サーゼクス暗殺計画 作:キュウシュ
分かりやすいように丁寧に書いていったらこんな文字数に……。
前回の予告通り、今回で序章が終わりです!
どうぞ!
ライは自らの方へやってくるグレイフィアを見た。普段の意図的に作っている無表情ではなく、心から何も考えていないかのような顔をしていた。
『サーゼクスのため』
ライの耳には実際に聞こえた訳ではなかったが、そんな言葉が脳裏を過ぎった。その瞬間、ライに向かって魔力弾が放たれた。
ライの体より大きいサイズの魔力弾がやってくるが、ライは冷静だった。爛れた日々を過ごす前にちゃんと行なっていた修行でこれと同じくらいの魔力弾をグレイフィアが見本として見せてくれていたからだ。
ライは右手に同サイズの魔力弾を作る。半年前とは比べものにならない程、魔力が増えたライにとって大した苦労にはならなかった。それをグレイフィアが放った魔力弾の真ん中よりやや下を狙って撃つ。威力は溜め無しで作ったライの方が低かったが、グレイフィアの魔力弾を上手く真上へと弾き飛ばした。そのせいで、家の屋根が吹き飛んでしまったが相殺に成功する。
──やれる。
ライは無意識に少し笑った。半年前は手も足も出なかったグレイフィアと魔力戦が出来ている。状況は最低であり、命の危機でもあったが強くなれている事に対して少なくない喜びがあった。足に、そして腹にグッと力を入れて立ち上がった。
──とりあえず、何か話さないと。
グレイフィアの主観では自らを意図的に操っていたように感じている筈だ、とライは考えていた。ライが悪意を持ってグレイフィアを誑かしていて、それが解除されたから怒っているのだと。信頼していた友達から裏切られたからこそ怒っている、と。
だが、ライにはそんな意図は無い。確かにいつかは誑かしてサーゼクスを暗殺させようと思っていたが、それはこんな暗示させてやらせるような下衆い方法を使うつもりは毛頭無かった。
グレイフィアをしっかりと恋に落として幸せにして、納得させた上でと。そうライは思っていた。
先ずはそれを説明しないと何も始まらない。思い至ったライは口を開こうとしたが、開けなかった。
空間が死んだ。
そう錯覚するほどの重圧を感じたからだ。発生源はライの前方。すなわちグレイフィアだ。
体からオーラが迸っていた。そのオーラが風を引き起こし小さい台風の様でもあった。
ライはその場に留まっているので精一杯だった。物理的に風が凄まじいというのもあるが、逃げ出したいという気持ちを抑えきるのに必死だったからだ。
──勝てるわけがない。
何を勘違いしていたのだろうか。強くなった。確かに強くなった。だが、それだけだった。
どれだけグレイフィアは手を抜いてくれていたのか。普段、生活している時もライに力の使い方を教える時もずっとライに負担にならない様にこんなオーラは出していなかった。そんな事に気付かなかった自分がとても恥ずかしかった。
そして、この魔王級のオーラを出している意味をライは正確に読み取ることが出来た。
──殺すつもり、か。
手加減する気は毛頭ない、というのは一目見れば分かった。それに対抗する力をライは持っていない。よく分からない力を使えばどうかは分からないが、使い方が今ひとつ分かっていないものに頼れるほど精神的に余裕はなかった。
グレイフィアの手のひらには見たことがない魔法陣が浮かんでいた。見たことすらなく、解析も不可能。魔力で出来ているのかそれとも別の理論の元構成されているものかのかすらライには分からない。だが、必殺たり得るものだということだけは分かってしまった。
──それでも、何もしないで死ぬという事だけはしたくない。
魔力で盾をイメージしたものを前方に作り出す。攻撃するという手も取るには取れた。だが、到底今のグレイフィアに通用する気がしなかった。
魔力で出来た盾。だが、イメージ次第で高硬度になる。
「はぁ!!」
体の中の魔力全てを使い切るつもりでライは構築した。そうでもなければ、一瞬すら持たない。そんな予感がしたからだ。
薄く透けている盾越しにグレイフィアの攻撃が迫ってくるのがライには見えた。ライの方向にやってくる余波で辛うじて残っていた家が吹き飛んでいった。右手を盾の方向に向けながら、衝撃に備えた。
「う! お、おおお!」
ぶつかり合った瞬間、すぐさま接触面が崩壊した。ライは残り少ない魔力で持ちこたえようとしたが、衝撃波によって真後ろへと吹き飛ばされた。
うつ伏せの態勢で顔だけ上を向いた。
──もう……。
痛みに耐えるためにライは目を瞑った。
瞬間、辺りは極寒の真冬になった。
「グレイフィア、ちゃん? ……最初は修行だと思って見ていたけど……。今、貴女私のライくんを殺そうとしたよね? したよね?」
