Fate/ Is animation holy ?   作:旅兎@pixivと併用

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序章~次元を超えた邂逅~

プロローグ……?

 

 聖杯戦争。それは七人の魔術師が万能の願望機、「聖杯」を手にするために命を賭けて争う血塗られた儀式である。

 その儀式では「剣士(セイバー)」「弓兵(アーチャー)」「槍兵(ランサー)」「騎兵(ライダー)」「魔術師(キャスター)」「暗殺者(アサシン)」「狂戦士(バーサーカー)」と呼ばれるサーヴァントを魔術師たちは召喚し、魔術師たちはサーヴァントのマスターとして最後の一人になるまで戦い続けなければならない。

 そんな聖杯戦争であるが、その名を冠する儀式は数多の世界で星の数ほど行われてきた。日本の冬木と呼ばれる地では計五回。様々な世界に視線を変えれば数えきれないほどである。

 この物語はそんな莫大な回数行われてきた聖杯戦争の内の一つを描いたもの。世に蔓延るこの儀式の一つの側面だと思っていただきたい。

 

①「没落魔術一族の希望と騎兵(ライダー)クラスのイケメン少女」

 

「祖に軌跡と奇蹟の邂逅。

 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、神の盃より出で、黄泉に至る三叉路は循環せよ。

 満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。

 繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる次元を破却する

 ……告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の馬に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

 誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、

 又は常世総ての悪と成る者。

 汝三大の言霊を纏う十三天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ……!」

 薄暗く、湿った空気の中で一人の女性が赤黒い魔法陣の前で本当に小さな羊皮紙片を見ながらこんな魔術詠唱を行った。

 直後、赤黒い幾何学模様は仄かな青白い光を発し、その光の眩しさは一秒ごとに増していく。そして遂にはその女性の視界の全てを白く染め上げる程の光がそこには満ちた。

 それを遮るために女性は己の両腕をクロスするように自分の眼前に添え、眩きに耐えながらも決して目を逸らさぬようにと努力する。そんな彼女の眼にはとても大きな意志が見て取れる。先程まで手に握っていた紙片は今はもうない。光と共に発生した風圧でどこかに飛ばされてしまったようだ。

 この女性はジャネット・ヴェドリーヌ、十九歳。ヴェドリーヌ家の現当主であり、魔術師の卵である。

「どう、かしら……?」

 光と風の加減が若干和らいだこともあり、彼女、ジャネットは遮光のための両腕をわずかに下げる。

 彼女が景色を視界に取り込み始めると同時に光は加速度的に収束していき、物の数秒で数刻前、魔術詠唱を始める前のような部屋の景観が現れてくる。

 しかし、先程までとは違った点がある。それは……

「まさか、こんな事になるなんてなぁ。うーん……」

 赤黒い魔法陣は薄れて掠れ、その上に一人の可憐な少女が少し困ったような表情を浮かべながら静かに佇んでいた。まるで異界から転生されたようだ。

 そんな少女の第一声を聞いたジャネットは刹那の間、呆けてしまう。が、すぐさまその阿保みたいな表情を取りやめる。そして馬鹿みたいに叫ぶ。

「よっし、成功したわ!まずは第一段階成功ね!」

 彼女にとってこの儀式が一つの関門だったらしく、その成功を素直に喜ぶのはとても微笑ましいが、こんな薄暗くて陰気な部屋であからさまに年下の少女の前で彼女に対して背を向けて年甲斐もなくはしゃぐというのは少しばかりみっともない。

 そんなジャネットの様子を、今となっては破線で描かれている幾何学模様の上に立つ少女は苦笑いを口元に浮かべながら眺めている。この少女の方がよっぽど大人だ。

「あ、ごめんなさい。つい盛り上がってしまって」

 そんな少女の苦笑に気付いたのか、ジャネットは気持ちの昂ぶりを抑えて声を掛けながら少女を振り向き見る。その姿は少し優雅に見えた。そんな彼女の仕草に少女はほんのわずかに美麗さを感じる。

「私はヴェドリーヌ家当主ジャネット・ヴェドリーヌ、あなたのマスターよ。これからよろしくね」

「あ、よろしくお願いします。僕の名前は……」

 少女が名を告げようとする。しかし、それをジャネットが遮る。

「私の望みを叶えるまで共に頑張りましょ」

 その声は少女の肩をブルッと震わせるほどの凄みが含まれていた。

 

 二人の女が邂逅している部屋の片隅にちょっとした羊皮紙片がゴミくずのように置かれていた。それにはびっしりと黒色の文字が刻まれていた。筆記体で書かれたとても美しい字、とても人間の手によって生み出されたとは思えないような字体だ。

 その文字群の一部には次のようなことを記してある。

“貴殿は聖なる杯に願望を叶える資格が与えられた者なり。己の望みを明確にし、以下の陣と文を使い〈映霊〉と呼ばれる従者を召喚せよ。その身体に令呪と呼ばれる不可思議な文様が現出し、〈映霊〉を具現化出来たら貴殿も〈聖杯戦争〉の参加者たる〈マスター〉となる。〈マスター〉となれば他の〈マスター〉を蹂躙したった一人の勝者となれ。さすれば貴殿の望みを叶えるべく万能の願望機が貴殿の眼前に現れる”

 

 先程までの薄暗い部屋、地下室からは一転変わって今は来賓室にてジャネットと少女は向き合っていた。どうやらティータイムのようであり二人は華美な装飾が施されたアンティークカップを手に自己紹介をしていた。

「さて、先程はあなたの名前を聞きそびれてしまったわ。では改めて……」

 ここでジャネットは一つコホンと咳払いをする。この時に流れた重苦しい空気のせいか、少女の方は生唾を飲み込む。そんな彼女の様子を気に留めることは無く、ジャネットは言葉を続ける。

「貴女の真名はなにかしら」

 彼女は朗らかに笑みを浮かべながら少女に質問を投げた。しかし、その言葉にはどこか重みがあった。何かの責任か任務を背負わされた者が持つようなプレッシャーが無意識に放たれているのを少女は身体全体でひしひしと感じていた。そしてその感覚は少女にとっては初めてではない。むしろ彼女にとって数年前までは当たり前だった感覚だ。

 ここで少女が返答を少し遅らせたせいか、ジャネットが放つ圧が強くなった気がする。それに気付き、しまったと思った少女はついに口を開く。

「ぼ、僕はシャルロット・デュノア。聖杯の寄る辺に従い、二次元の電子空間から三次元の現世に見出された騎兵(ライダー)のクラスに当たるサーヴァント、です」

「……なるほど。シャルロット・デュノア、ね。聞いたことがないわ。途轍もない程マイナーな英雄か、それとも本当に今回の聖杯戦争のシステム通りなのか……」

 少女の真名を聞いたジャネットはしばしの沈黙タイムに突入する。がそれも三秒ぐらいで終わる。このままじゃ話が進まないと思ったのか次の行動に出るため立ち上がる。

「ど、どこに行くんですか……?」

 その様子を不思議に思った少女、ライダーはおどおどしながらジャネットに質問する。

「ちょっと取って来るものがあるだけよ。……ホントはあんまり使いたくないんだけど、アレを使えば貴女の事がもっと分かると思うしね」

 ジャネットはそうサラっと言い放ってすぐさま部屋から出て行く。

 ここでライダーはハァァとえらく長い溜息を吐く、吐いてしまう。重苦しい枷が外され、狭苦しい場所から解放された者が吐くような安堵の意が込められた溜息だ。

 溜息を吐きそのついでに深く深呼吸する。その後、今彼女自身がいる場所をグルッと見回す。

 ここで再び彼女は溜息を漏らしてしまう。今度は感嘆の意が籠っている。

「ほわぁ、なんかすごく豪華だよ。セシリアの部屋をレベルアップさせたって感じかな。っていうかセシリアの本家がこんな感じなのかな?行ったことないから分からないけど……」

 彼女が今座っているソファも、ソーサーが置かれているテーブルも、今は括られているカーテンも、壁に掛けてある絵画も、手に握られているティーカップも全てが輝いているように見える代物だとシャルロットは思ってしまう。

「これでも昔は名ある家だったのよ。この程度の物が無いはずが無いわ」

 ライダーが視界に入る全ての物に目を奪われている時に当主のジャネットは戻ってきた。その手にはこの部屋の調度品とは似つかないタブレット端末が握られていた。

「魔術師がこんなのに頼るのはホントは嫌なのだけれども、時代の流れに乗るっていうのも頭一つ抜けた魔術師になるためには必要かもしれないし使わせてもらうわ。遠坂の当主みたいな機械音痴は今時恥ずかしいしね」

 そう言ってジャネットは左手でタブレットを抱え右手でぎこちない操作を行う。

「シャ、ル、ロ、ット、デュ、ノ、ア、っと検索」

 こう呟いてジャネットは検索結果を眺める。時折右中指で画面をスクロールする。

「……やっぱり普通の聖杯戦争じゃないのね、今回の一件は。〈英霊〉ではなく〈映霊〉か。……シャルロット・デュノア、出典は『IS〈インフィニット・ストラトス〉』。原作は日本のら、ライト、ノベル?で2011年に初アニメ化。……ライトノベルって何なのよ」

