The Warrior World 第二節「戦士たちの学校」   作:犬丸ミケ

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第1話

ーーーーーー夜が明けた。

世界を包む深い闇から一筋の温かな光が差し込み、時間が経つに連れ光は大きくなり、闇色の空がだんだんと青色へと変色していく。

空の色が変わって行くと、それに伴い視界に広がる世界の景色が次第にハッキリとし、何処に何があるかが分かってくる。

景色がハッキリとしていけば、それだけ心が安心感に満たされて行く。

暗闇で何も見えない恐怖、何処に何があるか分からない状況から解放され、人の心からも夜が明けて行くのだ。

そんな平和で穏やかな時間、世界がゆっくりと動き出して行くーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビリッ、とソレが交わる瞬間に大気に電気が弾け、痺れる感覚を覚える。

それと同時に欠けらのようなエフェクトが周囲に散るというどこか近未来的な現象も発生する。

それもそのはず、交わったソレは武器でありながらその切っ先は鉄や鋼ではなく、電子的なホログラムであった。

そのため、交わった瞬間の音もどこか重みは感じず、スパークしたような弾けた音が響く。

少しの人の騒ぎがあればあまり少し聞きにくい音の気がするのだが、今はそうでもなく、武器と武器の弾けた音がよく聞こえる。

それもそのはず、陽の光が当たりながらどこか薄暗く感じるような時間帯、つまりは早朝なのだ。

それも早起きは三文の徳と言うには何処か早過ぎる気がするような時間帯だ。

小鳥の鳴き声がピチチと聞こえるところがまた早朝たることを示しているようだ。

 

「………はぁっ…!」

 

そんな平穏な時間に物騒という単語を具現化したかのような物体を振るうのは2人の男女、1人は男性で体格がいかにも戦士の風貌を漂わせるものだ。

茶髪で少しのツンツンした髪型に、半袖短パンと言った動きやすそうな服装で、髪に関しては男性にしては少し長さがあるようにも感じられる。

男は自身が握る直剣タイプの電子的な刃を何処か力強さのような圧力を感じるような振り方をしている。

 

「そこだ…!」

 

だが、その振り方はただ力任せに振るっているわけでなく、一太刀一太刀が相手を確実に追い詰め、逃げ場を失わせるような的確さが込められている。

力だけではない、その力強さの中に練り上げられた技術が込められているのだ。

 

「…………そんなもの?」

 

男性と対峙する何者かは、男性の一撃を僅かな動きのみで躱す。

男性と対峙する相手、女性は茶髪の男性とは打って変わってかなり小柄であり、少女という単語が似合うような女性だ。

小柄な体格に短めながら少し毛が外側にハネている白髪で、服装はファインと同様に動きやすそうな服装で、ズボンと呼ぶには血色の通った色でありながら透き通るような色白さの宿った肌の色の太ももがやたらと露わにしている履き物を身につけている。ブルマと呼ぶものだろう。

そして何よりも瞳が宝石のように透き通った赤い色でありながら、戦闘中ということもあってその透き通る色合いが刃物の刃のような冷たい鋭さを纏っている。

 

「…っ!?」

「甘い……」

 

男性より放たれる斬撃をほんの僅かな動きで躱すと、男性の打ち終わりを狙って短い刃を男性に向け射し込む。

女性の獲物はナイフであり、これの刃もまた電子的なホログラムで形成されている。

その太刀筋は男性のものとは全く別物で、とにかく素早く、なおかつ狙った所に的確に差し込むような鋭さを持っている。

手数を重視しているためか、男性の太刀筋のような力強さはなく、何処か軽快に感じるが、その素早さと軽快さが合わさることで脅威となっている。

 

「っ……なんの!」

「……」

 

男性は射し込まれたナイフを目で捉えるでなく、直感による反射でかろうじて躱す。

 

「そこ……」

「っ……!?」

 

だが、女性はそこから一枚上を行くようにもう一撃を加える。

一撃を加えた後ら一切の隙もなくもう一撃を加えていくのだ。

さすがにこの一撃まで回避することは叶わず、僅かに刃が頬を掠める。

おそらくもう一撃、さらに加えてくるだろう。

どのみち、一撃を打ち払ったとしてもまたすぐにもう一撃が飛んでくるーーーー休める隙などありはしない。

まさに真逆の剣技、陰と陽のようなな在り方だ。

 

「……もう1つ」

 

頬を掠め、動揺を誘ったところにもう一撃、首を横に切り裂くように素早く切り返す。

一方、男性はその一撃が急所、首元を狙っての一撃と予測したのか、上体を僅かに逸らし、刃を躱す。

これがあと数センチ長い得物であれば、この程度の回避では急所を切り裂かれてしまっただろう。

ーーーさて、重さがあり、的確に追い詰める剣技と軽快で素早さにて相手を追い詰める剣技、そのどちらの方が相性は良いのだろうか。

 

「もらいっ!」

「……っ!」

 

急所狙いの一撃を躱し、上体が僅かに逸れた勢いのまま得物を持っている側の腕を突き出し、剣を突き出す。

一方女性は、細かい連撃でなく、一撃即死を狙った一撃が躱されたのだ、ほんの僅かながら隙を生み、その隙を突かれたことで男性の得物による一撃を受けてしまう。

とは言え、それは致命傷には至らず、先ほどの男性と同様、僅かに頬を掠める程度であった。

 

「……あぶな…」

 

予想外の一撃、女性は後ろに下がり距離をとることで、自分の中の油断を打ち消し、心を切り替える。

ーーーーー否、このように刃を交わしている間はそんな相性など意味は成さない。

技量あるものが勝つ。

力のあるものが優位。

彼らの間で起こっているのはそんな世界なのだ。

だからこそ、僅かに男性が"追い詰められて"見えるのは気の所為などではない。

単純に女性の方が技量として上なのだろう。

 

「……らぁ!!」

「遅い」

「…っ!」

 

距離を詰め、男性が力強く薙ぐ。

だが力強く振るってしまえば余分な力はその分余波としてその場に残ってしまう。

つまり、無駄が、隙が生まれてしまうのだ。

女性はそれを見逃さない。

その僅かな隙が女性にとっては致命的な一撃を与えるチャンスでもあるのだ。

その隙を突き、女性の持つナイフ型の武器は致命傷を与えられる男性の急所へと向かう。

だが、

 

「っと!!」

「……!」

 

薙いだことで生まれたであろう無駄と思えた余波は無駄のままに残ることはなく、そのまま身体を捻り、上体を回転させつつしゃがむように背を折り、急所狙いの一撃を躱す。

これは顔を知らない者同士では通用しにくい手なのだが、男性は女性の太刀筋を分かっていたのだろう。

だからこそ、この"振り方をしたら"このように"攻撃してくる"と予測できるのだろう。

そのため転じることのできた防御だと言える。

 

「でや!!」

 

背を折った体勢から攻撃の太刀筋へ持ち込み、下段から上段へと切り上げる。

予想外の防御をされたことにより、一瞬でも驚愕した隙を突く狙いの剣戟だ。

男性の一振りは確実に女性を捉えていた……のだが、

 

「っ……」

 

一歩早く、女性が身を退くことで男性の剣は空振りする。

女性の方が素早く、なおかつ予想外に対して隙を小さくできたのだ。

その隙の無さが男性との技量差を表しているかのようだ。

すると、女性は構えを解き

 

「……ファイン、そろそろ」

「…!オーケー、んじゃやるか……!」

 

ファインと呼ばれた男性が剣の持ち手を握りしめ一振りーーーその瞬間、男性の中から力が弾け出したかのような圧力が発生し、大気を震わせる。

まるで力強さを表すかのように、男性の身体からメラメラとした熱気が沸き立っており、時折その熱気の中から青い炎がチラチラと姿を見せている。

一方、女性の方はただでさえ鋭さを纏っているような瞳がより鋭さを増し、ナイフを後ろ手に構え、腰を低く落とすような体勢を取る。

その姿はさながら、獣が縄張り争いで本気になったかのような力強さを秘めていた。

冷たさを感じる鋭さを持ちながらも何処か力強さを秘めた瞳………女性が先程よりも本気である証拠だ。

 

「行くぞ……サーシャ!!」

「…っ!」

 

ファインが地面を蹴る。

その瞬間にサーシャと呼ばれた女性との距離を詰め、剣を振るう。

それに対しサーシャは身をよじり剣を交わし、そこから切り返すまでの隙に乗じて一手を加える。

その刹那ーーーサーシャの一手は防がれ、ファインの一手が振るわれる

 

「……!」

「せいっ……!」

「……まだ…!」

 

