ゴブリンスレイヤー~もしも女神官より先に転生オリ主が入ったら~ 作:ちっく・たっく
「え、効果はこうだと思うけど」
「なるほど、勝ったわ」
「えっ」
……いい。
雲一つない夜空で妖しく輝く赤緑二つの月。それを見上げて俺は思わず笑みを溢した。
とてもいい。理想的だ。
ほぼ無風の静かな夜に、蟲の鳴く声、樹々が葉を擦り合わす音、遠く狼の吠え声が響く。
いや、もう一つ、傍らで佇む仲間の気配。
武術家は手頃な岩の上に座禅を組み、瞑目して精神を集中しているようだ。
月明かりに照らされた彼女は周囲と一体化しているかのようで、俺にしてみても不意に通りすがったなら気付けるか自信がない。
ふ、と。
武術家が目を開くと同時に、背後の藪をガサガサと掻き分けて二人の人物が現れた。無論、剣士と魔術師である。
「どうだった、やれそうか?」
「ええ、地形は問題無かったわ……砦の方は?」
「ザルだったよ。流石はゴブリンだ」
言いながら、四人で円を作り、顔を付き合わせる。この一ヶ月でいつの間にやら身に付いた、冒険をする前の儀式のようなもの。
お互いの顔を見て、視線を交わして覚悟を固める。
「じゃあ、予定通り作戦A〈プランA〉でいくぞ」
「なんだよBがあるなんて聞いてないぞ」
「そりゃ、Bは作戦続行不可、全力で逃げる。……だからな」
「……ええー、ダメじゃないそれ」
「ダメだけど冗談じゃないぞ」
ちょっと言い難い。
グッと一瞬溜めて、やはり言ってしまうことに決めた。
「正直、今回の作戦はかなり危険で、不確定要素も多い。だからな、本当にヤバイと思ったら逃げろよ」
「……で、あんたは無理だって思うわけ?」
「いや、俺達ならやれる。八割方当たる鉄板の賭けだと思ってる」
「なーんだビックリした。頭目がやれるっていうなら大丈夫よ」
「……信頼が重いんだが」
「三人分の信頼だからな。……分かってるよ。いつも言ってる優先順位だろ? 人の命より自分の命。他人の命より仲間の命ってやつ」
「そうだ」
強い意思を湛えた、剣士の太陽のような眼。
「だけど、他人の命や生活だって、蔑ろにしちゃいけないわよね」
「……そうだな」
心根の優しい武術家の星のような眼。
「自分が大事なら、そもそも冒険者名乗るなって話よね」
「……うし」
冷静沈着な魔術師の月のような眼を見て、ふと、俺の眼はどんな風に皆に映っているのかと思った。
……こっぱずかしいから聞かないけども。
「一切合切を平らげる。目指すは完全無欠の大勝利だ。……やるぞ!」
『おお!』
……………
防壁を背に、武術家がこちらへ手招きをする頷きを返す。
軽く、全身の関節をチェック……そして、疾走!
武術家に向けて掛け値なしの全力で駆け寄り、組まれた手の上に飛び乗った。
満身の力で跳躍。彼女の常人離れした腕力との併せ技。タイミングもばっちりだ。
天へと伸ばした右手が防壁の縁を掴む。
下に居る武術家にサムズアップの一つも贈ってやりたいが、時間との勝負だ。
防壁へとよじ登ったその勢いを殺さず、防壁の反対、砦の内部へと身を躍らせる。
……あそこだ!