「決まった定義は無いのですけれど大まかに言えば、本の中に数枚の挿絵があるのが特徴の中高生などの若者向け文学作品です。日本のアニメ作品はこのライトノベルを原作にしたものが多数あるんですよ」

 極東のサブカルチャーについて知る由もないジャネットの知識を補完するようにそのライトノベル出身のシャルロットが解説を行う。彼女も見た目的には日本のマイナーな文化を知ってそうな雰囲気では無いのだが彼女はそういう趣向の持ち主なのだろうか。

 それはジャネットも不思議に思った事のようで、そのことについて素直に問い質す。

「……その知識は聖杯から与えられたもの?それとも貴女が元から有しているものなのかしら?」

 だがその口調が怖い。ジャネットにとっては特に他意を含めているわけでは無いのだが聞く身になるとほんのちょっとした戦慄を覚える。下手なことを言ったら怒られるようなそんな感覚だ。

「えーっと、半分半分ってところですね。友達にライトノベルが好きな子がいるからそのおかげでちょっとは知っていたことを聖杯がより詳しく教えてくれたって感じです」

「なるほどね、現代のある程度の知識を与えるっているのはオリジナルの聖杯戦争と同じなのね。……この情報が現代社会で生きていく上で必要とは思えないのだけれども」

 ジャネットは溜息を漏らした後にまた溜息を漏らす。前半のは感動を表すもの、後半のは嘆息だ。

 こんなジャネットを見てライダーは顔を引き締め、彼女に注意を促す。

「いえ、そうとは限りませんよ」

 先程までのほんわかした表情とは打って変わりキリッとした目元や口角に少しの驚きを覚えたジャネットだったが特に気にすることなくライダーの放った言葉の理由を問う。

「だって今回の聖杯戦争は普通の聖杯戦争とは根本から違っているのですよ。その根本のところにはライトノベルなどの日本のサブカルチャー知識が必要不可欠になってきます。そのような情報が乏しいマスターのところにはその知識が補えるようなサーヴァントが召喚されるようになっているのですよ」

 ライダーのこの言葉にジャネットは「知識が乏しくて悪かったわね」と小言を漏らすがライダーは極力気にしていないような素振りを見せる。正直、ジャネットの小言にいちいちビクついていたら身体がもたないような気がしてしまうからだ。

 ライダーが自分の言った事をスルーしたと分かったのでちょっとした憤りを引っ込めてライダーに聞きたいことを聞く。

「やっぱり、今回の聖杯戦争は冬木のものとは根底から違うのね。……聖杯戦争の根底であるサーヴァントの選定基準そのものが違うなんて」

「はい。冬木の聖杯戦争を私たちは人工聖戦と教えられました。人工的に聖杯を用意し、それを巡って複数人の魔術師が鎬を削る儀式だと。それに対して今回の聖杯戦争は真聖戦と教えられました。人工聖戦で呼ばれるサーヴァントは神話や伝説、歴史の中で功績を遺した偉人、聖人、英雄だそうですね。ですが今回の真聖戦で呼ばれるのは……」

「勿論知っているわ。日本のアニメ作品に出てくる架空のキャラクター。なのでしょう?」

 ええ、その通りです。とライダーは短く答える。そして暫くの沈黙が両者の間に流れる。が、その沈黙を破る女性の発狂声が絢爛なヴェドリーヌ家来賓室に轟く。

「なぁにが真聖戦よっ!呼ばれるサーヴァントがアニメキャラの具現化とか全く神秘性とか聖性とかが感じられないんですけれどっ!!何!?カミサマっていうのはジャパニーズアニメーションヲタクなの!?」

 そんな事僕に聞かれても。と言いたげなシャルロットをよそにジャネットは頭を抱えている。ひどい頭痛に苛まれているかのようだ。

 こんなジャネットを見てライダーは、この聖杯戦争に際してこのマスターに従って大丈夫なのだろうかと思ってしまう。瞬時にこんな考えは失礼だと思考を止める。

 ふとここで彼女は己のマスターである外見をパッと見する。

 女性にしては背が高く、概算で百七十センチはあるであろう背丈、ここがどこの国で彼女がどこの国出身かは分からないが西欧風な顔つきにしては珍しい黒に近い茶髪を男性のように、とまではいかないものもそれなりにショートカットにしている。

 今は優雅の欠片も感じられないが先程、共にティータイムを過ごしていた時はライダーの学友である金髪縦ロールに引けを取らない令嬢感を放っていたように思う。とここで聖杯から与えられた知識の一つを彼女は思い出す。このヴェドリーヌ家についてだ。

 フランスにあるヴェドリーヌ家、起源を辿れば中世に遡るこの一族は商人、特に宝石商を営むことによって金と権力を手に入れ、貴族に引けを取らない程の力を手に入れた者たちである。

 ただの宝石商だった彼らだったがある時代から、交友のあった貴族に誘われて魔術を始めることにした。これがヴェドリーヌ家の魔術一族としてのスタートだ。

 最初はそんな軽い気持ちで始めたものだったが世代を重ねることに次第にその魅力に嵌まっていき、いつしか根源を目指す程の「魔術師」一族になっていた。ちなみに専門は宝石魔術ではなかったそうだ。

 そんな研究職である魔術に手を染める事が出来る程栄華を極めたヴェドリーヌ家だったがある時から衰退が始まる。それは商人としても魔術師としてでもある。

 最初に訪れたのは魔術一族としてのものである。ある代から子どもへの魔術回路の継承が上手くいかなくなってしまったのだ。優秀な魔術回路でもその継承が五割も出来なければ回路の劣化と言って差し支えないのになんと三割ほどしか継承できなかった代があったのだ。

 これの原因は不明である。ただただ時の運が無かったとしか言いようがない。

 宝石商の方は単純に取引相手がいなくなったのが原因である。それは魔術師としての能力が落ちぶれてきたのと時期が一致する。この重なり合いはまるで万事の神がこの一族に対してそっぽを向いたかのようであると、かつての当主は言ったそうだ。

 現在のヴェドリーヌ家の魔術界の位置づけは端的に言って「落ちぶれ一族」である。

 そんな一族であるが根源への渇望は無くなっておらず意地と根性だけで世の魔術師たちに対抗している。そんな中ヴェドリーヌ家には希望となりうる子が誕生した。それがジャネットだ。

 どんな異変が起きたか分からないがジャネットは全盛期のヴェドリーヌ家当主の六割ほどの魔術回路を持って生まれ、近代以降のヴェドリーヌ家の子の中で最有の魔術師になり得た。これには彼女の両親、親戚一同は大喜びし、彼女に一族の望みを託した。

 それでも彼女の魔術回路は非凡の域には遠く及ばないものであり、時計塔に所属しているものも意地と根性で食らいついていると言った方が的確な立ち位置にいる。このヴェドリーヌ家、どうやら食い下がろうとする根性だけは一丁前らしい。

 これがヴェドリーヌ家の歴史と現状と言ったところだ。

 ちなみにジャネットの専門は置換魔術である。

「そういえばここってフランスなのかぁ……」

 ここがはヴェドリーヌ家の領地だという事は、当然今ライダーがいる場所はフランス国内のどこかという事になる。暮らしている世界は違うが同じフランスという事でライダーは少し懐かしい気持ちになる。

「どうしたの?ライダー」

「いえ、実は僕の故郷がフランスだからちょっと懐かしい気持ちになりまして。ここってフランスなのですよね?」

 ライダーの質問に、そうよ。と簡略に返答するジャネット。大して興味が無い様だ。だがここでジャネットはハッとなり何かを思いつく。

「そういえば、私はあなたの事を何も知らないわね」

 ああ、それならば。とライダーが自分の事を語ろうとする。しかしジャネットは自然な形でそれを遮断するように己の言葉を続ける。

「まぁ、取り敢えずウィキペディアでも見ましょう。あれだったら大抵本当の事が書いてあるでしょうし」

 ウィキペディアを閲覧する神秘の継承者、魔術師。その図は何だか一種の面白さを掻き立てるものだが調べられる立場のシャルロットはたまったものではない。制止を促すがもう遅い。一度やると決めたことはすぐに実行に移す性格であるジャネットは既にタブレットを操作して閲覧を始めている。

 あうあうとシャルロットが恥ずかしっている傍らでジャネットは無言で記事を読み進める。が次第にその顔は暗くなっていく。

「貴女、こんな環境を幼少期に生きたのね」

 これはきっとライダーがIS〈インフィニット・ストラトス〉という物語に登場する前の「過去」に当たる部分を読んでのことだろう。彼女は作中人物の中ではそれなりに苦しい境遇の元、生きてきておりそうして主人公に出会ったことになっているのだ。

 ヴェドリーヌ家は悲しい運命を辿ってきた没落一族だが、ジャネット自身はそうでもない。寧ろ期待の星として周りの者からは寵愛を受けて成長し、幸せな日々の下魔術の腕を磨き続けてきた。だからこそ彼女はシャルロットを憐れんでしまうし、彼女の気持ちを汲み取ることが出来ない。

