You are MY HERO !   作:葦束良日

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とりあえず筆が乗るままに第二話。
今更ながら映画見逃したから、早くレンタルで見たい。


ヒーロー科1年A組に編入する話

 

 

 気藤練悟には誰にも言っていない秘密があった。

 それは、この人生が彼の主観では二回目であるということ。すなわち、前世の記憶を持っているという事だった。

 

 この世界で新たな生を受けたと知った時、練悟はそれはもう驚いた。まず人生二回目だという事にも驚いたし、何より前世にはなかった異能やら超常が日常としてまかり通っている世の中に驚いたのである。

 とはいえ、驚愕したのは最初だけだ。一年経つ頃には、これがこの世界での常識なんだと受け入れて開き直っていた。同時に、せっかくのセカンドライフなのだから、存分に楽しもうとも決意した。

 

 そんなわけで、練悟が最初にしたのが個性の訓練だった。

 基本的に四歳までに発現する個性だが、練悟は平均よりも早い二歳で発現した。ひょっとして既に発達した自意識があったからかもしれないが、詳しくはわからない。

 ともあれ、そうして個性を手にした練悟は、個性を伸ばす訓練に明け暮れたのだ。

 辛くはなかった。それどころか楽しさしかなかった。なにせ、練悟が授かった個性は、かつて前世で読んだコミックの主人公たちが使う力に酷似したものだったのだから。

 

 「気」。それが練悟の個性だ。

 

 生命に宿る、生命力という力。それを操る個性。ただし自分限定。

 練悟が生きた前世の世界では、日本だけではなく世界的にも有名な漫画の主人公たちがこの力を使う。気功波として放出するもよし、身体強化に使うもよし、更には空だって飛べてしまう。そんな力が自身に宿ったのだ。興奮して鍛えなければ男じゃない。

 というわけで、どんどん個性を鍛えていった結果、本気を出した練悟の力はシャレにならないレベルになってしまった。

 なにせ、十歳になる手前で既にかめはめ波が撃てたし、気で強化すれば大岩だってパンチ一つで粉々だ。あの漫画を例にとって戦闘力で考えれば、気を高めた状態のそれは200は確実にあるだろう。九歳の地球人としては破格の強さである。

 しかも、まだまだ伸びていくと自分でも分かるのだ。これはやばい、と練悟は遅まきながら自覚した。

 

 この世界には(ヴィラン)がいて、ヒーローがいる。力を使う場面は求めれば多くあることだろう。

 けれど、折角の第二の人生なのだ。血生臭い仕事をしたくはないという思いが練悟にはあった。

 そのため、対外的には無個性として過ごすことを練悟は決めた。将来はオフィスワークでもして、安全で安穏とした生活を送るつもりだったから、個性の有無は関係なかったのだ。

 もちろん、無個性であることを馬鹿にされもしたが、所詮は小学生の戯言である。大人の感覚を持つ彼は、そんな可愛い悪意など鼻歌交じりに受け流すことが出来た。

 

 そんな中で練悟は出久に出会った。そして、ヒーローを目指す彼女を応援することを決めたのだ。

 それ以降、ならば将来はこの子の事務所で働いて支えてあげれればいいな、と考え始めた。

 もともと事務仕事を希望していた練悟なのだ、悪くない考えだと内心で自画自賛したほどだった。

 そうして、練悟は雄英の経営科に進学を決めた。ヒーロー事務所のことを学ぶなら、ヒーロー科として最高峰の雄英が一番だと考えたからだ。

 出久も、幼い頃から体を鍛え続けていたことに加えて、ここ十か月は凄まじいペースで体を作っている。雄英のヒーロー科を目指すと言っていた。

 雄英が出久も憧れるオールマイトの出身校だと練悟は知っているから不思議ではなかったが、あまりのハイペースに練悟は出久に心配の声をかけた。

 しかし、出久はそんな練悟に首を横に振って気丈に笑った。

 

「大丈夫だよ。わたしの夢に、これは必要なことだから」

 

 そう強い決意を滲ませて言った出久を見た練悟は、その意思を尊重して頷いた。

 

