サーゼクス暗殺計画 作:キュウシュ
──本当に致してしまったのか?
穏やかに食事をしていた時の事しかライには思い出せず、今の現状に困惑していた。最近、記憶が思い出せない事が多いなと現実逃避しながらこれからの行動をどうするか思考を加速して考え始める。
そもそも分からないことがライには多すぎた。本当にやってしまったのか、グレイフィアとの合意の末なのか。諸々不思議な事が多い。
やってしまったとしたらグレイフィアも合意の可能性が高い。ライが無理やりというのは力関係的に無理である。なのでやってしまっていたとしたらグレイフィアも合意の筈である。
──なら、いいのか?
だが、ライはここまで考えてまったく別の推測が思い浮かんだ。
グレイフィアも酔っていたパターンだ。
ライは昨日の夜が初めて酒を飲んだので、自らがどれだけ酒に弱いのかを知らなかった。なので、グレイフィアよりも酒に弱いと仮定して考えていた。だがグレイフィアと同じくらい弱いもしくはグレイフィアの方が弱いと仮定し直すと、酔ったグレイフィアをライが無理やりやってしまったかもしれないという推測が生まれてしまった。
──自分は下半身にそんなに弱いのか?
ライは普段常々、しっかりとメリット、デメリットを判断してから行動に移している。酒に酔っている程度でそれを忘れて、性に素直になるのだろうか。
例え、グレイフィアが裸でどうぞ! という様な格好をしていても飛びつかない自信が平静状態のライにはある。何故なら、任務の達成に必要なのは行為ではなく、グレイフィアを従順な状態にする事だからだ。ここで手を出したら今までの苦労が全て水泡になる。
──もしくは……。
酔っていたがどちらも意識がハッキリしていて行為をした場合。何らかの会話があり、ライ自身も考えた上で行為に及んだという可能性も考えられた。体の関係を作るのがこれからの為になると判断したのならライ自身、手を出したかもしれないと思ってしまった。
様々な考えが頭を過るが、一番ベストなのはどちらも酔っていて単に裸になって同じベッドに入ってしまったという可能性であり、そうであって欲しいとライは願っていた。
何はともあれ、この状態のままずっといるわけにもいかないので服を着ようとライは体を動かそうと思った時、隣で何かが動く気配があった。何かではなくグレイフィアだが……。
ここでまたしてもライの体に電撃が走った。
もし、グレイフィアが何も覚えていなかったらライの今の現状はかなり不味いのでは、と。
起きたら友達だと思っていた男性が裸でこちらを見ている。
もしかしなくとも消される可能性がある。
──不味い、不味い、不味い!
どうしようもない現状にも関わらず、諦めの悪いライの脳味噌は考える事をやめなかった。
──今から逃げる……無理。何食わぬ顔をする……無理。サーゼクスの振りをする……殺される。
ライの右目の端にはだんだん起き上がっているグレイフィアの姿がスローモーションのようにゆっくりしながら見えていた。
重度の緊張によりライの口の中はカラカラになっていた。
──死ぬ。
死を覚悟したライは目を瞑った。
◆
「おはよう、サーゼク、ス……」
グレイフィアはいつも隣に寝ているサーゼクスに挨拶をしようと思ったのだが、横には裸──下半身は布団で隠れている──で寝ているライの姿があった。
グレイフィアの頭の中は真っ白になった。
──え? え? え?