ライはグレイフィアに対処するために全神経を張り巡らせていて、セラフォルーの存在が頭から抜け落ちていた。自らを守るように立っていたセラフォルーの声を聞いて漸く思い出した。のだが、いつものセラフォルーの優しさが今のセラフォルーには無かった。
──不味い。
ライは様子がおかしいセラフォルーを止めようと立ち上がろうとしたが、体に力が入らなかった。体が死を覚悟した事により、一時的に活動を妨げていた。
「セ、ラ、様」
なんとか声だけでセラフォルーを止めようとするが、声がかすれてうまく話せない。
「大丈夫だよ。私がちゃんと……殺してくるから」
優しい笑みを浮かべているが、宣言してくる言葉は恐ろしい。
セラフォルーに手を伸ばすが、それが届くことはなかった。
そしてセラフォルーからもグレイフィアと同格のオーラが吹き荒れる。普段はおちゃらけていて、強さのかけらも見せない彼女だがそれでも魔王。弱いわけがない。
オーラとオーラの、それも莫大なモノ同士が至近距離に存在しているという事と体に力が入らないことも合わさり、ライは息をすることすら難しかった。
「グレイフィア、今謝るなら苦しまずに殺してあげるけど?」
「…………」
「そう、謝る気はないのね……」
セラフォルーの右手からはとてつもない冷気を帯びた氷がグレイフィアに放たれたのだが、それをグレイフィアは同じく右手から炎を出して相殺した。
相殺の際に湯気が煙のように発生しライの視界は真っ白になった。しかし耳には先と同じような氷が溶ける音や魔力弾がぶつかり合う音が聞こえる。
──止めないと。
二人が離れ、ゆっくりと自分のペースでゆっくり息をして心を落ち着かせることで、体の硬直が漸く収まったライは二人の戦闘を止めたいのだが、ライからは二人の姿が全く見えない。
そもそもライには二人の戦闘を止める力はない。戦闘の間に割り込んだらグレイフィアに即殺されるだろう事はわかる。だから止めるのならセラフォルーになる。
だが、視界が悪すぎてどこに居るのかが分からない。
「セラ様! こんなことやめてください!」
必死に声を張り上げるがセラフォルーからの返事はなく聞こえるのは戦闘音だけだった。戦闘音自体は割と近くから聞こえているので声が聞こえないという事はなさそうだったが、返事はない。そんな余裕がないのか、止める理由にはならないから無視しているのかはライには分からないがどちらにしても良くはない。
セラフォルーが来てくれそうな話題を必死に考えるがとてもくだらない事──魔法少女──しか頭には浮かばない。セラフォルーとは殆どくだらない話しかした事がないからであるが、それが今裏目に出た。セラフォルーが攻撃を中断してまで、冷静になってくれるような話題。今までのセラフォルーとのやり取りを全て思い出してライは思考を回す。
「セラ様、今来てくれないと自分は下僕になりません!」
その瞬間、戦闘音は止んだ。効果があったのか、とライが思った瞬間自らの方へ魔力弾がやってきていた。ライが張り上げていた声にグレイフィアが気付き、そこを狙われたのだ。
瞬き一回する前に着弾しそうな程近いので回避は不可能だった。
「うっっ!」
だが、ライのお腹に当たったのは魔力弾ではなく、セラフォルーの頭だった。セラフォルーにタックルされて弾の軌道から外れる事ができ、着弾を避けることが出来た。
自分の上で抱きつくような態勢で動かないセラフォルーを見てどうしようかと悩むライだったが、場所が分からないグレイフィアが四方八方に攻撃をしてくるので一先ず彼女を抱えてこの場から離れた。
セラフォルーを抱えながら──所謂お姫様抱っこ──ライはセラフォルーに声を掛けた。
「すみません、さっきのは嘘です」
胸に顔を埋めていたセラフォルーはおずおずと顔をライに見せた。
「ホント? ……嘘じゃない?」
「嘘じゃありません。自分は貴女以外の下僕になる気はありませ。それほど、貴女に惚れ込んでいますから」
一度、ぎゅっとライの体を抱きしめた後いつもの様な人懐っこい顔に戻った。ライはその顔を見て、冷静になったと判断して今の状況を説明し始める。
「それでですね。グレイフィア様が今襲ってきているのは全部自分の所為なんです。だから、殺すなんて事はしないで下さい」
「……グレイフィアはライくんの事を殺そうとしてるのに?」
「それでもです」
「……しょうがないな☆ 将来の下僕のお願いだから、聞いてあげる!」
ライは安心から表情が少し緩んだ。
「ライくんはさ、何をしたの? グレイフィアちゃんの怒ってるの……ううん、グレイフィアちゃんがあんなに哀しんでるの初めて見るよ」
──哀しい?