その一手をナイフの刃で受け、また一手加える。

防がれた直後ともあり、隙のできる状態だ。

だが、ファインはその隙を生じさせず、またもう一手振るうのだ。

 

「早い…っ」

 

その一手を身をよじり躱すも、交わした直後にまたもう一手ーーーファインの得意とする力で追い詰め、逃げ場を失う太刀筋だ。

だが、今ファインが実演しているのはそれだけに留まらず、さらにサーシャのような素早い切り返しの一手が加わったような剣戟となっているのだ。

一手を防げども、防いだ時にはまたもう一手加えられ、それを躱せども躱した時にはまたもう行って加えられるという、本来ならナイフのような小柄の獲物で得手とする戦法を、ファインは直剣でやり遂げているのだ。

 

「ふっ……せいっ!」

「…くっ……」

 

一手、もう一手と加え、サーシャを追い込んでいく。

つい先程までのファインの技量では成し得ない技術、それを力を弾けさせるあの解放のようなものでそれを可能としているのだ。

 

「はぁ…!!」

「………っ」

 

遂に躱しきれず、ファインの剣を自分の小さな得物で受け止める。

得物の差を埋めるような素早さと重さを乗せた剣戟は、まさに限界を超えた一手である。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!!」

 

ファインの剣戟はさらに素早さを増し、もはや残像が僅かに生み出されるほどのものとなる。

普通ならば肉体に負荷がかかるはずのものだが、今の状態のファインはその超えた限界すらも常時と変わらず繰り出すことができている。

つまり、通常時のファインとは"別のファイン"として肉体がそこにあるような状態となっているのだ。

普通ならば限界を超え、肉体に負荷が掛かるものであっても、力の解放によって成っているファインにとってはこれが通常となっているのだ。

よって、直剣のような長さや重さのある武器では不可能な動きが可能となっているのだ。

だが、だからと言ってサーシャが不利であるということは決してない。

 

「まだ……まだ…!」

 

サーシャはその勢いに負けず、極限の集中力を持って、ファインの素早さの中の何処かしらの隙を探るべく、本気の素早さでこれに対応する。

 

「な………ぐっ………!」

「ふ……っ!!」

 

来たる一手を冷静に躱し、僅かに生まれた隙を突くかのように素早い一手を繰り出している。

これはもはや得物の差なのか、それとも技量、場数の違いなのか。

だが、例え限界を超えた力であっても、彼女の長きに渡って練って来た技術というのは"瞬間的"に力の限界を超える程度では覆すことができない。

 

「…っ!………っっ!!!」

「ぐ………ぬぅ………!」

 

ーーーーーー僅かであった。

ファインの剣戟は素早さの中に、何処か粗雑さがあった。

限界を超えた力……すなわち普段の己の技量では不可能な領域、使い慣れぬ武器。

一見して何処か凄味のある剣戟であれど、使い慣れぬ武器を持ってしては、それが如何に最強の武器であれど、結果的に振り回されてしまう。

しかし、サーシャは違う。

サーシャの素早さとは普段己が使い続ける熟練のもの。

それ故、どの動きをすればどのような隙が生じるか、どの動きをすれば相手に隙を生じさせられるか、また自分の隙を埋めるにはどの一撃が最適解であり、それをどの状況で扱うか。

そういった連続の思考が反射的に行われ、即座に判断し、身体をその流れについて来させる………サーシャの持つ技術ではこのようなことも可能なのだ。

 

「そこ……………せい…っ!!」

「っ!?」

 

時間が経つにつれ、ファインとサーシャの攻防に綻びが生じさせられていく。

というのも、ファインの剣戟の中に混じる僅かな粗雑さが次第に大きくハッキリと現れてくるのだ。

それはファインの技量不足故か。

ーーーーーー否、サーシャの剣戟がそうさせていったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……隙あり」

 

 

 

 

 

 

 

連続する攻防の刹那、サーシャの得物がファインのの得物の刃を捉え、そこに絡みつくように介され、そのまま腕ごと振り上げさせた。

両者の得物の握る腕が振り上げられる。

だが、サーシャは振り上げた側、隙は少ない。

対してファイン、腕を振り上げられた側であり、力が上方向へと伸ばされてしまい、大きく腕を上げ、すぐに下げることのできない状況へと陥ってしまった。

ーーーーーーーつまり、凄まじく大きな隙が作られてしまったのだ。

 

「っ……!?」

「……はぁっ…!」

 

ファインの腕は振り上げられたままであり、力の解放状態を持ってしても、すぐに戻すことはできない。

というのも、体は反応できようとも、ファインの心をまでが反応できていないのだ。

その隙を突き、サーシャの一撃がファインの急所へと伸びるーーーーー

 

 

ーーーー思えば、ファインの力の解放によって可能となった素早さというものは、ここ最近にて目覚めたものであり、まだ使いこなせていない。

だが、サーシャの素早さというのは手に馴染みのある武器で可能とした素早さをじっくりじっくりと練り上げたもので、今のファインと対峙しているサーシャのスピードというのは彼女本来の素早さと言っても過言ではない。

使いこなせている武器と使いこなせていない武器、戦場においてどちらが優位かなど考える必要もないほどに決まっているものだ。

例え相手が最強の武器であっても使いこなせていなければ、その武器の力に振り回され、余波を生み、無駄を作ってしまう。

それに対し、使いこなしながらも最弱の武器ではあっても、使いこなしているが故に無駄はない。

無駄がない故に、時にそれは最強となる。

ならば、今の状況がどちらが優位か、考えるまでもないだろう。

 

「…………チェック……メイト……」

「…………っ」

 

ファインの喉元に小さく、ホログラムで形成された刃が当てられている。

あの人知を超えたとも言えようスピード勝負にて勝ったのは………サーシャであった。

 

「……あー……クソ……負けたー……」

「…まだ……その力に振り回されてる…」

 

勝負を終えると、全身に飲めた力と緊張が急激に抜け、力なく発言してしまう。

それに対しサーシャは、容赦なく冷たく返してくるのだ。

 

「やっぱ分かるか?」

「…うん……それにファインは剣を振ってる時……感情に流されやすいから……」

「えっと………つまり?」

「……力の解放中の限界を超えた力に酔っている……というより、調子乗ってる……が正しいかな」

「……おっしゃる通りで……」

 

サーシャの辛辣な発言を素直に受け止めると、サーシャの瞳に宿っていた闘気が次第に落ち着き、普段通りのサーシャの表情、眠気と怠気が混じったような半目開きのジトッとした表情になる。

それと同時にファインの喉元に当てられたホログラムの刃のナイフ、模擬戦闘用武器のナイフモデルを下ろし、同時に周囲に発せられていた張り詰めた空気も緩み、時間と風景に合ったような穏やかな空気になる。

 

「……まぁ、最初の頃に比べればだいぶ使えてきたとは……思う…よ?」

「疑問形に聞こえるのは気のせいか…?」

 

最初の頃……ファインの扱う「力の解放」が目覚めたのは今から1ヶ月前……突如サーシャの手に引かれ、多目的ホール内の模擬戦闘用空間で本番に近いような模擬戦を行い、ボロボロに打ちのめされた辺りで急に目覚めた。

この「力の解放」が異能力によるものなのかも分からず、困惑していたファインにサーシャが失われているファインの記憶の手掛かりの捜索と「力の解放」の調査を手伝う、と助け舟を出してくれたのだ。

それ以降ファインとサーシャが同室している状態を利用し、授業に出席する数時間も前の早朝から模擬戦闘用武器を使い、模擬戦を行いつつ「力の解放」を使いこなすための練習も行なっているのだ。

 

「……じゃ、今日はこれで終わり……シャワー浴びて寝よ……」

「ここまで身体動かして目も覚めてるだろうにまだ寝ようと思うのか…?」

「……だって……授業まで時間あるし……」

「お前……いつもなら授業中でも寝てるくせに……」

「それは……それ……これはこれ……二度寝と授業中の居眠りは……別腹……」

「食後のデザートみたいに言うな!!」

 

サーシャの言う通り、今から教室に向かうにもかなり早い。

下手をしたら教室がまだ開いていないことだってあるだろう。

ちなみに、ここ最近の1日の流れは、早起きて模擬戦をやり、ある時間から食堂で朝食を済まし、朝食が終わる頃に教室が開き、そこで授業を済まし、1日の授業が終わると一度寮に戻り、食堂で夕食を済まし、そのあとはその時の気分で変わる。

シャワーを浴びてそのまま部屋で寝たり、浴場で湯船に浸かった後散歩したり様々だ。

 

「んじゃ………そういうわけだから……」

「…まったく……」

 

