サーゼクス暗殺計画   作:キュウシュ

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序章
プロローグ


 広大な屋敷の執事の一人。

 彼のことを説明するなら、これが一番分かりやすいだろう。

 彼は今日も執事業に真面目に取り組む。そうでなければ、厳しいメイド長に怒られてしまう。それは彼に与えられたミッションに少なからず背くことになってしまう。だから、彼は小言が言われないように真面目に働くのだ。

 窓を一点の曇りもなく綺麗に磨き、次は床を拭こうと雑巾に手をやろうとしたところで、彼は足音に気づいた。

 音がした方を向くと一人のメイドが歩いてきていた。職場だからなのか元からなのかは分からない鉄面皮を彼が見る限り毎日している女性。新人の頃はかなり怒られていたので怖くないというと嘘になるが、それ以上に彼女は美しかった。バランスの良い顔立ち、そして綺麗な銀髪を携えた彼女はいかにも出来る女という風格を見せていた。なによりも彼女といったらその大きすぎる胸だ。メロンといってもいいくらいの立派なものをつけているので彼は重くないのか、とたまに考えたりする。

 胸に目がいきそうになるが、そうすると彼女に気づかれてしまう可能性があり、それはすなわち彼女に嫌われてしまうことを意味するのでしっかりと彼女の目を見る。

 目を見るというのは意外に大切なことだ、と彼は思っている。誠意を持って相手に接していると伝えることが出来るからだ。

 

「おはようございます、メイド長」

「おはよう」

 彼女は立ち止まりもせずにそう口に出し、歩いていってしまった。

 その後ろ姿を見ながら、彼は頭を悩ませた。

 

「……不倫させろって無理だろ」

 メイド長──グレイフィア・ルキフグスを恋に落とす。それが彼──ライの任務だったりする。

 

 ◆

 

「スパイですか?」

「あぁ、そうだ」

 ライはこうべを垂れるように片膝をつきながら任務内容を聞いていた。

「我々は真なる魔王の血族だ。だが、忌々しくもその名は今は我々の元にはない。新たなる魔王と名乗っている奴らのせいでな‼︎」

 ライの上司である彼は怒りのせいで魔力が漏れ出していた。近くにいるライは表情には出さないが、怒りがこちらに向かないことを祈りながら恐怖していた。ライは悪魔の中で弱いというわけではない。部類でいうなら中級悪魔であり、それなりの戦闘経験を積んでいる。だが、目の前に立っている悪魔には絶対に勝てない。

 なにせ彼曰く本当の魔王の一族なのだから。

 

 ライにとってはどちらが本物か偽物かはあまり気にしていない。

 弱者にとってはそんなこと考える暇もない。ただただ上の指令に従うだけだ。裏切れば殺されると分かっているから。

「出来るのなら今すぐに奴等を殺しに行きたいが、先の大戦で此方の被害は甚大だ。それに認めるのは癪だが、奴等は……サーゼクス・グレモリーは強い」

 

「そこで、だ。わざわざ我等が手を下さずとも内から奴を排除しようと考えた」

「内からですか? しかしそんな隙を見せるでしょうか? 身内には甘いとは良く聞きますが、だからといって勝てるとは……」

「まぁ待て。話は変わるが。奴には妻がいるのは知っているか?」

 

 ライは突然話が変わったので、不思議に思いながらも首を縦に振った。

「男とは夜の営みの時は誰であろうと油断する。私でもそうだ。だからサーゼクスも同じ筈」

「は、はぁ」

「今回の命令を説明する。奴の妻──グレイフィア・ルキフグスを恋に落とせ。お前なしにはいられないほど、お前の命令ならどんな事でも従わせられる程に。そして実行可能だとお前が判断したのならグレイフィアを使ってサーゼクスを殺せ」

 

 ライは命令内容を聞いても、了解とは即座には言えなかった。なぜなら、あまりにも不可能な事が多い。

 

「し、失礼ながら申し上げます。……無理です」

「何故だ?」

 命令を拒否されたにも関わらず叱責の一つもない。ライは断った時点で殺される事を覚悟していたので一安心して理由を言い始めた。

「サーゼクス・グレモリーとグレイフィア・ルキフグスの大恋愛の話は悪魔ほとんどが知っています。敵同士であったにも関わらず、現在は夫婦である事からそれは事実である事は疑いようもありません。その二人の片割れを落とせというのはあまりにも現実的ではありません」

 

「ふむ、一理ある。だがそれは今は、の話だろう? 愛とはいつかは冷めるものだ。初めは両者、愛し合っていたが時を重ねるにつれて想いは薄くなっていくというのはよく聞く話だ。何もすぐに落とせと言っているわけではない。三〇〇年、いや最大で五〇〇年お前にやろう。その間でお前はグレイフィア・ルキフグスを手に入れろ」