 こんなジャネットの反応に対して当の本人は、何も言わない。そう、彼女にとってはもう過ぎ去った過去の事、今となっては素晴らしい学友と共に日々研鑽に勤しむという楽しい日常を送っているからだ。

 引き続きジャネットは画面をスクロールする。その顔は悲しそうなものから一転、照れているような恥ずかしがっているような、そんな表情に変わっていく。

「って、貴女!女の子のくせに男子と同じ部屋で数日間過ごしたってどういうことよ!」

 これがジャネットの顔が紅潮した理由だ。彼女の言う通り、ライダーは作品に登場したばかりの頃は「シャルル・デュノア」という男子として登場したのだ。それにはのっぴきならない事情があり、ここで話すのは億劫であるがゆえに彼女は次のように言葉を返す。

「それを説明するのはちょっと面倒くさいので、どうしても知りたいのでしたらウィキペディアを最初から読んでみてください。そうすれば全てが分かるので……」

 こう言い放った瞬間、ジャネットはすぐさまサイトの最上部まで戻りそこから入念に読み込み始めた。その集中力は危険を伴う魔術儀式を行っている時に匹敵していた。

 数刻後。

「ライダー、貴女には悪いけど、私今からアニメ鑑賞するから邪魔しないでね」

 記事を読み終わったのか画面をスクロールする手を止めたと思ったらジャネットはこんな事を唐突に言い放った。そしてすぐさま来賓室を出て行った。恐らく自室に戻ったのであろう。

「え、えー……」

 それには流石のライダーもキョトンとしてしまう。だが彼女のマスターと入れ違う様に別の人間が入室してきた。

 それはエプロン姿の若い東洋人女性だ。若いと言ってもライダーやジャネットよりかは幾分か年上に見えるのだが。

「初めまして。私はこの家のメイドを務めますマイ・オシノと申します。本日からは貴女のお世話もさせていただきます」

 その女性、マイはこう言うと頭を深々と下げる。それに合わせてライダーも慌てて礼をする。マイの丁寧な仕草に釣られてか腰がほぼ九十度に曲がるほどのお辞儀になってしまっている。

「め、メイドさんがいたんですねこのお家には」

「ええ、そんなに意外ですか?」

 意外か?と問われたら正直、意外だとライダーは思った。だってこの一族は商人としても没落した一族であるのだからそんな人を雇うほどの金など無いと思っていたからだ。

 そんな彼女の意中を察したのかマイは簡単な説明を始める。

「私は雇われているわけではありません。ここに、というよりもジャネットの下に魔術を知るために来ているのです」

「ということはマイさんも魔術師なのですか?」

 ライダーの素朴な疑問に対してマイは首を横に振る。

「それの答えもいいえです。私は魔術とはどんなものかを知りたいだけのただの一般人なだけです。魔術師どころか魔術使いですらありません。実は私の本家もはるか昔は日本の魔術一族だったのですがここ、ヴェドリーヌ家と同じように当に廃れてしまいましてね。別に魔術一族として再興しようとは思わないんですが、せめて私たちの祖先がどのような事を学び、何を得たかったのかを実感したくてですね。そんな動機の元、私はこの家の当主ジャネットの世話役に就いたんですよ。あ、ちなみにこの家は廃れたと言ってもこの広大な敷地とバカでかい家を維持するだけの収入はあるのでご安心を」

 一連の話を聞いたライダーだったが魔術関連の事に疎いせいかあまり話が頭に入ってこなかった。マイが話したことで頭に残っていることはこのヴェドリーヌ家の邸宅はかなりお金がかかっていそうだという事だ。

 そんなライダーがマイの解説に対して返答できたのは、

「へ、へ~」

 というものだけだった。

 ここで話を変えようとマイが言葉を掛ける。

「というわけで本日から此度の聖杯戦争が終わるまで貴女のお世話もさせていただきますのでご用があればこちらの呼び鈴をお使いください。なるべく早く参りますので」

 そう言いつつ彼女はミニハンドベルを差し出してきた。それをライダーは恭しく受け取る。

「貴女のお部屋は既にご用意させていただきました。只今ご案内いたしますのでご同行をお願いします」

 マイの言葉の通りにライダーは従う。

 と、ここでライダーは不意に目の前を歩くマイに話しかける。

「あ、マイさん。いきなりこんな事を言うのも変かもしれませんが、そんな固い口調じゃなくてもいいですよ。僕の方が年下でしょうし」

「いや、しかし。貴女はヴェドリーヌ家に希望を与え得る神からの使者。そんな軽い態度何て取ることが出来ません」

「神からの使者なんて大袈裟ですよ。僕はただ聖杯に選ばれただけのただのIS操縦者です。だからフランクに話して欲しいです。あと、呼び方も貴女じゃなくてシャルロットって呼び捨てで良いですからね」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 このような会話をし、少しの雑談をしていたらすぐにライダーの部屋に着いた。内装は、見るからに寝心地の良さそうなセミダブルベッドが第一に目に入り、あとは煌びやかなデザインのカーペットやカーテン。一見豪華な部屋だが深く観察すると物があんまりないことが分かる。

「こんな部屋になってしまい申し訳ございません。しかし、この部屋はあくまでも仮の物なのでこれでご容赦下さい」

 口調が戻ってますよ。とライダーは微笑みながらマイを小突く。が、その後にマイの言葉に疑問を覚え、それに関して質問する。

「仮の部屋ってどういうことですか?」

 この質問に対してマイは、どうしてこんな事を聞くのかと言いたげな表情で一応の説明をする。

「聖杯戦争が行われる場所は日本なんですよ。理由は私には分からないですけど……。だから近いうちに私たちはここから離れないといけないんですよ。だからこの部屋も仮のものなんです」

「そういう事ですか。なるほどです。……近いうちっていつぐらいが出発予定なんですか?」

「そうですねぇ。当初の予定では明日だったんですが、今はジャネットがアニメ鑑賞を始めてしまったので二日後か三日後ぐらいでしょうか」

 そのマイの発言を聞いた瞬間、シャルロットはがっつくように彼女に身を寄せ、初めてのご用を言いつける。

「今のうちにフランスを観光しておきたいので着替えとちょっとのお金を下さい!お金は聖杯戦争内の働きで返しますので!!」

 そんなシャルロットの勢いに怯んだのかマイはしばし沈黙してからすぐさま行動に出る。

 これがマスター、ジャネットとサーヴァントライダー、真名シャルロット・デュノア。そしてジャネットのお世話係であるマイ・オシノの出会いであった。

 かくしてライダー陣営は席が埋まった。

 

②「師を仰ぐ者たち」

 

 とんでもない依頼を受けてしまったとその男は目の前にいる細身の少年をまじまじと眺めながら思った。

 

 事の発端はつい一昨日。唐突に魔術協会、時計塔から召集を掛けられたときはただいつも通りの依頼を承るだけだと思っていた。だが、その予想は時計塔に到着し具体的な集合地、会うべき人物の部屋を知らされた時に崩れた。

「召喚科学部長、ロッコ・ベルフェバンか。……知らんな」

 その男の現在の立ち位置の概略は「魔術界の私立警察」。または「時計塔の番犬」である。前半のものは魔術協会内での呼ばれ方で後半は魔術協会の敵となる者たちからの呼ばれ方である。

 彼の仕事は魔術犯罪者の暗殺をする魔術使いであり、封印指定執行者をランクダウンさせたようなものだ。そんな彼には仕事の注文が時計塔のあらゆる権威者から飛んでくる。そのためここで新しい名前が出てくる事自体は珍しくはないのだが、なぜかこの男はこの時違和感を覚えてしまった。

 取り敢えずその違和感は思考内の片隅に置き、呼ばれた場所へ馳せ参じることにする。

 彼もまたかつては時計塔の生徒であったためすれ違う現役生を見るたびに少々の懐かしさが込み上げてしまう。依頼を受けるたびにこの気持ちに浸ることを彼は気に入っている。

 そうしている内にすぐに目的の部屋に辿り着く。それと同時に中にいる魔術師が彼の存在に気付いたかのように「中に入りたまえ」と声を掛けてきた。

 それに従い男はノックもせずにドアを開け放ち、部屋に侵入する。

「お待たせいたしました」

 魔術協会、時計塔の重鎮という事で恭しい態度を心掛ける彼に対して部屋の最奥部にある椅子に鎮座する老人、ロッコ・ベルフェバンは好印象を覚えたかのような表情をする。

 ここで初めて男は室内をまじまじと見る。室内には魔術的な価値が高いのであろう物が並んでいる。途中で時計塔を退学した彼には分からないが、凄まじい圧を放っていそうな頭骸骨や歴史を感じさせる巻物、気味の悪い生物のホルマリン漬けなどが代表だ。

「いやいや、そんなには待っておらぬよ。むしろ来てくれたことに感謝するよ」

 ロッコは丁重な態度に対してそれに見合う返答をする。

 この部屋には多人数用のソファが一つのテーブルを挟んで二つあるので男から見て右方にあるソファにロッコから許可をもらって座る。

「初めまして、になるかな。私はロッコ・ベルフェバン。君の事は風の噂で聞いておるよ。戦争殺しクン?」

「それは光栄なことです。時計塔で名が知られることは私にとってはメリットでありますのでこれからも頑張らせていただきますよ」

 戦争殺し。これはこの男の二つ名ではなく、彼自身を言い表す真名である。生まれた時に親から授かった本名はとっくの昔に捨て、彼の功績を称えたこの俗称を彼は自分の名として受け入れたのだ。

