You are MY HERO !   作:葦束良日

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ヒロアカの女の子はみんな可愛くてさ。
いいよね。


雄英体育祭に向けたそれまでの話

 

 

「君が来た! ってことを――世に知らしめてほしい!」

 

 昼休み。

 練悟や麗日、飯田らと一緒に昼食をとろうとしていた出久は、オールマイトに呼ばれて彼と一緒に仮眠室で昼食をとっていた。

 教師と女子生徒が密室に二人きり、と言うとなんだかアレであるが、オールマイトは出久にとって憧れであるし、オールマイトはヒーローの鑑ともいうべき人物。

 まして師弟関係である二人が一緒にいるのは、特に邪推するようなことではない。

 そんな中、昼食を食べ終わった後に出久が言われたのが、冒頭の言葉であった。

 

 雄英体育祭。

 全国で放送されるという事は、つまり多くの人が見るという事。そこでアピールすることが出来れば、多くの人に緑谷出久という存在を印象付けることが出来る。

 特段の活躍をすれば、仮に今後オールマイトがいなくなったとしても、次代が育っているという事実に人々は安心を得ることが出来るだろう。

 人々の心の安寧、それを支える柱となる。それがすなわち、平和の象徴になるということだ。

 だからこそオールマイトは、自身の力を受け継ぐ存在――出久にこそ、それを為してほしいと言ったのである。

 

「オールマイト……」

「ぶっちゃけ、私が平和の象徴でいられる時間って、もう長くない。先日のUSJで戦わずに済んだのは、皆には悪いが……少し助かった。力を使えば使うほど、私の活動時間は短くなっているからね」

「そんな……」

「だからこそ、新たな力は着々と育っているという事を見せなければならない! 人々に、そして(ヴィラン)に! その役割はやはり、君に担ってほしい。そう思ってしまうのだ」

 

 ぐっと思わず握りこんだ拳。それを下ろしながら、オールマイトは一息ついた。

 

「人救け……それが行動の根幹にある君にとって、他を蹴落とすことが本質である体育祭は気が向かないかもしれないが、しかし――」

「大丈夫です、オールマイト」

 

 出久はオールマイトの言葉を遮った。

 はっとしてオールマイトが出久の顔を見れば、そこには決意を秘めた凛々しい瞳が彼を見つめ返していた。

 

「わたしだって、本気で勝ちたい。わたしは大丈夫だってことを伝えたい人がいるんです。だから――わたしが来た、ってことを証明してみせます」

 

 それは紛れもなく体育祭で優勝を目指すという宣言だった。

 その力強い言葉に、オールマイトの口元には自然と笑みが浮かんだ。

 

「杞憂だったな……! 常にトップを狙う者とそうでない者……その差を君は既に知っているようだ」

「いえ、そういうわけではないんですが……その……」

 

 さっきの表情から一転、顔を曇らせた出久に、オールマイトは「ん?」と首を傾げる。

 

「……USJで、レンくんに救けられました。それが、わたしには少しショックだったんです」

 

 ぽつぽつと、出久はオールマイトに話す。あの時に感じた気持ちを。

 

「もちろん救けに来てくれたことは嬉しかったです。でも、わたしはきっと調子に乗っていたんだと思います。あなたに見出してもらって。力を授けてもらって。これからは、わたしがレンくんを救ける番だと――思い上がった」

 

 ぐ、と出久は俯いて拳を握りこんだ。

 

「それは個性の有無じゃない。個性なんて一度も使わなくても、今までわたしはレンくんに救けられてきました。なのに、わたしは個性を得ただけで舞い上がって、増長した。これじゃ、今までと変わらない。救けられる存在のままです」

 

 だから、と出久は顔を上げた。

 

「体育祭で成長した姿を見せたいんです。救けられるだけじゃないって証明したい。わたしは大丈夫、って胸を張って言えるようにならないと、到底「わたしが来た!」なんて堂々と言えないですから」

 

 だから、一位を目指す。

 そう改めて決意を表明した出久に、オールマイトは笑みを深めた。

 

