響が可愛いと思ったから勢いだけで思わず書いちゃったような艦これ二次   作:水代

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なるようになり、あるべきようにあって、そうして帰結する。

そんな必然は好きではない。

起こり得ないからこそ偶然であり。

それでも捨てきれない願いを抱いているからこそ、素晴らしいのだから。


終結

 目を疑った。

 かつて彼女が亡くなったその場所に。

 また彼女が立っているのだから。

 けれど、そんなの錯覚だろう。

 

 だって。

 

「あら」

 

 彼女は。

 

「こんばんわ」

 

 死んだのだから。

 

「…………(いかずち)

 

 

 なのに。

 

 

「こんばんわ、火々(ほのか)

 

 だと言うのに。

 

「良い夜ね、ちょっと寒いけど」

 

 どうして。

 

「そんなに長く時間を取るつもりは無いから、だから、ね?」

 

 こんなにも。

 

「少しだけ、お話しましょ?」

 

 彼女と重なるのだろうか。

 

 

 * * *

 

 

 ことここに至って、雷と言う少女について言及する意味も無いだろう。

 故にこの場のもう一人の主役、火野江火々と言う女性について語ろうと思う。

 

 火野江(かのえ)火々(ほのか)と言う女の半生は、極めて特殊だったと言える。

 自身の生まれなど覚えてもいない。気づけば児童養護施設で育っていた。

 ただただ無気力な子供だった、いっそ虚無的と言っても良いかもしれない。

 ある意味、才能と言うものを全て詰め込んだような少女で、やろうと思えばなんでも出来たし、望めばどんなものでも手に入った。

 けれどそれは子供ながらの狭い世界だったから、なんてこと彼女自身が早々に気づいていた。

 そして、気づいていたが故に何もしなかった。

 

 必死になれるものが欲しかった。

 

 手に入らないものが欲しかった。

 

 出来ないことが無い故に、全てが無意味で。

 手に入らないものなど無いが故に、全てが無価値だった。

 

 意味のあるものを求めた、価値のあるものを求めた。

 

 けれどきっと、そう簡単には手に入らないものだとも思っていた。

 それが間違いだったと知ったのは彼女が十三になるかどうかと言った頃の話。

 

 一人の女が施設にやってきた。

 

 彼女と同じ、施設出身の女。傍に一人の少女を携えてやってきたその女は、真っ白な軍服に身を包んでいた。

 火野江花火。当時の海軍大佐。狭火神(さかがみ)(しのぶ)海軍少将の同期であり、狭火神少将に最も信頼され、竹馬の友でもあった女。

 その日、偶々玄関先で女に出会った彼女に、女が言った。

 

「お前、私の家族になれ」

 

 そうして彼女はその日から、火野江火々となった。

 

 

 * * *

 

 

「どういうつもりか、聞いてもいいかい?」

 火々と、確かにそう呼んだ。基本的に苗字と階級のみで呼ばれることの多い軍では、下の名前など滅多に呼ばれることも無い。

 少なくとも、自身の知る限り自分を下の名前を呼ぶのは親と元上司であるあの人と、後は…………。

 

「あら? だって二人の時はいつだってそう呼んでたじゃない、今更そんなこと聞くの?」

 

 かつての自身の秘書艦である雷だけだったはずだ。

 

「キミは……………………」

 なんて言葉にすればいい? 私の知る雷なのか、なんて聞けるはずも無い。

 

 そんなことが有り得るはずも無いのだから。

 

 そんな自身の心中の言葉を知ってか知らずか、雷があら? と首を傾げ。

「しばらく会わないうちに頭が硬くなったのかしら? あの招待状でもう察してると思ったのに」

「………………………………有りえない」

 彼女が言葉を紡ぐ度に、有りえないと一蹴した思考が脳裏に過ぎる。

 無い、そんなことは、絶対に無い。そう反論する度に、けれど心のどこかでそうあって欲しいと願う。

 

「有りえない、雷は確かに沈んだんだ…………もう帰ってくるはずが無い」

 

