The Warrior World 第二節「戦士たちの学校」   作:犬丸ミケ

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前回のあらすじ
サーシャがファインの記憶探しを手伝うと宣言し数週間、様々な事情によって生活リズムが変化しつつも、W・S内で平和に過ごすファインとサーシャ。
いつも通り教室へ向かうと、"小金稼ぎ"しないかと誘うデスバザに応え、ファイン、デスバザ、そしてサーシャの3人はデスバザの言う"小金稼ぎ"へと向かう………


第2話

校舎内、中央入り口、掲示板前─────

 

デスバザ曰く、この学園には"依頼受注制度"というものがあり、学校と連携しているギルドからある程度の難度の依頼を貰い、それを課外授業の一環として請け負うことができると言う。

W・Sは4年制の育成期間であり、このようにギルドの依頼を請け負うというのは2年生になってからと学園長は言っていたが、アレはあくまでも授業内容という意味でらしく、個人的に請け負いたいというのなら自由に受けさせてもらえるようだ。

とはいえ、条件があり、それは各科目の中級生であることが必要となる。

要は、実力を持ち合わせない生徒がこの制度に手を出さないための条件なのだろう。

手順は、依頼書を選び、依頼担当の教員に依頼を受ける旨を伝える。

その後、依頼に参加する人数と、メンバーについて聞かれるので、それを答える。

すると、依頼担当の教員から人数分の受注申請書を渡され、あとは担任の先生、俺たちで言えばキルマ先生にそれを渡すのだ。

その後、担任の先生の独断で受けても問題無いかを決められ、問題無いと判断されると期日を指定され、指定された期日中に依頼をこなす……という手順となる。

ちなみに、期日中は公欠扱いとされるようだ。

なお、依頼の報奨金に関しても決まりがあり、期日中に依頼を終えると、報酬の5割は学園に寄付され、残りの5割は受注した生徒に当てられる。

ただし、複数人で受けた場合は、報奨金を山分けする形になるので、どのみち更に得られる報奨金というのは少なくなってしまう。

もし、期日中に依頼を終えられないと報奨金の7割が学園に寄付されることとなり、失敗するとそもそも報奨金を貰えない上に休んだ期日分補修を受けることになってしまう。

ただし、依頼失敗の原因が大怪我を負い、続行不可能と判断された上であれば、一定期間中医務室で入院となり、補修はその後になると言う。

 

 

「てわけだ。それと噂じゃ、先生方から生徒に依頼を当てる場合もあって、その際の報奨金は受けた生徒に全部当てられるみたいだぜ?」

「そんな制度があったのか………」

「…………本当に説明会受けなかったんだ」

 

再びジトッと視線を向けられる。

というか、サーシャに関しては本当に説明会を受けたのだろうか?

サーシャのことだから寝ているものかと………などと思ったが、サーシャは寝ながらでも話の内容が頭に入れられるんだっけな。

居眠り大好きなサーシャにはぴったりな特技……?技術……?技能……?まぁ、そんなとこほだろう。

 

「てか、レイニード嬢も来るんか?」

「………何か問題が?」

「い、いや、んなことはねぇが、あのレイニード嬢がこんなことに付き合ってくるとは思わなかったから………な?」

「……色々あるのよ……色々……」

 

そう言いながらサーシャはとても悲しそうな表情で視線をズラした。

悲しそうといっても、ある程度付き合いのある俺からの視点であって、デスバザからすれば表情は変わっていないように見えるくらいの僅かな程度、ではあるが。

というか、まだ引きずっているのか……

 

「ふーん、よく分からんがそういうことにしておくか。さて、依頼の方だが……これにすっかな」

 

サーシャの事情に興味なさげなデスバザは適当な依頼書を選んだ。

内容は

『ドラゴンヘッドの討伐

内容:ドラゴンヘッド10体の討伐

難易度:D

目的地:W・S周辺の平原』

となっていた。

 

「えーと、この難易度はどれぐらいの難しさなんだ?」

「………聞いた話なら、基本はA B C Dってなってて……Dだから一番低い難易度」

「ま、中には難易度EXなんていう規格外みたいなのもあるみてえだが……まぁこのW・Sでそんな依頼書は持って来ねえだろ」

「………そういう時に限って持って来るものだよね」

「やめてくれよ……そいつぁ洒落にならんて」

 

確かによくある話だな。

本の中の物語なんかではよく見る流れだ。

例えで言えば、強大な敵に強力な一撃を浴びせた後、「やったか!?」と言った場合に限って仕留められていない……とかと言ったような"アレ"だ。

ま、現実世界にいたってそういうことはあまりないだろう………ん?この考え方も同じ"アレ"じゃないか?

────深く考えたら負けかな。

 

「で、このドラゴンヘッドってのは?」

「ん……んー?えーと、ファインさんや?お前さんはどうやってこのW・Sまで?」

「なんだその口調……マイヤール村を出て、平原歩いて、駅で列車に乗ってここまで来た、てとこだな」

「あー……その途中で魔物に出会ったりは?」

「魔物……精々ゴブリンくらいか?」

 

コーリヤ平原を歩いている間に気がつけば縄張りに入っていたらしく、そのせいで何体ものゴブリンに襲われたんだったな。

今ではすっかり昔のことのように感じる。

 

「ふーむ、その様子じゃ出会ったことなさそうだな……結構平原じゃ見かけるんだが……」

「…………そんなこともある……ってこと」

 

ドラゴンヘッドなる魔物を知らないという反応から、サーシャにまで呆れられるような反応が返ってきたが……実際会ったことはないわけだからなぁ。

てか、そんなメジャーそうな言う割には俺は目撃したことがない分それほどメジャーじゃあないんじゃないのか……?と反論したい。

 

「んで、どんなやつなんだ?」

「まぁ、なんつーか……こればっかりは実際のを見たのが早ぇだろ。とりあえずこれを受けようぜ。楽そうだし」

 

楽そう……ね。

ドラゴンヘッド自体を見たことないから標的がどんな奴なのか分からないが、デスバザが楽そうというのなら実際に楽なのだろう。

そういう意味では小金稼ぎにはもってこいな依頼だったりするのだろう。

そんなこんなで、俺たち3人はこの依頼を受けることにした────

 

 

 

 

 

 

ローキエ大平原、W・S周辺

 

 

「……広っ」

 

諸々の手続きを終え、W・S敷地内の外に出ると、広がっていたのは巨大な平原であった。

それどころかW・Sに続く道路ぐらいしか人の手の加わった場所がないような印象を受ける。

道路自体も、人の手が加わっているとは言え、言うほど舗装されてるわけでもなく、W・Sに続く道ということを示すためだけに作られた砂利道のようなものがある程度にしか舗装された道しかない。

それ以外は雑草や何かの花が辺りに生い茂って広がっているような、鬱蒼とし過ぎないものの、あくまでも自然がままの平原の風景だ。

天気も雲ひとつない快晴で、これが依頼でなかったら散歩でもしたくなるような気持ちの良い風景だ。

 

