サーゼクス暗殺計画 作:キュウシュ
持っている強さとは裏腹に女性らしい肩に手を置いてキスをした。
唇を触れ合わせるだけのキス。
ライは今まで誰ともそのような事をしたことがなかった。旧魔王派に属されていた時は勿論そんな余裕は無く、執事時代も館のメイドと仲良くなる事はあれど、グレイフィアの事もあり男女の仲には発展しなかった。
なので、ライからした事とはいえしばらくの間、頭が真っ白になった。
グレイフィアは突然の事に弾き飛ばそうとしたが、自らの行いからされるがままに受け入れた。ライの気がすむのならそれでもいいとさえ思っていた。
――サーゼクス、ごめんなさい。
愛する夫を思いながら。
だが、グレイフィアの想像に反してキスはすぐ終わった。
息継ぎのタイミングが分からなかったライはキスをする時は呼吸を止めていたので、唇を離した瞬間に盛大に息を吐いた。
「……落ち着きましたか?」
そう話しかけたライの表情は普段の冷静な顔を崩していなかったが、寧ろ自らキスをしたライの方が混乱していた。
そんな事とは露知らないグレイフィアは問いかけに頷いたと同時に転移の為に練っていた魔力を霧散させた。
「自分はグレイフィア様と離れたくありません。貴女との絆をこんな事で切りたくない。ずっと側に居てください。……それだけが自分の望みです」
頭が働かないライは思った事をそのまま口に出した。
ここまで積み上げたモノを切りたくないし、暗殺の為に必須のグレイフィアとは離れたくない。何一つ嘘を吐いていない。
グレイフィアはライの心からの発言に少し胸をときめかせた。
だが、夫を思い出す事で頭をすぐに切り替えた。
「それでも、貴方にした事は許される事じゃ……」
「先ほどのキス。それで、今回の事は無かったことにしましょう。……修行に行ってきます」
グレイフィアの言葉を遮り、ライはそう一方的に告げると部屋から出た。
◆
ライは朝食──といっても既にお昼頃だったが──をとることもなく外に急いで出た。
「はぁー」
ライはこの任務を開始してから初めて外で溜息を吐いた。今までミスらしいミスをする事なくグレイフィアと仲良くなれてきていたので、少し油断していなかったといえば嘘になる。
油断していたからこそあのような発言をしてしまい、運が悪かったのならそれで任務が失敗していた。
加えて、初めてのキスで動転してしまった。
──落ち着け、ライ。
胸に手のひらをあてながら、自らに言い聞かせた。
──自分の命もかかってる。
浮ついている余裕なんて自分にはない。
ライは現状をしっかり把握した事により普段の冷静さが戻った。
そして、ここでようやく自らが裸のまま外に出ている事に気付いた。上半身は勿論のこと、下半身も丸出しのままだった。
裸で外に出ている事にすら気づかないほど、慌てていた自分に苦笑しつつ、何か身に付けるものを探す。だが、辺りには服など落ちているわけもなくライは頰をかいた。
しばらく何か隠すものを探していたが、何もなかったので諦めた。
人は誰も居なく、寒くてどうしようもないというわけではなかったという事と、まだ戻りづらいあの家に帰りたくもなかったので、このまま修行を始めることに決めた。
先ずは体を温めようと思いランニングをしたのだが、何も抑えるものがないので、ナニがブラブラとしてしまい即座にやめた。
仕方なく、魔力関係の修行を始めた。
魔力とはイメージ次第で、如何様にもなる。
ライは地面に腰を落とし、瞑想を始めた。辺りは悪魔はおろか生物すら住んでいないような僻地なので集中するにはとても便利な場所であった。深く深く心の中へと入っていく。誰の声も届かないような深くへと。
ライは普段から暇があれば瞑想を行っている。深く自らの中に入っていくと真っ暗な場所に自分が存在しているような感覚を常に覚えていた。そこでは、あらゆることをイメージする事が出来るのでライは好んで入っていた。
しかし、今回はそこに扉が三つ思い浮かんできた。
真っ暗な世界なので、何もライには見えない筈なのに何かある事が感じ取れる。分厚い分厚い鉄のようなもので出来た扉。それが左前、正面、右前という風に並んでいて、左前の扉のみ開かれていた。
──これは?