空中で内部を軽く把握。粗末な納屋のような建物がある。お誂え向きだ。
着地、即座に転がる受け身で衝撃を逃がす。
……踵、膝……全身、異常なし。
身を低くして、小走りで駆け出す。
今は真夜中。ゴブリン達にとっての昼。
村とは反対側の防壁、ゴブリンの警戒が薄い方から侵入したのが功を奏したか、感づかれた様子はない。
十分に罠への警戒をしながら駆けて、目的の納屋へと辿り着く。使われている様子はない。ゴブリンも目ぼしいものを漁ったらこんな場所に用はないのだろう。
伽藍とした埃っぽい室内は、都合よく乾いている。
……いい、とてもいい。
背嚢から壺を取り出す。
街で買ったある種の毒草と、森の薬草を練り合わせたものに、村で手に入る限りの上等の油を混ぜた。
……媚薬もどきだ。娼館や御偉いさんに売っぱらうべくもない粗悪品だが、鼻のいい小鬼どもには効くはずだ。
たっぷりと床板に塗りたくり、その周囲に余分に持ち込んだ松明を数本、焚き火をおこすように組んで、火を点けた。
素早く納屋を後にする。もちろん今の作業に使った道具は現場に棄ててきた。
下手人の痕跡は炎が余さず消してくれるだろう。
隠れ場所を探しながら、体に軟膏を塗りたくる。この山の草から作った匂い消しだ。これほど紛れるものもあるまい。
この媚薬が燃えた煙は空気より重く、風がない今夜は長く砦にこもる見込みだ。
暗く狭い場所に鼠の如く落ち着いて、さて、まずは一段落。……次の出目はどう出るか。
……………
にわかに騒がしくなった山砦を見上げ、剣士と魔術師は頷きあった。
それぞれ別々の軟膏を塗り、剣士は臭いを消し、魔術師は匂いを付けた。
作戦通り潜入した頭目が、砦のなかで火と薬を焚いた。近くの川から水を貯めているだろうから炎上は無いという読みだ。消火が済んだ頃を見計らって……仕掛ける。
「行くか」
「行きましょう」
堂々と、剣士が先だって砦に近づいていく。砦の正面から見えるほど近く、しかし弓や投石が届かないほど遠く。
「やいやいやいやい、くそったれゴブリンども! やーい! 悔しかったらかかってこーい! 砦なんて捨ててかかってこーい!」
「なによそれ」
「え、だって頭目がなるべく口汚く挑発してやれって……」
「子供か。……代わりなさい」
この距離のゴブリンから庇うもなにもあるまいと剣士に並び立つ魔術師。
「この○○○の乳首が〈ピー!〉の★殖★! あんたらみたいな〈うっふーん〉は精々、下水の鼠の〈あっはん〉でも啜ってろってのよー!!」
日々の詠唱で鍛えられた滑舌と声量で放たれる罵声に、隣で聞いている剣士の方が圧倒された。泣きたくなった。この世にこんな汚い言葉が存在していることを、田舎では知るよしもなかった。
「こんなもんよ。模範解答はまだまだあるけど、聞く?」
「やめて」
「そう?」
何故か残念そうな魔術師。
ここで剣士にとっては幸いと言うべきか、砦からぞろぞろと現れるゴブリンの群れ。
その数、もはや十、二十……三十をこえ、四十を数えるか。全ての小鬼が息も荒く、眼を血走らせ、見て分かるほどに「もて余して」いる。
「……走るか」
「走りましょう」
あれに捕まってしまった冒険者がどんな目に遭うかなど、それこそ火を見るよりも明らかだ。男は八つ裂きにされて食われ、女は散々に弄ばれ、地獄を味わい尽くした末にゴミのように棄てられる。
先に走るのは魔術師。
松明を片手に森のなかを必死に進む。
「おい、急ぎすぎだ! まだ間がある! 抑えろ!」
「……っ」
強がってはいても、恐怖でペースが乱れている。
ゴブリンは短足ゆえに魔術師よりも速いことはない。しかしそのスタミナは侮れず焦れば、死ぬ。
鎧を着こんで走り、後ろの群れの様子を窺う剣士。この作戦の肝は護ること。全く、騎士希望者の冥利に尽きるというものだ。
木の根の張った足場の悪い地面。そもそも走りながらの射撃はゴブリン風情には過ぎた技であり、怖くはない。
……問題は。
「来やがった!」
ゴブリンライダー。
手懐けた狼に騎乗したゴブリンが2騎、左右から挟むように追ってきている。
ウゾウゾと群れをなす本隊との距離は十分だと判断した剣士は決断する。
「止まれ! 速い追っ手を先に片付ける!」
「分かった!」
魔術師は足を止め、剣士に庇われる位置取りを手慣れた様子で行った。もののついでとばかりに水筒を取り出して呷る図太さが頼もしい。
「ギャン!」
「GOOGOB!」
通常、ゴブリンに先陣を切るという発想は無い。自分以外の誰かに危険を背負わせ、おこぼれにありついて当然という考えが、結果として彼らの息を合わせているのだ。
……だが、例外ということもある。狂おしいほどの欲望に急かされた一騎が先走り、狼の吠え声と共に飛びかかった!
「バカが!」
一閃。むしろ自分から間合いを詰め、狼の攻撃を胸甲で往なしながらゴブリンの頭を叩き割る。
「GGOOGBB!」
「甘えぇんだよ!」
これを好機とみて襲い掛かってくるもう一騎に、剣士は壮絶な笑みを向けた。
激突で体勢を崩していると踏んだんだろうが、こっちは熊とドツき合いしてんだぜ!
