ルシファーside…
「これは……また貴女達ね?今度はここでいったい何をしているのかしら?」
教会の扉を開けて入って来たのは、やはりリアス・グレモリーとその眷属達だった。彼女達は確か黒歌に監視を任せ、何か動きがあればすぐに私達が持っている携帯に連絡をする事になっていたのだが……何故黒歌からの連絡が来なかった?
私は疑問に思いながらスマホを取り出して確認すると、スマホは圏外になっていた。この場所は圏外ではなかった筈だ。となると、おそらくバアルの奴が外との連絡を遮断する術式か何かを使っていたのだろう。だから黒歌からの連絡が来なかったのか。全く……最後の最後まで面倒な事をしてくれたな。
「ッ!?ア、アーシア!!お前等、アーシアにいったい何をしたんだ!?」
すると茶髪の悪魔が椅子に寝かされているアーシア・アルジェントを見付けると、私達を睨みながら叫んだ。おそらく私達が彼女に何かしたと思っているんだろう。
「勘違いするのはやめて欲しいですね。私達は彼女に対して何もしていません。寧ろ彼女を保護する目的でここへ来ました。………まぁ、来た時には既に彼女の神器は抜かれた後でしたが」
ゼフォンは茶髪の悪魔を睨みながら問いに答える。だがどうやら茶髪の悪魔は人間が神器を抜かれるとどうなるのか知らない様で、ゼフォンの返答に首を傾げた。
「神器を……抜く?部長、それってどういう事なんですか?」
「いいイッセー?よく聞きなさい。人間は持っている神器を抜き取られると……死んでしまうの」
「なッ!!?アーシアが……死ぬ?」
「その通りだ。神器の方は回収した。これがその神器だ」
私は証拠としてポケットの中から緑色の光を放つ“聖母の微笑”を取り出し、グレモリー達に見せた。これに見覚えがあったのか、茶髪の悪魔は慌て始めた。
「部長!なんとかならないんですか!?ほ、ほら!あいつが持ってる神器を取り戻して、アーシアに戻すとか!」
「残念だが、この娘が神器を抜かれてからかなりの時間が経っている。今更神器が戻って来てもこの娘はもう手遅れだ」
「そ、そんな……」
茶髪の悪魔は絶望の表情を浮かべて膝から崩れ落ちた。随分とこの娘と仲が良かった様だな。だが、こればかりはどうしようもない。モンスター界ならこの娘を生かす方法がある可能性はあるが、どの道抜かれてからモンスター界へ戻るのに時間が掛かるから間に合わなかっただろうな。
「……い…一誠…さん」
「ッ!アーシア!」
「ん?気が付いたか……この娘はお前達と知り合いなんだろう?なら最後に話くらいするといい」
私達がアーシア・アルジェントから離れると、茶髪の悪魔は彼女の下へ駆け寄った。彼女は茶髪の悪魔…確か一誠と呼んでいたな。そいつに最後に会えた事が嬉しかったのか、笑顔を浮かべてしばらく一誠と話をした後、眠る様に静かに息を引き取った。
私とゼフォン、アリスは彼女に対して黙祷を捧げ、天草四郎は静かに十字を切り、祈りを捧げた。天草四郎が十字を切るとグレモリー達が頭を押さえて苦しげな表情を浮かべていたが……まぁ、私の知った事ではないな。
「……でだよ」
「なに?」
「なんでだよ!?なんでアーシアが死ななきゃならないんだ!アーシアは傷付いた悪魔だって治してくれる程優しい子なのに!!お前等もなんでもっと早く助けに来てやらなかったんだ!」
小さくてよく聞こえなかったから聞き返すと、茶髪の悪魔が涙を流しながら私達を睨み、叫び出した。私達がアーシア・アルジェントを保護しに来たに間に合わなかった事が許せないんだろう。
「確かにもう少し早く駆け付けていれば、その娘は助かったかも知れないだろうな……だが、私達が事を済ませた後にやって来た貴様等に言われたくはない。まぁ、貴様等が私達よりも先にこの娘を助けに来ていたとしても、返り討ちになるのがオチだっただろうな」
この間会った時にも思ったが、こいつ等はお世辞にも強いとは言えない。こいつ等程度の実力では、バアルどころか、普通の駒で作り出された駒兵士にすら苦戦するのが目に見えている。“悪魔の駒”で作られた駒兵士が相手となると、確実に全滅していただろう。
「そ、そんな事……!」
「無いと言い切れるのか?更に言えば、その主犯はちょっとした能力を持っていてな。チェスの駒を自分の兵士に変える能力を持っていた」
「……チェスの…駒?……ッ!ま、まさか!」
「「……ッ!」」
「………?」
「何言ってやがる!そんなオモチャの兵士くらい、俺がまとめてぶっ飛ばしてやる!」
ほう?どうやら昔神社で助けた娘と子猫、後金髪の男の悪魔は気付いた様だな。だが、ここまで言ってやったのに何故グレモリーと一誠は気付かない?