 口に出してしまえば、それは認めてしまったようなもので。

 だってもう、内心で止めて置けないと言うことの裏返しでしかないのだから。

 

「そうね、確かにそうよね…………私だって以前の私だなんて言うつもりは無いわ」

 それを認めたようなそうでもないような、雷が言葉を曖昧にしながらけれど口を閉ざす気配無い。

「でもね、覚えている以上、そして認めてしまった以上、黙っているのも不義理じゃない、少なくとも彼にはそう言われたわ」

 それがどう言う意味を持つのか、きっとそれは雷本人にしか分からない、少なくとも自身には分からない事柄ではあるが。

 

「覚えている…………何を?」

 

 聞き捨てならない言葉に、思わず問い返し、そんな自身の言葉に雷が笑った。

 

「全部よ、司令官」

 

 自身の知る、太陽みたいな明るい笑みで。

 

 

 * * *

 

 

 この世に自分ですらどうにも出来ないことがある。

 

 彼女がそれを知ったのは、後に母となる女、花火と出会ってから三年ほどしてからだった。

 女…………花火は無茶苦茶な人間だった。

 一見博打に見えてその実極めて理詰めの狭火神提督とは真反対、何も考えていないように見えて本当に勘だけで動きまわるような女だ。一体どうして付き合っていられるのだろうと思うが、その実この二人が竹馬の友だと言うのだから世の中分からないものだ。

 

 正直言えば彼女は狭火神提督と同じ、理詰めで動き、合理性を考えるタイプの人間なので、火野江花火と言う人間の考えはまるで理解が出来なかった。

 けれど、それを不気味に思うことも、恐れることも、憤ることも無かった、むしろそれを喜んだ。

 この世界に未知があること、それもこんな身近にそれがあることを彼女は喜んだ。

 

 花火に拾われてからの三年間は彼女にとって最も充実した日々だったと言っても良いだろう。

 

 その日常が壊れたのが何度も言うように三年後のことだ。

 

 その日は海域調査のために航海へ出た花火が帰還するはずの日であった。

 寮の一室、彼女のために与えられた部屋で花火の帰りを待つ時間。

 けれど予定の時間を過ぎても帰ってこない。

 一時間待ち、二時間待ち。

 

 そうして彼女は思考する。

 

 思考を巡らせ、何かあったのではないかと考えて。

 

 そんな時、彼女の元にやってくる一つの知らせ。

 

 航海へ出た艦の消失。

 

 船員全員行方不明。

 

 彼女の母は帰ってこなかった。

 

 

 * * *

 

 

「……………………結局のところさ、キミは何がしたいんだい?」

 もしかしたら、万が一、否、億が一程度に過去の記憶を引き継いだ艦娘と言うのがいたとして、それが目の前の彼女だとして。

 だとしたらどうしてこれまで黙っていたのか、そしてどうして今頃になって自身の呼び出したのか。

 それが分からない、目的も、意図も読めない故に、どう言う姿勢で彼女に望めばいいのかも判断が付かない。

 

 そんな自身の問いに、雷がうーん、と人差し指を口元に当てて、少しだけ戸惑ったような表情をし。

「まあ色々言ってみても…………うん、そうね。ケジメをつけにきたのよ」

 ケジメ? そんな彼女の問いに、鸚鵡返しに問い返すと、雷が頷く。

「電に言われて一応納得したけれど、それでもやっぱりケジメって大事じゃない?」

 じゃない? と言われても、こちらとしては何を言っているのかが良く分からないわけで、どんな反応をすればいいものか、分からず戸惑う。

 

 そんな自身を置いて、雷が言葉を続ける。

「私の中にね、火々と…………火野江司令官と一緒だった時の記憶がある、意識もある、感情だってあるし、意思だって残ってる」

 あっさりと、そんな風にあまりにも簡単に、自身が一番気になっていた言葉を告げる雷に、絶句する自身。

「けどそれが私なのか、それとも過去の私じゃない私なのか。それが分からなくてずっと悩んでたわ」

 

