なので少し短めです。ごめんね。
「HEY! 群がれマスメディア! 今年もお前らが大好きな高校生たちの青春暴れ馬……――『雄英体育祭』が! 始まディエビバディアァユウレディイ!?」
プレゼント・マイクの独特すぎるスピーチを皮切りに空高く花火が打ち上がり、壮大な音楽が鳴り響く。
雄英生徒、特にヒーロー科にとって人生をも左右するビッグイベント――雄英体育祭が幕を開けた。
詰めかけた観客とマスコミによって起こる大歓声は、オリンピックに代わる大イベントと言われるのも納得できるほどに凄まじい。
その声と熱気は、入場の時間を待つ生徒らが座す控え室にも地鳴りのように響いてきていた。
「すげぇ声……ここまで聞こえてくるとかヤベェな」
「っていうか、この特設スタジアムのデカさに俺はビビってるよ。雄英はホントに規模が違ぇわ」
上鳴と瀬呂が、少し落ち着きがなさそうにソワソワしながら言葉を交わす。
雄英体育祭は全国にテレビ中継されている。子供の頃から、彼らもまたこの体育祭を見ることが楽しみでテレビにかじりついて見たものだった。
そのテレビの中の舞台に、今は自分たちが立つ。多くの人に見られているという実感と、憧れの場に立つ興奮に、つい気持ちが浮ついてしまうのは仕方がない事だった。
「なんか、緊張するねぇ。いったい最初の競技、なんになるんやろ」
「だね、麗日さん。雄英の体育祭は毎回競技内容が変わるから、わたしも気になる。常に全く違う競技を行うのは無理があるから、一応は過去に行われた競技が違う年に選ばれることもあるけど基本は違うものだし。それにしたって完全にランダムだから予想は出来ないし。でも待った、昨年と一昨年の競技がああだったってことは傾向的に今年の競技を推測することは出来るかも、とすると……」
「なんか出久ちゃんのそれ、すっかり持ちネタみたいやね」
ブツブツと呟きながら自分の思考に没頭し始めた出久を、麗日は達観したように見つめた。
こうしてブツブツと呟きながら考えをまとめたり、アイデアを出したりするのは出久の癖だ。個性把握テストや、戦闘訓練の時もそうだった。
日常においても突然こうして呟き始めることがあるので、今ではA組の生徒も慣れたものだ。周りの生徒も「ああいつものか」とスルーしていた。
「でもそうなると……あいたっ」
「こら、イズ。周りがドン引きしてるぞ」
こん、と軽く出久の頭を小突いて正気に戻す。
言われて周囲を見た出久は、優しげに皆から見つめられて照れ臭そうに頬を掻いた。
「あはは……。ありがと、レンくん」
「ねね。そういや、気藤君と出久ちゃんって放課後に特訓しとったんやって?」
「ん、ああ。そうだけど」
「それなぁ。学校の施設を借りるって発想は私なかったわ」
後から行ったら、もう予約一杯って言われちゃって……、と麗日が苦笑いで言い、会話が聞こえていた障子や砂藤に尾白といった面々が頷いた。
彼らは練悟と出久が自主練のために学校の施設の使用許可を取ったと聞いて、すぐさま相澤のもとに許可を取りに行った者たちだ。
しかし、やはりこの時期となると既に訓練施設は予約でいっぱいになっていて、確保することが出来なかったのである。
今の二、三年生も一年生の頃に同じ経験をしている。その教訓があるからこそ、真っ先に訓練施設の予約を行っているのだ。
毎年続くその流れは、もはや雄英一年生への通過儀礼のようなものだったりした。
