何故ならアメコミ、特にMARVELのファンなので。
キャプテン・アメリカとか大好き。
スタートの掛け声がかかった瞬間。
他の生徒がいち早く飛び出していく中、出久は一歩も動かずにその場に残っていた。
ゲートの狭さ、生徒の数。そして、ゲートから天井までの距離。それらを確認した結果、最初は動かないことが、今の自分の力を最も発揮できる状況を作り出す事に繋がると結論付けたからである。
出久は、あまりに人が殺到しすぎて身動きが取れなくなっている集団を後方から見ながら、大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。
そして、力を溜め込むかのように膝を折り曲げて、ぐぐっと体を丸めた。
(思い出せ……レンくんとの特訓を。今のわたしに出来る、最大の力の感覚を!)
パリッ、と乾いた音が鳴って一瞬出久の体に火花が散る。
見間違いかと思われたそれは、やがて断続的に、そして稲妻のような光を発し、徐々に全身へと広がっていく。
(イメージするのは、レンくんの身体強化。全身を流れる血、細胞に気を混ぜて、循環させるイメージ……!)
着想を得たのは、練悟が行う身体強化の過程を教えてもらった時だ。
これまで出久は、ワン・フォー・オールを使う時。右腕で発動する、足で発動する、といった具合に、必要な時、必要な箇所で使う意識で行ってきた。
けれど、よくよく考えればそんな必要はなかったのだ。
個性は、見た目ではゲームの魔法や超能力のように見えるが、突き詰めれば身体能力だ。
ゲームのようにMPがあって、節約しなければ使えなくなるというものではない。
だから、必要な時、必要な分を、という節約をする必要はなかったのだ。
それに、下手に一か所に集めようとするから制御に苦労するのだ。そうではなくもっと広い範囲。頑張って右腕だけで使おうとするのではなく、そんなことを考えずに、最初から全身に発動させてしまえばいい。
そう発想を変えると、格段に制御がしやすくなった。おかげで、0か100かしかなかった選択肢が、一気に増えた。
今の自分の体が耐えられる最大値まで、ワン・フォー・オールの力を引き出せるぐらいには。
「ワン・フォー・オール……“
――全身……身体許容上限――8%!
溢れ出るエネルギーが紫電となって出久の体から迸る。
これは、まだ出久が未熟な証。発動したワン・フォー・オールの許容上限を超えた分のエネルギーが溢れてしまっているのだ。
もし出久の肉体が全てのエネルギーを余すことなく受け入れられるようになれば、この紫電はなくなり、オールマイトのように普段と変わらない姿のまま発動できるようになるのだろう。
今はまだその領域までは届かない。
けれど、それでもこの力は十分すぎるまでに強力だった。
「――い、くっ!」
溜め込んだ力を放出するように、折り曲げた膝を一気に伸ばし、出久の体は跳躍した。
塊となっていた生徒たちの頭上を飛び越える。天井との間の空間、その右壁を蹴り、反動で飛ぶと左の壁を蹴り、次は右を、そして左。
凄まじいスピードでジグザグに跳んだ出久は、数秒とかからず集団の前に飛び出して、同じく飛び出していたA組の面々すら追い抜き、一気に爆豪の横に並んだ。
「っ、デク!?」
「えぇ、緑谷!?」
「出久ちゃん、なにそれ!?」
「骨折克服かよ!?」
口々に言うのは、これまでの出久を知っているA組の生徒だった。
個性把握テストでは指の骨を折り、戦闘訓練では右腕一本まるまる壊れた。USJ事件でも両足と右腕を個性の反動で折っている。
自らの体をも破壊する超パワー。制御できていない個性。
それはつまり、制御さえできれば大きな力になるということであり、その結果が今まさに彼らの目の前で現れていた。
そして、そんな後方の騒ぎに後ろを警戒していた轟も当然のように気づいた。
「ちっ、速ぇ……!」
思わずつぶやいた轟に、出久が追い上げていく。
