ゴブリンスレイヤー~もしも女神官より先に転生オリ主が入ったら~   作:ちっく・たっく

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作者はゴブリンスレイヤー大好きです。信者といっていいレベル。

でも、二次創作でくらいもうちょっと救いがあってもいいんじゃないかなって思いながらリハビリがてら書きました。


ゴブリンスレイヤー~もしも女神官より先に転生オリ主が入ったら~

生まれ変わったら剣と魔法のファンタジー。

オタク趣味の持ち主なら思わず憧れる魅惑のフレーズ。

だけどよく考えたらさ、夢って、実現しちゃったらそれただの現実だよな。

そしてよく考えなくっても、

現実ってのは大体クソッタレなのさ。

 

「冒険者になりたいんですが」

「はい、文字は書けますか?」

「大丈夫です……」

 

ようやくこの日が来た。

この暗い世界に生まれ変わってからの苦節十六年とんで五月、ギルドに立ってこの言葉を言うのが俺の夢だった。

 

この世界の俺は王都の隅っこで娼婦の息子として生を受けた。

ろくなもんじゃない。今生の母と呼ぶべき彼女は都に夢見てやって来て、世間知らずが故に悪い連中の食い物にされて、自分の赤ん坊に愚痴を涙ながらにこぼしてしまうような哀れな女性で、大きくなったら幸せにしてやりたかったんだが……俺がようやく立てるようになった頃に死んでしまった、らしい。

 

どうして死んでしまったのか、本当に死んでしまったのかも分からないのだ。

マジでろくなもんじゃない。

 

お前の母親は死んだと言いながら俺を引っ張って行った男はギャングだかマフィアみたいな都に根を張る犯罪組織の一員で、どうやら俺は下っぱにされるらしかった。

 

最初のうちは他の孤児かなんか分からん薄汚い子供たちと汚部屋に詰め込まれて飼われていたんだけども、泣きも喚きもしないで淡々と言われたことだけやる社畜根性が偉い人の目に留まったらしく使い捨てとは別コースに載ることになった。

 

忍び歩き、解錠、罠設置、罠解除、毒知識、演技、変装、登攀、気配察知、短刀に弓に吹き矢に投擲といった殺しの業。

 

シーフからのアサシンですね。これゲーム先生で見たやつだ。

 

やってらんねー。

 

組織内での反乱分子や路地裏のジャンキーを相手に何度か殺しをさせられ、いよいよカタギさん相手に実戦投入されそうな気配を察知したもんで覚悟固めてトンズラよ。

 

まあ組織に厄介になってからはまともに感情表現しないで訓練に打ち込んでいた俺だ。周囲の評価はお察し。

 

「ああ、あのガキか、薄気味ワリイよな。まるで人形だぜ」

 

とか言われてんだぜ。小耳に挟んだときは不覚にも泣きそうになった。

まあそんなヤツがいよいよガチで犯罪やらされる事にビビって逃走を計るとは思うめえ。

 

訓練中の事故に見せかけて崖から川へ向けてダイブして、キチッと組織の連中にも死亡確認()してもらって一抜けだ。

 

付近に事前に仕込んどいた最低限の荷物とヘソクリを引っ付かんで俺は高跳びした。

貴重な仕事道具とか毒とか持っていきたいけども、不自然過ぎるからね。置いてきた。

 

さて、足を洗って何をするかって? 愚問だね。

 

生まれ変わってから本当にままならない事ばっかりで、好きに生きてやるって決めてんだ。

 

求めるはロマン。暗殺者見習い改め斥候、冒険者になります!

 

「……はい、ありがとうございます。手続きは以上となります」

 

そして今、流れ流れてたどり着いた辺境の街で俺は念願の冒険者認識票を手に入れたのだ。

 

等級は当然白磁。世間様から見れば一銭にもならないガラクタだが、俺にとってはどんな宝石よりも眩く輝く宝物だ。

 

「なあ、そこの君!」

「……ん、俺か?」

「そうそう!」

 

壁際に寄って、これが俺のステータスかー、とか手の内のドッグタグみたいな認識票を眺めて内心うきうきの俺に長剣を装備した男が話しかけてきた。

 

かなり年若く、今の俺と同年代に思える。

赤い鉢巻きと、キラキラ輝く子供のような瞳が印象的だ。

 

「なあ、お前も駆け出し冒険者なんだろ!? 一緒に冒険しようぜ!」

「ん、お、おう」

「決まりだな! こっち来てくれ、あと二人仲間がいるんだ」

「お、おう」

 

こいつ押しが強い。

こっちは何年も事務的な会話しかしてなかったんだぜ。性根がコミュ障なんだよ。

ちょっと待ってくれよ演技スイッチ入れるのは時間かかるんだって!