「わかった。俺が力になれることがあったら言えよ。俺に出来ることなら何でもするぞ」

 

 そう告げたところ、出久は「な、なんでも、かぁ……」と呟いて顔を赤くしていた。

 その後、思い切り首をぶんぶん振って目を回していた。

 彼女もお年頃なんだ……いろいろ想像しちゃっても、仕方ないよね。

 

 その過程で、出久とオールマイトが一緒にいるところを練悟は目撃していた。さすがはイズ、あのオールマイトに認められるとは、と我がことのように嬉しくなる練悟。

 そして、ナンバーワン・ヒーローが監督しているなら大丈夫だろう、と出久の特訓を温かく見守ることにしたのだった。

 

 そして、ついに雄英に二人揃って入学。

 

 その時に練悟は気づいたのだ。無個性だった出久に突如発現した、オールマイトに似た超パワーの個性。そして、かつて見たオールマイトに感じた気が今は出久にも宿っていることに。

 つまり、出久の個性はオールマイトから受け渡されたもの。そう推測するのは難しい事ではなかった。

 しかし、それを練悟が言うことはなかった。

 練悟が見る限り、出久はその力で夢であったオールマイトのようなヒーローになるため、ひたむきに頑張っていた。その表情に楽しさや嬉しさはあれど、後悔は見て取れない。

 なら、練悟に出来ることは出久の決意と頑張りを応援することだと思ったのである。

 

 

 そうして、雄英に入ってからも出久のことを見守り、応援していた練悟だったが。

 USJでの訓練の日。突然敷地内に現れた邪悪な気と奇妙に混ざり合った気が、見守るだけだった練悟に行動を起こさせた。

 気の強さで考えるに、敵の強さは相当なものだ。特に複数の気を感じる相手。こいつはヤバい。

 そう気づいた練悟は、担任に「あっちのドーム型の施設に侵入者です! 応援をよろしくお願いします!」とだけ告げて教室を飛び出したのだ。

 出久のことを助けるために。

 

 

 

 

 

 

「――というのが、俺があそこにいた理由ですね」

 

 雄英高校、校長室。

 そこで、練悟は執務机に肘をついて座るネズミに、なぜ経営科である自分があの時あの場にいたのか、という事の説明をしていた。

 ちなみにこのネズミは、まごう事なき雄英の校長である。ネズミに人間以上の知能を得る個性が宿ったという稀有な例。名前は根津。この世界の人の名前は本当に覚えやすいな、と思う練悟である。

 

 この場にいるのは校長である根津と、オールマイトだけだ。ちなみにオールマイトは筋肉ムキムキではなく、ガリガリの姿である。

 もともと出久に付き合うオールマイトの姿を見た際に、その真の姿も見ていたので、プルプル震えながらマッスルフォームを保とうとしていたオールマイトに「あの、もし辛いなら変身解いてもらってもいいですよ」と提案したのである。

 その時の、「なんで知ってるの!?」と言わんばかりの驚いた顔に、自分が出久の幼馴染で、無茶な特訓を気にして見に行った時に見てしまったと答えたら、膝をついて落ち込んでいた。

 さらに校長から「まったく、君は昔からここぞという時に詰めが甘いよね。平和の象徴としての責任を謳うなら、もっと自覚と警戒心を持ってだね……」と説教が始まる始末。

 ちなみに変身はその説教の途中で解けました。

 

「なるほど。経営科の先生からの報告と違いはないね。彼も心配していたから、後で顔を出しておくといいよ。あと授業を抜け出した謝罪もね」

「はい。すみません」

 

 練悟が頭を下げると、根津はうんうんと頷いた。

 

「素直なのはいいことだね! それにしても、君の個性! 驚いたよ、まさか索敵に身体強化、それにビームまで撃てるなんて」

「俺は気功波って言ってますけどね。あくまで俺の個性は「気」ですし」

「それに、奴らが私対策として連れてきたあの脳無という(ヴィラン)……。話を聞く限りでは、怪力にショック吸収に超再生の個性を持っていたと。なるほど、私でも間違いなく苦戦するだろう相手だ。それに、完封勝利とは……」

「運が良かったってのもありますけどね。相手は俺を舐めてましたし」

 

