You are MY HERO !   作:葦束良日

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友人に薦められて全巻読んだところ、控えめに言って超面白かったので久しぶりに筆に手が伸びました。

こっそり投稿。


始まり、そして敵連合に襲撃される話

 

 

 公園のブランコで、一人の少女が泣いていた。

 ややクセがある緑色の髪は、後ろで小さくポニーテールにして纏めてある。大きな瞳からこぼれる涙は、チャームポイントでもあるそばかすの上を通って顎へと伝い、地面に染みを作っていた。

 ぎゅっと握られたスカートの皴が痛々しい。

 少女は、しゃくり声をあげながら涙を流していた。

 

 ――緑谷出久は無個性である。

 

 世界総人口の八割が《個性》という名の異能を持つ現代において、無個性とはつまり生まれつきのハンデと同義であった。

 個性の有無はそのまま将来の職業選択の幅を広げるし、同時に適性のある職業に就けば重用されることが確実であったためだ。

 その可能性が最初からなく、個性がない関係上生物的にも弱者である無個性は、人々から軽視される傾向にあった。

 それは、出久にとっても同じこと。

 

 むしろ彼女の場合は、よりひどかったと言えるだろう。

 

 何故なら、彼女の幼馴染は稀に見る強個性の持ち主であったからだ。「爆破」という個性は、わかりやすい暴力的な強さを持っていた。これだけなら良かったが、その持ち主である爆豪勝己は、無個性である出久を見下し、虐げた。

 それはわかりやすい子供っぽい自尊心と優越感からくるものだ。無個性である出久は自分よりも下だ、という至極単純な思考で行われたイジメ。

 爆豪にとっては当然だったかもしれないそれは、出久を傷つけ、同時に幼馴染への苦手意識を芽生えさせた。

 

 それでも、出久が決して彼を憎むことはなく、俯きがちでも歩いてこれたのは、ひとえに夢があったからであった。

 

 ――オールマイト。

 平和の象徴とも讃えられる、偉大なヒーローの名前だ。

 

 個性の登場により、当初の人類社会は混迷を極めた。

 その中で生まれたのが、個性を用いて犯罪を行う者――ヴィラン。対して、個性を用いてそれを打倒して捕まえる者――ヒーロー。

 混乱期に法整備やら何やらで後手をとった警察に代わって台頭したヒーローは、市民の声に押される形で公的職業へと定められ、今では多くの人々が頼る憧れの職業となっていた。

 現代において数多く増えたヒーロー。その中にあって、不動のナンバーワンの地位にいるヒーローこそがオールマイトであった。

 どんな逆境でも跳ね返し、強大な敵であっても決して負けず、いつも笑顔で人々を救ける。

 オールマイトの登場によって犯罪発生率は減少し、その存在そのものが抑止力となっているほどの、スーパーヒーロー。

 

 そんなオールマイトのようなヒーローになることが、出久の夢であった。

 

 無個性がなれるものではない。そんなことはわかっている。

 でも、憧れたのだ。

 笑顔で人を救ける、その姿に。

 自分もこうなりたいと、思ってしまったのだ。

 憧れてしまったものは仕方がない。そしてその日から、出久の夢はヒーローになったのである。

 

 ――だが、現実はそんなに甘くない。

 今日も今日とて、無個性であることを馬鹿にされて爆豪にいじめられた出久は、公園のブランコに腰かけて項垂れていた。

 

「ぅ、う……かっちゃん、ひどいや……」

 

 ナチュラルに出久を馬鹿にして蔑む爆豪の言葉は、確実に出久の心を傷つけていた。

 幼稚園の頃は爆豪も何かあればすぐに手が出ていたが、小学校に上がってからは暴力は鳴りを潜めた。さすがに女の子に手を上げるのがマズいと少しは学んでくれたらしい。

 とはいえ、自分をデクと呼んで馬鹿にするのはいつも通りだ。

 どうせならそこも直してくれれば良かったのに、と出久は思う。

 

「かっちゃんも、かっちゃんだ……。なんでわたしばっかり、イジメるのさ……」

 

 そこには彼の複雑な心の内が関係しているのだが、そこまで察することは出久には出来なかった。

 出久と爆豪、現在小学四年生。少しずつ異性を意識しだしてしまうお年頃なのである。

 彼の場合、今までの行いと、生来の性格のせいで素直になれないことで、本来の気持ちとは全く逆方向に出久に伝わっているのが、何とも言えない切なさを感じさせる。

 小学生男子特有のアレである。仕方ないね。

 

「こんな時、オールマイトなら、笑うんだろうけど……」

 

 あの画風が違いすぎる憧れの存在を思い浮かべる。

 きっとオールマイトなら、辛くたって苦しくたって、笑って乗り越えていくに違いない。

 出久がなりたいのも、そんなヒーローだ。

 それはわかっている。

 けれど。

 

「無理だよぉ……」

 

 涙が両目からこぼれた。

 何度も心無い言葉をかけられて、ずっと笑っていられるほど出久の心は強くなかった。

 今日、爆豪は言った。「テメェなんかが、ヒーローになれるかよ! 諦めろやデク!」と。

 そんなこと、自分が一番わかっている。でも、口に出して言わなくてもいいじゃないか。

 夢見ることぐらいはさせてくれてもいいじゃないか。

 無個性は、夢を見ることすら許されないって言うのか。

 そんな怒りがあった。

 そして何より、そんなことを言われたのに何も言い返せなかった。

 それが何よりも悔しくて、情けなかった。

 

「ぅ、うう……!」

 

 思い出したことで、再び涙が出久の目からあふれてきた。

 

 ――ヒーローが涙を見せちゃいけない。

 

 そうは思っても、堰を切ったように溢れてくる涙を止めることは出来なかった。

 出久はヒーローに、オールマイトに強く憧れている。どれだけ周りに言われても、決してその夢だけは捨てずに抱え続けてきた。

 何度言われても。いくら馬鹿にされたって。

 しかし。

 

 ――テメェなんかがなれるかよ!

