響が可愛いと思ったから勢いだけで思わず書いちゃったような艦これ二次 作:水代
何も言えなかった。彼女を前にして、何と声をかければいいのか悩み、答えは出ない。
そんな自身に彼女は笑って告げる。
「なに難しい顔してるのよ、提督さんのせいじゃないわ…………なるようにしてなった、それだけのことなのよ」
どうして彼女は笑えるのだろう。
今から死んで来い、とそんな命令を自身から出されておきながら、どうして彼女をそんな風に笑えるのだろうか、それが自身には分からない。
「私が命じたんだ…………キミに死んで来いと、助かる見込みの無い戦場へ行って来いって、私が命じたんだ。例えキミがそう言ったとして、それは提督としての私の役割だ。そこを譲れば私は提督なんかじゃない」
だからこそ、背負わなければならない。そして彼女に対して保証しなければならない。
ああ、ようやく彼女へとかける言葉が見つかった。
「約束しよう、瑞鶴。キミが戦ったその意味を無駄にはしない。必ず助けてみせるし、必ず終わらせてみせる。キミの守ろうとしたもの全て、キミが愛したもの一つ残らず、全て私が守り通そう、私が守り抜こう」
だから、そう、だから…………安心して、死ね。
そう告げた自身に、瑞鶴がふっと笑う。
「そう…………なら、頼んだわね、提督」
「ああ…………頼まれるよ、
「そっか…………ねえ、提督」
「なんだい?」
「…………ありがとう、それと…………うん、さようなら、
そうして自身たちは別れた。自身は鎮守府へと戻っていき、彼女は単身、海へと繰り出していった。
それが彼女と交わした最後の言葉だった。
それが彼女を見た最後の光景だった。
分かっていた、もう帰ってこないと。
そうなったのも全部私のせい…………とは言わない。
狭火神提督の突然の死による周辺鎮守府の混乱、それにあわせたかのような深海棲艦の侵攻、そして狭火神提督の権益を狙う上からの圧力。
内憂外患の状況、内からも外からも足を引かれ、どうにもこうにも動けない状況を打開し、ようやく自由に動くことができるようになったその時にはすでに深海棲艦の領域は致命的なまでに広がっていて…………。
こうして人類は狭火神提督の起こしたいくつもの奇跡のような海戦によって獲得した海域の半数以上を失い。
狭火神提督が率いていた最強の艦隊の最後の一隻であり、狭火神提督の最も信用し、重用していた秘書艦瑞鶴をも都度十数回の海戦の末、失った。
* * *
「言い訳がましい…………かな」
「何がでしょうか、提督?」
何でも無い、と首を振り目の前の彼女を見据える。
翔鶴型航空母艦一番艦翔鶴。自身の艦隊に最も後から合流した少女の名であり、瑞鶴の姉の名でもある。
「ねえ、キミは私を恨んでる? キミの妹を守れなかった、キミの妹に死ねと命じた…………キミの妹を殺したも同然の私を、恨んでいるかい?」
そんな自身の問いに、翔鶴が沈黙する…………その目から感情は読み取れない。
だがそれも数秒のことであり、すぐに翔鶴が首を振る。
「恨んでなんていません、私たちは艦娘ですから…………戦うことこそが本領である私ですから、戦いの中で沈むのなら、なるべくしてなった、としか思いません」
だから、提督を恨むなんて筋違いです。そう告げる彼女に、机に下に隠した手に持った手紙を出そうとし、少しだけ悩む。
これは確実に劇薬だ。恐らく先ほどのは翔鶴の本心であり、彼女なりに割り切った部分もあるのだろう。実際、艦娘は人間にように見えて、人間とは多少違った精神構造をしている。と言うか、自身の
つまり、多少マイナス方向に偏っているとは言え、翔鶴の精神はこれで安定しているのだ。自分が戦えと言えば戦うだろうし、死ねと命じれば多少動揺はするだろうが、それもまた戦時の常と割り切って死ぬだろう。
だからこれを見せるのは結局、自分の感傷だ。自分だけが抱えるには重すぎるから、他人に知ってもらって少しでも共有してもらって、自分の重荷を軽くしようとしているに過ぎない。
それでも、見せようと思う。例え感傷でも良い。例え逃げだとしても良い。
妹が
逡巡し、止めていた手を机の上に出す。
翔鶴の視線が動く、自身の手を見、そしてそこに握られた手紙を見る。
「これを」
なんと言って渡せば良いのか、考え、けれど答えは出ず、結局出たのはそんな簡素な言葉。
「これは?」
翔鶴が小首を傾げながら手紙を受け取る。開けてみろ、と言うと翔鶴が口を開いた封筒から一枚の紙を取り出す。
そうして、その内容に目を通し…………目を見開く。
「…………嘘」
漏れ出したその声に、一体どんな心境なのか、伺い知ることは出来ない。
だが視線は手紙に固定されており、最早完全に自身の世界に入っていた。
瑞鶴の遺言、そう言って彼から手渡された手紙…………封筒は一通。