「お前ら重さが足りねー、よ!」
「GBOOG!?」
一蹴。振り向き様に横薙を受けたゴブリンが地に沈み、仮初めの主人を失った狼は逃げ出した。
「よっし、走るぞ」
「短い休憩だったわね」
再度、駆け出す。
予定の地点まであと少し、幸い、今日は出目も走ってる。
……………
少し、時間を遡り、あらかたのゴブリンが砦からはけた後、防壁の傍から群れを追って駆け出す影があった。
武術家である。
群れから付かず離れずの距離をとり、その様子を探りながら追いかけている。
月は明るいが、鬱蒼と繁る森のなかである。
作戦会議の席で灯りもなく追跡できるのか心配する仲間達に、彼女は「出来る」と返した。
それだけで、優秀な頭目も幼馴染の剣士も、生真面目な魔術師も無条件に彼女を信じて次の事項の確認に移った。
彼女が大言壮語とは無縁の、見上げた努力家だと知っているからだ。
猫のように眼を見開き、鼻と耳と肌の有らん限りをもってして大気を捉える武術家には、離れたゴブリンの湿った呼気さえ感じ取れるようだった。
ふと、群れから一匹、落ちこぼれが出る。
元々規律とは無縁の集団だ。薬の効きが弱い、他よりも装備が重いなどの事情から、足を止める輩がちらほらと現れる。
武術家は、そんな落ちこぼれに豹のようにしなやかな動作で飛びかかり……。
「……g!? ……っ」
瞬時に口を抑え、まさしく赤子の手を捻るが如くゴブリンの頸骨を破壊した。そのまま無造作に死体を横たえ、速やかに追跡と観察を続行する。
一切余計な音を漏らさぬ殺戮に、しかしゴブリン達は気づけない。
薬による狂奔もあるが、そもそも生き物の頭脳は一つであり、追うと追われる、二つを同時に処理できるようには出来ていない。
前を向きながら後ろは向けないのだ。
ゴブリン達は彼ら自身すら知らないままに、その数を磨り減らしていった。
……………
そのゴブリンは走っていた。
追っている。只人の女を追いかけている。
男もいたようだが関心はない。女に比べればどうでもいい。
俺達の砦で火事が起こった。そのすぐ後に冒険者らしい女が現れた。
賢い俺は直ぐにピンときた。
こいつが犯人だ。俺達を不当に苛める悪いやつらだ。捕まえて、思う存分いたぶってやらなければ気がすまない。
どれだけ走っただろう。
欲望に身を任せてヨダレを垂らすゴブリンには分からない。
木々の隙間から、赤いものが覗いた。
風を受けてそよぐ赤髪だ。
……女だ! あの女がいる!
木に体を預けて息を殺し、休んでいるようだ。こちらに気付いていない。
……近くから遠くから、響くように仲間の悲鳴が聞こえてくる。俺には関係ない。きっとあの男の冒険者に殺されているのだろう。なんて酷い奴等だ。俺、いや、俺達は何も悪いことはしていないのに苛めるなんて……だから仕返しをしてやろう。
ゴブリンは本能で知っていた。
不意討ちこそが正攻法であり、飛びかかることこそが非力な獲物を手にする手段であると。
だから女に向かって走った。
そして、踏み出した足が空を切った。
「GO!? GOBOOOーーーー!?」
響くような悲鳴を轟かせてそのゴブリンは墜落し、これ以上ない混乱の中でその短い生涯を終えた。
……………
「……十一……十二……」
魔術師は数を数える。
一匹、また一匹と「崖から飛び降りて」墜落していくゴブリンの数を。
そして、起き抜けに頭目から聞かされた作戦Aを頭の中でなぞっていく。
要約すれば簡単だ。村娘を助けたいから焼き討ちはできない。でも数十匹からのゴブリンを相手にしたら死ぬから罠に嵌めて殺す。以上。
俺達が銀等級一党ならば正面から突入するのが正道だけど、黒曜の駆け出しは地味にいこうとのたまった頭目がおかしくてちょっと笑った。
罠といっても作る時間もないし、見え見えの即席急造に引っ掛かるほどゴブリンは愚かでもない。
「だから魔法を使う」と、頭目は言った。
魔術師が習得している幾つかの魔法のうち《浮遊》と《幻影》というものがある。
まずは村人から集めた情報から、森が開けたら直ぐに断崖絶壁という危険な地形を見つけた。その先の空中に《浮遊》させた魔術師を配置。