こんなに攻撃してくるのは怒っているとばかり考えていたライにとってグレイフィアが哀しんでいるとはとても思えなかった。
「……実はですね……」
ライは自らの魔力の性質やそれによりグレイフィアを意図せず誘惑させていた事をセラフォルーに話した。だが、グレイフィアと体の関係までしてしまった事については秘密にし、キスだけはしてしまったと嘘をついた。
「ライくん……」
「その、すみません」
何故か、セラフォルーに謝ってしまった。
「……はぁ、謝るのは私じゃないでしょ! グレイフィアちゃんにだよ、まったく!」
再びセラフォルーは険しい顔をグレイフィア、そして今回はライにも見せたがすぐに鳴りを潜めた。
「それで、ライくんはグレイフィアちゃんに謝りたいって事でいいの?」
「はい」
そう言った瞬間ライは悪寒を感じ、右へ跳ねるように避けた。今までいた場所を見るとピンポイントで地面が抉れていた。
「……でも、この通り近づけないんです」
「うーん、結局グレイフィアちゃんを倒さなくちゃいけないって事かな☆ でもグレイフィアちゃん強いからなぁ」
勘とそしてグレイフィアという悪魔の思考を読みダンスを踊るように軽快に攻撃を避けながら逃げながら作戦を考え始めた。
「セラフォルー様と同じくらい、ですか?」
「うん。だから正直なところ、勝てるか分かんないかも」
魔王と同じくらい強い。噂で知っていた事とはいえ本人から聞かされるとやはり衝撃を受ける。
そんなライの心境が分かっていたのか、セラフォルーは言葉を続けた。
「……私だけならね。でも今はライくんがいる! 私とライくんが組んだらグレイフィアちゃんに絶対勝てる!」
ライはセラフォルーやグレイフィアと実力差がありすぎてセラフォルーと組んだところで、寧ろ足を引っ張ると思った。
自分なんかがいたところで、と……。
だが、ライはセラフォルーが信じた自分を信じたかった。
出来ると計算したわけではないのはセラフォルーを見れば分かる。
ただただ、そう信じている。そんな目をしていた。
戦闘においてもリスクを計算しながら戦うのがライのやり方だが、今はそれを無視した。
「
ライの心の中には既に怯えの感情は無くなっていた。
「うん! じゃあ先ずはこれ!」
セラフォルーは胸元をゴソゴソとしてあるモノを取り出した。
「『悪魔の駒』?」
「そう! 兵士の駒以外を使ったなら特性が付与されるから、強くなれるよ」
「……セラ様と約束しましたよね。強くなってから貴女の眷属になる、と」
「さっきのライくんの魔力の波動を見たけど、もう上級悪魔でも通用するほど強いからクリアでいいよ☆」
「貴女は良くても自分が良くないんです」
「今、ライくんが受け入れてくれないと私は死んじゃうかもなぁ☆」
「……あぁ、もう分かりました。そもそもこの状況は自分のせいですからね。でも必ず貴女を守れるほど強くなります、必ず」
約束を破る様でかなり情けないのだが、こんな状況で強くなれるのならとプライドは投げ捨てた。
ここで、ライはふと疑問が浮かんだ。
「悪魔の駒ってそこまで性能が上がるものなんですか?」
この土壇場の時に取り出すという事はかなりのパワーアップアイテムなのか、と期待したライは声を若干高めた。
「うーん、あんまり!」
じゃあ、なんで今出したんだよ。とツッコミを入れたくなるライ。
「……それなら、今じゃなくても良くないですか?」
「えー、今が良い!」
「なんで⁈」
駄々をこねるセラフォルーにライは遂に敬語ではなくなってしまった。
「絶体絶命の時に眷属にするっていうシチュエーションにすっごく憧れてたの!」
──その眷属が私を助けてくれるっていうのもね……。
あんまりにもあんまりな理由でライは口を開けっぱなしにした。
「駄目?」
胸の前で抱えている現状、セラフォルーはライを上目遣いで見ていた。その姿を見て、少し動揺してしまいライは断る言葉が出なくなってしまった。
「……分かりました! やりましょう。こうなったら、何でもやってやりますよ!」
少しテンションがおかしくなったライは頷いた。