その中に入っていた紙は二枚。一枚は自身へ宛てた手紙、そしてもう一枚が…………まだあの頃は建造されてもいなかった彼女、姉の翔鶴への手紙。
最初は驚いた。何せ自身が翔鶴を建造したのは、瑞鶴が沈んだ三年も後のことである。瑞鶴と最後に会ったあの頃はまだ存在してもいない姉への手紙が入っていたのだ。
予想していたのか、それとも、もしもの時のためのものだったのか。
内容は読んでいない。翔鶴宛の手紙だと言うことは、最初の一文を読めば分かったので、その時点で読むのは止めていた。他人へ宛てた遺言を読むのは、さすがにプライバシーの侵害だ。
翔鶴は自身が最後に建造した艦だ。だから必然的に付き合い事態は最も浅い。
だがそれでも数年来の付き合いだ。互いにある程度以上の信用はあると思っている。
だがそれでも悩んだ。彼女の遺言を本当に渡して良いのか、と。
察せているかもしれないが、建造して最初に翔鶴には妹である瑞鶴のことを話している。
自身が以前いたところに瑞鶴がいたこと、瑞鶴の提督が亡くなったこと、そして瑞鶴を自身の命令で殺したこと。
それでも彼女は自身に従ってきた。自身が折れた時も傍で励まし、助けてくれた。
そんな彼女だからこそ、躊躇ったのだ。遺言で彼女の態度が変わってしまうことを恐れたのだ。
結果なんて分かっていても、もしかしたら、と言うこともあるかもしれない。
結局、そんなこと無いなんて、分かっていたのに。
「提督」
翔鶴が自身を呼ぶ、顔を上げ翔鶴を見やると、丁寧に折りたたみ、封筒に戻したソレを返しえてくる。
「……………………いいの?」
手紙を返す、それはつまり、もう読み終わった、と言うことであり、これ以上読む必要はない、と言う意思だった。
「はい、あの娘の…………瑞鶴の本心を知れた、それだけで満足です。提督、あの娘の言葉を届けてくれて、ありがとうございます」
そう言って微笑む翔鶴は、けれどどこか寂しそうであり、思わずため息を吐く。
「…………やれやれ、キミも私にそう言うんだね」
「はい? えっと、何のことでしょうか?」
「ああ、いや…………うん、なんでもないよ。用事はそれだけだから」
「はあ…………そうですか、では失礼しますね」
部屋を出て行く翔鶴の後ろ姿を見ながら、そしてその姿が扉の向こうに消えていくのを見ながら、思わず呟く。
「…………ありがとう、ねえ。どうしてキミたちはそんなこと言えるんだろうね」
殺したのは私なのに。
「これだから艦娘って言うのは分からない」
だとするなら、キミは一体どんな気持ちだったのかな?
「ねえ……………………雷ちゃん」
自身しかいないその部屋で、一人、自嘲気味に、そう呟いた。
* * *
「面倒くさい」
通された客間に戻り、ひとりごちる。窓の外を見れば日は沈みかかっている、夕暮れの空はけれど夜の闇へと塗り替えれていく途中であり、どこか物寂しさを感じさせた。
差し込む夕日に目を細め、カーテンを閉めてしまう。そうして思うのは、どうにも最近、以前とはうって変わって面倒ごとが増えた気がする、と言うことだ。
暁のことと言い、中将殿のことと言い、以前はヴェルと二人でのんびりと老後の生活のような生き方をしていたはずなのに。
「けど…………ようやく渡せた」
瑞鶴が自身に託したもの、十年前のその時からずっと隠していたソレ。
「やっと渡せたぞ、瑞鶴姉」
七歳の時、母さんが死んだ。
鎮守府へ行ったまま戻らない父親の代わりにずっと自身の面倒を見、育ててくれた母さんは、けれど死んだ。
引き取られた先は、当然ながら残った父親の元であり、つまりは鎮守府だった。
本来なら子供とは言え、部外者を鎮守府に入れることなどできるはずも無い。ましてやそこで生活などもってのほかだ。
だがそれを押し通すだけの権限を持っていたクソ親父の手によって、自分は鎮守府へと引き取られた。
けれど、提督としての腕は確かでも、人の親としては最低のクソ親父がまともな子育てなんてできるはずも無く。
そんなクソ親父の代わりに自身を育てくれたのが、瑞鶴と言う名の少女だった。
まだ幼かった自身にとって、彼女は姉のような存在で、彼女もまたそんな自身を弟のように可愛がってくれた。
今になって思い返せば、瑞鶴が良く話していた、父親の片腕の少女、と言うのは中将殿のことだったのだろう。今日の今日まで中将殿のことを男だと思っていた自分はそのことに気づきはしなかったが。
そんな姉のような存在が死んだ。
どうして? 何よりも先に思ったのはそんな言葉だった。
まだ彼女たちをのことを、彼女たちと言う存在をよく知らなかった自分にとって、それは理不尽としか言い様の無い別れだった。
…………………………キミは、私を恨んでいるのだろうね。
与えられた客室の寝台に寝転がりながら悶々と考える。
恨んでいる…………のだろうか、自身は。
自分は、あなたが嫌いです…………けれど………………別に恨んじゃいません。