「では早速今回の依頼を教えていただけませんか?……いつも通りの魔術犯罪者の暗殺でよろしいのでしょうか?」

 仕事に関して速さを求める彼らしい反応だ。戦争殺しはいきなり仕事の話を持ち込む。

 これに対してロッコはまあまあ、ちょっと待てと言いたげな仕草をする。その態度に戦争殺しは苛立ちを覚えてしまった。これは速さを重要視してしまう彼の癖故か。

「依頼の前に、一つ君に聞きたいことがある」

 ここでロッコの声色が若干変わる。普通だったらこの声色で依頼について話し合うのだが今この場ではその限りではないらしい。一応戦争殺しは意識を暗殺者モードに切り替えて耳を傾ける。

「君は聖杯戦争という魔術儀式を聞いたことがあるかね?」

 この一言が今回の依頼の皮切りとなった。

 戦争殺しは聖杯戦争を名前と大まかな概要だけは知っていた。七人の魔術師が己の従者となるサーヴァントを一騎召喚し、お互いを殺し合うという儀式。その目的は聖杯と呼ばれる万能の願望機を獲得すること。それを使えば魔術師の本望である「根源への到達」に至る事が出来るというのが魔術師たちを殺し合いに参加させる火種となったのだ。

 しかし彼がこれを知ったのは既に聖杯戦争のシステムがかつての聖杯戦争参加者の生き残りに破壊された後であったため特に大事な情報ではないと思っていた。そのため、ロッコに尋ねられた時は思い出すのに時間がかかった。

 さて、そんな聖杯戦争に参加して勝利することが今回の戦争殺しへの依頼であった。

 これを最初聞いた時、彼は身分と言う壁を飛び越え「ハァ?」と不躾な態度を取ってしまった。ロッコはそのような反応をするだろうと予想していたからかこの事については不問だったが、戦争殺しは口が滑ったと自戒した。

 その一方で彼は自分が驚いてしまうのも仕方が無いと思っている。なぜなら聖杯戦争とは過去の物であり、もう二度と起きようのないものだと認識していたからだ。

 この旨をロッコに伝えた時、彼はなぜか薄ら笑みを浮かべながらこう言った。

「そうだ。聖杯戦争は終わり、御三家が生み出した聖杯は誰一人の願いを叶えることなく数年前に解体された。だが、それはあくまでも第七百二十六号聖杯の事だ。……もし、別の聖杯が別の者たちに創られたら、それは新しい聖杯戦争の開幕ということになるのではないかね?」

 ロッコは続けて口を動かす。

「だがね、戦争殺しクン。今回の聖杯戦争及び聖杯は今までの物とは全くの別物なのだよ。いや、正確に言えば今までの聖杯戦争が別物だったのだがな」

 この言葉の意味は戦争殺しには全く理解できなかった。言っている意味が分からないとは正しくこういう場合なのだと知ったほどだ。

「さて、今回の聖杯戦争の話をしよう。今回の聖杯、聖杯戦争は魔術師によって生み出された紛い物ではない。正真正銘、神が、もしくはそれに近い存在が生み出した『本物の』聖杯をかけた戦争形式の儀式なのだよ」

 こう言われて戦争殺しはロッコが言う事全てが自分を貶めるか騙すためのものだと直感してしまい、直ちに何らかのアクションを取ろうとしたがロッコが次に取った行動がこれを阻止した。

 その行動とは、戦争殺しの前に杯を提示することだ。ワイングラスの形をしているが金のみで出来上がった豪華だが彼の趣味には合わない代物だ。

「これは『聖盃』だ」

 つい、『聖杯』という言葉に戦争殺しが反応する。してしまう。だってロッコの言っていることが真実であればこれが万能の願望機であるからだ。

 ここでロッコは戦争殺しの心中を汲み取ったかのように言葉を続ける。

「違う、これは『聖杯』ではなく『聖盃』だ」

 何が違うんだ。と短絡的な問いが戦争殺しの脳内を駆け抜ける。

「確かにこれは聖遺物としてとんでもない程の希少性を秘めた代物だが、これは万能の願望機ではない。そもそも『聖杯」とは彼の聖人が最後の晩餐の際に使用したグラスの事であって、何でも望みを叶えてくれるというものでは本来無いことを忘れているのかね」

 言われてみれば確かにそうだ。『聖杯』は願望機、とは所詮人間たちが生み出した空想、妄想であったのだった。では、今自分の眼前にあるこれは何なのか?

 と、ここで目の前の杯にある違和感、奇妙な点を戦争殺しは見つけた。グラスの、本来はワインを入れるべき場所に不思議な液体が入っているのだ。一見ただの水だがどことなく不思議な感じがする。光の反射の仕方が妙だと思ってしまう

 ついその液体に触れてみようと手を伸ばしてしまう。恐る恐るだったからその速度は遅いがそれでもロッコは何も言ってこない。

 液体の中に人差し指を入れてみる。その水の感触は、普通。ぬるま湯と同じ感覚だ。なんてことはない、これはただの水だ、と思い拍子抜けしながらパッと手を引っ込める。しかしここで己の指が信じられないような現象に晒されている。

 指が濡れていなかったのだ。

 この事象に対して戦争殺しが気味悪いと感じると予測していたかのようにロッコは再び口角を上げるように笑みをこぼしていた。

「君が今手を突っ込んだソレは液体などではなく、純粋な魔力だよ。この杯に注がれた液体型の魔力、我らが名付けた風に言わせてもらうと『聖人の血酒』を魔力源としてサーヴァントを召喚するのだよ。そして召喚したサーヴァントの魔力はマスターである魔術師からではなく、この『聖盃』から供給されるのだよ」

 もう何でもアリだ。

「そう、何でもアリなのじゃよ、今回の聖杯戦争は。今までの冬木の聖杯戦争ではありえないような事態に陥っても『神の奇跡』があるから。で全てが説明出来てしまうからな」

 ここで場を沈黙が支配する。ここまでロッコの話を聞いて戦争殺しが会話内容を頭でまとめているようだ。

 と、ここで沈黙を破る戦争殺しの声が室内に響く。

「取り敢えず、依頼内容が聖杯戦争の勝利という事が分かりました。で、その聖杯戦争は今までの、冬木のものとは違うという事も分かりました」

 続いてロッコも口を開く。

「ああ、今回の聖杯戦争は冬木のものとは全然違う。根本から違う」

「具体的な相違点を教えていただけますか?」

「そうじゃなぁ。まず一つ目、サーヴァントの数、およびマスターの数が多い。我々が今把握している時点で君を含め八人おる。これは魔術協会の予想なのじゃが今回の聖杯戦争、全員で十三のマスターとサーヴァントが闘う事になる。十三という数字は彼の聖人と最後の晩餐に立ち会った十二人の弟子という考えから来ておる」

 戦争殺しはロッコの言う事をカリカリとメモを取っていく。

「二つ目、これは一つ目を聞いて分かっておるかもしれないが、サーヴァントのクラスが従来のものとは違う可能性がある。まぁ単純に数が増えておるからのぉ」

 確かにそれはその通りだ。と彼は頷く

「次、今回のマスターは殆どが魔術と全く関係ない一般人であるという事。これは予想ではなく紛れもない事実じゃ。マスターである魔術師本人から魔力を供給するのではなく、この『聖盃』から供給される点がそれを裏付けている。そもそも、ここにある『聖盃』も一般人から手に入れたものだ。今魔術協会が把握している他マスターの内、魔術師であるのはたった一人、ジャネット・ヴェドリーヌだけだ。どうやら彼女はライダーを召喚したらしい」

 なるほど。と思いつつも、神秘の秘匿はどうした。とも考えてしまう。が、これも神の悪戯という事で説明がついてしまうのが今回の聖杯戦争である。そこに人間である魔術師の思惑など無力である。

 それにしても、ヴェドリーヌ家か。確か宝石商で金を稼いだ大富豪が魔術に足を突っ込んだ一族だったか、当の昔に衰退し今は権威もクソもない一族だったか。と思考を巡らす。

「おっと、これを忘れておった。今回の聖杯戦争も聖堂教会が首を突っ込んでくるのじゃが、その教会からは監督役ではなく、マスターが選出されるのじゃ。それも二人も。彼奴らも何らかの方法で『聖盃』を手に入れたのじゃな。そう考えると今把握しているマスターは十人ってことになるな。もちろん、教会の奴らを殺しても問題ない。今回の件はそういう風に協議が結ばれておるからな」

 聖堂教会ですか。と戦争殺しは小さく呟くが、それに大した意味は無く、ロッコはそれを無視する。

「四つ目、今回の聖杯戦争は『聖盃』を奪い合う戦いだと思ってもらいたい。というのもな、今回の『聖杯』、万能の願望機である『聖杯』の出現条件が、全ての『聖盃』を集めるということなのだよ。冬木の聖杯戦争も今回の聖杯戦争も、他のサーヴァントとマスターを淘汰するという事に関しては一致しておる。あまり重要なことではないかもしれないが一応心の片隅に留めておいてくれたまえ」