と朝の模擬戦の後のサーシャは二度寝しようと部屋に向かうが、"ここ数週間はそれが叶ったことは一度もない"。

何故なら………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

W・S、学生寮

「ファインとサーシャの部屋」にて……

 

「ただいまーーー」

「あ、お帰りなさいファインさん。それとおはようございます♪」

「………………………………おかえり」

 

そう、ここ数週間はこの部屋の住人が1人増えている……というと少し語弊があるだろう。

まずドアの前には部屋に入ってきたファイン、ベッドで寝ることなく窓辺の床に座布団も敷かずに座り、壁に寄りかかりボーッとしているのがサーシャ、そしてファインを迎えて来たのは本来この部屋の住人ではない人物、W・Sの制服の上にエプロンを羽織る少女、サーシャの純粋な白い髪とはまた違う青色を帯びた長く伸ばした白髪に透き通るような青い瞳に童女を思わせる顔立ち、早朝の眠気が残る時間帯とは思えないような明るい笑顔の少女、ロール・クリケットである。

 

「なんだ、もう来てたのか」

「はいっ!それが私の仕事ですからね」

 

このようにファインに対して敬語を扱うため、ロールの方が後輩のように思えるが、実際はその反対、ロールのほうがファインより先輩であり、それどころかロールは「魔法支援科」の特級クラス、「ウィザード」の生徒である。

W・Sには各科目に4つのクラスがある。

下級クラス、中級クラス、上級クラス、そして特級クラスとある。

この学園を卒業するためには上級クラスまでの授業課程を収め、卒業試験をクリアすることで卒業へと至る。

ちなみに、この学園は四年制とあるが、正直な話、それまでに上級クラスに至れない、または卒業試験をクリアできなければその場で留年となり、また学園生活を送るしか無くなるため、四年制というのはそこまで意味はなさそうだ。

なお、卒業するのに特級クラスにまで至る必要はないとのこと。

というか、普通に授業課程を収めているだけでは特級クラスへ至ることはないのだ。

W・Sには授業だけでなく、課外実習というものがあり、その内容は生徒が選択することができる。

その内容は雑用仕事から実戦参加まで多種にわたっている。

つまり、特級クラスに至るにはこの課外実習の中でも危険度が高いものを選び、なおかつ優秀な結果を収めることが1つの方法とも言える。

1つとも言えるというのは、もちろんそれだけで至ることはできないのだ。

そのためには先天的な才能だったり、持ち合わせている実力だったりとそのための条件は定かになっていないのだ。

そんな謎を秘める特級クラス、ロールはそのクラスの生徒である。

つまり、今こうして礼儀正しくファインに接している少女こそ、このW・S内において最優の魔法支援課の生徒と言える。

 

「仕事………仕事ねぇ……」

「………………迷惑……」

「サーシャ……今日もダメだった……つーか、現状無理だよな……お前」

 

無言で頷く。

その表情は眠りを妨げられ、かなり不満気な様子が伺える。

今日も、というのはこれが1度目ではない。

ロールがこの部屋に来始めた時から1度として二度寝が叶ったことがないのだ。

何故こんなことになっているのか……それはロールがこの部屋に来始めた数週間前に遡る………

 

 

 

 

 

 

 

 

数週間前……

 

早朝に模擬戦を始めるようになってから5日前のことだろうか、模擬戦での俺の立ち回りについて聞きながら部屋に戻った時のことだった。

 

「………えーと……?」

「…………?」

 

部屋に入るなり固まってしまう。

何故こんなことになっているのか、思考が結論に導けず、頭がショートしているとも言っていい。

何故ならーーー

 

「お帰りなさい、ファインさん。それにサーシャ・レイニードさんでしたね」

 

制服にエプロン姿で部屋の真ん中で正座しているロールがいたのだ。

この時のロールの表情はかなり真剣なもので、まさにこれからお説教を始めますとでも言いたげだったのだ。

 

「……ロール?」

「はい、私です」

「なぜ…………ここに?」

「学園長に直談判したのです。年頃の男女が部屋で同室なんてやはり許容できないので」

「……まぁ、そりゃそうだよなぁ……」

「ファイン……この人…誰?」

 

そう言えば、まだサーシャはロールと顔を合わせたことがなかったことを思い出す。

 

「この人はロール、ロール・クリケット。俺たちより先輩の生徒で、魔法支援課特級クラス「ウィザード」の生徒でもある」

「……「ウィザード」?」

 

この単語を聞いた瞬間、サーシャの表情が怠さに満ちたものから半分ほど鋭さを帯びさせる。

 

「初めまして、ロール・クリケットと言います。ファインさんの言った通り「ウィザード」の生徒です」

「…………」

 

サーシャは依然として目を凝らしてロールを見つめている。

ただそれだけで空気が張り詰めていくのが分かる。

無言の状態で1分たった辺りだろうか、サーシャの額からタラリと一粒の汗が流れ落ちる。

それどころか凝らしていた目が少し動揺しているようにも感じられる。

少し、といっても5日前に模擬戦を行った際にあの異能力のようなものを目覚めさせた時よりもその色は濃く感じる。

ふと、袖口あたりからクイッと引っ張られる感触を感じる。

 

「……ファイン……この人……かなりやばい……」

「やばい…?」

 

あのサーシャが「やばい」と言ったのだ。

小声で少し聞き取りにくいものの、どこかその声が震えているようにも感じる。

おそらく、ロールが自分より格上の存在である気配でも感じ取ったのだろう。

 

「……この人……上手く隠しているけど……内包している魔力量が……訳が分からない……」

「あれ、気付かれてしまいましたか。これでも感じ取られないように隠しているつもりなんですけど…」

「よく言うよ……確かに普段接する分には何も感じないけど……ちょっと感覚を研ぎ澄ませばすぐに分かるよ……」

「ちょっと……ですか」

 

サーシャの表情は変わらない。

いや、変わっているように見えないだけだ。

少し付き合いを共にすれば彼女の表情の色に恐怖の色も伺える。

 

「というか……普通なら隠蔽なんて仕切れない魔力量のはずなんだけど……」

「そうですね、少し隠蔽できるようになるには時間は掛かりましたね。東島には「能ある鷹は爪を隠す」という言葉がありまして、優れた人物はその実力を見せびらかさないという意味だそうです。私は自分の力のことは正しく認識しているつもりです。そのために私は私の力をしっかり隠す必要があった……でないと」

 

フッと、ロールの目に力が加わった瞬間、ブワッと周囲の空気が変化する。

凄まじい圧力と圧倒的強者より感じる力の差、穏やかな早朝から地獄の片隅にでも落とされたかのような空気の変わりように体が強張る。

あまりにも瞬間的すぎる出来事に恐怖を感じることを忘れてしまったほどだ。

だが、サーシャは違った。

そんな瞬間的な状況にも関わらず、その目は臨戦体勢に切り替わっていた。

もしロールがほんの一瞬でも動きに変化を見せようものなら、瞬時に背後にとって首を刈り取ってやろうとでも言いたげだ。

だが、その表情は恐怖の色に満ちている。

だか、それでも恐怖に飲まれないように抗っているようにも見える。さすがと言うべきだろうか。

 

「……と、こうなってしまうのですよ。ですからどうやってでもこの魔力を隠蔽できるようにならなくてはいけなかったのです。でないと、ここの生徒たちが何かに怯えながら生活をしなくなってしまいますからね」

 

空気が変わる……というよりも戻るという表現が正しい。

またあの穏やかな早朝の空気になる。

……結局、恐怖を感じる間も無く空気が変化してしまった。

それほどに一瞬、そしてその一瞬が敵の意思によるものであれば致命的な一瞬にもなり得たかもしれない。

 

「……そう……それで…そんな優秀な生徒がどうしてこの部屋に……?」

 

サーシャも次第に恐怖から解放されてきたのだろう、表情が段々と和らいでいく。

というか、サーシャがロールの魔力量に勘付いてしまったため、肝心な話が逸れてしまっていた。

今重要なのは、なぜロールがこの部屋にいるか、だ。

 

「先程も言った通り、年頃の男女を同室が許容できないため、学園長に直談判したからです」

「……つまり、部屋を再び別れさせるために……?」

「本当ならそうしたかったのですが……」

 

どうも煮え切らない。

何かまだ別の理由があるという様子だ。

 

「ファインさん、事情はしっかり学園長から聞きました。サーシャさんがファインさんの護衛という立場で同室を許可したと」

「……それは良かった……お前から不潔扱いなんてされようもんならーー」

「あ、その考えを改めるつもりはありません。だって出会って数分とも経たない女性と同室だなんてあり得ないですからね」

「…………」

 

俺は泣いた。もちろん、心の中で。

 