「さてさて、標的様はこの近くとかにいるらしいが………お、いたいた」

「ん、どれだ?」

「…………あれ」

「えーと───────はっ?」

 

サーシャの指差す方向を見ると、それはいた。

全身を堅牢そうでありながら棘のある鱗がびっしりと覆わせ、口からは肉食動物特有の牙を覗いている。

その瞳は捕食者の風格を漂わせ、頭の形状は口吻の長さが狼のようなものではなく、トカゲのような爬虫類特有のものを持っている。

ここまで言えばどう猛な生物のように伺えるが、この生物の何よりの特徴は、その爬虫類……というより竜特有の頭"しか"ないことだった。

まどろっこしいことは言わず、単調に説明してしまえば、"竜の頭だけ"がふよふよと浮いていた。

 

「……………なんだあれ」

「いやいやいや、あれがドラゴンヘッド、俺たちの依頼の標的だって」

「……待ってくれ、ドラゴンヘッドって……そのまんまかよ……一体何がどうなってあんな生物が産まれちゃったんだよ……つか、頭だけでどうやって浮いてんだアレ??」

「後頭部見てみ」

 

そう言われ、ドラゴンヘッドの後頭部を見て見ると、コウモリのような骨組みと膜のようなもので構成されている小さな翼が2つ付いていた。

 

「…………」

「アレで"飛んでる"んだぜ。さっきお前は浮いてるって言ったけど、厳密にはあの小せえ翼を動かして飛んでるんだ。ちょっと可愛く見えるだろ?」

「可愛く……というか、今俺はとても不思議なものを見ている気分だよ……」

「……………見た所アレ1体しかいないみたい……」

 

サーシャの言う通り、辺りを見渡しても他に同じ姿は見かけない。

おまけに、こんなにだだっ広い平原で、遮蔽物もないというのに見つからないということは、しばらく探しに行かなければならない手間があることも指していた。

 

「てこたぁ、残り9体は自力で見つけるしかねえってか……ちぇ、楽な仕事だと思ってたら思ったよりめんどそうだな」

「………仕方ない……アレが群れで動く生態はあまり確認されてない以上、単独で動くような生き物だから……」

 

どうやらこの2人はあの生き物についてしっかり把握しているらしい。

というよりも、それほど知られている生物を知らない俺がおかしいのだろうか。

 

「そう言えば依頼内容じゃ、あの生物が増えたせいで物資を安心して運ぶことができないってあったが……それほど凶暴な奴に見えないんだが?」

「見た目に騙されるな、てことさ。まぁ俺やレイニード嬢ならともかくだし、そのレイニード嬢に鍛えられているお前でも苦戦するような相手じゃないだろうけどな」

 

物資運搬が困難になるような相手が俺らであれば楽というのが妙に引っかかるが……

と、考えを巡らせていると袖口をクイッと引かれる。

 

「………ファイン、丁度いいし、試しに戦ってみたら?」

「まぁ……そうしてみるか」

 

俺の愛用の大剣、鉄板をそのまま剣の形状にしたような雰囲気を持つ武器、メタルブレイカーを右手に召喚させては持ち、ドラゴンヘッドの出方を伺いつつ、じりじりと接近していく。

大剣のサイズとは言え、その気になれば片手で振るうこともできるが、両手の方が振りやすい剣なため、感覚的には大きな片手剣にも近い感覚なのかもしれない。

そういえば、前にロールがメタルブレイカー自体が大剣の中では軽い部類に入るって言っていたな。

 

『……!』

 

接近したこともあり、ドラゴンヘッド自身もこちらに気づいたようだ。

穏やかにフヨフヨ浮いていた様子が一変、表情に力が加わり、ギラリとしたその瞳からはこちらを警戒した様子が伺える。

………さすがに竜の頭なだけあって、その威圧感は中々にある。

頭、だけであるが。

 

 

「さて、どう出るかな……と」

 

不用意に近寄らず、警戒しながらジリジリと距離を詰めていく………………

 

『ーー!!』

 

目の色が変わる。

ドラゴンヘッドは完全にこちらを敵と認識し、戦闘態勢へと移る。

 

「───先手必勝!!」

 

武器を両手で構え、走って距離を詰める。

一方、ドラゴンヘッドもその鋭い牙でこちらを噛み付くものだと思ったのだがーーーなぜか口を閉じる。

 

「……?」

 

その不可解な様子に戸惑いつつも、距離を縮めた勢いのまま攻撃へと移る────すると

 

『ーーーッ!!』

「んなっ!!?」

 

瞬時にこちらに口を向け、そのまま口を開けーーーー凄まじい熱さを持った物体がこちらに迫ってきた。

とっさに身を右側によじって躱すも、動揺のせいもあってその後の着地は上手くいかず、足をもつれさせ、地面を転がる。

転げた勢いを利用し、地面に足をつけ、着地する。

と、ここまでは冷静に行うも、突然と衝撃から精神面は動揺に満ちている。

 

「一体、なにが───」

 

ふと、ズドン!!と何かが地に撃たれ、炸裂したような音と共に、空気が震えるような感覚を覚える。

音のした方向、後ろ側を振り向くと緑色で満たされていた地面の一部が黒焦げになり、土が露わになるように禿げていた。

眼前に突如迫った高熱、焦げた地面、そこから導かれる答えは───

 

「炎……か?こんな見た目して炎吐くのかこいつ……?」

『…………』

 

トカゲと同じ部類の爬虫類の頭部は追撃をすることなく、コチラを見ながらフヨフヨと浮いていた。

いや、飛んでいる、か。

まるで俺を相手することに余裕があるかのように。

 

「っ、油断大敵だぞ、と!!」

 

武器を構え直し、再接近。

またもドラゴンヘッドは口を閉じる───口の中で何かを溜めるように。

おそらくこの動作が炎を吐く前動作なのだろう。

そして、数秒も経たぬウチに口は開かれ───

 

『ッ!!!』

 

高熱の物体は吐き出される。

 

「っと…!」

 

射線からとっさに離れるように足にひねりを効かせ、体の角度を変え、ドラゴンヘッドから左の方向へとバックステップの要領で避ける。

ここで追撃は掛けず、自分に迫った謎を解くために相手の様子を見ることにする。

攻撃終わりの隙を突いての追撃のチャンスではあったのだが、これによってドラゴンヘッドが何を吐き出したのかを把握することができた。

───火球であった。

文字通り、球状の火の物体である。

威力に関しては先ほど見た通り、食らった瞬間に火球は炸裂……というより爆発に近い衝撃を引き起こし、敵対者にダメージを負わせるものだ。

直撃しようものなら大火傷に加えて骨がいくつかイかれてしまう可能性もある。

とは言え、爆発というには威力はいささか小規模で、雑草生い茂る地面は禿げ、土が露出している割には地面がそこまで抉れている様子も無い。

であれば、もし回避しきれなくとも剣を盾がわりに使うように防御しても、簡単に防げてしまいそうだ。

剣がどうなるか分からないが。

 

