駒王町のとあるビルの1階部分に、“旋律の翼”というバンドや音楽が好きな者達がよく集う喫茶店があった。中はとてもお洒落で落ち着く雰囲気のある内装ではあるが、店の入口から左手に小さなステージがあり、店に来るバンド達が偶に演奏を行ったりしている。
この日もお店には学校帰りの学生やバンドを組んだ若者達がちらほらと来店しており、皆お店で出されるマスター手作りのケーキやオムライスなどの料理を美味しそうに食べながら会話を楽しんだり、小説を読んだりしていた。
そんな彼等をこの店でマスターをしている白髪に白い髭を生やした初老の男性が、カウンターの向こうでコップを拭きながら優しい笑みを浮かべて眺めていた。
カラン♪カラン♪
「いらっしゃ……おや、君か」
「あぁ、何時ものを頼む……」
お店の扉を開いて入店した黒いシャツの上に白いパーカーを着た金髪の少女……ルシファーは、まっすぐカウンター席に座りながらマスターに注文をした。店のマスターは彼女の注文を聞いて「分かったよ」と頷き、コップにアイスコーヒーを注いで彼女の前に出した。
ルシファーは礼を言ってアイスコーヒーをストローで飲み、少し乾いていた喉を潤した。
「ふぅ……どうだ?この町には慣れたか?」
「大分慣れたよ。いやぁ、君が外の世界の町を管理すると聞いて驚いたけど、住んでみると意外といい町だね」
「私…いや、私達が管理しているんだ。いい町でないと仕事が増える」
店のマスターは「そうだね」と言いながらルシファーが何時も注文している料理を作り続ける。
この会話で察した通り、この店のマスターは人間ではなく、ハデスというギリシア神話の死者の国を支配する神がモデルとなっているモンスターだ。彼は元々モンスター界で喫茶店を経営していたのだが、2週間程前からこの駒王町でも店を開いている。ルシファーは彼の店の常連であり、モンスター界でもよくバンド仲間のサタンと茨木童子と一緒に通っていた。
因みに彼以外にも駒王町…というより人間界で活動する様になったモンスターはいる。例えばカナンは人間界で『約束の地の大冒険』の第1巻から売り出して瞬く間に人間界でも大人気漫画家になったし、他にもモンスター界でアイドルや音楽作家などをしている者が何人か人間界でも活動している。
実は何人かルシファーが人間界にいるからという理由で人間界に来た者がいちゃったりするが、彼女は知らない。
「はい。オムライス、お待ちどう様」
「あぁ、ありがとう」
ハデスがルシファーの前に置いた皿には、とても美味しそうな出来立てのオムライスが乗っていた。これはルシファーの好物で、この店に来るとほぼ毎回これを注文している。ルシファーはハデスに礼を言うと、スプーンを手に取って出来立てのオムライスを食べ始めた。
★
ルシファーside…
〜1時間後〜
「ご馳走様。美味かったぞ」
「それは良かった。また来ておくれ」
ハデスが作ったオムライスを完食した私はカウンター席に代金を置いて店を後にした。お昼休憩で昼食を食べる為に寄っていた為、これから午後の巡回をしなければならないからだ。最近ははぐれ悪魔や堕天使の被害が無いが、いつ何処から連中が町に侵入しているかはこの町では小町にしか分からないからな。
彼女は町のあちこちに巣を作っている蜘蛛が見た光景を共有する能力を持っている。一度に見れるのは8匹分までだが、過去にその蜘蛛が見た光景も見る事が出来る為、その蜘蛛が過去にはぐれ悪魔などの人外を見ていればどんなはぐれ悪魔が侵入したか分かるからとても助かっている。
「……にゃ〜…」
「……ん?猫?」
しばらく人気の無いルートを巡回していると、何処からか弱々しい猫の鳴き声が聞こえた。少し気になったので辺りを探してみると、物陰に怪我をしてぐったりしている1匹の黒猫を見付けた。
「誰がこんな事を……いや、それより傷の手当てをせねばな」
私はしゃがんでぐったりしている黒猫を出来るだけ優しく抱き上げた。黒猫は驚いた様子で私の腕から逃れようと暴れたが、すぐにまたぐったりとしてしまった。意識はある様だが、もう動く気力もないのだろう。
それより抱き上げて気付いたのだが、この猫から妖怪と悪魔が混ざり合った様な気配を感じる。という事は猫又か何かの転生悪魔か?
