第33駅 次の行事に向けて
……
その日、男の子はいつもの学校帰りに公園に向かっていた。
男の子の目的は公園に設置されている蒸気機関車の傍にいつも居るお姉さんに蒸気機関車の話を聞くことだ。
それが、彼にとって一日の中で一番の楽しみだからだ。
それから少し歩くと、公園に着いて男の子はすぐに蒸気機関車がある方向を見る。
屋根の下で保存されている蒸気機関車の傍には、いつものようにお姉さんが居た。
……?
しかしそのお姉さんの傍には、見覚えの無い女性二人が居て、お姉さんと話をしていた。
おーい! 北斗!
首を傾げる男の子に気付いたお姉さんは手を振るうと、女性二人は後ろを振り向く。
片方の女性は銀髪のロングヘアーの一部を左側に纏めて垂らしたサイドテールにしており、ドレスの様なデザインの赤いローブを身に纏っている。
もう片方の女性は半袖の赤いメイド服を着た金髪ロングヘアーの女性であり、どちらとも日本人離れした容姿をしている。尤もそれは青い瞳を持つ男の子も言える事だが。
お姉さん。この人たちは?
男の子はお姉さんの傍に近づくと、二人の女性を見る。
あぁ。私の友人達さ。北斗の事が気になってわざわざ遠くから来たんだ。
お姉さんは二人に頷く。
初めまして、北斗君。あなたの事は彼女から聞いているわ。
銀髪の女性は笑みを浮かべ、それに続いて金髪の女性が頭を下げる。
……
すると銀髪の女性は男の子をマジマジと観て、頭に手を置いて優しく撫でる。
本当に、そっくりね。
え?
何でもないわ。
銀髪の女性は笑みを浮かべ、お姉さんの方に向き直る。
「……」
そこで夢は途切れて、北斗は目を覚ます。
「夢、か」
小さく声を漏らしながら彼は横になっていたソファーから上半身を起こし、大きな欠伸をする。
早朝に起きた北斗は早苗と共に守矢神社から河童の里に向かい、里で待機していたC10 17号機にC11 312号機を連結し、幻想機関区に帰還した。
C11 312号機を整備工場に入れさせた後、北斗は仕事を軽く済ませて仮眠を取っていた。
(何だろうな。幻想郷に来てから、昔の事をよく夢で見るようになったな)
ソファーから立ち上がってトイレがある部屋に向かい、そこにある洗面所で顔を洗う。
「……」
水で濡れた顔をタオルで拭いて眠気を払うと、ふと鏡に映る自分の顔が視界に入る。
(ホントこの傷、なんだろうな)
額に出来た傷痕に手を当てながら彼は内心呟く。
(それに、胸にもなんだか傷痕っぽいものもあったな。いつこんな傷作ったんだっけ?)
以前シャワーを浴びた時に見つけた胸に出来た傷痕を思い出しながら首を傾げて静かに唸るが、記憶の中にこれらの傷を作ったような事は無かった。
するとその傷痕から鈍い痛みが走り、顔を顰める。
(まぁ良いか。多分あの
忌々しいあの時の事が脳裏に過ぎってため息が荒々しく吐き出される。
北斗はタオルを元の場所に掛けてから、扉横の壁に掛けている略帽をかぶって執務室を出る。
彼が宿舎を出て向かったのは、整備工場であった。
整備工場ではC12形とC56形の整備が着々と進んでおり、バラバラに分解されていた部品は元ある場所へ戻され、形を作っていた。
予想以上に作業が進んだこともあって、作業完了は予定より早く済むとの事だ。
そして工場の空いたスペースには今朝方搬入されたC11 312号機が分解されて検査されている所だ。
(これでタンク型が三輌か)
分解整備されている機関車達を見ながら彼は内心呟く。
C11 312号機を見つけたことで幻想機関区のタンク型機関車はC10 17号機とC11 312号機、C12形の三輌となった。
どれも使い勝手が良いので、今後活躍するだろう。
ちなみにB20形もタンク型に分類されるが、分類的には鉄道車籍を有する構内作業車である。
「それにしても凄いねぇ。こんな立派な施設うちには無いよ」
と、隣で眼を輝かせながらそう口にするのは、河童の河城にとりである。彼女は他の河童達を連れて早速見学に来ていた。
それぞれの機関車の傍では河童達が作業を見学しつつ、妖精達にそれぞれ質問をしてはメモ帳に細かくメモを取っている。