さらに《幻影》で地面と森を演出して彼女まで七歩の距離を地続きだと見せかけた。落とし穴に似て非なるもっとえげつないナニかの完成だ。
たしかに、悪い夢か魔法のように、ボタボタとゴブリンが死んでいく。……あ、ホブが落ちた。
「でも、《幻影》はまだ慣れてなくて、疑われたら直ぐにバレちゃうわよ」
そう問題を提起してみたが。
「ゴブリンをもっとバカにしてやれば問題ないだろ?」
かくして。
頭目に渡された媚薬もどき軟膏をローブに塗り込んで走って浮いている次第なのだ。
「……二十八…………………あ、来た。はい二十九……おっと《幻影》解けたわね」
大分落ちたようで、ゴブリンが現れる間隔も長くなった。《浮遊》の残り時間も心もとない。
残った一回の呪文はどちらをかけ直すのが利口か一瞬考えた魔術師の目に、松明の灯りが見えた。
剣士と武術家である。
しばらくぶりに地面に降り立ち、その固さを満喫する。血塗れの剣士と、対照的に平素と変わらない武術家に声をかける。
「こっちは二十九。そっちは?」
「私はピッタリ十ね」
「俺は道中の足しても五だな」
「あんたは数稼ぐのが仕事じゃないから、残念そうにしない。……にしても」
三人、暫し崖を見下ろす。
「嵌まったわね」
「ああ、お見事だな」
「私は見てないし……でもあの大群がほとんど丸々落ちたんだよね……」
感慨深く頷くそれぞれの気持ちは一つ。
「何があっても頭目を敵に回すのはやめとこうぜ」
「もちろん」
「……そうね。さて、崖下に向かいましょう。生き残りを始末しないとね」
「一応、頭目の支援に戻るっていう手もあるよ?」
「あなたも一応って言ってるじゃない。そもそも何かあったとしても今からじゃ間に合わないし……」
「ああ、ここのゴブリンは頭目を敵にまわしちゃったからな」
「うん、まあね……」
……………
ゴブリンシャーマンは訝しんだ。
少し、静かに過ぎるのではないだろうか?
小火騒ぎがあってから、やけに滾る欲望をもて余して「夜」に拐ってきた村娘をまた嬲ることにした。
周りで喧しい手下どもを追い払い、一人で悠々楽しんだ。
自分は優秀で呪文が使えるばっかりに、愚図で使えない手下達を率いる大変な苦労を背負っているのだから当然の権利だ。
そして楽しみ尽くしたゴブリンシャーマン、この砦のボスと呼ぶべき怪物は訝しんだ。
静かすぎる。五十はいるはずの手下達はどこに行った?
まさかみんな「昼寝」しているわけでもあるまい。
訝しむボスの下で、不意に村娘がビクリと震えた。ボスには知るよしもないことだが、媚薬の香が効くのはなにもゴブリンばかりではない。頭目は自分の知るレシピを元に作ったのだから本来は人間用だ。
弱りきった娘には薬効が、いわば気付けの効果を発揮し、不幸にもその意識を繋いでいた。その哀れな娘の耳にヒタヒタ、ヒタヒタと静かな足音が聞こえてきた。
ゴブリンだ。また大挙して押し寄せて、私を嬲りものにする気だろう。怖い、怖い、いっそ死んでしまいたい。
……でも、やっぱり死ぬのは恐ろしい。
もちろん、震えた娘を見て、ボスも足音に気づいた。一瞬、なんだ杞憂か、俺の怒りを恐れて離れていた手下達が性懲りもなく寄って来たのだと思った。……しかし。
ボスは訝しんだ。
小さい手下達の小さい手足であることを差し引いても、所詮はガサツな小鬼なのだ。
足音が、静かすぎる。
果たして、最奥の広間に入って来たのは只人の男だった。
娘から見て、その顔は整っているように思えた。黒髪黒目。整っている故に特徴もない。
街にいけば何処にでも転がっていそうな、記憶に残らない風貌。
そんな男は服やマントも含めて黒づくめで、左手に握った松明で周囲を照らしながら、さも自分の部屋に戻ったというように一片の緊張感もなく入ってきた。
そして、また自然な風に松明を部屋の中央に投げ入れた。
「g、……GOB!?」
ようやく、凍りついていたゴブリンシャーマンは動き出した。こいつは敵だ!
冒険者に有効な手段は知っている。俺は詳しいんだ!
蹲って呻く娘を左手で盾にし、右手に杖を引き寄せた。距離がある! あいつが素早かったとしても、俺の呪文が素早い!
と、ソイツが真っ直ぐこちらに向かいながら、ナイフを振りかぶるのが見えた。投げてくる気か!
