響が可愛いと思ったから勢いだけで思わず書いちゃったような艦これ二次   作:水代

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暁だって分かってるわよ

 

 

 

「これで最後か?」

 自身の問いに、暁が頷く。机の上に置かれた報告書の最後の一枚に目を通し、確認のサインを書くと、重ねた紙をトントン、と軽く叩いて整えファイルに挟む。

「じゃ、これで終わりだな…………お疲れ」

「ええ…………お疲れ様」

 一礼し、暁が部屋を出て行く。

 いつもいつも朝のうちに仕事がなくなってしまう我が鎮守府だが、最近は出撃の回数が多いせいか、報告書の確認までしているともう夕方、と言うことが多くなってきた。

 基本的に、出撃をした日は報告書を出してしまえば休んで良いと暁には言っているので、ここからは自分一人の仕事なのだが…………。

「やれやれだな…………」

 同じ部屋にいて、二時間以上共に仕事をして、けれど仕事以上の話は一切無い。

 ヴェルの場合、呼んでもいないのに勝手にやってきて困ったが、これはこれで困る。

「円滑な人間関係…………どこに行ったのかねえ」

 くるくると、片手でペンを弄びながら呟く。全くもって度し難い。

「なんで俺のところに来る艦はみんな問題も一緒に持ち込むんだ?」

 ヴェルと言い、暁と言い…………たまには普通の艦娘は来ないものだろうか。

 いや、今回の場合、中将殿が意図的につれて来たのとはまた違うのだから中将殿にどうこう言うのは筋違いなのだが、どうにもこの負の連鎖はあの人から始まっているような気がしてならない。

 

 まあ…………ヴェルと出会ったこと自体は、それほど悪いことでもなかったが。

 

「………………て、今はそれは置いておくとして、問題は暁だよな」

 そう、それは今関係ないのだ。今の問題は暁のことである。

 一番良いのは暁の元司令官…………処分された提督がまた提督として着任し、その艦隊に暁が戻ることだろう。

 手っ取り早、手軽で、一番効果がある。だがそれは出来ない、少なくとも後半年は…………。

 次善策としては、別の呼び方をさせる、と言うのもある。

 そもそも自身は、暁に自分を司令官と認めさせたいわけではない。ただ、暁との間に広がる重苦しい空気を何とかしたいだけであって、それさえ解決するなら別に暁がどう思っていようと構わない。

 だったら、それほど難しい問題でも無いのではないか、と思うのだ。

 まあそもそも、対話の席を設けること自体が一番難しい気がするのだが…………。

「逃げそうな気がするんだよなあ…………」

 駆逐艦と言うのは、その外見に比例するように、精神年齢も幼い部分がある。

 だから触れられたくない部分に触れようとすれば、逃げてしまうのではないだろうか、とそんなことを思うのだ。

「…………仕方ない…………向こうから接触してくるまで待つか」

 結局、結論は同じところに向かうのだ。そして未だにその気配は無い。

 まあ最悪半年後には元の艦隊に変えるのだから、気長に待とう。

 そう考えていたのだが…………。

 

 案外、その機会は早くに訪れた。

 

 

 * * *

 

 

 いつまでこんなことを続けるのだろう。

 脳裏の浮かぶのは、笑みを浮かべる狂ってしまった…………否、狂わざるを得なかった姉妹艦。

 全て自分のせいだと分かっている。

 それでも思わざるを得ない。

 

「響、最近雷の姿を見ないのです…………何か知らないですか?」

 

 まるでフィルムを焼きなおしたように、決まって同じ台詞を毎日のように呟く電の姿を毎日間近で見て。

 じくじくと心が痛む。あの時の自分の僅かな油断が、ここまで大きくなっていることに。

 

「雷なら、遠征に出てるよ…………近い内に帰ってくるさ」

 

 そうして私は嘘を吐く。

 毎日毎日、狂ったように嘘を吐く。

 少しずつ、少しずつ、心が軋んでいく。悲鳴を上げる。

 そうして、その度に思うのだ…………。

 

 いつまでこんなことを続けるのだろう。

 

 そう…………思ってしまうのだ。

 

「だったら」

 いっそのこと。

「本当にことを」

 言ってしまえば。

 

「……………………Нельзя(ニリジャー)(ダメだ)」

 

 それでもし、電が現実を受け止めてしまったら。

 

「…………今度こそ、電が壊れてしまう」

 

 それこそ、取り返しがつかなくなる。

 じゃあどうすれば?