「──なるほど、低級の魔物だと言っても……こんなのがわんさかと出てるなら、物資の運搬も容易じゃないってか」

 

万が一、物資を運搬している車両とドラゴンヘッドが遭遇して火球を避けたとしても、車両のバランスは崩れるし、直撃しようものなら横転することもあるだろう。

それに、危険性はそれだけにとどまらず、もし運搬している物資が銃火器に関するようなものであれば、引火して大事故になり得ることだってある。

要は、こんなふざけた見た目であっても十分に危険性をはらんでいる生物というわけだ。

 

「ま、いるだけで危険があるってんなら……!」

『ッ!』

 

回避後に再接近────ドラゴンヘッドは火球を吐き出そうと溜めの動作に入る。

────そこが狙い目だ。

 

「この距離なら───剣の方が早い!!!」

 

大剣を両手持ちのまま左後ろ側に刃を向けるように構え、そのまま右斜め上方向へ斬り上げる。

僅かな溜めの時間が隙を作り、回避する間も無くドラゴンヘッドは斬りつけられた。

 

『ーーーー!!』

 

呻き声一つ上げず、ドラゴンヘッドは斬り上げられた方向へ顔の向きを変えられ、そのまま吹っ飛んで行く。

確実な手応えはあり、それも一撃で致命傷に持っていけるほど深々と斬り裂くことができた────が

 

「……?血が、出ていない……?」

 

斬り上げられたドラゴンヘッドを見る。

吹っ飛んだドラゴンヘッドは回転しながら地面にボトリと不時着するも、あたりに鮮血が飛び散った様子はなかった。

が、その頭部、顎から目と目の間の額の部分まで深々と斬られた跡が出来ている。

 

『ーー ー ーー』

 

そして、そのまま力なく崩れ落ちた………というよりも、地面に落ちたボールのようにそのまま転げ落ちた。

 

「倒した……んだよな?」

 

ドラゴンヘッドは痛みで呻きを上げることもなく、斬られたところから鮮血を飛び散らせることもなく、ただ投げ捨てられた人形のように転げ、横たわっていた。

やがて、ドラゴンヘッドの死骸は全身が急激に黒ずんで行き、小さく爆散する形で消滅した。

───なんというか、命を奪ったはずなのに、その実感がまるで無い。

と、困惑していると

 

「よ、お疲れさん」

 

と後ろから肩をポンと叩くデスバザが現れた。

 

「……なぁデスバザ、アレは───」

「命を奪った感じ、全く無いだろ?」

「………あぁ」

 

こちらから質問する前に、それを察していたかのようにデスバザは答えた。

 

「なんつーかな、アレはそういう生き物なんだ。【魔法生物】って類のな」

「魔法生物?」

「魔力だけで肉体を構築している奴らの総称さ。体を構成しているのは魔力だけだから生き物のように血は巡ってねぇし、あんな頭部だけの不完全の状態でも生存することができる。牙に至っても見掛け倒しでアレ自身が機能するのに必要としていねぇんだ」

「つまり、捕食を必要としないってことか?」

「そゆこと。空気中の魔力だけで生存できている………とは言え、空気中の魔力濃度がアレら自身に合ったものでなければ、どのみち生存することもできねぇ……そんな不憫なやつらさ」

 

それなら大分納得ができる。

あの頭の大きさの割に羽に関してはやたらと小さい割に浮いて……飛んでいることができていることや、火炎袋のような特定な器官が発達しているようには見えないのに火球を撃ち出すことができることとかが、だ。

飛行に関しては魔力によるもの、魔法支援科の生徒たちもアレと同じようなもので【フローティング】ということができるとロールから聞いたことがある。

なら、火球に関しても魔力によるものであり、どちらかというと魔術の【ファイアーボール】に近いものだろう。

……なんて、このように自分で推理した風に考察するが、この辺りの知識はロールによるもので割合を占めている。

なので、あくまでも予想に過ぎず、これが正しいか否かなどに関しては五分五分くらいだろう。

 

「ん?じゃあなんで人間を襲うんだ?あんな風に平原を気ままに浮い…飛んでいる奴らが縄張り意識とか無さそうに見えるんだが」

「そりゃお前、武器持ったやつがただならぬ気配を醸し出してきたら警戒するだろ普通。あんなでも生存欲とか持ち合わせてんだから、身の危険が迫ればそりゃ反撃するだろ」

「それもそうか……じゃあ車両に関しては?基本整備された道しか通らない以上、アレらの脅威にはならないんじゃ」

「ソレに関しては物珍しいからだろ」

「………好奇心?」

「それ。生まれて間もない子犬とか見たことないものを面白がってじゃれついてみたりするもんだろ?多分それと同じなのさ」

 

好奇心で火球吐き出されて襲われるとかたまったもんじゃないがな!

しかも結構被害が出るやつ!

 

「………魔法生物は魔力さえあれば生存可能な生き物だから……魔術で生活の糧を得ているような人々の間ではペット感覚で飼育したり、使い魔として使役しているパターンも確認されてる……だからドラゴンヘッドも飼おうと思えば飼える」

 

とさらに後ろから眠そうな顔をしたサーシャがこちらに来る。

厳密には眠くならないはずなのだが、それでもパッと見眠そうに見えるような表情だ。

……ペット感覚で飼育できるとは言うが、あんまり飼おうという気にはなれないな。

 

「話は済んだ…?依頼は10体で今倒したので残り9体……まだまだ狩らなきゃいけないんだから、無駄話してないでさっさといくよ……」

 

と言い残すと、サーシャは残りの獲物の探索に向かっていった。

 

「おー……冷てぇもんだ……いつもあんな感じで接されてんのかお前」

「冷たいというか、単に脱力しているだけだからコミュニケーションもあんな風にやる気なさげというか……」

「ま、普段ならこんな雑魚狩りに付き合うような人柄じゃねぇってこったな、あのレイニード嬢の様子を見る限りは」

「普段なら、な……」

 

普段ならこの時間、授業中であろうとサーシャは寝て時間を潰しているから、こんな風に体を動かすこともない。

だが、ロールとの一件もあってか、"寝る"という時間潰しの手段を奪われて、サーシャ自身もどうにか時間を潰せる方法はないかと探っているのだろう。

 

「…………なるほどなるほど……んで、あの覚醒結界の刻印……ふふ〜ん、読めてきたぜ♪」

 

などと言って、デスバザの持つ金色に近い黄色の瞳がキラリと光る……ように見えた。

 

「何というか、お前相手に隠し事は通用し無さそうだな……」

「いんや?生憎と俺であっても分からないことはあるぜ??例えば………ハナっっから何も覚えていない奴のこととかな?」

「………嫌味か?」

「べぇっっっつにぃい??」

 

ひっどいニヤケ顔のまま、両肩をワザと上げ、両肘を体の中段の両端に合わせ、そこから両の前腕部を外側へ向かせ、両手首を手の平が上に限界まで向けるように角度を向けるといったポーズをし、挑発するような口調で返してくる。

