ビッテンフェルト提督の麗しき結婚生活   作:さんかく日記

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【24】彼らの行方

地上車を降りたところで鉢合わせしてしまった相手に、キルヒアイスは思わず一歩退いた。

それほどに意外な相手だったからだ。

 

「卿もここに用事とは、なかなかに興味深い。」

そう言ってキルヒアイスを見た男は、その視線を一ミリもそらそうとはしなかった。

 

「いえ、お約束をしているわけではないのですが……。」

言葉を濁して言いながら、相手の出方を待つ。

「卿も」という言い方から察するに、目の前の彼もまた同じ人物との面会を目的としているらしい。

あまり喜ぶべきことではないとキルヒアイスは思ったし、一方で彼の来訪の目的が知りたいとも思った。

 

「そうか、私も似たようなものであるが。」

表情のない顔でキルヒアイスを眺めたまま、男が言った。

 

「我々の目的は、おそらく同じ種類のものだろう。」

 

「!」

ラインハルトの参謀であるこの男は、はめこんだ義眼の範囲とは比べ物にならないほど広い世界を瞬時に見通す能力をもっている。

ドライアイスとも剃刀とも呼ばれる男であるが、その彼が「同じ」と告げた来訪の目的。

そのことに、「まさか」と洞察の鋭さ以上に驚かされる。

 

「では、あなたは……。」

キルヒアイスがそこにやってきたのは、「ある目的」のためである。

その目的とは銀河帝国の人事に関する重要な依頼であり、だとすれば男の考えをこそ知りたいとキルヒアイスは思った。

 

「平時になってから彼の男の力を借りるなど想像もしていなかったが、必要である以上仕方あるまい。」

視線をそらさないままで言ってから、オーベルシュタインはビッテンフェルト家の門に向き直った。

 

 

ビッテンフェルト、アンジェリカ、ヒルダ。

そこに、キルヒアイスとオーベルシュタイン。

これ以上ないくらい奇妙な取り合わせとなった居間の景色に、ビッテンフェルトは秘かな頭痛を感じていた。

彼にとってこの家は妻と暮らすための愛の巣であり、決して銀河帝国の未来を占う会議室などではない。

そこに未来の皇妃と皇帝の腹心、そして権謀の塊とが顔を突き合わせているのである。

 

「一体なんだというのだ、卿らは。今日はヒルデガルド様が我が妻を訪ねて来てくださっているというのに……。」

嘆息しつつ仕方なく訪問者に向き合うが、当の彼らはいたって真面目な様子である。

 

「「ビッテンフェルト提督。」」

と二人の訪問者の声が重なった。

まるで似合わない取り合わせの二人の声が揃うさまにビッテンフェルトは瞠目し、「一緒に喋るな、どちらか先に言え」と半ば苛立ちを滲ませて言う。

 

「では、私から。」

そう言ったのはオーベルシュタインだったが、彼の次の発言はビッテンフェルトにさらなる驚きを与えるものだった。

 

「ハイネセンの弁務官にはこの私を、と皇帝陛下に申し上げて欲しい。」

 

「はあッ?!」

どういう意味か、なぜそんなことを言い出したのか、そもそもなぜ自分に言うのかと複数の疑問が一息に押し寄せたビッテンフェルトだったが、彼が発することができたのはただ驚きの一声だけであった。

 

「お待ちください。それは……私も申し上げようと思っていたことです!」

キルヒアイスの声が重なる。

 

「な、なに……。」

ただ驚くばかりのビッテンフェルトだが、目の前で聞いているヒルダも事態の意外さに目を見張っている。

 

「ヒルデガルド様がおられるというのは予想外だったが、いずれはわかること。」

オーベルシュタインにとってもどうやらヒルダの存在は想定外だったらしい。

しかし、彼は構わずに言葉を続け、

 

「自由惑星同盟からヤン・ウェンリーを奪えと最初に言ったのは、卿だそうだな。」

まるでキルヒアイスの声など聞こえないというように、ビッテンフェルトをまっすぐに見た。

 

「ならば、責任をもって卿がヤン・ウェンリーを殺せ。当然ハイネセンの弁務官も殺されるだろうが、そうなれば再侵攻の理由付けになる。再び同盟領に侵攻した後は卿ら提督方の好きに攻めるが良い。」

 

「な、何を言ってるんだ……!」

驚き、戸惑うビッテンフェルトだが、これに反論を唱えたのはビッテンフェルトではなくキルヒアイスだった。

 

「ヤン・ウェンリーを謀殺するという意見に私は反対です。弁務官には私が参ります。そうすることが、ラインハルト様……いえ、皇帝陛下にとっても今後の銀河帝国にとっても一番良いことだと思います。」

勝手に議論を始めた二人の男に、ビッテンフェルトは勿論のこと、ヒルダもアンジェリカも呆気にとられている。

そこで、ビッテンフェルトはまず一番初めに感じた疑問について聞くことにした。

 

「待て待て待て。そもそもだ、なぜ卿らはそれを俺に言うのだ!」

この疑問に答えたのは、キルヒアイスだった。

 

「あなたを国務尚書にと皇帝陛下がお決めになったからです。」

 

