その日を境にルイズは多くの陰謀に巻き込まれていく事となる。
……夢を見ていた。
彼が夢を見るなど可笑しいかもしれないが、少なくともそれは夢など彼は認識している。
自分は神が産み出したカードの一枚でしかなく、そも神がそうであれと産み出されたカードの一枚でしかなく、自分を使う者に忠義を誓うという機能しか存在しないのに。
──
『……なんでこんなことになっちゃったんだろうね。私は元々、ただの農民でしかないのに。それが貴族様に見初められて今じゃこんな大役を任されてる』
『君にも、君達にも辛いことをさせている。……ごめん、謝っても許してくれるはずないけど……本当にごめんなさい』
一粒、二粒と大きく涙をその瞳から溢す。
自分は辛いと思ったことはない。そもそも、そんなこと思うはずのに……辛いとは別の感情が胸の内から溢れ出してくる。
『私は少し裕福に暮らせればいいと思っていた。ガンダールブや君達と一緒にいれればそれでいいと思っていたわ』
『……っ、ブリミル。私も……似たようなものだ。カードとして正しい使われ方をされていなくとも、君と一緒にいられれば良いと思っていた』
『私だけではない!ミョズニトニルンやヴィンダールヴ、リーヴスラシルも君と共に暮らせれば良いと!……だが』
少しだけ、思い出してきた。
ブリミル、そうブリミルだ。それが目の前の彼女の名前……ではなく、渾名だった気がする。
同じ名前の貴族様に雇われているから、と渾名で呼ぶなと何度も注意されたこともあった。
だが、それを注意するような言葉は飛んでこない。
『……神様が、アルステス様が消えてから全部、可笑しくなっちゃったわ。バルテアス神の眷属達が世界の覇者になろうと、カルドラ様にバルテアス神の復活を望もうとして、世界は混乱に包まれている』
『エルフさん達は自分達だけでも助かろうと画策を繰り広げているし、ブリミル様は新たに神を作り上げることで世界を救おうとしている』
『……だが、彼奴らの計画だと君は──』
彼の記憶は更に鮮明になっていく。
それは崩壊していく世界を救うための方法であり、彼らバルテアス神の眷属を全て排除するための唯一の方法。
『……分かってる。私はこれからの全てを賭けて、世界を守るわ。全てを捨てる戦いだけど……私は戦い、勝利してみせる』
『皆といたこの世界を守るために……──』
……その後、彼女はどうなったか、彼の記憶にない。
だが、彼は正直な話をすると、彼女に、戦いに破れてほしいと願ったことがあると思ったこともある。
彼女のような優しき少女に戦いは似合わない。例え、自分の存在が消滅しようと、強き
だが、ブリミル自身も、ブリミルという貴族も戦いに破れることを望んでいなかった。
故に自分は戦ったのだろう。
世界を守るためとかではなく、ブリミルの……小さき主を守るために──。
◆ ◆ ◆
……何処からか声がする。
不思議と懐かしさを感じる優しき声。
──この声を、自分はどこで聞いたことあるのだろうか?
だが、自分がこの声に答えることはできない。
彼女が……この声の主が本当に自分のことを求めた時以外、幾ら答えようとしても、答えられない。
◆ ◆ ◆
──……あぁ、なぜ自分がこんなことに。
目の前で展開される7体の青銅のヴァルキリー達を前にして、ルイズは己の愚行を呪った。
始まりはそう、昨日……使い魔召喚の儀式からだ。
2年生に進級するために必要な儀式であり、魔法成功率『ゼロ』と馬鹿にされた自分にとって、最大にして最初の壁である。
もしも自分が使い魔の召喚に失敗したら留年するだけではない。
きっと実家に連れ戻されることは間違いない。
そうなれば本当に自分は役立たずの貴族の娘としての烙印を押されるだろう。
魔法も使えなく、ヴァリエールの血筋が売りの政治的な道具としてしか、価値がなくなる。
いや、魔法が使えないという時点で政治的な道具としての価値も低いかもしれないが、その時は実家の自室に閉じ込められるだけだろう。
──そんな人生はお断りよ!