 でもね、と彼女は続ける。

「電が言ってくれたわ、今の私も過去の私も、どちらも同じ雷であることには変わりないって。だから私、考えないことにしたの、どっちの私も本当の私、雷であることには変わり無いわ。だから、この記憶の中にいる私は、私。今ここにいる私も私。そう決めたの」

 笑みを浮かべたまま、けれどどこか辛そうに、そうして雷は言葉を紡いだ。

 

「ごめんね、火々」

 

 そうして出てきた言葉は、それだった。

 

 

 * * *

 

 

 義母の行方不明。

 彼女を乗せた船は、その航路の帰路にて消息を消した。

 その知らせは彼女にとってどうしようも無い無力感をもたらした。

 

 この世に自分ですらどうにも出来ないことがある。

 

 それを初めて知ったのだ。

 まだ少女と呼べるような年齢である彼女に初めて立ちふさがった壁であった。

 

 ずっと知りたいと思っていた挫折は、それまで挫折を知らなかった彼女の心に多大な衝撃を与えた。

 常人ならばそれでもう立ち上がれなかったかもしれない。

 けれど彼女はそれでも立ち上がった。

 

 初めての喪失感、失った物の大きさに、確か心が痛んだ。

 生まれて初めて感情を取り乱し、声を上げて泣き叫んだ。

 

 けれど、彼女の聡明な頭脳ほどに、彼女の物分りは良くなかった。

 

 失ったなら取り戻せ。

 

 すぐにフル回転し始めたその明晰な頭脳は、彼女に足りないものを次々と論っていく。

 そうして手に入れた手段が、義母と同じ提督と言う立場であったのは、ある意味必要だったのだろう。

 彼女がその溢れんばかりの才覚を発揮し、中佐となったのは二十歳と異例の速さであった。

 だが才覚ばかりでは異例のスピード出世を遂げるにはまだ足りない、その影には彼女の義母の友人であった当時の狭火神提督の尽力があった。

 

 狭火神仁海軍中将。

 義母を失った彼女の後見人となった男。

 もし本来よりもあと数年男が生きていたならば、彼女を自身の養子とし、完全に自身の後継として決める、そんな未来があったかもしれない。

 尚そんな未来があったのなら、彼女と男の息子である彼とは姉弟と言うことになるが…………まあそんなもしもの未来はけれどもう有りえないので割愛する。

 

 中佐と言えば現在であるならばもうすでに一つの鎮守府を任せられてもいい程度の地位だろう。

 だが過去はそうはいかなかった、今よりも艦娘と言う存在が普及しておらず、試験的にいくつかの鎮守府が開放されたばかりだった頃の話だからだ。

 その試験的に普及された鎮守府の提督の一人に彼女の義母も入っていたのだが、けれど義母の死と共にその鎮守府は別の人間に受け継がれた、その人間こそが狭火神提督であり、そして後に彼女が受け継ぐことになるのだから、人生と言うのは分からないものである。

 

 本当に、人生と言うのは何が起こるのか分からないものである。

 

 狭火神提督が亡くなったのは、彼女にとって人生で二度目の衝撃であった。

 事故だった、と言われているが、どんな状況で死んだのか、と言う情報は一切出回っておらず、未だにその死については謎も多い。

 だがとにもかくにも、海軍にとって大きな抑止力を失くしたのは事実であり、後に沸いて出た深海棲艦の大侵攻。それを瀬戸際で食い止めたギリギリ攻防。

 狭火神の後継として、彼女が周辺を鎮守府を纏めるようになったのは、ある意味当然の帰結と言えた。

 

 

 * * *

 

 

 突然の謝罪に、何のことか分からず、思わず疑問符を浮かべる自身に、雷が続けて告げる。

「勝手な約束押し付けてごめんなさい」

 

 そして。

 

「それでも、守ってくれてありがとう、司令官」

 

 告げられた言葉に、言葉を失った。

「あ…………ぅ…………」

 目の前の少女に何か言葉を返さないといけない。そう思っているのに。

 

 今口を開けば、嗚咽が漏れてしまう。

 