 

 折れてしまいそうになる時が、ないわけではなかったのだ。

 もう諦めてしまったほうがいいのかもしれない。

 身の丈に合った、無個性らしい夢でも探したほうがいいのかもしれない。

 ふとした拍子に顔を覗かせる、そんな現実的な自分。

 いつもであれば、「そんなことできない!」と首を振って強く否定する、そんな誘惑に。

 

「……もう、そうしたほうがいいのかなぁ」

 

 今日はつい、頷いてしまいそうになった。

 心が折れてしまいそうになった。

 その時。

 

「あー……どうしたんだ?」

「え?」

 

 不意の声をかけられて、出久は顔を上げた。

 涙で滲んだ視界の向こうから、心配そうにこちらを見ている男の子の顔が見えた。

 同級生ぐらいに見えるが、出久は見たことがない顔だった。

 

「いや、なんか泣いてたから。つい……」

「え、あ……!」

 

 慌てて、出久は目をこすって涙をぬぐった。

 人に心配をかけてしまった。そのことに対する申し訳なさからくる行動だった。

 

「こ、これはその……気にしないで! 大丈夫、大丈夫だから……」

 

 しかし、いくら拭ってもすぐに涙が止まるわけではない。

 拭う傍から流れる雫に、出久はだんだん自分が情けなくなってきた。

 一人で泣いて、人に迷惑をかけて、それでも涙を止めることすらできない。

 やっぱり自分なんて、と気持ちがどんどん沈んでいきそうになる。

 

「ったく……」

 

 けれど、そうはならなかった。

 それは、目の前の彼が出久の頭に手を置いてぐりぐりと撫でまわしたからだ。

 どこか乱暴で、やり慣れていないことがわかる手つき。びっくりした出久は、もともと大きな目をさらに丸くして彼の顔を見つめた。

 

「大丈夫ってのは、笑顔で言う台詞だぞ。どっかの暑苦しいヒーローみたいにな」

 

 言いつつ、その少年は出久の横にあったもう一席のブランコに腰を下ろした。

 

「なんかあったんだろ。子供が一人で悩むもんじゃないぞ。ほら、お兄さんに話してみ」

 

 ん、と出久は少し首を傾げた。目の前の彼が、お兄さんと言えるような年齢には見えなかったからだ。

 

「お兄さんって……君、何年生なの?」

「四年生」

「同い年じゃん……」

「細かいことは気にするな。ハゲるぞ」

「ハゲないよ!?」

「いいから、ほれ」

 

 促されるが、出久は本当に話していいものかと迷った。

 人に迷惑をかけるということに、忌避感があったからだ。

 けれど結局、出久は話すことにした。

 だって、出久はずっと一人で抱え込んでいたのだ。色々な悩みも、葛藤も、嫌な気持ちも、全部母親に言うこともできずに抱え込んで過ごしてきた。

 だから、もう限界だったのだ。

 心のどこかで、誰かに聞いてほしかった。吐き出したかったのかもしれない。

 

 ――そうして出久は話した。自分が無個性であること、幼馴染に凄い個性の奴がいて、そいつにいじめられていること。自分の夢がオールマイトのようなヒーローになることであること。

 

 それら全てを出久は話した。

 あまり人と話すことが得意ではない出久は、つい俯きがちだったし、それによってボソボソとした喋り方になってしまった。

 でも、目の前の少年は嫌な顔一つせずにじっと頷いて出久の話を聞いてくれていた。これがもし幼馴染の爆豪だったら、一言目を口にした時点で罵詈雑言が飛んできたに違いない。

 たったそれだけのことであったが、自分のことをきちんと見てくれていると感じて出久は嬉しかった。

 

「ふーん、なるほどなぁ」

 

 全てを聞き終わった少年は、軽く空を仰いで何の気もないような風にそう言った。

 どんな反応が返ってくるかと身構えていた出久は、その淡泊な対応に少し呆気に取られてしまう。

 だからだろう、出久は自分から問いかけた。

 

「……ねぇ」

「ん?」

「君は、さ。わたしは、無個性だけど、ヒーローになれると思う?」

 

 出久にとって、決死の問いかけ。

 これまで出会った全ての人に否定されてきた。

 

 でも、この人なら。

 

 自分の話を嫌な顔一つせず聞いてくれたこの人なら。

 もしかしたら「ヒーローになれる」と言ってくれるのではないか。

 そう内心で期待をしながら問うたそれに対する少年の返答は――。

 

「わかんね」

「えぇ!?」

 

 あっさりと返された予想外の答えに、出久は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 そんな出久の反応のほうが驚きと言わんばかりに、彼は「いやいや、だってな」と言葉をつづけた。

 

「そりゃそうだろ。目指すのはお前で、なるのもお前だ。俺にわかるわけないだろ」

「そ、それはそうだけど……」

 

 それはその通りだと出久にもわかる。

 わかるが、期待していただけに少し心が落ち込む。自分勝手な期待だったとわかっていても、それでも。

 やっぱり自分の夢は否定されるものなのか、と。

 しかし。

 

「わかんねぇけど、応援するぞ」

「――え」

「お前の夢。ヒーローになりたいんだろ? いい夢じゃんか」

 

 一転して言われた言葉に、出久は一体何を言われたのか一瞬分からなかった。

 それは、これまでだれ一人として出久にかけてくれなかった言葉だった。

 

「……で、でも」

「ん?」

「わたし、無個性だし……。無個性でヒーローなんて、聞いたこともないし……」

「なんだよ。なりたくないのか?」

「う、ううん! そんなこと!」

 

 ぶんぶんと勢いよく首を横に振る。

 そんな出久を呆れたように見ながら、彼は口を開いた。

 

「なら、目指せばいいじゃん。なりたいものになればいいって俺は思うぞ。それに」

 

 ニッ、と歯を見せて笑う。

 子供らしい、けれどどこか安心できる、そんな笑顔だった。

 

「言ったろ。応援するって。つまり俺は、お前のファン一号だぜ。ファンの思いには応えるもんだろ、ヒーロー」

 

 そして、拳を出久のほうに突き出し――。

 

「――頑張れ!」

 