「???!!」

ビッテンフェルトの予想では国務尚書はマリーンドルフ伯が担うと思われた職責だったのだが、キルヒアイスが言うには、娘が皇妃となると決まったことを理由に、「自らは権力と距離を置くべき」とマリーンドルフ伯はこれを辞退したらしい。

仮にマリーンドルフ伯が辞退したにせよ政治に明るい者は他にも多くいるし、元のローエングラム元帥府から選ぶにしてもなぜ自分なのだというのがビッテンフェルトの意見である。

しかし、新皇帝の意向は彼自身の考えとはまったく違うものらしい。

 

「見識が広く知略に優れ、既に自身の領地を立派に治められている。新しい時代のため、広く庶民にまで心を砕ける者と言えば我が陣営ならビッテンフェルト提督、あなただろうというのが皇帝陛下のお考えです。」

 

「なッ……?!」

承知していたのかとヒルダを見るが、彼女も曖昧な表情をしていて判別できない。

 

「そのあなたからの意見であれば、皇帝陛下もお聞きくださるかもしれない。だからぜひ、弁務官には私をと申し上げて欲しいのです。」

 

「私は反対だ。皇帝陛下から遠ざかることがお互いのためだと考えているのかもしれないが、いざ再戦となれば陛下にとって一番必要となるのは卿だ。ハイネセンには私が参り、そしてヤン・ウェンリーを……。」

 

「オーベルシュタイン!」

自らの死を利用した謀略を易々と口にするオーベルシュタインを、ビッテンフェルトはまず止めた。

 

「少し落ち着かんか、二人とも。」

そして、彼は考える。

キルアイスとオーベルシュタイン、二人の意見について思考することとし、国務尚書云々のことはひとまず脇に置いた。

 

そして、

 

「まず、オーベルシュタイン!」

彼が最初に向き合うと決めたのは、オーベルシュタインだった。

 

「貴様はその何事も謀略で解決しようとするのをやめろ。ヤン・ウェンリーを殺せば同盟の力を削ぐことはできるかもしれんが、そんなことをしてやつらを征服したところで、皇帝陛下が良き為政者として迎えられるとはとても思えん。」

それに、と彼は言葉を切って、咳払いをした。

 

「いいか、俺の話をしてやる。」

ビッテンフェルトの意見を黙って聞いていたオーベルシュタインだったが、次の言葉は桁違いの知略を備えた彼にとっても予想外だったらしい。

 

「俺は子どもの頃に犬を拾ったことがある。まだほんの子どもだったから、弱った犬も看病すればきっと良くなると信じていた。だから、名前も付けた。」

道端で鳴いていた子犬を拾ったフリッツ少年は、弱り切った子犬を家族のもとに連れ帰り、なんとか飼わせてくれと懇願した。

彼の両親はこれを受け入れたが、既に命の限界だったらしい子犬は名前をつけた数日後にあっさりと死んでしまった。

 

「俺は犬が嫌いだ、あんな思いは二度としたくない。名前なんかつけるんじゃなかったと何度も思った。」

何日も泣き明かしたフリッツ少年は犬嫌いを自称し、それ以来二度と犬を飼うことをしなかった。

 

「だが、オーベルシュタイン!貴様は犬に名前をつけて、可愛がって、そいつを看取ってよく考えろ!それが俺の意見だ……!」

以上!とテーブルを叩く勢いでビッテンフェルトは弁を結び、それからキルヒアイスに向き直った。

 

「キルヒアイス……。」

キルヒアイスと皇帝ラインハルトの長きにわたる友誼は、ローエングラム陣営に所属していた者ならば誰もが知るところであった。

オーベルシュタインによって引き離された彼らはいくらかの気まずさを共有して今日までいたっているが、それでも友情の火は簡単に消えるものではないとビッテンフェルトは信じている。

しかし、ラインハルトが皇帝として即位した今、オーベルシュタインの言うナンバーツー不要論はいよいよ認めざるを得ないものであることも承知していた。

 

「反対を唱えたい気持ちはあるが……卿の意見はおそらく正しいのであろう。」

同盟にヤン・ウェンリーを差し出させるには、帝国からも相応の弁務官を向かわせる必要がある。

皇帝の一番の腹心であるキルヒアイスであれば十分にその役割を果たすと思えるし、キルヒアイスの柔軟な思考や人当たりの良さは長い間敵対関係にあった自由惑星同盟との外交においてより良い結果をもたらすだろうと推測される。

 

「そうおっしゃっていただけると……。」

胸を撫でおろすキルヒアイスとはらはらしながら様子を見守るヒルダ、そして不服とも納得しているとも判別のつかないオーベルシュタインであったが、彼らの会話を受けてここで口を開いたのはもっとも意外な人物であった。

 

「あの、」

ビッテンフェルトの妻にすぎないアンジェリカが口をはさむ様子を誰もが意外だと思ったが、彼女の瞳には今、はっきりと意志の光が宿っている。

 

「わたくしに一つ、ご提案がございます。」

彼女は静かに告げると、ビッテンフェルトに向かって言った。

 

「フリッツ様、フェルナーさんをお呼びくださいませ。」


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