「ふふ、冗談です。同室の件はサーシャさんからの一方的で半ば強制のものだというのもちゃんと伺っていますので」

「……まったく、勘弁してくれ」

「…なら、何のためにこの部屋に…?」

「あ、そうですね……オホン」

 

咳払いによって仕切り直し、ロールは話を続ける。

 

「いくら護衛の件があると言えど、年頃の男女が2人きりで同室しているのもまた事実……ですので」

「ですので?」

 

正座を崩し、立ち上がる。

そして表情をキリッとし、控えめ……を通り越して少し悲しみを背負った胸を張って口を開く。

 

「私が、あなたたちが不純性交遊、またはそれに似た行為などがないようにしっかり指導及び監視するためにこの部屋に来ましたっ!」

 

なるほどなるほど。

うん、俺とサーシャの間にそんなことが起こりうるわけもないため、ロールはこの部屋でその役目を全うすることはきっとないだろう。

……というか、そんな行為に及ぼうものなら俺の肉体は熱を失った血袋となってしまうわけなのだが。

 

「………そう……勝手にすれば……」

「ええ、させていただきます♪」

 

なんて言う会話を交わし、サーシャは二度寝のためにベッドへ向かう。

早朝の模擬戦のあとに彼女が行う習慣だ。

 

「なぁロール、さすがに俺とあいつに至っては……」

「ええ、あなたたちに至ってそんなことになることはない……というよりなろうものなら部屋の住人が1人首から上を失った状態で発見されそうですからそこは問題ないと思っています」

 

いちいち発言が物騒だ。

ロールってこんなキャラだったか……?

 

「……?待てよ、だとしたらロールはなんのためーーーー」

 

聞こうとした瞬間、ベッド横の床にドサッと何かが落ちる音がする。

そこには床に転げるサーシャの姿があった。

 

「………何やってんだお前」

「………?……?」

「……サーシャ?」

 

ベッドに上がろうとした時に足滑らせて落ちたのだろうか、と思ったが、どうもそういうことではないらしい。

なにせ、当の本人の表情は困惑に満ちていたのだ。

 

「……どうなって……?」

 

再びベッドに上がろうとする。

が、その瞬間サーシャの姿が消え、そのままベッド横の床に降ろされる……というよりも落とされるという表現が正しい。

 

「サーシャ……?いったいーーー」

「さっき言ったことはただの建前……サーシャさん、あなた……授業中常に居眠りしているのだとか……キルマ先生から伺っております」

「……?だから……なに?」

 

少し声のトーンを落とし、脅しをかけるようにロールが続ける。

 

「あなたの授業成績は実技、抜き打ち試験においてもともに上位に位置している……ですが、授業中に居眠りされるというのは、教師としてはどうにかしたい……とキルマ先生が悩んでいるのを発見しまして…ね?なのであなた方の不純性交遊防止の監視に伴って、あなたのその居眠り癖を解消しようと思ったのです」

「………だから……なんだっていうの……?」

 

サーシャは明らかに動揺している。

この場において、ロールは圧倒的優位に立っていることが分かる。

そして、ロールはまるで医師が患者に余命宣告をするかのような心持ちでこう続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず手始めに……ある一定の時間内になったらベッドに入れないようにトラップを仕掛けさせていただきました……そのトラップに組み込んだ条件の時間内にベッドに入ろうとすると……空間転移の術式が作動し、対象者をベッドの外に弾き出すように……ね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーなんだそりゃ…?

なんていう疑問と別に、

 

「ッッッ!!!!!!!???????」

 

体に雷でも落とされたような表情をして固まる居眠り大好き少女がこちらになります。

 

 

 

 

 

「あ、もちろんファインさんもこのトラップは発動しますから、そこはご注意を」

 

まぁ、そこは俺には大して問題にはならない。

だが、問題はサーシャだ。

まるで世界の終わり……というよりも世界が滅びる瞬間を目の当たりにしているような表情をロールに向けている。

……どんだけ嫌なんだよ。

 

「…………ファ……ファイン……」

「……どうした?」

 

その表情は、先ほどロールが力の一端を見せた際に見せた恐怖の色が伺えるかのような表情であった。

だが、あの時と違うのはサーシャの表情が恐怖に飲まれていることだ。抗えもできていない。

そんなサーシャが俺を呼び、とても弱々しく服の裾を引く。

 

「…………この人は……一体………何を……言ってるの……?」

「諦めろサーシャ。そして目の前の現実を見るんだ」

 

とても震えた声で目の前の現実を受け入れようとしないサーシャに諦めを促すように彼女の肩に手を置く。

 

「………こうなったら……」

 

すると、サーシャの右手に得物が握られる。

過去にサーシャを起こそうとした時に奇襲を掛けて来た時に握っていた刃渡りの大きめなナイフだ。

 

「おい、サーシャ?一体なにをーーー」

「……『デスペルエッジ』」

「!」

 

サーシャが何かしらの単語を呟いた途端、手に持っているナイフの刃が紫色に淡く光り、ベッドに切り掛かる。

その際に微弱に空気がピリつく。おそらく魔力によるものなのだろう。

切り掛かられたベッドに刃が触れようとした瞬間、刃が透明な何かに阻まれるとバチッと大きな破裂音が空気を震わせ、その場でパリンと何かが割れる音がする。

するとその場からいくつもの割れたガラス破片のようなものが散らばり空気中に溶けていく……かと思いきや、空気中に溶けようとした破片はその場で留まるかと思うと、瞬時に一点に集まり、円形のような形を形成し、その姿形は空気中に溶けて見えなくなる。

 

「……そんな……一体……」

 

予想外、彼女の今の表情はその一言に尽きる。

すると、傍からーー

 

「もしかしたらと思って念のために貼っていた防御術式が役に立ちましたか……それにしても武器に【破魔属性】を宿して術式を破壊しようとは……」

「破魔属性?」

「要は術式破壊を目的とした効果を持つ属性で、結界や身体強化といった術式を破る力を持っているのです。先程の状況を説明すれば、サーシャさんはベッド周辺に設置された条件付きの空間転移の術式を破壊するために武器に破魔属性を宿して、空間転移の術式を破壊し、また寝床に着こうとしたのでしょう」

「…?だけどサーシャの攻撃は防がれたような……」

「………まさか…対破魔属性の防御術式……?」

 

サーシャが何かポツリと呟く。

つまり、"術式を破壊するため"の破魔属性に"対する防御術式"ということだろう。

……なんだか頭が痛くなって来た。

 

「サーシャさん正解です♪」

「……っ」

「え、え………え?どいうことだ?術式を破壊するための属性を術式で防いだってこと……?」

「その通りです♪」

「…?……?………?」

「……魔術師にとって破魔属性っていうのは弱点……言い換えれば天敵……だから破魔属性に対する対策を考えられているっていうのは話は聞いてたけど……まさか術式で考えられているなんて……」

「破魔属性というのは火や水、土といった自然的な属性……魔術的には【自然属性】といって、この世界が生まれると同時に生まれた属性と違い、破魔属性は【概念属性】と呼ばれ、人為的に構築された属性です」

 

どうやらやたらと難しい話が始まりだしたようだ………

俺が理解できるものだろうか……ロールが続ける。

 

「もし破魔属性が"自然属性"であれば、それを防ぐには"相対する属性"をぶつけなければなりません。火に対して水、雷に対して土のように。ですが、破魔属性にはそういった"相対する属性"はないため、防ぎようはなくなります……が」

「……破魔属性はあくまでも対魔術のための属性……魔術に長けた悪魔族に対するために人間が作り出した属性……つまり"概念属性"にあたる……」

「その通りです♪であれば、あとはこじ付けのように人為的に属性を作って、それを術式として組んでしまえばアッという間に"対破魔属性"の完成です♪」

 

なんて自由な世界なのだろう、魔術というのは。

 

「ですが、対破魔属性の術式はあくまでも術式でしかありません。どのみち破魔属性には破れてしまうんです。要は破魔属性というのは魔術に対する"最強の矛"という訳なのです。なので、それに対するのは……」

「"最強の盾"……ってわけか?」

「そういうわけです♪ですが、相対する最強と最強がぶつかった瞬間、"混沌事象"が発生し、ぶつかった部分のみに"超破壊"が生じ、対峙したもの同士は打ち消されてしまいます。そのため、先程の破魔属性付与の『デスペルエッジ』と対破魔属性の防御術式は生じた"超破壊"によってお互いの"概念属性"が打ち消されてしまうのです」

「……でも、さっき見た限りじゃ防御術式みたいなものが再構築されたように見えたが……ひょっとして条件付きの空間転移の術式みたいに『術式が破壊された瞬間に術式が再構築される』みたいな効果みたいなものでも付与されてる……とか?」

