響が可愛いと思ったから勢いだけで思わず書いちゃったような艦これ二次 作:水代
部屋の扉を開けた暁を待っていたのは、むせ返らんばかりに部屋から溢れ出す白い煙草の煙。
そしてそんな部屋の中で一人煙草を噴かせる自身の司令官であった。
「けほっ…………けほっけほっ、ちょっと司令官、窓開けて!」
「ん……………………ああ、すまん」
どこかぼんやりとした表情のまま、のっそりとした動きで窓を開くと、冬の朝の冷たい風が流れ込んでくる。
「換気! 換気よ!」
そのゆったりとした動きに業を煮やした暁が部屋の窓を片っ端から開いてくと、途端に室内の温度が下がり、冷え込んでいく。
「う…………さむっ」
とは言ったものの、大分煙も薄まり、呼吸が楽になる。
「全く…………人を呼びつけておいて、朝から何やってるのよ、司令官」
声に少しだけ怒気を混じらせながら、暁が言いつつ、ふと気付く。
「司令官…………煙草なんて吸ってたの?」
暁がこの司令部に配属されて一月以上が経つが、司令官が喫煙している姿など初めて見た気がする。
軍人なら酒と煙草は最高の嗜好品である、故に佐官である目の前の青年がそれをしていても不思議ではない、実際飲酒している姿だけなら割合頻繁に見る。だが煙草だけは初めて見たので、思わず目を丸くする。
そんな暁の問いにどこかぼんやりとしたまま自身の手に持つ、まだ煙のもくもくと立ち昇る煙草を見て、んん、と一つ喉を鳴らす。
「たまーにだけど…………な。どうしてもストレスが溜まって仕方ない時だけ、モクで誤魔化すんだよ」
口をつけ、大きく、そして深く煙を吸い込んでいく。
そうして、大きく息を吐く。
「対して好きでも無いんだけどな…………それでも気休めくらいにはなる」
表情を見ると、喫煙者に良くある至福、と言った様子は無い、むしろ不味いものでも食わされたような顔。
「……………………大丈夫なの?」
その言葉に、心配そうな表情をして尋ねる暁に、司令官がくつくつと笑い声を漏らす。
「そこでその言葉が出る辺り、お前、本当に気遣いの出来るいいやつだよ」
ストレスが溜まって仕方ない時だけ吸う煙草を吸っていると言うことは、つまりそう言うことで。
何があったの? とは聞かない。言いたくないことなんていくらでもあるし、言うべきならばすでに口にしているだろうから。だから、ただ一言、大丈夫? と聞くのだ。
その原因をいくつか考え、どれだろうと恐らく言いたくないだろうから。
いつもは無い、机の上の灰皿に煙草を押し付け火を消す。
と同時に、こちらを見つめる司令官に即座に姿勢を正す。
「良し、本日イチマルマルマルより哨戒任務を行う。場所はこの鎮守府周辺海域。時間は本日イチロクマルマルまで。旗艦は駆逐艦暁とし、以下ヴェールヌイ、雷、電の三隻を随伴にて作戦を行う」
何か質問は? と問うてくる司令官に、少し考え。
「ヴェールヌイも出すなら、ヴェールヌイに旗艦を任せたほうがいいんじゃないのかしら?」
「今回はお前らの訓練も兼ねるからな。今の内に旗艦の役割に慣れておけ」
他に質問は? と尋ねる司令官に、暁が数秒考え、けれど首を振る。
本当は、色々聞きたいことはある。
昨日何かあったのか、とか。
今日がお見合い当日だがどうなのか、とか。
それでも。
「……………………言えないわね」
今の司令官の表情を見ていると、とてもではないが言えない。
焦っているような、何か堪えているような。
感情がない交ぜになっているようで、その内心をはっきりとは察することは出来ないが…………。
いっぱいいっぱいって顔ね…………司令官。