 ただの一度だって言われなかった言葉。

 夢を認めて応援する励ましを、かけてくれた。

 

「っ、ぅ、うぅ……! ううっ……!」

「お、おい。泣くなよ、ってか涙の量すげえな!」

「あ、あびがどう~~っ!」

 

 ずっと誰かに言ってほしかった言葉だった。

 自分の夢を否定せず、頑張れと言ってほしかった。馬鹿だと蔑むのではなく、励ましてほしかった。

 ずっと周りに否定されて生きてきた出久にとって、たった一言であってもそれは救いだった。

 自分はヒーローを目指してもいいのだと、そう思わせてくれたのだから。

 それゆえ感極まって、涙があふれた。さっき以上に。ちなみに涙の量が凄いのは母親譲りである。

 

「どういたしまして……。っておい、抱きつくな! 服がびしょ濡れる!」

「うぇ、うぅ~~っ」

「ああ、もう。はいはい、ほら。こうなりゃ泣けるだけ泣いちまえ。……服は諦めるかぁ」

 

 縋りつくように抱きついてきた出久を、彼は溜息一つで受け入れて胸を貸した。

 無個性だと判明した日。幼馴染にいじめられた日。これまで何度も出久は涙を流してきた。

 だから、泣くことはもう出久にとって慣れっこだ。あふれる涙を止められない感覚だって、勿論よく知っている。

 けれど、今日のこれは初めてだった。嬉し涙が止まらない、という感覚は。

 その喜びと嬉しさ、安心と感謝、様々な感情が混ざり合った初めての感覚に突き動かされるまま。

 ただ出久は泣き続けた。

 

 

 これが、緑谷出久と気藤練悟(きどうれんご)の出会い。

 以降、練悟がクラスは違うものの同じ学校だったこともあり、二人はよく行動を共にするようになる。

 一緒に遊ぶというよりは、本気でヒーローを目指すことを心に決めた出久の鍛錬に付き合う形ではあったが。

 応援すると言った以上は、練悟としても出久に付き合うことはやぶさかではなかった。というか、あんなに大泣きした女の子が一人で鍛錬とか危なっかしくて放っておけなかった、ということもある。

 そんなわけで授業以外ではほとんど一緒にいた二人は、急速に仲を深めていった。それこそ、幼稚園から一緒だった爆豪よりも幼馴染らしいほどに。

 ちなみに、出久と急接近しだした練悟のことを爆豪はとても苦々しく思っていた。

 しかし、練悟に絡んでいっても飄々と避けられる。ならばと出久に絡むと、常のような態度しか取れずに怯えられ、怯えた出久は練悟を頼った。

 それにまた爆豪の苛々が増していく、という悪循環になっていた。まだまだ素直になれないあたり、小学生であった。

 ともあれそんな感じで、練悟もまた彼らと幼馴染と呼べる関係になった。

 ちなみに、頻繁に絡んでくる爆豪のことも練悟は幼馴染とみなしていた。事情があって大人っぽい練悟にとって、彼の反応は子供らしく微笑ましいものと思っていたので特に悪感情がなかったのである。まぁ、そういう余裕を感じさせる態度が一層爆豪の反骨心をあおってしまっているのだろうが。

 

 とはいえ、なんだかんだで三人は交流を持つことが多かった。

 幼馴染。それぞれがそれぞれに抱く感情こそ異なっていても、三人には確かにそんな特別な関係が結ばれていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 成長した出久は、憧れの雄英高校に入学していた。

 子供の頃から変わらない小さなポニーテールはすっかり出久のトレードマークとなっている。そばかすが消えなかったのは少し残念だったが、幼馴染は可愛いと言ってくれたので良しとしていた。

 背もあまり伸びなかったが、反比例して胸は大きくなった。動く時に邪魔だなぁと言ったら、件の幼馴染は「それが邪魔だなんて、とんでもない!」と真顔で否定してきた。

 恥ずかしくなって思い切り頭を叩いてしまったのは、いい思い出だ。

 

 ともあれ、出久はいよいよヒーローになるための一歩を踏み出そうとしていた。

 幼馴染、それから自分のことを認めて託してくれた憧れのヒーロー、いつも自分のことを見守ってくれているお母さん。

 沢山の自分を救けてくれる人の期待に応えるために、わたしはヒーローになる。

 

 そんな決意と希望を込めて始まった雄英の生活はしかし、大きな悪意によって塗り潰されようとしていた。

 

 

 ――事の始まりは、唐突だった。

 

 ヒーロー基礎学。今日の授業内容は「人命救助訓練」。

 その学習のために、雄英高校ヒーロー科一年A組の生徒一同は演習場となる「USJルーム」に訪れた。

 この学校で教師を務めるプロヒーローの一人、スペースヒーロー・13号が作り上げたこの演習場は、水難・火災・土砂等の様々な災害現場を体験できる。人助けこそが本分となるヒーローには欠かせない技術と経験を磨くには、うってつけの場所であった。

 本人が災害救助を主な活躍の場とするヒーローであったからこそ、作り上げることが出来た場所。そして、そんな彼が話す「どんな個性も、使い方次第で人を殺す力にも人を救い上げる力にもなる」という話は、多くの生徒の心に響いた。

 自らの力を、人を助けるために使う。そのことの大切さ、誇らしさを改めて自覚した彼らは、意気揚々と人命救助訓練に臨もうと気を引き締める。

 敵が現れたのは、そんな時であった。

 

 (ヴィラン)連合。

 

 その出現によって、授業は悪夢へと姿を変えた。

 敵が持つワープを可能にする個性によって生徒は散り散りになり、それぞれが敵と相対することを余儀なくされた。

 人を害することに全く躊躇を覚えない本物のヴィランとの会敵。多くの生徒に、多大なる試練が降りかかっていた。

 

 そんな中、出久は水難ゾーンに飛ばされていた。同じく飛ばされてきた蛙吹梅雨、峰田実と共に協力してその場にいた敵は無事無力化して脱出できたが……問題はそこからだった。

