響が可愛いと思ったから勢いだけで思わず書いちゃったような艦これ二次 作:水代
瑞鶴が死んだ。
自身が姉と慕った少女が死んだ。
どうして?
子供だった自身には、その事実が許容できなかった。
だからずっと考えていた。
どうして? どうして? どうして?
考えたって何も変わらない。現実は残酷なほど淡々と過ぎ去っていく。
“じゃあ、またね、灯夜”
それが彼女と交わした最後の言葉だった。
うそつき。
ぽつりと呟いた言葉は、けれどもう彼女の元へは届かない。
その日から狭火神灯夜の空虚な日々が始まる。
愛すべき母も、憎むべき父も、慕っていた姉すら失った自身の、何も無い、空っぽな日々。
そんな空っぽの自身の心を埋めてくれたのは、そう遠くない未来に出会う、二人の少女だった。
* * *
「おにー」
呼ばれた声に、またか、と内心で呟く。
「…………柚葉」
「こんなところで何やってるの?」
こんなところ…………街に残った数少ないゲームセンター。
「こんなとこにいるんだから、やることは決まってるだろ」
最早時代の遺物とすら言えるかもしれない貴重な場所である。
こんなものがあるとはさすが首都東京と言える。因みに、以前母親と住んでいた地方にも、父親の引き取られた先の鎮守府周辺の街にも無かった。
ちゃりん、と一枚、投入口に硬貨を入れると画面が変化する。
「お前も良く来るじゃねえか、ゲーセン」
「だっていつもおにーがいるからね」
レトロなBGMと共に始まるのはシュミレーションゲーム。戦略ゲー、とでも言うのか、NPCと互い違いに海上に配置されたマス目に従って船を動かしていき、敵を全滅させていく。
未来の話だが、海軍の仕官学院で同じようなものをやることになり、割と驚くことになる。
「またそれやってるんだ、好きだよね」
「頭の中で試行錯誤するのは性に合ってるんだよ、逆に格ゲーなんかは合わねえなあ」
お前は好きそうだがな、と暗に視線を巡らせると、その視線に柚葉が首を傾げる。
瑞樹葉柚葉は考えるのが苦手だ。代わりと言っては何だが、直感に非情に優れる。自身が今やっているような二手、三手先を詰めていくようなゲームは苦手だが、反面その場その場の最適解を探すような…………瞬間的な判断力が物を言う格闘ゲームのようなものは得意としている。
姉の瑞樹葉歩はどちらもそれなり、と言ったところか。だが代わりに非情に手堅い。戦略ゲーなら戦力を十二分に揃え、自軍と敵軍の戦力差と被害を考慮に入れながらじわりじわりとその差を開けさせていくような、格ゲーならば守りを固めじっくりと敵の隙を狙っていくような、天才的ではない、反面非情に手堅く隙の無いやり方を好む。代わりに自分以上の読みと直感を持つ相手には脆い部分がある、戦略ゲーで俺に勝てないように、格ゲーで柚葉に勝てないように。格上相手に噛み付く武器が無い。
「そういや歩は?」
「おねー? なんか今日は用があるって先に帰っちゃったよ」
「…………そうか、まあそうだろうな」
歩はもうすぐ仕官学院に入学することになる。その手続きなどだろう、と予想する。
「おにー、まだ帰らないの? 暗くなっちゃうよ?」
柚葉の言葉にちらりと時計を見る、時刻はすでに五時近い。冬も半ばと言った今の季節からして、確かにそろそろ暗くなってしまう。
「ん…………そうだな、もう終わらせるか」
卓に付けられたパネルを一つ押し、画面の中の船を一つ操作する。
「終わりっと」
まるでパズルのように、一つの船の動きが敵の配列をかき乱していく。
あとは消化試合、とでも言うようにこちらが一つ動かすたびに画面上に表示された敵のアイコンが一つ、また一つと消えていく。
最後の一つが消えると同時にゲームオーバーの表示。
「負けちゃったの?」
「いや、勝った。このゲーム勝っても負けてもゲームオーバーって出るから紛らわしいけどな」
ゲームオーバーとは本来、ゲーム終了のことであり、別に勝っても負けてもゲームが終わったのなら、ゲームオーバーと出るのは意味合い的には正しい、正しいのだがこの国では基本的に負けた時に表示されることが多いのでゲームオーバー=敗北みたいな意味合い思われている。
「ほえー…………おにーはすごいね、ゆずこれ苦手」
「八歳児のするようなゲームじゃねえしな、まあ年齢差し引いてもお前は考えるのが苦手そうだがな」
直感と山勘だけで生きているような野生の八歳児である。因みに運も良いのか賭け事も滅法強い。
ゲームセンターを出ると、うっすらと闇が世界を覆っていた…………と言うと何だか意味深だが、単純に夜が近づいてきただけのことである。
「おにー、たいやき」
「夕飯前に食ったら棗さんに怒られるぞ」
「うーお母さん怖いからなあ」
二人、手を繋いで帰る。
繋いだ手の暖かさを感じる。
「おにー?」
「なんだ?」
「なんで笑ってるの?」
そんな柚葉の一言に、自身が笑っていることに気付く。
「…………………………なんで、か」
そんなの。
「決まってるだろ」
分かりきっている。
「幸せだから、だよ」
そんな自身の言葉に。
「そっかあ」
柚葉が笑んだ。
そんなある寒い日の思い出。
* * *
母親が死んで、父親が死んで、姉代わりが死んで。
そうして自身が引き取られた先は、瑞樹葉と言うお屋敷だった。
そこで自身は二人の姉妹と出会う。