こんなオーバーリアクション気味に返してくるあたり、凄まじく腹が立つものがある。

いつかシメるか。

 

 

 

 

 

 

 

数分後────

 

「……いた……3体」

「お、ほんとだ……群れでいるたぁ珍しいこともあるもんだ」

 

1体目を狩ったところから少し歩いたところに3体のドラゴンヘッドが集まっている場所に出た。

───ふと、頭に疑問が湧く。

 

「デスバザ、1ついいか?」

「んん?」

「依頼に出るからには対象の生物が大量に湧いてるようなもんだと思っていたんだが、今みたいに少し移動しない限り見つからないぐらいの数だろ?なのに依頼に出るのはなんでだ?」

 

ある特定の生物の大量発生によって周囲の生態系が崩れてしまうことがある。

そういう場合には周囲に害を加えるような生物、ゴブリンのような魔物であれば駆除、周囲に害を及ぼさないような生物であれば人間の手で管理されたりするものだが、このドラゴンヘッドに関しては大量発生しているとか、そういうものではなかった。

 

「……あー……それは……だな」

「魔法生物は本来生態系から発生することのない生物………というのも、魔力を糧としている生物だから、その産まれも魔力を扱う魔術によるもの………要は人の手で産み出されない限り存在することのない生き物……」

 

気まずそうに解説しようとするデスバザにサーシャが割って入ってくる。

「ちぇー」と言いたげに、その後ろでデスバザは不満気に目を細め、頬を膨らませている。

いちいちオーバーな……

 

「…その歴史を遡るとかなり古いけど、魔法生物は悪魔の手で産み出された【生物兵器】……それが一度の戦争で悪魔の長が倒されたことで、その技術が闇市を巡って流出して……今では人間の魔法技術によっても生み出すことができるようになった……」

「く、詳しいな……」

「……政府の依頼で、よく魔法生物に関与した人間たちを仕留めてきたから……少し知識がある程度」

 

政府の依頼で魔法生物に関与した人間の暗殺………

たったそれだけのことであるが、そのことが魔法生物を生み出す技術がどれだけ危険なものかが伺える。

それもそのはず、悪魔の技術を人間が流用し、犯罪目的の兵器転用として悪用されることもある。

であれば、最悪テロだのデモなどで使われるようなことがある可能性だって考えられる。

 

「で、アレらは兵器である以上、生殖機能を持たない……だってのにまた新たにこの平原に存在しちまってる。だが、魔法生物を生み出す技術ってのは、さっきレイニード嬢が言ってたように闇市みたいな場所で取引されるような代物なんだ」

「………誰かが意図的に増やしてる?」

「オフコース(その通り)。魔法生物に関する法で「魔法生物を生み出すには政府に目的等の申請をし、生み出した場合、管理は生産をした者、または売買し、権利を譲渡された管理者のもとで管理をすること」ってのがある上、「管理を放棄し、魔法生物を野に返した場合は処罰の対象となる」ってのがあるんだ」

 

あ、合法的に扱うこともできるのか。

サーシャがペット感覚で飼うこともできるって言うのはこういうことなのか。

 

「てことは、今あんな風に野に放っているのがおかしいってことか」

 

実際、人の手で産み出された火を吐く生き物が野に放たれているなんて考えたくもないものだ。

 

「自由も許されないままに生まれた生物、魔法生物か……そう思うと、なんだか可哀想───」

「ファイン、一つ言わせて」

「なんだ?」

 

魔法生物に対し、少し情が湧きそうになったが、それを遮るかのようにサーシャが割って入ってくる。

それもどこか、ピシリとした声色で。

 

「アレは兵器、生き物が持ち合わせる恐怖などの感情は"一切"持ち合わせていない……あれが痛みで喘ぐ時、それは機械のネジが軋むようなもの………そう思って」

 

無情にもそう言い残し、サーシャは右手にナイフを出現させ、臨戦態勢へと移り、ドラゴンヘッドの元へ移動していく。

………そこまで言うのか?

 

「納得行かなそうだな」

「……まぁな」

「今レイニード嬢が言ったのは魔法生物を仕留めるにあたっての良心の呵責を和らげる為の……言わば掟みたいなもんだ」

「掟?」

「そう、魔法生物は人の手で管理されている以上はペットみたいに扱うことは出来るが、あんな風に野に放たれた魔法生物は野生の兵器としてあり続ける……野生の厳しい環境下で育てられちまった以上、もう人と心通わせるのは困難を極めることになる……である以上、これよりも被害が出る前に俺たち人の手でケツを拭いてやることが俺たちの責務ってやつなのさ」

「…………なんだか割に合わないな」

 

マイヤール村で俺は狩人として作物を荒らしたり、人に害をもたらす害獣を仕留めたりすることはあった。

そんな生物を狩り、狩った者の生きる糧にすることで、我々人間もまた自然の一部であり続ける。これぞ自然の掟である……なんて俺に狩りを教えてくれた人はそんなこと言ってたっけな。

だが、これは全く違うものだ。

人の手で産み出され、人の勝手で野に放たれ、野生の環境下で生き残るために抗ってきた彼らは、自分たちを生み出した人間の手によって狩られる………その上、死んだ魔法生物は爆散してこの場に残らなくなる………自然の一部として変わることなく。

 

「……今俺が倒したあいつは、自然を知ってしまいながらも、自然の中で淘汰され、自然の一部になることなく消えるのか……」

「あー、ファイン?一応誤解無いように言っておくが、魔法生物は魔力で生きる生き物で、あの消滅現象に関しちゃ、一説には形成された肉体が体内に累積された魔力に耐え切れずにあんな風になるって言われてんだ」

「つまり?」

「肉体が爆散したあと、中にあった魔力は空気中の魔力に還元されるってこと。だから自然の一部に帰ることなくってことはねぇんだ」

 

空気中の魔力も自然の一部……ね。

そう思えば、少しは気は楽になれるが、それでも………

 

「さて、レイニード嬢がやる気満々のうちに終わらせるか………お前はどうする?」

「え────」

「なーに、この仕事は俺1人でもやれるところを勝手にお前をついて来させたような依頼だしな。無理に殺れとは言わんさ」

 

というと、右手をその場で横に伸ばし、手に武器を召喚させる。

長い棒状の持ち手に、まさに命を刈り取るような形をした刃がついた古典的な形状の死神の鎌と呼べる大鎌が現れた。

先の刃が大きく、かなりアンバランスな見た目なのにも関わらず、デスバザは手のひらで何回転か回した後、棒状の持ち手を右肩に乗せ、担ぐような姿勢になり、そのままサーシャの向かった方向───ドラゴンヘッドの群れへと向かう。

 

「気持ちの整理がついたら来な。そんなあやふやな情を持ったまま突っ込んでも、無駄死にするだけだしな」

 

