サーゼクス暗殺計画 作:キュウシュ
とりあえず、二章のプロローグを。
魔王の眷属1
「……んー!」
セラフォルーは心地の良いベッドの上で目を覚ました。昨夜は自らの女王と魔法少女談義をしたため、睡眠についたのが朝六時だった。寝惚け眼でセラフォルーは今の時間を確かめる。
「ん? 三時……」
見間違えだろうかと思い、目をゴシゴシ擦ってからもう一度見たがあいかわらずその時計は三時を指し示していた。
──そっか、まだ夜の三時か☆
寝起きだからという理由ではなく、現実逃避のためにそうセラフォルーはそう思い、自室のカーテンを開けた。
空はいつもどおり、紫色である。人間界とは違い、日光がささないのは悪魔にとって暮らしやすいのでとても便利なのだが時間がわかりづらいという点において少しセラフォルーは不満を持っていた。
視線を空から、下へと移動させていく。
魔王ということもあって、望んではいないのだがそれ相応の屋敷を求められる。視線の先には美しい草木、そして手入れされている花があった。
──あの青い花綺麗だなー。
しかし当の屋敷の主にはその美しさの機微がわかっていないのだが。
なんとなく、視線をさまよわせていると見慣れた姿が視界に入ってきた。
スラリとした体躯の男性である。
しかし、その体はとても筋肉質であるのをセラフォルーは知っている。
なんでも過去の出来事のせいで見た目上、筋肉が付きづらいらしい。彼はそのことを少し気にしているのだが、セラフォルーは実は嬉しかったりしている。筋肉をつけるのが嫌だというわけではないのだが、彼の鍛錬の仕方からして途轍もない筋肉が付くのは目に見えている。
爽やかな顔にゴリゴリの体というのは何ともアンバランスになってしまう。
今のままが一番好きだよと慰めたのは一、二回の話ではない。
そんな彼は一人で今日もまた鍛錬をしていた。
逆立ちを指一本で支えながら、指立て伏せをしている。思わずセラフォルーは自分の指を見て顔を渋く変化させた。
──よくできるなぁ。
一回ぐらいなら自分でもと考え、やっぱり無理だと思い直した。折れるか、その前に体が地面にたたきつけられるだろうことが容易に頭に浮かび、苦笑する。指に体を持ち上げる力があったとしてもどういうバランスをしていたら、逆立ちをしていられるのだろうか。心底不思議に思う。
……それに彼は自分の
そんな彼をジッと見つめていると、彼は逆立ちをやめて辺りを見回して、すぐに視線のもとをつきとめたのかこちらと目が合った。視線の主がセラフォルーだと気づいた彼は微笑を浮かべながら、軽く一礼をした。それを見て、心が暖かくなるのを自覚した。寝起きにそれはずるいと毎度思う。
しかしそんなことは微塵も表情には出さない。遠慮されて、格式ばった対応をされては困るからだ。魔王ということもあって、内心を隠すのは上手いのがこんなところで役に立つとは昔の自分は思ってもみなかったことだろう。
セラフォルーは自室にある鏡に向かって、タタッと小走りしていき身嗜みを整える。自らが起きたということを知った彼は鍛錬中であろうが、自分に会いに来るということをこの五十年で知っているからである。
人前で良く結んでいるツインテールではなく、実は彼が好きなポニーテールに髪を結び終わると同時に部屋にノック──大きすぎず、小さすぎない、ノックに関しては冥界一だとセラフォルーは認定している──の音が響く。
「入っていいよ☆」
「失礼します」
執事の見本のような振る舞いの男──ライが立っていた。
「おはよ、ライくん☆」
「おはようございます、セラ様……休日だからといって寝すぎではありませんか? いえ、文句があると言うわけではありませんが」
この言葉を聞くのは今日だけではなかった。休日の日はだいたい、このくらいに起きているので毎度このやり取りをして、いわばちょっとしたコミュニケーションである。
「うぅ……と、というかむしろライくん早く起きすぎだよ☆ 今日も朝早くから鍛錬してたんでしょ! ちゃんと寝たの?」
自分と同じかそれより遅くに就寝したであろうはずなのに、自分よりもずっとはやく起きている。ちゃんと寝ているのか心配になる。
「しっかりと寝ていますよ。昔からの習慣ですから、キツイというわけでもありません」
たんたんと言うので本当にたいしたことがないように聞こえる。
事実、ライが昼間に眠そうにしているというような場面には出くわしたことがない。むしろ、自分のほうが眠そうなところを見られまくっている。
ダメ押しとばかりに彼は言葉を続けた。
「……それに、あなたに相応しい強さになるためですから、むしろ楽しいですよ」
セラフォルーはそう言われると、何も言えなくなってしまう。自分のために強くなろうとしている男を止めるのは女としてやってはいけないような、そんな気がするからだ。
だが、だからといって自分の身を大事にしないような鍛錬はやめてほしいものである。なので、セラフォルーはこう返した。
「もうずっと前から、ライくんのこと認めてるよ。私だけじゃなくて、他のみんなもね☆ だから、もっと自分に優しくなろ」
こう言ったのはライのためだけではない。彼の体が心配というのもあるが、なによりも……