 

と、俺なりの解釈で答えて見ると、サーシャが残念な物を見るような目でジトッと視線を送ってくる。

……俺なりに頑張ってついて行こうと考えたんだからそんな目を向けるなよぅ……

 

「……あのねファイン……"超破壊"が生じた段階でお互いの物は消失してるの……例え条件付きの術式を同時に組んでいたとしても、防御術式と1セットとしてなってしまうから、"超破壊"が生じた段階で術式と一緒に消失しちゃうの……」

「じゃあ……条件付きの術式じゃないってことか?ならどうやって……」

「そんなの簡単………"壊れたら直してしまえばいい"……でしょ?」

「正解♪組んでいる術式を維持するには2つのパターンがあります。1つは"一定量の魔力で維持し続けさせる"こと。これは大体の低コストで済んでいる設置術式には用いられている方法で、何より手間が掛かりません。ですが、それで済むのはあくまでも"低コスト"のものだけ。対破魔属性はかなり高度な術式なので、それで保つことはできません」

 

設置……というよりも固定というのがこのパターンには相応しい言葉なのだろう。

一定の魔力で固定……これによって使用された魔力が尽きたりでもしない限りは、自立してそのばに固定され続ける術式……これが1つ目のパターン……ということなのだろう。

それどころか、話を聞く限りでは、術式に使用された魔力は尽きないのかもしれない。

 

「もう1つは?」

「もう1つのパターンは"一定量の魔力を供給し続け維持する"こと。広域に結界として張る術式などにはこのような方法が用いられますが、常に一定量の魔力を注がなければ術式を維持できないため、かなりコストが掛かってしまう上効率が良くありません。ですが、悪い事ばかりではありません」

「ふむ?」

「このパターンの術式は供給している先に向かって"経路"のようなものが繋がっていて、もし術式が破壊されると、術者はそれに気付くことができます。何せ、供給先の物が破壊され、注いでいる魔力がダダ漏れになってしまいますからね」

 

てことは、今の状況のように監視するには持ってこいの術式であるのだろう。

……つまり?

 

「問題はここから……この女は……術式が破壊された瞬間に一瞬でまた術式を組んだの……それこそ、さっき見えたように窓ガラスが割られた瞬間に時間が戻ったかのように窓ガラスを直して……ね」

「てことは、いくらお前が破魔属性の攻撃をぶつけても対破魔属性の壁に阻まれる上、すぐに壁は直されるから抵抗があまり意味がないのか……」

「そう……それにこの女の魔力量なら1日中破壊してもその度に再構築しそう……」

 

まぁ……要するにどうやってもサーシャは二度寝に耽ることはできないようだ。

 

「……ん?ひょっとしてロールは今2つの結界を今この状況でも維持しているのか?」

「まさか……空間転移の術式に関しては対破魔属性の術式によって破魔属性を用いても破壊はされないので、空間転移の術式はその場で設置しているだけですよ♪」

 

なんてどこか照れながら返してくる。

いや、それだけでもすごく見えてしまうのだが……

 

「それにサーシャさん」

「……?」

 

サーシャを呼び止めると、ロールはふと目を閉じ、こう続ける。

 

「私がその気になれば……一週間……一ヶ月……一年……いいえ、一生涯でも維持はできますよ……♪」

 

そう言いながら、片目を薄くながらもスゥーっと開く。

すると、その開かれた目の瞳は透き通るような青い瞳ではなく、色自体は青白く濁っているものの、どこか強い光を発しているように見える。

まるで、瞳が"青白く光る月"に変わってしまったかのようだ。

すると、突如ガタッという音が立つ。サーシャが音を立てたようだ。

 

「………ロール・クリケット……あなた……何者……?」

「ふふふ…♪」

 

サーシャが人に向かって"あなた"っていうのは初めて聞いたかもしれない。

いつも俺に向かっての二人称は名前で呼ばれているため、そのせいかもしれない。

ロールは瞬きを1回、すると先程までの青白く光る瞳は元通りの宝石が如く透き通る青い瞳となっていた。

 

「………まぁいいや……別にあなたは敵ってわけでもないし……」

「それは勿論です。ですがまぁ、あなたの惰眠の敵ではありますが♪」

「……嫌な女……」

 

サーシャはそう言うと、壁を背にもたれかかり、その場で座り込み、目を閉じる。

どうやらその場で寝るらしい。

 

「……どうせここまで準備をしているロールのことだ、あれに対しても対策はしているんだよな?」

「ええ、勿論♪」

「どんな?」

「見ていれば分かります♪」

 

とても素敵な笑顔でそう返す。

……なんて今までならそう素直に思えただろうが、ここまで周到に準備している油断のない彼女を見た後だと、そんな素敵な笑顔は何か含みがあるようにしか見えなくなってくる。

まるで、策士が敵を策にハマっていく様を眺め、悦んで見ているような………

ともかく、見ていれば分かる、と本人は言うのだ、じっくりとサーシャを見る。

 

「……………」

「……………………?」

 

すると、壁を背に座り、目を閉じて眠ろうとしているサーシャはどこか寝心地悪そうにし、そのまま左肩を床に落とし、そのまま寝そべる。

が、それでも寝心地が悪いのか、そのまま仰向けになったり、うつ伏せになったりし、様々な角度に体制を変えるも、どうも寝心地が悪そうだ。

終いには、スッと起き上がり、そのまま目を開ける。

 

「……サーシャ?どうした?」

「…………眠れない……」

「え?」

「眠れないの……まったく……」

 

そんな……例え机の上だろうがどこだろうと眠れるであろうあのサーシャが……眠れないとな……?

だが、サーシャの困惑に満ちた表情を見れば、それは嘘でないことが分かってしまう。

 

「………ロール・クリケット……あなた……何を……?」

「『覚醒結界』、結界内にいる人全員を対象に、睡眠を必要ない状態にさせる他人への干渉型への結界です♪」

「何その拷問。つまり何しようが眠れないんだよな……?」

「勘違いしないでください。この結界もベッドに付与した空間転移の術式と同様、条件付きの結界ですし、それに睡眠を"させない"のではなく、"必要ない状態"にさせるのです。疲労回復から記憶整理などといった睡眠中に肉体や脳が行う機能を意識が覚醒している対象者に魔力干渉し、無意識化で睡眠中の機能を働かせ、覚醒中でも済ませるための結界なのです」

「だが……サーシャは眠れなさそうだが…?」

「えぇ、だって"必要ない"状態ですから。例えば戦闘中に互いに撃ち合っている最中に決定打や魔力干渉をされていないのに関わらず、意識が落ちて眠りにつく……なんてことはないですよね?それと同じで"覚醒結界"内にいる人はそれほど意識がはっきりとしている覚醒状態を維持されるので、眠気はまず訪れません。とはいえ、結界内の魔力干渉を無効するほどの"対魔力"を持っていれば話は別ですが」

「対魔力?」

 

また聞いたことない単語が出てきた……なんだ?今朝の予習は魔法支援科の勉強なのか……?ロールはともかく、俺とサーシャは近接戦闘科なんだが……

 

「"対魔力"とは魔力干渉に対する抵抗力のことです。その抵抗の強さは当人の保有魔力量に比例されているとされ、保有魔力量が多ければ多いほど魔力干渉に対する抵抗力も強いのです。要は身体と魔力がそれほどに同調しているため、魔力干渉による負荷を感じなくなる……と言ったところでしょう」

「てことは……悪魔族あたりなんかはかなり抵抗力があるって感じか?」

「その通り。悪魔族はその名の通り、魔力とかなり密接した環境に身を置いているため、並みの魔術では歯が立たず、その上保有魔力量も高いわけですから、そんな魔力で防御術式でも発動させてしまえば並みの武器ですらも歯が立たないでしょう。その辺りはファインさんもよく知っているはずです」

「………まぁな」

 

ふと適性試験の際に悪魔族に襲われた時のことを思い出す。

一度は切り飛ばした腕が治っていたり、魔術によって武器の刃が通らなかったり……色々とめちゃくちゃな相手であった。

こんな奴相手に人間が勝てるのか?と思えるほどだ。

 

「それと保有魔力量は対魔力だけでなく、その保有量で基礎筋力や体力などの身体機能にも影響されるので、保有魔力量が高いと一見細身で力が無さそうに見えても、その見た目に反した身体機能を持っているなんてことも良くあるのです」

「………てことはロールも?」

「え!?…えーと……私の場合はその……」

 

どうも言い淀んでいる様子だ。

あまり触れて欲しくない所なのだろうか?