 その隙をついて初撃で撃破したつもりだったのだ。復活してきた時も、かめはめ波という切り札を使って、対処する暇もないように倒した。

 手の内が割れた以上、次はそう簡単にはいかないだろう。あれだけの完勝が出来るのは今回の一度だけだと練悟は考えていた。

 

「油断しないのはいいことだけど、悪いように考えすぎてもいけない。君は無傷で敵を退け、生徒や相澤君を助けてくれた。それが事実だ。そして、そのことに私は校長としてお礼を言わせてもらうよ。本当にありがとう!」

「いえ、そんな」

 

 練悟が謙遜すると、ゴホとオールマイトの口から咳が漏れた。

 

「……だが、その代償に君は奴らに目をつけられてしまった。警戒対象として。倒すべき脅威として」

「はい」

 

 去り際にあの男――死柄木弔と呼ばれた敵の首魁が残した憎悪の言葉。

 必ず殺す。

 そこに込められていた執念は、肌で感じられた。

 

「本当にすまない。私が遅れていなければ、最初からあそこにいれば、君が敵に狙われるようになることなど防げたというのに。平和の象徴として、謝罪させてもらう」

「そんな、頭を上げてくださいオールマイト!」

「しかし」

「俺がやりたかったからやっただけです。それだけで、あいつのことを助けられたなら安いものですよ」

 

 確かに、(ヴィラン)に狙われるというのが怖くないと言えば嘘になる。元々平和な世界で生きて、そして平穏な生活を望んでいた身なのだ。力があろうと、怖いものは怖い。

 けれど、自分があそこに行ったからこそ出久を助けられた。他の生徒や、相澤のことも。

 その事実は謝られるようなことではない。むしろ練悟にとって誇らしく、嬉しいものだった。

 

「だから、謝罪なんて結構です。というか、こういう時に相手に言うべき台詞が何なのかは、俺よりオールマイトのほうが知っているんじゃないですか?」

 

 練悟が問うと、オールマイトは驚いたように目を見張った。

 しかしすぐに練悟が望む言葉が何なのかに気づいたのだろう。

 骨ばった顔を気持ちのいい笑みの形に変える。

 

「――ああ、そうだった。ありがとう、気藤少年」

「どういたしまして」

 

 謝罪ではなく、感謝の言葉。

 それすら欲しいというわけではないが、もし言葉をくれるのならば、嬉しいのは断然そちらだった。

 

「君は強いな。ヒーロー向きだ」

「オールマイトにそう言ってもらえるとは光栄ですね。でも、本当にヒーローに向いているのは、俺の幼馴染のような奴ですよ」

「緑谷少女か」

「ええ。だからこそ、オールマイトもイズを認めて、力を渡したんでしょう?」

 

 オールマイトは力強く頷いた。

 

「その通りだ。彼女ならば私の後継、すなわちこの力を受け継ぐに相応しいと――」

「? どうしました?」

 

 突然ぴたりと言葉を止めたオールマイトに訝しんで首を傾げる練悟。

 対してオールマイトは、それどころではないという焦りを顔に張り付けて練悟に勢いよく迫った。

 

「なんで知ってるの!?」

「いや、俺の個性で。オールマイトと同じ感じの気がイズの中にあって、同時に突然個性が発現したなんて言うんですから、そりゃ関連を疑いますよ。それに、海浜公園で見た時のオールマイトと、イズに個性が出てからの今のオールマイト。明らかに気が弱まっていますし。オールマイトの個性って他人に渡せるものだったんですね」

 

 つまりは練悟の個性で完全に確信を得ていたというわけで。

 決して明かしてはいけない秘密があっさり一人の生徒に人知れずバレていたことに、オールマイトは戦慄に身を震わせた。

 

「ホーリーシィイーット!」

「オールマイト、君ねぇ」

「いや、校長先生! さすがにこれは防ぎようが! それよりも、気藤少年!」

「はい?」

「このことは、誰にも……!?」

「言っていませんよ。この事実が広まれば、混乱が起こることは目に見えています。俺は平穏が好きなんです。わざわざ乱したいとは思いません」

「ほっ……! ではすまないが、このことは以後も秘密でお願いするよ。いやマジで」

「わかりました」

 