と、無情にもそう言い残し、その場には俺1人となった。

………先程はなんの迷いもなく1体を仕留めたと言うのに、彼ら魔法生物の不遇な扱いを聞き、その場で立ち往生する俺1人だけが────

 

 

 

 

 

「……ファインは?」

「どうやら情がちょいと湧いちまったらしい。だから置いてきた」

 

といい、デスバザは鎌を持つ手とは別の手の親指で、ファインのいる方向へと向ける。

 

「………そう」

 

そうポツリと言い残すと、走る形でドラゴンヘッドの群れへと向かっていく。

そのサーシャにさすがに気づいたのか、3体のドラゴンヘッドはサーシャとデスバザの方向へと向き、臨戦態勢へと切り替わる。

 

「(さぁて、お手並み拝見とさせていただきますかねぇ)」

 

サーシャは走って向かうも、デスバザ1人は余裕に満ちた表情のまま、悠々と歩きながら距離を詰めていく。

 

『ーーーー!!』

 

3体のドラゴンヘッドは近くサーシャを警戒し、口を閉じ、火球を吐き出す姿勢になり、そのまま同時のタイミングで吐き出す。

 

「………」

 

───瞬間、サーシャの姿がその場から消える。

結果的に、3つの火球はサーシャがいた場所だけを焼くこととなる。

一方のサーシャは

 

『!?……!!?ーーーーーッ』

 

すでにドラゴンヘッドの一体の背後に回り込んでおり、ドラゴンヘッドの脳天から逆手持ちのナイフを叩きつけるかのように突き刺す。

突き刺されたドラゴンヘッドは即座に絶命し、消滅する。

 

『ーー!!』

『ーーーー!』

「…………………」

 

残り2体。

1体仕留めたことでスイッチが入ったのか、サーシャの刃物のような冷淡な視線はさらに鋭さを増し、残りのドラゴンヘッドを睨む。

そのサーシャに脅威を感じたのか、2体のドラゴンヘッドは即座にサーシャから距離を置くように動き始める。

近くにいてはこちらの攻撃が当たる前に相手の攻撃を食らうことになる、という判断ができるくらいには知性はあるのだろう。

サーシャはそれを追おうとした瞬間ーーー

 

『ーーーーー』

 

サーシャの横を通り過ぎるように三日月形で紫色の刃のようなものが通り、距離を取ったドラゴンヘッドの内の1体を真っ二つにした。

横目でチラリと確認すると、刃を飛ばしてきた方向には……デスバザが紫色の"波のようなもの"を纏った大鎌を背負って立っていた。

 

「へへ、こっちを忘れられちゃ困るってね」

 

真っ二つにされたドラゴンヘッドはそのまま消滅する────残り1体

遠くから見ているデスバザの大鎌の刃の部分に魔力を集めたのか、紫色のおどろおどろしいオーラのような波が集まっている。

そのまま一振り切り上げるようにその場で振るうことで、鎌を振って現れた紫色の残像が実像を持ち、そのまま斬撃を飛ばすような形で魔力の刃がドラゴンヘッドへ向かったのだ。

そして、なんの偶然か、サーシャはその技術を知っていた。

 

「……【魔鎌(まれん)】使い……」

「ご名答☆鎌に関しちゃ魔力だけで作り出すこともできるぜ?」

「………そう」

 

デスバザの自慢に対し、サーシャはさして興味も持たず、残りの1体に向き直る。

 

「……興味なしですかい」

 

冷めた反応にしょんぼりとしつつも、デスバザもサーシャ同様に残りの1体に向き直る。

 

『ーーーーッ』

「……あ」

「あらま」

 

すると、身の危険を感じたドラゴンヘッドは即座にその場から退散していく。

実際に羽を動かして飛んでいるというより、魔力による飛行なのだろうが、地味に早い。

とはいえ、サーシャの素早さの前では亀の子同然である上、

 

「へっ、逃がさねぇよ!!」

 

【魔鎌】と呼ばれる技術を扱うデスバザの射程圏内であることには変わらず、どのみち残ったドラゴンヘッドに逃げ道は存在しない。

このまま追撃を掛ければ確実に仕留められる、など考えていると────

 

「────っ」

「────?」

 

ふと、異様な気配を感じると、風がフワッと急に吹き、周囲の空気がほんの一瞬、ほんの一瞬だけであるが、空気が重くなる。

その気配のところを振り向くが───誰もいない。

────直後、

 

ドゴンッ!!!

 

もはや大爆発に等しいような凄まじい音が、逃げていたドラゴンヘッドの元で起こる。

すかさず2人はそこへ向き直る───と

 

『 』

「…………っ」

 

途端に舞い上がった土煙と、抉れた地面、ドラゴンヘッドだったものが周囲に飛び散り、直後にそれぞれのドラゴンヘッドのパーツが同時に消滅、抉れた地面には地面を抉った巨大な剣、その巨大な剣を振り下ろしていた人間、ファインがそこに立っていた────

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

苛立っている、などと言われれば嘘ではない。

まともな人間であれば、彼ら魔法生物の不遇な立場を聞けば、嫌でも苛つくものはある。

だが、それでもこうなってしまったのは人間の不手際によるもので、その責任は人間の手で始末しなければならない。

……分かってはいる、分かっている、がそれでも苛立つものはあり、つい感情のままに剣を振り下ろしてしまった。

ただ振り下ろしたわけではなく、しっかりと狙った獲物を仕留める形で剣を振り下ろした。

結果、いささかやり過ぎなくらいな惨状に変えてしまったわけなのだが……

 

「……ファイン」

 

間を置き、少し驚いた様子でサーシャが話しかけてくる。

 

「………納得したわけじゃあない」

「……」

「わけじゃないけど、やらなきゃ……なんだよな」

「………ん」

 

サーシャの表情は変わらない。

だが、ほんの僅かであるが、どこか少し優しさの含んだ表情に見えた。

 

「……はぁ」

 

割り切ったとは言え、俺の中のモヤモヤが晴れるわけではない。

だけど、このほんの少しの会話で、タカをくくれた……ような気はする。

 

「へぇ、さっきまでお情けかけていた奴とは思えないほどの容赦のなさだな……ファイン」

 

と、そんな俺を嘲笑いたいのか、ニヤニヤと顔をにやけさせながら、デスバザが俺の元に来た。

 

「デスバザ───」

「なに、責めようってわけじゃあねぇさ。だが、生半可な気持ちで参加されても俺らが困るってもんだ」

「…………」

 

デスバザにしては、いつになく真剣な表情だった。

普段だらけている奴とは思えないようほどに表情は締まっていた。

そんないつもの雰囲気と合わないようなことをしてくるものだから、少し押されるかのような、重苦しい感覚を味合わされる。

 

「………いいんだな?それで」

 

デスバザらしからぬ真面目な質問。

その圧に、ほんの少し息を詰まらせてしまうものの

 

「……あぁ、やるよ、やってやるよ。それが『依頼』なんだからな」

 

と、少し睨み返すくらいに強気に出て、大剣を片手に持ち、次なる獲物がいるであろう方向へ向きながら答え、移動を始める。

 