 彼という存在に出久がどれだけ依存しているのか、それは訓練を課した十か月の間にも何度か感じた懸念事項だった。

 他人に頼ることは悪い事ではないが、頼り切っていてはヒーローになどなれない。だからこそ、練悟と出久の関係は慎重に取り扱わなければならないとオールマイトは憂慮していたのだ。

 しかし、蓋を開けてみればどうだ。彼女は自分できちんと気持ちに整理をつけて、より素晴らしいヒーローになろうとしている。

 師として弟子を心配するよりも、時には信じるほうが大切なこともある。

 そのことを強く実感し、自分はまだまだ師匠としては未熟だと痛感する。

 

 ――お師匠のようには、なかなかいかないな。

 

 そうは思うも、弟子の成長と決心が素直に嬉しいオールマイトなのだった。

 

「そう言える君ならば、大丈夫だろう。やはり君を選んだのは間違いではなかった」

「い、いえそんな……」

「それにしても、彼の為か。若いっていいなぁ」

「ぅえ!? い、いえいえオールマイト、わたしは別にそういう気持ちで体育祭に挑みたいわけではなくてですね単純に今まで心配ばかりかけていたから安心してほしいというかたまにはわたしも頼ってほしいというか守られるだけじゃなくて隣に立ちたいというかそれだけでして別にレンくんのことが好きとかそういうわけではなくて」

 

(すげぇ早口。っていうか、気持ち言っちゃってるぞ、緑谷少女!)

 

 しかしそこは突っ込まない。だって面倒くさいことになるに違いないから。

 なので、あわあわしながら言い訳を続ける出久の声を頷きつつ聞き流しながら、少し温くなったお茶をズズズとすするオールマイトなのだった。

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 A組の教室前には多くの一年生が集まっていた。

 理由は単純、(ヴィラン)の襲撃に耐え、生き残ったA組の生徒を、体育祭に向けた脅威として認識しているからだ。

 敵情視察。彼らがここにいるのはそれが理由だった。

 しかし、多くの生徒が集まっているせいでA組生徒が教室の外に出られないという事態になってしまっていた。

 

「ちっ。意味ねェからどけ、モブ共」

「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!」

 

 あまりの言い草に飯田が思わず苦言を呈するが、それに対して「いやいや」と声を上げた者がいた。

 というか練悟だった。

 

「勝己の言う事も一理あると思うぞ。言葉が足りてなさすぎるけど」

「どういうこと? レンくん」

「いや、ここで俺らのこと見に来たって、わかるのは顔と名前ぐらいだろ? 個性についてはわからないし、癖や特徴なんて一目見ただけでわかるわけがない。つまり、体育祭に向けて対策を練るという意味でなら、こうして見に来るのは全く意味がないってこと」

「なるほど。爆豪はそういう意味で言ったのか」

「さすがは幼馴染。よく理解している」

「クソザコ! てめェは何勝手なこと言ってんだ、殺すぞ!」

 

 納得の顔で頷く瀬呂と常闇だったが、当人である爆豪はいきり立って練悟を罵った。

 もはや聞き慣れた爆豪の罵詈雑言にA組生徒は涼しい顔だったが、初めて聞く周囲の生徒は「ヒーロー科……?」と呟きA組の札を見て、ここがヒーロー科であることに間違いがないかを確認していた。仕方ないね。

 

「さすが、一足飛びにヒーロー科に編入された生徒は考えが深いね」

 

 そんな中、人をかき分けて出てきたのは、紫色の髪を逆立てた目元の隈が濃い生徒。

 彼は練と爆豪にそれぞれ目を向けると、淡々と口を開いた。

 

「ヒーロー科への編入は結果を出せば認められるのは、そこの彼を見ればわかるだろ。なら、体育祭で結果を残せばその道が見える。少なくとも、俺はそれを目指す」

 

 そして、今度はクラス中を見渡す。

 

「俺が今日ここに来たのは、敵情視察の為じゃないよ。あまり調子に乗ってると、足元ゴッソリ掬っちゃうぞ、っていう宣戦布告をしに来たつもり」

 