 ここでロッコは一拍置く。その間が気になった戦争殺しは彼の顔を窺った。その表情は何か言いたくないことを言わされる者のようだ。が、意を決したかのように彼は口を開く。

「で、最後の相違点なのじゃが……」

 

 時計塔から帰還し、今利用中のホテルの一室についた戦争殺しの顔には疲労が見えていた。依頼を聞くだけでこんな気持ちになるのは彼にとっては初めての事だった。

 結局、彼は今回の依頼、具体的には聖盃を十三個全て集めるというものを引き受けた。ロッコの言っていた通り今回の聖杯戦争のマスターが一般人で占められるのであれば寧ろ今までの依頼の中で一番イージーな仕事となり得る、ロッコからの報酬が目を疑う程破格のものであった。それに、彼にとって聖杯戦争とはある種の憧れを抱いていたものだった。

「聖杯戦争の再来、本物の聖杯、か。……そういえばあの人も聖杯戦争のマスターを経験したんだったけか」

 彼の言うあの人とは、彼が一方的な憧れを抱き今の地位に彼を就かせてしまった理由となった魔術師である。その人物は「魔術師殺し」と揶揄された者だ。

「いかんいかん。今は聖杯戦争に集中しないと。あの人は関係ない。俺は俺だ」

 気分を切り替えるためか自分の頬をペチペチと軽く叩いて、今回の依頼について情報を頭の中でまとめ上げる。

 ロッコに教えてもらった事を一から復唱していく。が、最後の一点でつい溜息が出てしまう。彼は呆れているのだ。

「『英霊』ならぬ『映霊』。『映像作品人物の霊』、か……。あらゆる国、あらゆる時代の英雄、偉人、聖人ではなく……日本のアニメキャラクターがサーヴァントとして、召喚される……」

 ここで一拍置く。そしてこう言う。言ってしまう。

「こう、なんか、神秘性とかが全く無いよなぁ……いや、魔術師であることを辞めた俺に言う資格はないのかもしれないけど、それでいいのか神様……」

 嘆息はそれまでにして、彼は目下の問題について考察する。それは召喚するサーヴァントについてだ。

これまでの聖杯戦争では自分の狙ったクラス、サーヴァントを召喚できたがそれは触媒を使って初めて行える。が、アニメキャラクターと言うぐらいなのだから実際に存在しているわけではない。いや、今までの聖杯戦争の中でも物語上の人物が召喚されることはあったのだがその事例を持ち出しても今回の聖杯戦争においての触媒についての考えは悩んでしまうだろう。

それにマスターが己の望んだサーヴァントを召喚するのは、その英霊が自分と相性がいいと踏んでいるのが大抵なのだ。それに対して戦争殺しは日本のアニメに対しては知識が皆無である。どんな奴がいて誰と相性がいいのかなど考慮しようがない。

「アサシンのクラスを引けただけでもマシか……」

 クラスの選択は聖盃を手にした時に決まってしまう、とロッコは語った。正確に言えば聖盃に付属する羊皮紙、通称「神の祝詞」にサーヴァントを召喚する際の詠唱呪文が記載されており、それがクラスによって変わってくるらしい。

 冬木の聖杯戦争で触媒を用いずにサーヴァントの召喚を行うとマスターと同じ性質、性格の英霊が召喚される仕様になっている。ある意味で最高の組み合わせとなり得るが一歩間違えると最悪の事態を招くと言われ、諸刃の剣とされていた。

「どんな奴が来ようが、アサシンのクラスに該当するような奴なら思想思考が正反対ってことはないだろう。全く、セイバーとかじゃなくて良かったぜ」

 戦争殺しはこの時点では自分が与えられたクラスを幸運に思っていた。彼の本来の仕事である暗殺に準ずる者であるアサシンを召喚することが確定しているからである。

 しかし、ここで彼は頭を抱え悩む。悩む。悩んでしまう。が、ここで彼は意識を切り替える。依頼を受諾してしまった今、聖杯戦争から降りる事など出来なくなっているのだ。

 早速手元の魔術礼装、ではなくスマートフォンでサーヴァントを召喚するのに必要な物品と場所を手配する。物品は魔術協会、ではなく通販サイトAmazonを利用して得る。本来魔術儀式に必要な物は魔術協会を通せば早く安く手に入るのだが戦争殺しはそれを忌避する。魔術師ではなく魔術使いである彼ではあるが魔術協会に雇われている身である彼には協会を利用する権利があるのだが、魔術師が嫌うことを平然とする、という「魔術師殺し」の意を汲み彼はこのような選択をとっている。

 一通りの受注を終えた彼はスマートフォンをスリープモードにし、意気込む。

「よし、これで準備は出来た。ここまで来たら後戻りはしない。なぁに今回の任務もいつも通りこなせばいいさ。サーヴァントはサーヴァントに任せて俺は相手マスターを、討つ……!」

 こうして彼はこの日眠りに就く。

 

 時計塔に呼ばれた二日後、彼はサーヴァントの召喚儀式を行った。場所は中国、黒竜江省ハルビン市にある鬱蒼とした森の一部開けたエリア。時間は夜分。

 この場所は戦争殺しが生まれ育った地、そして捨てた場所。彼の一族の領地跡である。

 よっぽどの事が無い限りここには戻ってこないと思っていた彼だったが、やはり自分の魔術回路に合う霊脈が通う地で召喚を行った方が良いと思い、この場所を選んだのだ。

 そんな場所で彼は予定通り儀式を行った。今回の聖杯戦争の導となる「神の祝詞」通りに魔法陣を描き、聖盃を据え、一応触媒という概念がある可能性にかけて彼が唯一知っている日本の殺し屋漫画である「ゴルゴ13」のコミックを置き、書いてある通りの詠唱を行った。そして、そこに、獣の血で描かれた鮮やかな深紅の魔法陣上に現れたのは、

「ど、どうも。サーヴェントアサシン。え、えーっと……僕は、潮田渚です」

 中性的な見た目を持つ若者だった。少なくともかの有名な異次元性能スナイパーには見えない。

「え……は……?」

 様々な事態を潜り抜けてきた百戦錬磨の戦争殺しでさえも目の前に現れたサーヴァントらしき少女のような少年に対しては目が点になってしまう。驚きという感情さえすっ飛んでしまった。

「ですよね~、そういう反応されますよね~。なんとなく分かってましたよ……」

 戦争殺しの狼狽え振りを見た渚という少年は分かっていたとは言うがどこか複雑な心境を抱いているかのような表情をしていた。

 ここで戦争殺しは目の前でジト目になっている少年を見て、すぐさま佇まいを正す。

「す、すまない。決して君を愚弄したわけじゃないんだ。だけどアサシンのクラスというぐらいだから、もっとこう、何というか、殺気立ったゴリゴリの奴が召喚されると思っていたものでな。……本当に君は暗殺者なのか?そもそもローティーンに見えるのだが」

 戦争殺しがこう聞くと少年、渚はちょっと困ったような顔をしながら口を開く。

「ローティーンに見えるというか、実際に僕は中学生ですよ。物語自体は大学四年生時点で終了しましたけど作中のほぼ全てを中学生として送りましたからね。……で、マスターさんが言った本当に暗殺者なのか。という質問に対してですが」

 少年は一呼吸置く。戦争殺しは固唾を飲んで返答を待つ。

「貴方が危惧するように確かに僕は暗殺者ではありません」

 つぎの瞬間、森の中にあるこの場所に描かれた魔法陣が発光する。ここで戦争殺しの中にふとした疑問が湧き出る。元来の聖杯戦争ではサーヴァントを召喚するとその際に使った魔法陣を消えてしまうのではなかったか、と。

 そんな疑問の解答となる光景が彼の目の前には広がっていた。

「ですが、僕たちは暗殺者です。」

 少年は、静かに微笑みながらそう答えた。その表情と声は、まるで無音で迫ってくる毒蛇のようだ。

 戦争殺しが召喚儀式を行う前はどんなサーヴァントが召喚されてもいいようにとそれなりの広さを確保したその場所だったが、その空間は戦争殺しと渚を含め二十八人の男女が集合していたため所狭しとなっていた。

「サーヴァント暗殺者(アサシン)。真名『3年E組』。聖杯の寄る辺に従い、貴方と共に闘う事をここに宣言します」

これは渚が言ったのか、他の者が言ったのか……。

 出典『暗殺教室』より『3年E組』がアサシンのサーヴァントとして具現化した。彼らとそのマスター、戦争殺しでアサシン陣営は席が埋まった。

 

③「ただの詐欺師がとなり得るのか?~キャスター陣営作戦会議~」

 

 アメリカ、ニューヨーク州ニューヨーク市、クイーンズ区にある平凡なアパートの一室で二人の男が、それぞれ一人用のソファに座り相対していた。

 片方の名はダニエル・オシノ・ブラウン。この部屋の主であり現在スポーツライターとして稼ぎを得ている青年だ。日本人である母親譲りの小麦色の肌と父親譲りの天然の茶髪を併せ持つ好青年だが、目の前に座る男を見る目は険しい。