「そう簡単にはいかせないよ、轟くん!」
そして、一層強く地を蹴ろうとしたところを、横から迫った爆風が妨害した。
はっとして顔をそちらに向ければ、そこには何故か自分以上に必死な表情をしている爆豪の姿があった。
「デクぁ! テメェは、俺の前を行くんじゃねぇ!」
「っ、かっちゃん……!」
爆風で自らの体を押し出しながら進む爆豪は、生み出す爆発をより強いものにして決して出久を前に行かせない。
轟よりも前に立ちはだかった脅威を前にどうするべきかを出久が考えていると。
前方で轟音が響いてきて、慌てて視線を前に戻した。
そこには、出久も見覚えがある巨大なロボットが威容たっぷりにこちらを見下ろしていた。
しかも、通る隙間が見つからないほど、複数体が固まって。
出久たちの後ろから来た者たちもその障害に気づき、ぎょっと目を剥いた。
「これは……!」
「入試の時の、0P仮想
その声を受けて、設置されていた音響からプレゼント・マイクの実況が響き渡る。
『そう! そいつが手始め、最初の関門だ! 第一関門……《ロボ・インフェルノ》!』
楽しげに言うプレゼント・マイクに対して、実際にそれを乗り越えていかなければならない生徒たちは全く楽しくはなかった。
デカすぎ、かつ多すぎて道を塞がれた生徒らが躊躇する中、まず轟が一歩前に出た。
「一般入試の奴か……。どうせなら、もっとスゲェの用意してもらいてぇもんだな」
冷気が体から溢れ出す。
地面に手をつくと、その傍からパキパキと音を立てながら氷が発生していった。
「――クソ親父が見てるんだ」
地面についた手を一気に上へと振り上げる。
同時に発生した冷気が地面を伝って一気にロボの体を天に向かって駆け抜けて、一瞬でその巨体を凍り付かせた。
そして、動きが止まったロボの足元に出来た隙間を悠々と走り出す。
それを見ていた爆豪が、舌打ちをする。
そして轟が凍らせたロボットとは違うロボットへと向かい、爆破を用いて自分の体を上空に飛ばした。
「行かせるか、半分野郎ォッ!」
一度だけではロボの頭上までは至らない。
そのため、二度、三度、と空中で姿勢を保ちつつ爆破を続け、五度目の爆破でついに頭上を越えた爆豪は一気にロボの向こうへと飛び出した。
『轟、秒でロボットを凍結させて瞬殺! アイツの個性、ホントすげぇな! でもって、爆豪! 下がダメなら頭上からかよ! クレバー!』
そんな二人を見ていた他の生徒は焦る。
そして、ある一人が轟が通った道を指さした。
「あそこだ! アイツが凍らせて出来た道! そこから通れる!」
気持ちが急いた彼らは、我先にとそこに向かう。
周囲への注意を怠るという失敗には気づかずに。
「やめとけ。不安定な体勢で凍らせたから……倒れるぞ」
そんな轟の忠告の直後。
ロボを凍らせていた氷が砕ける音と共に、ゆっくりとその機械の巨体が傾いて落下を始めた。
「うわぁああ、危ねぇ!!」
下にいた生徒がせめてとばかりに腕で顔を隠して目を閉じる。
それを見ていた出久は、フルカウルの状態で思い切り飛び上がった。
ロボは目の前、既に腕が届く距離。
そしてその状況で、出久は一度フルカウルを解除した。
「――ワン・フォー・オール……“
全身に纏っていた光が右腕一本に集中していく。
一度、全身での許容上限という細かい制御方法を覚えた出久は、ごく短い時間であれば一か所に力を集めても、100%ではない出力を保つことが出来るようになった。
それは時間にすれば一秒程度の僅かなコントロール。それを過ぎても制御しようとすれば、たちまち制御を離れて100%になってしまう。
刹那のように短い時間。しかし、一発殴るだけならば、十分な時間。
そして僅かな時間であるがゆえに身体にかかる負荷も少なくて済むため、8%よりも強い力を引き出せる。ただしそれなりの集中を要するが、そのデメリットを補って余りある、今の出久にとっての必殺技。
――瞬間許容上限……16%!