 

「あら、なになに、新しい仲間?」

「……なにが出来るか聞いてから決めましょうよ」

 

残りの仲間は二人とも結構な美少女だった。

髪を後ろで括った女武闘家と、キッツイ目でこっちを窺う女魔術師。

 

「俺は斥候だ。短剣、弓、罠の察知とか鍵開け……あとは医者の真似事も出来るぞ」

「……へえ。なによ優秀じゃない」

 

どうにもぶっきらぼうな口調になってしまう俺に、女魔術師が興味深いという風に眼鏡の奥の目を細める。

 

いかんな、今さら人当たりのいい人演じるのは不自然だ。

……まあいっか、仮にも仲間になるわけだし。作った自分を維持して関係保つのってやっぱりしんどいしね。素を出していこう。

 

「俺も駆け出しだから、仲間に入れてもらえるんならありがたい。……最初に受ける依頼とか決めてるのか?」

 

正直あんまり大きいのは期待してない。新人の仕事はまず雑用からと相場が決まってるからね。

配達とか力仕事とか便所掃除とか……有っても隊商にくっついて隣街とかじゃないの?

 

「これだよこれ! ……とはいっても俺は文字は読めないんだけどな」

 

そんな俺の疑問によくぞ聞いてくれたとばかりに剣士が依頼書を見せてくれた。

 

「……ゴブリン退治」

 

ゴブリン。

 

FFなんかの定番雑魚という印象が俺の中にはある。こちらの世界の酒場で聞いた噂話を思い出しても小さい、汚い、弱い、ズル賢いとかで大きく違うとは思えない。新人向けではあるんだろう。

 

……なんか受け付けさんの気遣わし気な視線が気になるが。

 

「俺もいいと思う」

「よっしゃぁ決まりだな! ゴブリンに攫われてる人もいるって話だ。善は急げ!」

「あ、待ちなさいよ! もうっ」

「……入る一党〈パーティー〉、間違えたかしら」

「おい! いくら何でもこのまま行くのは無謀だろ! 薬とか松明の準備をだな……」

 

こうして持ち寄ったなけなしの金を出しあって最低限の準備を整えた俺達は慌ただしく初めての冒険に旅立った。

 

だから、俺達と入れ違うようにギルドに訪れた心優しき女神官が冒険者になり、間をおかずにやって来たベテラン冒険者「なんか変なやつ」についていってノウハウを学ぶことを奨められ、連れだって別のゴブリン退治に行った。

 

なんてのは、だから、知るよしもない事なのだった。

 

 

 

……………

 

 

 

そんなこんなでゴブリンが住み着いたという洞窟にやって来たのだ。

 

手早く自身の装備をチェック。

厚手の旅人の服に闇色ポンチョ。突いてよし投げてよしの仕込みナイフが二十本。軽業ブーツ。ポーチには治癒と強壮の水薬〈ポーション〉、解毒剤〈アンチドーテ〉、ロープ一巻き、予備の松明、携帯食料と水筒と、針金、針と糸、着火道具、清潔布、エトセトラ。

 

「はいはい注目ー、攻めこむ前にうちあわせしようぜ」

「なんであんたが仕切るのよ」

 

別に不満でも無さそうに言う女魔術師ちゃん。

いやだってさぁ……。

 

「うちあわせ? なんか決めることあるか? あのさあ、急がないとまずいって!」

「あるから言ってんでしょ…。私もよく分かんないけど……あんたはちょっと落ち着きなさい!」

 

旧知の仲らしく、犬も食わないやり取りを続ける二人の方を示してから……。

 

「あー、魔術師が仕切る?」

「……任せるわ斥候」

 

ハァ、と、ため息ひとつ。

 

「はいはい、もっかい注目ー。今はまだいいけど、洞窟に入ったら口喧嘩は自重して静かにしてくれよ。俺らが踏み行ったことはすぐばれるだろうけど、こっちが奴等の気配を探りづらくなる」

