ゴブリンスレイヤー~もしも女神官より先に転生オリ主が入ったら~ 作:ちっく・たっく
ワイ(これは殺されるやつや)
熊が雄叫びを上げその丸太のような腕を鬱陶しい余所者に叩きつけた。彼は堂々たる雄熊であり、全身の毛が怒りに逆立っている。
余所者こと剣士は円盾を掲げて、受け止めた。
「ぐぅ!?」
敢えて、踏ん張らず後ろに転がって衝撃を殺す。青銅製の盾と、支える腕まで砕けそうな威力。
「ちぇえい!」
ゴロゴロと転がる剣士を本能的に追いかけようとした熊の脇腹に武術家の拳が炸裂する。常識を論ずれば、成熟した熊に比べて十分の一程度の重さしかない少女の攻撃が通じるはずもない。……しかし。
「グゥオオオ!?」
分厚い毛皮を貫通するようにして、内臓を激しく揺さぶる衝撃が熊を襲った。
まさに不可思議、敵の防御力を無きものとして扱う武術の秘技か。
「っしゃああーー! ……うお!」
体勢を立て直した剣士が飛びかかり、熊の大腿を深々と抉る。……代償として、熊の強固な筋肉に固定され抜けなくなる。
「グゥオオ! グゥオオ!」
「うおお!?」
錯乱して大振りを放つ熊に対し、対峙した剣士の反応は的確だった。
さっと見切りをつけ、抜けない剣を手放して盾で攻撃を捌きはじめる。
両腕、時には頭突きまで混ぜての乱撃は、その勢いに反して一撃一撃は案外軽い。
とはいうものの、そこは人間と熊。
全神経を集中し、判断と反射を融合させて臨んでいる。
噛みつきや組み付きに繋がる致命的な攻撃に特に注意を払いながら、こちらから盾をぶつけるようにして流す、逸らす、耐える。
普通なら、怖じけるだろう、挫けるだろう。だが剣士はそんな雑念とは無縁だった。
仲間がこの隙をついてくれると知っているからだ。
「ガアアアー!?」
熊が前のめりに倒れこむ。音もなく忍び寄った彼らの頭目が、激しく動く獣の脚の腱を的確に断ち切ってみせたのだ。
両足を著しく負傷し、もがくことしかできない熊の頭部を狙い、魔術師の《火矢》が命中した。
か細い断末魔を上げて、熊はそれきり動くことを止めた。
……………
山である、森である。
ファンタジー大自然はそれそのものが天然のダンジョンであり、ワンダリングモンスターだのフィールドボスに溢れ、それをかい潜って資源という宝を手に入れるのがこの度の我等の仕事なのである。
偶々タイミングが重なって出された複数の採取系依頼を根こそぎひっ掴み、すこし遠出にはなるが植生豊かなこの山で一挙にクリアしてしまおうという計画をたてた。
あの熊さんは縄張りが荒らされるのに堪えかねて襲い掛かって来たので逆に丁重にウマウマと狩らせてもらったという訳。
「おーもーいーぞー」
「あーそうだなー」
「なんか適当だぞ頭目。可愛い手下が苦しんでるってのに、代わってくれようって気はないのかよ」
ワタと血を抜いてきたとはいえ、熊一匹引き摺って余裕ありそうだな剣士。
「あ、私が代わってあげようか?」
「……いや、いい」
薬草だのキノコだのを満載して、ついでに魔術師まで搭載した大八車を牽いて歩く武術家に、剣士は複雑そうに返す。
この天真爛漫に笑う幼馴染みの少女が既に自分を凌駕するパワーを身につけつつあることを悟っているのだ。
三日に一度は行う模擬戦で大きく負け越しているのを出来る頭目さんは当然把握しているとも。
もちろん、盾に鎖鎧に腕甲、脚甲、真剣のフル装備で、素手に布服の彼女に、だ。軽い鎧くらいは着けたらどうだという提案には『気が鈍るから』と述べていた。アッハイ。
「実際、本当に疲れてるならなんとかしてあげましょうか?」
「……なんだよ、流石にお前がこの熊運ぶのは無理だろ。毛皮滑らせてなんとか運んでるんだぞ」
大八車に揺られながらも本を読み耽る魔術師が、文字を追いながら声をかける。
なにせ森の中で路面が悪く、自分で歩く方が楽だろうに読書を優先する剛のものだ。
きっと船酔いに強いタイプだ。
「最近習得した魔法の一つに《浮遊》っていうのがあるの。あんまり試したことないからどうかと思って」
「……いや、まだ何かに襲われるかもしれないし、術はとっておこう……だよな頭目?」
「そうだな。回数が一回増えたからって余裕削ることもない」
「そ、まあ試すのは帰ってからでも出来るか」
そう言って、彼女は本格的に手元に集中しはじめたようだ。
その胸元には、新人を半歩脱した証である黒曜の認識票が輝く。
初めての冒険からおよそ一ヶ月が経ち、俺達は依頼に鍛練に忙しい日々を駆け抜け続けている。