「スマッシュッ!!」
全力で放たれた一撃。それはロボの装甲をへこませ、倒れこむ軌道を真後ろへと強制的に変えた。
入試の時のように破壊とまではいかなかったのは、100%でない以上は仕方がない。
落下していく出久は再びフルカウルを発動させ、着地した。
目の前に降ってきた出久に、まさに下敷きにされそうになっていた生徒の一人である切島が呆気にとられながらも口を開く。
「お、おお……緑谷、サンキュー」
「うん。頑張ろうね、切島くん!」
「お、おう!」
そして、再び出久は駆け出す。
先を行かれてしまった轟と爆豪、そして練悟に追いつくために。
出久がロボを打ち倒す少し前。
ロボの頭上を越えてその反対側に落ちようとしていた爆豪は、聞こえるはずのない声を聴いた。
「頭上を通過か。気が合うな、勝己」
「――ッ!? クソザコ!?」
はっとして自由落下に任せつつ上を見上げれば、そこには悠然と空中に佇む練悟の姿があった。
地面に降り立った勝己は、再び爆破の個性で己の体を持ち上げて、前に向かって飛んでいく。
上空の練悟もそれを追うように、爆豪に向かって滑空しつつ他の生徒を置き去りにしていった。
それを見た上鳴や耳郎、峰田といった面々が口々に驚愕の声を漏らす。
「おいおい……気藤、あいつの個性って気っていう生命エネルギーの操作じゃなかったのかよ!?」
「確かそうだったはずだけど」
「ならなんでアイツ、飛んでるんだよ!?」
それと同じ疑問を、爆豪もまた抱いていた。
心の底から腹立たしさが募る。無個性であると自分を騙し欺いていたことがあるだけに、練悟が口にした個性もまさか嘘だったのではないかと疑う。
もし、また自分を騙していたのだとすれば……。
そう考え、爆豪の怒りはそのまま言葉となって練悟に向かった。
「テメェ、個性は気の操作じゃなかったんか! なんで空飛んでやがる!」
「? 気なんだから……そりゃ飛べるだろう」
「……、意味わかんねェわ、クソがァ!!」
さも、「え、なんでそこ疑問を持つの?」と言わんばかりに無垢な顔で小首を傾げられ、さすがの爆豪も一瞬自分が間違っているのかと言葉に詰まった。
けどやっぱり意味が分からなかったので、再びキレた。この時ばかりはこの会話を聞いていた他の生徒も爆豪に完全に同意したという。
練悟にしてみれば、舞空術という存在を知っているせいで「気を使えるなら飛べるのが当たり前」と考えていたのだ。
飛べることを全く疑っていなかったためか、比較的早い段階で舞空術は習得できていた。
そして、やっぱり飛べるじゃんと確信したことで、一層「気があれば飛べる」理論に自信を持ってしまった。
よくよく考えると、生命エネルギーである気の操作で空を飛ぶ、というのは何じゃそりゃという話なのだが……。まぁ、元ネタは元ネタで漫画の話だし、今の世界も超常がまかり通る個性社会だ。細かく考えたら負けということなのだろう。
「勝己」
「話しかけんな、殺すぞ!」
「一言、改めて言いたくてな。嘘ついてて、悪かった」
その言葉を聞いた瞬間。
爆豪は思い切り特大の爆撃を練悟に向けて放った。
「謝ってんじゃねェよ、ボケカスがァッ!!」
:
爆豪にとって、出久は守るべき存在だった。
自分を慕ってくる妹分。男は女を守るものだと教えられていたこともあり、出久を守る役目を爆豪は誇らしげに自ら請け負ったものだった。
自分に個性が発現し、対して出久が無個性だとわかった時も、その気持ちは変わらなかった。出久を守るのは自分だから、守る力、相手に勝つ力を手に入れられたのは嬉しかった。
出久がヒーローの夢を絶たれたと感じて落ち込んでいた時も。爆豪は、自分が守るから問題ないとしか考えていなかった。
自分は強い。皆よりも強い。だから安心して俺についてこい。
そんないつも自信満々な爆豪を慕う者は多かった。
その事実が、爆豪に錯覚を起こさせた。
自分は絶対的な強者なのだと。
――大丈夫? 頭打ってたら、大変だよ。
だから、誤って川に落ちた時。全然大丈夫だったのに、出久が心配げに自分に手を差し出した時。
爆豪は、凄まじい衝撃を受けた。
なんで俺は守ってる奴から心配されてんだ? と。
それは爆豪にとって屈辱であり、恥であり、決して許せないことだった。
自分は凄くて強い、だから爆豪は、自分は出久にとって一片の心配も抱かずに頼れる存在なのだと信じて疑っていなかった。
それが崩れたのがあの時。
爆豪のプライドに大きな罅が入り、彼自身も疑っていなかった万能感が終わった瞬間だった。
以後、爆豪は前にも増して尊大に振る舞うようになった。言葉遣いも、荒々しいものになっていった。
それは、自分が強い存在なのだという事を知らしめたかったからだ。
――俺は強い! もう心配されるような存在じゃねぇ!