 

「……例外もある」

「サーシャ?」

 

と、ロールと会話をしているとその端からサーシャが割り込んでくる。

その表情はかなり不機嫌な様子だが。

 

「…保有魔力量が高く、基礎身体機能もそれに比例されているとしてもあくまで基礎……その上で鍛錬を積むことでその身体機能は真価を発揮していくの……いくら才能があるからって努力をしなければ、その才能は腐るのと同じ……」

「つまり、ロールはそのタイプ?」

 

疑問に対し、サーシャはコクリと頷き

 

「ロール・クリケットの保有魔力量は凄まじい………けど、身体面にはあまり機能はしていない……これが例えば悪魔族の場合で言えば、保有魔力量に加え、過酷な環境で身体機能が自然と強化されるから、それ相応の戦闘能力も発揮される……だから未だに厄介とされ、人類の敵として見なされている……」

「はい……かつて1人の英雄が滅ぼしたとされ、一時的に力を失っているとは言え、未だ悪魔族はその戦闘力の高さから今でも脅威とされているのです……」

「………そして、このW・Sだって悪魔族を脅威としている人間たちによって設立されたもの………1回滅んだからって一体一体は未だ脅威……」

 

こうやって聞いていると、かつて俺はとんでもない相手に命を狙われたものだと実感する。

いや、過去形ではなく、今でも狙われているのか。

 

「………まぁ話を戻すけど、保有魔力量と身体機能が密接であるかどうかは、当人同士の置かれた環境や生活習慣で差が出てくる………けど」

「けど?」

「………例えばロール・クリケットとファインが腕相撲をすれば、通常であればファインが勝つ」

「……通常じゃない場合があるってことだよなそれ……?」

「……んー……まぁ……うん。例えばロール・クリケットが自分に筋力強化の術式を付与した上でファインと腕相撲したら……」

「したら…?」

「………………ファインの腕が千切れ飛ぶ………多分」

 

怖ッ!!!

魔力怖ッ!!!

 

「………いや……それどころかこの学校を地盤ごと持ち上げられるんじゃないかな……?」

 

では改めて………怖ッ!!!

魔力怖ッ!!!

もはやなんかなんでもありにさえ感じてくるんだが!!?

 

「ちょっとサーシャさん!!?」

 

と、ここでロールは急に声を荒げてくる。

まぁ……このサーシャのどこか悪意めいたものを感じる発言は、どこか筋肉バカとからかわれているように見える。

そのためかロールが恥じらいで動揺している。

……と、そんなロールの思わぬ力強さを聞いた時、ある疑問が思いつく。

 

「……まさか……サーシャ、例えば身体強化の術式を付与したロールが素手で俺と近接戦闘の模擬戦をしたら……どうなる?」

「え!?ファインさん!!?」

 

少し追い討ちを掛けている気分になり、ほんの少しロールに申し訳ないと思いつつも、聞かずにはいられなかった。

この質問を聞き、サーシャは

 

「……秒殺……かな」

「………………………俺が?」

 

コクリと頷く……………マジでか。

 

「……そうだね……ちょっと予想する限りでは……ファインが武器持って正面から切り掛かるために接近して距離を詰めたとするね…?」

「あ……あぁ…」

「そしたらきっと……「来ないで」って言いながらこうやって片手を突き出す……」

 

こんな感じ……と、サーシャは身を縮こませ、右手を前に突き出すようなジェスチャーをする。

少しばかり可愛らしい姿に見えたのは気のせいではない。

 

「すると……ファインの身体は突き出された手に押されて、そのまま後ろの壁に衝突……しかもファインの接近したスピードを打ち消すように無理やり急ブレーキを掛けられるものだからその時点で軽い脳震盪は起こるし……そのあと突き出された手で押し出されたことで接近した時の倍のスピードで壁にまで突き飛ばされるだろうから……その時のGもとんでもないだろうし……壁に衝突すれば内臓が口から出るような息苦しさに加えて全身の骨が砕け、壁にめり込んで現代アートみたいに………なるだろうね」

「…………躱すことは?」

「…多分躱そうとしても無理……手を突き出されて生じた風圧で同じようなことが起こりうるから………」

「……………」

 

なるほど。

これは悪魔族に襲われ、圧倒的な力の差により味合わされた理不尽以上のものがあるな。

結論、魔力怖い。

超怖い。

 

「なるほどな……ってロール?」

「……………」

 

ふとロールの方を見ると、涙目な上に耳まで顔を真っ赤にし、頬を膨らませ、身体がプルプルと小動物のように震えている…………否、震えているのは空間自体であった。

 

「…お、おい?……ロール……?」

 

慌てて呼びかけるも、

 

「……インさんの…………」

「……え?」

 

バッと顔上げ、目を見開きながら、

 

「ファインさんの……バカァァァァァァァァァッッッッッッッ!!!!!!」

「ッッ!!!!???」

 

右手を突き出し、俺に触れたかと思うと、凄まじい衝撃が身体を襲い、意識がシェイクされる。

壁に突き飛ばされるわけではなく、その場で凄まじい衝撃を食らうと言った感じだ。

 

「ファインッ!!?」

 

咄嗟にサーシャに呼び掛けられるも、それに応じる力すらも残らず、"覚醒結界"内であるにも関わらず意識を沈められる。

………別に俺が答えたわけじゃないのに………

聞いたの俺だけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんてことがあったのだ。

これがいまロールがこの部屋に居座っている一端なのだ。

とは言っても、寝る時間になるとロールは自室に戻り、どのみちこの部屋は俺とサーシャの2人住まいとなっている。

 

「ファインさん?」

「うおっ……どうした?」

「どうかしました?何か考え事に耽っていたようですが…?」

「あ、あぁ…いや、なんでもない大丈夫……ただロールがこの部屋に来た時のことを思い出して」

「あぁ………なるほど………」

 

さすがにやり過ぎたという自覚はあるのか、ロールはどこか申し訳ないという含みを残した笑みのまま、顔を逸らす。

 

「そ、それはそうと、そろそろ食堂で朝食が食べれる時間ですし、行きませんか?」

「ん、もうそんな時間か」

 

朝の訓練を終え、部屋に戻ってロールが部屋に来た時のことを思い出している間にだいぶ時間が経っていたようだ。

体を動かしたこともあってか、すこし腹も空いて来ている。

 

「サーシャはどうする?どうせそんなことしてても結界のせいで眠れないんだし」

 

なお、サーシャは結界を張られる前はそのまま二度寝をし、授業数分前くらいになって教室に現れ、席についてはすぐに眠る……などという習慣を過ごしていたが、今ではそれも叶わない。

 

「…………………………………行く」

 

すこし考えた後、とても不満気ながらもボソリと答えた。

寝れない以上、ただ暇な時間を過ごすだけのようだ。

ーーーーーてなわけで、着替え等の身支度を手早く済ませ、俺たちは食堂へと向かうのだったーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

W・S、校舎内、食堂ーーーー

 

学生寮で授業に向けての諸々の準備を済ませた後、校舎内の1階にある食堂へ来る。

広さは生徒の数もあってかなり広く、もしかしたら多目的ホールよりも広く作られている。

食堂から入り、右手端側の窓側付近と食堂の空間の中央列にはテーブル2つの椅子が4つを1セットとして設置され、並べられており、窓の外もカフェテリアになっていて、そこでも食事を取るために席が設けられている。

窓側とは反対方向、つまりは入り口入って左手端側の列には様々な料理が並べられ、すでに多くの生徒が並び、トレーに皿を乗せて各々好きな料理を乗せて行く。

なお、食堂の開いている時間は決められており、閉める時間となったら生徒は即座に出なければならないため、寝坊した生徒はあまり使うことはないのだ。

そんな生徒たちは少しかわいそうにも思えるが、これも正しい生活習慣を送るためにW・Sの教員方が決めた決まりなのだろう。

なお、食べ切れなかった料理はタッパーなどで持ち帰りはできるようだが、その後に関しては生徒各々の自己責任となっている。

つまり、食中毒など起こして腹壊そうが一切の責任を負ってはくれないのだ。

………これに関してはまぁ……普通だろう。

てなわけで、俺、サーシャ、そしてロールは各々好きなように料理をトレーに載せた食器に取り、1つのセットの席に座る。

窓際の席であり、食堂の空間内の真ん中に当たる位置に座る。

僅かに入る朝日の明かりが暖かく、なかなか気持ちの良い席の場所だ。

………夏はさぞかし暑そうだが。

 

「やっぱり、この時間帯はかなり並ぶな」

 