一人は瑞樹葉歩。
“そう、今日からあなたは私の弟になるのね。よろしく、灯夜くん”
自信に満ち溢れ、どこか悪戯っぽい、けれど誰よりも早く自身を受け入れた度量の大きな義姉。
そしてもう一人は瑞樹葉柚葉。
“あ、あの…………その…………よろしくね、おにー”
人見知りで気の小さい、自身を兄と呼ぶ、恥ずかしがりやの義妹。
二人がいたから、自身は腐らなかった。
二人がいたから、自身は生きてこれた。
二人がいたから、自身は…………。
「何の冗談だよ」
片手で顔を覆いながら思わず呟いた言葉に、柚葉が苦笑する。
「冗談じゃないよ、冗談でこんなことしないよ」
その時、初めて柚葉の姿をまともに見る。
この間のような軍服ではない、いつもの私服でも無い。
この日のためにあつらえただろう着物に身を包んだ、自分の知らない女性がそこにいた。
もうお互い子供じゃないんだよ?
彼女の笑みから、そんな幻聴すら聞こえた気がする。
「…………本当にお前が相手なのか、柚葉」
最後の確認だった。姉の…………歩のいつもの冗談、そんな風な期待もした。
けれど。
「挨拶が遅れて申し訳ありません、私は瑞樹葉柚葉。狭火神灯夜さん、あなたの今日の相手です」
自身が見たことも無い綺麗な笑みで、自身が聞いたこも無い綺麗な声で、自分が知らない柚葉の女の部分を見せられた気がした。
姿勢を正し、今まで聞いたことも無いような言葉遣いで一礼する彼女を、ただ綺麗だと思った。
もし互いに了承すれば。
俺は目の前の美しい女と結婚するのだと。
その時、初めて意識した。
* * *
鎮守府を出てすでに三時間が過ぎる。
時刻はヒトサンサンマルを過ぎた頃と言ったところか。
「いないわね」
呟く自身の声に全員が確かに、と頷く。
哨戒任務である以上、敵と戦うことが目的ではない、正確には領海の安全を確かめるのが目的である。
だから敵がいないと言うのは別に問題のあることでは無いのだが。
さて、どうするか…………少しだけ考える。
と言っても、司令官が何故自分たちにこんな用事を言いつけたのか、だいたい理解できているので。
「…………戻りましょうか」
暁のその一言に姉妹たちが、えっ、と声を合わせる。
「良いのかい?」
「一通りは視て回ったわ…………領海に敵影無し。司令官にはそう言えば良いわ」
元々哨戒任務を任されのはいいが、いつまで、と言うのは特に無かった。
つまりどこで切り上げるかは旗艦である暁の裁量で決めて良いと言うことだろう。
連絡が付くならば司令官に聞くのも良いだろうが…………。
「ま、どうせ今頃は鎮守府にいないだろうし」
「え?」
自身の呟きを聞き取った電が目をぱちくり、とさせるが何でもないわ、と返す。
響と雷は自身の呟きの意味を理解したようだった、雷はなるほどと目を閉じ、響は俯いていた。
ふーん…………。
内心の呟きを表に出さないように気をつけつつ、帰還の号令をかけ鎮守府へと帰投していく。
その帰り道、ちらり、と響の様子を伺い見る。
無表情に見える顔は、けれどどこか影を落としていた。
* * *
「一つ聞きたいんだが」
「何かな?」
旅館の一室。親族も誰もいない、最初から最後まで二人きり、なんておかしな見合いの席で。
先ほどまでの衝撃で忘れていたことを問う。
「これは、瑞樹葉家の意向なのか?」
今の海軍において、未だに狭火神の名が知れ渡っていることは中将殿からも聞いている。
そして一度没落してしまった瑞樹葉家がどうにかしてかつての威光を取り戻そうとしていることも知っている。
ただ一つだけ不可解なことがある。
「あの人が、そのためにお前を使うってのが信じられなくてな」
瑞樹葉雪信海軍大将。一度没落しかけた瑞樹葉家を再びかつての、とまではいかなくとも一つの勢力となるまでに押し上げた立役者。瑞樹葉歩、柚葉の父親でもある。
あの人に関して、俺が言えることは少ない。俺が瑞樹葉家に引き取られたのは没落した瑞樹葉家を復興させるのに最も忙しかった時期であり、特に俺は十代後半は仕官学院の宿舎で過ごすこととなったため、それほど顔を合わせる機会が無かったのもある。
ただ彼がどう言った人間が、数度の邂逅で良く分かっている。
「だってあの人」
端的に言えば、彼は。
「極度の親バカだろ?」
自分の娘たちを何よりも愛している。
だからこんな政略結婚のような見合いをあの人が娘に強いるようには思えなかった。
そんな自身の疑問に柚葉がきょとん、となり…………やがて笑いだす。
「あ、あはは…………あはははははは、灯夜くん、そっか、気付いてなかったんだ、あははははは、あはは」
目頭に涙すら浮かべて柚葉が笑う。
「気付いてないって…………何がだよ」
「うんうん、そうよね、とーさんがそんなことするはずないよね」
自身の問いを無視しながら、二度、三度柚葉が頷く。
それから、その顔に笑みを貼り付けたままに柚葉が口を開く。
「でもね、それは勘違いだよ」
「勘違い?」
「そうだよ、このお見合いはとーさんにとって都合が良かったのもあるけど、私自身にとっても都合が良かったんだよ」
柚葉にとっても都合が良い? 俺との見合いが? そんな言葉の意味も分からず首を傾げていると。
「あー、本当に分からないのねー、ホント灯夜くんは鈍いんだから」
良い? よく聞いてね?