しかしそれでも、出久は変わらず勝己に何かあれば心配した。
危ない真似をしようとすれば止めようとしたし、病気にかかった時にはお見舞いにだって来た。
力を見せようと誰かに拳を振るえば、出久は身を挺してでもそいつを庇い、挙句には爆豪のためにも良くないと言い出す始末。
出久のそれは間違いなく優しさだった。けれど爆豪にとってそれは、屈辱だったのである。
そうして誰に対しても当たりが強くなり、感情のまま出久にすら暴言を吐き、暴力を振るうこともあった。
小学校の中学年になって、周囲の目を気にして暴力だけは収まったものの、出久への態度が変わることはなかった。
そんな時に現れたのが、気藤練悟だ。
練悟は、爆豪が知らぬ間に出久と知り合い、気が付いた時には既に出久は練悟のことを事あるごとに頼るようになっていた。
昔は自分に向けていた笑顔。
それが今は、練悟に向けられている。
爆豪だって見たことがないような、安心しきった顔すら出久は浮かべていた。
苛立った爆豪は何度も練悟に絡んだ。
練悟は無個性だった。強個性に生まれた爆豪にとって取るに足らない存在だ。
罵詈雑言を吐いた。それだけじゃない。暴力だって向けた。けれどそのたびに、練悟はのらりくらりと爆豪の攻撃をかわして、逃げた。
ますます爆豪は苛立つ。
何度も何度も練悟に向けて攻撃した。
そしてまた何度も練悟はかわし続ける。その繰り返しだった。
中学に入ってもその関係は変わらなかった。
爆豪が絡み、練悟が逃げる。
傷を負わなかった練悟を見ていつもほっとした顔をする出久に、また爆豪の苛立ちは募った。
けれど、ある日。
逃げた練悟を追った先で、爆豪は聴いてしまった。
いやーアイツやっぱ凄いわ、と笑う練悟に、出久が安堵の息を吐きつつ苦笑して言った言葉を。
――昔から凄いんだ、かっちゃんは。だから、いつかわたしが守られるだけの存在じゃないって、言いたいんだ。わたしがなりたいのは、皆を守るヒーローだから。
練悟はそれを聴いて出久の頭を乱暴に撫で、頑張ろうなヒーロー、と答えた。
嬉しそうに笑ってそれに頷く出久に、爆豪は拳を握りこんだ。
(なんだよ、それ……。お前は、そっちじゃねぇ、守られる側だろうが!)
この世の中、無個性がヒーローになどなれるわけがない。
何度となく爆豪が出久に言った言葉だった。
諦めたと思っていた。ヒーローの個性を書き留めているノートも、夢の名残り、趣味なだけだと思っていた。
しかし、そうではなかったのだ。まだ夢を見ていたのだ。
無個性である出久は守られる側にしかなり得ないというのに。
(だから! 俺が守るんだろうが! 無個性じゃ、守りてぇモンも守れねぇんだよ!)
それがこの個性社会。
頭もいい爆豪は、そんな現実もしっかり見えていた。この無個性に残酷な現代にあっては、出久はどこまでいっても守る対象だ。
だというのに、練悟は出久を焚きつける、無謀な夢の後押しをする。無個性である練悟では守れもしないくせに。
――力もねぇのに、適当なこと言ってんじゃねェ!
爆豪の中にある、出久の夢を認められない気持ちと練悟のことが気に食わない気持ち。
それは結局のところ、幼い頃に胸に抱いた
:
爆豪は、爆破で飛びながら思う。
無個性だった出久は、知らない間に個性を得てヒーローになるという夢を叶えるために雄英に入学した。
無個性だった練悟は、経営科に入ったかと思えば、自分をも凌ぐパワーを出せるような強個性持ちだった。
――なんだそれは。
痛めつければ諦めるだろうと臨んだ戦闘訓練。しかし出久は爆豪の上を行き、勝利をもぎ取った。
USJの時。脳無を吹き飛ばした練悟を見て、勝てないと思ってしまった。
――なんだそれはァ!