慌てて娘をもっと大きく持ち上げる。ほんの僅かだけ顔を覗かせながらほくそ笑む。呪文が完成した!
と、その呼吸を察したように、男が進路を変えた。ゴブリンシャーマンから見て、娘で死角になる位置。
撃つか、娘で塞がれる、ダメ、えっと、そうだ。
逡巡と呼ぶに短いだけの時間を費やして娘を放り出したゴブリンシャーマンは、改めて狙いを定めようと意識を集中し……終わった。
……………
娘には、全て見えていた。
松明に照らされている彼の黒い瞳。
炎に当てられたのだろうか、それとも知らずに吸った薬のせいか、疲れ果て萎れた娘の心に、燃え上がるモノがあった。
それは希望、或いは憎悪。
苦しい! 憎い! こいつを殺して! ……お願い、お願いだから……助けて……っ!
彼が駆け出す。ゴブリンに持ち上げられる。
苦しい、けど、不思議と目を閉じることができない。この光景から目を離せない。
彼が、左に少しずれたと思ったら、加速した。今までは加減していたのだと分かる、凄まじい俊足だ。
黒い尾を牽くように駆ける彼の眼は、揺らぐ炎に瞬いて、流星のようだと思った。
地面に放り出される。反射的に体を庇って肩を打つ。仰向けになった視界の先で、杖に炎を宿したまま、首をなくした怪物の体が傾き、出来損ないの人形のように倒れた。
彼が振り向き駆け寄ってくる。
マントを被せて、背中を擦ってくれる。
「助けに来ました。……もう大丈夫です」
思わず目を閉じてしまう。
あったかい。
すごく、安心して、眠たい。
意識を手放す直前、背負われたような感触があった。
すごく、すごく怖くて苦しかったけど。なんだ、最後はまるで、お話のお姫様じゃない、なんて、笑ったような気がした。
……………
「かんぱーい!」
『かんぱーい!』
「ばんざーい!」
『ばんざーい!』
村を挙げての宴が続く。
ゴブリンどもは一匹残らず退治され、英雄たる年若き冒険者達は怪我一つ無く、拐われていた娘も今は穏やかに眠っているという。
とはいえ貧しい村である。
金銀財宝の報酬は土台無理ではあるものの、なにもしないじゃおさまらない。
酒だ、飯だ、飯、飯、酒だ。
名人気取りが楽器を引っ張り出しては冒険者達の勲しを調子っぱずれに歌い上げ、若い衆が魔術師や武術家に語りかけ、村娘達は剣士にすり寄っては酌をしている。
俺は疲れたと言って早々に切り上げて、村長宅の屋根の上で白み始めた空に、薄くなりゆく月を眺めている。
主賓のくせに、頭目のくせにと仲間達には恨めしげに見られたが、疲れたのは嘘ではないのだ。
それに、こういう風によって集って持ち上げられるなんてのは怖気が走る。日陰者には毒なのだ。
ガブリ、と一口、酒を飲む。
それにつけても酒の旨さよ、これが味わえるから冒険者はやめられないね。
「……ぬう?」
誰だろうか、歩いてくる連中がいる。村の外から誰かが向かって来ている。
近づいてみると、あからさまに冒険者の一党といった連中だ。
先頭を歩く、気位の高そうな女性騎士が頭目だろう。至高神に仕えているようだ。
身軽そうな圃人は野伏らしい。快活な笑みを浮かべながらも油断なくこちらに気付いてる。
三人目は森人の魔術師だろう。理知を秘めたその瞳からは、見目通りの年齢ではないと分かる。
最後の一人は神官だろうか。只人であり、気弱げな様子だが、旅慣れているのだろう、歩みは未だに力強い。
「旅の者だ。宿と補給を頼みたいが……君はこの村の方ではないな?」
「あ、はい。いえまあ、話せば長くなるので、どうぞ。自分から話を通しましょう」
彼女達の胸元の鋼鉄の認識票を見て、思う。
彼女達がもう少し早く来て、協力して事にあたればどうなっただろう?
いや、逆に俺達が遅れていたら、案外彼女達がこうして出迎えてくれたのかもな。
だが、賽子の出目だけは神々にすら分からない。
とにもかくにも遅れてきた客人には酒と武勇譚をたっぷり味わってもらうとしよう。
俺は代わりの主賓を連れて、軽い足取りで広場に向かった。
……ああ、どうやら日が上る。
なんやこの順位、マジでありがとうございます。こんなの書くしかないじゃない!
「ご、ゴブリンスレイヤーさん、い、一位です! 怖い! 助けて!」
「ゴブリンか」