「そいつが作り出す兵士の強さや能力は、使われる駒の質によって変化する。そして奴は、コレを大量に持っていた」
「……ッ!?そ、それは」
私がグレモリーと一誠に見えるように先程回収した“悪魔の駒”を見せてやると、一誠は首を傾げ、グレモリーは目を見開いて驚愕を露わにした。2人以外の悪魔達は「やっぱり」とでも言いたげな表情で“悪魔の駒”を見ている。
「奴の話だと、この町にいた赤髪の悪魔の小娘……つまりグレモリー、貴様を中心に冥界の悪魔共から盗んだらしい。お陰で何度潰しても再生する、貴様等で言う所の上級悪魔程度の力を持った駒兵士の軍団を相手にしなければならなかった。さて、そんな奴を相手に貴様等は確実に勝てるのか?」
「「「「………ッ!」」」」
「それがどうした!相手がどんなに強くても、全員ぶっ飛ばせばいいだろ!」
ふむ……流石に上級悪魔程の力を持った軍団を相手に確実に勝てるとはグレモリーも思っていないようだな。だが一誠は本気で言っているのか?頭に血が上っているからか、本気でそう思っているのか……まぁ、貴様がバアルに挑んで勝手に負けても私には関係ないが。
「はぁ……まぁいい。その娘の事は貴様等に任せる。私達はもう用は済んだのでな。帰らせてもらうぞ」
「ッ!待ちなさい!!」
私が“悪魔の駒”を仕舞ってゼフォン達と堕天使共を連れて外に出ようとすると、グレモリーが道を塞いで来た。
「まだ何か用でもあるのか?」
「貴女の持ってる“悪魔の駒”と神器、そしてそこにいる堕天使達を引き渡しなさい」
グレモリーは私に指を差しながらそう要求して来た。だが私は勿論渡すつもりは微塵も無い。神器はまだ決めていないが、“悪魔の駒”は持ち帰って処分するつもりだし、この堕天使共には私が管理する町で好き勝手やった罰を受けてもらわなければならないからな。
そして何より、何故私がグレモリーの言う事を聞かねばならないんだ?