 面と向かって言われた、お前らに勝つという宣言。

 それを受けたA組の面々は、自分たちがこうも露骨に敵として見られているのだという事実を改めて感じ取り、表情をこわばらせた。

 なお、爆豪はそれだけの敵意を受けても表情一つ変えなかった。何故なら彼は敵意を受けることに慣れているから。主にその言葉遣いのせいで。

 と、各々が彼の宣言を自分なりの形で受け止めていると、今度は人垣の後方からまた違う声が上がった。

 

「隣のB組のモンだけどよォ! (ヴィラン)と戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよッ! なんか――」

「あ、すまん。その件の詳細は学校や警察から止められてて、どのみち話せないわ」

「え、そうなのか。――んじゃ、騒がせて悪かったなァ!」

 

 しかしその声を上げた人物は、練悟が事件については話せない旨とその事情を説明すると、あっさり納得して帰っていった。

 なんだったんだ……、というのが全員の感想であった。

 

 

 ともあれ、そんなひと騒動がありながらも、徐々に人は去っていき。ようやく教室から出ることが出来るようになったA組一同は、それぞれが思い思いに帰路についていた。

 練悟も自分のバッグを肩にかけて、出久に手を振る。

 

「おーい、イズ。帰ろうぜ」

「あ、レンくん! うん、ちょっと待――」

 

 応えようとした出久の言葉は、さっと横から現れた人物らによって途切れた。

 

「いやいや、出久ちゃんはうちらと帰ろうね」

「あたしら一杯聞きたいことあるからさー」

「ごめんなさい、気藤ちゃん。少し緑谷ちゃんを借りるわね」

「あ、うん……」

 

 麗日と芦戸に両腕をがっちり捕まえられた出久は、瞬く間に女性陣に引き連れられて教室から出て行ってしまった。

 それを呆然と見送った練悟は、仕方ないかと昇降口に向かう。

 一応、途中で爆豪に一緒に帰ろうと誘ってみたのだが、死ねクソボケカス殺すぞと返ってきたので諦めて、練悟は一人で帰ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 で、夜。

 出久を彼女が綺麗に掃除した海浜公園に呼び出した練悟は、小走りにやってきた出久を見て、小首を傾げた。

 

「……なんでそんなに顔が赤いんだ?」

「なんでもない! なんでもないから、気にしないで!」

「お、おう」

 

 なぜだか必死な様子で練悟の問いをシャットアウトしつつ、視線ではちらちらと練悟のことを窺っている出久。

 その挙動不審な姿に、放課後の女子会で何か言われたなと察した練悟は、とりあえず口を噤んだ。

 

「その、それで、話って?」

「ああ。個性の話だ」

「な、なんだ。そっちか……」

 

 何故だかほっと胸を撫で下ろした出久に、練悟はその理由を薄々察しつつ、ひとまずそのことは置いておく。

 

「まず伝えておくが、俺はお前の個性のことを知っている。オールマイトから聞いた」

「え……ぇえええ!? し、知ってるの!? レンくん!?」

「ああ」

 

 おおげさに驚く出久に、しかしそれも無理もないかと練悟は思う。

 

 ワン・フォー・オール。聖火の如く引き継がれてきた、個性を譲渡する個性。

 一人が力を培い、その力を一人へ渡し、また培い次へ――。救いを求める声と義勇の心が紡いできた、力の結晶。

 

 あの校長室での会合の後、オールマイトはそう言って自身の力のことを練悟に明かした。

 練悟がその時居合わせなかった、ヘドロ事件。巻き込まれた爆豪を救けるために飛び出した出久にヒーローの本質を見たオールマイトは、自身の後継者に相応しいと判断して出久にその個性を譲渡したのだと。

 同時に知らされたオールマイトの弱体化。活動時間の限界。うっすらと、だが確実に弱っていく気はそういうことか、と練悟は納得したものだった。

 

「ワン・フォー・オール……大変なもの背負っちまったな、イズ」

「うん……。でも、わたしは後悔してないよ。だって、夢だったから」

 

 ――わたしの夢……オールマイトみたいに、人を笑って救けるヒーローになるんだ!