 出久たちが最初にいた広場。そこでは、A組の担任である相澤が多くの敵を相手に大立ち回りをしていた。

 目で見ている間、相手の個性を消す個性。それに加えて特殊な布を用いた操布術と格闘技能によってみるみる敵を行動不能にしていく相澤の姿に、出久たちは希望を見出していた。

 

 これなら、何とかなるかもしれないと。

 

 けれど、それが淡い希望であったと知るのはそのすぐ後のことだった。

 

 脳みそが剥き出しになった異形の大型ヴィラン。そいつが動き出した。たったそれだけで状況が一変したのだ。

 まず、相澤がやられた。

 相澤の打撃は相手になんの痛痒も与えず、個性を消す目を以てしても止められず。腕を折られ、顔面を地面に叩きつけられ、一瞬で無力化させられた。

 血まみれになり、ぴくりともしなくなった相澤の姿に、出久たちは恐怖に身を震わせることしか出来なかった。

 

「対平和の象徴。――改人《脳無》」

 

 敵のリーダー格の男。顔や体にいくつもの手のオブジェをつけた奇妙な風体で、相澤が地に伏せる姿が心底楽しいとばかりに笑って、下手人の名前を口にする。

 まるでお気に入りの玩具を自慢するかのような言い草は、この場には全くと言っていいほど不似合いで、だからこそ不気味だった。

 その間も、動かない相澤の頭は無遠慮に持ち上げられ、地面に叩きつけられた。

 新たな血が噴き出す。

 それを、出久たちは見ていることしか出来なかった。

 

「駄目だ、緑谷……先生の助けになるなんて、出来っこなかったんだって……。さすがに考え改めたろ……?」

 

 震えながら、峰田が口にする。

 当初、出久は自分たちが少しでも先生の力になればと思って、水難ゾーンから広場まで戻ってきたのだ。

 けれど、そんな根拠のない自信は既になくなっていた。峰田が言うように、とてもではないが、敵わない。いま出ていっても、死体が増えるだけなのは明白だった。

 出久の震えに合わせて、トレードマークのポニーテールも揺れる。荒く乱れる呼吸を煩わしく思いながら、出久は峰田の言葉に内心で頷いた。

 

(確かに、敵うわけない……。死ぬだけ、それだけだ。けど……)

 

 だから意味はない。そう、わかってはいても。

 

(だけど)

 

 出久の中の何かが、それでいいのかと囁く。

 

(敵わないからと逃げ出して、わたしはヒーローを名乗れるの?)

 

 それこそ、自分に力を託してくれた憧れのヒーロー。オールマイトに恥じないヒーローになれるだろうか。

 相澤先生の意識は既にない。瞼も落ち、呼吸は微かに確認できる程度。

 虫の息だ。あと一回地面に叩きつけられるだけで危ない。

 死んでしまう。

 脳無が、相澤の頭を持ち上げた。

 時間はない。もう迷う時間はない。

 ここで出ていけば、死ぬ。

 わかっていた。

 けれど、助けなければいけない人が目の前にいるのだ。

 

 気が付けば、出久の体は駆け出していた。

 

(100パーセントであの怪物を吹っ飛ばす! それしか手はない!)

 

 しかし、よしんばそれで脳無を退けても、駆け出すために使った足は砕けることが間違いなく、殴った手も骨折していることだろう。

 その間に、あの手だらけ男がさっき見せた個性――触れたものが崩れる手で触れられれば、確実に死ぬ。

 わかっていても、出久の足は力強く地を蹴った。

 

(ごめんなさい、オールマイト! せっかく力を託してくれたのに! ヒーローになれるって言ってくれたのに! あなたの期待に応えられなくて、ごめんなさい!)

 

 一歩、また地を蹴った。

 

(ごめんね、応援してくれるって言ったのに。無個性だったわたしが、諦めずに頑張ってこれたのは、君が応援してくれたからだったのに! ずっと、わたしなんかに付き合ってくれてたのに……!)

 

 前を見据える。視界が涙で滲んだ。ぐっと唇をかんで、涙をこらえる。

 

(ごめん……! レンくん……!)

 

 右手にワン・フォー・オールの力を集める。

 拳を放つべき敵を見た。

 視界の端で、あの敵たちのリーダーがその手を此方に伸ばしているのが見えた。

 避けている時間はない。脳無を吹き飛ばすのに成功した直後、きっと自分は死ぬ。

 わかっていても、出久は止まらなかった。

 

(結局、言えなかった……)

 

 拳を握りこむ。

 一歩、踏み込んだ。

 

(わたし、レンくんのこと――)

 

 そして、拳を思い切り振り抜く――。

 

 直前で、脳無の巨体が真横にカッ飛んでいった。

 

 

「――……え?」

「あ?」

 

 出久が殴ろうとした体勢で固まり、手だらけ男も手を突き出そうとした中途半端な状態で止まっていた。

 しかし、呆然としていられたのは一瞬だけだった。

 

「っ、ぁう……ッ!」

 

 両足に激痛が走り、支えられなくなった体が倒れていく。

 ワン・フォー・オールの反動。育ちきっていない器で圧倒的な力を使った代償が出久の両足の骨を砕き、踏ん張ることを不可能にしていた。

 倒れた衝撃に備え、思わず目を閉じる。

 ……しかし、痛みはやってこなかった。代わりに感じるのは、優しく誰かに抱えあげられた感触と、嗅ぎなれた幼馴染の匂いだった。

 

「向こう見ずなのは昔からだけど、今回はさすがに肝が冷えたぞ」

 

 幼い頃から幾度となく聞いた、心地いい声。

 それを聴けたことがなんだか無性に嬉しくて、安心して、出久の目から涙がこぼれた。

 

「泣き虫なのも治らないな、ホント。で、だ」

 

 出久はゆっくりと顔を上げて、見上げた。

 いつも自分を助けてくれる、心を支えてくれる。

 出久にとっては、オールマイトにだって負けない、最高のヒーローの顔を。

 

「お前を泣かしたのは、あいつらだな?」

「っ、レンくん……っ!」

 

