組織の捕喰者   作:(◯|v|)<Howdy!)

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幕間・他人から見た捕喰者

Case1.ジン

 

 

ジンが()()と出会ったのは、取るに足りない筈の仕事の時だった。

 

 

その時の仕事はなんて事ない、ヘマをした末端の構成員を処分する事だった。ジン本人と副官のウォッカ、ついでに丁度一緒にいたベルモット。対象が複数とはいえ末端に対して組織の処刑人たるジン一人が出張るだけでも過分だというのに、幹部が三人などいっそ処分対象が哀れになる所業である。警戒こそすれ緊張感もないままに足を運び、そこでジンは逸材を見出した。

 

今でも思い出す度に愉快でたまらない。かつて、血で手を汚しているというのに、気にした風もなく頭を掻きながら溜息を吐いてみせた青年は、今はラスティネイルの名を掲げて組織に属している。

埃っぽいコンクリートの上に散らばった数人分のバラバラ死体、辺り一面にぶちまけられた新鮮な血、その中心で何でもないように佇む青年。あまりにアンバランスすぎて、幾多の死地を渡り歩いたジンすらも一瞬呆気にとられた程だった。

 

必ずや組織の益となる。

 

その確信とともに囲い込むべく勧誘をかけた時は、同行していたウォッカとベルモットに正気を疑われた。ジンも気持ちは分からないでもない。平々凡々な見た目から想像もつかないサイコパスぶりは、どれほど酷な環境にいたのかと尋ねたくなる。この男は恐らく、人間の集団には根本的なところで馴染めない。

だというのにジンがわざわざ勧誘したのは、勘によるところが大きい。幾多のNOCや組織の益の元をその勘で察知してきたジンは、本人が意図して重きを置く冷徹な思考よりも時に勘を頼みとする。それは己への自信の表れであり、自身の信条よりも組織の益を優先する忠誠の発露でもあった。

 

そうして招き入れられた男は、その異質さを以って特例で名を与えられた。ジンの勘は当たっていた。組織にすら微妙に馴染めていない節のあるこの男が表で平穏無事に生きるなど土台無理な話であるし、まかり間違って敵対組織に所属されていたならば、ジンどころかジンが忠誠を捧げるボスの身とて危うかったろう。流石のジンも、軍用ヘリの機銃すら生身で耐え抜く怪物に勝てるなどとほざける程自惚れてはいない。

 

ジンは時々、男を連れて任務に行く。ジンすら時折足が重くなる程に凄惨なやり方をする男が気に入っているのもあるし、男が裏切る素振りを見せないか様子を見る為でもある。理由なんて様々だし、何なら理由なんてない時もある。

それでもジンは時々男を連れて任務に行く。

そんなジンの一番の理由は、平穏に暮らしたいなんて宣いながら人を引き裂く、この無垢で歪な怪物の暴虐を間近で眺めたいが故である。

 

 

 

 

 

Case2.ウォッカ

 

 

ウォッカはその日、抗えない死という物のカタチを知った。

 

 

ウォッカがそれを初めて見たのは、位置とスケジュールが都合良かったから、以外に理由のない程に取るに足らない任務を割り当てられたジンにいつもの如く随行していた時だった。

マネキンみたいにバラバラにされた骸は非現実的で、中央に立つ平凡な男の存在も相まって幻覚でも見ている気分にさせられた。遅れて漂ってきた、嗅ぎ慣れた鉄錆の匂いにようやく脳が覚醒する。更に一拍遅れて目の前の光景が現実だと認識が追いつき、一気に血の気が引くのが分かった。

 

何が恐ろしいって、銃を携えているのが見えている筈なのに、その目には恐怖も警戒も見えていない事が恐ろしい。面倒なことになったなあと言わんばかりの僅かな苛立ちと、敢えて例えるならば蛙を前にした蛇が鎌首をもたげて見据えた時のそれによく似たモノを内包した瞳。アジア系にありふれた黒色の双眸が、ウォッカ達を敵ではなく()として映している。その狩りの前の捕食者の如き雰囲気も、何かの間違いかと思えるほどに一瞬で、かつ巧妙に搔き消えたが、背筋に氷柱を突き立てられたかのような寒気は消えていない。むしろ慣れた様子で繕われたことで更に増した気さえする。