 

「……うん、ごめんなさい」

 

と、頬を赤らめて武術家ちゃん。

 

「中に入ったら先頭は俺。続いて剣士、魔術師、武闘家の順がいいと思う。お互いの距離は三歩以内を維持して離れすぎないように。中の二人は左右、最後尾はちらほら後ろを見るように、よろしい?」

 

「はい!」

「はい剣士くん」

 

元気よく挙手する剣士くんに発言を許可するよ。

 

「斥候が前に行くのは分かるけどさ、なんで武術家が後ろなんだよ? 前衛は前の方がいいじゃん」

「今洞窟の中にいる連中が全部とは限らないだろ。外にいる奴らが帰ってきて挟みうちにされるかもしれない」

「お、なるほどー」

「だから俺とお前で前を抑えるぞ。頼りにしてる」

「おう、任せとけって!」

 

屈託なく笑う剣士にこちらも微笑みを返す。

 

「確認したいんだけどさ、杖って絶対に両手で持たなきゃダメか?」

「なんでよ、別に、片手でいいけど……」

 

女魔術師は両手で大事そうに杖を握りしめた。

 

「最初に敵にぶつかるだろう俺以外のみんなに松明を持って貰えたらありがたいな、って」

「……一つでいいじゃない」

「うん、一つでいいかもしれない。でも、多い方がもっといい。ゴブリンは夜目がきくって話だし、明るいだけで俺達みんなに有利だ。戦いが始まったら地面に落としても大丈夫だからさ」

「……はあ、分かったわよ。理にかなってるしね」

「あと、術の方はなるべく温存で。ゴブリンは数が多いんだろ? ピンチに使わないともったいない」

「……はいはい」

 

若干不満げではあるが了承してくれた。いい人だ。

 

「あとは……買っておいた強壮の水薬は剣士に、解毒剤は魔術師に持っててもらって……ん、どうかした?」

「えっと、どうってわけじゃないんだけど……」

 

武闘家ちゃんが何か言いたげにこちらを見ていたので水をむけてみた。

 

「なんか、斥候すごいなって」

「すごい?」

 

場をまとめる能力を褒められているなら、俺も成長したものだ。……年の功かなあ。向こうも合わせたら結構な年だし。体感でみんな年下に感じているのもあってやり易いのかも。

 

「私なんて、ワッて突っ込んで殴ればいいのかなって考えてたよ。……ゴブリンだし」

「俺はゴブリンを見たことないから、慎重になりすぎてるのはあるかも。でもさ、ゴブリンは村の人を出し抜くくらいの知恵があって、残酷で、洞窟の中は奴等の領域だ」

 

武闘家ちゃんだけじゃない。全員を見渡して言う。

 

「心配のしすぎだったら、その時は笑ってくれ。……だけど俺は斥候が本職で、医者じゃないし癒しの奇跡も使えない。……無傷で終わらすってくらいの気持ちで行くのがちょうどいいさ」

 

 

 

……………

 

 

 

なんて、洞窟の踏み込む前はカッコよく大口叩いちゃったな。

 

必死に謝る仲間に怒鳴り付けるなんてカッコ悪いこと、するつもりは無かったのに、な!

 

「ごめん! 本当にごめん! ありがとう!」

「剣士ーーーーー!てめえ、てめえこのバカ! てめえ礼を言う暇があったらさっさと起きろ! 剣を拾え! でも振るなよ! 突け! 突き殺せバカ! 」

「お、おう!」

 

 

 

……そう、俺が軽く脅した甲斐もあって、緊張感を持って探索を始めた。

 

むしろ緊張のし過ぎで戦いの前に疲れてしまいそうな一党を少し心配していたところで、あからさまに怪しいトーテムと、その裏に隠された横穴を見つけたのだ。

 

「剣士、前に出てくれ。武闘家はこっちに。魔術師はいつでも詠唱始められるように」

「何か見つけたの?」

「穴がある。……ゴブリンが隠れているかも」

 

案の定、そこにはゴブリンがいて、狭い穴から一匹ずつ這い出てくるのを俺と武術家ちゃんとで叩く形になった。

ここまではいい流れだった。

 

「やっぱり居やがった!」

「私がやる!」

「Gaa!? Gbuuru!!」

 