 

 幼い頃、そう言って瞳を輝かせていた出久の姿が練悟の脳裏に蘇った。

 無個性ゆえに、ヒーローになるという事さえ……もっと言えば、ヒーローを目指すという事さえ難しかった少女。一度はその夢を諦めそうになってすらいたというのに。

 今では、憧れであったオールマイト本人に認められた後継者として、その期待を一身に背負っている。

 出久の努力と意志。そして何より、誰よりもヒーローとしてあるべき心を持っていた出久だからこそ、掴むことが出来た夢への道標。

 その自らが勝ち取った力を確かめるように拳を握りこんだ出久は、真っ直ぐ顔を上げて強い眼差しで練悟を見た。

 

「大変かもしれないけど、大丈夫。だから見ていて、レンくん。わたしが、ヒーローになるところを」

 

(ヒーローになる(・・)、か)

 

 ――ヒーローになりたい。

 

 そう言っていた昔とは違う。

 届かない夢ではない。既に見据えるべき目標になっているのだ。

 幼い頃から時に助け、見守ってきた少女が、今ではこんなに立派に自分がなるべき姿を見定めて、歩くようになった。

 そう思うと、感慨深くもあり、それでいて寂しくもある。複雑な気分だった。

 

 しかし、嬉しい事であることに変わりはない。

 だから練悟は笑うと、思いっきり出久の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。

 

「わわ、わぁっ! な、なに!?」

「いやー、なんか昔のことを思い出してな。つい」

「昔を思い出したからって、なんでわたしの頭をいじるの!?」

 

 まったく、一応セットしてきたのにぐしゃぐしゃだよ……とかなんとか言いながら、手櫛で髪を直し始めた出久に、練悟は言う。

 

「お前のファン一号、なってよかったよ」

「え? あ、そういえば最初に会った時、そんなこと言ってくれたね」

 

 懐かしい、と出久が当時を思い返して微笑む。

 

「オールマイトだけじゃない。俺だって、お前に期待してるんだぜ。お前ならなれるさ、最高のヒーローに」

「――うんっ!」

 

 清々しい笑顔に決意を覗かせて頷いた出久は、活力と希望に満ちていた。

 その溢れ出んばかりのやる気を見て、今から話す提案はきっと出久の助けになるだろうと確信しつつ、練悟は口を開いた。

 

「それで、本題なんだが」

「え? わたしの個性のことが本題じゃなかったの?」

「ああ、それはあくまで前提の話。本題はこっからな」

 

 言葉を区切り、練悟は真剣な顔で出久を見つめる。

 

「イズ」

「うん」

「ちょっと付き合ってほしいんだが……」

「つきっ!?」

 

 途端、出久が素っ頓狂な声を上げてのけぞった。

 

「? どうした?」

「い、いいいいや、なんでもなんでもないよ!」

「そうか? で、だ。体育祭まで二週間あるだろう。そこで、イズの個性のトレーニングを一緒にしないか、という誘いなんだ」

 

 言うべき本題を練悟が伝えると、出久は固まった。

 

「………………わかってたけどね!!」

 

 その後、やけくそのように叫ぶ出久の声には、どこか哀愁にも似た感情が滲んでいた。

 

「いや、一体何が――ああ」

 

 最初は怪訝に出久を見ていた練悟だったが、出久がそうなった理由に思い至ると、どこか悪戯めいた笑みをその顔に浮かべた。

 

「まぁ、イズもお年頃だしな。そういう方面に捉えても仕方がないか」

「なっ! ち、ちがっ……!」

 

 まさか自分の気持ちに気づかれたかと思った出久は慌てて否定するが、それだけでは練悟の悪ノリは止まらなかった。

 出久をからかおうと、更に言葉を続ける。

 

「そういうことなら俺もやぶさかではないけど、今は性欲よりも体育祭に向けた――」

 

