ゴブリンスレイヤー~もしも女神官より先に転生オリ主が入ったら~   作:ちっく・たっく

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書きたいことが思い付いた。
書くか、書こう。


今日はいい日だ

瞼に乗っかる朝日で目が覚める。

堅気にこそ許された贅沢を堪能しながら身を起こすと、そこは見覚えのない部屋だった。

 

「あー、あいつらの……いや、俺らのホームか」

 

昨夜、しこたま酔った魔術師を適当な宿に放り込もうとしていた俺に、同じく武術家を背負った剣士が言った。

 

「え、宿~? そんなん、俺のとこに来いよ。俺らはもう一党なんだぜー」

 

酔いどれ剣士に誘われて、ホイホイ付いていってみればそこは屋敷というには粗末だが、一軒家と呼ぶには余る、そんな家だった。

 

彼らの村出身の商人が家族と住んでいた借家を引き継いだのだという。その一家は繁盛してこの街が手狭になったので水の街とやらに行ったらしい。まったく御憧憬の至りだな。

 

リビングに物置き、小さいが人数分の部屋も足りていてまだ余裕もある。

良心的家賃設定だとしても白磁級の冒険者二人には上等すぎる物件だ。

全く金がなかった彼らの事情に、この家が絡んでいるのではないかと睨んでいる。

 

「今日はいい日だ」

 

ベットを抜け出し、窓から目覚めの街を眺めて呟く。

 

さあ、市場に行って食材を買い込もう。

頭目の料理の腕を仲間たちに教えてやる。

 

 

 

……………

 

 

 

煮崩したトマトをベースに鶏肉とひよこ豆をぶちこんだスープ。

酸味が効いていてさっぱり軟らかい滲み出る鶏出汁を素朴な豆が引き立てる。

 

メインはベーコンエッグ。

それも日本で見られるような薄いものではない分厚いやつに卵を十個も乗せた豪快なやつだ。

ベーコンのものがいいので、それだけではなんなのでハーブを捏ねて作ったソースを添えてある。これを絡めれば滴る油っこさが緩和され、交互に食べたら飽きがこない。

衛生面を考えると半熟にできないので全部堅焼きなのが少し残念。

 

パンは今朝焼き上げられた雑穀入りの黒パンを買い込んできた。口に入れると酸味と苦味があるが噛むほどに仄かな甘味とカリカリの食感がくる。濃いめのメニューに負けずに口の中をスッキリさせてくれる頼もしい主食だ。

 

サラダ代わりにレタスを千切ったやつを山と積んで、脇にこれまた自作のマヨネーズ。

新鮮な野菜は高いんだ。手抜きというか、手の振るいようがないのだ。

 

反面、近くに良い牧場があるらしく、乳製品は手に入った。ピッチャーには搾りたてのミルク。大皿にチーズと、切り分け用のナイフ。

 

「美味しい……」

「本当になんでもできるね頭目……」

「……っ……っうめ……うめぇ」

 

女子二人の物言いたげな視線に苦笑い。ここにジャパニーズスーパーマーケットがあればこんなもんじゃねえぞ。

米が欲しい。叶わないならせめて大豆食品が欲しい。味噌……醤油……豆腐……。

あと剣士、落ちついて食え。四人で食って余る計算で作ったからな。

 

「……っげっほ!?」

「あーもう、なにやってるのよあんた」

 

甲斐甲斐しく剣士の世話をやく武術家。

そんな平和な光景を見ながら口火を切ることにした。

 

「はい、みんな食べながらでいいから聞いてくれ。頭目として今後の見通しを話したいと思う」

 

みんながこちらに注目するが、手と口を止めることはない。よかよか、たんと食え。

 

「俺達は冒険者だ。夢はでっかく大英雄。だけど駆け出しが焦ると死にます。お分かり?」

「そうね……最弱のゴブリンだって……怖かったね」

「ええ」

「もぐもぐ……」

 

三者三様、昨日の冒険に思うところはあるようだ。剣士もベーコンを頬張りながら頷いている。

 