 もう一方に座る男の名は貝木泥舟。此度の聖杯戦争にサーヴァントとしてダニエルに召喚された映霊だ。しかし着ている喪服のような黒装束と放たれる不吉感のせいかマスターを負けさせる気しかしない。どんな魔術師がマスターとなっても彼を使って聖杯戦争を勝ち抜くのは難しいのでは。と思わせてしまうほどだ。そんな彼は目の前に座る青年、ダニエルを飄々と眺めている、まるで勝者の傍観だ。この視線に対してもダニエルは苛ついている。

 しばしの睨み合いを続けた後にダニエルが溜息を吐きながら頭を抱える。その腕には立派な令呪が宿っていた。

「何でこんな奴がサーヴァントなんだ……」

「こんな奴とは酷い言い草じゃあないか、マスター。私の心が傷ついたでは無いか」

「平然と嘘を吐くなよクソ野郎」

 事実、貝木泥舟が発言した時の彼の顔は相変わらずの無表情で傷心したとは思えなかった。

「おいおい、いきなり嘘と決めつけるとは酷いマスターだ。……全く、俺がマスターに嘘を吐いたことがあったか?」

「あったわ!!しかも出会ったその瞬間に初めて言われて、それから二日間ぐらい一緒に過ごしてるけど嘘の方が多かったよ!!」

 ダニエルが聖杯戦争に参加したきっかけは全くの偶然だった。

 二日前、ダニエルは父母に家の片づけをするから手伝ってくれと故郷であるネブラスカ州の片田舎に帰省した。その片づけの際に不思議な茶碗を見つけたのだ。母親が日本人だから茶碗があること自体は不思議ではない。しかし、その茶碗に入っていた不思議な液体と小さく畳まれた古めかしい羊皮紙片が彼の興味を引いたのだ。

 彼に片付けを依頼したくせに海外旅行のために両親がいなかったから、その羊皮紙片、広げるとB5ぐらいのサイズが三枚重ねになっていた紙束に書かれていた儀式めいた実験をだだっ広い自宅の庭で行った。

 その実験の過程で描いた幾何学模様の上に気付いたらこの男、貝木泥舟が佇んでいたのだ。

 そして彼は開口一番次のように言い放った。

「サーヴァント除霊師(ゴーストバスター)。真名『鈴木健斗』。聖杯の寄る辺に従い、お前を今回の聖杯戦争の勝者にしてやろう」

「お前、何初っ端から嘘吐いてんだよ!お前のクラスは魔術師(キャスター)だろうが、ステータスにそう書いてあるぞ」

 こんな問答から始まったのが今回のキャスター陣営である。

 時は現在に戻る。

「他のクラスを騙るサーヴァントってどんなサーヴァントだよ……しかも実在しないクラスだし……」

「全くその通りだな。マスターの論にはぐうの音も出ない」

「お前の事だよ!!あとそんなこと微塵も思っていないだろ!!」

「しかしな、マスター。除霊師(ゴーストバスター)というクラスが無いという保証は無いのだよ。今回の聖杯戦争は本来の物とは違い七人七騎から十三人十三騎まで戦う人数が増えている。だから必然的にクラスも増えるのだよ」

「うっ、確かにその可能性はある……」

「まぁ、これも嘘かもしれないがな。同じクラスで二騎、三騎召喚されるかもしれない」

 この下衆野郎ッ!!と叫んでいるマスター、ダニエルは今まで魔術を知り得なかった一般人であったが、聖盃を発見し、『聖人の血酒』に触れ、『神の祝詞』を読み解いたことで聖杯戦争のルールを理解するに至った。

「ってかサーヴァントが詐欺師って……これでどうやって聖杯戦争を勝ち抜けばいいんだよぉ!!」

「お、俺を最初から詐欺師と看破した奴は初めてだ。素直に驚きを覚える」

 そんな事を言っている貝木の声は棒読みで、表情は変化していなかった。言葉通りとは到底思えない。

 流石にこの流れには慣れたのかダニエルは見事貝木の虚言をスルーする。

「まあな、結構日本のアニメは好きだからな、オタクって程じゃないけど」

「そうか。その要素は今回の件ではかなりの強みになるぞ」

「……ホントかよ、それ」

 ダニエルは貝木の言葉を疑いつつもその可能性を考慮する。確かに今回の聖杯戦争は本来のものと違いサーヴァントの選出基準が根本的に違う。だが、それを使役するマスターが本来の通り魔術師であれば、マスターは自他サーヴァントの特色を掴み切れない可能性が高い。なにしろ魔術師とは現代科学を嫌う。そんな者たちがアニメ、それも極東由来のものに目を向けるとは思い難い。なにしろ日本のアニメ文化は『サブカルチャー』と呼ばれている。つまりはマイナーなのだ。仮にダニエルと同じように一般人からマスターが選出されたとして、その者がアニメ好きである可能性は低い。

「でもそれにしたって、他のサーヴァントは大抵何らかの戦闘力を持っているんだろう?セイバーだったら剣を、ランサーだったら槍を、アーチャーだったら弓矢を。それぞれがそれぞれの物語で操った武器を持って参戦するのが聖杯戦争。……キャスターのくせにお前作中で魔術なんて使ってないじゃん」

「いやいや、使ったぞ、魔術。マスターよ、己の不勉強をサーヴァントのせいにしないでもらいたい。俺には立派な魔術がある。蜂と蛞蝓の、偽物の魔術が」

「それ魔術じゃなくて怪異だろ。しかもお前自身が偽物の怪異とか言ってなかったか?」

「怪異も魔術のようなものじゃあないか。それになぁ、本来の、冬木の聖杯戦争でも魔術を行使したという伝承が残っていない英雄がキャスターとして召喚されたことがあるのだぞ。まぁ、奴を英雄と言っていいかどうかは知らないけどな。そいつは蛸のような怪物を無限に生み出して戦ったらしい。俺もそいつと同じだ」

「いや、だってお前の使う怪異、威力というか脅威がそこまでないじゃん。ほら、偽物語で使った『囲い火蜂』って対象の体温を上げるとかっていう微妙な効果じゃん」

「確かに俺が阿良々木火燐に使ったあの蜂の怪異はその程度のものだ。だがな、聖杯戦争においてはその事実が拡大解釈されることがあるのだよ、マスター。もしかしたらあの蜂の怪異も凄まじい変貌を遂げるかもしれない。こればっかりは俺にも分からない」

「そもそも直接的な戦闘力が無い俺がキャスターを引いたのがアンラッキーだったんだよ。基本の七クラスの内キャスター以外は全部白兵戦に向いているのに」

「第五次聖杯戦争でのキャスター陣営はサーヴァントが後衛、マスターが前衛という戦い方をとったそうだ。これを模してマスターが先陣を切ればいいんじゃあないか?」

「ふざけんなよ!!なんで一騎当千のサーヴァントに対して平凡な一般人である俺が特攻を仕掛けるんだよ、確実に死ぬわ!!そもそもその聖杯戦争の例だってサーヴァントの魔術的なバックアップがあるからこそだろ?……お前はそれすら出来ないじゃないか」

「ああ、そうだ」

「そんな断言すんなよ!そこは嘘でも出来ると言えよ!言われても信用しないだろうけど……。あぁ、何て外れサーヴァントを引いてしまったんだ。そもそも何でこんな奴がキャスターとして召喚されるんだ?魔術師っぽいキャラなんてもっといるじゃないか。『とある』や『劣等生』なんてキャスター枠の宝庫だろうに」

「さあな、そんなこと俺に言われてもなぁ」

「しかも詐欺師って……相性最悪だ……」

「ほぅ、その口ぶりから察するに何か詐欺師と因縁があるのか?なんだ、結婚しようとした相手が結婚詐欺師だったのか?……アメリカにも結婚詐欺ってあるのか?」

「……お前には関係ない」

「そうか、人間話したくないことの一つや二つ抱えていることが常道だからな。詮索はしないさ。……そういえばマスターに一つ聞いておきたいことがある」

「何だ?」

「マスター、いい加減に名前を教えてくれ。一方的に名が知られているのがすごく気持ち悪い」

「そうか、まだ名乗っていなかったな。……名前ぐらいだったらいいか。俺はダニエル、ダニエル・オシノ・ブラウンだ」

「ダニエルか、良い名だ。ならばこれからはマスターを敬愛の意を込めてダニーと呼ぼう。よろしくな、ダニー」

「そんな清々しいことを言いながら手を差し伸べてくるなよ、形容しがたい違和感が込み上げてくるだろうが。言っとくが握手はしないからな。……まぁ、それでも、これからよろしく頼む」

「……つれないマスターだ、ダニー。それにしてもオシノ、か。それが因果となったとしたら神様とかいう奴は随分意地汚い奴だ。それこそ詐欺師並みに。でもまぁ俺ならそんな神様ってやつも……」

 簡単に騙してやるけどな。

 表情を変えることなく、相変わらずの不吉さでそんな臭い台詞を吐く貝木である。

 その最後の一言に謎の頼もしさを感じてしまったマスター、ダニエルだった。

 

④「???」

 