 

 それでも、かなりの難題には違いなかった。ライは今まで恋愛なんてものに時間を使う余裕など無かった。恋愛というのは時間を持て余した裕福な者がするものだと思っていたし、実際にそうであった。毎日馬車馬の如く働かされ、死は常に自分の隣にあった。

 というのにも関わらず、こんな頭がお花畑のような命令を突然下され困惑しない方が難しい。

 しかしライには断るという選択肢はなかった。断った瞬間自分の命は終わりだという事は知っているから。

 それによくよく考えてみるとそこまで悪い話ではないように感じた。死ぬ危険性がある仕事から、サーゼクスの下で何かしらの仕事に就く。おそらくは、使用人かそこらであろう。危険とは程遠い仕事だ。それに五〇〇年時間がある。いざとなれば逃げる事も出来るかもしれない、とライは高速で頭を回し、結論を出した。

 

「了解しました」

 

「あぁ、そうだ。裏切らないように身体に爆弾を埋め込め」

 

「了か、……は?」

 

 ◆

 

 

 ライはサーゼクスが住んでいる館の前で大怪我をし、サーゼクスに助けられるというマッチポンプで館に潜入することに成功した。そして記憶喪失を装いサーゼクスの館で働かせてもらうことを願い出た。

 ライ自身怪しい事は分かっていたが、サーゼクスの館で働くにはその方法しか思いつかなかった。

 心優しいサーゼクスは疑いもせず、ライを雇う事を決めた。

 

 雇われたのは良いが、やはり周りの執事やメイドからは疑いの目を向けられた。だから、まずは周りを信頼させなければと思い真面目に働いた。

 一年、十年、五〇年。怪しい事など一切せずにひたすら普通に働いた。周りから見れば、サーゼクスに対して恩を返すために頑張っている悪魔という風に見えた事だろう。

 

 そして六〇年程、働いた所で同じ執事仲間から飲みに誘われる事に成功した。

 ライは勿論断る事などせず、笑顔で了承した。

 そこからは早かった。執事達とは言え、男だ。

 下ネタの話をするだけで仲良くなれた。

 

 そして執事達がメイド達にも大丈夫、的な話をしたのだろう。今まではまったく話しかけられもしなかったメイド達からも話しかけられ、ライは笑顔で対応した。

 ライは中々整っている顔立ちだ。人によってはサーゼクスよりも格好いいと言う悪魔もいるかもしれない。それ程の美形だった。

 ……その事もありこの様な任務を与えられたのだが。

 

 ライ本人もそれは自覚していたので、少し優しくしたらメイド達はころっと懐いた。

 

 ここまで、およそ百年。長いか短いかは人によって違うだろうがライ本人は順調だと思っていた。

 屋敷の悪魔を掌握したライは漸くグレイフィアに接近する事を決意した。

 そして、冒頭に戻る。

 

 ◆

 

 正直、打つ手がないというのがライの本音だった。

 グレイフィアはそもそも館にあまりいない。サーゼクスのお供だったり、サーゼクスの代わりに出席したり、サーゼクスと共に出掛けたり。

 ──グレイフィアさんはサーゼクスさんのこと好きすぎないか?

 

 週に一回、出会えたら幸運な方だったりする。つまり年に良くて五〇回しか話すチャンスはない。しかしそれも挨拶だけで終わり仲良くなるチャンスなど無い。

 というかグレイフィアがサーゼクス以外と仲良く話しているのをライは見たことがない。

 ──友人はいないのだろうか?

 何か、仲良くなるチャンスはないだろうかとライは考えていた時に同じ執事に話しかけられた。

 

「ライ、話聞いてたか?」

「すみません、聞いてませんでした」

「仕事のしすぎじゃないか? まぁそれはともかく、来週一週間は仕事は休みだ」

「え⁈」

 一週間の休み。それはつまり五〇回の内の一回がなくなるという事を意味する。ライはがっくしという擬音がつきそうなくらい肩を落とした。それを見た執事はサーゼクスに尽くしている──振りなのだが──ライを見て信頼をさらに高めた。

 

「まぁそう落ち込むなよ。来週は休みとは言ったがただの休みじゃないぞ。執事とメイドの普段の頑張りを評価してくれたサーゼクス様が特別に人間界の別荘に連れて行ってくれるらしい」

「本当ですか? 執事とメイド全員で?」

「そうらしい。なんでもサーゼクス様が人間界の視察に行くからそのついでに俺達もだっていう話だぜ」

 

 サーゼクスが行くという事はグレイフィアも来るという事を知っているライは思わず笑みを浮かべた。

 

「それは楽しみですね」

 

 ──千載一遇のチャンス。

 こんなチャンスはもう来ないかもしれないほどの幸運。

 最悪でも今より仲を深めたいライの挑戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

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