組織の捕喰者   作:(◯|v|)<Howdy!)

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捕喰者と黒の組織

三人の中で唯一怯まなかった痩身長躯の銀髪の男性は、ジンと名乗った。“黒の組織”、“例の組織”、あるいは単に“組織”と呼ばれる巨大犯罪シンジケートの幹部であると自己紹介し、組織の一員として迎え入れたいと言った。本人曰く、殺し方が気に入ったらしい。長いこと闇側(こちら)に居たが、そんな殺し方は見たことがない、とも。瀬長は口には出さず、だろうな、と思った。首をへし折る程度なら人間の筋力でもなんとかなるだろうが、刃物よろしく素手で人体を切断するなど常識の埒外だろう。それこそ喰種かそれに類する別種でなければ不可能だ。

ジンとしては予想外な拾い物をした程度の認識なのだろうが、他の二人はそうではなかったらしい。声を潜めてこそいたが、女性からは正気を疑われていたし、ごつい方の男からは泣きが混じった声で撤回を懇願されていた。正直、心外である。敵味方の区別もつかない程イカれているつもりはないし、一般人への擬態は得意だ。理性のない怪物みたいに言われるのは────人喰いの怪物ではあるが────流石に不快だった。

 

とは言え、ジンはそもそも他者の意見を考慮する気すら無かったらしい。端的に鼻で笑って一蹴し、近寄る危険が分かっているだろうに、歩み寄って手を伸ばした。出会ってほんの数分だが、ジンの聡明さは瀬長も理解していた。メリットデメリットを計算した上で、裏にどんな秘密があるにせよスパイでなければ別に良い、と判断を下したらしい。

思い切りの良いヒトだな、と思う。分かりやすい程に警戒する後ろの二人の反応が普通だと思うのだが、常識には囚われないタチらしい。まあ、悪い気はしない。伸ばされた手に、自分の手を重ねる。

 

「じゃあ、よろしくお願いしますね、ジンさん?」

 

瀬長の喰種としての笑みに、ジンは獣の如き獰猛な笑みを以って返した。

うん、悪くない。

 

あ、喰いそびれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内心はどうあれ、少なくとも誠実に対応してきたジンに誠意を返さないのはどうなのだろうか。

 

そんなことをふと考えた瀬長は、乗せられたジンの愛車の中でカミングアウトした。と言っても、人肉のみ食せる事、収納可能な捕喰器官っぽいもの────というよりそれそのもの────がある事など、人とはとても呼べない各種能力があることのみだったが。後々になって、知らなかったと責められることの無いようにと話したのだが、それぞれ“ウォッカ”、“ベルモット”と名乗った男性と女性からはドン引きされた。借りたナイフを目の前で腕に突き刺しまくったのがいけなかったのかもしれない。刃はこれっぽっちも通らなかったのだから別に問題ないだろう、なんて考える辺り、瀬長の思考もこ(・)ち(・)ら(・)の人間のそれからは大きく外れている。喰種という生半な兵器では対処できない生物を知らない彼らからすれば、至極当然の反応である。

 

尚、ジンに誠意を云々を後にベルモットに知られた際、お前大丈夫かみたいな顔でまじまじと見られたことに関しては、瀬長はどうしても納得がいっていない。

 

数日後。

ジン配下の組織の下っ端として加えられて以後、瀬長の初めての仕事である。が、他の下っ端もおらず、他にいるのは直属の上司であるジンに加えてジンの副官代わりの幹部ウォッカ、勧誘された日にもいたベルモットの三人のみ。下っ端の自分以外全員幹部とか新手のイジメだろうか、なんて考えが浮かぶのも無理もない。

困惑が顔に出ていたらしい。違う、と短く否定した後、ジンが話し始めた。

 

ジンは瀬長を連れ帰った後、即座に“あの方”と呼ばれるボスに連絡した。ジンから詳細を聞いたボスとその片腕のラムは扱いに悩み、その特異に過ぎる生態と能力を徹底的に隠すよう指示した。下っ端の情報を把握しておくべき幹部に対してすら、スパイの可能性の無いごく一部の人物────幸運な事に、瀬長が最初に出会った三人────にのみ把握を許し、その上で詳細の口外を禁じた。