 日本某県某市。

「誰かの手下になるなんて真っ平御免だネ。僕は自由にやらせてもらうサ。じゃあね、マスター。その令呪とかいうやつは貰っていくヨ。いつか役に立つときが来るかもしれないしサ!」

 スパンッ。という気持ちの良い切断音が聞こえた。次の瞬間、ブシュゥゥゥ。という血が噴き出る気味の悪い音が聞こえた。さらにその後、パクン。という潔い食事音が聞こえた。そして最後にゴォォォォ。という掃除機でゴミを吸い取るかのような音が聞こえた。

「聖杯を手にするのはマスターじゃない、この僕ダ!!」

 声の主は夜道へ繰り出していく。

 

⑤「開戦」

 

 日本某県、尾仁市三尾仁町。この地で今回の聖杯戦争最初の戦いが繰り広げられようとしていた。

 相対するのは雲に隠れてしまっている月の弱い光を反射する美麗な銀髪を持つ少女たち。一方は民家の屋根上に上り、もう片方は下からそれを眺めている。

「サーヴァント裁定者(ルーラー)。聖杯の寄る辺に従い、ルールから外れるサーヴァントの排除を行うわ」

 下にいる方の少女が抑揚の無い声で淡々と告げる。だが、そこには確かな意志が見える。それは彼女の眼光が言い表している。

「サーヴァント逸脱者(イレギュラー)。聖杯の寄る辺に従い、マスターの願いを叶えるべくニャん事でも力の限りを尽くして遂行するニャ。手始めに、そこのルーラーとかいうサーヴァントを殲滅するニャ」

 猫のように屋根の上に佇む少女も返答するかのように告げる。その口調は不遜と言う他ない。

 この二人の周りに彼女らのマスターがいる様子は無い。

『私はお姉ちゃんをここで倒す!』

『私は妹をここで殺す!』

 そんな声が聞こえてきた。気がした。

 それが引き金となり、両者が激突する。下にいた方の少女が単純な跳躍力を使って屋根上の少女に接近を試みたのだ。

 そんな彼女の両腕の袖からは手の甲を隠すように刃が生えている。至ってシンプルな両刃の剣だ。

 少女がジャンプし、刃を現出させつつ屋根上に到達する。この一連の流れにどれほどの時間がかかっただろうか。並みの人間であればそれは一瞬であったかのように見えただろう。

 だが屋根上の少女の反応は違う。相手の行動を予測し、目で追い、それに対抗できるようなアクションを取れるように準備をする。

 両者の距離が近づく。下にいた方の少女は右腕を突き出し、相手の心臓を捉えようとする。一方の屋根上の少女はそれを読んでいたかのように余裕の表情を浮かべながら紙一重でそれを避けていく。

 不意打ちの一撃を躱された刃の少女はその刃を消失させる。

「……流石ね、サーヴァント逸脱者(イレギュラー)。真名『ブラック羽川』。人の域を超えた知識と獣のような身体能力、直感。簡単には倒せないと思っていたわ」

「……ケッ。いけ好かニャい野郎だニャ、サーヴァント裁定者(ルーラー)。いきなり真名看破とは、ルーラー特権かニャ?……まぁ、そんなことはどうでもいいニャ。俺だってアンタの真名ぐらい知ってるし。ニャぁ、『天使』よぉ。それとも『立華かなで』が正解かニャ?」

 サーヴァント逸脱者(イレギュラー)。真名『ブラック羽川』。出典『猫物語(黒)』。低級怪異である障り猫という怪異がとある超人女子高生に宿った事によって最高ランクとなった新種の怪異。宿主が有していた頭脳と障り猫が有していた『エナジードレイン』という能力を併せ持つ厄介な怪異である。

 サーヴァント裁定者(ルーラー)。真名『天使』もしくは『立華かなで』。出典『Angel Beats!』。死後の世界の秩序を守る者として何十年もの間、世界に反抗し続けた集団をたった一人で粛清してきた可憐な少女。その集団に対抗するために『ガードスキル』という自衛術を身につけて戦う。『天使』というのはあだ名のようなものであり、『立華かなで』が本名。

「今回の聖杯戦争は冬木のものとは断然に違う。だからルーラー特権もかなり弱められている。でもね、イレギュラー。私は貴女に対しては冬木のルーラーと同じくらいの力が使えるのよ」

 冬木の聖杯戦争のルーラーは他のサーヴァントとは一線を画すほどの能力を持っていた。それ故にこのクラスに選ばれた英霊は聖杯を手にすることに尽力するのではなく戦争自体の秩序を守るべく活動するのだ。言ってしまえば英霊の監督役のようなものだ。

 今回のルーラーはそうではない。聖杯を捕りあう一騎として召喚されるため当然権力は弱められる。ルーラーに与えられる特権は、どのクラスのサーヴァントが召喚されたかということと、どの位置にサーヴァントがいるかが漠然と分かるぐらいだ。

 しかし、ある条件を満たせばルーラーは冬木のルーラー並みの力を得られることが出来るのだ。それは、他サーヴァントが聖杯戦争のルールを破る事である。聖杯戦争における禁止事項は多々あるが中でも無関係な人間を巻き込むことはご法度とされている。それを犯したサーヴァントに対してルーラーは本領発揮出来る。真名看破ができ、そのサーヴァントがどこにいるのかが手に取るように分かる。そして、そのサーヴァントに対して効力を発揮する令呪を二画与えられるのだ。

 さて、このサーヴァントイレギュラーはおそらく初見のサーヴァントとなるだろう。少なくとも冬木の聖杯戦争で召喚されたことは無い。

 このクラスに似たものとして復讐者(アヴェンジャー)というクラスがある。冬木の聖杯戦争ではこのクラスがルーラーの対となると言われていたが今回はその限りではない。今回の聖杯戦争ではこのイレギュラーがルーラーの対として召喚されるのだ。

 その具体的な能力は、ただ一つ。ルーラーの抑止だ。

「イレギュラーは徹底的にルーラーに反抗するクラスだニャ。だから真名が分かるニャ。そして、大事な一点。ルーラーはイレギュラーに対しての令呪は宿らニャい」

 今回の聖杯戦争の秩序守衛の仕組みは三竦みになっているのだ。

 サーヴァントが違反行為を犯したらルーラーがそれを取り締まる。もし、そのルーラーが違反者側に立ったら、それを律するのがイレギュラーなのだ。そして、イレギュラーは本来の能力が他サーヴァントよりやや劣るのでこれに罰を与えるのが他サーヴァントとなる。

 今のイレギュラーはそのルーラーに対する特権をフルで活かしているのだ。

 こうなってしまった以上、本来の秩序維持役のルーラーは直接的な力をもってイレギュラーを制するしかない。そもそも今の奴は重大な違反を犯した無法者であるし、奴を倒すことがルーラーとしての役目であり、マスターの望みでもあるのだから。

「令呪なんて宿らなくても別にいいわ。力でねじ伏せるから」

 今度は右腕だけ剣を生やし、ルーラーが飛び出す。屋根上の決闘が始まる。

 此度の果し合いにおいて、イレギュラーはただただ防戦一方を強いられる。その理由は単純明快。ルーラーは得物を所持し、イレギュラーは素手での戦いを強いられているからだ。

 ルーラーには途方もない時間、そのプログラムで構成された不可思議な剣と共に戦ってきたという確かな歴史(ものがたり)がある。見た目は可憐でひ弱な少女だが、その剣技は熟練の剣士そのもの。冬木の聖杯戦争で召喚される英霊に匹敵する剣捌きを有し、セイバーのクラスで召喚されても問題ないほどのものだ。

 そして、ルーラーは知らないことだが、このイレギュラー『ブラック羽川』は剣という武具に弱いという弱点がある。彼女に止めを刺した武器が日本刀であったことがその弱点に由来している。

 この勝負、一見どころか誰から見てもルーラーの方が優位であり、イレギュラーの負けが確定しているように見える。

 しかし、実際に戦ってみるとどうやらその限りではないらしい。

 確かに、イレギュラーには繰り出される斬撃を躱す事しか出来ていないが、それでもその表情に追い詰められている様子は無く、寧ろルーラーを弄んでいるようだ。猫の様な、というよりも猫そのものの反射神経と身体能力で身体を動かしている。基本骨子は人間であるはずなのにどうしてそこまでの動きが再現できるのか不思議なほどだ。

 そしてイレギュラーは隙あらば腕を伸ばし、その陶磁器の様な拳でルーラーの身体を握ろうとする。それをルーラーが剣でぶった斬ろうとすれば、すぐさま腕を引っ込める。それほどまで彼女は徒手でルーラーに接戦を仕掛けているのだ。

 この戦況に逆にルーラーの方が困惑しているように見える。いや、彼女自身の表情は眉一つ動かずに淡々と刃を振るっているのだが、どこからともなく焦燥感が滲み出ている。

『アンタの攻めはそんなものか!?』

 不可思議な声が聞こえた。開戦前に聞こえた二つの声の片割れだ。

『ならこっちから行かせてもらうわよ!!』

「了解ニャあ、マスター!!」

 ここでイレギュラーの動きが加速した。先程までもルーラーが放つ人の域を超えた斬撃を余裕綽々で躱していた彼女だがそれ以上の速さで、バックステップを繰り出した。ほぼ瞬間移動だ。