「そこの君、ちょっといいかな?」
「……なんだ?」
私が黒猫の事について少しの間だけ思考を巡らせていると、顔に笑顔を浮かべた30代くらいの無駄に高価そうな服を着た男性が話し掛けて来た。男の声がした瞬間、黒猫がビクリと震えてその男を見た。
「君が抱き上げているその黒猫なんだが、実は私の猫なんだ。だから私に渡してくれないかな?」
「ほう?飼い主という事か……だがこの黒猫は貴様を異常に嫌っている様だが?」
この男を見てから黒猫が殺気を出しながら威嚇している。それに怪我をして弱っているからあまり気にならないが、私の手からも逃れようと暴れているのだ。もしこの男が本当に黒猫の主人なら、黒猫が殺気を出しながら威嚇する事は無いだろう。
黒猫の反応を見て一瞬笑顔を消した男だが、すぐに顔を笑顔に戻した。
「いやいや、実は私がその子に熱いコーヒーを溢してしまってね。今私の事を嫌っているんだよ。その怪我は多分家を飛び出した時に何処かで負ったものだろうね。はははは…」
「もっと言えばこの猫には首輪が無い。それに熱いコーヒーを溢したと言うが、火傷の跡が何処にも無いぞ?……貴様、本当にこの猫の飼い主か?」
私が更に質問すると男は完全に笑顔を消し、私を殺気を込めた目で睨みつけて来た。そして男の背中から黒い羽をが出現し、彼の背後から同じ羽を持った2人の男性が現れた。
「やはり悪魔か…」
「ほう、悪魔の存在を知っているのか?まぁ今はそんな事はどうでもいい。その猫ははぐれ悪魔というお尋ね者だ。大人しくこちらに渡せ。そうすれば貴様の命だけは助けてやろう」
……嘘だな。猫を渡せば私を口封じだとか言って殺しに掛かって来るだろう。それに脅しのつもりか殺気を放って来るが、こんなものヘラさんのゼウスが他の女にナンパしているのを知った時の殺気に比べれば全く気にならない。
まぁ、そもそも渡すつもりは無いがな。私はどうもこの猫は悪い奴に思えないのだ。これは私の勘だが、おそらくこの猫は白のはぐれ悪魔だと思う。
「断る。私から見れば貴様等の方がはぐれ悪魔に見える」
「……ッ!」
「なんだと貴様!ならば貴様を先に始末してやる!」
「ハッ!やってみろ。出来るものならな」
私が挑発すると黒猫は耳をピクリと動かして私を見上げ、奴等は挑発に乗って魔力を練り上げて火球を放って来た。それを見た私は瞬時にバリアを展開し、迫り来る火球を防いだ。
「な!?貴様、神器持ちだったのか!」
「生憎そんな物は持っていない。さて、これ以上攻撃を続けるなら……私も容赦しないぞ?」
「ッ!!?ちょ、調子に乗るなぁぁぁぁぁあ!!!」
「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」
私は右手に紫電を纏わせながら悪魔達に弱めの殺気を放った。奴等は汗を1雫たらりと流しながら少し後退したが、持ち前の無駄に高いプライドで持ち直し、ナイフや剣を取り出して切り掛かって来た。
引く事は先ず無いとは思っていたので、迎撃しようとしたが、その前に奴等が
「な!?か、体が……!?」
「なんだコレは!?い、
慌てふためく彼等の周りには、まるで蜘蛛の巣の様に無数の細い糸が張り巡らされており、彼等は蜘蛛の巣に掛かった虫の様に糸に絡まっていた。