何か懐かしいような気分を味わったライは開かれている扉へと近づいていった。ライの背丈の十倍はありそうな扉に息を呑みながら、中を覗いてみる。当然、真っ暗であるから中を見る事は出来ない……が、入る事は出来るような感覚がした。
入って中に何があるのかを確かめたい。その一心でライは暗闇へと足を踏み入れた。
◆
「貴方は────の子供なの。だから、将来はきっと立派な悪魔になれるわ!」
「うん、頑張る!」
「じゃあ、今日も頑張りましょうね! イメージして。貴方には言葉を交わした相手を惑わす力がある。疑ってはダメよ。自らの力を信じる事が強くなるための一歩だから。誘導して、誘惑させて、誘引して、誘致して、誘発させる。貴方には造作もない事よね。惑わしつづければきっと、貴方はその先へと行ける。そこに辿り着ければ、貴方は──。……私の子供なんだから、それくらいは出来るわよね。だって、貴方はそう────だから。あぁ、あぁ! なんて素敵なのかしら。本当に本当の悪魔になれるわ。あんな名前だけの奴らじゃない、真の悪魔に。上手くいってよかったわ、伝承再現魔法────。なんて麗しい、美しい、逞しいのかしら。貴方を見てるだけで鼓動が高鳴る。早く大きくなってね。そしたら、私が……食べてあげるから」
◆
「は!」
ライの意識は突然、現実へと戻された。額には尋常ではない量の汗が流れていた。
──何だ、今のは。
優しい雰囲気の女性だと思っていたら、なんか実はヤバそうな奴だった。端的に言えばそんな事である。
──夢?
即座に否定する。夢にしてはあまりにも現実感があった。生々しいあの声はとても夢とは思えなかった。
──なら、自分の内なる欲望?
ライには母親好きの趣味はないし、頭のおかしい奴を好きになる趣味もない。そもそもライは扉に入ったら突然、あの光景が見えてきたのだ。ライ自身は何も考えてはいなかった。
──イメージじゃない?ㅤ記憶?
覚えていない記憶の中の出来事。そう考えると何故か酷く納得した。声しか聞こえなかったので、ハッキリとした事は分からないが自らの声に似たような声も聞こえたのでほぼ間違いない。年代は幼少期くらいの頃だと思われる。
──なんというか、悍ましいな。
狂気を孕んだ、母親と自ら言っていたモノの声を思い出してライは体が震えた。強さ的には大した事はないかもしれない。だが内包している性質が悪すぎるように感じた。
ライは額から出ている汗を拭いながら、空を仰ぎ見た。
──今日の運勢、最悪だな。
朝はグレイフィアと一悶着あり、昼は修行しようとしたらよく分からない記憶が蘇る。ライは何もかも全部投げ捨てて、セラフォルーと魔法少女談義したくなった。
「セラ様元気かな?」
数日前に会ったばかりなのにもう何十日も会っていないような気がするライ。それだけ今日の出来事はインパクトのある事だったという事もあるが、セラフォルーとの日々がそれだけ楽しかったのだ。
セラフォルーはライから見て……というより誰から見ても、頭のネジが何本か外れているような悪魔である。端的に言うと少しアホっぽいのだ。魔王としての公務をしている時はどうだか知らないがライといる時は大方これである。
だからこそ、ライはグレイフィアと話している時と違い頭を使わなくても話せる。つまり、楽なのである。
疲れない楽でもあり、楽しい楽でもある。
セラフォルーの前では本当の自分を……見せているわけではないが、大体は見せている。その様な理由からセラフォルーと話すときが最も楽しい時間であった。
ライは地面に寝転がりながら、手を上に向けた。
「もっと、早く会えていたらな……」
旧魔王派はライが覚えている限りでは意識がハッキリしていた事から生まれて直ぐに所属していたと思っていたが、先の記憶からそうではないのかもしれない事がわかった。何処か別の場所で産まれていた。あの母親の言い分だとライを手放すとは思えないので、何かあったと思うべきだろう。紆余曲折あり旧魔王派に属することになったというわけだ。
──何故、旧魔王派なのだろうか?
ライから見て旧魔王派に属する下級悪魔の命の価値はゴミみたいな扱いをされていると理解している。そんな所に入れないで、セラフォルーの様な新魔王派に入れて欲しかった。
そんなあったかもしれない妄想をしていたら、辺りは既に真っ暗になっていた。
家に帰ろうと思い、ライは立ち上がろうとした時だった。
『やっほー☆ㅤ聞こえてるライくん?』
頭の中に直接話しかけられた気分を味わい、ライは再び地面に腰を落とすことになった。
『あれ?ㅤ聞こえてないの?ㅤおーい☆』
この聞き覚えのある声と喋り方で思い当たる悪魔をライは知っている。
「……セラ様。どうしたんですか、というかどうやって話しかけてきてるんですか?」
『話したくなっちゃったから、頑張ってみたの☆』
意味分からん、と言いたいがグッと我慢した。自分が知らない技術でなんかやってるんだろうなと納得させて会話を続ける。
「……自分もセラ様と話したいなってちょうど思ってました。なんだか無性に会いたい、と」
『ほ、ホント!ㅤなら会いに行くよ☆ㅤ場所はどこどこ?』
「いえ、修行中ですので申し訳ありませんが……」
セラフォルーが来たら修行どころでは無くなりそうなので、丁重にお断りした。
『……もう男の子って本当……。しょうがないなぁ、我慢してあげる☆ㅤじゃあ声聞きたかっただけだから、バイバイ☆』
本当に声を聞きたいだけに連絡をしてきたセラフォルーにライは苦笑しつつも嬉しくなった。だから、ライは口を滑らせた。
「……セラ様の声を聞いて元気が出てきました。グレイ……色々と頑張ります!」
『え?ㅤグレイフィアちゃ……』
突然、会話の途中で声が途絶えてしまった。ライは首を傾げながらも、話が終わったから切ったのかと一人納得して家へと歩き始めた。
◆
ログハウス前に帰ってきたライだったが、中に入ることはせず扉の前でドアノブに手を掛けたまま停止していた。
──なんて、声を掛けようか?