短い手足、粗末な武具、矮躯に不釣り合いな欲望にギラつく眼。

本物の怪物にやや気圧されるところはあるが所詮は最弱。不安要素はないはずだった。

 

「おい! 奥からも来てるぞ!」

 

剣士が声をあげた。

 

「俺達が穴を通り過ぎたところを挟み撃ちってつもりだったんだろうさ! 倒そうとしなくていい! こっちを片付けてからそっちだ! いけそうか!」

「へっ俺に任せとけって! 大丈夫大丈夫!」

 

策は見切った。奥から来る敵は……ゴブリンが数匹。

長剣と松明を手に、剣士がニヤリと笑った。……思えばここら辺からちょっぴり不安だった。

 

「おらおらゴブリンども、かかってこい!」

「Guia!?」

 

荒っぽいが力強い剣撃が松明の明かりに照らされて鋭い軌跡を描き、突出したゴブリンの顔面を深々と抉って見せた。

 

豪快に振り回される剣に気圧されてか、ゴブリン達は少し距離をとり、唸るばかり。

 

……ん? 長剣を? 狭い洞窟で? 豪快に振り回す?

 

「……あ!?」

 

ガツっと鈍い音をたてて、血に濡れた剣は洞窟の側面に刺さった。

 

「……あ」

 

呆然とする剣士、および俺と、魔術師ちゃん。……目前のゴブリンに集中していた武術家ちゃん以外の時が止まった。

 

「Gaahaa!!」

「あああああ!?」

「何やってんだーーー!?」

 

同時に複数のゴブリンに飛びかかられて引き倒される剣士。

叫びながら走りながら両手を回転させてナイフ投げまくる俺。

 

「うおおお! 武術家そっち頼んだ! 俺がなんとかする! 術は温存! うおおお!」

「わかった! お願い!」

「……了解」

 

バカ剣士に当てないよう最低限だけ注意して手数優先。大声と合わせて注意を惹く!

一発逆転の魔法に縋りたい大ピンチだが、これから混戦になるところに初見の大火力を撃ち込まれる方が怖い!

 

「あああああ! 離せーー!」

 

いよいよ俺が間近に迫って戸惑ったゴブリンの拘束が緩んだ隙をついて、剣士が上に乗った連中を振りほどき、強引に転がって後退した。

縺れて転んだゴブリン一匹の首元にナイフを深々と突き立てると、上手く頸骨の狭間を立つ会心の手応え。……残り三匹!

 

「ごめん斥候! 本当にごめん! ありがとう!」

「剣士ーーーーー!てめえ、てめえこのバカ! てめえ礼を言う暇があったらさっさと起きろ! 剣を拾え! でも振るなよ! 突け! 突き殺せバカ! 」

「お、おう!」

 

そして今に至る。

実際、このシチュエーションは良くない。

 

剣士は態勢を立て直して攻撃に参加するものの、動きが精彩を欠いている。

死にかけた恐怖もあるだろうが、血の滴る左腕を庇っているのだ。倒された時に斬られたのだろう。

ゴブリン……人を傷つける事に躊躇がないのが街のチンピラと違って恐ろしいところだ。

 

……さらに。

 

「まずい、なんかでかいのが来る!」

「え、でかいのって!?」

 

他のゴブリンには無い重たい足音と共に、やたら体格のいいやつが来る。……別種か? 見た目でっかいゴブリンっぽいから上位種ってやつだろうか?

 

「あ、俺にも見えた! なんかでっかい! どうすんだよあれ!?」

「いいか、俺がすり抜けてあいつの相手をする! このゴブリンどもをやっつけてくれ!」

「お、おう!」

「魔術師は隙を見て魔法撃って!」

「ええ、分かった!」

 

走る!

迫る俺にゴブリンが歯を剥き出して威嚇してくるが、もう分かってるんだよ。お前らは実際弱いってことはな!

生まれてからは王都で、前世では東京ジャングルの雑踏で揉まれてきた俺にとってはお前らなどサル同然!

フェイントを混ぜたステップで躱してすり抜ける俺に気をとられるゴブリンに……。

 

「うおりゃあ!」

「Gaabaa!?」

 

剣士の片手突きが刺さった! これで残りはでかいの一匹小さいの一匹!