「人払いの結界が張られているから気になって入ってみれば……随分とお痛が過ぎる輩がおりますわね」
背後から聞き覚えのある女性の声が聞こえて振り返ると、そこには1人の美少女が妖しい笑みを浮かべて立っていた。
肩まで伸びる紫色の髪に赤と白の2種類の花の髪飾りを付け、袖を別途で腕に付ける和風のセーラー服の様な服装をし、右に四角い模様の付いた赤、左には黒色のニーソックスに、桐下駄を履いており、首には模様が付いた赤くて長いマフラーを巻いている。彼女が今町の管理を手伝ってくれている親友…小野小町だ。
「小町……また糸を張るスピードを上げたな」
「はい…ですが、やはりルシファーにはバレてしまいますか……私もまだまだですわね」
小町は残念そうに溜め息を吐いているが、彼女の糸のトラップを仕掛けるスピードは凄まじい。今糸に絡まっている悪魔達にはいつ糸を張られたのかすら気付いていないだろう。
「……あら?その猫は…」
「あぁ、はぐれ悪魔らしいのだが……私はこの猫は白のはぐれ悪魔だと思うのだ」
私が思っていた事を小町に話すと、彼女ははぐれ悪魔について書かれている紙の束を取り出してパラパラとめくった後、少し驚いた表情を浮かべた。
「……どうやらその通りのようですわ。よく分かりましたね?」
「ただの勘だ。それよりコイツは怪我をしている。奴等の事は頼んでもいいか?」
「えぇ、お任せ下さいませ♪」
糸に絡まってギャーギャー騒いでいる悪魔達を小町に頼むと、彼女は笑顔で引き受けてくれた。私は彼女に礼を言い、今度町で何か奢る約束してから猫を治療する為にその場を後にした。
★
ルシファーが小走りで去って行くのを、小町は妖しい笑みを浮かべながら眺めていた。表面上はいつも通りだが、内心ではルシファーと出掛けるチャンスが出来て喜んでいたりした。
(やりましたわぁ♪ルシファーとお出掛け出来るなんて何時振りでしょうか?今日は運がいいですわね♪)
「おいそこの人間!今すぐこの糸を外せ!コレは貴様の仕業だろう!」
「……あぁ、そうでしたわ。貴方方のお仕置きをしませんと」
小町は耳に入った悪魔達の怒鳴り声に顔から笑みを消し、振り返って糸に絡まる悪魔達を冷たい目で見つめた。
「おい!聞いているのか!?今すぐこの糸を外せ!」
「黙りなさい。彼女に攻撃をした輩を解放する気はありませんわ」
「ヒィ!?」
悪魔達は小町に当てられた殺気に顔を蒼ざめた。小町は殺気に震える悪魔達を睨みながら自分の側に張ってある1本の糸を指で摘んだ。
「私の糸はよく切れますのよ?では、御機嫌よう……」
「ま、待て!止め…」
……ベン♪
悪魔達の必死の叫びを掻き消す様に、美しい三味線の様な音が辺りに鳴り響いた。その後、糸に絡まった悪魔達の姿を見た者は、誰1人としていなかった。
「花の色は〜♪うつりにけりな、いたづらに〜♪わが身世にふる、ながめせしまに…♪」
★
黒猫side…
(……あれ?ここは…?)
私は気が付くと、何処かの部屋のフカフカのベッドの上で寝かされていたにゃ。なんで私、こんな所に居るんだっけ?えっと……確か私は駒王町で悪魔達に見つかって、撃退しながら逃げたけど攻撃を躱し切れずに食らっちゃって、咄嗟に猫の姿になって物陰に隠れて、それから………ッ!!