 が、その言葉は途中で途切れた。顔を真っ赤にした出久が、拳を振りかぶったことで。

 

「~~っ! っい、言うに事欠いて性欲とは何だ、バカぁあ――ッ!!」

「ぬおわぁッ!」

 

 何故か(・・・)紫電を纏っていた右腕が振り抜かれて、練悟の腹に直撃する。

 瞬間、練悟は地上に対して水平に吹っ飛んでいった。

 ワン・フォー・オールが発動していたのだ。

 

「って、えッ……!? レンくん……!?」

 

 慌てて出久は吹き飛んだ練悟を見た。少し離れた砂浜に落ちた練悟は、すぐに立ち上がって腹を抑えている。

 痛そうだが、無事ではあるようだ。ほっとした出久は、思わず腰が抜けて地面に座り込んだ。

 

 しかし、どういうことだろうと出久は思い返す。

 出久は今、ワン・フォー・オールを使うつもりはなかった。あくまでじゃれ合いの延長で手を出しただけだったのだ。

 怒りや羞恥、それによって一瞬だけ箍が緩んで個性が発動してしまったらしい。

 だというのに。

 右腕は折れていなかった。そして、傷も一つとしてついていなかった。

 

「今、つい個性を……。腕、壊れてない……ってことは今の、ワン・フォー・オールが制御できてた……!?」

 

 呆気にとられたように自身の腕を見下ろす出久。

 そこに、吹き飛ばされていた練悟がダッシュで戻ってきた。

 

「イズ! お前今の、俺が相手だったから良かったものの!」

「ご、ごめん! 本当にごめん!」

 

 完全にやりすぎたという自覚はあったので、出久は平謝りする。

 練悟も、出久が本当に申し訳なさそうにするので、溜息を一つ吐いてすぐに許した。

 そして、落ち着いたところで二人は話す。

 今、個性を使ったはずの出久の腕が壊れていないことについて。

 

「……制御できてたってことか?」

「うん。今までは腕が壊れてたのに……」

 

 右手を開き、閉じて、また開く。

 問題なく動くことを確認して、出久はやはり腕が無事であることに首を傾げた。

 

「これまでとの違いは? 何か思い当たるか?」

「本気でムカついてた」

「それ以外で」

 

 怒りを思い出したのか、少し怖い顔つきになった出久を見て、即座に練悟はそこから話を逸らせた。

 

「うーん……あ! ――初めて、人に向かって撃った、かも」

 

 自信なさげに言う出久に、練悟は頷いた。

 

「それかもな。無意識に力をセーブして、ブレーキがかかったのかもしれない。あとイズ、さっきのってワン・フォー・オールの100%じゃなかったろ?」

「う、うん。たぶん、10%ぐらいだったと思う」

 

 仮に100%だったら、練悟はもっと大怪我を負っている。しかもそれは練悟だからそれだけで済むのであって、並の人間であれば即死だろう。

 なにせオールマイトの全力と同義なのだから。

 つまり、こうして痛みも既にほぼ回復して無事でいられているという事実が、あのパンチが100%でなかったことを証明しているのだ。

 

「だとすれば、偶然の一回だけとはいえ、人が死なない……かつ腕が壊れない出力に制御出来たってことか……」

 

 呟きつつ考え、練悟はパンと柏手を打った。

 

「なら、やることは簡単だな。今の感覚をイメージして、ひたすら反復練習! これだ!」

「これだ! って言っても……学外じゃ個性の使用は出来ないよ?」

「そう思って、先にオールマイトに話を通しておいたんだ。オールマイトだって雄英の教師なんだ。だから、こうして許可を出せる」

 

 ぴら、と練悟が取り出したのは一枚の書類。

 その書類の末尾には署名欄があり、そこには大きく「オールマイト」と書かれていた。

 

「あっ、放課後の施設使用許可証?」

「そう。トレーニングルームの一つを借りられた。体育祭前のこの時期は二、三年生の先輩の予約でほとんど埋まるらしいけど、さすがは敷地面積がえげつない雄英だ。校舎内以外にもそういう施設はあって、そこなら一か所空いてたよ」