 しーっ、と人差し指を立ててジェスチャーするオールマイトに、練悟は真面目な顔で頷いた。

 オールマイトは胸を撫で下ろし、肩から力を抜く。

 

「すまない、ありがとう。また後で、君にも私のことを説明しておくとしよう。既に色々知られてしまったからね……こうなれば、半端な情報ではなく正確な情報を知っておいたほうがいいだろう」

「わかりました。お願いします」

 

 と、練悟が答えたところで、今度は根津が口を開いた。

 

「話はついたかな? それじゃあ、今日の本題に入ろうか!」

 

 本題。つまりは練悟への事情聴取以外にも何か練悟を呼んだ目的があるという事だ。

 考えるも特に思いつかず、練悟は素直に校長の話に耳を傾けることにした。

 

「君は先日の襲撃事件で、敵の組織――(ヴィラン)連合に目をつけられた。相手にワープの個性持ちがいる以上、君の安全確保はこのままでは不安が残る」

 

 そこで、と根津は声を張り上げた。

 

「特例となるが、君をヒーロー科に編入させようという意見が出たのさ! ヒーロー科の先生は実戦経験豊富なプロヒーローだし、今年からはオールマイトもいる! 生徒諸君も実践的な授業が多いから、君の自衛能力の向上も図ることが出来るというわけさ!」

 

 この時期での編入は異例も異例。本来であれば、体育祭などの成績を鑑みて二年次から編入するものなのだ。

 しかし、今回の場合は急を要するとして、特例での編入が会議で認められたのである。

 

「ついでに言えば、君の強さは既に証明済み。更には友人を助けるために危険に立ち向かったことから、精神性も太鼓判さ! あとは個性把握テストと筆記試験で合格となれば編入となるわけだけど……どうだろうか!」

 

 その提案を受けた練悟は、軽く目を閉じた。

 

 ――当初、練悟は事務仕事で平穏な生活を送る予定だった。

 出久と知り合ってからは、ヒーロー事務所の経営で、少しは危険だがそれでも平穏な生活を送る予定でいた。

 しかし、今回の一件でそんな生活はもう望めないだろう。良くも悪くも、こうして力を表に出して敵方に目をつけられてしまった以上は。

 過ぎた力は厄介事を引き寄せる。だから練悟はこれまで無個性だと嘘をついてきたのだ。

 当初の望みから考えれば、今の状況は決して望まないものだ。

 けれど、後悔はなかった。

 出久という友人を助けることが出来た。他にも多くの人が傷つかずに済んだ。

 ならそこに後悔などあるはずがない。

 

 ――まぁ、こうなるのが運命だったってことかな。

 

 苦笑と共にそう現状を受け入れた練悟は閉じていた目を開けると、根津に対して深く頭を下げた。

 

「わかりました。よろしくお願いします」

「こちらこそ、大人の都合で振り回して申し訳ないのさ! だがその分、雄英が君を精一杯サポートする! 何かあれば言ってほしい。必ず、力になることを約束するのさ!」

 

 力強い声でそう確約してくれる根津と、その横で頷くオールマイトに、練悟は笑顔でありがとうございますと返した。

 こうして、入学から約一週間という前例のない短期間でのヒーロー科編入が決まったのであった。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、編入生だ」

「一部の人ら以外は初めまして。元経営科の気藤練悟です。よろしくね」

「相澤先生の復帰早ぇし、まだ四月なのに編入生だし、それがあの時緑谷をお姫様抱っこしてた奴だし、突っ込みが追いつかねぇ――ッ!」

 

 あのUSJ襲撃事件の翌日は休校だったため、この日は二日後。

 包帯ぐるぐる巻きの相澤先生に促されて教室に入った練悟が自己紹介をすると、騒がしい男子から騒がしい声が上がった。

 練悟がちらりとそちらを見ると、声を上げたのは出久曰くクラスの盛り上げ役、上鳴電気や瀬呂範太らであった。

 何を隠そう、練悟は出久に訊いてこのクラスの面々について予習していたのだ。出久は趣味のヒーロー分析によって、人の特徴や個性を覚えるのが得意なため、その特技を生かした形だ。