──消えてしまいそう。
そんな予感があるからこその言葉だった。
微かにやわらかい顔をした彼は「ありがとうございます」とだけ言った。
□
「……セラ様、魔王ともあろうかたがみっともないですよ」
「ん? なにが?」
セラフォルーは何を言っているのかわからないというような返答をしたが、何のことかは理解していた。それは今、まさに口に咥えている食べ物のことだということくらい。
だが、それを止めようとは一寸たりとも思わなかった。他の領ならともかく、自らの領ならそれくらいダラけてもいいかな、という思いからだ。
「まったく」
止める気がないということに気づいたのか、あきれたような声でライは言った。と思っていたのだが、彼はポケットから一枚のハンカチを取り出して、セラフォルーに近づいてくる。
せめてもの反抗のために、食べ物を加える力を強くしたのだが、彼の目的はそれではなかった。
「せめて、鼻についてるのは取ってください」
そう言うや否や、ライは自らの鼻についていたクリームをハンカチで拭こうとしてくる。突然の行動に、一歩引きさがりそうになるがそれを見越して彼が一歩近づいてきたことにより、回避することはできなかった。
優しく鼻にハンカチをあてるだけだったが、セラフォルーは目を強く瞑ってしまった。
「はい、だいじょうぶですよ」
「……」
最近、よく感じるようになったのだが、ライの自分の扱い方がまるで小さい子供に対するようだなと。もちろん、ちゃんと敬意をもって接せられているのではあるのだが。そのおかげ──いや、せい──もあってか、距離は近くなったのだが、なんだか違うなぁと思ってしまうのはどうしてだろうか。
「あ! あれも美味しそうだよ☆ 行こ行こ、ライくん」
しかし、美味しそうな食べ物があるからという理由をつけて、セラフォルーは考えることを放棄する。
「お金持ってるのは自分なんですから、先行しないでください」
こうして一緒にいられるのだから、不満なんてものはまったくないのだ。
「これも美味しい☆」
セラフォルーは見たことがない、食べ物を口に入れながらそう感想を述べる。自らの領内にあるといっても、全てを把握しているというわけではない。なので、たまに視察も兼ねての買い物での発見は彼女にとっても目新しくて楽しかったりする。
そこで、セラフォルーは隣にライというか、彼の小言──口に物を入れながら喋らないでくださいね──がないのに気づいた。
けれど、後ろを振り返ると、すぐに彼を見つけることができた。
小走りしながら近づくと子供──ライに隠れるようにしていたので見えなかった──の姿が見えた。
どうやら、迷子らしい。
「大丈夫かい?」
「……だいじょうぶ」
そう言ってはいるが、半分ベソをかいているのを見るかぎり、大丈夫のようにはとても見えなかった。
セラフォルーはどうしようか少し悩む。身近に子どもがいなかったこともあり、接し方がいまいちわからないのだ。口をもぐもぐと動かしながら、考えていたのだが結局魔法少女という方法しか思いつかなかったのだが、それをここでやるのはさすがのセラフォルーも躊躇いがあった。
主が悩んでいたからなのか、自らが発見したからなのかわからないがライが先に動く。
子どもと同じ目線になるためか、膝を地面につけた。
「自分の手を見ていてください」
至極優しい声でライは子どもに話しかけた。視線は彼の言ったとおり手に向けられる。
流れるように手を動かして、ライは指を鳴らした。
そのことにやや驚いたような子どもの顔がセラフォルーには見えた。自分もまったく同じ気持ちだった。ライは何がしたかったのか。
疑問に首を傾げた、セラフォルーはそらしていた視線を彼に戻して、気づいた。
子どもと自分が驚いていた事柄が違うことに。
「これをどうぞ」
「わぁ!」
ライはいつのまにかクリームたっぷりのお菓子を手に持っていた。それを子どもは嬉しそうに頬張っている。
だが、セラフォルーの関心は今はそこにはなかった。
──いつのまに?
指を鳴らしたときは視線を外してはいなかった。少年の顔を伺うために少し目を離した以外は彼から視線をそらしてはいない。ならば、必然的にそこの間にライが何かしたということになるが……。
彼は両手に何も持っていなかった。
「しつじさん、なにしたの?」
食べ物をもらって少し落ち着いた、子どもからもっともらしい質問がやってきた。内心、その子どもにナイスと叫ぶ。
「魔法だよ」
なんてことないふうにライはそう言った。そんな振る舞いに子どもが尊敬の念をライに向け始めているように見えた。
けれど──
セラフォルーはライに話しかけようとしたとき、遠くから子どもの親らしき悪魔が走り寄ってきた。
「あ、おかあさんだ!」
少年もそれに気づき、走り出そうとしたがライに振り返った。
「しつじさん、ありがとう!」
「どういたしまして」
「うん! またね」
子どもと母親は何かしらを話していたのが、一度こちらを向いて驚愕の表情に変わった。子どもは知らなかったかもしれないが、親の方は当然自分の顔くらい知っているだろうからだ。
──それにライ君もいるからかな?