「えーっと、女王の駒で良いよね?」
「いいで……いえ、兵士の駒らへんにしません?」
思わず肯定しようとしたが、悪寒がした事により否定した。
「絶対ダメ! 一番信頼してる悪魔は女王なの☆」
目に込められている意志からセラフォルーが断ることはないという事が分かったライは渋々受け入れた。
「我、セラフォルー・レヴィアタンの名において命ず。汝、ライよ。我が女王としての責務を果たすことを誓え」
「私、ライはセラフォルー様の女王として貴女に絶対の忠誠を、そして貴女のお力になる事を此処に誓います」
「なれば、我が下僕として新たな生を歩め!」
ライの体に女王の駒が入った。セラフォルーの言う通り元々それなりの強さを持っていたライにとってはそれほど大きな変化ではなかったが、今までとは確実に違った。それは強さという点もであるが、セラフォルーの下僕になったという意識の違いでもあった。
「それでご主人様、如何様に?」
「もう! 今まで通りセラって呼んで☆ それじゃ作戦を説明するね☆」
普段のセラフォルーとは違い真面目な顔をしているのでややライは驚きながら、作戦を聞く。
「……分かりました。それでいきましょう」
「やった☆ それと……えい☆」
セラフォルーの手のひらにはライが見た事がない魔法陣が浮かび上がる。と同時に、ライの体が光に包まれた。
「これは?」
体のうちから力が湧き出てくるような感覚に少し戸惑いながらセラフォルーに尋ねる。
「これはね、魔法少女にしか使えない魔法だよ!」
相変わらず意味が分からないので、ライは頭が痛くなる。
「まぁ何でもいいです。それじゃお願いします」
「了解☆
その瞬間、セラフォルーの前方にあるモノは全て凍りついていく。
まるで、セラフォルーから雪なだれ──しかもとてつもない冷気の──が起こっていると錯覚する程だった。ライはこれで勝てるんじゃと甘い想像を一瞬するが、グレイフィアのいるであろう場所に技の効果が及んだ時、膨大な湯気が発生したのを見てその考えは無くなった。
ライはセラフォルーの命令通りの行動をする。
◆
グレイフィアは以前にもこの技を見たことがあった。なんだかんだでセラフォルーとは長い付き合いなので、相手が使える技くらいは知っている。
──セルシウス・クロス・トリガー? だったかしら。
突然、攻撃が無くなり自らを殺す気が無くなったと思っていたが、この技を使ってくる辺りそういうわけでもないのかとグレイフィアは考えた。セラフォルーが使った零と雫の霧雪は威力、そして何より範囲がえげつない技である。名前の通りセラフォルーが得意としている氷の魔力による技であるのだが、本来は個人に向けられる技ではない。敵多数を仕留めるためにセラフォルーが考えた技であり、技の範囲は小さい島なら全てを凍りつかせる事が出来るほどだ。
だが……。
──私なら……。
威力という点においてはそこまで強いとは言えない。これはグレイフィアにとってはという事で、一般的に考えたら威力も恐ろしいレベルなのだが、範囲攻撃の技という事からどうしても威力が分散されてしまう。それなら、同レベルの力を持っているグレイフィアなら対処のしようはある。何故、セラフォルーがこんな意味のない攻撃をしたのかを考えるが、目の前に迫ってくる攻撃を見てそれは後回しにする。
グレイフィアは両手を前に突き出し、来たる攻撃を相殺するべく炎を生み出す。
セラフォルーと同じく、尋常ではない熱さの炎を広範囲に展開して放った。炎と雪が衝突し先とは比べ物にならない程の湯気が発生する。もわもわとした空気が肌に触れ少し不快であると共にセラフォルーの姿を視認することが出来なくなった事に焦りを覚える。
風を生み出して視界の確保をしようとしたグレイフィアに魔力弾が飛んできた。威力はそこまでないので手で振り払うのだが、次々と魔力弾がやってくる。セラフォルーからもグレイフィアの位置が見えていないので、数打ちゃ当たるとばかりになんとなくいるであろう場所に無差別に放っていた。
──何でこんな事を?