「断る。私達が貴様の要求に応える理由が無いからな」
「この町はこの私、リアス・グレモリーの管轄よ。それだけでも十分な理由だと思わないかしら?」
自信満々な表情で言うグレモリーに私は少しだけ腹が立った。それは私以外も同じで、ゼフォンはグレモリーを睨みながらローラーシューズのブレードを展開し、アリスは狂気的な笑みを薄っすらと浮かべながらガトリングガンを構え直し、天草四郎は無言で聖書を開いた。
ゼフォン達から漏れる殺気を感じてグレモリー達も緊張した表情でそれぞれ身構えた。このままグレモリーを始末するのは簡単だが、そうすれば兄の方が何をしでかすか分かったものでは無い。最悪この町が私達と悪魔との戦場になる可能性もある。それは避けなければならない。
「落ち着けお前達。今この場でグレモリーを始末しても面倒になるだけだ。さて、私の応えは変わらない。堕天使共はこちらで処罰しなければならないし、“悪魔の駒”は処分するつもりだ。……そうだな、ついでにこの
「……おい、今なんて言った?」
「ん?聞こえなかったのか?堕天使共の処罰は……」
「そこじゃねぇ!テメェ、アーシアの神器をどうするって言った!?」
「なんだそんな事か……“悪魔の駒”のついでに破壊しておこうと言ったんだ。こんなガラクタがあったら、また誰かが死ぬだろうからな」
こんなものがある所為で、悪魔や堕天使に転生させられるか殺されて人間の数が減っていくのだからな。初めての試みだが、破壊する事で他の人間に宿らなくなる可能性があるなら、やってみる価値はあるだろう。
だが、何故この神器を破壊する事に一誠が怒る?こんなものがあった所為で貴様が助けに来た娘が死んだと言うのに。
「アーシアは、その神器は神様から貰った素晴らしい力だって言ってたんだ!それをガラクタ呼ばわりした上にぶっ壊すなんて!」
「神様から貰った素晴らしい力だと?こんなものがあったからその娘は殺されたんだ。寧ろこれは神にかけられた死の呪いだろう」
「うるせぇ!それはアーシアのもんだ!返しやがれぇぇぇぇ!!」
一誠は左手に神器を出現させて私に向かって殴り掛かって来た。はぁ……こういう男は本当に面倒だ。このまま殴られてやる気はないし、放っておくとゼフォン達に殺されそうだったので、私は一誠に向かって紫電で作った1発の矢を放った。
一誠はギリギリでその矢を神器で防いだが、その衝撃で後ろに吹き飛ばされ、教会の壁に激突して止まった。グレモリー達は吹き飛ばされた一誠の名を呼びながら駆け寄って行った。
「ルシファー、何故手加減したんですか?貴女ならあんなど素人くらい、簡単に消炭に出来たでしょう」
「殺す意味もないからな。それよりとっとと帰るとしよう。今日はもう疲れた」
ゼフォンは少し不満そうな顔をしていたが、私が教会の玄関の方へ歩き出すとやれやれと頭を振りながらも大人しく付いてきた。その後に不満そうに頰を膨らませたアリスと静かに聖書を閉じた天草四郎、そしてアリスに銃口を向けられている堕天使共も付いて来る。
「待ちなさい!貴女、よくも私の可愛い下僕を…!!」
「ならちゃんと躾をしておく事だ。感情に任せて動く様な下僕をそのままにしておくと、いずれ取り返しのつかない事を仕出かすかもしれないぞ?」
「黙りなさい!!」
グレモリーは魔力を練り、赤い魔法陣からあの奇妙な魔力の玉を私に向けて放って来た。この間は何がしたいのか分からなかったが、その玉の軌道上にあった椅子の一部が削り取られたのを見て漸く理解した。どうやらあの玉は触れたものを削り取る力がある様だ。
(だから防がれてあんなに驚いていたのか)
私はあの時と同じ様にバリアを展開する。グレモリーの魔力玉はまっすぐこちらに飛来し、展開されたバリアに当たると、魔力玉の方が消滅した。
このバリアは許容量を超えると消えてしまうが、バリアが受ける物理的なダメージ以外の効果……例えば毒やアビリティロックといったものは無効化するのだ。グレモリーの魔力玉の削り取る効果はそれ等に分類される様で、魔力の玉がぶつかったダメージ分しか耐久値は減っていない。と言っても、殆ど減っていないがな。
「クッ!どうして!?なんで“滅びの力”が効かないの!?」
「ッ!?……アレは、まさかあの時の?」
