サーゼクス暗殺計画 作:キュウシュ
「お願いします。恩を仇で返す事になるのは承知しています。それでも自分は彼女の力になりたい。なので、お暇を頂きたく、ここにきた所存です」
ライはサーゼクスの前で片膝をついて跪いていた。
「……私は元々、恩を作りたくて君を助けたわけじゃないからね。ライがここを去りたいというなら止めはしないよ」
「ありがとうございます」
認められた事で一安心し、ライは肩の力を抜いた。
「それで、詳しい訳を聞いてもいいかね?」
◆
「ライがセラフォルーの眷属に、か。面白い」
サーゼクスは顔を笑みの形に緩めた。
「面白いですか?」
「あぁ、最高の組み合わせといってもいいかもしれない。セラフォルーが感情で動くのに対し君は理性で行動するタイプだと私は思っている。だからこそ君達が思っている以上に噛み合う組み合わせだと思うよ」
ライが理性で動くタイプというのは間違っていない。
今回のセラフォルーの眷属になるという事も、セラフォルーに求められたという感情的理由だけで決めたわけではなかった。
ライにとって一番大事な事は任務──グレイフィアを恋に落とす──の達成である。そのためにサーゼクスの使用人として働いてきて、グレイフィアと仲良くなることに成功した。
だが、逆に言えば仲良くなることしか出来てはいなかった。
それが何故なのかを今回の決断の前にライは改めて考えてみた。
時間がまだ足りない。
──サーゼクスとの関係はもっと短かったはずだ。
外見的問題。
──自分の方が、女ウケは良い筈。
金銭の差。
──グレイフィアがお金に困っているとは思えない。
強さの問題。
──無くはないが、それだけか?
いくつも問題を提起し、それに対して議論をし続ける事をした結果、ある結論にライは辿り着いた。
──グレイフィアは弱い。
グレイフィアは弱いのだ。物理的な強さではなく、心が。
いつの日か見た泣き崩れる姿。サーゼクスへの重い愛。寂しがりや。
絶対に負けない程強い、大木の様に寄りかかっても倒れない悪魔だからこそグレイフィアはサーゼクスに惹かれた。
ライはそう結論づけた。
確かに容姿や家格、諸々の要素もあるのだろうがグレイフィアは潜在的に一人になりたくないという想いが強い。
サーゼクスへの想いを断ち切るためには強くなり、グレイフィアを安心できるほど成り上がる必要がある。それはサーゼクスの下で働いて
いては絶対に成し遂げられない事である。サーゼクスの下で働いていては、結局サーゼクスが凄いという印象で終わってしまいグレイフィアになんの影響も与えない。
だからこその執事を辞めるという今回の提案だった。
執事を辞めたところでグレイフィアはライに相談しに来るであろうし、場所が変わるだけでライにとっては何も変わりはしない。
「そういえば、セラフォルーとはどういう繋がりで知り合ったんだい?」
「ちょっとした、趣味で……」
魔法少女趣味という理由で知り合ったという事をサーゼクスに言う事が少し恥ずかしかったので、ライは言葉を濁した。
「これからは、セラフォルーの所で働くという事でいいのかな?」
「いえ、少し修行をしようと思っています」
サーゼクスは理由を聞きたいようで、話の続きを目で促してくる。
「……魔王様の眷属になる最低基準というものがあると自分は思っています。しかし、それに到達できていない自覚があります。そんな自分をセラ様は受け入れてくれるでしょうが、周りは違うと思いますし、自分自身も納得できない」
己を不甲斐なさに拳を強く握りしめ、悔しがる……フリをするライ。
最低基準については本心でライはそう思っているが、本当の理由ではない。本当の理由はグレイフィアより強くならなければいけないからだ。結局、成り上がるためには強くならなければならない。そこを補うためにライは修行を行うことにした。微々たる成長しか望めなくとも、何十、何百という膨大な年数を注ぎ込めばいつかは強くなれる。約四〇〇年の時間がライにはまだあるからこその決断でもあった。
「なので、何年か修行をして力をつけたら、セラ様のところで働こうと思っています」
「……たまたま君が訓練をしていた所に出くわしたグレイフィアと手合わせをしたという報告は受けている。彼女は君の事を褒めていたよ。もっと強くなれる可能性が君にはあるらしい」
サーゼクスの視線がライを、その内側を見抜こうとしているのを感じ冷や汗が流れる。
──というか、グレイフィアは嘘の報告を?