 涙交じりの声に、出久を抱える腕に力を込めて応え、練悟は起き上がろうとしている巨躯の敵を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 蛙吹と峰田は、短い時間に立て続けに起きた出来事に混乱していた。

 気づけば出久が飛び出して敵の目の前におり、あわやあのリーダー格の男の手に触れてやられようとしていたところを、突然現れた何者かが脳無を吹き飛ばすことで助けた。

 言葉にすればそういうことになるが、一度に起こっただけに二人の脳が事態の把握をするのには少しの時間を要した。

 そして、出久がどうやら無茶をしたところを誰かが助けてくれたのだと理解したところで、峰田が口を開いた。

 

「み、緑谷……! あいつ、よかった……こ、殺されたかと思ったじゃねぇか!」

「ケロ。あの人が救けてくれたのね。制服を着ているところを見ると、ウチの生徒みたいだけど……」

「でもA組じゃねぇよな。B組か?」

「そうかもしれないわね。でも、本当に良かったわ緑谷ちゃん」

「間一髪だぜ、危ねぇ……。しかし」

「?」

「あいつ、緑谷を姫抱きだと……! くそ、小柄ながらに育ってる緑谷ボディを堪能するなんて、あの野郎! うらやまけしからねぇ!」

「峰田ちゃんは本当にブレないわね」

 

 心の底から妬ましそうに件の人物を睨む峰田に呆れつつ、蛙吹もその視線を追って出久を抱えている人物に目を向ける。

 その次の瞬間。

 

「二人とも、イズ(・・)のクラスメイトだろ?」

「んなっ!?」

「ケロっ!?」

 

 その人物は出久と相澤を抱えて、二人の目の前に立っていた。

 50メートル以上離れていた場所にいたのを、二人は間違いなく確認している。それから一度も目をそらしてなどいなかった。

 だというのに、目の前にいるという事は。

 

「なんちゅうスピードだよ……」

 

 峰田の口からそんな声が漏れた。

 

「悪いが、イズとこの先生のことを頼む。両足が折れてる。先生のほうも危険だ。二人を連れて下がってくれ」

「お、おう」

「ケロ。あの、一つ聞きたいのだけれど」

「ああ、なんだ? 手短に頼むな」

「その肩章……見覚えがあるわ。あなたは経営科の人なの?」

「経営科ぁ!? ヒーロー科じゃねぇのかよ!?」

 

 峰田が驚きのあまりに叫ぶ。

 雄英高校にはヒーロー科以外にも、サポート科、普通科、経営科、という三つのコースがある。それぞれ、制服の肩章に違いがあり、そこで見分けることが出来る。

 経営科はヒーローを目指すというよりは、事務所運営や起業を見据えて志望する者が多い学科だ。

 つまり、戦闘能力を磨くという発想があまりない学科なのである。

 だというのに、あの相澤が為す術もなくやられた脳無を吹き飛ばし、そのうえこのスピード。驚く他なかった。

 

「ああ。経営科一年、気藤練悟だ。よろしく。ついでに言えば、イズや勝己の幼馴染な」

「私は蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」

「あ、オイラは峰田実な。……って、いま自己紹介するのかよ!」

 

 あまりにこの場にそぐわないやり取りに峰田が突っ込みを入れたところで、地面に寝かされた出久が不安げに練悟を見上げた。

 

「っぅ……なんで、レンくん……。レンくんは、無個性だったはずじゃ……」

「無個性!?」

「ああ、悪いイズ。それ嘘」

「嘘ぉ!?」

 

 この社会において、無個性であるという嘘をつくことにメリットはほとんどない。

 だというのに、練は無個性だと偽っていたのだという。驚くべきことだ。峰田がつい声を上げてしまったのも仕方ないことだった。

 しかし、そんな峰田以上に驚いたのが、ずっと一緒に過ごしてきた出久だった。

 

「嘘、って……どうして、そんな……」

「いや、血生臭いことがあまり好きじゃないからな俺。将来はお前が立ち上げるだろうヒーロー事務所の経営やろうと思ってたし、なら個性の有無関係ないなと思って無個性って言ってた」

 

 練悟は出久の頭を軽く撫でると、「よし」と言って出久らに背を向けて敵と相対した。

 

「――あとは、できればあまり個性は使いたくなかったっていうのもある」

 

 でも、と言葉を続けながら練悟は一歩踏み出した。

 

「大事な奴を傷つけられたら、そうも言ってられないわな」

 

 背中越しからもわかる怒気。それに当てられ、峰田と蛙吹は思わず身を引いた。

 出久は大事な奴と言われて、思わず心臓が跳ねたが、そんな場合じゃないと言い聞かせて声を張り上げた。

 

「待って、レンくん! あいつ、すごく強いんだ! いくらレンくんに個性があっても――」

「大丈夫だ、イズ。だって」

 

 直後、出久たちの目の前から練悟の姿が消えた。

 そして、次の瞬間。

 

「もう終わった」

 

 脳無の直上に現れた練悟は、思い切り拳をその頭頂に振り下ろした。

 瞬時に脳無の体が叩きつけられ、耐えきれなくなった地面が蜘蛛の巣状に罅割れてクレーターを作り出す。

 うめき声を出す暇もなく地に埋まった最悪の敵の姿に、出久たちはぽかんと口を開くしかなかった。

 

「……は?」

 

 そして、驚いたのは敵の首魁――死柄木弔も同じだった。

 

「なんだよ、それ……オールマイト並のパワーだって……?」

 

 がり、がり、と沸き起こる癇癪を抑えるように爪で首をひっかく。

 

「チート野郎が……! ふざけんなよ……! クソ、クソ、予定外のことばかりだ……!」

 

 怒りが滲む呟きをこぼしながら、死柄木は練悟を睨めつける。

 視線を向けられた練悟は涼しそうな顔でそれを受け止めており、それがまた死柄木の怒りを増長させていく。

 その時、死柄木の横に黒い靄が渦を巻くようにして現れた。出久ら生徒をUSJ内に個別転移させた個性を持つ男、黒霧だった。

 

「死柄木弔」

「黒霧っ……13号はやったのか?」

「行動不能にはしましたが、生徒らを散らし損ねまして……一名、逃げられました」

 