「運よく早い段階で思いついて良かったよ。おかげで個性の訓練もバッチリだ」
「ええなぁ。家の中やと、出来ることに限りがあるもんね」
羨ましそうに麗日が言う。
ちなみに彼女は家の中でひたすら自分を浮かせて、酔いへの耐性を磨く特訓をしていた。
リバースした回数は乙女の秘密である。
「っていうか、緑谷さ」
「わっ。なに、芦戸さん」
横から肩を組んできた芦戸に、出久が驚きの声を上げる。
芦戸は口元をニヤつかせながら出久を見て、その耳元に囁いた。
「……気藤と二人っきり。放課後。密室。若い二人。何も起こらないわけもなく……」
「ふぇあっ!? いいいいいやいや、何もなかったよ!?」
「嘘だッ! ぜーったい何かあったはずだ! 甘酸っぱい何かしらが!」
「ほほう、コイバナだね? 私もまぜて!」
「葉隠さんまで!?」
芦戸の声を聴いた葉隠が、ウキウキと体を揺らしながら出久らの所へと寄ってきた。見た目、体操服がひとりでに歩いているようにしか見えないが。
麗日もやや興味があるように耳を凝らし、蛙吹は横でじっと傍観。耳郎と八百万は一歩引いたところで少し呆れたように騒ぐ面々を眺めていた。
――ああ、中学時代は俺以外に仲のいい友達がいなかった出久が輪の中心に……。
本人は顔を赤くして勘弁して欲しそうにしているが、練悟は出久にたくさんの友達が出来た事実を、まるで親のような心持ちで感慨深く見つめていた。
「なぜそんなに遠い目になっている、気藤」
「常闇。いや、幼馴染の成長が嬉しくて。よかったな、イズ……」
「父親か何かなのか、お前は」
どうやら出久は自分の成長した姿を練悟に見せるという目標を既に達成したようだ。
なお、けっして本人が望む姿ではない模様。
「それよりよぉ、気藤……。本当に緑谷とは何もなかったのか? あったんなら教えてくれよ、ナニをよぉ……」
「お前、そろそろダメだぞ」
息を荒げながらプライバシーもクソもない下衆な質問をぶつける峰田に、切島が真顔で突っ込む。
本番直前。だからこそというべきか、緊張を紛らわすように、彼らはしばし日常の雑談に花を咲かせた。
しかし、それも束の間の安息。
いよいよその時が迫ってきて、時計で時間を確認した飯田が室内をぐるりと見渡した。
「みんな! 準備は出来ているか!? もうじき入場だ!」
「お、もう時間か」
「あーあ、コスチューム着たかったなぁ」
「公平を期すために着用不可なんだよ」
委員長の声を聴いたA組一同は、それぞれ控え室から出るために椅子に座っていた者は立ち上がり、立っていた者は軽く伸びをして最後の準備を行っていた。
そんな時。胸に手を当てて息を整えていた出久に、近づいてくる者がいた。
「緑谷」
「え? 轟くん……なに?」
それまで隅で一言も口を開かず黙っていた轟が声をかけたことに、周囲の視線もそこに集まった。
特に、轟は戦闘訓練での実績やUSJ時に一人で多数の
今からライバルともなるそんな彼の動向に目が行くのは、自然なことだった。
「客観的に見て、実力は俺のほうが上だと思う」
「へ? う、うん。そうだね」
一体轟が何を言いたいのかわからず、出久は困惑する。
しかし、そんな動揺は次の一言で吹き飛んだ。
「――お前、オールマイトに目ぇかけられてるだろ」
「っ!?」
「別にそこを詮索するつもりはねぇが……――お前には勝つぞ」
(……お前には?)