組織に男を招かんとしたジンへの抗弁も虚しく、同じ車に乗ることとなった。気分は空腹の虎に与えられた生き餌である。思えばジンにあれ程までに意見したのは初めてではなかろうか。運転は淀みなく、冷や汗はその量を増やしながらも、つらつらと思考だけが男の事を考えないように後ろ向きに全力疾走している。腕にナイフを突き立てて無傷であった所を見た辺りで、ウォッカは己の精神衛生の為に、理解することを放棄した。

 

目を瞑れば今でも思い出せる。あれは男を拾った数日後、特例で幹部に据えるか否かを試す試験の時だった。錆びた鋸で無理矢理切り分けたようなズタズタの切れ目。無造作に引き千切られたかに見える残骸。不自然に壁や天井に張り付いた赤色のかつて人だったモノ。突破するのに一苦労しそうな鉄製の扉は拉る程の力で蹴り飛ばされた挙句、壁との間に哀れな犠牲者をサンドイッチして破裂させている。

極め付けは、最上階で待っていた男の姿だった。コーヒーカップ片手に美味しそうに死肉を頬張るその様が、ウォッカの生存本能を大きく刺激した。かつて見た獲物を狙う狩人の目が、思い違いでも何でもなくそのままの意味であったと知って。喉を焼く液体が胃からせり上がり、男から走って離れた。不興を買えば次に()()()()のは自分だという予感があった。

 

男は特例でコードネームを授かり、ウォッカの同僚となった。個人で動くこともあれば、他の幹部らと共に任務をこなす事もあるという。風の噂では、ラムの命で不審者そのものな格好をしているにも関わらず仲は悪くないらしい。同じ光景を見たベルモットも付き合いはそこそこにあるとか。自分が喰われるかもしれないという恐怖さえ乗り越えられれば、素手で車をスクラップにする男なのだから戦力としては申し分あるまい。尚、ウォッカは未だに恐怖を克服できていない。

 

ウォッカはあの日、死のカタチを知った。

死は、どこにでも居そうな平凡な男のカタチをしているのだ。

 

 

 

 

 

Case3.シェリー

 

 

シェリーがその人物に抱いた印象は、変な人、だった。

 

 

シェリーは幹部の中でも少々特殊な、年若い幹部である。世間一般には中学生と呼ばれる年頃である現在、シェリーに割り振られた仕事はとある薬を開発する事。親が残した資料を元に薬を作っているので、再現と言った方が正しいのかもしれない。組織に属していれどもほぼ一般人である姉の為に従事しているのは誰もが承知の事実で、実際シェリーも隠したことはない。

だからこそシェリーの所には、組織が信を置く幹部がしばしば様子を見に来る。それはいっそ清々しいまでの無言の脅迫で、だからこそ法も倫理も足蹴にする組織のやり口をよく知っているシェリーには効果的だった。

 

ある日、新しい幹部が任命されたと小耳に挟んだ。組織そのものに別段興味のないシェリーからすれば聞き流す程度の関心だったが、それでもある程度知識がついてしまう位には良く噂されていた。

コードネームはラスティネイル。組織最凶の暴力装置と渾名される程の破壊・殲滅能力を持ち、その任務跡は凄惨の一言であるという。立場上、非情な人体実験も淡々とこなすシェリーが資料の添付写真を見て青褪めた程度と言えばその惨状も想像できよう。端的に言って、人間の所業ではなかった。

 

その噂が流れて少しした後、顔合わせだと言ってジンが一人の幹部を連れてきた。どこもかしこも黒一色で、顔すら仮面で隠した人物。ラスティネイルと名乗ったその人物は、前評判からシェリーが想像していたよりもずっと温かみのある人柄だった。何故ここに居るのだろう、と思ってしまう程には。子供好きなのか、シェリーの頭を撫でる手が存外慣れていたのが印象的だった。あの手が人体を易々と引き千切るというのだから驚きだ。

 

ラスティネイルと会った時間は決して長くはないし、回数もジンなどと比べれば遥かに少ない。それでも回数を重ねるごとに分かってきた事もある。

ラスティネイルは歪だ。シェリーが気にいる位には組織に似合わず好人物だし、逆に組織らしく残酷でもある。本来両立しない筈のそれらは、しかしラスティネイルに限って成立している。曰く、平穏に暮らしたい。ジンの前でそう言いながら抹殺対象の頭蓋を握り潰したというのだから、大したものである。本人の中では、平穏に暮らす事と殺人を犯す事は相反する事ではないらしい。

 

人として好ましく、悍ましい。だからこそシェリーは、ラスティネイルを一言でこう表すのだ。

変な人。


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