本当に、何があったのだろうか…………いつもの司令官のような余裕が無い。
今にもぷつん、と切れそうなほどに張り詰めた糸を連想する。
触れれば今にも切れてしまいそうなその危うさが、暁の内に沸く疑問を押し潰させる。
「…………何も知らないし、何も聞かないけど、一度外の空気でも吸ってきたら?」
それだけ告げて、部屋を出る。
ふと部屋を出る直前に見た時計で確認した現在時刻はマルハチサンマルと言ったところ。
「…………余裕のあるうちに通達だけしておきましょうか」
呟き、姉妹たちの部屋へと向う。
「…………大丈夫かしら」
先ほどの司令官の表情を思い出し、もう一度呟いた。
* * *
「…………外の空気か」
こつん、と石畳を叩く靴音が響く。
以前の防衛戦の時、徹夜明けに見た朝焼けの海は、それはもう輝いて見えたものだったが、けれどさすがに九時近くになった現在では、ただ眩しいだけのただの見慣れた海だ。
「…………頭冷やせってか」
冬の到来と共に空気が一気に冷え込んできた。海辺だけに僅かな温度差で風の感じ方もまるで変わる。
混じる潮の香りも、いまやもうすっかり慣れてしまって、意識の端にも引っかかるようなものではなくなってしまった。
「…………ホント、慣れちまったな、こんな生活に」
この孤島に来てすでに二年近く経つのだろうか。
初めて来た時、真新しい鎮守府の司令官と言うことで多少緊張していたのを覚えている。
本州から離れた海域にある孤島。と言っても、最初の任地なのだ、そのくらいのほうが存外気が楽かもしれない、などと思っていた。
実際に着てみて思ったのは、本当に真新しい建物だと言うこと。
玄関に埃一つ落ちていない、鎮守府を囲う壁に染みの一つも無く、入り口を閉じる鉄門はピカピカで錆びた部分など見当たらない。
中も中で床に使われた木材やカーテンなどの新品特有の香り。
壁に塗られた塗料はどこにも剥げた箇所など無く、つるつるとした手触りをしていた。
ああ、今日からここが俺の城か。
思ったのはそんなこと。
人気の無い鎮守府の中を一通り歩く。
それこそ、個室の一つ一つから、風呂の中、食堂の奥の調理場に至るまで全てだ。
国からの貸借と言う形とは言え、今日から自身がこの場所の主となるのだ。そのことに興奮しなかったと言うと嘘になる。
興奮冷めやらぬままにそのまま一日が過ぎ。
そして、響が鎮守府へとやってきたのだ…………。
「…………響…………ヴェールヌイ」
その名は自身にとってとても大切なもので、とても特別なもので。
“好きなんだ”
だからこそ。
“ずきずきと胸が痛い。痛いくらいに、司令官が好きなんだ”
だからこそ。
“分からないよ、司令官。こんな気持ち、初めてだから、分からない”
「…………認めない」
ぽつりと呟き、唇をかみ締める。
ふと腕時計に視線をやれば時刻はもうすぐ十時。
「…………行くか」
見合いの時間が近づいてきた。
* * *
まず、大前提として。
瑞樹葉と言う家について、少しだけ話しておきたいと思う。
陸の
かつてそれぞれの領分において、絶大な支配力を持っていたと言われる四つの家柄。
これを四家と称する。
ほんの十数年前。
深海棲艦の出現により、陸海空、それぞれの軍事バランスの崩壊が起こるまで、続いていた支配者の一族。
瑞樹葉とは、そう言う家柄である。
深海棲艦、その出現により海軍の権限が増大、それと共に四家のバランスも傾き、瑞樹葉はこれまで以上に大きな力を得るはずだった。
本来なら。
それがどうしていまや、分裂した内部派閥の長程度に収まっているのか。
その理由もまた、深海棲艦である。
いや、正確には…………艦娘だろうか?
