「……さて。皆さん、かくもリア充という生き物は罪深いんです。ですから、喪男仲間のタブラさん作のコレで、先ずはたっちさんを清めましょう」
笑顔アイコンを浮かべながらそう言うウルベルトに、場の喪男たちの心は一つになる。たっちを抑えている二人の手の力も、より強くなった。
「って、え?本当、皆さん私に何をする気なんです!?」
慌てたようなたっちの問いには、誰も答えない。
「憎きリア充に、正義の鉄槌を!」
「鉄槌を!!!!」
ウルベルトの言葉に、皆が続く。その様子はどう見ても悪魔崇拝者の儀式にしか見えない。だが、発言内容があまりにも切ない。
「喪男の心の痛み、今こそリア充に!この世全ての悪を、恨みを、妬みをこの一撃に込めよ!」
「リア充滅びろ!!」
「バレンタイン消えろおおおお!!!!」
「清らかな俺らに謝れえええええ!!!!」
その叫びと共に、皆黒い球を掲げる。ウルベルトが持っている物の半分くらいしかないサイズだが、十人以上が持っている事を考えると中々の脅威と言えよう。
「ありったけの
ウルベルトがそう叫び、その黒い球をたっちにぶつける。額のど真ん中に当たったソレは、何のダメージもたっちに与えない。だが、ウルベルトの一撃を切っ掛けに、場の他の面々も一気にそれをぶつけてくる。痛みは無いが、中々に鬱陶しい。
「……って、一体、何……?」
思わず閉じてしまっていた目を開ける。だが、コンソールを見ても特に状態異常などにはなっていないように思える。ユグドラシルのシステム上、同士討ちは出来ないようになっているのだから、それも当たり前なのであるが。ならば、さっきの謎の儀式は一体……?そう思い、たっちが首を傾げていると、マスクを外したモモンガが、笑顔アイコンを浮かべつつやって来る。
「たっちさん!コレ、ギルドの仲間へは色変え効果しか無いんですけど……敵対ギルドの相手にぶつけると、呪いと装備破壊の効果付与なんですよ!タブラさん、凄いですよね」
「色変え?……あ。本当ですね。私の装備が……チョコレート色に?」
モモンガにそう言われてたっちが自分の手を見ると、小手が白銀からチョコレート色に変わっている。どうやら、さっきの黒い球によって全身がチョコレート色になっているようだ。
「えぇと……この効果って、どれ位続くものなんですか?」
「確か、投げる時に込めた魔力量に比例するらしいですよ。最大一週間みたいですけど。まぁ、呪いとかは解除アイテム使われたらすぐ解けちゃうみたいなんですが、色変えは自然に解けるまで待つしか無いとか。……たっちさんは、多分一週間はチョコレート色だと思いますけどね、割とマジで皆魔力込めてましたので」
モモンガは言い難そうに汗アイコンを出しながらそう言った。
「……皆さんそんなに気合い入れて魔力込めたんですか。って、マジ何やってるんですか!私で三人目とか言ってますし!」
「トップは朱雀さんでしたね。まぁ、朱雀さんは高齢という事もあって、寧ろ独身だったら俺たちの方が気を遣っちゃいますから……ソフトな感じでやらせていただきまして。次がぷにっと萌えさんですね。最近彼女が出来たとか仰ってたから、皆さん全力で魔力込めてました。……で、たっちさんが三人目です。うちのギルドでは最後ですね」
と、二人してそう話していると、背後でまだ恨みが消えそうに無い面々が戦闘準備をしているのが見えた。
「正義の裁きは済んだ!清められたぷにっと萌えさんも連れて、次はリア充ギルド攻略に行くぞー!!」
「おー!!」
「潰せっ!!!!リア充ギルド!アースガルズのあのギルドが狙い目だと思いますよ!!」
黒装束に身を包んだまま、円卓の間から移動する一行。それを、たっちは何とも言い様のない目でジッと見つめていた。
「……たっちさんも、行きます?俺は参加しますけど。ウルベルトさんとるし★ふぁーさんがかなり本気出すので、もの凄くスカッとしますよ!」
笑顔アイコンを出して、楽しそうにそう言うギルマス。そして、妙な結束力で盛り上がっている仲間たち。それらを改めて目にしたら、自然と笑顔アイコンを出していた。
「そうですね。これで私も清められたんでしょう?でしたら、このチョコレート色の鎧に賭けても大活躍しないとですよね」
……そして。その場のノリで凶悪な効果のアイテムを持ち出して大暴れしたせいで、より一層アインズ・ウール・ゴウンの悪名は轟きまくったのだが、そんな事を今更気にするような者はこのギルドには存在しないのであった。
ちなみに。タブラさん作のアイテム、"怨念のチョコボール"は、装備破壊効果がヤバすぎる、との事で、通常は使用出来ないアイテムとなった。(完全に使用禁止にしない辺りが、"嫉妬マスク"を作った運営らしいのだが)バレンタインの翌日しか使用出来ないこのアイテムは、毎年喪男たちに絶大な人気を誇ったのだった。
ウルベルトさんとるし★ふぁーさんは実はペロロンチーノさんに比べるとリア充への恨みは軽度だったりする、という裏設定。
クリスマスツリーの話(原作)から察するに、アインズ・ウール・ゴウンの喪男はノリが良さそうだよなーっていう妄想から出来た話です。