「と、いうわけで金も強さも経験も足りない俺達はとにかく依頼の数をこなす。できれば街中で出来てリスクが低いやつがいい」

「ゴブリン退治とかをみんなで請けるのはどう? そっちの方が報酬は多そうだったけど?」

 

魔術師が対案を出す。俺の意見に反発してるというよりは色んな可能性を吟味して一党の認識を一つにしようという意図だろう。いい仕事だ、副頭目。

 

「もちろん、それもありだ。でも万全を期すなら道具や装備……特に剣士の装備は見直してから討伐系の依頼を請けたい」

「ああ……」

「あー……」

「……ゴクン、ああ、その、ゴメン」

 

昨日の必殺壁削りは記憶に新しい。つくづく死なないで良かった。

 

「それもあるけど鎧もな。一番に攻撃される前衛が胸当てだけっていうのは不安しかない」

「そうね……こいつバカだしおマヌケだから、全身金属鎧くらいでちょうどいいかも」

「おい、言い過ぎだぞ、おい」

 

ちょっとからかう武術家に歯噛みする剣士。こいつ素直だからな。弄りがいがあるんだろう。

 

「それに報酬の面もな。昨日の報酬は五等分して四人とパーティー資金に分けたろ? 多分実入りは街のバイト……日雇いもゴブリン退治も変わらない予感がするんだよな……まあ、そこら辺も含めて先ずは見てみようってことで……」

「おう」

「うん」

「ええ」

 

たくさん用意したはずの料理もあらかた片付いたことである。

 

「ギルドに行こう」

 

 

 

……………

 

 

 

「おおおい! おおおい!」

「せぇいの、引ーけ!引ーけ!」

 

辺境の街のやや東、新しく倉庫を建てようということになった土地に、基礎作りの人足達の気合いが響く。

 

「うおおおーーー!」

「お、兄ちゃん、いいねえ、その調子なら賃金に色つけてやれるぜ」

「あ、ありがとうございます!」

「まあ、がんばんな」

 

そんな彼らに混じって新米冒険者にして駆け出し剣士、赤バンダナの青年が汗を流していた。

 

単純な力仕事に人手はいくら有ってもいい。

街の商工ギルドから冒険者ギルドへ、この手の仕事は恒久的に流れてきている。

 

頭目が、中間手数料があるからいっそ直接業者に交渉するかと言って、副頭目の魔術師が、それじゃあ経験点が貯まらないと言っていた。

もちろん、剣士にはよく分からなかった。

 

「けど、分かることだってあるさ」

 

汗を拭いながら、剣士はここに来る前に頭目に言われたことを思い返す。

 

『いいか、昨日のお前が死にかけたのはバカだったからじゃない。考えなしだったからだ。この二つは似てるようで全然違うぞ』

『なんとなく分かるよ。俺はゴブリンは弱いから倒せるって思ってた。洞窟とか数とか……剣が長いとか考えようとも思わなかった』

『そう、バカは強いけど、考えなしは弱いぞ。例え単純な力仕事だって――いや、だからこそ余った頭で考えろよ。何を考えるべきなのかも考えろ』

『え? えっと?』

『そうやって、普通じゃ考えないことを考えるほど、お前は強くなるよ。保証する』

 

記憶の中の我らが頭目は、なんだかニッコリ笑って、そう言った。

 

「うおりゃー!! 考えろったって、何を考えろってんだーー!?」

「うお、どうした兄ちゃん!?」

「なんでもないっす!」

「お、おう、岩があんまり固いようなら無理はすんなよ。力任せじゃハンマーが保たねえからよ。なに、日はあるからな……」

 

地面に露出した大岩にハンマーを叩きつけながら思わず煩悶が口に出てしまう。

 

なんだよ、こんなことしながら何を考えろってんだよ。勘弁してくれよ考えるの苦手なんだよ。村の老人の手習いからも逃げてしまったから今も俺は自分の名前も書けないんだ。

 