瑞樹葉が握っているのは、既存の海軍の力。
つまり、船だ。
そして現在の海軍で最も必要とされる力。
つまり、艦娘。
たった一度、瑞樹葉は間違いを起こした。
十数年前、人類と深海棲艦の最初にして、現在に至るまでで最大の決戦と呼ばれる戦いにおいて。
瑞樹葉は海軍を半壊にまで追い込んだ。
けれど…………それは事実ではあるが、あまりにも一方的な見方かもしれない。
当時の誰が同じ立場になったとしても、同じ決断を下しただろう。
至極全うに告げただろう。
全艦出撃。
まさか誰にも予想できないだろう。
深海棲艦のその強さ、そして数。
既存の軍艦の分厚い装甲を容易く撃ち抜くその破壊力。
ミサイルの直撃に、けれどほとんど被害の無いその不可思議な装甲。
そして、ほぼ同一の能力と比較して圧倒的とも言えるサイズの違い。
軍艦と同じかそれ以上の能力を持つ人型の存在が海上を蠢いているのだ。
戦いになるはずが無い。
巨大な船体は急速な加速は出来ず、その巨体は撃ち抜けるだけの火力を有するならただの釣瓶打ちの的でしかない。
逆にその小さな体躯は出鱈目な進行を可能とし、さらには精密無比な射撃をして尚当たりはしない。
完全敗北。
日本はたった一戦で海を失った。
きっと誰がやっても同じになっただろう一戦。
けれど敗北の責任は誰かに押し付けられる。
そうして当時の瑞樹葉家当主…………瑞樹葉歩、柚葉両名の祖父が全ての責任を負う形で軍を退役。
代わって二人の父親が瑞樹葉新当主を襲名。だがその時には、海軍内での瑞樹葉の権力は大きく削がれていた。
まあこう言っては何だが、自身の父親にもその理由の一端はある。
艦娘と言う新しい力、それにいち早く適応し、結果を叩き出した当時の澪月海軍少将や狭火神海軍大佐。
当時頭角を現していた幾人もの新しい世代。
瑞樹葉が落ちたのではない、周囲が浮きあがったせいで相対的に落ちてしまっただけなのだ。
だが一度絶対ではなくなった以上、最早従来通りの瑞樹葉の一党独裁とは行かない。
落ちた四家は今もかつての復権を求めている。
だから、これは…………このお見合いは、幾人もの人間の思惑の合致した結果だったのかもしれない。
* * *
見合いの会場となるのは、自身の鎮守府から一番近い本土の港、その港のある街のとある旅館だった。
通達自体はすでに一週間以上前から来ていて、迎えも向こうが寄越してくれた。
久々に乗った船の揺れ心地に、久々に自身が海兵なのだということを思い出す。
海兵隊がいつでも船に乗っているわけではないが、それでも海兵である以上、いつしか軍艦の上船員となる。
それが昔の海軍の当たり前だった。
今となっては、軍艦などほぼ建造されていない。何せ海から押し寄せる敵と戦うには余りにも無意味だから。
かつて軍艦を建造するために費やされていた莫大な資材は、今は鎮守府の設立、提督の養成、そして艦娘の増強に重点を置かれている。
ともあれ、自身の鎮守府からおよそ二時間。ようやくついた旅館に圧倒される。
「……………………まだこんな旅館が残ってたんだな」
和式という言葉を色濃く残した、言うなれば古き良き、と言った感じの外観。
庭も枯山水を意識したらしい和風庭園。
かつての敗北で日本周辺の海上は深海棲艦の領域と成り果てた。
海上を封鎖された島国など、ゆっくりと干上がっていくしか未来は無い。
特にかつての日本はその小さな領土と比べて、余りにも人口が多すぎた。
艦娘の登場、そしてかつての海軍の勇士たちの奮闘によって大陸との航路の確保に成功しなければ十年内に日本と言う国は滅んでいたとすら言われるほどだ。
当たり前だが、そこまでの窮地に陥って、生活様式はこれまで通り、とはいかない。
文化的にも、技術的にも、この国は前時代と比べ一段劣ったこの国は、首都東京、そして大規模な鎮守府が備えられた横須賀、呉、佐世保、舞鶴を中心としてかつての規模を取り戻しつつはあるが、それ以外の場所では未だに領海封鎖の影響が大きい。
特に一番痛手なので、石油石炭の輸入の制限により、先に上げた都市部以外での電力供給が大幅に減ったことだろう。
かつて第三次産業によって経済が回っていたこの国は、そのほとんどが第二次産業、そして第一次産業へと移行する運びとなった。
そんな時勢にこれだけの規模の旅館を保っている、と言うのは中々に驚きなことであり、後日理由を聞いて納得することとなる。
つまるところ、軍上層部や政治家たちの会合場所に使われる施設の一つなのだ、ここは。
本当に、昔から無駄なところにだけ金かけるよな、あいつら。なんて感想を後日抱いたものである。
まあそれはさておき。
旅館の従業員の案内に従い、通された部屋。
そこにいた人物に目を見開く。
「…………あ」
彼女がこちらに気付き、そうして嬉しそうに笑みを浮かべる。
「灯夜くん」
そこに。
「単刀直入なんだけどね」
瑞樹葉柚葉がいた。
「私と結婚してください」
………………。
…………………………。
………………………………………………。
……………………………………………………おなかすいた。