「へぇ………なら、気ぃ引き締めろ……な!!」

「だっ!?」

突如、背中に強い衝撃が加わり、前へよろけてしまう。

移動しながらデスバザが背中を平手で思い切り叩いてきたのだ。

 

「なにすんだよ!」

「へへっ、なぁに 気付け ってやつさ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに数分後────

 

 

「今だ!!決めちまえファイン!!!」

「はいよ!!」

 

しばらく移動しては獲物を見つけ、しばらく移動しては獲物を見つけと繰り返しているうちに、依頼の対象は残り1体となった。

その残りの一体に的確に大剣で斬りつけ、ドラゴンヘッドを仕留める。

 

『ーーーーー』

 

こうして仕留められたドラゴンヘッドは地面に落ち、ゴロリと転がった後に消滅した。

────依頼の10体の討伐は、これで完了である。

 

「これで10体、やっと終わりか?」

「だな……あー腹減った〜!!」

 

何だかんだと倒すよりも探す方に時間が経ち、今やちょうど昼くらいだろう。

 

「指定された期日は今日の夕方までって話だが、とりあえず依頼完了報告して、飯にしようと思うんだが……お二人さんもそんな感じでいいかい?」

「俺は大丈夫」

「………特に」

「よっしゃ、んじゃとっとと帰ろうぜ〜」

 

武器を戻し、平原を歩いて学園へと戻っていく。

その道中は魔物に襲われることもなく、ピクニック気分で散歩しているようにも思えてしまう。

 

「こんな簡単な依頼で1日の授業が公欠扱いになるのは、なんだか変な気分だな」

「だよな〜。だってこれで依頼完了したら俺らは今日1日ずーっと自由時間みたいなもんだしな。中庭で堂々と寝ていても怒られることもねぇだろうな」

「……それに関してはサボりと勘違いされなければの話だとは思うが……あまり誤解を生むような行動はしない方が身のためだと思うぞ」

「そりゃそうか。何せあの学園の生徒は今も授業中なんだもんな〜。みんなが一生懸命授業している中、堂々とサボってたらサボってたで返って怪しまれるってもんか」

 

なんてことをケラケラと笑いながらジョーク気分で話しているが、こいつの事だから実際にやりかねない気がしてならないのは俺だけではないはすだ……

 

「そういや、お前らは飯食った後どうすんだ?」

「俺たち?特にやることはないが……そうだな……」

「……ならファインは図書館にでも行ってみたら?」

「図書館?W・S内の?」

 

施設の案内版には教室のある教室とは別に棟があり、その棟がかなり大きさを占めている図書館があるとは聞いたことがある。

まだ実際に行ったことはないのだが。

 

「……記憶のヒントにならずとも、少しこの世界についてあなたは学んでおくべきだと思う……」

「確かにな〜。記憶あるなしに関わらず?魔法生物なんてメジャーな奴も知らないようじゃ、世間知らずを飛び越して"何も知らず"って感じだしな」

「……悪かったな」

 

とはいえ、事実世間知らずどころか、この世界のことを何も知らなすぎるとは思っている。

記憶をなくすっていうのはそういうことも一切忘れてしまうものなのだろうか……?

 

「そういや、お前ってどこの出だっけ?」

「マイヤール村だ」

「マイヤール?また辺鄙(へんぴ)なとこから来たんだなぁ……確か、まだ狩猟文化が残ってる田舎村だよな」

「たしかに田舎は田舎だろうが、俺みたいな得体の知れない人間を受け入れてくれた暖かくていい村だぞ」

「へぇ……いつか行ってみてぇもんだな。たまには魔工学だの科学だのから切り離されたような古い文化が残っている村ってのも悪くねぇかもなぁ……」

「………下手したら……そういうものと縁がなさすぎて悪魔が脅威となってる世の中の実態も把握しきれてなさそう………そんなところから来たのなら……少し納得した」

 

あ、そうですか。

 

「んでんで、レイニード嬢は?」

「………ずっと思ってたけど……そのレイニード嬢ってなに…?」

「あぁ、いや……暗殺者の名家であるレイニードさん家の御息女様相手に、特に何の友好関係も築いていない輩が?名前呼びで呼び捨てってのも如何程かと思いましてねぇ?」

「俺は名前呼びで呼び捨てにしてるんだが?」

「うっせぇ何も知らず」

 

う、うるせぇー!!!

今のは結構傷つくぞお前!!

 

「……別に名前呼びでいい……今の時世で暗殺家業の需要なんてないようなもんだし……もともとそこまで大きい家って訳でもないから……」

「あぁそう?んじゃ以後サーシャで……よろしくなサーシャ!」

「………自分から勧めておいて何だけど……そのテンションで呼ばれるのは………ちょっと不快」

「………………えーと、とりあえずサーシャさんはこの後どうするんで?」

 

サーシャのカウンター、こうかはばつぐんだ。

いいぞもっとやれ。

 

「私………やることないし、ファインについて行こうかな」

「おぉ?これはまさしく放課後の逢い引きってやつで────」

「斬るよ?」

「…………すいませんした」

 

からかわられる瞬間、サーシャの鋭い瞳が軽い殺気を帯び、デスバザを睨む。

いくら煽り好きなデスバザであっても、そんなサーシャに対しては動揺し、一歩身を引く形になってしまう。

なんというか………この2人はあまり相性が良くないだろうか……?

放っぽりだしたテンションでどこか煽り口調のデスバザに対し、普段から脱力ムードで必要最小限でしか行動したがらないサーシャの性格とはうまく噛み合ってなさそうだ。

しかし、デスバザのおちょくりからのサーシャのノータイムでの脅しは見ているこっちも「ヒェッ」となるような冷たさを帯びていた……アレ怖いんだよな地味に。

 

「デスバザはどうする?俺らと来るか?」

「んー……いや、遠慮しとくわ。あんま図書館って好きじゃねぇからさ。読書したい訳でもねぇし」

「そうか、分かった」

 

とりあえず、今後の予定は

依頼完了報告

昼食

サーシャと図書館へ

 

ってところか。

 

 

 

 

依頼完了報告→昼食→図書館へ

 

 

W・S内、大図書館

 

 

 

W・Sの図書室に当たる場所は、校舎から別となっている建物であり、大図書館などと呼ばれていた。

別館ではあるのだが、校舎から通路が伸びており、そのまま大図書館へ向かうことができる。

入り口は教会の扉のような大きな二枚扉となっており、そこから入れば

 

「………広っ」

 

……などと、あまりの広さにW・S出てすぐの平原に出た時と同じ反応をしてしまった。

だが、実際かなり広い。

図書館内は2階建て、縦にも横にも上にも奥にも広く、部屋全体がやや暗めでありながらも、どこかお金持ちのお屋敷のような上品な色合いの棚や机が並べられ、床は全て赤いカーペットとなっており、靴からカーペット特有のフカフカした柔らかい感触が伝わる。