俺の朝食はバタートーストに卵と山菜を組み合わせた料理、それにコーヒーとコンソメスープだ。

マイヤール村にいた時の朝食でよく食べていたセットだ。

どこか素朴ながらも、寝起きの胃にはかなり嬉しい組み合わせだ。

それに、ここの食事は味がとても良い。

この配膳の形式、ビュッフェ形式と呼ばれていふようだが、この形式だと時間が経つにつれて料理が冷めてしまって、味が落ちる物なのだろうな、と最初にこの料理の配膳の仕組みを見たときはそう感じたのだが、不思議なことにここの料理は食堂が閉じる時間近くになっても冷めることなく、美味しくいただけるのだ。

おそらく、料理が並んでいる空間周辺か、台にか、もしくは料理を載せている器などに何かしらの仕組みがあるのだろう。

 

「そうですね。朝食取るのも一苦労です」

 

ロールの朝食はバタートーストにサラダ、コーンスープに牛乳といったかなり軽めなセットだ。

どこか女子らしい朝食のセットにも感じる

 

「………寝れない」

 

なお、サーシャは何も取っていない。

その上、心地よい日の当たる席のため、本人は意地でも寝ようとして机に上半身を覆わせ、自分の両腕を枕にして目を瞑るが、それでも眠れないらしい。

 

「……なぁサーシャ……せっかく食堂に来たのに何も食べないのか?」

「……この時間……いつもなら寝てるから……お腹減らない……」

 

そう言えばこいつって一体いつ朝食を摂っているのだろうか………

 

「そういや、ここ最近お前が授業中に居眠りしてないよな?覚醒結界の外なら普通に居眠りしていると思ったんだが……」

「……そこの女にやられた」

「………ロール?」

 

顔をテーブルに伏せた状態から目線だけ上に上げ、ジトッとした目つきでロールを見る。

 

「えーと、私があなたたちの部屋に来て、ファインさんを『マインドショック』で眠らせた後、サーシャさんへのお仕置きとしてサーシャさんの体に術式の刻印を刻んだんですっ♪」

 

などと上機嫌なご様子でロールは続けた。

……………なんだって?

 

「そう……しかも覚醒結界と同じものを……」

「体に刻む……?刺青みたいなものか?」

「いえいえ、正確には対象者の魂に刻んだとか、そういうニュアンスですね」

「………なんだか死神みたいなことするのな」

「というか、あの日はそれが目的でもあったんですけどね」

 

よほどサーシャの居眠り癖には先生方も手を焼かされているのだろう。

わざわざ魔法支援科の特級クラスの生徒に対応を求めるほどなのだから。

 

「………嫌な女………」

 

などと恨めし気にサーシャはロールを睨みつけている。

………哀れには思えるが、これも自業自得というものだろう………

 

「………ん、てことは俺にもサーシャと同じものを刻印されていたりしているのか?」

「いえ、ファインさんには特に何もしていませよ」

「え……!?ずるい!!」

 

急にガタッと立ち上がり、何かを訴えかけるような目でロールを睨んだあと、どこか羨まし気にこちらを睨みつけて来た。

……そんな顔を俺に向けられましても………

 

「ファインさんに関しましては、過去のサーシャさんとの模擬戦闘用空間の無断使用以外では特に悪目立ちするようなこともしていませんからね」

「…………確かに………そうだろうけど……」

「それに、サーシャさんへの刻印というのはあくまでも"罰"なんですから、授業中も構わず居眠りしているサーシャさんの自業自得ですっ」

「………………でも……別に誰かに迷惑かけているわけじゃないし………寝ながらでも授業内容は把握できてる………」

「そうですね。確かにサーシャさんの居眠り癖を除けば、勉学や実習に関してはとても優秀な成績を収めていますのは知っています」

「…………ならーーーー」

「ですが、それはそれ、です。要は聞く姿勢がなっていないということです。何かを話している側が、その状況で居眠りしている人が会話の内容を把握できるなんて、まず思えませんよ?」

「………………ちゃんと結果は出してるし……」

 

どうにも納得いかないようだ。

 

「……なぁサーシャ。もし俺とお前が今後に関わるすごく重要な話をしていたとする」

「……………急に何……藪から棒に」

「まぁ聞け。そんな状況でサーシャは凄く大事なことを話しています。だが、俺は寝ていて先程までお前が話していたことは何1つ頭に入っていませんでした…………どう思う?」

「ーーーーーーーーーーーーー刺す」

 

刺されるのか……俺……

寝ていて把握できなかった状況で腹が立つのような感情が出る前に、行動に出すのですかあなたは…………

 

「…………つまりそういうことだ。それと同じことをお前がやっているって思われているわけだ………その後の結果がどうあれな」

「………………………………………………………」

 

サーシャはものすごく悔し気で、なおかつ納得行かないという表情を全面に出しながらも、自分を収め、席に着き、机に顔を伏せてふて寝のような状態をとる。

寝れないだろうけど。

 

「ナイスフォローです♪ファインさん♪」

 

と、ロールはとても素敵な笑顔を見せ、親指をグッと立てる。声のトーンもどこかかなり上機嫌だ。

とはいえ、さすがに可哀想に思えてくるな……俺も甘い……

 

「な、なぁロール」

「はい?」

「サーシャに刻印した術式ってのはどうしても解いてやるわけにはいかないか…?自業自得とは言え、本人も少し可哀想な気が……」

「ファインさんも優しいですね。そうですね………現時点では解くわけにはいきません」

 

現時点……では?

随分と回りくどい言い方だが。

 

「それはつまり、いつかは解いてやってもいいと?」

「えぇ、いくら罰とは言え永久に刻印しっぱなしなんてしませんよ。ただ、刑期な意味ではほぼ無期役ですが」

 

ガンッ!!!

と何かがぶつける音が聞こえる。

音の方向は………サーシャのようである。

無期役……という単語を聞いて、机に八つ当たりするように頭突きをしたようだ。

……本人も相当苛立っているようだ……

 

「………ってことは何か条件があるってことか?」

「えぇ、それにその条件さえ満たせてしまえば明日にだって解除してもいいくらいですよ」

 

………ふとチラッとサーシャを見る。

机に顔を伏せてはいるものの、視線だけはこちらを向いていた。

その形相はさながら生い茂った草むらから獲物を狙う獣のよう………ひょっとしたら獣よりもヤバイか?

獲物を確実に狩る技術的な意味では。

 

「……条件ってのは?」

「お二人が近接戦闘科上級クラス【ナイト】に上がることです。それさえ満たせれば、サーシャさんに刻印した術式と、部屋に貼ってある結界も全て解除しましょう♪ただし、護衛任務という手前もあり、どちらか1人だけが至っても条件は満たせないのでそこは気をつけてください」

「上級クラス……か」

 

今俺がいるのは中級クラス【ウォーリア】

そこから上級クラスに上がるのにどれくらいかかるのだろうか………

 

「……そういや、確か1つ上のクラスに上がるには一年の課程を終わらせた後の成績会議で決まるとか言っていたよな……?ってことはどのみち一年以上はかかるよな…?」

 

これは実際にロールが言っていたことだ。

思い出すこと適性試験を終えた後のこと……

 

『適性試験の成績で上がれるクラスは中級クラスまでなのです。それ以上を目指すには、一年の課程を終わらせる時期に始まる成績会議にてクラスが上がるかどうかなどを決めるようになっています。』

 

あまり意識していなかったが、学園長曰く、この学園はは四年制であり、入学してから過ごした年数で収められる学も質が上がっていく。

そのためもあるのだろう、一年一年収めていくというのはかなり重要なことになる。

だが、ロールは

 

「いえ、例外として実力さえ伴えば学園の判断で1つ上のクラスに上がることができますよ」

 

と、いとも簡単にそう答えた。

 

「そうなのか……?」

「えぇ、適性試験の結果では中級クラスまでしか上がらないのですが、その適性試験の段階から優秀な成績であればあるほど1つ上のクラスに上がるのもそう遠くない話なのです」

「じゃああのとき言っていたのは…?」

「本来の流れであれば、という話です。先程言った通り例外です。そして、その例外的処置というのが今言ったことなのです。なにせ、現状居る科目に収まらないほど優秀な生徒をそのまま置いておく理由がありませんからね。上げても問題ならどんどん上げてしまえ、ということです」

 

まぁ……理屈としては何も間違ってはいないな。

でなければ、優秀な生徒の長所が活かしきれないまま一年を過ごさせ、腐らせてしまいかねないからだ。

……と、ここで1つの疑問が浮かぶ。

 

「……ん?ならなんで適性試験では中級クラスまでしか上がれないんだ?」

 

適性試験の段階で優秀な生徒ならば、いっそのこと最初から上級クラスまで上げてしまえばいいものの、なぜ中級クラスまでと留めているのか……それが分からなかったのだ。

その疑問を晴らそうと思い質問したのだが、ロールは制服のポケットから懐中時計を取り出すと

 