「謝るぐれェなら、最初っからやんな! クソったれ!」
怒りのままに爆豪は叫ぶ。
こいつには、もともと出久を守るための力はあったのだ。無責任に焚きつけていたわけではなかったのだ。
それはわかった。
出久の気持ちがどこを向いているのかなど、当にわかっている。自分を見ていないのも、自業自得だと今になって振り返れば理解できている。
だからどうした。
「テメェも、デクも……! 気に入らねぇ……!」
これまでずっと抱いてきた気持ちだったのだ。たとえ途中でねじ曲がり、間違った方向に向かっていたのだとしても。
根っこにあった気持ちだけは、ずっと変わっていなかったのだ。
「テメェらがどうなろうと、もう俺には知ったこっちゃねェ。ただ……」
気持ちの整理は既に出来ている。
コイツにはアイツを守る力があって、アイツはコイツのことを一番に思っている。
そこに今更何か言うつもりは、さらさら爆豪にはなかった。
しかし、それとこれとは話が別だった。
「気に入らねぇから、テメェをぶっ飛ばすッ!」
――かつて自分が担っていた役割、その立場に今いること。
理解しているが、イラっとはくるのでぶっ殺す。
――この自分に対して力を隠して騙していたこと。
ムカつくのでぶっ殺す。
色々と悩んだ結果、たどり着いたシンプルな答え。
シンプルゆえに迷いはなく、ただただ獰猛なまでの笑みを浮かべて見上げてくる爆豪の姿に、練悟は苦笑じみた表情を浮かべた。
「あんだけ絡まれてもさ。勝己ってそういうトコがあるから、なんか嫌いになれないんだよなぁ」
「あァ!? 気色悪ぃわクソが、死ね!」
飛びながらも器用に爆破してくる爆豪に、その攻撃をかわしながら「悪い悪い」と練悟は笑って答える。
そして、爆豪の横に並ぶと、打って変わって真面目な表情になり、吊り上がったその目を真っ直ぐに見た。
「勝己。お前やイズとは長い付き合いだ。だから、二人が何を嫌がるのかも、わかってる」
出久は、皆が本気で上を目指すこの場で本気を出さずに上を目指すことを良しとはしないだろう。
爆豪は、完膚なき勝利にこだわる完璧主義者だ。手を抜いている相手に勝ったところで、喜ぶことはない。
個性のことがバレた以上、下手に手を抜こうとすればこの二人には確実にバレる。良くも悪くも、それぐらいの時間を過ごしてお互いを見てきた。
特に出久には二週間の特訓の際に、今の実力を見せていた。だからこそ、誤魔化しはきかない。
それにそもそも、必死に力を振り絞って戦う皆に生半可な覚悟で挑むのは失礼というものだろう。
だから。
「謝ったのは、嘘ついてた自分にケジメつけるためだ。……ここからは、本気で行く」
そう宣言した練悟に、爆豪は一層その笑みを凶悪なものに変え。
噛みつかんばかりに吠えた。
「――ッたり前だクソがァ! テメェぶっ殺して一位とったらァ!」
「いや、ぶっ殺したらたぶん失格だぞ」
そう突っ込みを入れつつ、練悟は爆豪から離れて少し上昇する。
本気を出す。
そう言葉にして、決めたのだ。
なら、あとはその通りに実行するのみだった。
気を操作して、加速開始。「待てやコラァ!」と叫ぶ幼馴染の声を聴きながら、練悟は一位を行く轟の後を追った。
:
その頃、実況席ではプレゼント・マイクと相澤の二人が、モニターに映される競技の様子を見ていた。
二人の目を引いているのはトップグループを占めているA組の生徒たちである。
『YEAAAAH!! 轟、爆豪、緑谷、気藤! 四人を筆頭に、A組生徒が足を止めねぇ! すげぇなオイ、お前のクラス!』
『俺じゃねぇ。アイツら自身の力だ。望まずとはいえ、通常じゃ得難い経験をしたアイツらは――』
トップを行く四人だけではない。各人それぞれが周囲よりも一歩早く前へ前へと進んでいた。
『各々がそこで得た経験を糧として、迷いを打ち消してる』
『それがこの快進撃に繋がってるってわけか! ところでなんで気藤は空飛んでんだ! セレブリティかよ!』
『あいつの個性は「気」。体に宿る生命エネルギーを操る個性だが……それでなんで飛んでるのかは、よくわからん』