光源に関してだが、どこを見渡せど窓と言えるような窓がなく、入り口側の壁の上の方に教会のステンドガラスのようなものがあり、そこから光が差し込んでいる。

それ以外は受付と思われる場所から伸びる柱から四方を照らすように電灯が付いていると、本棚と本棚の間にある柱と壁が一体化したかのような場所がいくつかあり、そこにも電灯が付いている。

2階建てと分かるのは、入り口から見上げるだけで2階となるであろう通路が見える。

道幅が狭く、壁伝いに伸び、手すりのついた通路だ。

空間の奥行きに関して言えば、部屋の薄暗さも相まってか、この場から見ても最奥となる部分が見えにくい。

入り口から入り、数メートルそこにはロビーのようなスペースがある。

そこには真ん中部分がくり抜かれた円型のテーブル、その中央に天井にまで伸びる円柱型の柱、テーブルの上には受付と書かれた札がある。

受付から右手に当たる部分は横に長く、広いテーブルが5つに、テーブルがある場所には椅子が大量に置いてある。団体用だろうか。

受付から左にあたる部分もテーブルと椅子が団体用のスペースと同様に並んではいるが、一定の広さごとに仕切りが作られているため、ここの席は個人用というところだろう。

それ以外、受付とテーブルのあるスペースから奥側へ4つの本棚と5つの通路、空間の両端の壁に当たる部分全て(間を隔てている柱のような部分を除く)が本棚で、2階の部分の壁も本棚であり、壁となっている部分が一切露出していないように見える。

1つ1つが巨大な本棚で、棚自体の高さに関して言えばいくら背を伸ばそうとも、それこそ巨人でもなければ一番上に届くことはないだろうと思えるほどの高さで、その高い上の段の方にも本がビッシリと詰まっている。

……あの部分はどうやって取れと言うのだろうか。

 

「……話には聞いていたけど……ここまでなんて……」

「話、には?」

「うん……W・Sはここ以外にもあるんだけど……ここのW・Sはかなり広い図書館があるって聞いていたから……」

 

そんな話があるほどなのか。

……とは思ったのが、この広さを前にしては納得だ。

 

「"ここの"ということは他は違うのか?」

「……別の島国にあるW・Sにも図書館になるような場所はあるけど……あくまでも図書室レベルのものだ……って姉様から聞いている……」

「別の島国……か」

 

俺たちの住む国、SHIには9つの別々の島国があり、サーシャの言う別の島国というのは今俺がいるこの島とは別の島のことを言っているのだろう。

……記憶がないせいなのか、俺にはその部分もよくわかっていなかったりする。

それでも基礎的な部分を知っているのは、授業にてそのような話を聞いているからとか、そんな程度のことである。

 

「……とりあえず、読む本を探そ…?」

「だな、って言っても、ここから探すのは─────」

「……丁度、受付に人がいるから聞こ……」

 

受付には丸い形の眼鏡をかけた女生徒が1人、灰色をベースにやや黒くくすんだ髪色をし、尚且つ右目を髪の毛で隠すように前髪は長く、後ろを短めに切った髪型、顔つきはやや大人びており、瞳の色はエメラルドグリーンのような綺麗な瞳の色をしている。

そして、その服装はW・Sの生徒とだと分かるように、上着の胸ポケットにあたる部分にW・Sの校章が刺繍された紺色のブレザーの制服姿であった。

その女性とは眉ひとつ動かすことなく、受付の内側の椅子に座りながら読書をしている。

 

「───────」

「……えーっと、ちょっといいですか?」

「───?」

 

声を掛けると、こちらの存在に気づいたのか、本に落としていた目線はこちらに向けられる。

というか、扉を開けた段階で気づけないものだろうか。

 

「はい、どうかなさいましたか───先輩」

「え……先輩?」

 

こちらの身なりを見るなり、女生徒はそのように返した。

先輩───とは呼ばれるが、実際のところ俺がこのW・Sの生徒となったのは今年どころかつい数週間ほど前だと言うのに、後輩ができるようなものなのだろうか?

 

「……あぁ、そういうこと、ですか。戸惑わせてしまったのなら謝ります」

「え、あ、ええと……どういうこと?」

「その制服、中級クラスの制服ですから、私よりも先輩の方なのではと思ったのですが……その反応見る限り、つい最近行われた適性試験にて中級クラスの入学が認められた方のようですので、変に戸惑わせてしまったものかと」

 

なるほど、そういうことか。

たしかに、女生徒の制服の色は紺、下級クラスの生徒であるという証明である。

そして俺の制服の色は緑、中級クラスである。

そのために女生徒は俺がW・Sにいる期間は長いものと判断されたのだろう。

 

「あぁ、大丈夫。謝られることのほどでもないから。俺はファイン・エクスロード、君の言う通り中級クラス、近接戦闘科の生徒だ……君は?」

 

と、つい流れで自己紹介してしまったが、まぁ別に困ることでもないだろう。

 

「……申し遅れました。私は"レイ・ハーカー"魔法支援科、下級クラス『マジシャン』の生徒です。よろしくお願いします……先輩」

 

謎の変な間の後、淡々と名乗り出す。

魔法支援科ということは、ロールと同じ学科の生徒なのか。

 

「あー、その先輩ってなんだ?君の言う通り、俺はつい最近ここの生徒になったばかりなんだが……」

「……失礼ですが、先輩の年齢は」

「年齢?………17だけど」

 

どういうわけか、年齢は覚えている。

……これを覚えてなければ、適性試験前の書類記入の時は危なかったのかもしれない。

だと言うのに、この国の歴史に関してはからっきしになのだが。

 

「では、私にとっては先輩に当たりますね。私は15です。人生の"先輩"と言うところでどうかよろしくお願いします、ファイン先輩」

「あ……あぁ……」

 

それにしても、かなりドライな口調だ。

発言する一言一言がかなり淡々としており、暖かさも冷たさも感じない、平行線とも例えられるような感情のまま淡々と言葉を紡がれる。

 

「……先輩と言えるほど……物知らないけどね……」

 

と、後ろから聞こえる冷たさを帯びながらもどこか力の抜けたトーンで無情なツッコミを入れるサーシャさん。

悪かったな、"何も知らず"で。

 

「あなたは?」

「……サーシャ・レイニード……彼と同じ近接戦闘科、中級クラス『ウォーリア』で、つい最近ここの生徒になったばかり……ちなみに私は18」

 

!?年上!!?