グレイフィアの方からライの修行を持ち出したにも関わらず、サーゼクスには嘘の報告がいっている。
グレイフィアとライの関係をサーゼクスは知っているものとばかりライは考えていたが、サーゼクスには言っていないらしい。
──男と密会するというのをサーゼクスに話したくなかったから、か?
何も知らないサーゼクスからしたら、それはグレイフィアが浮気をしているように見えるかもしれない。本当に健全なことしかしていないが、グレイフィアの行動だけを見ればかなり怪しい。
だからサーゼクスには友になったということすら話してはいなかったという事か、とライは推測する。
「いえ、自分はそんな褒められるような才覚はありませんが」
「君が気づいていないだけだよ。……そこで、だ。私も君がどこまで強くなれるのか気になっているし、何よりも強くなってくれたら悪魔の未来を担う存在になってもくれるとも思っている。そんな予感がある。だから、一年間だけグレイフィアを君に貸そう。その間、グレイフィアとみっちり修行をしてきなさい」
予期していない展開にライは目を見開いた。
「そこまで甘えるわけにはいきません。グレイフィア様がいないとサーゼクス様のお仕事にもさし障るかもしれません。自分なんかのためにそこまでお力をお借りするわけには」
グレイフィアと修行。確かに効率的な問題の削減にはなる。ライはこの前の死闘を経て枷が一つ外れた様な感覚がすると同時に明らかに強くなったという実感があった。
だから、強い者と修行をする効率については理解しているが……強くなる前に殺されてしまいそうでもあった。
それが、これから一年間というのは殺されるイメージしかライにはなかった。
断固としてお断り案件だったが、相手は魔王。魔王の提案を無下に断る事など、万死に値する。だから、サーゼクスに提案を取り下げるようにライは舌を回す。
「何、たった一年だけだ。それだけなら大したことではない」
「いえ、グレイフィア様はサーゼクス様の右腕。いなくなれば、対外的にも不審がられるでしょうし、やはり不味いかと」
「なら、こうしよう。君に願いがある、上級悪魔になれ。その対価としてグレイフィアに一年間指導してもらう、というのを前借りする形にするのはどうかな?」
ライはその願いを断るわけにはいかなかった。
悪魔とは人間の願いを叶える生き物である。魂レベルでの本能というべきか、義務といってもいい。ただ、今回の願いを叶えるのは人ではなく悪魔である。しかしそれだけサーゼクスは本気という意味でもあったのをライは言葉の裏から理解した。
ここまで言わせてしまっては、ライに断るという選択肢は残されていなかった。
「……サーゼクス様がそう仰るのであれば、ありがたく受け入れさせてもらいます」
◆
「ホント⁈」
セラフォルーはライに詰め寄った。
「セラ様の眷属になります。ただ……」
セラフォルーは抱きつきたい気持ちを抑えて話の続きを聞いた。
「それは自分が強くなってから、です」
ライはサーゼクスに話した事を同じようにセラフォルーにも話した。
「そんな奴らぶっ飛ばせばいいよ☆」
「いえ、そういうわけにはいきませんよ」
「私、ライくんのためなら何だってやっちゃうよ☆」
「貴女を守りたいんです」
セラフォルーの手を握りながら、目を合わせた。
「傷一つついて欲しくない。だから、少し時間を下さい。貴女を守れるような男になるまで」
セラフォルーは顔をうつむかせて、ライに表情を見せる事はしなかった。
「……もうしょうがないな、待っていてあげる☆」
「心から感謝を」
──ありがとうございます。そして、ごめんなさい。
ウソではないが、本当の事を言ってもいないライは罪悪感を抱いていた。だが、セラフォルーには本当の事を話すわけにはいかなかった。それをしたら、ライという悪魔の何かが無くなってしまう気がしたから。
「いってきます」