グレイフィアは自らにかけられている布団の下をチラッと確認してみると隣に寝ているライと同じく裸であった。
──もしかして、もしかして。
グレイフィアは昨日の事を思い出そうとして見たが、どうにも記憶が混濁していて思い出せそうになかった。
グレイフィアにはわからない事が多すぎた。
この今の光景を見るだけだと、完全に行為の後の朝である。だが、グレイフィアには夫──サーゼクスがいる。グレイフィアは自分の事をかなり硬派な女だと判断している。そんな自分がこんな事を酔っているからといってするわけがない、と思っていたのだが。
チラッと寝ているライの顔を見るグレイフィア。
唯一の友であるライとならもしかしたらがあり得るかもしれない。
気心の知れた相手であり、顔も悪くない。それでいて酔っていてその様な雰囲気になったのならもしかしたらがあるかもしれない、とグレイフィアは推測を立てた。
なにより……。
──ご無沙汰だったし。
悪魔という種族は妊娠率が極めて低い。結婚当初はサーゼクスとグレイフィアは毎日のようにしていた行為だったが、子宝に恵まれない事や魔王としての仕事の忙しさのせいで半年程していなかった。
それなのに、更に一年もの間ライの修行に付き合わさられることになることになる。ライの修行に付き合うことは特に苦ではないが、悪魔としては比較的若く欲を持て余しているグレイフィアは、会えなくなるから一晩寝てくれても良いのにとサーゼクスに内心苛立っていた。
そこに良い男がいたら食いついてしまったかもしれない、とグレイフィアは顔を青ざめた。
──不味い、不味い。
サーゼクスに浮気をしてしまった事もそうだが、何よりも自らが友達に欲の発散のために襲いかかってしまったかもしれないという事だった。
ライとの関係はグレイフィアにとってとても居心地が良い空間であった。自らを晒け出せる相手であり、それをライは優しく聞いてくれる。理想的な友と呼べる存在だった。
そんなライとやってしまった。
──かもしれない、よ。
グレイフィアは改めて体を確認してみる。ベタベタしている様な所はなく、カピカピもしていない。体は……。
グレイフィアのお腹辺りにかけられている掛け布団に何やら見覚えのある色のモノがかけられていた。
──これは……。
グレイフィアは一瞬にして魔力を使い、この世から消し去った。
だがグレイフィアの背中には汗がドバドバと流れていた。
──お、落ち着きなさい、私!
この行為が互いに合意しているか、もしくはライが獣になった可能性をグレイフィアは考えた。
だが、即座にグレイフィアはあり得ないと断定する。
グレイフィアはライの事を本当に男なのかと最近まで疑っていた。
グレイフィアは男性に変な目で見られる体つきをしていると自覚していた。男性からの視線を受けない日は無い程に向けられるので慣れてしまった程だった。それはサーゼクスも例外ではない。
だが、ライという悪魔からは一切その様な不埒な視線を向けられたという事がない。
ライの部屋でかなりゆるい服を着ていても、唯の一度さえだ。
グレイフィアはこのことからライの事を女には興味がない所謂あっち系の人だと思っていたのだが、つい最近変化があった。
ライがセラフォルーと仲良くなった事だ。
本人は気づいていないだろうが、セラフォルーの話をしている時の彼はとても嬉しそうであったのをグレイフィアはよく覚えている。
漸くライに春が来たと内心喜ぶと同時に男性である事を確認できて安心した。
そういった理由も込めてグレイフィアは昨夜、お祝いの席を開いた。
──なのに、私が食べてしまうなんて。
せっかくの春が真冬になってしまう。
グレイフィアは最善策が何かを考え始めた。
──そもそもライは昨夜の事を覚えているの?
グレイフィアはライの顔を横目で見るが、何やら魘されているようで眉間にシワが寄っていた。飲み過ぎた影響でこうなっているとしたら、自らと同じく覚えていないという可能性がある。
そうであってほしいとグレイフィアは心の底から願う。
──いや、覚えていなくともこの状況は不味い!