政治の道具としての人生も、その価値すらない人生も、ルイズはお断りだ。
だから精一杯、自身の出来ることをルイズは行い……召喚されたのは小さな石板だった。
騎士のような絵が掘られた奇妙な石版、まさかこれが自分の使い魔……?不安な気持ちにかられながら、ルイズは自身の使い魔(仮)に近づき、それに触れ──。
パァンッ!!
ルイズという小さな世界は弾けとび、ルイズの意識は黒一色の世界に移った。
いったいなんなのだ、とルイズは辺りを見回すと、自分の回りに小さな光の塊が無数にあることに気がついた。
なんだ、と光の塊を見る。すると、そこには広大な世界が存在していた。
そこは無限に広がっているのではないかと思うくらい広大な原っぱで二人のメイジと思わしき男がカードのようなマジックアイテムで怪物や戦士を戦わせている世界。
そこは戦乱が終わらぬ大陸で一人の貴族の少年がエルフやドワーフ、
そこは広大な森でエルフと見たことないような異形の化け物がカードのマジックアイテムを使い、互いに怪物を使役して共に戦っている世界。
それは──まだ幼さが残る平民と思わしき少女がカードのマジックアイテムから現れた騎士と炎を纏う戦乙女、山にも見える巨大な水竜に人では到底叶わぬ美貌を持つ妖精、喋る剣や鎧と共に巨大な悪魔と戦っている世界。
様々な世界がルイズの目に移り……何処からか、ルイズを包み込むような優しき声が聞こえた。
──力を使い
それは女の声だった。
──その手に集めよ
何処かで聞いたことあるような……いや、知っているような気がした。
──そして
まるで赤ん坊を眠りつかせるために優しく喋りかけてくる声に従い、ルイズは石板を手に取った。
──最強のセプターとなり
すると、ただの石板でしかなかったそれの形が変化していく。
それは……あの小さな世界で見たカードのマジックアイテムであった。
──神となれ
最後に響いた声と共にルイズは元の世界に戻っていた。
手にはカードに変化した石版があった。
その後、ルイズは召喚したカードを使い魔として扱うこととなった。
コルベールの立ち会いのもと、コンタクトサーヴァントの儀式を試しみるも一瞬、光ったかと思うと、何事もなかったかのように発光が止んだ。
そこには、使い魔の証たるルーンは存在していない。
そこで儀式は終わり、ルイズを含む生徒達は解散となった。
コルベールは何とか、学園長に掛け合ってみると言い、その場を去った。
一人になったルイズは考える。……やはり自分は『ゼロ』なのだろうか?あの夢が本当のことなら、このカードには様々な武器や化け物が封じられているのだろうか?
