ゴブリンスレイヤー~もしも女神官より先に転生オリ主が入ったら~ 作:ちっく・たっく
洞窟の入り口の両端に杭を打ち、その間にロープを固く張る。……低い位置に、固くだ。
たっぷりの松脂に硫黄を良く混ぜる。
これをロープから二歩踏み込んだ場所に盛り、火をつける。
すると、燻るように燃えはじめ、吹き出る毒気を含んだ重たい煙が、穴の奥へと流れていくのだ。
しばらく、入り口付近で待っていると、奥からギャアギャア喚きながらも騒々しく、軽い足音が集団で向かってきた。
煙と火を避けて洞窟から転がり出てきたのは醜い怪物……ゴブリンだ。
ゴブリン達は必死に這い出てきた先でロープに引っ掛かり転び、後続にのし掛かられ、混乱の極致に達した。
「おりゃあ!!」
「GUB!?」
剣士、改め聖戦士の鉄剣が、一匹のゴブリンの頭を砕く。
「……《泥罠》……頭目! そっちはどう!?」
「煙が見える。……やっぱあるっぽいな横穴。そっちから逃げられたらコトだ。武術家、付いてきてくれ。……聖戦士、しっかり二人を護れよ」
「おう!」
頭目と武術家が、森の奥へと走って行く。
魔術師が思うに、あの二人が待ち構えるところに出てくるゴブリンは御愁傷様だ。大群でなければ勝ち目はないし、大群相手となれば躊躇なく逃げるだろう。
「ホブが来るわね……手筈通りにお願い」
「……はい!」
魔術師の言葉に意気込んで答えたのは金の髪と青い瞳を持つ女神官だ。
「いと慈悲深き地母神よ……」
《聖壁》
それは彼女の祈りに応えた地母神がもたらす守護の奇跡。女神官はこれを、洞窟の中に強敵を封じ込めるために使った。
「GOOGBUUU!?」
外に出られない事に驚愕したホブゴブリンは、必死な形相で拳を《聖壁》へと叩きつけるが……小揺るぎもしない。
地母神の護りは奉ずる神官の決意と等しく強固である。
「っしゃ! 全部やったぞ!」
「……いいわ、解いて……サジタ……インフラマラエ……」
「はい!」
煙に眼と鼻をやられ、泥に手足を取られて仲間と縺れるしかできない小鬼達を断固として処理した聖戦士が叫ぶ。
女神官が《聖壁》を解除し、間髪入れずに命中した《火矢》に膝を折ったホブゴブリン。
そこへ、血に濡れた刃が叩き込まれた。
……………
何日か時を遡り。
「ゴブリン退治しようぜ」
たとえゴブリンスレイヤーさんが休暇を取ろうとも、世に小鬼が尽きるはずもなし。
俺達の一党はこの度、辺境ゴブリン退治行脚へと旅立った。……いつもゴブリンスレイヤーさんがやっていることではあるが。
事の経緯はギルドでゴブリン退治依頼を根こそぎひっ掴んだ俺を、仲間達が諦めたような泣きたいような、なんとも味わい深い表情で見守っていた時に遡る。
……今受けられる依頼のなかでは高い経験点への打算とほんのちょっぴりの義侠心、両方を察知されていたな。
魔術師は金銭的には赤字気味の計画への文句を飲み込んだ顔をしていた。……で、その時。
「あのっ私もご一緒したいんですが!」
最近、なんか変なのの相方として売り出し中の女神官ちゃんが話しかけてきたのである。
え、なに剣……聖戦士。あ、同期? へー。
意外な事実を知りつつも、である。
余所様のメンバーと長期間に渡って組むとなればまずは向こうにご挨拶であろう、と、街外れの牧場にやって来たのだ。挨拶は大事だ。
……で。
「ゴブリンか」
この挨拶である。
ゴブリンスレイヤー。冒険者らしからぬ男。
別に話したことがあるわけでもないが、見てるだけでも分かることはある。
冒険者は酒を飲む。
ゴブリンスレイヤーは酒を飲まない。そもそも酒場に立ち寄らずに真っ直ぐ出ていく。
冒険者は装備にこだわる。
ゴブリンスレイヤーは装備にこだわっていないように見える。
冒険者は名誉が大好きだ。
ゴブリンスレイヤーは名誉なんて知らないとばかりに振る舞う。
冒険者は騒がしい。
ゴブリンスレイヤーは喋らない。
冒険者は冒険する。
ゴブリンスレイヤーはゴブリンを殺す。
……あらためて、この人、変なのだな。
「……ゴブリンではないのか?」
「あ、ゴブリンです」
「場所は……」
「ダメですよゴブリンスレイヤーさん!」