 それに、出久曰く、皆やさしくて積極的だからすぐに仲良くなれるよ、とのことだ。

 しかしてそれを証明するように、次々とクラス中から質問の声が上がった。

 

「はいはーい! あたしめっちゃ聞きたいことがあるんだけど! 気藤と緑谷の関係は!?」

「あ、それ私も聞きたい!」

「ハァハァ、緑谷の小柄豊満ボディに触れた感想……」

「クソかよ」

「お前があのデケェ(ヴィラン)ぶっ飛ばしたんだろ!? どんな個性だ!?」

「あのパワー、普段はどんなトレーニングしてるんだ?」

「君のビームと僕のビームだと、僕のほうが美しいとは思わないかい☆」

「おいお前ら、話の途中」

 

 相澤が包帯の隙間からじろりと教室内を睨みつけると、一秒前まで騒いでいたのが嘘のように静まり返る。

 入学から二週間もせずにすっかり教育されている彼らを見て、こんなにクセの強そうな連中を相手にそれを為した相澤に畏怖を覚える練悟だった。

 

「緑谷や蛙吹、峰田は聴いていたかもしれんが……あの時、去り際に(ヴィラン)がこいつを名指しで報復対象にすると口にした。そのことから安全性を鑑みて、実戦的なプロヒーローが担任を勤め、自衛能力を鍛えることが出来るヒーロー科への編入が特例で決まった」

 

 練悟が出久に目を向けると、たまたま練悟を見ていた彼女と目が合った。

 笑いかけると、出久は少し顔を赤くしながらも微笑み返してくれる。

 その様子を見ていた芦戸の目が獲物を見つけたように光った。

 そんな生徒の様子に気づいているのかいないのか、相澤は教室の後ろに急遽増やされた机を示して、練悟にそこに座れと指示を出した。

 

「これだけ急いだのは、それが理由の一つだ。そしてもう一つ……まだ戦いが終わってねぇ以上は、こいつにも早く壇上に上がってもらわないといけなかったからだ」

 

 相澤のその一言に、クラスがざわりと揺れた。

 

「戦い?」

「まさか……」

「まだ(ヴィラン)が――!?」

 

 しかし、答えはそうではなく。

 

「雄英体育祭が迫っている」

「クソ学校っぽいのキタァアアッ!!」

 

 答えは雄英体育祭。

 学校側が練悟の編入を急いだのは、それがもう一つの理由だった。

 

 

 

 

 

 

 個性登場初期、個性とはすなわち異常であった。

 しかし代を経るにつれ、異常は日常となり、架空であったことは現実へと置き換わった。

 常識の変化、人間という規格の変遷によって、多くの業界が変革を求められた。

 

 スポーツ業界もその一つだ。

 現代において、かつてスポーツの世界的祭典として国際的な盛り上がりを見せたオリンピックは、今や人口も規模も縮小化し、完全に形骸化している。

 何故か。それは、この個性社会においてスポーツを行うのは無理があったからだ。

 

 スポーツとは定められたルールに則って勝敗を競うものだが、そのルールはそもそも個性登場以前の人間の規格に照らし合わせたものだ。

 当時は個々人における差異など誤差であり、大多数の人間がおおよそ同じ肉体と性能を持っていた。だからこそ、それを基準として様々なルールが定められてスポーツという形を成すことが出来たのだ。

 

 しかし個性の登場によって、その基準はあっけなく崩れ去った。

 

 陸上ならば速く走れる個性が、水泳ならば速く泳げる個性が、格闘技ならば増強型の個性が有利なのは当然だった。異形型に関してはそもそも体のサイズや形状からして異なる。それを既存のルールに当てはめることは不可能だった。

 どうスポーツを行っても、有利な個性を持つ者が勝つのが当然となったのは自然だった。かといって個性を抜きにすると、今度は差別だと騒ぐ団体が現れた。

 それでなくても、個性という派手な能力が現れたのだ。観客は見ごたえがある個性を用いた競技を求めた。しかし、スポーツという形ではそれを達成するのは容易ではなかった。

 

