ゴブリンスレイヤー~もしも女神官より先に転生オリ主が入ったら~ 作:ちっく・たっく
斥候「やります」
月明かりに照らされて、淡く輝く夜の草原に、緩やかな風すら汚すがごとく蠢くものがあった。
ゴブリンだ。
ゴブリンの軍勢がその欲望につき動かされ進む。彼等を率いるは彷徨の末に進化を果たした小鬼王。
小鬼達は知っている。
捕まえてきた女を盾にして進めば、冒険者達は何もできなくなり、無様に殺されてくれることを。
だから今回も勿論用意した。牧場への襲撃は奇襲とはいえ、人間達の領域に踏みいるなら用心が必要だ。
ゴブリンスレイヤーは知っている。
小鬼達が放った斥候の足跡から、推測したゴブリン軍の規模から、進軍方向も夜中に攻めてくることも……当然「盾」を使うことも読みきった。
五年、もっと言えば十年、寝ても覚めても小鬼を殺すことを考えて実践してきた男は知っていた。
だからこうなる。
「ここ……ね……《睡雲》」
「ああ、頃合いじゃいの《酩酊》」
「……《睡雲》」
冒険者達のうち呪文使い達から魔法が飛び、「盾」を持っているゴブリン達がバタバタ倒れていった。
傍目には唐突に倒れたように見える先鋒達に小鬼が困惑した隙をついて、身軽さを信条とする者達が飛び出した。ある者は手早くナイフで縄を切り、力自慢はくくりつけられた板ごと抱えて撤退する。
生還者が十人いるとすれば、帰れないものが一人はいる。
ゴブリンシャーマンの稲妻に撃たれ、困惑したままのゴブリンシューターの矢を浴びて、それぞれに手傷を負いながら、死にかけながら、もしくは死んでも引き継いで、全ての「盾」を冒険者達は排除した。
「かかれえーーー!!」
「おう!」
牧場に隠れて、周囲に伏せて、機を窺っていた戦士達が駆け出した。乱戦に持ち込むためだ。
何故ならゴブリンスレイヤーは知っているからだ。
冒険者が、ゴブリンに決して劣らないということを。
……………
……凄い。
他の呪文使いに混じって《睡雲》を唱えていた魔術師は思う。高練度の呪文使い、特に魔女や鉱人道士といった銀等級ともなると桁外れだ。
自分に比べて威力に差はある。あるが、それだけではない。
最初の奇襲から乱戦が始まるまで、つまり接敵するべく走る冒険者達に対して、統率力特化のゴブリンロードも当然対応はしていた。
咄嗟に指示を出し、部隊を動かし、集団対集団の戦闘に持ち込もうとしたのだ。
そこに更なる魔法が掛かる。
首魁の命令を受けて動きだそうとしたゴブリン達は途端に意識を朦朧とさせ、そこを突いて森人弓手をはじめとした射撃上手が次々に射殺していった。
ゴブリン軍はまたしても動き出しを潰されたのだ。
かくして乱戦となった戦場を眺めながら、赤毛の魔術師は舌を巻く。
真の呪文使いというものは呪文が多いものでも強力な呪文を使うものでもなく、呪文を「使いこなす」ものだという真理、そのお手本を見たようなものだ。
「感心ばかりじゃ芸が無いわね……実践してみせましょう」
乱戦になり、冒険者とゴブリンの双方を飛び交う魔法は止んでいる。
人は互いを、小鬼は己のみを思い、当然の帰結として同士討ちを避けたがるからだ。
魔術師は、かたや投擲紐を用いてゴブリンを撃ち始めた鉱人や《矢避け》で周囲の防御を固めた魔女から視線を外し、たった一つ残った呪文の使いどころを懸命に考える。
ふと、翻るマントが目に入る。デカデカ入れられた羽の聖印。ここからでは彼の持つ奇跡が有効に働いているかは分からない。
「……うん」
魔術師は一つ頷くとポーチから矢を取り出して、いつでも詠唱を始められる用意をした。
拘泥を捨てて、戦場全体を見る。心は凪いでいた。いい目が出そうだ。
……………
戦場の只中、汚らしいゴブリンに囲まれて、武術家が舞っていた。
「GyoGOB!」
「……はぁっ」
回避、同時に攻撃。
二つの動作の融合は極限の集中の成せる業だ。
一撃を躱すことにも一撃を繰り出すことにも力を使うのならば、一の力をもって二つを行うべきだ。
熟達した武術使いは至近における空間と時間の支配者であり、彼女は日々、その道を踏みしめているのだ。
そんな武術家と背中合わせにして聖戦士は剣を構える。