 そう考えても、答えは出ない。

 分からない、分からない、分からない。

 それでもこれが、自分のしなければいけないことだ。

 自分の過ちの償いなのだ。逃げだすことは出来ない。

 それでも、ふと弱音がこぼれそうになる。

 

 助けて、司令官。

 

 溢れ出そうになった言葉を口を閉じ、押し戻す。

 それではダメだ、と思う。

 誰かに…………司令官に頼っていては、何のためにここに来たのか分からない。

 

「私が…………やるんだ」

 

 目を閉じ、呟く。やるべきこと、なすべきこと、ただやるだけ。

 

 コンコン

 

 そうして今日も、電の部屋の扉を叩いた。

 

 

 * * *

 

 

 ざあ…………ざあ…………と波の音がする。

 夜の海に聞こえる漣の音、と言うのも風情があって悪くないな、なんてそんなことを思いながらテトラポッドに座りながら独り、漆黒に染まった海を眺める。

 時刻はフタフタサンゴ…………二十二時三十五分と言ったところか。

 ここ最近いつも夜はここで一人、酒を飲んでいる。と言っても緊急時にいつでも動けるよう、嗜む程度でしかないが。

 以前はこんなことはしなかった。飲みたいなら、鎮守府の中で飲めば良い。ならどうして今はこんなところで独り杯を傾けているのか、と言われると、なんとも言い難い理由なのだが…………暁と出くわさないようにだ。

 と言っても、自身は別に暁を避けているのではない、むしろ暁が自身を避けている。狭い鎮守府だ、どうしても廊下などですれ違うことはあるはずなのだが、暁がやってきてからこのかた、夜間、業務終了後に出会ったことがほとんど無い。どうも一々出くわさないように気をつかいながら移動しているらしい。

 思わずため息の一つも吐きたくなるが、暁の抱える問題を考えれば、自分に出来るのは暁が自身で問題を解決するのを待つことだけであり、そのためならこのくらいの譲歩はしても構わなかった。

 と言っても、はっきりと暁の抱える問題がこれだ、と分かっているわけでもない。凡そこんな感じなのだろう、と言う程度ではあるが、けれど少なくともそれが暁自身の問題でしかなく、自身が外からとやかく言うようなことでも無いことは分かっている。

 暁自身が歩み寄ってきたなら手を引いてやることくらいは出来るかもしれないが、暁が拒絶している間は何を言っても暁自身には届かないだろう。

「若いな…………全く」

 と言うより、幼いと言ったほうがいいかもしれない。暁に限ったことではないが、駆逐艦と言うのはどこか精神的に幼い部分がある。

 冷静で大人びた雰囲気のあるヴェールヌイだったが、それでもふとした拍子にはその幼さが垣間見えることもあった。

「子供っぽい…………とでも言うべきか」

 そんな自身の一人零した呟きに。

 

「暁はもう大人のレディーよ、子供扱いしないでちょうだい」

 

 背後から返ってくる声があった。

 

 

 

「…………よお」

「…………こんばんわ」

 互いに視線を合わせ、反らさない。まるで時が止まってしまったかのように、互いにじっと見詰め合って、けれど動かない。語らない。黙したまま、漣の音だけが辺りに響いていく。

 暁がどういうつもりかは知らないが、自身のことを言えば面食らっていた。

 そのうち自分なりの答えを持ってくるだろう、とは予想していた。だがそれはもっと先のことだろうとも思っていた。まさかこんな早くやってくるとは思っても見なかったし、そんな素振りも無かった。

 だから、一体どういう心境の変化が起こったのかと思ったし、暁の考えがいまいち読めず、迂闊な言動が出来ずにいる。

 こんなところまで受身でしか動けないことに、僅かに眉根をひそめるが、すぐに戻す。

「………………………………」

「………………………………」

 互いに沈黙を貫く。一体何をしに来たのだろう? と本当に頭を悩ませる。何か言いたいことがあったから、心境に変化があったから来たのだと思っていたが、けれど何も語ろうとはせず、ただ自身の後ろに佇んでいる。