 さらにスポーツ業界に痛手だったのは、社会的な混乱があまりにも大きく、早い段階でそれらへの対策を協議できなかったことだ。

 特に日本では一人の巨悪が台頭したこともあって、とてもではないがそんな余裕などなかったのである。

 そうしてようやく改革に取り掛かれる状況になった時。既に人々は個性を用いないスポーツそのものに対する興味を失っており、ルールを整えるまでもなくスポーツ業界は衰退の一途をたどったのである。

 結局、スポーツ業界は個々人で大きく異なる個性を取り入れたスポーツの開発には至らず、またその余裕もなくなり、今では文化遺産的な意味でオリンピックを行い、無個性向けの大会を細々と開催する程度にまで縮小化したのである。

 

 そんな中、人々の注目を集めたのが、雄英高校が行う体育祭だ。

 広大な敷地と十分な会場施設を有する雄英だからこそできる、超大規模な体育祭。ヒーロー科を擁することからその訓練も兼ねるこの大会は、当然のように個性の使用あり。

 年ごとに競技を変えつつ様々な個性が飛び交い競う様が見れるこの催しは、かつてのオリンピックに代わるように人々から求められた。

 その結果、それだけの需要があるとわかっている雄英体育祭に企業やマスコミが食いつかないわけがなく、多くのスポンサーや取材が舞い込んだ。

 

 それらに対する諸々の大人の事情をなんやかんやした結果、全国放送までされる日本国民の一大注目イベント――現在の雄英体育祭の姿が出来上がったのである。

 

 

 

 

 

 

「個性の使用が厳しく規制された現代社会で、個性を存分に用いた競技が見れる場は少ない。だからこそ多くの人がこの体育祭を見るわけだが……見ているのは何も、一般人だけじゃない」

 

 相澤はそこで生徒らの顔を見渡した。

 

「プロのヒーローもまた、この体育祭を見ている。サイドキック(相棒)へのスカウト目的でな。サイドキックを経験して独立するのが名のあるヒーローの王道。ここで活躍して名を売れれば、一気に将来の道が拓けるわけだ」

 

 誰もが未来への期待に目を輝かせ、相澤の話を聞いている。

 そう、雄英体育祭は雄英高校に通う三年間のみ、年一回・計三回だけ雄英の生徒に与えられる、将来ヒーローとして大成するためのビッグチャンスなのである。

 今回の編入が急がれたのもそのためだ。ヒーロー科生徒となる練悟がそのチャンスを逃さないよう、体育祭前の編入となったのである。

 

「あの襲撃の後だが、逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示すってのが上の考えだ。警備は例年の五倍に増やす。安心して挑めお前ら。以上」

 

 その言葉を最後に今日のHRは終わった。

 相澤が教室を出ていく。

 となれば始まるのは当然――新たなクラスメイト、練悟への質問だった。

 

「あたし、芦戸三奈! で、で、さっきの質問の答えが聞きたいんだけど! ってかさっき目と目で会話してなかった!?」

「私も聞きたーい! あ、私は葉隠透ね。見ての通り、透明人間!」

 

 と、早速練悟のもとにやってきた二人に、練悟は苦笑する。

 女子高生のバイタリティってすげぇなぁ、とおっさんくさいことを考えつつも、二人の質問に答える。

 

「よろしくな、芦戸、葉隠。イズとは幼馴染だよ。あと勝己とも」

「え、そうなの? そっか、緑谷と幼馴染なら爆豪ともそうなるよね」

「爆豪君と幼馴染かぁ。大変だったね!」

「どういう意味だコラぁ!」

 

 聞こえていたらしい爆豪が、遠くで文句の声を上げた。

 ひぇ、と声を上げて後ずさった葉隠。それに対して、自然とその前に身を出して、練悟は勝己に苦言を呈する。

 

「こら、勝己。いつも言っているだろ、ヒーロー目指すならその口調は改めなさいって」

「テメェは俺の母親か、クソザコがぁ! ぶっ殺すぞカス、死ね!」

「相変わらずひでぇ言葉遣いだな爆豪」

「気藤の言は尤もだ」

 

