結論、自分はいつかCV『福山 潤』になるのが夢です。
「――、こっちへ来て」
甘い声で女性は言った。まるで、自分に催眠をかけるように、魂の無い人形にするように。そんな声が、彼女の偽りの笑顔が、全てが嫌いだった。
「貴方はお金を集めるの。どんな手段を使っても」
彼女はギャンブル好きだった。子供を放置してギャンブルに行く。それが彼女の毎日。ギャンブル好きでも強いかと言われればそれは違った。いつも負けて帰ってくる。たとえ勝ったとしてもそのお金は全てまたギャンブルへと行き消え去ってしまう。
そんな彼女を父は早々見捨てた。父は自分が物心つく前に母と自分を置いてどこかへと行ってしまった。勿論帰ってくることはなかった。
とある日、母はオレに聞いてきた。
「そのジャケットどうしたの」
黒いスーツのジャケット。お兄さんの物を持ち帰ってしまった物だ。オレは綺麗に畳んであるジャケットを自分の後に隠すと言った。
「借りたの」
「それを見せなさい」
母は「ほら」と言って手を出してくる。
「嫌だ」
「お母さんの言うことが聞けないの。早く出しなさい」
必死に抵抗した。けど幼いオレじゃまだ母の力には勝てなくて直ぐにジャケットをとられてしまう。
「やっぱり」
母は小さくそう呟くとオレの両肩を力いっぱい掴んで言った。
「アンタいつこんなお金持ちとつるんだのよ!!このジャケット凄いブランド品じゃない!!」
「痛い!やめてよ、ねぇ!!」
「早く言いなさい!!」
パシンと頬を叩かれる。頬は赤く熱をおび、じんじんと痛みを訴えた。
「嫌だ言わない!!」
それから何度も叩かれた。けどオレは最後まで口を割らなくてキレた母はジャケットを持って外へ出ていってしまった。多分あのジャケットを売りに行くのだろう。
「せっかく返そうと綺麗に畳んだのになぁ…」
涙を目にいっぱい溜めてオレは言った。やっぱり親は嫌いだ。
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ジャケットを売るため、女性は道を歩いていた。このジャケットはかなりのブランド品。今どっかで売ったとしても凄い値打ちな筈だ。使えないと思っていたものがこんなものを持っているなんて。女性は醜い笑みを張り付けた。
「すみませんちょっといいですか?」
黒髪の高身長な男性が女性に話しかけた。男性は優しそうな風貌で世の中で言われるイケメンである。モデルをやっていると言われればだよねと言い返せるほどだ。
「何か?私、急いでるんですけど」
女性がそう言うと男性は懐を探りながら言った。
「彼を知りませんか?」
「え」
男性が懐から出したのはとある写真。男の子が写っている写真だ。
「この子…」
「取り引きしませんか?俺と」
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ガチャとドアノブの捻られる音がする。帰ってきたのかオレはそう思った。出迎えることはしない。それはいつものこと。極力、顔を合わせないように頑張っている…つもりだ。
サッと襖の開く音がする。珍しい、そう思った。母はいつもオレと関わろうとしない。だから部屋にいても滅多に入って来ないのだ。
「ちょっと出なさい。話があるわ」
母はそう言うとそそくさとリビングへと行ってしまった。本当は行きたくないが行かないとまた叩かれるだけである。叩かれるのは痛い。痛いのは御免だ。だから渋々起き上がり、リビングへと向かった。
リビングには母と男の人がいた。男の人の顔を見たいのだがどうにも影になっていて見えない。母はオレが来たことに気づくと言った。
「アンタ、もうここに帰ってこなくていいから」
「え――?」
言ってる意味が分からなかった。母は母らしいことを何一つやってくれなかったがそんなことはオレに一度も言ったことがなかった。
「取り引きしたのよ彼と。私はアンタを彼に売ったの。だからアンタはもうこの家が我が家じゃないのよ」
「……」
「清々するわ。アンタ邪魔だったのよ。ろくに金も持ってこれないアンタが。アンタを売った金で私は一生遊んで暮らしていける金が手に入ったわ」
「そう」
元々好きじゃなかった母親がもっと嫌いになった。それと同時に嬉しかった。こんな腐った家から出れることが。
「久しぶりだね」
優しい声だった。聞き覚えのある声だった。思わずオレは近寄って行ってしまう。
「お兄さん…!」
オレを買った人は公園で会ったお兄さんだった。
「何でお兄さんが」
「詳しい話は外でしてちょうだい。私今から遊びに行くから邪魔なの」
説明しようとしたお兄さんだったが母の言葉を聞いて苦笑いをこぼし「一先ずオレの家に行こうか」と言った。
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靴を履いて家を出る。すると野太い声が聞こえた。
「頭ァ、五体満足で帰って来てくれたんスね!!」
禿げてるのか剃ってるのかは分からないが、頭には髪の毛一本化たりとも見当たらないガタイのいい男の人が家の前で立っていた。
「そりゃ戦争に行くわけでもないし当たり前でしょ」
「それでも俺は嬉しいッス!!」
涙目で男はそう言うとオレに気づいたのかオレに視線を移した。
「頭、このガキが…」
「うん。今日俺が取り引きして買った子だよ」
そう言うとお兄さんはオレの頭を撫でた。
「挨拶しな。今日から一緒に暮らすんだから」
「えっと……――です。よろしくお願いします」
名前を言ってお辞儀をすると男の人は少し考える素振りをし言った。
「頭、名字はどうするんですか?」
「あー、うん。今度から『――』って名乗りな。もう俺等は家族なんだし」
「は、はい…!」
「緊張しなくていいよ」お兄さんはそう言って笑うと車に乗り込んだ。
「ほら、早くおいで」
「うん!!」
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お兄さんは優しかった。少なくとも母よりかはまともにちゃんと育ててくれた。滞納していた給食費も払ってくれたし、ぼろぼろになった筆箱とかそう言うのを見て新しいのも買ってくれた。勿論服も、色んなのを。
「オラァ!若頭が帰ってきよったでェ!!」
1つ文句をつけるとしらここがヤのつく危ないところが嫌だろうか。お兄さんも小さい頃からこれが嫌で毎日抜け出していたらしい。勿論数分で見つかり強制送還されていたらしいが。
お兄さん曰くヤクザの親玉になるつもりはなかったと言う。お兄さんのお父さんが急病で死んでしまいてんやわんやあり、無理矢理ヤクザの親玉になってしまったとか。今すぐやめていいのならやめるとも言っていた。
俺は中学を卒業し高校に入学した。公立に入学した為、そこまでは迷惑をかけていないと思うが、少し気になるところではある。俺は高校を卒業したら一人立ちするつもりだ。お兄さんたちに迷惑をかけるつもりはない。…決してヤクザが怖いとかそう言う訳じゃないよ、ホントだよ。
高校の成績はまあまあだった。上でもなく下でもない。所謂、中であるが如何せんパッとしない。そんなのが三年間続きやがて卒業。因みに高校生活は特に書くことも無いなで割愛させてもらう。卒業式はお兄さん以外の組の者が来ると五月蝿かったがお兄さんが黙らせていた。ナイス、お兄さん。
そんなこんなで卒業して一人立ちをする日が来た。
「若頭ァ!!本当に行ってしまうんスか!?」
「うん」
「何かあったら帰っておいで」
「はい!!」
「いかないでください」と言う声が多数聞こえたが全てお兄さんが黙らせてくれた。
「それじゃあ…行ってきます!!」
「行ってらっしゃい」
――彼の名前は『“藍染光右介”』