かたや(その脅威を度外視して少なくとも見た目は)丸腰の少女。
かたや目立つ新品の白マントを翻す男。
ゴブリン達の攻撃本能を刺激する二人組は、戦場のど真ん中、乱戦の最前線で奮闘していた。
まだまだ下級の冒険者がこの位置を固持する理由は、戦勝神が与えた奇跡にある。
《闘魂》
自分も含めた周囲の軍勢の士気を劇的に高める神秘。
決して猪武者になるわけでなく、攻めるべきを躊躇なく攻め、逃げるべきを迷わず逃げる「勇気」を与える奇跡だ。
こと大規模合戦においては反則とも言える代物だが、効果範囲は広くなく、なるべく多くの戦士を支援しようと目論むなら……。
「前にでるっきゃねーってことだ!」
未だに長く維持はできない奇跡が切れるまで。
それまでは断固として戦場に立ち続けるのが、聖戦士が自分に課した使命だ。
……しかし、小者ばかりのはずもなく。
「ホブが来た! ……数は二体!」
「……おう!」
大物だ。
重戦士や槍使いが相手をしているチャンピオンには及ばないが、間違いない強敵が二体。
……逃げる? ……それじゃ勝てねえ。
策は……思いつかねえ。
そうだ要は勝ちゃいいんだ。
「俺が一体止める! お前はもう一体!」
「……いいの?」
聖戦士にはまだ荷が重い相手だ、という言外の確認に笑って見せる。百も承知だ。
「お前相手に三十秒持たすんだ。あんなデカブツどうとでも耐えてやる……だから早く助けてくれ」
「うん……それこそ三十秒でかたをつけるわ」
聖戦士のために、武術家は飛び出した。その技は今夜一番の冴えを見せ、当てると当てさせないを両立させる。
三十秒かからないんじゃないか……そんな呆れにも似た感慨を胸に、もう一体に相対する。
頼もしい相棒の背中を護らなければ。
「かかって来い!」
「GOOGBGOGO!」
盾に叩きつけられる棍棒、腕の骨の芯まで冷たい感覚が走る衝撃だ。
「ぐっ……」
その恵まれた腕力と体躯にあかせた全力攻撃に、瞬く間に聖戦士は劣勢に追い込まれる。
普段であれば鎧を着けていようが回避や受け流しを試み、七割がたは成功してみせる自信はある。
ここまで一方的にやられる要因は一つ。
奇跡とは、神に祈りを届けるという行為は、どうしようもなく疲弊をもたらすものだ。
体は重く、視界は更に暗くなっていくようだ。
……耐える。盾も剣も遮二無二使ってとにかく耐える。武術家は強い。情けないようだが純粋な戦力では聖戦士を越えて久しい。
悔しい気持ちは勿論大きいが……構わない。
強弱は今は重要ではない。勝負を制するために耐える。
……覚悟をもって戦う聖戦士に、しかし。
「あっ……」
ダイスの女神は邪悪に微笑んだ。
タイミングだ。全てはタイミング。
足を縺れさせた聖戦士は咄嗟に後ろに倒れこんで棍棒の一撃を躱すも、余計に体勢を崩す後に続かない動作だ。
どうする、どうする…………どうする?
振り上げられる棍棒、呆然と見上げながらも盾はかざす。……衝撃が逃がせないのでは焼け石に水だ。
視界の端に武術家が映る。もう一匹殺したのか。早い……が、間に合わないな。……ごめん。
振り上げられた棍棒が、振り下ろされ……。
「GOOGBUUU!?」
「……は」
ホブゴブリンの悲鳴が上がった。
棍棒を放り出して抑えた顔、左の眼球に突き立ったのは、見覚えのある矢。
副頭目に付き添って武器屋に行って購入したものだ。
弓ではなく魔力をもって実在の矢を打ち出す《力矢》の魔法は威力が低いが、一つ、素晴らしい特性を持っている。
すなわち「必中」
「イヤァアアアアッ!!」
助走を活かした怒りの跳び蹴りをもってホブゴブリンの首を胴体から射出した武術家を、暗い視界で見る。……意識が落ちそうだ。
どうせ気絶するなら一秒でも長く奇跡を維持するまでだ。瞼を閉じて祈りを捧げる。
……ああ、戦勝神さま、厚かましいけど、出来るなら頭目やゴブリンスレイヤーさん、女神官にも加護を。多分、無くても勝つけど、ほら、圧勝に……。
戦況は冒険者が圧倒し、趨勢は決した。ゴブリン達には覆しようがない。ゴブリン達には分からない。
ここに王は居ないからだ。
……………
どうしてこうなった!?