 平常運転の爆豪に、切島と常闇がため息交じりにこぼした。

 

「ったく。悪かったな、葉隠に芦戸。俺が勝己の名前出さなきゃ良かったな」

「あ、ううん。大丈夫だよ、慣れてるし」

「ねー」

 

 あっけらかんと言う葉隠の言葉は真実だった。

 この短い間にあって、既に爆豪はもうああいうもんだと受け入れられているのである。A組の懐が深いと言えばいいのか、諦めが早いと言えばいいのかは微妙なところである。

 

「いや、でも悪いよ。そうだな、二人とも、今度一緒に買い物とかどうだ? そこで埋め合わせでも」

「え?」

「いやー、それは」

「……レンくん?」

 

 さらっとデートに誘おうとしていた練悟だったが、それは底冷えのする声を出しつつ笑顔を向けてくる出久の存在によって中断させられる。

 

「や、イズ。怪我はもう大丈夫みたいだな、安心したぞ」

「リカバリーガールのおかげだよ。それより、何しようとしてたの?」

「ああ、いや、つい。おっと、そこにいるのは蛙吹か。あの時はあまり話せなかったけど、よろしくな」

 

 じっとりと睨みつけてくる出久から目を逸らした練悟は、視線の先に見つけた見知った顔に声をかけた。

 呼びかけられた蛙吹は、練悟のことをじっと見つめた。

 

「梅雨ちゃんと呼んで。気藤ちゃん、改めてお礼を言わせて頂戴。あの時は救けてくれてありがとう」

 

 突然の感謝。驚く練悟だったが、それがUSJでのことだと思い当たると、柔らかい表情で首を小さく横に振った。

 

「気にしなくていいぞ、梅雨ちゃん。俺は出来ることをやっただけだし、これからはクラスメイトなんだ。貸し借りとかはナシでいこう」

「ケロ。ありがとう、気藤ちゃん」

「まぁ、もし気が済まないなら今度一緒にどこかに――」

「レンくんっ!」

 

 葉隠・芦戸の時と同じことをしようとした練悟に、いよいよ出久の怒声が響いた。

 そのまま出久にお小言を言われ始める練悟。しかし全く懲りていなさそうな顔でそれを聞いている姿を見たおおよその生徒は、彼の性格を大体掴んでいた。

 

「なるほど」

「あいつはああいうキャラか」

「……」

「おのれッ……イケメンでモテようとしやがる奴は、オイラの敵だぜ……!」

 

 障子、上鳴、口田がそう得心を得たように頷く横で、峰田は清々しいほど思いきり練悟のことを妬んでいた。

 

「それで結局、気藤の個性は何なんだ? あ、俺は砂藤力道な」

「それは俺も気になるな。尾白猿夫だ」

「よろしく、二人とも。そうだな……俺の個性は、これだ」

 

 言って、練悟は右手の掌を上に向けると、その中にビー玉サイズ程度の小さな光を出現させる。

 小さくも周囲を照らす光に、多くの生徒がよく見ようと寄ってきた。

 

「なんだ、これ?」

「光の玉?」

 

 二人の言葉に、練悟は頷く。

 

「俺の個性は「気」だ。よく気功とかっていうだろ? ああいう生命に宿っている生命エネルギー、すなわち気を操るのが俺の個性だよ」

 

 ぐっと光の玉ごと手を握って、それを消す。

 集まっていた全員に、練悟は説明を付け加えた。

 

「全身に気を巡らせれば身体強化になるし、今見せたように凝縮してエネルギーとして外に出すこともできる。さっき、あー……青山が言っていたビームってのは、後者の応用だな。俺は気功波って呼んでるけど」

「なるほど。パワーやスピード、全体的な能力の底上げで近距離に対応し、遠距離はその気功波で対処できる。素晴らしい個性じゃないか!」

「ええ。それに(ヴィラン)を撃退したということから、その練度も相当な物だと思われます。これは体育祭に向けて、強敵出現ですわね」

「そういう遠近で高レベルにまとまった個性は羨ましいよ。ウチの個性はパワーが不足しがちだし」

「確か、飯田に八百万、耳郎だったかな。ありがとな、三人とも。この個性は俺も気に入っているんだ」

 