グレイフィアにはこの攻撃の意味が分からなかった。こんな魔力弾は当たったところでグレイフィアにとっては痛くもかゆくもない。膨大な魔力量を持っているとはいえ、悪戯に魔力を消費するのは得策ではない。セラフォルーの真意が読み取れなかった。
だが、やられっぱなしというわけにもいかないので、セラフォルーから放たれている魔力弾から場所を逆算して居場所を突き止めそこに魔力弾を放つ。
再び魔力の撃ち合いが始まるのだが、先ほどとは違いセラフォルーの魔力から殺意を感じなくなった。まるで、殺さないようにしているような……。
ここで、グレイフィアの耳は自らに迫ってきている音を聞き取った。風を裂くような音の発生場所を思い至り、上を向いた。
未だ湯気がひどく目には見えないが確かに何かが降ってきている。
左手を上に向けて物体を撃ち落とすべく魔力弾を撃つ。しかしグレイフィアには当たった感触を感じ取れなかった。
──当たらなかった?
もう一度確かめようとした時、セラフォルーからの攻撃が強まった。まるで上にあるものを狙わせないかのように。
セラフォルーの狙い通り、片手では対処が出来なくなったグレイフィアは両手を使って迎撃をするしかない。だが、セラフォルーの行動から何か致命的なモノが上から降ってきているのは分かっていたので、視界は上に向けていた。
段々と落下の際に湯気が辺りに散っていき落下物の正体が見えてくる。グレイフィアはそれを見て驚き、そして殺意を抱く。
セラフォルーへの攻撃をやめて、一旦その場から離れる。グレイフィアの周囲はまだ湯気が晴れていないので攻撃をしないのであればセラフォルーからは探知できない。落下の軌道を予想してその地点までグレイフィアは移動をする。
到着したグレイフィアは両手に魔力弾を作り放つが、落下物──ライは既に翼を広げていて空を自由に飛び回っているので当たらなかった。
数を撃っても当たらない可能性を考慮したグレイフィアは当てる事に力を注ぐ。小さいサイズの魔力弾を空気中に散布するかのように撃つ。一つ一つの威力はそこまでだが、当たる可能性がグンと高まる。
逃げるという事は作戦上出来ないライは回避不可能を悟ったのでら腕を体の前でクロスして衝撃に備えた。心臓付近にあるであろう爆弾だけは死ぬ気で守るために。
「くっっ!」
グレイフィアにとっては弱くともライにとってはそれなりの威力を秘めている攻撃であるので、かなり痛い。だが、耐えられないほどではなかった。それは女王の駒の効果とセラフォルーの身体強化の恩恵だった。
魔力弾が敷き詰められている空間を乗り切ったライはグレイフィアへと一直線で降下する。落下によるスピードを最大限まで活かす。
グレイフィアは今度こそ本当の必殺たり得る技をライに放とうとする。あのスピードでは空中で回避は不可能というのを確信していたから。
だが、そんなグレイフィアの体に魔力弾が撃ち込まれた。全く把握していない所からの攻撃にモロに食らってしまったグレイフィアは膝をつく。
「グレイフィアちゃん、隙だらけだね☆」
あれだけバンバンと魔力弾を撃っていればセラフォルーからはグレイフィアの居場所を突き止める事は造作もないことだった。そして、ライに注力している時に近づく事も。
──彼は最初から囮か。
ライを殺すのに執着しているグレイフィアは彼を発見したのなら攻撃するであろうと判断したセラフォルー。予想通り攻撃したグレイフィアはセラフォルーから意識をそらしてしまった。
「グレイフィアちゃん、もう止めよう。こんな事してもムダだよ!」
「何もムダなんかじゃない! 何も知らないくせにしゃしゃり出て来ないで!」
「ううん、全部聞いたよ。あのね……」
「ぜ、んぶ?」
ここで不幸な勘違いが生まれた。セラフォルーにとっての全部とは能力の暴走の結果キスしてしまった事だが、グレイフィアにとっての全部とは能力の暴走の結果数ヶ月のベッド修行の事を意味していた。
グレイフィアは腹に感じる痛みを無視して翼を広げ飛び立つ。セラフォルーとしてはここまでの戦闘に関しては全て計算通りで、ここでグレイフィアと話して和解しようと思っていたので突然のグレイフィアの行動に対処出来なかった。
「ライくん!」