ゴブリンロードには分からない。分からないままに走っていた。
大きな混乱を抱えたままに戦場を捨てて、仲間を見捨てて暗い森をひた走る。この決断的な行動力こそがゴブリンロードの根元だ。
勝つこととは生き残ること。
生き残ることが出来たから学んだ。
生き残ることが出来たから強くなった。
ゴブリンロードは巣を目指す。
自分さえ生き残ればそれでいい。それさえ成し遂げればやり直しは利く。
……だが、重ねて「ゴブリンスレイヤー」は分かっていたのだ。
そうくるだろう、ということは。
巣穴を目前にして、ゴブリンロードの足が止まった。巣穴の前に、何者かが立っている。
……冒険者だ。ゴブリンロードには人間の細かい見分けなどつかないが、武装している人間は皆、冒険者に違いない。
とても弱そうな冒険者だ。
自分は強い。強いが冒険者にはもっと強い奴がいるのも知っている。
だが、こいつにはそこまで警戒はいらないだろう。どれ、すぐに始末して……。
「お前で、五だ。……備えが薄い。……予想通りだ」
ゴブリンロードは気づく。
目の前の敵の剣は血で濡れている。嗅ぎ慣れすぎて馴染んでいたが……同胞の血の匂い!
「もう無い。お前の帰る場所は、俺が潰した」
怒りのままにゴブリンロードは片手に握った斧を繰り出した。
粗末な冒険者は応戦するも……弱い。
「ぐっ……ぬ……」
なんだ、弱い。一撃で死なないが、それだけだ。死なないことができているだけじゃないか。
ゴブリンロードは邪な歓喜を隠そうともせず攻め立てる。……自分よりも弱いものを一方的に甚ぶり殺す。これ以上楽しいことはない。
とうとう疲れ始めた獲物の体が、斧の威力に流れたところを蹴り飛ばしてやる。無様に這いつくばる、弱い冒険者。
先ずは四肢をもいでやろう。
首は最後だ。いやいや直ぐ殺すのはもったいないぞ。殺された手下の何倍も苦しめてから殺さなくては……。
欲望に支配されたゴブリンロードの耳に、微かな、葉が擦れる音。
反射的にそちらを向いたゴブリンロードは、唐突すぎて、一瞬ではそれが冒険者の……藪に隠れた女神官の持つ杖だと気づくことが出来なかった。
閃光。
「GOOOGOBUOOO!?」
《聖光》の奇跡に目を灼かれ、驚きに声を上げたゴブリンロードは、もう一人、この好機に駆けてきた冒険者を認識出来ない。……伏兵として潜んでいた斥候である。
「GOOBG!?」
両端に錘の付いた鉄鎖、それがゴブリンロードの脚に巻き付いて自由を奪う。
さらにそこを払われ、崩された!
「GBUOG!!」
「ぐあ!?」
破れかぶれ、苦し紛れの反撃は強運に助けられ命中。
吹き飛ぶ斥候を認識出来ないまま、ゴブリンロードは倒れこむ。
敵が復帰する前に拘束を外さなければ……っ!?
動けない。背中の地面と不可視の「何か」に挟まれて、まるで身動きが取れない。
ようやく視力が回復してきたものの目前に確かにあるものが分からない。
……月が見える。大きな緑と小さい赤。
「昼」に空を見上げると、何時でもそこに……。
ぬぅっと。
月光を遮るように、ゴブリンロードを見下ろすように、男が現れた。
ボロボロだ。普段のゴブリンロードならば歯牙にもかけない。実際、先程までは圧倒していたのだ。……だが、しかし。
「殺す。……ゴブリンめ、薄汚い、ゴブリンめ……俺は……」
不可視の「何か」越しに剣を突きだし、淡々と自分の首をとろうとする、コイツは、本当に冒険者、いや、人間なのか!?
月を背負い、陰った顔は兜に覆われ見ることはかなわない、しかし、その奥の眼光だけが、仄暗い憎悪の光を湛えて燃え上がるのだ!
「俺は、ゴブリンスレイヤーだ」
かくして、ゴブリンロードと呼ばれる一匹の小鬼は死んだ。
その生涯で他者に与えたよりずっと少ない苦痛と、極大の恐怖と共に。
……………
いや、こええよ。
ゴブリンスレイヤーさんがゴブリン殺すところ初めて見たけど、これヤバイわ。逆らわんとこ。
「大丈夫ですか!? すぐに治します!」
「……お願いします」
女神官ちゃんの仕事は《聖光》と《聖壁》を一回ずつ。最高にいいタイミングだった。
俺の仕事は出来るなら奴を転倒させること。そうすれば奇跡に余裕をもって奴を磔に出来るからだ。あのレベルの敵には不意打ちであっても一撃必殺は厳しいね。怪我はしたけど及第点だろう。
ゴブリンスレイヤーさんの仕事はゴブリンを惹き付けることと、ゴブリンを殺すこと。……言葉もないね。
酒が飲みたい。
できるだけ大勢で飲みたい気分だ。
ああ、そうだ、俺にもお願いを聞いてもらえる権利が貰えるんなら……あの恐ろしい小鬼殺しさんに、乾杯の音頭をとってもらうなんてのは、悪くないんじゃないだろうか。
大きな緑と小さい赤を見上げて、そんな事を思ったりした。
原作が良すぎるが故の難産じゃった。