 

「GOOAGGGGG……」

「……とぉっ!」

 

避ける避ける避ける。

暗所、閉所はなにも怪物だけのもんじゃない。

頼りない視覚だけじゃない、嗅覚と聴覚、触覚で周囲の空間と獲物の挙動を把握。

無駄を削ぎ落とせ、今は後ろを気にするな、でかぶつは所詮はゴブリンで武術なんて身に付けちゃいない。

集中すれば攻撃は食らわない!

 

「おりゃ、これで終わりだ!」

「よくやったわ剣士。撃つわよ、離れて斥候! ……サジタ……インフラマラエ……」

「ああ、頼んだ!」

「ラディウス !」

 

真に力ある言葉に応え、闇を引き裂くように《火矢》の魔法が飛んだ。

狙い過たず頭部に顔面に命中し、でかいのが絶叫を上げた。

 

「GUOOOOOOOO!?」

「はあああ! とどめだ!」

 

入れ替わりに踏み行った剣士が、渾身の横薙ぎをでかいのに見舞い、焦げた首が宙を舞った。

 

はあ、全くやれやれだ。

 

「振り回すなっつー、の!」

「いって!? 殴ることないだろ! ……ごめん」

 

 

 

……………

 

 

 

念のために解毒剤を薄めたもので傷口を洗い、清潔な綿布を当てて包帯を巻く。

治癒の水薬は温存だ。俺達には神官がいない。

 

「いてて、もうちょい優しく……」

「贅沢言うな……はい終わり」

「そうよ、あんた死にかけたんでしょ、斥候に感謝しなさいよ」

「はぁい……」

 

俺と武術家ちゃんに責められてショボくれる剣士。……ちょっと可哀想か。

 

「考えれば分かる事とはいえ、気づかなかったのは全員だから、間抜け罪はみんなで共犯。ピンチの刑は受けたんだし、気にしすぎんなよ」

「斥候……そうだな! 生き残ったんだから大丈夫だな!」

「反省はしなさいよ」

「はぁい……」

 

暫し、考える。ここに差し向けられたのは、連中の軍勢のほんの一部ということがあり得るか?

……多分、ない。そんな舐めたことができるほど、ゴブリンは強くなければ愚かでもない。

ここで戦力の大半は削れたと思う。間違っていたら泣いて逃げ帰ればいいだけだ。

 

と、一区切りついたと見たか、座って休んでいた魔術師がこっちを向く。

 

「そろそろ、どうするか考えましょう。……私の魔法はあと一回」

「こんなもん掠り傷だ! ここまで来て戻ってられないだろ! 俺はやれる!」

「……元気はとっときなさいよバカ。……私は傷一つ無いわよ。横穴狭くて、一対一を繰り返す感じだったしね」

 

……いけるな。結果として損害は軽微。

全員の瞳にギラギラした活力が漲ってる。

 

「増援がないのは戦力を集めて有利な場所で待ち受けてるんだろう。……関係ない。奴等は弱い。油断しなければ勝てる。隊列を直して、奥へ行く……先頭は任せろ」

 

仲間たちが黙って頷いた。

 

 

 

……………

 

 

 

準備万端、待ち受ける敵方に対して、攻める側の利は何か。……機を選べること。早さ、速さ、勢いだ。

ましてや連中には壁もない。

 

「行くぞ! 俺に続けーーー!」

「おう!」

「ええ!」

「ま、頑張るわよ」

 

ゴブリンどもの待ち受ける広間に踏み込む。

俺を含む全員で、先ずは松明を投げ込んだ。

敵の数は七。……よし、想定より少ないくらいだ。

 

突っ込む!

 

地面に転がる薄汚れた女性達のことは、今は気にしない。第一生きているのかも分からない。

 

待ち構えるゴブリンたちの奥、動物の骨か何かで作られた粗末な玉座に、骸骨を被って杖を持ったヤツがいる。あいつがボスだ。

 

「GAGMA……GABU……」

 

手にした杖を持ち、なにか呟いている。……魔法使いか!

 

「魔法使うなんて聞いてないぞヤバイじゃねーかゴブリン!」

 

こんな依頼、駆け出しにやらせんなよ!