『ミステリアスボーイってこったな!』
クール! と叫ぶプレゼント・マイクは、現在一位を走る轟が、いよいよ次の関門に差し掛かったのを確認した。
それに合わせて、盛り上げるために再び声を張り上げる。
『さァ、そうこうしている間にトップが第二関門に辿り着いたぜ! 一歩踏み外しゃ奈落の底! 落ちればアウト! それが嫌なら這いずりな! 《ザ・フォール》!』
乱立する岩の柱と、それぞれを繋ぐ幾筋ものロープの群れ。
岩の柱は地面をくりぬいて作りだしたもののようで、柱の高さ自体は地面の高さと一緒である。
しかし、底は深く、一体何メートルあるのかわからないほどだ。高所恐怖症の人間であれば、一歩として動くことは出来ないだろう。
参加者の恐怖を煽ることが目的なのは明白だった。とはいえ、真っ先にこの場にやってきた轟は、これぐらいで怯むようなことはない。
一度立ち止まり、第二関門を見渡した。
「このまま行けりゃ一位だが……」
「そうは行かないぞ、轟」
「ッ、気藤!?」
突然、上空から降ってきた声に、轟が上を向く。
そこには、宙に浮いている練悟が静かに轟を見下ろしていた。
『そりゃ飛べる奴には何てことないわな、この関門! A組、気藤練悟! アイツもうなんていうか、ズリィな!』
空を飛べる。そのアドバンテージが理解できないほど、轟は馬鹿ではない。
ここにきての強敵の出現に、自然と表情が険しくなる。
「お前の個性、気の操作じゃなかったのか?」
「いや、気なんだから飛べるだろう」
「? そういうもんか」
「ああ」
存外素直な轟は、当たり前のように言う練悟の言葉をそのまま受け止め納得した。
一瞬、二人の間に奇妙な沈黙が流れる。
「先行くぞ、轟」
「くっ、待て!」
再びスタジアムに向かって飛行を始める練悟に、制止の声を上げながら轟はロープを凍らせるとその上に足を乗せ、スケートで滑るようにして柱から柱へと移動していく。
しかし、その後ろには既に脅威が迫って来ていた。
「待つのはそっちだよ、轟くん!」
「緑谷……!?」
「俺の前を、行くなっつってんだろォがぁッ!」
「爆豪! そういやお前はスロースターターだったな……!」
先を行く轟の後を追って第二関門にやってきた二人。
出久と爆豪は、それぞれが持ち得る手札を使って最短の時間で《ザ・フォール》の攻略に乗り出した。
『ロボをぶっ倒した後に猛追してきた緑谷、綱に向かったジャンプしたと思ったら器用に飛び乗って反動で前に跳ねていく! 爆豪はさっきと同じ、空中で手の平爆破させて飛んでやがる! ってか、緑谷は落ちるの怖くねぇのかあのコ!?』
『元々、個性使うたびに体のどっか壊してた奴だからな。今回もそうだが、そういう自分の身を顧みない所があいつの今後の課題だ』
『緑谷、担任直々にダメ出し食らってるぞ! ウケる!』
ブハッ、と噴き出すプレゼント・マイクに、嫌そうな顔をする相澤だった。
『そんでトップグループから一歩抜きんでているのが、ずっと空飛んでるA組気藤! 最終関門、地雷ゾーン《怒りのアフガン》に突入! 威力は大したことないが、音と見た目は派手だから失禁必至! 地雷はよく見りゃわかるようになってんぞ! 目ぇ凝らせ!』
『言ってる間にあいつ、飛んで通過したぞ』
『シヴィー!!』
そしてまた、実況の間にもどんどんとスタジアムへの距離は縮まっていき、ついに練悟は最初のスタートゲートまで戻ってきた。
そのゲートを今度は逆から潜り、大歓声が鳴り響くスタジアムの中へと飛び込んでいった。
『そんなわけで、帰ってきたぜ第一号! 第一種目の勝者は、入学一週間で経営科からヒーロー科への編入を果たした異例の生徒!』
飛ぶのをやめて、地面に降り立つ。
ふぅ、と息を吐き出して練悟は設置されている巨大モニターへと顔を向けた。
『A組! 気藤練悟だァアア!!』
プレゼント・マイクの実況と共に、ひときわ大きな歓声が練悟に惜しみなく降り注ぐ。