そう、あの言葉に嘘は無いはずだ。そう、そのはずだ。自身で言った言葉だが、少しだけ自信が無い。
彼女が死んだのは他でも無い、彼女自身の意思だった。
そのことは自身に充てられた遺言に書かれていた。国のため、人のため、そして何よりも鎮守府の仲間たちのために彼女は戦った。戦って、そして死んだ。
艦娘とは不思議な存在である。人の感情を宿していながら、死を恐れない。否、恐れない、と言うのは少し語弊がある、正確には戦った結果死ぬことを悔いない。戦った結果の死を受け入れるその姿は、軍人の鑑と言えるだろうが、けれど人としてみるならそれは異常でしかない。
「ああ…………もしかして」
もしかして、自身はそんな彼女のことがわからないから、そんな彼女のことが知りたくて今の場所に立っているのだろうか? 明確な目標があったわけでもない、ただ漠然と進んだ道だったが、今更ながらそんな理由を思いついた。
ぐるぐると、形にならない言葉が脳裏を巡っては消えていく。
そうしてどれほどの時間思考を続けていただろうか。
コンコン
扉のノックされる音に、思考が打ち切られる。
ふと時計を見れば、たっぷり三十分は時間が過ぎていた。考え込みすぎたか、と内心反省しつつ扉の鍵を外し、扉を開く。
そうしてそこにいた人物を見て、目を丸くする。
雪のような銀髪、アイスブルーの瞳、そしてセーラー服と帽子。見覚えのある…………見覚えがありすぎる少女が、ヴェールヌイがそこにいた。
ヴェールヌイは今、中将殿の艦隊に戻っている。だったら今この鎮守府にいることは何もおかしくは無い。そもそも自分が中将殿と会っている時、暁はヴェールヌイに会いに行っていたのだから、居ることは知っていた。
多分会いに来るだろうとは思っていたが、こんなに早く来るとは思わなかった。暁はどうしたのだろうか? 正直、今日一日は久々に姉妹に会えるとテンションを上げていた暁が放してくれるとは思わなかったのだが。
「……………………やあ」
「……………………よう」
以前見た時より、少しだけ陰を落としたその表情に、僅かに眉を顰めるがすぐに部屋の中へと入れてやる。
ヴェルもまた何も言わずに部屋へと入り、一つしかない椅子に座ってしまう。
「暁は?」
「私の部屋で寝てるよ……………………ずっと話してたら疲れたらしい」
子供か、と言いかけて、子供だったな、と気づく。ヴェルも大人びているようで子供な部分もあるので良く似た姉妹だと思う。
「久しぶりだな」
「ああ、うん……………………そうだね、久しぶり」
少しだけ詰まったその言葉に僅かに首を傾げつつ、ヴェルとの会話を続ける。
「元気…………そうじゃないな」
そんな自身の言葉にヴェルが少しだけ戸惑い、苦笑する。
「ああ、そうだね…………少しだけ疲れたかな」
「進展は…………無さそうだな、その様子だと」
「悪化してる気がするよ、本当に困った話さ」
そう呟き、ヴェルが疲れた息を漏らす。その表情は苦悩の心情を見て取れ、かなり精神的にやられている様子が伺えた。
だからと言って自分がどうこうできることではない、他所の鎮守府の話だし、ヴェールヌイが過去と向き合うためには避けては通れない物だから。
だから、そう…………自身にできることなんてこのくらいだろう。
「お疲れ様」
そう言って、その頭を優しく撫でてやる。
椅子に背を預けたヴェールヌイの肩から少しだけ力が抜ける。
「うん…………そうだね、少しだけ…………そう、少しだけ、疲れたよ」
珍しく弱音を吐いた目の前の少女の頭をゆっくり、ゆっくりと何度も撫でてやりながら、諭すように呟く。
「頑張れ…………きっと電もいつか立ち直るさ」
お前がそうだったように、言葉の裏にそんな意味を込めて呟いた言葉に、ヴェルが、ああ、そうだね、と頷く。
「もうちょっとだけがんばってみるさ」
ちょっと情報が錯綜して、話が迷走してる感じがあるけど、そろそろ第二章の終わりに向けて話を進めていきます。
簡易情報まとめ
瑞鶴→十年ほど前に轟沈。主人公の父親の秘書艦をしていた。母親を亡くした少年時代の主人公を親失格な父親の代わりに育てた主人公にとって姉代わりの母代わりのような存在。
中将殿→実は女。そこは別にどうでもいい。まだ仕官学院を出て数年しか経っていない頃にはすでに主人公の父親の片腕として活躍中。主人公の父親が死んだ十年前の混乱の際、その後釜として混乱を収拾、同時期に発生した深海棲艦の侵攻を、瑞鶴を始めとした主人公の父親の元第一艦隊の面々を使って足止めした。その際、たった一隻、瑞鶴だけ轟沈した。瑞鶴の轟沈後、混乱を収拾させた中将(当時大佐)が反転、攻勢に出て敵の大群を打ち破る。
翔鶴→中将殿が自身の鎮守府を持ってから最後に建造された艦。瑞鶴が沈んだかなり後の話であり、翔鶴自身は瑞鶴が沈んだことを知っている。その心中は?