その口元が弧を描く。
そうして。
「私は異性として灯夜くんのことが好きなんだよ」
そう告げた。
「…………………………………………………………………………………………は?」
たっぷりと十秒近く沈黙を保ち、出た言葉はその一文字だった。
文字通り、頭に無かった、そんな可能性を突きつけられ、思考が止まる。
そんな自身の様子に、柚葉が苦笑する。
「本当に鈍いなあ…………ずっとずっと前から私は灯夜くんのこと好きだったのに」
「………………ずっと前って…………いつから」
自身が柚葉と過ごしたのは瑞樹葉家で過ごした六年ほどだけ。その後、仕官学校に入ってからはほとんど合っていない。
だとすれば。
「何時からだろうね、昔はずっとおねーや
それはつまり、少なくとも七年近く前にはもうそうだったと言うことだろうか。
「ホント、気付いた時には灯夜くんとほとんど会えなくて、困ったよ…………だからおねーとかとーさんに無理言ってたまに会ってたんだけどね」
「…………ああ、よく歩たちが訪ねてくると思ったら」
あれは柚葉を連れてくる口実だったのか。
今更ながら理解する当時の事情に、頭を抱えたくなる。
今更ながら、本当に目の前の彼女が見合い相手なんだなあ、と思ってしまう。
本当に今更だ。
さて、簡単に話を整理すると、向こうは乗り気のようだ。
後は自身の意思次第、と言うことである。
「ん。そろそろいい時間だね」
彼女が時計を見てそう呟く、時刻はそろそろ正午と言ったところか。
「ねえ、灯夜くん、もう一度言うよ?」
それまでと雰囲気を一変させ、感情の無い表情で彼女が尋ねる。
「私はアナタが好きです、だから…………私と結婚してください」
「
そんな彼女の問いに、即答で答える。
一秒だって寸断せず、刹那ほどの寸分も置かず。
瞬間、彼女の全身から力が抜ける。
「……………………そっか」
呟き、彼女が笑む。
「そっか」
まるで。
「……………………フラれちゃったかあ」
泣きそうな笑みで。
彼女のその言葉に、思わず動揺する。
「フラれたって…………り、了承したろ、何…………言ってんだよ」
「うん、了承したね。でも、うん…………灯夜くん別に
目端から涙を零しながら笑う彼女に、言葉が震える。
「ううん、それじゃ正確じゃないよね。灯夜くんの好きって、家族の好きだよね」
「…………………………………………」
「ほんのちょっとでも溜めてくれれば…………ほんの少しでも悩んでくれたならまだ良かったのに、けど灯夜くん即答だったよね、灯夜くんが即答する時って何か答えを最初から決めてる時だし、そんな義務感みたいな感情で結婚されても、私嬉しくもなんとも無いよ」
否定は無い…………できるはずも無い。
「灯夜くんにとって、私は判断に迷わないくらい、本当に一考するほどの価値も無いくらい女としては見られてないんだよね、そんなのフラれたようなものだよ」
だから彼女は続ける。
「私は灯夜くんが好きだよ、でもそれを灯夜くんに強いたいとは思わない。灯夜くんが自然に私を思ってくれたなら最高だけど…………」
そうして、彼女は。
その一言を告げる。
「私は他人の恋の鞘当になんて付き合わないよ」
びくり、と体が震える。
「…………何言ってんだ、お前」
「灯夜くんこそ、何言ってるの?」
だから彼女は暴き立てる。
深く押し込め、自分自身認められない。
そんな自身の本心を。
「だってもう好きな人いるでしょ?」
時系列忘れた(