 僅かな苦々しさを含みながらも起こった事実をありのままに報告する。

 黒霧とて、今の死柄木が冷静さを欠いている状態なのは一目でわかった。しかし、リーダーに報告を怠るわけにもいかず、その後の反応が予想できながらも報告するしかなかったのだ。

 

「――はぁ?」

 

 そして、そんな黒霧の予想は過たず、死柄木の怒りはさらに増した。

 

「なんだよ、それ……! くそ、お前がワープゲートじゃなかったら、殺してたよ……! お前も、あのガキも、なんで思い通りにならない……!」

 

 もはや病的と言ってもいいほどの勢いで自身の首を爪でひっかき続ける死柄木の姿は異様の一言だった。

 

「脳無ッ! いつまで寝てる! お前はオールマイトの攻撃にだって耐えられるように作られてるんだ! さっさと起きろ!」

 

 死柄木の呼びかけに、埋まった状態だった脳無が反応を示す。

 ぐぐ、と体に力を入れて地中にあった腕を無理やり外に出した。それによって腕は肘から先がなくなってしまったが、すぐに再生されていく。

 腕を地につき、今度は体を強引に引き上げる。両足がちぎれた。そしてそれも再生されていく。

 

「まさか……ただの生徒が脳無にここまでのダメージを与えたのですか……!?」

「ああ……オールマイト並みのパワーを持つ奴だ。チートなのはアイツ一人で十分だってのに……!」

 

 黒霧と死柄木が言葉を交わす間に脳無は地中からの脱出を終えていた。

 見る限り、傷は一つも見当たらない。ピンピンした状態でそこに立っていた。

 

「おいおい、ゾンビか何かかよ」

「ははは、当たり前だろ! こいつはオールマイト用に調整された超高性能サンドバッグだぜ? ショック吸収、超再生……奴の100%にも対抗できるように出来てるのさ!」

 

 脳無が耳障りの悪い雄叫びを上げる。

 それに気圧されたのは、峰田や蛙吹、後ろで相澤と出久を背に抱えてこの場を離れようとしていた者たちだった。

 

「複数の個性!? マジでバケモンじゃねぇか!」

「けろ……これは、まずいんじゃないかしら」

 

 改めて感じる、脳無の異常性。

 それを目の当たりにして慄く二人の姿に死柄木は満足したように獰猛な笑みを見せた。

 

「はははは! やれ、脳無! あのクソガキを殺せッ!」

 

 その指示を受けて、脳無が突進を開始する。

 相澤というプロヒーローを一瞬で無力化した特大の暴力が、一人の生徒に降りかかろうとしていた。

 

「レンくんッ!」

 

 蛙吹の背にもたれかかって運ばれながら、出久は幼馴染の危機に悲痛な声で叫ぶ。

 両足が折れ、右腕も拳を放つ前だったとはいえワン・フォー・オールを集束させた影響で使い物にならない。

 それでもなんとか動こうとする出久だったが、既に体の自由はきかなかった。

 そのことに情けなさと絶望を感じる出久だったが――彼女は知らない。

 練悟にとって、今の状況はまだ危機ではないという事を。

 

「さすがにこのタフさは予想外だわ。――仕方ない」

 

 短く息を吐き出す。

 そして練悟は膝を曲げて軽く腰を落とすと、両腕を前に突き出した。

 

「か……め……」

 

 円を描くように腕を動かし、何かを包み込むように両の掌を合わせて腰のあたりに持っていく。

 

「何をしようが、脳無には効かないんだよガキぃ!」

 

 死柄木が吠え、脳無も応えるように金切り声を上げた。

 その中にあっても、練悟は全く動じはしなかった。

 

「は……め……」

 

 掌の間の空間に青く輝く光が生まれる。

 周囲を照らす閃光に誰もが驚愕を感じた、次の瞬間。

 

「波ぁぁああ――ッ!!」

 

 裂帛の声と共に、練悟の両手が光の塊を押し出すようにして脳無へと突き出された。

 瞬間。空気を焼くような鋭い音と共に、青い光は一条の分厚い光線となって中空を進む。

 巻き起こる光と荒れ狂う風。それらに思わず目を瞑りそうになりながらも、出久たちは何とか目を開けて光を放つ練悟の姿を目に焼き付ける。

 

 そして、見た。

 

 光の奔流に体を焼かれながら、脳無が苦痛の叫び声を上げる姿を。そして、やがてその衝撃に耐えられなくなった脳無が吹き飛ばされるのを。

 脳無はUSJを取り囲む壁にぶつかるが、光の勢いはそれでは止まらなかった。無理やり押し出され続けた結果、壁に挟まれた脳無はさらにダメージを負う。

 そしてついに耐えられなくなった壁が破られ、脳無は光に押されるまま外へと押し出され続け――青い光が消えた時、その姿は何処かへと消えてしまっていた。

 壁に空いた穴と、地面に残る光線が通った破壊痕。そして今見た光景に、その場の誰もが言葉をなくして、ただ呆気に取られた。

 

 

===

 

 

気藤練悟

個性「気」

 

生命エネルギーである気を操ることが出来る!

ただし操れるのは自身だけ。他人の気は操れない!

気を全身に巡らせて体を強化すれば、超人的な身体能力を得ることが出来るぞ!

必殺技は気を圧縮凝固させて放つエネルギー攻撃「かめはめ波」だ!