そう思い立ち、カードに向かって、知っている呪文や知っている怪物の名前をありったけ言ってみるが、効果は出ず、ルイズは疲れはて眠りについた。
……次の日、ルイズは使い魔の召喚は成功したと言う事実をもって、進級を許された。
ミスタ・コルベール曰く、使い魔召喚の儀式において必要なのは使い魔を召喚できるかどうかであるとのこと。
50年以上も昔、ルイズと同じように使い魔召喚はしたが契約できなかった生徒がいた。
……正確に言えば、使い魔召喚の儀式において、召喚した魔獣に殺された生徒がいた。
それは二階級特進的な意味も含まれてか、死んだにも関わらず、契約も出来なかったというのに2年生に進級した扱いとなったのだ。
その事実を盾にミスタ・コルベールは学園長にルイズの進級を求め、それを許可した。
その日の授業、回りの生徒から使い魔を召喚出来ないからってマジックアイテムを持ってくるなとか、本当は召喚できてないくせにとか、馬鹿にされたが、ルイズは反論できなかった。
自分が使い魔召喚の儀式に失敗したのは事実だろうし、ミスタ・コルベールと学園長のお情けによって、自分はここにいるからだと理解しているからだ。
……まぁ錬金の授業の最中、いつもの如く、失敗魔法をぶちかましたのはここでは置いておく。
そうしてお昼。
ルイズは中庭で好物であるクックベリーパイをやけ食いしていると、何やら騒がしい声が聞こえる。
ふと、視線を向ければそこには
話を聞く限り、どうやらメイドがギーシュのポケットから落ちた香水を拾い、渡したところ、二股が発覚して二人の女生徒から振られたらしい。
その責任をメイドに擦り付け、ギーシュは彼女のことを攻めている……とのことだ。
実に下らないとルイズは思う。
そんなことせず、どちらかにでも謝りにいけば まだどちらかは許してくれるだろう。モンモランシーも、名前も知らない一年生もギーシュに惚れるくらいなんだから、間違いなく許してくれるはず。
なのに貴族としての誇りを優先してギーシュは彼女に責任を擦り付けた。
これでは貴族としての誇りどころか、男としても最低である。
……本来ならメイドの少女をルイズが憐れに思ったところで物語は終了だ。
ギーシュに責任を擦り付けられるなんて、運がなかったメイドである、そう思って終わったはずだ。
だが、そのメイドが朝によく顔を合わせる娘だからなのか、それとも
そこからはもうそれは酷いこと。
ルイズとギーシュはお互いのことをけなし合い、最終的に決闘の約束まで取り付けてしまった。
名前も知らないメイドの少女はルイズの身を案じてか、「ミス・ヴァリエールが決闘する必要はなかった」と、「やるならば私が」と言っていたが、彼女ではギーシュに太刀打ちできないだろう。
魔法を使える
それに比べて、ルイズはまだ失敗魔法である爆発がある。
あれは何処に飛ぶか分からないが、威力だけは抜群だ。
上手く使えば、ギーシュにも勝てるだろう……等と思っていたが、現実はそう上手く行かない。
ルイズの放った爆発魔法はギーシュにも青銅のワルキューレ達にも当たる気配はなく、野次馬の生徒達を巻き込むだけだった。
そして現在、ルイズは七体ものゴーレムに囲まれて、大ピンチであった。
頼みの爆発魔法も精神力切れでもう打ち止め。
この勝負、完全にルイズの敗北であった。
もうルイズにできることは一つ。頭を地面に擦りつけ、彼に謝ることだけ。
そうすればギーシュは許すと言っているし、彼の性格ならば本当に許してくれるだろう。
だが。
「み、ミス・ヴァリエール!もうお止めください!そも、これは私が招いたこと……ミス・ヴァリエールが傷つく必要はありません!」
そういうとメイドは懐に手を伸ばした。
それはどうということもない普通の行為だが、何故かルイズは背筋がゾッとする。
それがいったいなんだと言うのだ。ただ、平民が懐に手を伸ばしただけだと言うのに……思わず、ルイズはメイドの手を止めさせる。
「いいから、あんたは下がってなさい!これはメイジとメイジの誇りを賭けた決闘よ。平民のあんたが手を出していい戦いじゃないわ!」
「……ふんっ、ゼロのルイズにしては言うじゃないか。なら」
ギーシュが杖を振るうと、ルイズの目の前の土が《練金》される。
いったいなんだ、と思うとそこには一本の剣が姿を現した。
……まさか、とルイズはギーシュを睨み付ける。
「僕も貴族の誇りがあるんでね。武器もまともに使えない奴相手に魔法を使うだなんて……正直、気が引ける。さぁ、取りたまえ!《ゼロ》のルイズ?」
……やはり、ルイズの予想通りだった。
口ではまるで自分は公平だと言っているが、それは明らかにルイズを侮辱する為の物だった。
魔法を使えないお前は平民の武器を使うのが相応しい、魔法の使えないお前は貴族などではない、魔法を使えないお前は貴族足り得ない……ここから消えていなくなれ。
ぎりっ……と奥歯を噛みしめ、立ち上がる。
「おやおやおや!皆見てみろ!ついに《ゼロ》のルイズが貴族の誇りたる杖を捨てて剣を手に──」
バチンッ!……地面に何か、叩きつけられた。
それはルイズが昨日召喚したマジックアイテムのカードだった。
立派な騎士の絵柄をしたそのカードは好事家に売れば、そこそこの値段で売れるだろうが、それがなんだと言うのだ。
例え、立派な騎士だろうと、それはあくまで絵の存在だ。今行われている決闘において、何の役にも立たない。
「……さいよ」
「は?」
「聞こえてるなら答えなさいよ!あんたはあいつらが使ってたカードみたいに戦うんでしょ!?なら──」
息を大きく吸い、心の内を叫ぶ。
「私と一緒に戦いなさい!あの馬鹿をぶっ飛ばす為の力を……私に貸しなさい!」
──泣き叫ぶような強い声が聞こえる。
……あぁ、懐かしい声だ。これは彼女の声、これは自分が守るべき声だ。
だったら自分のすることはただ一つ──!