 どうしていきなりそんなことを言うのだ。

 思わずそう思ってしまった自分が悪くないはずだ。

 そんな不意打ち気味に言わないでくれ。

 だって、こんなの、こんなの…………。

 

「ホントはね、ずっと後悔していたわ」

 

 ずるい、素直にそう思う。

 けれど言葉は出ない、口を開けない。

 そうこうしているうちに雷は言葉を続ける。

 

「だってそうじゃない、司令官は優しいもの、あの状況であんなことを言えば必ず叶えようとすることなんて分かってたはずなのに」

 

 そう、それが。

 

「どんな無茶なお願いだって」

 

 

 * * *

 

 

 駆逐艦雷は知っている、ずっと彼女の傍で長年秘書艦として過ごしてきたからこそ、知っている。

 なまじ能力が高いからこそ、彼女は諦められないのだと。

 時間をかければ、いつかは出来てしまう…………()()()()()()

 いくら彼女でも出来ない、かもしれない。

 決して出来ないとは言い切れない、だからこそ努力しようとする。

 それを駆逐艦雷は知っている。

 

「でもね、もういいのよ」

 

 あの日、姉である響を許したように、今度は彼女にも告げるのだ。

 

「司令官は十分約束を守ってくれたわ」

 

 電も、響も、自分の大切な家族は皆同じ場所で笑っている。

 雷にとってそれだけで十分なのだ、それ以上は高望みが過ぎると言うものだ。

 そして決して直接的では無いとは言え、それを為してくれた一端は、彼女にもあるのだから。

 

 だから、

 

「私には、もうそれだけで十分だから」

 

 だから、

 

「だから、司令官」

 

 お願いだから、

 

「もう雷との約束に拘らなくてもいいの」

 

 もうそれは必要無いのだ。

 

「ごめんなさい、ずっとあなたを縛ってきて」

 

 実感は無くとも、それは自身だと決めたのなら。

 

「でももういいの、司令官は司令官のために生きてもいいの」

 

 だからこそ、伝えなければならない。

 

「私の姉妹を守ってくれて、ありがとう、司令官」

 

 謝罪を、そして感謝を。

 

「もう私たちは大丈夫だから」

 

 そして、もういいのだと、伝えるのだ。

 

 

 * * *

 

 

 火野江火々と言う名の彼女には、一つの目的があった。

 そのために海軍に入隊し、そして提督となったと言っても過言ではない。

 

 即ち、行方不明(MIA)となった義母の捜索である。

 

 そう決めてから早十数年が経つが、未だに遺体や遺品が見つかってない以上、彼女は義母の生を信じている。

 けれどいつまでも生きているなんて保証が無いことも分かっている。

 きっと生きている、きっと死んでいる、二つの思いを抱えながら、それでも未だに義母を見つけ出すと言う目的だけは欠片も揺らいではいない。

 

 提督となって最初の一年はその目的のために邁進していると言う自覚があった。

 けれど二年経ち、三年経つころには舞い込んでくる厄介ごとの山に埋もれ、自身が完全に立ち止まってしまっていることに気づいた。

 だからこそ、時間を見て、少しずつでも捜索を進めていった、時には自ら足を運んだりもした。

 

 けれど狭火神大将の死を切欠として、それも完全に途絶えた。

 国防のために身をやつす毎日、それが必要なことだと知っているからこそ、手を抜くことも出来ない。

 そして狭火神大将の代理としての重責に耐え、必要とされる度量の大きさを兼ね合わせ、さらには狭火神大将の元部下たちからも信頼を得ている人物など彼女の他にいないせいで、誰かに任せることも出来ない。

 

 そこに来て一番信頼していた秘書艦である雷の撃沈、第一艦隊を任せていた響と電の戦力外通告など、立て続けに起こった災難。

 

 そして…………雷との約束。

 

 火野江火々は最早、完全に目的を諦めていた。いや、雷とのことが無くても、もう近いうちに諦めていただろう。雷との約束はあくまで切欠であり、最早その状況にまで追い込まれていたのだから。

 