 

「なるほど、お二人ともつい最近生徒になった───と。では、もしW・Sで分からないことがあれば、私にお聞きください。基本的にこの大図書館におりますので」

「………どういうこと?」

 

俺も同じ意見だった。

確かに俺たち2人はつい最近ここの生徒になったばかり。

そして、俺たちより年下の彼女、レイにW・Sの分からないことを聞け、というのはどういう意味なのか。

 

「なぁレイ、君もつい最近ここの生徒になったってわけじゃないのか?」

「はい、私は中等部からの生徒ですので」

「中等部?」「……中等部?」

 

と、また聞き覚えのない単語が出てきた。

というか、サーシャでも分からないことのようだ。

 

「最初から高等部に入る方々は説明会では話されていないことですね。このW・Sは対悪魔の兵士を生み出す機関であり、入学のための年齢において言えば、条件というのがないのです。入れようと思えば赤子からでも入れます」

「……………え?」

「これに関しては、過去の悪魔との戦争で徴兵されてしまった少年兵をこの機関にて教育を行い、真っ当な人間に育てるという名目で始めた制度が、気がつけばこのように歪曲した形で受け入れられ、それからは"幼等部" "小等部" "中等部"そして先輩方の"高等部"のように、年齢に合わせた教育部門が存在するのです。"幼等部"は最長で7年制、これは入った年齢で変動します。"小等部"は6年制、"中等部"は3年制、"高等部"ももともと3年制だったのが、ギルドからの依頼を授業の一環として取り入れてからは1年延長し、4年制となっています」

「……つまり、5歳の少年が入学すれば、その時点でそこら辺の大人の兵士よりも対悪魔の戦闘に関して言えばプロフェッショナルになってるってことか───」

「それはございません。"高等部"に至るまでには基礎学問と基礎運動能力、基礎戦闘能力の教育プログラムの上で育成され、"高等部"に入って初めて対悪魔戦に関する養育を受けられるようになります」

「な……なるほ……ど?」

 

まるでコンピューターのように淡々と話され、内容を理解するには至れないようなあやふやな状態で会話を受け止めてしまった。

 

「………この学園のことに関しては別にいい……それよりも、彼にSHIに関する歴史が書かれた本を読ませたいんだけど……何かいいのない……?」

 

淡々と話を進めるレイに、対しての冷淡に返していくサーシャ……あまり居心地のいいムードではないのは確かだ。

 

「どのような本をお求めですか」

「………とりあえず絵本……からかな」

「え」

 

絵本、だって?

てっきり小難しい本とか読まされるものかと思ったのだが……絵本って……

まぁ……そっちのが分かりやすいのは確かだが……

"何も知らず"の俺に読みやすく、話の内容も理解しやすいという効率面で考えたというサーシャなりの心遣いと受け取っておくか……

 

 

「内容に関しては」

「………悪魔が現れて、倒されるまでのところ……かな」

「分かりました」

 

というと、引き出しを開き、どういうわけか引き出しに赤い"魔法陣"が刻印されており、そこに右手のひらで触れ

 

「魔法支援科、クラス【マジシャン】レイ・ハーカー」

 

と名乗ると、赤い魔法陣に関わらず水色に光り出し、魔法陣から水色の電子性の画面と、その下にいくつものスイッチのようなものに文字が一文字一文字刻まれた文字盤のようなものが出現する。

 

「サーシャ、これって?」

「……"マジックコンソール"……画面の下にあるのは"キーボード"って呼ばれるもので、あれを操作して扱うものね………こういう広い施設とかにしか設置されないから、普段はあまり見かけないと思う……」

 

と、マジックコンソールと呼ばれるものが出現すると、画面下に点在するキーボードを両手で操作し、画面を右手人差し指でレイから見て左へ流すように操作すると、レイ側を向いていた画面は俺たちとレイの間を軸に回るように流れ、レイが見ていたであろう画面がこちらを向く。

そこには画面右上半分に「ガゼルス と よばれた あくま」という名前のタイトルと作品概要などが書かれ、下半分には「召喚」と書かれた部分がある。

左半分には絵本の表紙となるイラストが表示されていた。

 

「こちらでよろしいでしょうか」

「……うん、それで」

「かしこまりました。それでは画面右下の「召喚」と書かれた部分を触れてください」

 

指示通り、サーシャは「召喚」と書かれている部分を指で触れると、画面とキーボードはパッと瞬時に消え、水色に光っていた魔法陣は赤く光り出し、魔法陣の上に赤く、電子性の長方形の立方体が出現し、立方体の下の部分から線のようなものが現れ、線は下から上へと 「ジジジ…」と登っていく。

線が通過した部分には電子性の立方体ではなく、しっかりと形になった物体に変化しており、やがて線が通過し終えると、そこには先程画面に映っていた絵本の表紙絵が現れ、線画立方体の外側へ行き、そのままフェードアウトするように消えると、そこには一冊の絵本が現れていた。

なんて便利な技術。

 

「お探しの本はこちらとなります。また、貸し出しする場合にはまた一声お掛けください」

「ん……はい、これ」

 

と言い、サーシャは絵本をこちらに渡してくる。

特に拒む理由もないため、俺はそれを受け取った。

 

「まずは……こういう絵本から……次第に資料とかに手を出していけばいいから……」

「お、おう。まさかこの歳になって絵本を読むことになるとはな……」

「……絵が付いている方が分かりやすいし……子供向けだから……内容も簡単」

「それもそうか……お前はどうするんだ?」

 

すると、入り口側近くの団体用のテーブルに並べられているロビー側の端の位置にある図書館奥側の椅子に座るなりテーブルの上に両腕を置き、それを枕にして寝る体制に入った。

 

「やること……特にないし……寝れないのは分かってるけど……寝るフリでもしとく………」

 

……まぁ、これでこそサーシャだなって感じはするのだが。

とりあえず俺は、サーシャの座る席の向かい側の席に座り、絵本を読み始めることにした──────

 

 

 

第三話へ続く………




人物紹介

レイ・ハーカー
性別:女
身長:155.5cm
種族:人間
年齢:15
科目:魔法支援科、クラス【マジシャン】

ファインたちを"先輩"と呼ぶ女生徒。
中等部からの生徒で、W・Sに関してはそこそこ詳しい上、読書趣味なこともあり、周りの生徒に比べて知識は揃っている側ではあるが、そのドライな口調が取っ付きにくさを出しているため、あまり人が近寄りたがらないような人物。
なお、読書において好みのジャンルは特になく、本であればとにかく読むという。
ちなみに、ファインたちと出会った時に読んでいたものは少し如何わしめな恋愛小説だったとか……などと噂されているが、真相は誰も知る由もない。



用語解説


『魔法生物』

悪魔の持つ技術によって産まれた生物。
空気中の魔力を糧とし、単独で生存が可能な生物兵器。
その攻撃手段はドラゴンヘッドのように魔術の応用だったり、他の生物のように肉体の特徴を持って攻撃をしたり、と様々である。
サーシャの言うように、ペットとして飼うこともできるが、その大半は犯罪目的で扱われることが多く、その上、用無しになった魔法生物は野生に放棄されることで問題視されている。
本来、魔法生物を生み出す技術は悪魔の扱う技術であったのが、過去の戦争で人間たちに敗れ、その技術が人間の間に流れつき、今では裏側の取引などに用いられてしまっている。
と言ったこともあり、今では魔法生物に関する法などは作られているものの、野生に放たれた魔法生物は数知れず、度々目撃されてはギルドや各島国のW・Sに依頼が持ち込まれている。

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