だが、ライは違った。セラフォルーを信じていなかったというわけではない。これは、グレイフィアの怒りの程を知っていないセラフォルーと知っているライとの差だった。
だから更に次の手をライは考えていないわけがなかった。
ライは体の中からなけなしの魔力をなんとか捻りだす。だが、よく分からない魔力の性質を使うわけではなかった。ライとしてはグレイフィアにしてしまった事や自らにも作用してしまう力は怖かった。トラウマとも言えるかもしれない。
だから魔力本来の使い方をする。先程
構造を理解したライはセラフォルーの優しさを知った。この魔法は対象の体を理論上はどこまででも引き上げることが可能であるのだが、使用後にリバウンドがくるのだ。つまり、筋肉痛かもしくはそれ以上の事になる。セラフォルーは使用後、ほとんど体に支障がない程度の強化のみしか行っていない。それで十分だと判断したからだ。
だがこちらに迫ってきているグレイフィアと対峙するには今のままでは役不足すぎる。リスクを背負わないで勝てる相手ではない。
両手で魔法陣を展開する。効果内容は身体能力を引き上げる。倍率はおよそ十倍で、おそらく効果後は筋肉断裂くらいは余裕であるであろう事をライは把握していたが、力を得るには相応のリスクを背負うのは当たり前だと判断して気にしなかった。
ライは既に落下し終わり地上に降り立っている。そこにグレイフィアが鬼気迫る表情で魔力弾を飛ばしながら迫ってくる。身体能力が上がった事により余裕を持って回避する。元々上級悪魔ともやりあえる程度の身体能力だったので、それが引き上げられているのでそれくらいは余裕であった。
ライも勝負をつけるべく、グレイフィアに迫る。近接戦に関してのグレイフィアの実力は未知数だが、遠距離にいるよりはまだ勝率が高そうだと思ったからだ。
グレイフィアは猛スピードで迫ってくるライに対処する方法を考える。属性を伴う攻撃はただの魔力弾を撃つよりグレイフィアの体感速度的にやや遅くなってしまう。そして今グレイフィアとライの距離はほんの数十メートルといったところだ。現在のライの性能なら数歩で移動できる距離でしかない。一瞬で攻撃の取捨選択をしたグレイフィアは迷わず魔力弾を撃つ。背後に感じるセラフォルーの気配からライに攻撃が出来るのはこれが最後だと判断したグレイフィアは自らの力を全て込めていた。
威力、スピード、大きさ。全てが異次元の魔力弾だった。魔力弾は悪魔の基本的な攻撃の一つであるが、単純だからこそそれを防ぐ方法も限られてくる。大きく分けて、防御か回避か相殺である。
魔力弾のサイズ、そして射出されたスピードから回避は無理だとライは見た。だが、ライには既に魔力は無い。残っているのは己の体だけ。
魔力弾に向かってライは強く地面を踏み抜く。反動で地面は深く抉れた。そしてライは右腕に全ての力を込めるように筋肉を膨らませた。
衝突の瞬間ライは右の拳で魔力弾を殴る。
手には未だ魔法がかけられているので、魔力弾によって手が焼けるという事はなかったがライの想像以上に弾は重く弾き飛ばせない。
魔力弾と拳が膠着しあい、一瞬静止したが段々と威力に負け始めライが後方へと押し戻されていく。
「こ、の! 負けられ、ないんだ!」
左の拳を固く握り締めて魔力弾を下から上へ殴った。魔力弾は右の拳で威力を大分相殺されていたこともあり、ライの思惑通り上に弾き飛ばす。だが、ライはそれを見る事なくグレイフィアへと足を進める。
ボロボロになってしまった拳を再度握り込み、グレイフィアに向かって振り下ろそうとする。が、ライの拳はグレイフィアの顔の前で止められていた。
「……自分には貴女を傷つける事なんて出来ない」
「……なんで、今更そんなこと言うのよ。セラフォルーに全部話したくせに」
「話してません。セラ様に全部は話してません」
グレイフィアの耳元で囁いた。
「そう、なの?」
「口付けをした事は言いましたが、それ以外は何も。グレイフィア様にとっての汚点になり得る事を自分が話すわけありません。こんな事をしてしまってあれですが……信じてください」
「……そう、なのね。あぁ、最初から……」
グレイフィアの体から力が抜け、ぺたりと地面に座り込んでしまった。ライはグレイフィアに向けていた拳を戻し、同じく地面に座る。