諦め悪くゴブリン退治に行きたがるゴブリンスレイヤーさんに、女神官ちゃんがプリプリ怒って、休んでいてください、と言う。
……なんだか、ゴブリンスレイヤーさんがしょんぼりしてるように見える。子供か。
「……ならば依頼書を見せろ。多少は言えることもある」
「……あ、これです」
そう、ゴブリンスレイヤー。何を隠そう、いつでもボロッちいギルド名物男が今回のスーパーアドバイザーなのである。硫黄の毒とか良く思い付くよな。
ゴブリンスレイヤーさんは俺から紙束を受けとると素早く目を通し、頷いた。それから普段の寡黙さが信じられないほどに饒舌に、各依頼で想定できる状況と有効な仕掛けや手段を語り始めたのだ。
一つ言えることは、間違いなく彼は重度のゴブリン及びゴブリン退治オタクだということだ。
……オタクに得意分野の話をふった者の末路は相場が決まっている。
朝早い時間に訪ねたのだが、結局、俺達は牧場で金を払って昼食をご馳走になった。美味しかった。
時を戻して、もう少し進めて。
……………
「乾杯!」
古今東西、冒険者(一部例外除く)が一仕事終えた後にやることは決まっている。
今回はゲストの存在と結局街へと帰り着いた時間が遅かったことを考慮し、一夜明けてから五人、ギルドに集まって騒いでいる。
幾度目かの乾杯を終えて、聖戦士が言った。
「いやぁ、牧場で話した時はどうかと思ったけど、やっぱり流石のゴブリンスレイヤーなんだな」
どの仕掛けも大当たりじゃん、と、朗らかに笑う彼はつい最近戦勝神への信仰に目覚めた聖戦士。
この神様が相当にフットワークが軽いらしく、頻繁に聖戦士の夢に出てくるというエピソードに、女神官ちゃんは少し羨ましそうにしていた。
その夢の朧気なイメージの中からどうにか読み取ったという羽根を重ねたような聖印を刺繍したマントと、俺の手製の木彫り聖印ネックレスを装備している。
聖印についてギルドで調べた魔術師によると、まるで記録の無い神様で、都の学院にでも行かないと難しいとのことだ。
……「戦勝」なんてお目出度い神様で信者が少ないのは何故だろう?
聖戦士の一件から見て敷居が高い感じでもないのに不思議だ。
「……ゴブリンスレイヤーさんはスゴいんですよ……ほんとスゴいんです……ほんとに」
「ゴブリンの血まみれ臭い消しには参ったわね……頭目、いつかの軟膏じゃダメだったの?」
何故か遠い目と乾いた笑顔で応じたのは女神官ちゃん。少し不満げなのが武術家だ。
「只じゃないし、時間もたりねえよ。あれ日持ちしないし」
十と二つのゴブリンの巣を潰したわけだが当然、拐われた人がいるなら毒気も火攻めも使えない。みんな仲よく血塗れになったのも一回や二回じゃない。
「男はいいわよね……ゴブリン退治って男の専業にすべきなんじゃない?」
ゴブリン血まみれ戦術に一番ごねたのは魔術師だった。……綺麗好きだしなあ。それでも最後には効率をとってくれるのが素敵だ。
「男性しか行けない……いえ、それは……私としては、困ると言いますか……」
「えー、なによその反応。うりうりー」
「あっ……ち、違います、そんなんじゃ……んっ」
誰を思い浮かべてか赤くなった女神官に絡み付く武術家。……ふむ、続けて。
しかし、親しくなったものである。旅の始まりでは考えられん。
思えば辺境の村々を巡るにあたって、街で馬を借りてきての時間短縮をはかったのが思わぬ落とし穴であった。
馬に乗れないという女神官ちゃんをなんの他意もない爽やか野郎が純粋な気遣いから後ろに乗っけちゃってから、圧がもうすごいのなんの。
聖戦士の馬には女神官ちゃん、俺の馬には彼女と同じく馬に乗れない魔術師がタンデムしていて、(不幸にも、というべきか)田舎育ちで馬に慣れている武術家が一党の荷物を請け負って一人で一頭に乗っているという状況が発生したわけだ。
全く、すぐに女神官ちゃんがゴブリンスレイヤーさん一筋だと分かったから良かったが、あのままだと天地魔闘の構えの大魔王武術家に聖戦士、斥候、魔術師、女神官の四人一党で挑むことになった……かもな。
「欠かさず休まずゴブリン退治続けるなんて勤勉な冒険者よね彼。……残りの上位陣も怠慢じゃなくて余裕があるって感じだけど、毛色が違うっていうか……そういうのがいいのぉ?」