というのも、もしその情報が事実であれば、元々規模の大きい組織が戦力面で更に一歩前に出ることができる。また、その逆も然り。引き抜かれるわけにはいかないし、対策をされるわけにもいかない。

今回の任務は先の情報が正しいかを精査する為のテストであり、特例を作ってでも早々に幹(・)部(・)に据え置くに足る人材かどうかを測る為の試金石でもある。下手な人物を寄越すわけにもいかない為、前述の三人が記録・報告係になった。

 

なるほど、と瀬長は頷いた。直前になって伝えられた任務内容は敵対組織の殲滅。瀬長としては別に構わないのだが、些か急過ぎやしないだろうか。また顔に出ていたらしい。ジンはニヤリと笑って告げた。

 

「聞いた話が本当なら問題ねえだろう?」

「いやまあ、問題はないですけど…」

「なら良いだろうが」

 

キィ、と軽くブレーキ音を響かせて止まったのは、郊外のそこそこ古びたビルの近くだった。周辺の建物の中では段違いに高く、航空戦力でも持ち出さない限りは正面突破は難しそうだった。裏路地にあることと夜中であることも相まって、外に人通りはない。板で打ち付けられた窓が殊更古さを強調するが、喰種の鋭敏な感覚は中に多数の人が存在する事を伝えていた。見張りの為か、周囲にも見えないように人を伏せている。が、瀬長に言わせればお粗末に過ぎる。瀬長の基準が喰種を念頭に置いたCCGの防衛網なので、比べる相手が悪いとも言えるのだが。

 

ぴきり、と異音を立てて瀬長の眼球が黒々と充血する。それと同時に体が軋み、皮膚を裂きながら二本の尾(・)が突き出した。赤紫色の毒々しい尾を撓(しな)らせ、僅かな光を反射しながらてらてらと鈍く輝いている。その尾に、薄青緑色の硬質なものが鎧のように巻き付く。生物的な輝きを持つ尾とはまた違う、金属的な輝きを持つそれはよく見れば肩甲骨の辺りから生え、先端に向けて鮫肌のように逆立った細かい棘が見て取れた。それが肉を抉るのに効率的な形状であることを察したベルモットが冷や汗を流し、尾を生やしたことにウォッカが顔を蒼白に染め、ジンは面白そうに喉で笑っていた。

 

「じゃあ、行ってきますね」

 

気負うこともなく告げ、瀬長は大きく上に跳躍した。人体の構造上、どうしても死角となる上からの奇襲。見張りとして配された者達は、何に襲われたのかすら知る事なく絶命した。扉の前に軽い音と共に着地すると、扉ごと一階に居る敵を尾で串刺しにしていく。無駄に練度が高くて躱せた者は不幸であろう。掠っただけでごっそりと肉を持っていかれ、反撃にと撃った銃弾は真正面から受け止められた挙句通用しない。心を折られた末に待つのは、気怠げな尾の一閃。

組み立てられたバリケードもなんのその。急造とはいえ中々に堅牢なそれを蹴りの一発でガラクタに変え、尾で哀れな獲物をズタズタに引き裂いていく。隠し通路らしき場所にいた者を壁ごと串刺しにしては、そのまま反対側にいた敵も駄賃代わりに肉を抉る。決死の覚悟で突撃してくる数人の男を思い出したように素手で引きちぎってからは、抵抗も下火になっていった。

 

「た、助けてくれよ、なぁ、なあ!」

「これは夢、これは夢、これは夢これは夢これは夢これは────」

「やだ、やだ、やだ、死にたくない、死にたくない!」

 

抵抗の代わりに叩きつけられたのは、哀願だった。泣き叫ぶ者、縋る者、正気を手放した者。喰種に狙われたヒトが、今際の際によく見せる姿だった。

 

「ごめんね、お仕事だから」

 

だからこそ、それらを切り捨てるのも慣れたもの。別段の感慨もなく、首と体を泣き別れさせていく。瀬長とて転生したての頃は当然ながら嫌だったが、生きる為に殺していれば嫌でも慣れる。喰わ(ころさ)ねば死ぬ、だから喰う(ころす)。それだけだった。

 