グレイフィアは全裸である。何も覚えていない男性が目を覚ました時、隣に裸の女性がいたとしたらまず間違いなく混乱する。
グレイフィアは自らの服が扉の近くにあるのを瞬時に発見し、ライを起こさないようにゆっくりとベッドから出ようとしたその時だった。
ライが寝返りをうったのだ。
しかも体をグレイフィアの方に向ける形で。
不幸なことに、グレイフィアはライが寝返りをうった瞬間に反射的に振り返ってしまった事でグレイフィアもライの方を向いてしまった。
今にも目が覚めそうなライを刺激するわけにはいかなかったグレイフィアはゆっくりと、頭を枕に戻した。
しかし、このことで二人の顔の距離は十センチメートル程。ほとんど、目と鼻の先だった。
──ま、不味い。
グレイフィアは焦りにより荒くなった吐息がライの顔にかかっているのに気づいていたが、一種のパニックを起こしていたので止めることなど出来なかった。
ライの瞼が開こうとしているのが、スローモーションのようにゆっくりとグレイフィアには見えた。
もう、どうする事も出来なかったグレイフィアは裁きを受けようと思い目を瞑った。
◆
約十分。
目を瞑り続けたライは自らに何も起こらないことからグレイフィアがまだ起きていない可能性について考えた。
──起き始めてるように見えたけどな。
まだ目を開けるには不測の事態が怖かったので、一度寝返りをうってみた。これで起きているのなら何かしらのアクションがあるはずだと思い、しばらく待つ。
待っていると、突然ライの顔に生温かい息がかかった。全身に鳥肌がたち、思わず動きそうになるが気合で挙動を止めた。
しかし、何が起こっているのか知りたいという感情が先走り、目は開けてしまった。
しばらく目を閉じていたので、少し白んでいた視界が段々とクリアになっていく。
ライの目前にグレイフィアの顔があった。
──きめ細かい肌だな。
よくわからない現状に若干現実逃避してしまう。
──落ち着け、落ち着け。
自分に言い聞かせるように内心呟いた。
ライは先程、確実にグレイフィアの寝ぼけた声を聞いた。これから判断するに確実に起きていると思っていたのだが、実際はやけに接近しているグレイフィアというものだった。
寝言と言うにはあまりにもはっきりと話していた事から察するに……。
──寝たふり、だな。
自らと同じような戦法をとっていると確信した。
しかし、何故という疑問がライには残る。
魔力弾の一つでも撃ってきそうな光景なのだが、それがない。
──もしや、グレイフィアも覚えていないのか?
グレイフィアも覚えていない可能性は推測していたが襲ってこないとは思っていなかった。
──襲う以前に状況を理解できなかったのか?
グレイフィアも覚えていない為にどうするか悩んでいたら、自らが起きそうになったために寝たふりをしたということか、とライはグレイフィアの取った行動を推測した。
──だとした、何でこんなに近いんだ?
まるで、目が醒めるライを誘惑するような体勢である。
現にグレイフィアのメロンがライの胸板に潰れているのだが、それをライはサーゼクスの裸を想像することにより、なんとか戦闘態勢に入るのを抑えている。
だが、長くは持ちそうになかった。
──あ!
ここでライに悪魔のような──悪魔である──発想が思い浮かんだ。
グレイフィアが覚えていないなら、自らの都合の良い様に捏造できるのではないか、と。
自らの発想力の凄さにライは微笑を浮かべた。
そして、ライの渾身の演劇が始まったのだった。
まず、ライは目の前のグレイフィアを抱きしめた。抱き枕に抱きつく様に優しく、不自然に感じられない程度の力で。
ここで、グレイフィアの体がピクリと動いた。
「ん? もう、朝か……」
その動きによってあたかも今起きたかのような声を出した。ゆっくりと目蓋を開けると、グレイフィアも既に目を開けていた様でバッチリと目があった。
「グレイフィア? グ、グレイフィア様⁈」
態と敬称をつけない名前を呼びをした後、意識がハッキリしてきたと思わせるためにもう一度、今度は敬称をつけて名前を呼ぶ。
「お、お、おはよう」
流石のグレイフィアも平静を保っていられず声が震える。