「まぁこれでも規模は中の方ですよ」
「これでもかい?」
「えぇ。外の世界ではもっと大きな場所がありますから」
「へぇ。やっぱり外の世界は進んでいるんだねぇ」
(まぁ、蒸気機関車を本格的に整備できる場所はあんまりないけど)
にとりは感嘆の声を漏らし、整備される機関車達を見ている中、北斗は内心呟く。
「区長」
と、二人の傍に一人の妖精が近付いてくる。丸い瓶底眼鏡を掛けているその姿はどことなく既視感を覚える見た目だった。
「あのC11形の状態だが、ある程度判ったぞ」
「そうですか。それで、どうでしたか?」
「意外と痛みは少なかった。少し整備すれば残りの二輌と同じ時期に戦力化できそうだ」
「そうですか。それは吉報ですね」
北斗は思わず笑みを浮かべる。
一気に小型と中型の機関車が戦力化するのはかなり大きいし、入れ替え作業も捗るだろう。
それに今の機関車の整備を終えて他の機関車の整備もしたいのだ。
「では、にとりさん。俺は他に寄る所がありますので、楽しんでください」
「うん。そうさせてもらうよ」
笑顔を浮かべて頷くにとりを一瞥してから彼は工場を後にする。
工場を出た北斗は機関車が収まっている機関庫に向かった。
そこには一部以外の機関車が火が落とされて機関庫内で眠っており、北斗のD62 20号機も今は機関庫内で火を落とされて眠っている。
その中で火が入れられた状態で足回りの整備を受けているD51 465号機とD51 1086号機、79602号機の姿があった。
今夜は紅魔館の主から招待された夕食会に赴くが、日が暮れる前に蒸気機関車で紅魔館へと向かう。こういう待ち合わせは約束の時間より前に来るのが常識だ。
尚今回使用する機関車は七瀬の79602号機である。
なぜ七瀬の79602号機が選ばれたのは、北斗が久しぶりに彼女を走らせようと気を使ったのだ。七瀬は呆れたように言っていたが、満更でもなかった様子だった。
まぁ元々長距離を走る為の
そして北斗は機関庫の外に出されて足回りの整備を受けている79602号機の前に止まり、その姿を観る。
9600形蒸気機関車は設計から製造までを国内で行った日本初の純国産の蒸気機関車である。
この機関車の形式は二代目であり、初代9600形蒸気機関車こと後の9580形蒸気機関車の欠点を改良する為に設計されたのが、本形式の機関車である。
貨物列車用蒸気機関車として設計されているとあって牽引力が高く、重量も後の機関車達と比べると軽量だったので四国を除く全国で活躍した。尚、日本の蒸気機関車の中で9600形は最も多くの車輌を連結して牽いた事がある蒸気機関車でもある。
その姿と構造は製造された時期によって異なっているのも本形式の特徴でもある。まぁこの点は他の機関車にも言える事だが。
例えるなら初期製造型は先代の設計を色濃く反映されている為、
それ以降も製造された9600形は細かい点で設計が変更されているが、欠点を抱えている足回り関連はなぜか手を加えられていない。設計が変更されなかった理由は定かになっていないが、当時の日本は技術的に、経済的にも恵まれていない状況にあった為、容易に設計を変更出来なかったと言われている。しかし中には設計者があえて設計を変更しなかったと言う話があったりする。
ちなみに当時の鉄道省の他に私鉄や日本の統治下にあった台湾や樺太向けに国内で製造された9600形であるが、実は唯一海外の企業によって製造された機関車でもある。
当時日本の統治下にあった台湾では9600形を導入しようとしていたが、当時国内の各メーカーは内地向けの9600形の製造に追われており、台湾向けの9600形の製造をする余裕が無かった。そこで最初の数輌はアメリカの企業に9600形の製造を発注する事になった。
アメリカ製の9600形は形式図と諸元表のみを提示して細部を向こうの工場に任せたもので、多くの箇所がオリジナルと異なっており、その上原型では欠点と指摘されていた足回り関連の問題が修正されており、完成度の高さはこちらの方が高かったと言う。後に国内のメーカーが落ち着くと台湾向けの9600形の製造を行って輸出するも、評価がどうだったかは言うまでも無いだろう。