 

 あの事件の後だから学内に残っていい時間は必ず守るように厳しく言われたけどな、と練悟は笑った。

 対して出久は、ぐっと拳を握りこんだ。やる気が胸の内から湧いてくる。

 

「つまり、これなら……!」

「ああ。個性を使った訓練が積めるってわけだ。さっきの付き合ってほしいっていうのは、これのことだ」

 

 もともと、出久をここに呼んだのはこのトレーニングの件を伝えるためだ。

 いろいろと脱線してしまったが、本題はこれ。ワン・フォー・オールの制御訓練を一緒にやらないか、というお話だったのである。

 

「使うたびに腕や足を壊してたんじゃ、体育祭なんていう長丁場、もたないぞ。だからこその提案だ」

「ありがとう、レンくん! でも、いいの? わたしの訓練に付き合ってくれるってことでしょ?」

 

 申し訳なさから表情を曇らせる出久に、練悟は大丈夫だとその心配を否定する。

 

「俺も一緒に自分を鍛えるから、いらない心配だよ。気にするな。……で、やるか? やらないのか?」

 

 そう問われた出久の答えは、一つしかなかった。

 

「――やる!」

「そうこなくちゃな」

 

 決然とした面持ちで頷いた出久に、練悟はにやりと笑う。

 こうして、二人の放課後特別トレーニングの決行が決まったのであった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、明日から放課後は一緒に特訓だ。気張っていくぞ!」

「うん!」

 

 そう気合たっぷりに頷き合って別れた帰り道、出久は今すぐにでも体を動かしたい衝動をこらえながら、胸の前に自身の手を掲げて今日のことを思い返していた。

 普通科の生徒からの宣戦布告。教室前に集まっていたあれだけの生徒が一位になるために体育祭に挑む。

 みんなライバルなのだ。A組のみんなも、爆豪も、練悟でさえも。

 

(そしてみんな、体育祭に向けてきっと頑張ってる! なら、わたしも負けていられない!)

 

 掲げた手を、握りこむ。

 拳がわずかに震えるのは、武者震いだった。

 

(せっかくレンくんがくれた成長の機会! きちんと活かしてみせる! そして、見せるんだ! わたしが成長した姿を!)

 

 そう決意を込めて、空を見上げる。瞬く星に体育祭での優勝を誓いながら――。

 ふと、出久はあることに気づいた。

 

(レンくん……そういえば……)

 

 それは、練悟が出久のことをからかってきたときの一言。

 

 ――そういうことなら俺もやぶさかではないけど(・・・・・・・・・・)……。

 

 その一言を、出久は思い出した。

 

(…………………………え!? それってつまり、どういうこと!?)

 

 つまりそれは、練悟も自分のことを……?

 

(いやいやいやいやいや、おち、おちち、落ち着けわたし!)

 

 必死に心を落ち着かせようとする出久だったが、一度激しく鼓動を刻みだした心臓はなかなか言うことを聞いてくれなかった。

 そしてそれは帰路の間も、家に帰ってからも、お風呂に入っている間も、就寝時間になっても続き……。

 

 

 翌日。

 

「おはよう……」

「ああ、おは――イズ!? 目の下の隈が凄いぞ! どうした!?」

「聞かないで……」

 

 ぎょっとして叫んだ練悟に、出久は一言だけ呟いて目を逸らした。

 結局ほとんど眠れなかった出久は、悶々とした気持ちを抱えたまま朝を迎えることになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで二週間。

 競技内容の決定や個々人の準備を含む体育祭に向けた猶予期間は、あっという間に過ぎ去っていき。

 

 今日、四月も終わりに近づいた快晴の日。

 

 生徒それぞれ、様々な思いが渦巻く中。ついに雄英体育祭は本番当日を迎えた。

 

 

 

 




ちなみに私の一番お気に入りの子は葉隠ちゃんです。
顔とか見えないのに可愛いと思わせてくれる、原作のあの表現力。

すごい(小並感)

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