「……さて、その質問はまたの機会に答えるとしましょう。そろそろ時間ですからね」

 

と言い終えるとロールが食堂の出口のあたりを指差す。

食堂の出口……の上の壁の部分に電子的なモニターに数字が表示されている時計のようなものが見つかる。

そこには、食堂が閉まるまであと十数分あたりの時間を表示していたのだ。

 

「あれは……時計……なのか?」

「えぇ、中央島の技術で作られたデジタル時計というものみたいです………そうですね、それに関してもまた後で教えましょう」

 

そう言って、いつの間にか朝食を食べ終えていたようで、トレーに乗った空の食器を持ち、ロールは立ち上がる。

 

「ではファインさん、お先に失礼しますね。諸々のお話は今日の授業を終えた時にしましょう♪……それと、朝食も早めに済ませた方がいいですよ」

 

というと、食器をトレーに乗せたまま、食堂の出口付近にある返却口へと持って行ったーーーーーー

 

「ってそうだ!!話してばっかで俺全然食ってねぇ!!!」

 

会話に気を取られすぎたせいもあり、熱を持っていた料理はすっかり冷めてしまっていた上、ほとんど食べ切れていない。

てなわけで、本来はゆっくりくつろぎながら向かえるようなモーニングを、慌ただしい形で終えたのだったーーーーーー

 

 

 

 

 

 

廊下、教室に向かう途中にて………

 

「……ファイン」

 

小さい声でボソリ、と俺の後ろから聞こえてくる。

まぁ、もはや言うまいーーーサーシャである。

 

「どうした?」

「……条件のこと……覚えてるよね……?」

 

条件………?あぁ、サーシャに刻印された術式と部屋の結界解除のか。

 

「あぁ、覚えてるが……それが?」

「………………」

「……?」

 

呼び止められたこともあり、サーシャのいる方向へと振り向くが、それに気にも留めることなく、俺の横をスタスタと歩き、俺を追い抜かしたところでピタリと止まり、顔の右半分だけを俺の方向へ向き、鋭い目つき……というよりもどこかやる気に満ちた目で俺を見る。

 

「……絶対………上がるよ………上級クラス」

 

そう力を込めて宣言すると、スタスタと教室の方向へと歩いて行ったーーーー

 

「………こりゃ、案外効果てきめんだったかね……あのサーシャをあそこまでやる気にさせられるなんてな」

 

といっても、そのやる気の方向がサーシャの安眠と惰眠のためだというのは言うまでもないーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

教室ーーーー

 

「よぅファイン……とレイニード嬢も一緒か。相変わらずの仲の良さのこって」

 

教室に入るなり生徒に声を掛けられる。

白髪ながらもどこか灰色掛かった濁り色の長髪をオールバックのように後ろに回した髪型、そして今まで出会った中で誰一人として見たことのない瞳の色、陰りながらも金色に近い黄色という瞳がまた特徴の青年、デスバザである。

 

「まぁ、それに関してはいつものことだけどな。てか、お前がサボらずに授業に参加するなんて珍しいな」

 

そう、この男、自称『死神』のデスバザはしょっちゅう授業をサボっているため、居眠りのサーシャに次ぐ問題児とされている。

そのため、このようにデスバザが教室に来ているのは珍しいのだ。

 

「まぁちょっとな。ちょいと小金稼ぎにいかねぇか?」

「今からか?そろそろ授業が始まるが……」

「なぁに、それに関してはこの学校のある"制度"を利用してな……♪」

「……?」

 

この学校の"制度"……?

何かあっただろうか。

 

「その顔……どーもピンと来てない様子だな………てかそうか、お前説明会すっ飛ばして実技試験受けてたもんな」

「……それ本当?」

「えーと……まぁ、その…………うん」

 

ジトッと半目でこちらを見つめてくる。

……その目はやめてくれ……なんか心が痛む………

 

「ま、過ぎたことを気にしてもしゃーねぇし、説明も兼ねて付き合ってくれねぇか?」

「…えーと、俺だけを誘っている感じか?」

「いんや?レイニード嬢も付いてくるってんなら止めはしねぇが……あの惰眠姫が付き合ってくれるとはーーーーー」

「………私も行く」

「ーーーーーーーーーーーーへっ?」

 

あまりにも予想外のことだったのだろう、デスバザは間抜けな声を上げ、面を食らったかのような様子でサーシャを見つめる。

 

「……何か問題でも……?」

「………あ、いやいやいや、そんな問題とか滅相もございませんことよ!!?」

 

動揺のあまりか、口調がかなりおかしいことになっている。

………デスバザのキャラがイマイチ掴めないのはきっと俺の気のせいではないはず。

 

「……そ…………じゃあ……いこ」

 

と言い、スタスタと教室の出口へ歩いていく。

すると、左肩を掴まれ、グイッと左側へ引かれ、デスバザが耳打ちするような形で話しかけてくる。

 

「なぁ……一体何があったっつうんだ?」

「な……なにって……?」

「決まってんだろ……レイニード嬢のことだよ……あんなやる気なレイニード嬢なんてこの学園に入学してから一度もないぜ?席の奪い合いから始まってからのものの、お前とののルームシェアといいボイコットと言い……一体全体本当に何があったっつうんだ?」

 

ボイコット……話の流れ的に、俺とサーシャが共闘関係を結んだ模擬戦の時のことだろう。

サーシャが俺のことを膝枕していたことから、そんな風に思われているのだろう。

 

「……まぁ……その……なんだ………色々な」

「色々だぁ……?ルームシェアしたことをいいことに乳繰り合って親密にでもなったつうのか?」

「……そんなことしようもんなら俺の首から下はなくなっているっつーの……」

「…………………それもそうだな」

 

妙に納得されたところで、デスバザは俺から離れる。

……納得された部分が部分なだけあって、妙に腑に落ちないが……まぁいいか。

すると、教室の出口のところでサーシャが

 

「……2人とも……何してるの?置いてくよ……?」

 

と言ってくる。

本人も相当やる気なのか、この中で誰よりも早く出口に向かう上、早くするよう急かしてくる。

 

「…………」

「デスバザ?」

 

すると、何を思ったのか、デスバザは目をすぼめ、顔をしかめるような表情でその場からサーシャをジッと見つめる。

 

「……なるほどねぇ……」

 

すると、何に納得いったのかは分からないが、本人なりに納得すると表情を元に戻し、

 

「まぁ待てよレイニード嬢。そう急かしたって獲物はジッとしてるわけじゃあねぇんだぜ?」

「……?何を言っているのか分からないけど………特に何もないなら早く行こう?」

「へいへーい」

 

と、話を持ち込んだデスバザがやる気なさげに返事をすると、サーシャはため息をつき、先に教室を後にしていった。

 

「……とりあえず、俺たちも行くかーー」

「レイニード嬢のあのやる気の原因は、レイニード嬢に刻印されてる魔術……だろ?」

「ーーーーーーー」

 

急に核心を突かれたこともあり、動揺して何も返せなくなってしまう。

と、ふとデスバザの持つ異能力、【不可視のものを可視化する能力】を思い出す。

 

「……見えたのか?」

「おう、俺に見えねぇものはねぇ。その気になれば相手の死相だって見えちまうんだからな!」

 

と、かなり自慢げにドヤ顔をし、答える。

何これうざいと感じたのは俺だけでないはず。

なんて自慢すると、デスバザは淡々と続ける。

 

「ありゃ覚醒結界の類だな。しかもかなり高度に仕組まれてる上、魂に刻印されちまってるもんだから……ありゃ破魔属性を持ってしても破れねぇだろうなぁ……いくら破魔属性を持ってしても、魂に刻まれちまうとありゃあ…………さっきからなんだ?」

「……あ」

 

と、そう指摘されて、俺はデスバザをジッと見ていたことに気づく。

 

「いや……その……なんだ………まるで初めから全部見通していたような物言いだからさ」

「なんだ、惚れたか?」

 

ーーーーーーなんて酷いボケをかましてくるものだから

 

「アホか」

 

などとかなり冷めたトーンでかえしてしまう。

すると、デスバザはブッと吹き出し

 

「冗談だっつーの!あんま本気にしなさんな!!」

 

と、笑いながら冗談を飛ばしてくる。

………やっぱこいつ、ちょっとうざいな。

 

「さて、冗談もそこまでにして、レイニード嬢追い掛けねぇとな。早く行こうぜー」

「誰のせいで遅れたんだ!誰の!」

 

と、そのような形で、俺は記憶探しも兼ねて、W・Sで過ごして行くのだったーーーーー

 

 

 

 

 

 

第ニ話へ続く………

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