剣士の装備が取り敢えず整ったここ半月ばかりは毎日のように下水にこもって鼠やら大黒蟲やらを乱獲していた甲斐もあり、パーティーの連携も整ってきたと思う。
ま、そうじゃなかったら熊となんて喧嘩しようと思わないけどな。もっと気を遣ってこそこそ採取することになっただろう。
散々自然破壊したことについて若干前世の良識が咎めるが、なあにこっちの自然は魔力とかあるし、只人ごときがいくら頑張ってもすぐ元通りだガチで。
俺達の一党にはエルフも精霊使いもいないしな。
「はぁ……」
「なんだよ頭目、溜め息なんてついてさ」
「おう、剣士、俺達にも僧侶系の仲間がいてくれたら色々無理が効くのになぁって」
「驚いた。今日まで私達、無理してなかったらしいわよ?」
「あー、頭目らしいね」
「なんだ文句あんのかよ。お前らの奮闘もあって、一度も大きな怪我なんてないだろうが」
「無理ではなくても無茶苦茶ではあるだろ。知ってるか? 俺達もうすぐ鋼鉄に昇級するって噂」
「え? このまえ黒曜になったばかりじゃない」
「あながち無いとは言えないわよ」
魔術師は自分の隣に山のように積まれた収穫物たちを示した。
「あはは、本当ね」
「だからこそ僧侶系に限らずもう一人二人仲間が欲しいんだけどな。手数が違うぜ」
「あの二人はどうだよ。戦士と聖女の」
「あー、あの二人はダメよ。前に頭目から話を持っていって断られてたわ」
「え、そうなの? なんで?」
武術家は本当に不思議そうにしている。
や、俺も断られるとは思わなかった。受けてくれると思ったから話を持ちかけたんだし。
「それがね、『むりむり! 俺達、お前らみたいにやってたら身がもたないよ!』ですって……」
「……あっはっは笑えねえな! おんなじ冒険者からもその評価かよ頭目!」
「笑ってるじゃねえか! ……いいんだよあんなやつら身の丈にあった依頼を無理なく請けてゆっくり成長していっぱしの冒険者としてそこそこ稼いでから結婚して子育てしながら徐々に堅気に戻って幸せに暮らせば」
「長いわよ」
「そしてなんか優しい」
「頭目、俺達は?」
「俺達は……多少無理してでも冒険する。それに付き合いたいって物好きを探して仲間にしよう」
「おう」
「うん」
「ええ、まあ、賛成ではあるけど厳しい条件よそれ」
「……術使い自体が少ないからなぁ」
「私が学院から引っ張って来れるのは、私と似たようなやつらばかりだしね」
「お前よりいいやつは居ないだろうから、それはいいや」
「……」
「頭目! 報告します!」
「うん、なんだね剣士くん!」
「副頭目が赤くなってます! これは照れているのではないかと!」
「なんだとキミ、よくやった勲章だ!」
「……っ……サジタ……インフラマラエ……」
「まあまあ、まあまあ副頭目、それはやめましょう。男どもは私が拳骨しといてあげるから」
「ごめんなさい!」
「反省してます!」
「……たく。……ん、頭目、あれ見て……っ」
「……っち、まじか」
煙が立ち上っている。今朝俺達が出発した村だ。この時間にあんな煙が上がるのは不自然。
「急ごう」
「荷物は」
「置いてく。全員、装備を点検……走るぞ!」
結論から言って、焼けたのは民家ではなく、村外れの倉庫だった。原因は火種の不始末でも村人による放火でもない。
「ああ、冒険者の旦那方、助けてくれろ! 小鬼が、小鬼が出てうちのベコと娘っこを!」
ゴブリンだ。
古く打ち捨てられた山砦に多くのゴブリンが住み着き、村から娘を拐ったという。
「どうするよ頭目」
「……村長さん」
「は、はいな」
「この付近と、その山砦の情報がほしい。地図と、無いなら狩人とかお年寄りとかに話を聞かせてほしい」
「た、助けてくれるだか!?」
「やれるだけやってみます。さあ、急いで」
「おうさ!」
追いたてられた鶏のように駆け出す村長を見送り、仲間たちに指示を出す。
「魔術師は今すぐ寝ろ。術を回復させて明日の明け方……作戦次第では真夜中もあり得る。立案は任せて万全にしてくれ」
「了解」
昨日、貸してもらった宿へと駆け出す魔術師とは別方向に動き出す。
「剣士と武術家は大八車を回収してきてくれ。熊は無理すんな」
「なんでか聞いていいか?」
「摘んである薬草に使えるかもしれないのがある」
「任せて」
さあ、情報を集めよう。装備をととのえて道具を揃えよう。
「ゴブリン退治だ」
乗るしかない、このびっくうぇーぶ。
「なんでか順位上がってますよゴブリンスレイヤーさん、これはいったい!?」
「ゴブリンだ」