その言い回しに、聞いていた練悟は少し違和感を覚えた。
これは体育祭。全員総当たりの戦いである以上は、誰もがライバルで勝たなければならない相手だ。
誰であっても負けられない。だというのに轟の言い方では、他の誰でもない、出久だけには間違っても負けられないと言っているようだった。
二人にはこれまで特に接点は無かったはずだと思ったが……と首を傾げた。
「お、おい。急に喧嘩腰でどうした? 直前にやめろって」
「悪ぃが、仲良しごっこじゃねぇんだ。何だっていいだろ」
空気が悪くなることを嫌ったのか、クラスでもよく人と人の間に入っている切島が、場を取り成そうとする。
しかし、轟はそんな切島の手を振り払った。どこか余裕のない表情に、切島も思わず口を噤む。
そんな轟の目には彼が生み出す氷のように冷たい光がある。
それに僅かに気圧される。
以前の出久であったならば、きっとここで目を逸らして逃げていただろう。
でも、今はもうそんなことはしない。
ぐっと顔を上げて、真っ直ぐに轟と向き合う。
「……轟くんが、何を思ってわたしに勝つって言ってるのかは、わからないけど……。でも、わたしにだって譲れないものがある。わたしに期待してくれている人がいて、応援してくれている人がいるんだ」
ちら、と出久の視線が練悟を捉える。
そして、脳裏に浮かぶのは母やオールマイトの姿だった。
「その人たちに支えられて、今のわたしがある。そして、その気持ちに応えるために、わたしはここにいる。だから」
決意を込めた目で、力強く出久は轟を見返した。
「君にも負けない。わたしも本気で、獲りにいく!」
――だから見ていて、レンくん。わたしがヒーローになるところを。
二週間前、そう練悟に告げた時と同じ、強い目。
あの時と同じ強い意志で自分の考えを示した出久に本気を感じ取り、誰もが今一度自身を顧みて気を引き締めた。
轟は頷いて応え、離れたところで聞いていた爆豪は、そんな出久の決意表明に苛立たしげに舌を打った。
そして、いよいよ控え室を出て全員が移動を始める。
皆が控え室を出ていく中、己の手を見つめていた出久の背中を、練悟は軽く押した。
「わっ」
「イズ」
短い呼びかけ。「レンくん?」と呼びかけると、練悟はただ静かに頷いた。
「行くぞ」
「……うんっ!」
そうして、二人もまた皆に続いて歩き出した。
:
『さァさァ待たせたな、エビバディ! 雄英体育祭! ヒーロの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル! 選手入場の時間だぜェイア!』
プレゼント・マイクの実況が響く中、各ゲートから徐々に人影が見え始める。
それぞれが各科・各クラスの控え室に繋がっているそこから姿を現すのは、ここが一年生会場である以上は当然雄英高校の一年生たち。
『どうせてめーらが見たいのはアレだろ! こいつらだろ!?
ゲートをくぐれば、降りかかるのは空気の振動が肌で感じられるほどの大歓声だ。
さすがは全国に放送される日本国民の一大イベントだった。
「すっげぇな。こんなに人がいるのかよ」
「テレビで知ってはいたけど、自分がその場に立つとやっぱり違うねー」
「ああ。なんだか、昔見たオリンピックを思い出す」
「オリンピック?」
「いや、なんでもない」
上鳴と葉隠に続いてつい漏れた感想に、葉隠が不思議そうに首を傾げた。見えないが。
練悟にとっては、こういう一大祭典とは未だに雄英体育祭よりも前世で見たオリンピックのイメージが強い。
日本で開催された時にはワクワクしながら見に行って、観客席から楽しんだものだが……。今はそれに勝るとも劣らない場所に自分が立っている。不思議な気分だった。
そうして会場の雰囲気にそれぞれ感想を述べながら歩き、スタジアムに設置された大きめの朝礼台の前に集まる。
その上に立つ進行役のヒーローが、皆の視線を集めるためか、手に持った鞭を振るってピシャンと音を鳴らした。
尤もそんなことをせずとも、その特徴的すぎるコスチュームで既に多くの生徒の視線を集めてはいたのだが。
「選手宣誓!」
高らかにそう宣言したのは、18禁ヒーロー・ミッドナイトだ。彼女のコスチュームは体のラインをこれでもかと見せつけるスーツで、しかも肌色。そのうえ本来隠すべき部分を覆う役割を持つ装飾が、肝心なバストアップ部分に少ないという、青少年の目には毒な出で立ちをしている。
そんな彼女は雄英高校に勤める教師である。
で、あるのだが……。
「18禁なのに、高校に居てもいいものか」
「いい」
まさしく練悟が思った疑問を口にした常闇に、間髪入れずに峰田が肯定する。