 なにしろ、前世で大好きだった漫画に出てきた能力だ。それがそのまま自分で使えるというのだから、気に入らない筈がない。

 まぁ、それはそれとして。

 

「ところで二人は、空いている日とかイテテテっ!」

「もうっ、何度言ったら分かるのさ! 軽々しく女の子を誘ったりしないの!」

 

 練悟の耳を引っ張るのは、頬を膨らませた出久である。

 わたしには言わないくせに……、という囁きを拾ったのは耳がいい耳郎だったが、彼女はそっと聞いた内容を胸にしまい込んだ。

 彼女はきちんと気が使える女の子なのだ。なお、あとで追及する気がないとは言っていない。

 

「でも、なんか意外。なんでヒーロー科への編入が認められるほど実技も出来たのに、経営科におったの?」

 

 練悟は口元に指を当ててそう言った女子を見た。麗日お茶子。彼女のことはよく知っている。何故なら出久の口からよく出てくる女子の名前だったからだ。

 出久にとって一番仲がいい子なのだろう。だからこれまでのようなお誘いはかけない。これまで友人もあまりいなかった出久の、大事な親友なのだ。手を出すわけがない。

 反射的にぴくりと誘いに動こうとして、瞬時に反応した出久が怖かったからでは決してないのだ。

 そして、そんな麗日の疑問に、全員がそういえばとばかりに練悟のことを見つめた。

 

「あー、それはな。もともと俺はヒーローじゃなくて、ヒーロー事務所の経営を将来するつもりだったからその勉強のつもりで経営科を選んだんだよ。こいつが」

 

 ぽん、と出久の頭に手を乗せる。

 

「絶対にヒーローになるって言うからさ。ヒーローになった時に、事務所の運営をする人間は必要だろ? だからかな、理由は」

 

 頭を掴んでぐらぐらと出久の体を揺らしていると、耐えかねたのか練悟の手は出久に掴まれてどけられた。

 練悟がちらりと出久を見ると、さっきから続く他の女子へのモーションもあって、すっかりへそを曲げているのか、ぷんすか怒っていた。

 それを宥めようとして、あれこれと話しかけ、最終的に次のお休みは何でも付き合うことでどうにか許してもらった練悟。

 

 そんな二人の様子を、女性陣は揃って生温かい目で見ていた。放課後、絶対に出久に問い詰めようと思いながら。

 男性陣は肩をすくめるだけの者が多かったが、二名は女子とイチャついているようにしか見えないやり取りを、わかりやすく羨ましがっていた。勿論、峰田と上鳴の二人である。

 なお、爆豪は鬼もかくやと言わんばかりの形相になっていた。君、子供の頃に素直にならなかったから……。

 

「なぁ」

 

 と、そこでこれまで皆の輪に入っていなかった、爆豪を除く唯一の生徒が声をかけてきた。

 

「おっと、確か轟……だったよな。何か聞きたいことが?」

 

 朗らかに答えた練悟に、轟は淡々と応じる。

 

「いや……そうじゃねぇが、先生来てるぞ」

 

 指をドアに向ける。

 全員が、そこを見た。

 そこには、教科書を手に持ってじっとこちらを見つめているプレゼント・マイクの姿が!

 

「HEEEEEEEY!! リスナー諸君!! 俺の授業を前におしゃべりに夢中とは、先生ちょっと泣いちゃうぜエェェイェアァ!」

「わああああぁ、すみません、プレゼント・マイク先生!」

「すぐ席に着きますー!」

 

 慌ただしくそれぞれの席に戻っていき、教科書を急いで取り出し始める面々。

 それを見ながら、練悟はさっきまで交わした彼らとのやり取りを思い出す。

 そして、口元に小さな笑みを浮かべた。

 確かに、出久の言う通り。この皆となら上手くやっていけそうだ、とそう思って。

 

 

 

 




ヒロアカ第3期の第2クールに使われたOPムービーはかなり攻めていましたね。
手袋と靴以外全裸の女子高生を映像のド真ん中、どアップで持ってくるとは……。
ありがとうございます。




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