国内のメーカーより海外のメーカーの方で完成度の高い決定版が作られたのは、なんとも皮肉めいた話である。
話を戻そう。
79602号機の大きな特徴としては門司鉄道管理局式デフレクター、通称門鉄デフ、もしくは門デフと呼ばれる
それ以外には9600形では標準装備の3室汽笛から5室汽笛に付け替えられていることだろうが、79602号機以外の一部の9600形もこの装備変更は見られる。
門鉄デフとは通常のデフレクターの下半分を切り取ってアングル材で本体に取り付けたもので、このデフレクターは地域ごとによって異なる見た目をしている場合もあった。
この門鉄デフは主に九州に配備された機関車に取り付けられていた。79602号機もかつては九州で活躍していたので、この門鉄デフを装備していた。
その後北海道に転属した際は、北海道の機関車に見られた前端を切り詰めている『切り詰めデフ』のように前端を切り詰めている。
この切り詰めデフは北海道のように雪が多く降る地域では通常のデフレクターでは機関車のフロント部に多くの雪が積もってしまうので、前端を切り詰めてそれを防いでいるのだ。
その代わり煙による視界不良があったと言う話もあったりする。
ちなみにこの機関区に居るD51形は全て北海道に居た機関車なので、この切り詰めデフを装備しているが、近々通常仕様のデフに換装して試験を行う予定だ。
79602号機はこの機関区では入れ替え作業に従事しているが、元は貨物列車を引く機関車なので、B20形と違い長距離走行はお手の物だ。まぁ速度は他と比べると少し遅いぐらいだが。
「整備は進んでいるか?」
北斗は足回りの部品を金槌で軽く叩いて打音検査をしている七瀬に声を掛ける。
「えぇ。今の所問題はないけど、少し違和感があるわね」
七瀬は北斗に向き直り、自分の半身を一瞥する。七瀬は79602号機に宿る神霊なので、自分の身体の様に違和感があればすぐに気づくことができる。
9600形は製造された時期の古い機関車とあって、他の機関車と違って痛みやすい。だからこそ入れ替え作業に従事していたのだ。
「そろそろ工場入りが必要になりそうね」
「そうか。今工場に入っている機関車の整備が終われば、優先で入れさせる」
「そうしてもらいたいわね」
彼女はそう言うと、検査に戻る。
「区長」
と、彼の元に夢月がやってくる。
「どうしました?」
「今夜の事だけど、本当に誰も連れて行かなくていいの? 吸血鬼ぐらい私にはどうってことないけど」
夢月はどこも心配そうな雰囲気は無かったが、心配しているような事を北斗に聞く。
「えぇ。なるべく向こうを警戒させないようにしたいので」
夢月ほどの者が来ると、かえって向こうにいらん警戒を抱かせかねない。面倒ごとは避けておきたいのだ。
「それは分かるけど、大丈夫なの」
「向こうは話をしたいと申し出ているので、過激な行動に出るとは考えづらい、と言い切れないので、遠くでエリスさんと待機してもらっていいですか?」
「いざと言う時に備えて、でいいの?」
「えぇ。まぁ二人の出番が無いのを祈りたいですがね」
「私としては出番がある方がいいんだけどね」
「それはそれで俺が困ります」
二人はそんな他愛も無い会話を交わす。
とても悪魔を相手に会話をしているようには見えない。そんな普通な光景であった。
「みーつけたー」
「っ!?」
するとどこからか声がして、その声を聞いた夢月の表情が強張る。
「……」
夢月はまるで油の切れたブリキ人形のようにぎこちない動きで後ろを振り返る。
北斗は横に動いて夢月の視線の先を見る。
「……」
そこには背中に白い翼を持つ少女が笑顔を浮かべつつ額に青筋を浮かべて夢月を見ていた。一方の夢月は顔中に冷や汗を浮かべている。
そしてその様相を見た北斗は息を呑む。
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