ふと気づく。

 

そうだ、要は考えてれば良いんだ。難しいことが考えられないなら簡単なことを考えればいいんじゃないか。

 

例えば、どうやってこの岩を砕いてやろう、とか。

 

剣士は手の中のハンマーと地に埋もれた岩を見比べて、頷いた。

 

以後、剣士は異様に集中して様々な角度、力加減で岩を叩きまくり、飽きたらずに周りを掘って露出させ、午前の内に見事砕いてみせた。報酬は多目にもらえた。

 

 

 

……………

 

 

 

どうしてこうなった? 魔術師は頭を抱えた。

ビシッと制服を着こなすギルド職員が、また魔術師に歩み寄り、用件を告げた。

 

「そちらの書類、こちらの紙にそのまま写してもらえる?」

「はい」

「ねえ、探してって頼んでおいた資料はー?」

「まとめてそちらに置いてあります」

「ありがとー」

「代筆の依頼、入りましたよ」

「……今行きます」

 

予想を軽く上回り宙返りをしてから鮮やかな着地を魅せるこの忙しさよ。

 

世の民衆の識字率というものは低い。それはもう小鬼の身長や品性もかくやというものだ。

 

そんな中で代筆というものはどこにだって需要はあり、ここ冒険者ギルドにもあった。

 

報酬は安すぎる程に安いが、ギルドと冒険者への理解を深めるのも悪くはないだろうと魔術師はこの依頼を手に取った。

もうすぐお昼時、後悔してしまいそうだ。

 

今にして思えば、ギルド職員達は最初の内はこちらを見定めるように依頼通りの最小限の仕事を振ってくれた。

 

依頼にやって来た町人や村人の応対、書類の作成代行などギルド職員の立ち会い(彼女は別の書類仕事をしながらだ)の元でやっていたのだが、生来の神経質なところが出てしまったのか、他の仲間に負けまいと頑張ってしまったか、気付けばギルド職員達の魔術師を見る目が変わった。

 

『コイツ使える』

 

そうして昼の休憩、慣れない仕事の波状攻撃に散々うちのめされた魔術師は休憩スペースで机に突っ伏しているというわけだ。

 

「おとなり、いいですか?」

「え、あ、はい」

 

声をかけてきたのは例によってギルド職員。

この人はたしか私達のゴブリン退治を受理してくれた人だと、魔術師は思い至った。

 

「お疲れ様でした。お腹へったでしょう? 簡単なものでしたらお出しできますよ?」

「いえ、結構です。持ってきたものがありますので」

 

来るときに頭目が持たせてくれたバスケットだ。なにやらマヨネーズとかいうソースと茹で玉子を潰して混ぜたものをパンに挟んでいた。

とても美味しそうなのだ。

 

「じゃあ、ご一緒していいですか? お話しましょう」

「ええ、はい、どうぞ?」

「お茶を淹れてきますね」

 

パタパタとお湯を沸かし始める受付嬢を見て、魔術師は首を傾げる。とりあえず、バスケットの中身を広げて昼食の準備をしておく。

 

「はい、どうぞ……あら、なんですかこれ」

「うちの仲間が作ってくれたんです。玉子サンドとか……一つどうです?」

「あら、どうも」

 

美味しい、美味しいとはしゃぎながら、彼女は幸せそうに玉子サンドを頬張って、紅茶で喉を潤した。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまです。お代に割りのいい仕事を回してください」

「毎日来て頂いても、ギルド一同、歓迎しますよ?」

「……結構です」

「ふふ、ねえ、魔術師さん」

「なんでしょう」

 

受付嬢は、本当に嬉しそうに、優しい微笑みを浮かべて言った。

 

「帰ってきてくれて、ありがとうございますね」

「……はい」

 

紅茶は香り高いが、そのままだと苦い。

彼女は甘くするのが好みらしい。

魔術師は、どうやら気が合うわね、と思った。

 

 

 

……………

 

 

 

「……はぁっ……はぁっ……」

 