グレモリー達は私がその“滅びの力”とやらを防いだ事に驚愕している。特にグレモリーは自分の攻撃……おそらく余程の自信があった自慢の攻撃が全く効いていない事が信じられない様だ。
ふと気付けば先程吹き飛ばした一誠がボロボロになりながらもゆっくりと立ち上がった。はぁ……やれやれだ。さっきので気を失っていれば楽だったのだがな。
「……せよ」
「うん?」
「アーシアの神器を……アーシアを!返せよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
『Doragon Booster!』
一誠の左手の赤い籠手からそんな声が発せられると、手の甲に付いた宝玉から眩い光が発せられた。それと同時に神器から感じていた龍のものらしき気配が少しだけ大きくなった。
『explosion!』
「ほう?形が変わったな」
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
一誠は雄叫びを上げながら再度私に向かって殴り掛かって来た。だが悪いが私はもう帰ってグレイフィアの淹れる紅茶を飲みたいのでな。
「……大人しく寝ていろ」
「グッ!?ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
「イッセー!」
私は向かってくる一誠を衝撃波で吹き飛ばした。そのまま壁に激突して今度こそ気絶してくれれば楽に済んだのだが、金髪の悪魔と子猫がギリギリで受け止めた。だが一誠はそれなりにダメージを受けた様で、立ち上がろうとするが体が上手く動かない様だ。
「グッ!ち、畜生……!」
「はぁ……もう面倒だ。このガラクタがそんなに欲しいならくれてやる。私達も暇ではないのでな」
私はポケットから“聖母の微笑”を取り出し、一誠に向かって投げ渡すと、そのまま教会の外に向かって歩き出した。その時またグレモリーが止めようと眷属達に命令していたが、アリスがグレモリー達の足元を撃ち、狂気的な笑みで手加減されていたが殺気をぶつけた為、グレモリー達は動けなかった。
そして私達は背後から聞こえてくる一誠の悔しそうな叫びを聞きながら教会を後にした。さぁ、早く帰ってグレイフィアの紅茶を飲むとしよう。
(……そう言えば、何か忘れている様な気がするな)
★
「イテテテ……畜生あのクソ青髪女ァ!次会った時は首と体をバイバイさせてから、脳天に風穴を開けてやんよぉ!」
一方その頃、隙を見てこっそり教会から逃げ出したフリード・セルゼンは、自分を完膚無きまでにボコボコにした天草四郎に対して怒りを抱きながら人気のない裏路地を歩いていた。
「あーあ、俺っち自慢の剣も銃もガラクタのお仲間入り。こりゃ新しいのを仕入れないと、クソ悪魔共を皆殺しに出来ないじゃあ〜りませんか」
「へぇ〜?随分とこっ酷くやられたんだね。君」
「ッ!!?」
フリードはいつの間にか目の前に立っていた青年に声を掛けられ、一気に距離を取った。負傷してイライラしていたとは言え、今まで数多くの戦いや殺しをして来たフリードに気付かれる事無く目の前に立って見せたその青年に対し、フリードは一雫の汗をたらりと流しながら警戒した。
「おっと、そんなに警戒しなくていい。僕はただ、君をスカウトしに来ただけだからね」
「いやいやいや〜、俺ちゃんに気付かれずに目の前に立たれちゃ警戒しまくりますですよ。それとスカウトの応えはノー!俺っちは自由にクソ悪魔共を狩って狩って狩りまくりたいんでありんす♪」
フリードはいつもの様にふざけた話し方で青年と会話をするが、対する青年は気にした素振りもなく話を続けた。
「だと思ったよ。でも、
青年の言葉にフリードは一瞬ポカンと呆けた表情をしたが、次第に口角が上がっていき、狂った様に笑い出した。
「ク…クヒヒ……アッヒャヒャヒャヒャヒャ♪何それ俺ちゃん凄い気になるんですけど〜♪ちょいとその話聞かせて欲しいでやんす♪」
「君なら乗ってくれると思ったよ。じゃあ、僕について来てくれたまえ。フリード・セルゼンくん。怪我の手当てもしてあげよう」
そう言うと青年は踵を返して歩き出し、フリードは先程まで不機嫌だったのが嘘だったかの様に上機嫌で彼について行った。