「そうにゃ!あの子は……!?」
「ん?あぁ、目が覚めたのか。調子はどうだ?」
私を抱き上げて悪魔達に渡さないと言ってくれた金髪の綺麗な女の子の事を思い出して慌てて体を起こそうとすると、部屋にある机の椅子に座って漫画を読んでいたあの子が話し掛けて来た。
「ッ!貴女……ッ!?」
「あまり動くな。治療した後でかなり体力を消耗している。大人しく寝ていろ」
体を起こそうとすると凄い疲れが襲って来たから、彼女の言う通りそのまま横になったにゃ。それと今更だけど、今の私は人型になっている。多分気を失っている内に解けちゃったみたいにゃ。
あの子は机に漫画を置いて私の寝ているベッドの側に来た。改めて見ると凄く綺麗な人にゃね。不思議な力を使ってたし、雰囲気的に人間じゃなさそうにゃね。
「ここはどこにゃ?」
「私の家の自室だ。他に家族はいるが、お前は私が連れて来たからな。私のベッドで寝かした。……さて、私もお前に聞きたい事がある」
彼女は机の側に行って数枚の紙の束を手に取りながら聞いて来たにゃ。私も怪我を治してもらっているから、コクリと頷いたにゃ。
「では聞くぞ?お前はSS級はぐれ悪魔の
「ッ!……そうにゃ」
「よし、では続いてお前に幾つか質問する。間違っている箇所があれば正直に答えろ。いいな?」
彼女は綺麗だけど鋭い目で寝ている私を見下ろして来た。でも今まで沢山の悪魔達に向けられた犯罪者を見る様な目じゃなく、どちらかというと真実かどうか確認する様な目をしていた。その目を見て不思議と私は彼女には正直に答えようと思い、再びコクリと頷いた。
それから始まった質問の数々にはとても驚かされたにゃ。何故なら私の大切な妹の事、私達姉妹が悪魔になった理由、私がはぐれ悪魔になった本当の理由などが本当かどうか質問され、その全てが本当の事だったからにゃ。
私は何故彼女が私達…私しか知らない様な事を知っているのかと驚いて目を見開いて彼女を見詰めていたにゃ。
「ふむ……情報に間違い無し。どうやら白で間違いない様だな」
「な、なんでその事を知って……?」
「情報通な者に調べてもらっただけだ」
どんな人物にゃ?冥界の悪魔達ですら知らない様な事を知っているだけでも普通じゃないにゃ。
「さて、黒歌。私はお前に1つ提案がある」
「て、提案……?」
「うむ。はぐれ悪魔から元の
私は話の意味が理解出来なかったにゃ。はぐれ悪魔から猫魈に戻る?私達の世界の住人?分からない事が多過ぎたにゃ。
私が理解出来ないでいると、それを察した彼女が丁寧に説明してくれたにゃ。先ず彼女…いや、彼女達はこの世界とは別のモンスター界という世界の住民で、その内の1人のアヴァロンっていう子の力で私の体から“悪魔の駒”を摘出して元の種族に戻る事が出来るらしいにゃ。住む家も、向こうの世界での生活も可能な限りサポートしてくれるらしい。
信じられない話だったけれど、彼女の表情は真剣で、嘘を言っているとは思えなかったにゃ。私はしばらくずっと考えて、体を起こして彼女を見上げた。
「ねぇ、“悪魔の駒”を抜いた後もこの世界にいちゃ……ダメ?」
「……妹の事か?」
私はそう問われると頷いた。私の大切な妹…あの子を見付けるまではこの世界を離れる訳にはいかない。もしダメって言われたら、はぐれ悪魔のままでも構わないわ。
私は腕を組んで考える素振りをする彼女をジッと見詰めた。そして数分もすると彼女は閉じていた目を開け、口を開いた。
「よし、なら私もお前の妹探しを手伝おう。妹が見付かるまではこの家で暮らすといい」
「……いいの?」
「勿論だ。まぁ私もこの町の管理の仕事があるのでな。それをやりながらだが……どうだろうか?」
彼女は首を傾げながら聞いてくるけど、それなら私の答えはもう決まっているにゃ!
「うん!お願いするにゃ!」
こうして私は彼女…モンスター界のルシファーの家で暮らす事になったにゃ。
それにしても、本当にモンスター界のルシファーって綺麗だにゃ〜///
黒歌ってこんな感じでいいんですかね?