呼吸を鎮める。それだけの事が何よりも大儀なことだ。

 

武術家は全身の神経を張り詰めて、懸命に姿勢を維持する。腰を落とし、両腕を緩く前に出す。重心を意識して、一瞬たりとも偏らせない。

 

出来うる限り丁寧に、出来うる限り長く。

どれほど続けているかも、流れる汗に貼り付く肌着も意識から追い出して、ひたすら己の肉体と向き合っていく。

 

ギルドで一通り依頼を眺めた後で頭目は私に向けていった。

 

『武術家向きの仕事はないな』

『え、力仕事とか、売り子とか……どぶさらいだってやるわよ?』

『うん、それは嬉しいけど、剣士がいい装備を手に入れたり、副頭目がギルドに顔を売ったりみたいに武術家の成長に繋がるかっていうと、甚だ微妙だ』

『……えっと、じゃあ、仕事をしないんだとしたら、私は何をすれば?』

『愚問、稽古だ。稽古あるのみ』

 

私も働きたいと控えめに主張してみたが、お前が強くなればこれからみんなが怪我せずに済むとまで言われたらぐうの音も出ない。

 

頭目はいくつか条件のようなものを課して去っていった。

 

一つ、洗濯と掃除を速やかに終わらせる。毎日少しずつでも早く、でも丁寧に終わらせる

 

二つ、1日五食、バランス良く食べろ。分からないなら教えるから、美味しい料理を出来るように頑張ろう

 

三つ、昼寝をしよう、もちろん早寝早起きは義務です

 

四つ、稽古だ、稽古あるのみ

 

五つ、疲れたとかキツいとか思ったら、剣士とお父さんの顔とか思いだそう

 

元々、故郷で家事全般は慣れていたから、こんな小さな家の掃除も洗濯も手早く片付く。

 

駆け回ったり、単に体を鍛えたりももちろん大事だけれど、稽古はそういうものばかりじゃない。

 

敵を思い浮かべる。ゴブリン、ゴブリン、ホブゴブリン。

 

想像上の怪物たちが襲ってくる。

避ける、捌く、呼吸を合わせて反撃する。

大きく避ける、次第に小さく、皮一枚。

思い切り殴る、次第に無駄なく、戦力を削ぐ。

 

力を高める。力を把握する。力を運用する。

 

武の道は険しいばかりで、果てがない。

挫けそうになる……休みたくなる。思い起こすのは父の顔、剣士の顔、そしてゴブリンに拐われていた彼女達の顔。

 

私達は、彼女達を助けた。そうだろうか、そうは思えない。もしも私に力があれば助けられただろうか。……そうも思えない。

 

でも、少なくとも、私の目の前では、誰にもあんな顔をしてほしくはない!

 

会心の飛び蹴りが、想像上のホブゴブリンの顎を貫く。

……随分と熱中してしまったらしい。

 

お肉と野菜と牛乳を摂って、少し眠って起きたら……また稽古だ。

 

 

 

……………

 

 

 

「お、それ安いねおっちゃん、一束おくれ」

「なんだ坊主、ガキが使うような薬じゃねえぞ……と、足りてるな。まあいい、持ってきな」

「おう、またな」

 

光があれば影があり、そこに潜み棲むものがいる。足を洗ったので深入りするつもりは毛頭無いが、軽く浸かっておく分には問題ないさ、便利だし。

 

ホクホク顔で懐に薬草をしまい込み、裏路地からの狭い空を見上げると、日が傾きはじめているようだ。

 

「……シチューが食べたいな。ゴロゴロ根野菜ぶちこんで、パンもしこたま用意して」

 

腹を減らして帰ってくる連中の顔が目に浮かぶようだ。武術家に手伝ってもらって手早く仕込もう。いやはや退屈している暇がない。

 

「今日はいい日だ」

 

明日もいい日にしてみせよう。




読んでくださり感謝感激、雨霰。
「ランキングのった!? ゴブリンスレイヤーさん、これはいったい!?」
「ゴブリンだ」

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