それらに一礼をして応えた後、練悟の視線は再び未だ続く障害物競走の様子を映し出した巨大画面へと戻っていった。
:
『さァ、お次は二位争いだ! こっちは完全な三つ巴! お前らの喜びそうな展開だぜ、マスメディア!』
モニターには、地雷原に迫る三人の生徒の姿が映し出されていた。
『ともにA組在籍! 見た目も個性もクールな轟! 見た目も個性も騒がしい爆豪! そして見た目は可愛らしいが、個性はえげつない威力の緑谷! 俺は断然緑谷を応援するぜ! イェア!』
『私情挟むなよ』
相澤の突っ込みが入った直後。
轟、爆豪、出久の順番で二位グループが最終関門に突入していった。
『怒りのアフガン! 轟は地面凍らせて地雷を無効化! 爆豪はまた爆破で空中移動! 本来そういう障害じゃねぇんだけどコレ!』
『むしろそれはさっきの気藤に言え』
『そんな中、緑谷!』
『無視か』
『オイオイオイ! こんなんアリか!? ひたすら速く走ってやがる! 地雷の爆発が追い付いてねェェエ!!』
映し出されているのは、出久が通った直後から爆発していく地雷と、その爆風に押されるように最速で前進していく幼馴染の姿。
練悟は特訓の成果が劇的に表れていることに、ついガッツポーズをとった。
二週間の特訓の日々。その中で、比較的早い段階で出久が自ら気づき、見出したのがあの技――フルカウルである。
ワン・フォー・オールを全身に制御できる範囲で纏わせておく、これまでの一点集中とは逆の発想。
子供の頃からヒーローになる夢を諦めずに地道ながらも体を鍛え、入学前の十か月、みっちりと過酷な特訓を積んだ出久の肉体は、8%までであれば反動もなく制御できるようになっている。
ヒーローになる。
周りから何を言われようとも腐らず、諦めずに続けてきた努力。それが実った姿だ。
それを間近で見てきた練悟にも、熱く感じ入るものがあった。
『この大一番に向けて、自主的に学校の施設を借りて特訓してた成果だな。授業だけで足りないなら、それ以外の時間で自分を磨き、結果を出す。実に合理的だ』
『けどやってることは合理的どころか力業だぜ! 轟、爆豪も渾身の力でラストスパートだ! そしてついに最終関門を突破ァ! んでもってそのまま……三人がほぼ団子状態でゴォール!』
ゲートの向こうから入ってくる三人の姿。
それぞれ肩で息をしているのは、力を出し切った証だろう。
練悟は滝のような汗を流す、ひときわ小柄なヒーローの卵の元へと歩いていった。
『第二位、緑谷! 第三位、轟アーンド爆豪! この二人は仲良く同着だ! 大接戦! 近年まれにみる名レースだったぜェ!』
プレゼント・マイクの声と、大歓声が鳴りやまないスタジアムの中。
出久は雄英の教師陣が座る席に顔を向けると、そこに向けてガッツポーズを見せた。
誰に見せているのかなど、考えるまでもない。練悟も視線を追えば、そこにはトゥルーフォームでいるオールマイトの姿があった。
練悟の視線に気づいたオールマイトと、ふと目が合う。
痩せた顔で微笑み、親指で出久のほうを指し示した。
距離があるから声は聞こえない。しかし、オールマイトが何を言っているのか、なんとなくだが練悟には伝わっていた。
頷いて、歩を進める。
「イズ」
「はぁ、は……はは、レンくん」
疲れを見せながらも清々しい笑みを見せる出久に頷いて、練悟は片手を軽く上げる。
一瞬きょとんとし、しかしすぐにその意図に気づいた出久もまた片手を上げた。
そして。
「特訓の成果あり、だな」
「うんっ!」
――パァン!
二人の手が笑みと共に勢いよく交わされ、爽やかな音が鳴り響いた。
そして次々とスタジアムに帰ってくる生徒たち。
麗日や飯田も戻ってきて、出久と一緒にお互いの労をねぎらう。
そうしてヒーロー科に限らず、その他の科の生徒たちも含めて全員が戻ってきたところで。
第一種目、障害物競走の終了が、プレゼント・マイクのアナウンスで告げられた。
ちなみに生徒の中では出久が一番好き。
かっちゃんも好きですけどね。
TSしてなくても好きです。