ゴブリンスレイヤー~もしも女神官より先に転生オリ主が入ったら~ 作:ちっく・たっく
「おう」
「GMおめーさては20面ダイス振ったろ」
「おう」
風に舞う木の葉を断つ。
振るった勢いを殺さず、逆の手に持ったもう一つの刃でもう一閃。
右脳と左脳を完全に分化して、それぞれ独立させながら、更には連携しながら一連の攻撃を繰り出す境地こそが理想だ。
最近、鋼鉄等級に昇級を果たした冒険者、頭目と呼ばれる彼は、微かに白んだ空の下で二本の短剣を振っていた。
修行の量はともかく、質と集中では武術家にすら勝ってみせようという意気込みでもって。
左右二本の剣を持つくらいならば一本で戦った方が安定して強いというのが世の剣士達の定説だ。
正論ではある。しかし、街で人対人の一対一だけを考える連中と、草原で、遺跡で、洞窟で、空の上で、見も知らない怪物を相手にする冒険者では考えるべき事があまりに違う。
(大分、明るくなってきたな)
そろそろ上がるか、と思い、全意識を降ってきた一枚の木の葉に再度集中した。
角度が必要だ。正確さが必要だ。風を読むことが必要だ。風を起こさぬ体捌きが必要だ。早さが、速さが必要だ。
もしも、左右それぞれの腕を同時に完全に意のままにすることが出来るなら、二本の剣が一本に負ける道理はない。
ある意味とても頭の悪い真理を胸に抱いて、彼は今朝最後になる連撃を見舞う。
ハラハラと空中を回っていた木の葉は、黒装束の彼が動作を終えると分かたれ、空気抵抗を無くして粉のように落ちる。
綺麗に十六分割された木の葉色の細切れを前に、彼は笑う。ロマン溢れる戦法を修行する。……楽しくないはずがなかった。
……………
「よ」
「お疲れ様ー」
頭目が家に帰ると、武術家が既に朝食の支度に取りかかっていた。
外着を着替えて、マイエプロンを装備、手を洗ってからキッチンに入る。
「スープは出来そう。ねえ、昨日なんか変な香草みたいなのたくさんと、大きな鉄板買ってきてたよね。使うの?」
「ああ、スープを仕上げたらサラダ頼む」
「了解、頭目」
茶目っ気溢れるウィンクを寄越して、武術家は鼻唄をうたいながら鍋をかき回す。負けてはいられまい。
まずは最近増設した竈の上に鉄板を設置。炭を熾すと火力を調整する。そうこうしている間に武術家はスープを仕上げ終わっていた。向こうのアイエイチとかカセットコンロは全く大した発明品だったのだ。
ある程度鉄板が温まったら薄めに切ったパンを二枚とベーコンを置いて、片方のパンにスライスしたチーズを載せる。パンを動かして焦がさないようにしつつ、ベーコンにも注意をはらう。
……頃合いだろう。チーズの上に焼いたベーコン、自家製の甘口マスタードとピクルスを載せ、程よい焼き色の付いたもう一枚のパンでサンドする。
「……美味しそうね」
「サラダ出来てるんだろ? 先に食うか?」
「いや、それは……」
「こいつを冷ますのはもはや犯罪だよ。ベーコンは脂を噴いてて、チーズはとろけてる。俺はあいつらを起こしてきて、出来立てを作ってやることにするよ。いつも手伝ってくれてるごほうびに最初にどうぞ」
「……じゃあ、うん」
遠慮がちに、しかし素早い動作で配膳を始める武術家に背を向けて、一旦エプロンを取って寝室へと向かう。
……数瞬後に響いた「美味しい!」という叫びに、驚いた二人が起き出してきたのには、少し笑った。
……………
聖戦士の剣が、巨大なカエルが伸ばした舌を切り払う。
巨大ガエル……正式名ジャイアントトードは耳障りな悲鳴を上げて仰け反った。
「左!」
「……っち!」
後衛の魔術師が放った警告に、彼は素早く反応した。白いマントが泥に塗れることにいささかの躊躇もなく、鎧装備で軽やかな前転回避。側面から別のジャイアントトードが跳躍突撃を繰り出してきたのだ。
他の二人にしても、彼を支援する余裕はない。
周囲を油断なく見渡して指示を出す魔術師を中心として、聖戦士を含めた三人が合計五体のジャイアントトードに囲まれているのだ。
「ジャイアントトードを討伐せよ」
群れて凶暴化したジャイアントトードを間引くというこの依頼は、若干季節外れではあるものの、定番ではあった。
それほど恐ろしい敵ではないと、馬を走らせて昼前には依頼の村にたどり着き、沼地の方へと進んだ一党は「数は力」という言葉の意味を再度認識する羽目になった。
「五体討伐なんてノルマ、五体超過してるぞ!」
「ぼやかない! あんたはとにかく奇跡を切らさないで耐える!」
「でも、頭目とか武術家にかかる位置取りなんて無理だぞ必死なんだよ!」
魔術師の向こうで頭目や武術家もカエルと戦っているはずだが、沼に程近い、霧がかかった森の中、巨大蛙を二体相手にしながらでは状況確認すらおぼつかない。
「私にかかってるのが大事」
「マジかよ副頭目ビビり!」
「うっさいわねー……自分よりでっかいカエルなんて小鬼だのとは違う不気味さがあんのよ分かりなさいよ!」
逆に言えば、現状で全体を見る役割を担う魔術師が自分とやり取り出来ている以上。残り二人は余裕なのだろう。……安心なような、情けないような。