 

 

===

 

 

「……馬鹿な……そんな馬鹿な……! 対平和の象徴用の改人だぞ! それが、それが、オールマイトでもない、ただのガキに……!?」

 

 信じられないものを見たと言わんばかりに、死柄木の口からは事実を否定するような言葉が漏れる。

 しかし現実は変わらず、脳無はこの場から消え去り、それを為した生徒――練悟はこの場にいる。

 驚愕に目を見開く死柄木に、練悟は体ごと向き直った。

 

「ふぅ……。さて、(ヴィラン)。俺としては、大人しく投降してくれるとありがたいんだがね」

「ぐ……っ」

「死柄木弔! ここは退きましょう! 救援を呼びに行った生徒のこともあります。じきにオールマイトも……」

 

 驚異的な威力の攻撃を見せつけ、脳無を撃退するところをまざまざと見せつけられた黒霧は、一気に練悟に対する警戒度を上げた。

 あの生徒がいる上、オールマイトまで加わっては手が付けられない。既にこちらに脳無はいないのだ。平和の象徴を殺害する計画は事実上頓挫したと言っていい。

 ならば、ここで死柄木を失うわけにはいかない。そう思って進言した直後、USJの入り口が外から壊され、そして出久たちが待ち望んでいた声が響いた。

 

「――途中、飯田少年からあらましを聞いた。すまない、怖い思いをさせたな……。でも、もう大丈夫」

 

 現れたのは、特徴的に逆立った二房の金髪に筋骨隆々の大男。

 やたらと濃い顔つきで、彼は生徒と敵の双方に聞こえるように宣言する。

 

「私が来た!!」

 

 それにより、生徒たちは安心を。敵たちは動揺と焦燥を抱く。

 そうこうしている間に、オールマイトは一瞬で広場に降り立つと、残っていた有象無象の敵たちを無力化し始めた。

 

「予想よりも到着が早い……! 死柄木弔!」

「………………あーあ」

 

 オールマイトの登場を受けて、先ほどまでの激情が嘘のように死柄木は落ち着いた様子を見せていた。

 不気味な姿に、練はオールマイトの登場で緩みかけた気持ちを引き締め直す。

 

「ゲームオーバーだ。帰るぞ、黒霧」

「行かせると思うか?」

 

 練悟が構えるが、死柄木の態度は変わらなかった。

 

「来てもいいが、こっちには黒霧がいる。いざとなりゃ、生徒の二、三人は確実に殺すよ」

 

 内心で練悟は舌を打った。

 ワープという個性の関係上、黒霧のターゲットになるのはこの場にいる生徒だけではない。遠く離れた生徒のところにも一瞬で行ける以上、手が届かない場所にいる生徒も対象になるだろう。

 そうなれば、いかに超スピードで動ける練悟であっても対応できない。下手を打てば誰かが犠牲になるかもしれない以上、これ以上動くことは出来なかった。

 そうして無言になる練悟の姿を回答と取ったのか、死柄木は練悟と、たった今広場の敵を掃討し終えてこの場にやってきてその横に並んだオールマイトを見た。

 執念と怨恨が籠もった眼で。

 

「――オールマイト、それからそこのガキ」

 

 告げられた内容は、恐ろしいほどに粘着的で、かつ憎悪に満ちていた。

 

「――次は殺すぞ。必ず殺す。必ずだ。必ず、殺す」

 

 ぞっとするような声でそう残し、黒い靄に包まれて死柄木と黒霧は姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。終わったか」

「そのようだ。ところで少年、君は……」

「あ、初めましてオールマイト。経営科一年の気藤練悟です。いつもイズ……緑谷がお世話になっています」

「いや、これはご丁寧に。って、アレ!? 気藤少年、今なんて!?」

「おーいイズ。怪我の調子はどうだ?」

「私が無視された!?」

 

 オーマイゴッド! とか叫んでいるオールマイトを尻目に、練悟は出久のもとに駆け寄った。なにせ両足と片腕が使い物にならないのだ。早々に治療しなければならない。

 出久は駆け寄ってきた練悟を、なんと言っていいのかわからない、そんな複雑な表情で出迎えた。

 無個性だと言っていた幼馴染に個性があり、しかも出鱈目な強さを持っていたのだ。突然知った事実に、混乱するのは当然だった。

 

「う、うん。レンくん、あの――」

「テメェエエエェァアッ!!」

「おおっ!?」

 

 だが、なんと言おうか迷っていた出久の逡巡は、強制的に途切れた。

 突然飛び込んできたもう一人の幼馴染の怒声と爆音によって。

 

「か、かっちゃん!?」

 

 出久の驚きの声をよそに、爆豪は執拗な攻撃を練悟に加えていた。

 なお、練悟はそれを危なげなく避けていた。

 

「おお、勝己。そういえばお前もA組だったな」

「ンなこたぁどうでもいいわ! 見てたぞ……! 俺を騙してやがったのか! テメェも! この俺を、見下してやがったのか! ぁあ!? クソザコがァ!」

「見下してはいないぞ。でも嘘ついてたのはホントだ。ごめんな!」

 

 ぱん、と手を合わせて誠心誠意謝る。けれど、戦闘中にそんなことをされれば、挑発と取られても仕方がないわけで。

 案の定そういう意味に受け取った爆豪は、一層まなじりを吊り上げた。

 

「ッザケんな、殺す! この――モガッ!?」

 

 が、再び爆破をする前に爆豪は極太の腕に羽交い絞めにされて拘束された。しかも口に手まで当てられている。言葉遣いがあまりにもアレだからだろう。是非もないね。

 

「ストップ、ストップだ爆豪少年! 何を怒っているのかは知らないが、短気は損気だぞ! もう敵はいないんだ、落ち着きなさい!」

「モガ、モガガァアッ!」

「おお、さすが勝己だ。あのオールマイトに拘束されても暴れ続けるとは。……ん? ヒーローに拘束されて暴れるって、それもうヴィランじゃね?」

「――ッ! ―――ッ!!」

「どうどう、爆豪少年! 顔が凄いことになってるぞ、君! そして少年も、煽るようなこと言わないで! お願い!」

 

 かのナンバーワン・ヒーローにそうまで言われてしまっては仕方がない。

 久しぶりに爆豪と絡むから少しからかってしまっただけだったので、ここは素直に頭を下げておく。

 そして爆豪の対処をオールマイトに任せて、練悟は寝かせられている出久に目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

 

「よ、イズ。怪我は大丈夫か?」

「う、うん、って言うのも変かな。足と腕が、動かせないから」

 

 そう言って笑うが、その笑みはどこか痛々しい。

 だが、こんな状況で、これだけの怪我を負いながら、誰かを安心させるために笑うことが出来る。

 そんな出久の姿に、改めて練悟は眩しいものを見る気持ちになる。

 