……でもなあ受け付けのお姉さん、意味ありげだったなそういえば。多分強引に依頼引っ張ってきたの剣士のやつだろうなあ。

 

益体もない思考が脳の片隅で走るが、それとは関係なく身体と事態は動いている。

 

「ってい!」

「Guurb!?」

 

跳んだ。

少し遅めに走ってからの最高速。意表をつかれたゴブリンを駆け上がって高くジャンプ……天井にぶつからない程度に抑えて軽業、跳躍の秘技を活かしきれないのが残念だ。

 

「いやあああっ!!」

「GUAAAAA!?」

 

気合いの声と共に渾身の投擲を放つ。

目標が予想だにしない曲芸でもって跳ねる光景を前に固まっていた呪文ゴブリンは避けることもできずにその身にナイフを突き立てた。

 

「うおおお!」

「ってえええい!」

 

着地、背後から喚声。

剣士と武闘家の二人だ。

 

振り向くと、残ったゴブリン相手に大立ち回りを演じる前衛組。ある程度広い空間は彼の剣に自由を与え、彼女の脚を冴えさせた。……小鬼数匹ごときでは相手になるまい。

 

「む、ちょ!?」

 

魔術師がこちらに向けて《火矢》を放つ。

若干、慌てるが、狙いは俺では無かった。胸にナイフを受けて崩れた呪文ゴブリンが、俺よりもっと慌てて避けようとして、間に合わずに焼き焦げた。

 

勝ったな。……フラグっぽいなこれ。

得意げな魔術師に手を振って、周囲に気を配る。

 

二人がゴブリンたちを片付けたようだ。

黒幕っぽいヤツが拍手しながら出てくる様子もない。

魔術師がマントを翻して駆け寄ってきた。

 

「勝ったわね」

「ああ、みんなで女の人達を見てみてくれ。生きてる人は手当てするから真ん中に集めて」

「あんたはどうするのよ」

「また横穴とか有って生き残りがいても面白くない。ここ、他の場所、見て回ってくる」

「……そこまでいくと才能よね、用心深いのか臆病なのか」

「臆病なのさ。誉めていいぞ」

 

結局、この洞窟にいたゴブリンは皆殺しにしてやった。面白い仕事じゃないけど、誰かがやらなきゃいけないことで、今回はたまたま俺達に、俺にお鉢が廻ってきた。

 

それだけだった。

 

 

 

……………

 

 

 

「乾杯!」

「かんぱーーい!」

「かんぱい!」

「乾杯」

 

古今東西、例え世界が変わっても、一仕事終えたらやることは決まってる。

飯、酒、また酒だ。

 

俺達は助けた女性達を村へと送り届けたあと、片づけ、なんなら洞窟ごと埋めた方がいいと言い残して足早に帰路に着いた。短いが、長く感じられる冒険だった。

 

報告を済ませ、報酬を受け取り、そのまま併設された酒場に入って、ささやかな宴会を始めたのだ。

 

無邪気に喜ぶばかりじゃない。

自分達は強かったのではなく、少しだけ運が良かっただけなのだと、皆が分かっていた。

 

「もしも」の自分を、傷付き項垂れる女性達に見ていた。

 

「いやー、にしても斥候のナイフ投げ、すげえよな、ゴブリンどもを一撃!」

 

筋張った鶏肉の煮物を安くて温いエールで流し込み、赤ら顔で剣士が謳った。

恥ずかしいやつめ、冷や水を浴びせてやろう。

 

「なあにお前の必殺剣には遠く及ばないよ。……必殺、壁削り!」

「かーーーっそれは言いっこ無しだろって!」

 

大袈裟に嘆くふりをしながら、それでも笑って剣士が言った。

 

「でも、斥候がすごいのは私も同感。単純に力が強いとかじゃなくて、なんていうか大事なことが何なのか分かってる感じ?」

「うん、そうそれだそれ! 流石よく言った」

 

武闘家の言に酔っ払い野郎が乗っかってる。

ええい、頬が熱いのはエールのせいです。

 

「誉めごろしかよ。それ言ったら一番ゴブリン倒したのは武術家だろう。剣士はアホな怪我したのにめげずによく頑張った。魔術師の火矢が無かったらヤバかった」

「あんたの索敵、横穴を見つけたこと、剣士を助けたのも手当てしたのも、切り込みも……子供のゴブリンの始末もそうね。……指揮をとってくれたのも、か」

「魔術師、お前もか!」

「仕方ないでしょう! 私達、控えめに言っておんぶにダッコよ! ひっく!」

「冷静な顔して一番酔ってないかお前!?」

 

魔術師が俺の襟首をつかんでガクガク揺さぶってくる。

……赤らんだ顔、潤んだ瞳に荒い息。酒臭いのを差し引いても大変よろしい。うん、俺も酔っぱらってるな!