「そりゃそうだけどってギャーー!?」
「バカーー!? サジタ……インフラマラエ……」
ぬかるんだ地面に足をとられて、動きが鈍った聖戦士に対して、ジャイアントトードはその巨体を活かしてのし掛かる。
抵抗は試みるものの、そもそも踏ん張りが利かない。
《闘魂》がこの時点で途切れ、魔術師の心を恐怖と嫌悪感が覆っていくが、それでも、仲間を救うべく詠唱を始める。
「うおおぅぉーーー!!」
「ラディウス!」
聖戦士は咄嗟に倒れ込みながら、ジャイアントトード自身の重さを利用して剣を深々と突き立ててやる。
そして、本日四回目、最後の呪文に、魔術師は最も使いなれて円滑に放てる《火矢》を選択した。
「ぎゃーー!?」
「あ……」
臓腑を深々と抉られ、顔面を《火矢》で燃やされ、崩れ落ちるジャイアントトードはその巨大な死体で最後に聖戦士を「生き埋め」にし、動かなくなる。
「あ……」
聖戦士が相手をしていたもう一体のジャイアントトードが次の獲物に、ひ弱そうな眼鏡の只人を選んだことに気付いた魔術師は悲鳴を上げた。
「きゃーー!?」
「GEEGOOOOO!!」
呪文の尽きた魔術師は貧弱の一言に尽きる。
カエルの下で安全な聖戦士を置き去りに、副頭目は踵を返して逃げ出した。
逃げる獲物を跳躍で追うジャイアントトードは、しかし貧弱な敵の恐ろしさというものを知らなかった。
「ィイヤーーー!」
「……っし!」
右側面から喚声を上げる武術家が拳を、左側面から静かに斥候が短剣を、ジャイアントトードへと叩きつける。
聖戦士による足止めは十分に間に合っていたと、魔術師は把握していたのだ。
「捌いて食ってやる!」
「GRGOOOO!?」
無慈悲な二本の剣が閃き、哀れな蛙が皮と袋と肉と骨に解体されるまで、それほど時間はかからなかった。
……………
「かーーっ疲れたーーーっ」
「ただいまー!」
「はいおかえり」
「背後からおかえり言うのってありなの?」
ドヤドヤと、我が家へと帰還を果たした冒険者達。空は群青色に染まり、夜の帳が降りてきている。
お早かったですね、と驚く受付嬢に誇らしげに胸を張って報告を済ませ、軽く情報収集もしてきたのだ。
冒険が終わっても、人生は果てしなく続く。平和とは次の冒険への準備期間に他ならない。
武術家が大量の蛙肉を持ってキッチンに消えると、聖戦士は武具の手入れを始める。
ギルドに入る前に入念に血や泥は落としたが、それだけでは十分ではない。
居間の隅で広げた布の上で、鎧の留め具を確かめ、閉め直し、凹みを叩いて戻す。剣の拵えに緩みが無いことを確認し、刃に良く砥石をかけ、柄に巻いた布を交換する。
音が出るので個室でやろうかと申し出たこともあったが、仲間達が気にしないといってくれたのだ。
刃に油を付けて、布で馴染ませながら仲間達を見渡す。
頭目と副頭目は、机に何やら紙束を一杯に広げ、書き物をしている。
「なあ、なにしてんだ?」
「俺は帳簿」
「私は記録ね」
「……?」
二人とも書類から目を逸らさず端的な答え。
帳簿、記録……なんだそれどう違うんだ? 聖戦士は分からなかった。だから聞く。
「なんだそれどう違うんだ?」
「お、やっと興味持ったか、嬉しいね」
ニンマリ笑った頭目はどうやら講釈してくれる気になったようで、紙を掲げて向き直る。
聖戦士としては何やら数字が細かく整然と並んでいるとしか分からないが、頭目が言うには「ボキ」とやらを使って金の流れを纏めているのだという。
……正直、銅貨の一枚二枚の違いが今さらなんでそんなに重要なのか分からないが、頭目が拘ってる以上は大事なんだと思うからいつか教えてもらおう。(教えてもらうとは言ってない)
「副頭目は?」
「私の方は本当に記録よ」
一枚、手渡されたので、読んでみる。頼りない知識に照らせば、書いてあるのは今日の冒険だ。ジャイアントトード討伐の依頼を受領。なんで請けたか、どんな準備をしたか。いつ村についたか、どんな地形か、どんな敵か、何が起こったか、どうやって切り抜けたか……。
ギルドに出す報告書は基本的に彼女と頭目が代筆してくれるが、明らかにそれよりも詳細なのは、四人分の情報を纏めているからだろうか。
「こうやっておけば、反省点とか有効な戦術が分かりやすいわよね。……っていうのは半分建前で、趣味みたいなもんね。実は今までの冒険の記録してて……」
「後で見せてくれ!」
「え、あ、ええ……いいけど」
「おいこら帳簿と違って随分食いつきがいいな」
「ごめん頭目! 俺、暗号解読にいそしむほど暇じゃないんだ!」
「あ、暗号じゃねーし! 分かりやすく書いてるし!」
こうしたら良かった。こうすれば良かった。
たらればを語るのは不毛かもしれないが、生きているなら次に活かせる。
聖戦士は、自分に必要なのはこれだと直感したのだ。
「ところでさ副頭目」
「なによ頭目」
「それさ、量が溜まったら本にしようぜ」
「嫌よ恥ずかしい。大体お金かかるじゃない」
「俺が出すよ。あ、代わりにタイトル決めさせてくれ」
「……一応、聞いておこうかしら」
「冒険の書。冒険の書がいい。決定」
「……ふうん、悪くないわね」