気づいてからはペコペコと何度も頭を下げていたのだが、セラフォルーが手を横に振って構わないと合図したつもりだったのだが、うまく伝わらなかったようでさらにその速度を加速させる。困り果てたセラフォルーはライの方を見た。彼も承知とばかりに即座に行動した。
したのはいたって簡単。
人差し指を自分の口に当てただけ。
──と本人は思っているが、母親のその行動に思うところがあったのか、微笑を浮かべたのをセラフォルーはしっかりと見ていた。それには当然、母親も気づいている。その証拠に頬に赤みが増したように見える。
舌を思わず鳴らしそうになるが、すんでのところで抑えた。これはけっしてライに対して、変な感情を持ったであろうあの悪魔に対する感情による行動ではない。彼女とその子どものために働いている夫に申し訳ないと思わないのかといういらだちからくるものだ。セラフォルーは首を前後に動かしながら、結論付ける。
「申し訳ありません。お手間をとらせました」
中腰になっていたライはスッと立ち上がってそう言った。
「ううん☆ ライくん────優しいね」
「……あなたの眷属として恥ずかしくない行動をしたまでです」
「──そっか」
セラフォルーはできるかぎり優しく言うように気を付けた。
そんなとき、目立ちすぎたのだろう。
周りの悪魔が自分達を取り囲んでいた。民衆に迷惑がかかると思い、若干の変装──魔法少女のコスプレ──をしていたのだが、先のやり取りでバレてしまったようだった。
「魔王様! いつもありがとうございます!」
「魔王様! 可愛い!」
「頑張って、まおう様」
セラフォルーの周りにはやはり恐れ多いのか、若干距離が開いていた。
……のだが。
「執事さん! これ貰ってくれ!」
「あなた様のファンなんです!」
「いよ! 俺たちの星」
過去のとある出来事のせいで、生まれが特別なものではないという事が知れ渡っているライは、揉みくちゃにされていた。
「ありがとうございます。ファンになってくれて、ありがとうお嬢さん。頑張ります」
それに対して和かなまま、全員に対応しているライ。
自分に群がっているヒトとライに群がっているヒトとでは彼の方が多い事に対してちょっと悔しかったりするが、それ以上に嬉しかった。
ライが頑張ってきた事の証みたいなものであるからだ。
密かな今日の目的を達成してご満足なセラフォルーだったが、あまりにもヒトのせいで二人はかなり距離が開いてしまった。
それこそ、視界に映らないくらいには。
「──ライくん」
だから、そう小声で彼の名前を囁いた。別に本人に届くとは思っていなかった。さながら、迷子の子供が無意識に母親の名前を呼ぶのと同じようなモノだった。
「──何ですか、セラ様」
だが、ライは来た。
聞こえている訳がない距離であった。あったにも関わらず、ライはセラフォルーの側に一瞬で移動して来ていた。
セラフォルーの呼び声──いや、来て欲しいという思いが通じたかのように。
ただ、側に来た。たったそれだけの行為のはずなのに、セラフォルーの胸はとても暖かい気持ちで溢れていた。
「ん☆」
無性に抱きつきたい気分になったので、それを実行する。
「どうしたんですか?」
ライは抱きつかれたにもかかわらず、眉ひとつ動かさず冷静にそう問いかけたのだが、周りのヒト達はそうはいかなかった。
──ヒュー!
辺りからそんな口笛やら何やらが響き渡ってくる。
少女──見た目だけ──が青年に抱きついた。事情など微塵も知らないが、観衆は色恋沙汰だと勘違いをしてしまった。
自分の顔がとても熱くなっているのを自覚した
それを見てライは何を思ったのか、セラフォルーのことを横抱きにしてその場を空高く跳んだ。そして、瓦で出来ている屋根に軽やかに着地する。自分の頭が彼の胸にかすかに当たっているせいなのか、彼の鼓動がよく聞こえる。
ライは民衆にペコリと一礼して、再び跳んだ。
「……セラ様」
「どうしたの?」
「すみません、ただ呼びたかったので呼んでみただけです」
少しの沈黙の後、彼はそう笑いながら答えた。
読んでいただきありがとうございます!
前章とは文章の書き方や漢字の使い方を少し変えました──というか前がおかしかっただけなんですが。
次もすぐに更新できるように頑張ります。