 

「そうだ! 良いこと思いついちゃったよ俺!」

 

間違いなくそれは酔っ払いの戯れ事だと断言できるぞ剣士くん!

 

「斥候にこの一党の頭目〈リーダー〉やってもらおうぜ!」

「さんせーい!」

「意義なし! ……うぃー」

「お前ら!?」

 

頭目!? 俺が!?

やだよそんなん、雑用係と同義じゃん。学級委員とか逃げ続けたタイプだぞ俺。

 

「賢い! 頭良い! なんかいい! 頭目は斥候で決まりだな! がはは!」

「ええい、黙れバカ! そうだ! 俺が頭目になったら副頭目は魔術師だ決定! イヤなら撤回を……」

「やったるわよ!」

「って、やるんかい! やりたいんかい!」

「ええそうよ、やりたいわよ私仕切るの大好きだもの。今回だってあんたが失敗したら颯爽と代わってやろうって思って内心で恥さらせとか思ってたし!?」

「性格悪いぞ副頭目!? 仕切りたいならそういえよ今からでも代わるぞ!」

「イヤよ! あんた……頭目より上手くできないわよ我ながらキツイ性格してるし世間知らずだって悟っちゃったし頭目かっこよかったし目標にしてあげなくもないんだからね!?」

「どんなツンデレ!?」

 

ギャーギャー! ワーワー!

宴が回れば酔いも回り、ぼちぼち月も回りだす。

気づけば大分飲んでいた。

 

「よーし、ではでは後に伝説になるであろうスーパーな一党の結成を祝して、頭目命令いっちゃうぞー!!」

「いいぞー!」

「きゃー!」

「なんでも命令してー!」

 

ぐっだぐだであった。

 

「なんでお前ら冒険者なんかやろうと思ったのか教えろ? はい、剣士から!」

「おう、俺は農村生まれ農村育ち! 土とか野菜は大体友達! うっすい麦粥食いながら自分の土地もなくジジイになるくらいなら、夢にまでみた騎士を目指してみようってな! 騎士が何なのかもよくわかんねーけど、強くなって皆を守れる男だろって剣士やってる!」

「おおいいぞー! 騎士になるには勉強も大事だ。そのうち教えてやる。次、武闘家!」

「わ、わたしはー、そこのバカが旅に出るっていうから、付いてきたってのが本当でー、たいそうな夢とか無いんだけどー、お父さんの格闘技は無敵だから負けらんないっていうかー、剣士カッコいいっていうかー」

「ぐっだぐだやなお前! この酔っ払い! よーし副頭目! いっちょ決めてやれ!」

「任せなさい。私はぁ! ちっちゃい頃から頭よくってぇ学院でもスゴい頑張ってぇ! バカにしてくるやつが裸足で逃げ出すくらいスゴい魔術師になってやるって決めたの! 賢者よ賢者! まいったか!」

「まいった! お前天才だわスゴいバカっぽいから逆に天才と認定だわー。……さて、宴もたけなわではありますがそろそろ片付けて……」

「待てい!」

「待ったー」

「あんたもしゃべんないと、ひあぶりよぉ」

「分ーかったよ! 俺は孤児で都の危ない連中に組織の仕事人として訓練されて育った! いよいよ犯罪やらされそうだからこんなとこまで逃げてやったザマーミロ! 誰かに命令されてやりたくもないことやらされるなんて御免だぜ! だから、今、冒険者やってる俺はもう夢が叶ってるんだ恐れ入ったか!」

「おー」

「すごーい」

「なんかすごーい」

「よっし! いい気分だ野郎共! この夢がこれから永く叶い続けることを祈って……」

 

『乾杯!』

 

 

 

 

 

四方世界、脅威に満ちたる盤上で、今日も誰かがダイスを振った。

運否天賦に踊らされ、嘆く者とて多いけど、いざ大勝負になるまでの、選びと歩みが人生だ。

 

かくて彼らは生き残り、次の冒険に旅立った。

その行く末は神々にだって分からない。

 

運命も、時に変わるのだから。




多分続かない。

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