 衝動的に動いた? まだ悩んでいる? そんな可能性を思いつく。そう考えれば現状にもまだ多少納得はいく。

 だとすると、こう言う場合選択肢は二つだ。踏ん切りが付くまで待つか、それとも背を押すか…………。

「…………………………なあ」

 沈黙を切り裂き、声を発する。暁が背後でぴくり、と反応するのが分かる。

「俺はな、基本的にお前らに何か無理強いをするつもりは無い。そもそもお前らにたいしたことは求めちゃいない」

 何を言われるのか、そう身構えていた暁が呟かれた言葉にきょとん、と首を傾げる。

「そもそもがこんな左遷先みたいな鎮守府だ、細かいことを一々言うつもりは無い。極論だけ言って、俺の命令を聞いて出撃だけしてくれるならそれ以外は全部お前らの自由に任せたって良い」

 まあそんなことは出来ないがな、と口元を吊り上げ呟く。

 軍隊と言うのは規律と仕来りが多い。仕来りに関してはほぼ無視しても構わないが、規律を破れば相応の罰がある。自身だけでなく、鎮守府自体にも、だ。

「俺はな…………ヴェールヌイと…………響と分かれる時に一つ約束した。悩んでるアイツの背を押すために、一つ約束した。

 

 いつかまた帰って来い…………その時まで、ここは守り抜いておいてやる

 

 そう、約束した。

 だから守らなければならない。守り抜かなければならない。

 アイツが…………ヴェルがまたここに戻ってくるまで、何人からもこの鎮守府を守らなければならない。

「だから」

 そう、だから。

「俺のために、なんて言わない。お前自身のためだ、なんてことも言わない」

 ただ…………そう、ただ。

「ただ響のために戦ってくれ。暁…………お前の妹のために、この鎮守府を守ってくれ。それ以外に俺はお前に何も言わん。お前の思った通りにすれば良い。()()()()()()()()()()()()()、俺は別に構わん」

「……………………っ!」

 核心を突いたであろう自身の言葉に、暁が大きく震える。

 飲みきって空っぽになったビール缶を握りつぶし、立ち上がる。

 今宵はこの辺りでお開きだろう。暁自身、まだ飲み込めない部分もあるだろうし。

「……………………ゆっくり考えろ。どうせまだ半年あるんだから」

 まあ半年経てば出した答えも無駄になるのだろうが…………そんなこと言っても仕方ない。

 とにかく、言いたいことだけは言えたのでこれで良しとしよう。

 一人納得し、佇む暁の横を過ぎ去っていく。

 

「…………………………っ」

 

 後に一人、何か言おうとして、けれど言葉を飲み込んだ暁を置き去りにして。

 

 

 * * *

 

 

 波の音が耳をくすぐる。

 月の光に照らされて、少女は一人ため息を付く。

「……………………………………はぁ」

 泣きたいような、怒りたいような、それとも悲しみたいのか。

 そんな複雑な気持ちをない交ぜ、思わず叫びたい衝動をため息と言う形で発散する。

 見抜かれていた、と思うべきなのだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 とあの人は言ったのだから。多分、自身の心情など見抜かれていたのだろう。

 その上で、あの態度であの台詞なのだから、複雑だ。

「どうすればいいのよ…………もう」

 頭を抱える。暁は元来それほど深くものを考える性質(たち)ではない。そういうのは妹の響の領分である。暁はどちからと言えば情動的に動く性質だ。理屈よりも感情を優先する。だからこそ困っている。

 これまで感情の面で今の司令官を認められず、理性の面で認めると言う相反する思いを抱いてきた。

 だがその感情の面を許された、認められた。だったら良かった、じゃあそうします。なんて素直に思えるほど暁は能天気ではない。

「…………なんで優しいのよ…………暁は…………私は…………」

 いっそ嫌いになれれば良かった。いっそ憎めれば良かった。

 なのにどこまでのあの人は善人で、妹の恩人で、そして自身にとっても良き司令官だった。

 

 結局、どこまで言っても認められない自身が子供で。

 

 どこまでも許容してしまうあの人が大人過ぎる。

 

 なんて、言い訳だろうか。

 

「分かっているのよ…………暁にだって」

 

 認められない自分が悪いのだ。

 

「分かってるのよ…………」

 

 認められない自分が子供なのだ。

 

「………………暁だって分かってるわよ」

 




なんか長いこと執筆してなかったから、この作品書くのにえらく時間かかりましたが、なんとか投稿です。

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