「い、いいとか、そ、そういうんじゃ……あう!」
あ、武術家ったら女神官ちゃんの耳を甘噛みしとる……いいぞもっとやれ。
「なによ! ゴブリンスレイヤーゴブリンスレイヤーって! うちの頭目だって大概なんだから!」
そして君は酔うの早いわね副頭目。食ってないで交ざってこいよ聖戦士。タゲを取れ。
「あのね、私もね、半分ギルド勤めみたいなもんだからゴブリンスレイヤーがイカれた凄腕だってことは重々知ってるけどねえ!」
「ふぁい!?」
あ、女神官ちゃんが武術家に物理的に絡まれながら酔った魔術師に絡まれてる。しかし酒がうめーな。
「そんなやつに振り回されたあげくにオーガなんて大物食った貴女よりも私達の方が昇進早いの! お分かり!? この算数が!? ええ!?」
「ふぇっ……あのあの、はい!」
「気にしないでよ。うちの副頭目ちゃん、頭目のこと色んな意味で好きすぎて自慢したい年頃なの……あ、意外と……」
「ひゃう!? ど、どこを揉んでるんですか!?」
「ちょっと聞いてるの!? うちの頭目はねえ、とにかく鬼で悪魔で頭目でぇ……」
ああ、もうめちゃくちゃ。
……目の保養を楽しんでいると、口一杯に頬張ったものを飲み込んで聖戦士が話しかけてきた。
「まあそうだなぁ、依頼で行ったんだから、馬の餌やら水くらい、バチ当たらなかったんじゃないか? タダでくれるって言ってたんだからさ」
「タダより高いものはないって名台詞を知らないのかよ。……まあ、金払い良くしてちっとでも俺達一党にいい印象を受けて覚えてくれたら安い安い。俺達はゴブリン退治以外もウェルカムだからな。噂を流してくれたら更にいい」
「……いつも言ってる、投資ってやつか」
「そうそれ」
「はは、鬼で悪魔で……頭目め」
「やってることは天使だから、いいんじゃね?」
用意した退治資材、食料や必需品、馬のレンタルに維持費。
今回の行程は金銭的にはトントンかやや赤字。
だが資材は使い回せるし、顔と名前を売って回るのは次に繋がる。
ご指名お待ちしておりますよっと。
ちょっぴり装備が派手になった聖戦士を見て「広告塔に使えんものか」とか、おもってねーよ?
……………
「すまん、聞いてくれ」
その男がギルドに現れたのは、俺達にとっての宴もたけなわってところだった。
薄汚れた革鎧、小降りの丸盾に中途半端な長さの剣。常に装着している鉄兜。彼独自の理論による対小鬼決戦装備に身を包んだゴブリンスレイヤーその人である。ただならぬ様子に、女神官ちゃんは慌ただしく頭を下げてから彼の元へと駆け寄っていった。
ゴブリンスレイヤー曰く。
『街外れの牧場がゴブリンに狙われている』
牧場とは、俺達が先日訪ねたあそこか。
彼の幼馴染だという大変立派なものをお持ちの明るい女性がシチューを振る舞ってくれた。……彼の家だ。
聖戦士が言う。
「すまんみんな。今日は鬼の頭目じゃなくて俺のせいだ。ほら、ゴブリン退治とか強引に誘うの俺の得意技だったわ」
ゴブリンスレイヤー曰く。
『ゴブリンの数は多く、恐らくはロードに率いられている』
武術家が言う。
「ごめん、今回は完全に私が先走る形だわ。ちょっと強くなって調子のってるとこだったのよ。……ゴブリンとか、殴れば死ぬでしょ」
ゴブリンスレイヤー曰く。
『百匹を相手に、夜に野戦になる……手伝ってほしい』
魔術師が言う。
「悪いわね。あんた達の副頭目はね、点数稼ぎが大好きなの。ギルドに貢献したいわー名誉とか欲しすぎ」
ゴブリンスレイヤー曰く。
『報酬は、俺に支払えるもの全てだ』
……水くせえ。
俺は仲間を見渡して言ってやった。
「ばか、今回も鬼で悪魔な頭目様が無茶でキッツい依頼を安請け合いすんだよ……いいな?」
この日、ギルドのほぼ全ての冒険者は金貨と何か変なののために勇んでゴブリン退治に挑む。
老人がいた。若者がいた。男がいた。女がいた。戦士がいた。魔法使いがいた。森人がいた。鉱人がいた。みんな笑っていた。
その中に、一際意気込む若い冒険者が四人いた。
ま、それだけのことなんだけどな。
「ゴブリンか」(挨拶)