「な……なんだ!?」
ルイズの声に反応してカードが強い輝きを放った。
それは如何なる魔法でも再現できないほど強く、まるで聖書第十節における虚無の魔法が行使される場面の再現のよう。
「ワルキューレ!ルイズの杖を奪え!!」
あれが発動しては不味い、とギーシュは直感で理解する。
命令に従い、ワルキューレ達はルイズの杖を奪うべく直進するが……既に遅い。
ずんっ、と重い一撃が一番近くのワルキューレに放たれる。
その一撃によりワルキューレの上半身と下半身は分れ、観客達の方に飛んで行く。
土煙の中、観客達の悲鳴が響く。
光はゆっくりと止み……そこには白銀の鎧を纏い、身の長以上の大剣を両手で持った騎士の姿。
その姿はまるでイーヴァルディの勇者に出てくる“偉大なる騎士”のようだ。
「……我を望む声に応え、現れた。君が……私のマスターだね?」
「…………はっ!?そ、そうよ!私があんたのご主人様よ!」
突然のことで一瞬固まっていたルイズだが、精一杯威厳のある声を出して“騎士”の問いに答える。
「了解した。ではマスター、命令を……と、言っても私が出来るのはこの剣を振るうことだけだがね」
「……
「了解した」
騎士はルイズの声に答えて武器を構え、ワルキューレに突進する!
一瞬の出来事で思考が停止していたギーシュだが、これでも多くの軍人を排出する名家、グラモン家の男児だ。
直ぐに状況を把握すると、迫り来る白銀の暴力に対抗する為の指示をワルキューレ達に出した。
「ワルキューレ、あの騎士を囲んで攻撃だ!所詮は魔法も使えない
……その命令を出した時、ギーシュは理解した。
ワルキューレの反応が全て消失している。まだあの騎士と交戦しても十秒も経ってないのに……!?
「ふむ、人間にしては中々の
「くっ……!」
一瞬の油断を付き、再びワルキューレを産み出そうと杖を振るう。
だが。
「なっ……!」
「やはり甘いな。私が魔法を使わせると思ったか」
……いつの間にか、貴族の誇りと呼べる杖を、真っ二つに斬られてしまっていた。
これでは到底、魔法など使えない。
「まだ、戦うつもりはあるか?あるならば……相手をしようじゃないか」
「……分かった、僕の……負けだ」
自分の勝ちがなくなったと理解したギーシュはがくりっ、と頭を下げる。
それを見届け、騎士は振り向いてルイズへその剣を捧げた。
「我が名は
「え、えぇ……あんたも使い魔として、私に仕え──ちょっ!?なに勝手に帰ってんのよ!?」
仕事を終えたと認識したのか、騎士は元のカードへと姿形を変えて、その場から姿を消した。
ルイズの手元に残るのは、たった一枚の……騎士の絵を写したカードだけだった。