疑問に思ったとはいえ、本心では峰田に同意してしまうのは悲しい男の性だろう。
ゆえに、つられて練悟も頷いていると、隣にいた出久に脇腹をつねられた。いてて。
「静かにしなさい! 選手代表! ――1-A、爆豪勝己!」
「え゛!?」
A組の生徒が一斉に爆豪を見た。
当の爆豪はそんな視線を全く気にすることなく、朝礼台へとまっすぐ進んでいく。
「爆豪が選手宣誓かよ……」
「あいつ一応、入試一位通過だったからな」
「実技だけじゃなくて頭もいいとか、才能マンか」
「大丈夫かな、爆豪で」
「大丈夫じゃないと思う」
「かっちゃん、変なこと言わないといいけど」
「あの勝己にそれは無理だろ」
口々に飛び出す不安の声。
爆豪、さすがの信頼の厚さであった。悪い意味で。
そして、そんな彼の人となりをよく知るA組だからこそ出る懸念の声に。
「せんせー」
爆豪は、見事に応えてみせた。
「俺が一位になる」
「絶対やると思った!!」
切島が頭を抱えるようにして叫ぶ。
そして一斉に湧き起こるブーイングと非難の嵐。A組一同は肩身の狭い思いで縮こまる他なかった。
更には騒ぐ生徒たちに向けて「せめて跳ねのいい踏み台になってくれ」のオマケつき。
多くの生徒の反感を買ったのは間違いないが、それが爆豪にとって自分を追い込むための宣言であったことに気づいたのは、付き合いの長い出久と練悟だけだった。
もちろん言葉通りの決意表明でもあったのだろうが、それだけ爆豪も本気という事だろう。
常にその姿に怯え、同時に凄いと思い続けてきた出久は、爆豪の本気につられるように拳を握りこんだ。
「さーて、それじゃ早速第一種目に行きましょう! いわゆる予選! 毎年ここで多くの者が涙を飲むわ! そんな運命の第一種目! 今年は――コレよ!」
ミッドナイトが指し示したモニターに映し出された文字は、『障害物競走』。
オリンピックの代わりとはいえ、体育祭。その競技内容はやはり学校らしいものだった。
しかし。
「これは計11クラスでの総当たりレース! コースはこのスタジアムの外周、約四キロ!」
そこは雄英というべきか。四キロという持久走レベルの距離を、障害物を乗り越えながら走れと言う。普通に考えれば、かなり過酷だった。
「我が校は自由さが売り文句! コースさえ守れば、何をしたって構わないわよ!」
スタジアム内の壁が変形していき、上部にシグナルが付いたスタートゲートを形作っていく。
その前に全生徒が集まった。
誰もが力強い面持ちで前を見据えている。
勝ちたい気持ちは全員が同じ。しかしその中で勝ち上がれるのは一握りだけ。
その座を勝ち取るためには、全力でこの場の誰よりも先へ行かなければならないのだ。
“Plus Ultra”――更に向こうへ。その校訓の通りに。
「――スタートッ!!」
スタートの合図と共に、生徒はスタートゲートに殺到した。
しかし、ゲートからスタジアムの外に出るまでには一定の距離があり、その間は狭い通路を通らなければならない。
全員が一斉に通ろうとすれば、詰まって身動きが取れなくなってしまうのは自明の理だった。
早速自分たちで自分たちの首を絞めた生徒たちの姿を見つつ、実況席でプレゼント・マイクが音響のスイッチを入れた。
『さーて、それじゃ実況していくぜリスナー諸君! 解説もアーユウレディ? ミイラマン!』
『お前が無理やり連れてきたんだろうが……!』
USJ事件で負った怪我が治っておらず、いまだに全身包帯男と化している相澤が意気揚々と実況を始める同僚に、恨み言をぶつける。
しかし全く気にしていないプレゼント・マイクはけろっとした態度だった。
『さーて、真っ先に飛び出したのは1‐Aの轟だァ! 地面凍らせて周りの妨害しつつ自分は抜ける! シヴィー!』
『ちっ。……轟、あいつはもう個性の使い方という意味ではかなり高レベルだ。A組の中でも頭一つ抜き出てる』
『ちゃんと解説してくれんのな、イレイザーヘッド! サンキュ……って、おお!?』
モニターに映る光景に、プレゼント・マイクが思わず身を乗り出す。
そして、にやりと笑った。
『轟の妨害で独走かと思いきや、そうは問屋が卸さねぇ! 爆豪、
第一種目、障害物競走。
多くのヒーローや全国の人々が注目する、ヒーローの卵たちの試練が今、始まった。
出久の口調とか、もっと女の子っぽくするかどうか、最初悩みました。
しかし、ヒロアカを読んでいて、はっと気づきました。
原作の出久も可愛い。
なら、このままでいいのでは? と。
結果、口調もほとんど原作通りの本作出久に。
髪を小さくポニテにした、うちの女出久。
ちなみにポニテは、私の趣味です。