抱きついているため耳元に囁かれている様な感覚で全身に鳥肌がたちながら、慌ててライはグレイフィアから離れた。
ここで、ライは二日酔いアピールのため頭を手で抱えた。
「その、昨日の事って覚えてる?」
おそるおそるといった様子でグレイフィアは問いかける。
これで覚えていない事は確定だ、と内心悪い笑みを浮かべるライ。
「……はい、覚えてます。その、昨日は申し訳ありませんでした」
突然の謝罪にグレイフィアは困惑した。
「えっと、その何があったのか私、覚えてないの。何があったか教えてくれないかしら?」
「……分かりました。昨夜、度数が低いお酒をグレイフィアがお持ちになった事は覚えていますか?」
「ええ」
ベッドの上でライは上半身裸で下半身は布団に隠し、グレイフィアは布団で胸を隠しながら話し合う。
「用意されたお食事がとても美味しかった事や会話に花が咲いた事もあり自分達は水のようにお酒を飲んでいきました。度数が低いと言ってもお酒には変わりありません。飲みすぎた自分達は当然のように酔っぱらってしまっていて、とある話をし始めました」
「そ、それは?」
「……互いの性活動について、です」
グレイフィアは口を開けて唖然と言った様な顔をした。ライもこんな話をされたら、同じような顔になるなと思いながら、話を続ける。
「まず、グレイフィア様がサーゼクス様との活動が如何に素晴らしいかの話を力説しました」
顔から火が出るのではないかと思うほどグレイフィアの顔は真っ赤になっていく。
「愛を囁いてくれる、相性が良い、開……」
「そ、それで?」
当てずっぽうで言っただけだったが、グレイフィアには何かしら思いたる節があるようで途中で遮られた。
「その後は自分に話を振られましたが……その、お恥ずかしい話ですが自分は経験がないので、そういう旨を伝えたところ……」
ライは逐一、恥ずかしがる演技などを混ぜることにより真実味を増す演出を行なっていく。
「夜の修行を行う、とグレイフィアは仰りました」
グレイフィアはあまりの恥ずかしさに布団を引っ張って顔を隠してしまった。
「グレイフィア様は自分を抱えてベッドに行き、服を脱ぎ始めました。自分はこれは不味いと思い止めようとした時にグレイフィア様が持ち歩いていた酒を飲まされて意識を失い。……それで目が覚めたら、ここに」
沈黙が訪れた。
グレイフィアはやってしまった事の責任故。
ライは自らの優位に立てるような話をしたのは良いが、その後どうするのかを考えていなかった故に。
「……ごめんなさい」
ライの考えが纏まる前にグレイフィアがポツリと呟いた。
「……謝って許される事ではないと思うけど、謝ることしか出来ないから」
「その、まだやったとは限らないので……。それにどちらかというと襲われたのはグレイフィア様ですし、謝るのは自分の方です。すみませんでした」
「いえ、今回は確実に私がいけないわ。……もう、貴方とは会わないわ」
──は?
「彼女とのこれからの道に私みたいな女が邪魔をしたくないから。今日の事は悪い夢だと思って忘れて」
グレイフィアが思った以上に責任感を抱いていて焦るライ。
「そ、そんな。待ってください、今回のことは事故みたいなものじゃないですか。自分はそこまで……」
しかし、ライの言葉に耳を貸さないグレイフィアはベッドから立ち上がり裸のまま、どこかへと転移しようとし始める。
「ちょ、待てよ!」
グレイフィアの手を握り、ライは自らの方へ引っ張り……。
そして、キスをした。
……補足。
グレイフィアは確実に行為があったと思っています。……痕跡から。
男の初めてを女性と同じくらい大切だと思っています。
ライがセラフォルーの事を好きーー恋愛的にーーだと思っています。
逆レイ……したと思っています。
こういう行為は結婚してからだと思っています。
しかも原因は自分が持ってきた酒。
よってグレイフィアは軽く死にたくなっています。
分かりづらかったら女性と男性を逆にして考えてみてください。
ライがこのような話をしたのは、関係があったかもしれないと話す事により、今までと違い男性として意識してもらおうという発想からです。ですが、グレイフィアには効きすぎました。
本当に行為があったのかは、ご想像にお任せします。