「その、話を聞いてください。あの力は態とやったんじゃないんです。気づいたらあんなことになってしまっていて……。決してグレイフィア様とそういう事をしたいからというわけではなくてですね……」
「その、とにかく申し訳ございませんでした。……謝って済む事ではないと思いますが……」
「貴方の力が意図せずやった事っていうのは分かっていた。……ライに無理やりそういう事をさせられたから殺したいって訳じゃないの」
ライは目を大きく見開いた。
「そうなんですか?」
「私、ライの事……っ、嫌いじゃないもの」
「では、何故?」
グレイフィアは怒り故に殺そうとしていたわけではないという事はわかった。だが、尚更何故殺そうとしたのかがライには分からなくなってしまった。
「私が魔王の妻だから」
「……貴方や一般悪魔は知らないかもしれないけど、新魔王派は酷く不安定なの。魔王と言っておきながら、魔王の上にいる古い世代の悪魔たちの方が政治的影響力を持っている。四大魔王は民衆の為の仮初めの王みたいなもの。そうでしょ、セラフォルー?」
いつのまにか近くに来ていたセラフォルーにグレイフィアは確認を取る。
「そう、だね」
「だから、魔王なんて実際誰でもいいのよ。彼等からしたら。自分達が扱いやすくて、民衆受けがよかったら……」
ライは段々と話の終わりが分かってきた。
「でも、魔王の妻がこんな事をしてしまったのがバレたなら民衆の信頼は無くなるわ。そしたら彼等は躊躇いなくサーゼクスを魔王から下ろす、かもしれない。それだけは阻止したかったの」
それはライも分からなくはない事ではあったが。
「自分は誰かれ構わず話したりはしません。セラ様には話してしまいましたが、セラ様の事は最も信頼しているからでして。自分を、友達を信じてください」
ライはセラフォルーにも全ては話していない。その事はつまり最も信頼している悪魔にも話さなかったという事である。ライの言葉の裏からグレイフィアはしっかりとその事を理解していた。
「……そうね。だけど、信じる事が出来なかった……だから私は貴方を殺そうとした」
グレイフィアは「でも」、と言葉を続けた。
「ライは殺そうとした私をそれでも害そうとはしなかった。だから、今更だけど信じてもいい?」
「勿論です」
「私を許してくれる?」
「勿論です。というか、最初の修行の方が死にかけましたよ」
ライは軽く戯けた。
「ありがとう」
「そして、さようなら。私の唯一の友達」
「え?」
ライは固まった。
「もう、貴方とは会わないわ。ライといると……今回の事でそれがよく分かった」
「え? 待ってください! どういう事ですか?」
「……」
背を向けたグレイフィアを止めようと立ち上がった時、ライは地面に倒れこんだ。魔法の効果が遂に切れたからだった。
「そんな……待ってください!」
──ここまでの成果が水の泡になる!
倒れながらもライは腕をグレイフィアに伸ばした。グレイフィアは一瞬だけライを見るために振り返るが、すぐに顔を隠すように向き直り、そのまま何処かへと転移していってしまった。
「クソ!」
伸ばした手を地面に叩きつけた。ライは怒りを抑えることが出来なかった。こんな訳の分からない力のせいで、そして訳の分からない理由でこれまでの成果が無くなったからだ。しかも、セラフォルーへ仕えることに決まってしまっているので今までのように直ぐに会える立場でもなくなってしまった。
自らのミスでこうなってしまったのなら諦めもつくが、理由が理由なのでライの目には一筋の涙が流れる。
──これから、どうすればいいんだよ。
セラフォルーはライの涙を見て、グレイフィアとライの関係が自分が思っていたよりも深い事を知った。それがどこまでの事かは分からないが自分なんかより深いと言う事を。
セラフォルーは胸に鋭い痛みを感じた。
お読みいただきありがとうございました!
次回は時間が飛び、この話から五〇年が経ちます。
序でに補足しておきます。
グレイフィアの会わないというセリフは話さないという方が的確です。
お互い魔王のクイーンという事で、グレイフィアが会わないように逃げ続けても、どうしても会ってしまう機会はあります。
ですが、グレイフィアは無視、もしくは最低限の会話で済ますようになってしまいます。詳しくは次の章で……。