一方的に話して家から飛び出して行ったので、何とも入りづらかった。うーん、と頭を悩ませていると扉が勝手に開き始めた。
「おかえり、なさ……」
どこかぎこちなく笑うグレイフィアはライの姿を見て固まった。上から下までじっくりと見られ、何かと思いライは自らの体を見た。
裸であった。
裸であったのだ。
一先ず、大事なところを手で隠して告げた。
「…………グレイフィア様のエッチ?」
ライの顔面に魔力弾が放たれた。
◆
「その、すいませんでした。なんだか元気がなさそうだったので、励まそうと……」
自らが裸であった事を忘れていたライは瞬時に判断し、何が最善かと思考を回した結果があの言葉だった。恥ずかしがったら気まずい空気になり、怒るわけにもいかない。ライ自身、ベストな選択だと思ったのだが……。
「いえ、気にしてませんから」
感情が一切感じられない、冷たい反応をされてしまった。
グレイフィアが作ってくれた晩御飯を痛いくらい静かな部屋で黙々と食べる。沈黙というものをライはどちらかというと好んでいるが、この様な沈黙は別だ。
「あの、今朝の件はその、ごめんなさい」
グレイフィアが唐突に口を開いた。
「いえ、あれは事故みたいなものですから。もういいですよ」
まだ気にしている様子のグレイフィアを見てライはため息をつきたくなる。
「……やってしまったから、やられてしまっても文句は言わないわ」
暗に抱いても構わないと言っているグレイフィアに目を見開いた。鋼鉄の精神力を持っているライだから良いもののそこらの悪魔に言ったものなら即ベッドコース間違いなしな台詞である。
「冗談もほどほどにして下さい。自分はそんな事を望んでません。普通に明日から修行をつけてくれるだけで大丈夫ですよ。……と言いたいところですが、こう言ってもグレイフィア様はずっと気にしてしまいそうなので一つだけお願いがあります」
項垂れているのを直ぐにやめて、ライの方を見るグレイフィア。
「その……一緒に寝てくれませんか?」
「え?」
「あ、いや、その変な意味ではなくてですね。修行中に少し変なモノを思い出してしまって寝るのが……少し怖いんです」
いつまで経っても気にするグレイフィアに対してライはなんとか良い塩梅のお願い事が無いか、考えたところこれに落ち着いた。
今のグレイフィアの精神的に、押したら事が出来そうな気配はあるが大局的に見るとそれは罠であると理解している。なので先ずそれは却下であった。
だが、罪悪感を消すにはグレイフィアの心情的にかなり恥ずかしい事をする必要があった。
恥ずかしいが怪しいことでは無い際どいラインがライには要求されていた。そこで、一緒に寝る──所謂、添い寝を思いついた。
ライとしてはグレイフィアに甘える子供の様なモノをイメージしてしまいあまりしたくはなかったのだが、これしか思いつかなかったので実行に移した。
余談であるが、この作戦はそう悪いものでもなかったりする。ライはグレイフィアに対して常にクールで優しい悪魔として接してきた。そんなライが甘えてくるというシチュエーションは中々に悪く無いものだったりするのだが、ライとしてはそんな発想はなかった。
「……分かったわ」
グレイフィアとしても罰──であるかどうかは微妙であるが──を受けたかったので、首を縦に振った。
◆
「そういえば、変なモノって?ㅤ何を思い出したの?」
お風呂に入り終わり、綺麗になった二人は今朝と同じベッドに今度は自らの意思で入った。ライとしての添い寝のイメージは肩が触れ合う程度だったのだが、何を勘違いしたのかグレイフィアは何かと体──というより胸をくっつけてきた。ライも男であるので反応しそうになる部位を今度は芋虫の大群を想像することにより相殺させる。
「昔の、無くしてしまった記憶です。確か、惑わす力があるとか、自分を食べるとか何とかよく分からない事ばかり言ってました」
「……もっと詳しく教えてくれない?」
グレイフィアは何やら興味津々な様子であったので、ライは瞑想を始めた時の事から詳しくグレイフィアに説明をした。
「そう……。その話、貴方の力の謎についてかなり大事な事ね」
「自分の力って何の事ですか?」
「あぁ、そういえば言ってなかったわね。実は……」
今度はグレイフィアがあの模擬戦の最後に見せたライの不思議な技について説明をした。