ライはセラフォルーに背を向けて歩き出した。
「女には気をつけてね!」
そんなセリフを聞きながら。
◆
「正式にサーゼクスからのお願いという形ですので、バシバシ鍛えていきますからね」
ライはグレイフィアと共に以前来た荒野と似たような場所に立っていた。違いは森と荒野の境目にログハウスが建てられていることだった。ここはグレイフィアが昔、隠れ家に使っていた場所らしく誰にも見つかる心配はいらないという話だった。何年も使われていなかったが中は腐敗などはしていなく、まだ使える状態だったので修行場所をここに選んだ。
「よろしくお願いします」
ここまできて、うだうだ言っていても仕方ないのでライは覚悟──死なない為──を決めた。
「それで何をすれば?」
「そうね。先ずは貴方の限界を把握したいわ。魔力が尽きるまで魔力弾を放つ事をした後、身体能力の確認ね」
「……前の戦闘はそれも含めて把握するために行ったのではなかったのでしょうか?」
「……一応よ」
──なんだそりゃ。
ライは不思議に思ったが、グレイフィアの言う事には意味があると思うと共に、体の謎の好調を確かめても見たかった。
「前より、魔力量、増えてませんか?」
疲労により膝を地面につきながら話しかけた。
「……こんな早く成長するものなの? ありえない。いえ、これは……」
グレイフィアは独りごちながら、ライの成長を分析する。魔力量も鍛えれば成長はするが、たった一日で中級悪魔程度の量が上級悪魔の下位レベルまで上がるわけがない。
──成長ではなく、開放だったら……。
「身体能力、もですよね」
「ええ、そうね」
──何者かに力を封印されている?
グレイフィアが見たところその様な痕跡は見当たらない。考え過ぎかとも思うが、何か予感がする。
大きな力が背後にいるような。
「お祝い? 自分のですか?」
「ええ、魔王の眷属になるというのは出世と同義です。とてもめでたい事ですし、修行初日くらいなら羽目を外してもいいでしょう?」
「そ、その。ありがとうございます」
お祝いなどされた事もないライは困惑しながらも、胸が温かくなった。
「ちょっと張り切り過ぎて、いっぱい作りすぎちゃった」
ログハウスの中に予めグレイフィアが用意していたらしい料理はテーブルいっぱいに置かれていた。
「今日はお酒も用意したわ!」
「……大丈夫なんですか?」
グレイフィアが酒に弱いという事をライが知っているからこその言葉だった。
「度数が低い、ほとんどジュースみたいなモノだから平気よ」
グラスに並々注ぎながら、余裕綽々な物言いだった。
──ま、グレイフィアもお酒飲みたいのかな?
酒に弱い自覚があるグレイフィアは滅多なことがない限り、自ら酒を飲む事はない。だが、今回はそれ程までにグレイフィアにとっても嬉しい事だった。
唯一の友が魔王の眷属になるのだから。
ライにとってもグレイフィアが酒を飲むのを特に止める理由はないので、見逃した。
「貴方の未来に、乾杯」
「乾杯?」
「ふぅ、美味しい! これくらいなら私でも飲めるわね」
「本当にただのジュースみたいな感じですね。初めてアルコールを飲みますが、これくらいなら何杯でもいけそうです」
料理を食べながら、会話を行い、酒を飲む。
小さな食事会だったが、静かで心が休まる時間を二人は過ごした。
◆
「うっ」
頭痛によってライは意識を覚醒させた。
昨夜の記憶が混濁していてハッキリしないが、おそらく飲みすぎたのだろう。
そう思い、ベッドから出ようとした時にライは自らが裸な事に気付いた。
上だけでなく、下も。
嫌な予感が半端なく、ライの背中には冷や汗がダラダラと流れていた。主にライの横にある掛け布団の膨らんでいるところを見ながら。
そうでないように祈りながら、ライはゆっくりと布団の中を見た。
グレイフィアが裸で寝ていた。
──え、マジで?
お読みいただきありがとうございます!