 どうあってもこの先、数十年単位で忙殺されるのは目に見えている。

 そしてそこまで時間を延ばしてしまえば、例え義母がこの十数年生きていたとしても最早人としての寿命を迎えているだろう。

 自身だってどうなっているか分からない、あの義母もそうだし、狭火神提督ですらすでに故人なくらいなのだ。

 

 だから、諦めていた。

 

 もう無理なのだと、唯々諾々とそれを受け入れていた。

 

 勿論それを他人に悟らせることなんて無かったけれど。

 

 けれど、一人だけ、それに気づいていた存在がいたことに、彼女ですら気づかなかった。

 

 

 * * *

 

 

「ねえ火々」

 司令官、と呼ぶのを再度止めた雷が、自身を見つめる。

「もっと私を頼っていいのよ?」

 それは昔、まだ彼女が自身の秘書をしていた頃に、同じような台詞を聞いた覚えがある。

「少なくとも、狭火神司令官は了承してくれたわ」

 何を? そんな自身の問いに答えるかのように、雷が笑んで告げる。

 

「今度は私が火々を助けるから」

 

 だから、

 

「もう一人で頑張らなくてもいいわ」

 

 だって、

 

「今度は、私も一緒に背負うから」

 

 そんな一言、ふと蘇る記憶がある。

 

 “ほら、もっと胸張って、自信のある顔で行きましょうよ”

 “司令官がそんな顔してたんじゃ、私たちだって笑えないわよ、だから、ね? 笑顔、笑顔!”

 “そうそう、もっと笑って、笑い飛ばして、明日からまた頑張りましょう”

 

 “一緒にね”

 

「……………………ふふ」

 思いだして、思わず笑いがこみ上げる。

 そんな自身に雷が首を傾げるが、これが笑わずにいられようか。

「…………全く、電も良く分かってるじゃないか」

 全く持って、電の言う通りである。

 

「キミは本当に変わらないねえ、雷ちゃん」

 

 そうして、今日初めて、彼女の名前を呼ぶ。

 彼女なりの拙い言葉、けれどそれなりに胸を打つものがあったらしい。

 雷の居なくなったあの日から感じていた肩の荷がすっと軽くなっていることに気づいた。

 ずっと昔から感じていた、胸の中の焦燥感にも似た感情が、和らいでいることに気づいた。

 

「…………本当に、キミなんだね、雷ちゃん」

「…………ええ、ごめんね、こんなに遅くなって」

 

 苦笑しながら首を傾ける雷ちゃんに、自身も笑っていいよ、と言って返す。

 

「本当にいいのかい? 私の荷は軽くないよ?」

「私との約束だって、そんなに簡単でも無かったわよ」

 

 そう言う雷だが、あれは自身のやったことなどほとんど無い。

 だってあれは――――――――

 

「狭火神司令官が尽力してくれたことは知ってるわ、でもそんな狭火神司令官をずっと守ってきたのは、火々でしょ?」

 

 なんて、何とも軽い口調で、今までずっと隠してきたことを当ててくるのだ。

 だから彼女に隠し事は出来ない。

 

 

 狭火神灯夜。狭火神仁のたった一人の息子。

 今でこそ狭火神大将の後継として自身が居るが、それでもかの生ける伝説のたった一人の息子が海軍に入隊したのだ、当時から彼と接触を持とうとするものは多くいたし、中には悪意を持って彼に近づこうとする人間だっていた。

 

 そしてそれを裏から手を回し、彼が理不尽な悪意に晒されないように最大限の注意を計っていたのが、自身ともう一人の人物である。

 彼が少佐となった時、真っ先に自身の近くの孤島のような鎮守府に彼を押し込めたのは自身だ。

 本土から離し、自身の庇護下に入れることにより、余計な横槍を入れられることを防ぐためだ。

 領海防衛を目的とした鎮守府ならばそれほど出撃が多くなくとも許されるし、それで文句を付けるような輩なら自身の力で黙らせることだってできる。

 