「そんな事が……。自分にそんな力が」
「まぁその力の謎も気になるところだけど、今はそれよりも貴方が感じた扉の方が重要ね」
「どういう事ですか?」
謎の力の事について頭がいっぱいで、扉の事など考えてもいなかったライはグレイフィアに聞き返す。
「おそらく、その扉は力の封印よ。前々からおかしいと思ってたの。貴方はかなり昔から鍛錬をずっと続けていたにも関わらず中級程度の実力しかない事に。どんなに才が無い悪魔でもそれだけ年月をかけたのならもっと強い筈。その開かれていた扉は貴方の成長力の阻害とその惑わす力の封印だと考えられる」
「つまり、前より強くなっているのはそれが解放されて力が還元されたという事ですか?」
「そういう事だと思うわ。更に貴方の感覚ではまだ封印はされてある。それを解除させる事が出来たら短時間で強くなれる」
自分の体の事なのに何一つ理解していなかった事に対して愕然とした。だが、今はそんな事はどうでも良かった。強くなれるのなら強くなりたい。旧魔王派の柵も何もかもをどうにか出来る気がしたからだ。
「どうすれば、解除できるんでしょうか?」
「……この間、貴方が寝ている間に気になったから体を解析してみたけれど、外側からは封印されていることすら気づかなかったわ。……だから、やるとしたら中からね」
ライの背中に一筋の汗が流れた。体を解析している時に爆弾の存在に気づかれていた可能性もあったからだ。気付かれていたら条件を満たしたと判断されて爆破されていたかもしれない。
幸いな事と言っていいかはわからないが、旧魔王派が仕掛けた爆弾はグレイフィアにも発見できないレベルのものか、どうかはわからないが発見されなかったようであった。
「中というと、どうやってですか?」
体をかっ捌いたりするのなら、流石にお断りしたいライだった。
「──よ」
ライは小さな声過ぎてよく聞き取れなかった。
「すみません、もう一度言ってもらっていいですか?」
「……貴方の体の一部を……私の体に入れるの」
「それってつまり……」
「……性行よ」
ライはあまりにもあまりな行為に唖然とした。
「それは流石に不味いです。……キス程度ならまだしもそれは……」
「体の最も深い所同士で繋がる事で互いを把握して、そこから封印を破壊するの。だから、上部だけの繋がりだと意味がないわ」
「その方法しかないのなら、このままで平気です」
性行為しなくては手に入らない力というのなら、どうしても欲しいというわけではなかった。それにあるかどうか分からない封印を出来るか分からないのに試すというのもする事に躊躇う要因だった。
「……いえ、やるべきよ。今の貴方がセラフォルーの眷属に相応しい悪魔かと聞かれると微妙な所よ。力が手に入る可能性があるならやるべきよ」
「うっ」
それを言われるとかなり痛い所だった。力が足りないのはライも理解している。
だが、その為の修行であり今の現状である。なのにその事を言い寄って行為を迫ってくる理由は……。
「……グレイフィア様は性行為をしたいんですね。罪悪感を拭いたいから」
「……」
今度はグレイフィアが言葉に詰まる。先からの身体的接触も全てはライが手を出してくれるのを狙っていたのだ。ライが手を出したらした事の条件は同じになるから。
「……サーゼクス様に申し訳ない、そう思わないんですか?」
「……サーゼクスも大事だけど、貴方も大事なの。このままだと貴方が遠くに感じる!ㅤ貴方との関係が崩れるのは……耐えられない。また、貴方といつもみたいな関係に戻りたいの!ㅤだから……」
ライは目を瞑った。
想定以上に好かれているのは良かったが、ライはここで手を出していいのか悩んだ。
今まで手を出すのを拒んでいたのは、関係が遠くなる事を恐れたから。だが、寧ろグレイフィアが望んでいて、更にしなくてはいけない理由がある。
しかし早すぎるような気もする。
ライは長い間──時間にして十分ほど──
「……分かりました。……二人だけの秘密ですからね」
「うん」
「今だけは自分の事だけ見て下さい」
二人は封印の解除に挑んだ。
遅くなりました!
録画していたもののけ姫を観て、心が浄化されてしまい書けない状態になってしまっていました。
やっぱ、ジブリすごいなぁ。
今回もお読みいただきありがとうございます!