最後の一人となったこの組織のボスたる男は、覚悟を決めていたらしい。逃げることもなく、堂々と座したまま瀬長を迎えた。ゆっくりと歩み寄る瀬長から目を逸らさず、じっと見据えたまま拳銃を撃ち続けた。効かずとも、ずっと。

銃弾が尽きる。かちん、と虚しい音を響かせた拳銃を眺め、男が諦めたように笑った。疲れ切った笑みだった。

 

「お見事」

 

首が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わったという連絡を受け、ベルモットはジンやウォッカと共にビル内に足を踏み入れた。噎せ返るような血臭と、引き裂かれた腹部から溢れ落ちた内臓のぬらぬらとした輝きに僅かながら吐き気を催す。

巨大犯罪シンジケートたる組織の幹部の一人として人の死など見慣れているベルモットだが、このビルの中に溢れている死は、知っているそれよりも尚原始的で残虐だった。

ウォッカはベルモットをして可哀想になる位に蒼白で、必死に吐き気を堪えているのがよくわかる。実働部隊の実質トップとも言えるジンの副官なだけあって、ベルモット以上に様々な形の死と慣れ親しんでいるウォッカである。それでもあれほどに辛そうなのは、戦闘員であるウォッカが触れることの早々ないものに触れたからであろう。例えるなら、子供が虫を戯れに踏み潰す行為だろうか。強者が弱者を悪意なく虐殺する、蹂躙の究極形。

ちらりと視線を向ければ、この光景を前にしてさえ、ジンは笑みを浮かべて平然と写真を撮っていた。写真が報告用とはいえこの男、やはり頭のネジが何本かトんでいる。ベルモットはその認識を再度固めた。

廃ビルを上に登れば登るほど、瀬長と名乗った男の異常性が露わになる。蝶番や錠前ごと吹き飛んだ鉄製の扉と壁に挟まれて絶命していた男や、どうにも素手で無理矢理引きちぎられたと思しき死体など、明らかに尋常ならざる手段で殺害されたと一目でわかる。

ぱき、ごき、ぐちゃ。生々しい音が階を登るにつれ次第に大きくなっていく。何が行われているかなど最早論じるまでもない。ジンはさっさと足を進め、それに続く二人の足は重い。最上階まで登ったジンが、躊躇なく扉を開ける。

瀬長は食(・)事(・)中(・)だった。尾の一本を地面に突き刺して器用に椅子を作り腰掛け、もう一本で食(・)材(・)を引き寄せたり解体したりしている。血塗れの椅子に座る体には首がなく、その体のものと思われる頭部には眼球がなかった。そのうちの一つは瀬長の口元で転がされている。もう一つが見当たらない辺り、恐らく既に胃の中なのであろう。瀬長が手に持つ腕にはいくつもの歯型があり、骨が見えている部分すらあった。もう片方の手には湯気が上がるカップが持たれ、濃密な血臭に混ざる僅かな匂いから、それがコーヒーであることが辛うじて理解できた。

ウォッカが耐えきれず、口を押さえて部屋を出た。ベルモットも流石に隠しきれぬ程に顔を蒼白に染める。正直に言えば今すぐ出て行きたかったが、瀬長が高い殺戮能力を持つ事がわかった以上、ある程度好印象を持たれている方がいい。ウォッカの背中を見て苦笑していたことから、別段気にしてはいないようだが。

食(・)事(・)風(・)景(・)を写真に収めたジンが、酷薄な笑みを浮かべたまま話し掛けた。

 

「よぉ、想像以上だったぜ」

「そうですかね?」

 

瀬長が小首を傾げる。本人の態度と状況を見るに、戦闘とすら思ってはいまい。

今回知るところとなった、明らかに人ならざる器官、人を喰らうその食性、高すぎる身体能力。成る程本人の意思がどうあれ、裏に生きざるを得ない人種であろう。擬態はできても、真に表では生きられない。それを思えば、哀れですらある。

やるじゃねえか、とジンに肩を叩かれる瀬長の照れ臭そうな姿を見て、ベルモットは僅かに悲しげに目を細めた。

 

 

 

 

 

この数日後、瀬長にはコードネームが与えられた。

錆びた釘の如き色を持つウイスキーベースのカクテル、ラスティネイル。

“組織最凶の暴力装置”と呼ばれる幹部の出現だった。

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