 そして戦力として、自身のところから響を出向させた。

 当時心身的には病んでいた響ではあるが、電と違って出撃自体には問題なかったし、練度的には着任したての提督には破格のものがあった。

 それに、狭火神大将の息子ならば、自身にはどうにも出来ない響を救ってくれるかもしれない、なんて淡い期待を勝手にしていたのもある。

 

 結果的にそれが功を奏したのは、全くの偶然であり、もしもの時のために、最初の二ヶ月は島風を同海域に配置していつでも助けに入れるようにしていたのだが、全くの杞憂であった。

 彼のことを真に認めたのは、恐らくタカ派の連合艦隊の敗北の撤退戦の一件だろう。

 自身の鎮守府でも最強クラスである島風を送ったとは言え、たった二隻で本当にあの大群を足止めするとは予想外にもほどがあった。

 

 そして自身の知らぬ間に電の出した手紙により、響が鎮守府に戻ることになるのだが、ほとんど入れ替わり気味に暁が彼の鎮守府への移籍を希望しており、彼女を要求する他の鎮守府を黙らせて彼の鎮守府へと移した。

 まあそんな暁も、割と問題有りだったようだが、さすがにそこまでは責任は持てない、それに彼自身で何とかしたようだったし。

 

 さらにはその後、自身たち中立派の起こした掃討戦、そしてそれに伴う敵の逆襲。

 敵の中心部隊を足止めし、その撃破に一役買った彼を引き抜こうとする勢力は意外と多いかった。狭火神の名がまだまだ健在であると言う証拠でもある。

 それら全てから彼を守り抜くのは中々に骨が折れたが、自身の無茶振りを聞き入れて鎮守府を守り抜き、響に続き、電の心すら癒してくれた彼には頭が下がるばかりである。

 

 

「こう考えてみれば、私の借りのほうが多いんじゃないかな」

 とは言うものの、やはり幼少の頃より守ってきた彼がこうして立派に成長している姿は感慨深いものがある。

「そうだね…………守ってきた、そう言うのかもしれない」

 ずっと見守ってきた、狭火神大将の代わりに。大将がそうであったように。

 自身に父親の代わりなんて出来ないけれど、それでも親を失った自身に大将がしてくれたように。

 傍に置いて、見守る。その程度しかできなかったけど。

 

「彼は…………気づいてるんだろうね」

 

 多分、今更言っても仕方ないなんて思ってるんだろうけど。

 それでも、以前言われたことがある。

 

 “もう一人の大人ですから、いつまでも守られてばかりってわけでにもいかないですよ”

 

 気づいてるのだろう。それでも、それをはっきりと言わないのは…………。

 

 その答えを出すより早く、雷が呟く。

 

「火々が守ってきた狭火神司令官が私たちを助けてくれたのよ、だったらそれって間接的に火々のお陰でもあると思わない?」

「さて、ね…………そんな恩着せがましいこと、言えないよ」

 

 そんな自身の言葉に、雷が笑う。

 

「火々も、素直じゃないわね」

 

 そんな雷の言葉に、きょとんとして、やがて言葉を返す。

 

「誰かに似てね」

 

 そうして、苦笑した。

 

 

 * * *

 

 

「うし、全員準備は大丈夫かー?」

 

 冬だと言うのに、朝から日差しがきつい。

 今日は暖かい日になりそうだな、と思いつつも、やはり海の傍だからか風が吹くと肌寒い。

 こんな寒い日に出るとか本当にお疲れ様だな、と思いつつも目の前にいるこいつらに悟られないよう、表情には億尾にも出さないよう徹底する。

 

「いつでも行けるわ、司令官」

 

 そうして暁が、大声で返事を返す。

 こいつとは以前色々あったが、今ではこうして仲良くやれている。

 色々と頭を抱えさせられもしたが、それでも今では鎮守府内のムードメーカーだ。

 

「こっちも大丈夫なのですよ」

 

 続いて電が返事をする。

 初めて合った時は、今にも消えて無くなってしまいそうな儚い印象を受けた。

 触れれば壊れてしまいそうで、どうすればいいのか分からなくて、けれど今ではすっかり元気になっているようで、今日も末っ子は姉妹から可愛がられている。

 