「ま、そうだわな。となると、いつまでも地面に寝かせとくわけにはいかないか」

「え?」

 

 きょとんとする出久に構うことなく、「ちょっと我慢してくれよ」と言いつつ練悟は出久の膝裏と背中に腕を回してその小さな体を抱えあげた。

 

「はぇ!? れれれ、レンくん!?」

 

 突然抱き上げられ、必然的に顔も近づき、出久の心臓が早鐘のように鼓動を速める。

 ちなみにさっきも抱き上げられていたのだが、結構な極限状態だったので意識する暇がなかったのだ。

 

「いやだってその足じゃ歩けないだろ」

「そそ、それはそうだけど! わ、わたし重いよ、前より筋肉ついちゃったし……」

「全然軽いぞ。それに役得だから、むしろありがとう」

「ほわぁ!?」

 

 臆面もなくそんなことを言われて、出久の言語機能がオーバーヒートを起こす。

 爆豪と一緒に駆け付けた切島や、同じタイミングでやってきた轟は、そんな二人の姿を遠巻きに見ていた。

 

「うおぉ、お姫様抱っこ! 男気あるな、こんな公衆の面前で」

「そういうもんか?」

 

 と、そんな会話を交わしている中、練悟と出久のやり取りは続いていた。

 

「やや、役得ってそんな……!?」

「あ、悪いと思ってるなら、頬にキスの一つでもしてくれていいんだぞ」

「ぇえぇええ!?」

 

 冗談交じりに指を自分の頬に指す練悟に、いよいよ出久の顔面が血を集めすぎてヤバくなる。

 もはや完熟トマトもかくやというレベルで赤一色になっていた。

 

「オイラ、今なら憎しみでアイツをヤれるぜ……」

「緑谷ちゃん、顔が真っ赤ね」

「――ッ! ――~~ッ!!」

「爆豪少年! 君ホントどうしたの!? 落ち着きたまえよ、頼むから!」

 

 出久を練悟に任せ、相澤を二人で抱えて運びながら話す峰田と蛙吹の横で、この光景を見た爆豪はオールマイトの拘束を振りほどこうと暴れていた。

 なお、抜け出せなかった模様。

 さすがはオールマイト! お前がナンバーワンだ!

 

 

 

 ――その後、飯田が呼んだ雄英の教師陣が到着し、各ゾーンに散っていた敵も捕縛。

 相澤と出久は重傷だが、一人の命も失うことなく、全員無事にこの危難を乗り越えた。

 

 そして、このUSJ襲撃事件から少しして、ヒーロー科一年A組には一人の生徒が経営科から編入された。

 これによって物語に様々な変化が出てくることになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 




〇設定メモ

緑谷出久

Height:152㎝
好きなもの:ケーキ、カツ丼(女の子らしくないので隠している)
髪の色は原作と同じで緑。髪のクセはやや弱く、長さは肩より少し長い。後頭部で結んで小さなポニーテールにしている。
そばかすは健在。顔立ちは女の子らしく、可愛らしいイメージ。
身長のわりに出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
オールマイトとの特訓によって筋肉量が増え、体重が増加しているのが目下の悩み。
爆豪勝己と気藤練悟の二人と幼馴染。
前者は「かっちゃん」、後者は「レンくん」と呼ぶ。
爆豪には幼い頃の印象から苦手意識が強いが、それでも変わらず「凄い奴」という意識は持っている。
練悟に対しては、夢を応援してくれている関係から交流が深く、同時に色々と頼りがち。何かあれば頼ってしまうところを変えたいと思っているが、まだ行動に起こせてはいない。
あと恋心も抱いているが、告白は出来ていない。が、練悟には既に察せられていたりするが、それにも気づいていない。


気藤練悟

Height:172㎝
好きなもの:肉、とりあえず沢山のご飯
髪の色は黒。長さはそんなに長くもなく、短くもない。
転生者。しかし「僕のヒーローアカデミア」は読んだことはなく、それどころか存在も知らなかったため、原作知識なし。
個性は「気」。個性の内容を知って真っ先に思いついたのがドラゴンボールだったので、とりあえずかめはめ波の特訓を始めた。
元々才能があったのか、現在ではかめはめ波だけではなく、身体強化も超人の域。現在の本気の戦闘力は、ラディッツに勝てるぐらい。やばい。
せっかくの第二の人生、好きに生きようと心に決めている。そのため、やろうと思ったら即決することも多い。出久の応援を決めたと同時に、将来出久が立ち上げる事務所に勤めようと決めたのも、そういう生き方から。
なお、好きに生きようと決めたことから、自分の気持ちに正直であり、可愛いと思った女の子にはとりあえずモーションをかけるという悪癖もある。
そのたびに出久の機嫌を悪化させ、やきもきさせている。
なお、ヤキモチを焼く出久を見て、爆豪も練悟にヤキモチを焼く。そして素直じゃない爆豪はモチではなく人を焼こうと爆破してくる。彼の日常はなかなかデンジャラスである。


爆豪勝己

Height:172㎝
好きなもの:辛い食べ物全般、登山
原作と大きく変化はなし。
実は出久のことが気になっているが、素直になれずにイジメていたという設定。しかしイジメていた規模が個性ある世界だからヤバい。ツンギレかよ。
幼い頃、守ってやる存在だった出久から手を差し伸べられて心配されたことで、色々と捻じくれた。
事あるごとに罵倒し、出久を認めないのも、「守ってやる」という気持ちと「心配されるような弱い存在じゃない」という自尊心が暴走した結果。
それでも根底にあるオールマイトというヒーローへの憧れが捻じれていないのは、やはり彼もヒーロー志望という事だろう。
なお、いつの間にか出久と仲良くなっていた練悟には明確な敵意を抱いている。
この作品では出久が女の子であることもあり、原作で出久に向かっていた暴力や高圧的な態度は結果的に全て彼に向かった。
練悟自身は上手くかわしているが、そんな態度が一層出久に苦手意識を持たれてしまっていることに、本人は気づいていない。

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