「オッケーよ、司令官、いつでもいけるわ!」

 

 最後に雷が元気に返す。

 正直言って、こいつが一番の曲者ではあったが、それでも今では姉妹仲良く出来ているようで良かった。

 それに、中将殿とのことも一通りの決着を見せたようで、二人きりで会って以来、時折電話で話しをしているようだった。

 

「では、旗艦を暁とし、以下二名に特定海域探索の命を下す」

 

 三人に向け、そう告げると、三者が敬礼をし。

 

「「「了解!」」」

 

 と元気に返し、海へと出て行く。

 その姿を見送りながら、さて、戻ろうか、と思ったところで。

 

「……………………いたのか」

「姉妹の見送りくらいするさ、これから三日以上会えないんだから」

 

 自身の背後に、いつの間にかヴェルがいた。

 

「声、かけなくて良かったのか?」

「ん…………ジンクスは大切にするほうでね、みんなが帰ってきてからゆっくり労いの言葉でもかけるさ」

 

 海のほうを一瞥し、そうしてまた視線を戻す。そうしてヴェルと共に鎮守府へと歩きだす。

 

「十数年前に行方不明になった船の捜索、だっけ?」

「ああ、火野江中将直々の命令だ。と言っても、ゆっくりやってくれていい、とのことだから、それほど無理させるつもりも無いがな」

 

 三人には敵がいるようなら、様子見、無理そうなら帰還しても良いと言っている。

 調査が難航するようなら、凡そ三日前後で戻ってくるだろう。

 

「と、言うことは、最低でも三日は私たち二人か」

「まあ職員全員、一度本土に戻ってるしな」

 

 現在、何故か全員バラバラな理由で鎮守府で働く人間全員が一斉に休暇を取っていた。

 と言っても、短期的な話であるし、火急を要する用件も無い上に、いざとなれば中将殿のところに連絡すれば大概の問題は片付くので、まあ良いか、と許可したのは自身だが。

 

「…………ふむ」

 

 と、何故かヴェルが立ち止まり右手を顎に当てて考える仕草。

 そうして視線をちらりとこちらに向け。

 

「二人きりか…………この間の続きでもするかい?」

 

 この間、と言う言葉が何を指すのか一瞬考えて。

 

「…………っ、ば、バカか。するかアホっ」

 

 過日の出撃の際のやり取りのことだと気づき、思わず顔を紅くする。

 

「だいたいお前、好きとか良く分からんとか言ってただろ」

 

 あの時の行為を思い出すと、明らかにそう言う類のものではないかと思ってしまうが、それでもヴェル自身が以前そう言ったものが良く分からないと言っていただけに、混乱してしまう。

 そんな自身の問いに、ヴェルがふむ、と呟き。

 

「司令官」

 

 自身を呼ぶ。

 

「何だよ」

 

 そんな投げやりな返事に、少しだけ戸惑ったように言葉を止めて…………続ける。

 

「前にも言ったけど、私には愛とか恋とか、よく分からないよ…………だから司令官に対するこの感情になんて名前を付ければいいのか今の私にはまだ分からない」

 

 でもね、そう呟き、さらに続ける。

 

「この感情を一言で言い表すのは簡単なんだよ」

 

 一歩、ヴェルが自身との距離を縮める。

 

「ねえ、司令官」

 

 その両手を自身の頬に当て。

 

「大好きだよ」

 

 再び、口づけした。

 




最終話とエピローグ分けようかと思いましたが、無駄に更新が遅れそうなだけな気がしたので、ついでに書くことにしました。
と言うわけで今回はどどん、と増量して1万字です。

そして今話をもって"響が可愛いと思ったから勢いだけで思わず書いちゃったような艦これ二次”本編は完結です。

ついでなんで、あとがき&登場人物紹介を投稿しときます。
ほら、やっぱり色々と設定付け加えたり? あとオリ主設定とかありましたし?
それと無意味な伏線はそこでバラします、五章(番外編)の伏線はバラさないようにしますけど。

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