 後ろに下がったイレギュラーは四つん這いのまま、妖しい眼を光らせ、嗤う。

 それとほぼ同時に月を隠していた雲が風に流され、眩しい程の月光が天近くで戦う二人の少女を照らしつける。

 髪色だけが共通している二人はそれを皮切りに再び交わる。

 ルーラーは先程のイレギュラーの後退を超える速さで直進する。一方、イレギュラーは小刻みに左右へステップしながらルーラーに近づく。

 ルーラーの刃の間合いに入り、彼女は己の刃を横薙ぎに振るう。身体を左右に振るイレギュラーがどこにいようがその剣先が当たらざるをえない攻撃範囲を得るためだ。

 しかしそれは空振りに終わる。イレギュラーはその攻撃を読んでいたのか、真上に跳んだのだ。

 真上と言ってもそれほど高度ではない。ルーラーの身長分だけ跳ぶ。そして隙を作ってしまったルーラーへそのままダイブしていく。それは獲物を見つけた四本足の肉食獣のように。

 イレギュラーは飛び掛かる。それに対してルーラーはなす術がない、と思われた。が、それは誤算であった。彼女はこの時点で振るった右腕を使う事を諦め、左腕に刃を生やした。

 空を舞うイレギュラーには横への回避行動は不可能となってしまった。ルーラーはその点に気付き、慣れないが確実に殺傷性のある左腕の刃でイレギュラーの身体を貫こうとする。

 流石のイレギュラーもこの状況では背中に冷や汗を垂らしてしまった。しかし、ここで両サーヴァントが考えもしなかった事象が起きる。

 完璧にイレギュラーの心臓を捉えていたルーラーの刃が大幅にずれてしまったのだ。そのずれ具合は、そのまま落下してきたイレギュラーの脇腹を掠る程度の損傷しか与えることが出来なかったほどだ。

 イレギュラーがその程度のダメージで物怖じするはずもなく、そのままルーラーのマウントをとる。そして両手両足と身体に宿る筋力を使ってルーラーを捕縛する。

「捕まえた。呆気なかったニャ」

 完全にルーラーに馬乗りになったイレギュラーは余裕の表情を浮かべ、舌なめずりをする。その際もルーラーは拘束を解こうと必死に足掻くが本来の彼女の力ではそれは厳しいらしい。

『る、ルーラー!!』

 ルーラーの身を案じる声がどこからともなく聞こえてくる。その声には心配する意と申し訳なさが含まれていたように思えた。

「マスター、やっちゃってもいいかニャ?」

 そんな声を他所にイレギュラーは己のマスターに指示を仰ぐ。それに対して『いいわよ』という声がこれまたどこからともなく聞こえてくる。この声の主もサーヴァントと同じように心の猶予があるようだ。優勢なのだから当たり前か。

「じゃあ、やっちゃうニャ」

 イレギュラーはそう言い残してルーラーの首筋を舌で舐めまわす。

『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 そんな絶叫と勢いよく血が噴き出る音が夜の尾仁市に響き渡る。

 舐めまわすと言っても、ただベロッとキャンディーを厭らしく食すように舌を使っただけなのだがそれでもルーラーの首からの出血は止まらない。猫の舌が持つ、ブラシのように密集した棘がこのダメージを与えたのだ。

 首から鮮血を溢れ出させるルーラーをイレギュラーは傍目で見る。人を物理的に傷つけることに慣れている者がするような目だ。

『全く、甘い女なんだよ、アンタは。人殺しをする勇気も度胸もないくせに、こんな物騒な件に首を突っ込んだのが間違いだったんだ。分かったならさっさと自分のサーヴァントを自害させて身を引きな』

 またおかしな声が響く。どうやら音源はイレギュラー付近にあるらしい。

『う、うるさい!わ、私は、お姉ちゃんを、絶対に、連れ戻すんだっ‼』

 そのおかしな声に返答する声が聞こえた。これはルーラー付近に音源があるようだ。

「『攻撃は最大の防御(ガードスキル)怪魚黙す怪力(オーバードライブ)』」

 後者の声が聞こえた数秒後にルーラーが口を開き、こう呟いた。その声を察知したイレギュラーは余裕をかましていたのを止め、拘束を一層強める。がそれもいつまで()つかイレギュラー本人でさえ分からない。

「ニャ、ニャんニャんだ、これは!……宝具かっ!!」

 宝具。それはサーヴァントが己が物語で使用した武具や能力、エピソードの一コマを高次元なものへと昇華して放つ必殺の武器だ。

 ルーラーが発動した宝具、『攻撃は最大の防御(ガードスキル)怪魚黙す怪力(オーバードライブ)』は自身の純粋な筋力を底上げするという能力だ。数ある『ガードスキル』の内に隠れた優秀な宝具である。

『エナジードレインが働いているのに、こんな馬鹿力が!!……なんて子なのっ!?』

 こんな声が聞こえた時か、ルーラーの身体から完全にイレギュラーが剥がれた。そして彼女はのろのろと立ち上がる。そして相変わらずの口調であっさり告げる。次のように。

「箏音、撤退」

 その後、ルーラーは束の間の戦場と化した屋根から難なく飛び降り、そのまま闇の彼方へ消えて行った。

 一方、ルーラーの身体からどかされたイレギュラーはその勢いのまま屋根上にペタリと座り込んでしまっていたため彼女は身動き一つ取れぬままルーラーの退避を許してしまった。

 彼女はその姿勢のまま顔を下げて己のマスターに報告する。

「すまん。アイツを倒せニャかったニャ……」

 その声は先程の戦闘中のものとはかけ離れたひどく落ち込んだものだった。彼女の周りを沈黙が支配する。

『別にいいのよ、イレギュラー。いや、羽川。貴女は精一杯頑張ってくれた。これからアイツらの対策を考えればいいのよ。だから今日はもう休みましょう?』

 またこの声が響く。だがその声色は戦闘中に聞こえたものとは正反対に頗る穏やかで同じ人間から発せられていると思えない程だった。

 この声の主がイレギュラーのマスターであるのだ。名前は高梨弦羽。ここ尾仁市に住む高校三年生だ。今まで魔術とは無縁の世界で生きてきた一般人だった女子だ。

『それにしても、まさかあの子が関わってくるとは思わなかったわ……』

 弱音を吐くようなそんな声調だ。これを聞いたイレギュラーがつい、胸の疼きを覚えてしまうほどは儚い声であった。

 イレギュラーは今一度彼女に問う。

「ニャんだ?やっぱり心苦しいのかニャ?」

 それを聞いた弦羽は一旦黙る。その後戦闘中の声色を思い出したかのように確かな意志を込めて話す。

『……ううん。私は決めたの。貴女と共にこの聖杯戦争で勝ち抜き、願いを叶えるって。そのためならどんな障害でもぶっ潰すわ』

 それを聞いたイレギュラーも一安心したようで、彼女も彼女なりに方針を固めたようだ。俺はマスターに従うだけニャ。と呟き、猫の様な身軽さで夜闇に消えて行く。

 暗闇からは『そういえば傷大丈夫?』と「ちょっと痛いけど、まあ大丈夫ニャ。また、アレやればいいし」という話声が微かに聞こえてきた。

 こうして今回の聖杯戦争初のサーヴァント同士の抗戦が人知れず終了した。この時、お互いのマスターは顔を一度も出さなかった。

 

⑥「学園都市最強のアーチャー」

 

 ある秋の夜のことだった。ふとその少女は願った。唐突に思ってしまった。数年前に亡くなった両親に会いたい、と。何か辛いことがあったわけではない。何か悲しいことがあったわけではない。何か亡者を思い出す季節的な行事があったわけでもない。ただただそう思い願った。

 両親を亡くした時は幼すぎて流すことの出来なかった涙が、突然そう思った今、とめどなく溢れ出す。

 その少女は紛れもない子どもだが、子どものように泣き喚くのではない。せせらぎの様な一筋の涙が目尻から流れ出るのだ。いつまでも。

 遂には、少女は涙を流したまま眠りに就いた。

 

 次に目が覚めた時、その涙はすっかり止まっていた。悲しいという気持ちももう薄れていた。目の周りに凄まじいまでの違和感を覚える程度であった。

 その少女は意識を十分に覚醒させ、自室から出る。そして朝食を摂るためにダイニングに向かう。

 向かった先には誰もいない。これが少女にとっての当たり前だ。いつだって彼女の味方をしてくれる、身近にいて親身になってくれる人間なんていない。少女はそんな異常な当たり前に慣れてしまっていた。

 少女は特に何も考えることなく、黙々と朝食の準備をする、しようとする。しようとしたのだが、そう決断し、シンクの前に立った時、目に映った光景に疑問を覚えてしまう。

 眼前に水が入ったマグカップが置かれているのだ。

 おかしい、昨晩の内に使った食器類は全て片付けたはずなのに、どうしてここにこのマグカップが置いてあるのか。という思考が少女の小さな頭脳内を駆け巡った。

 しかもそのマグカップは少女が常用しているものではない。それは彼女の母親が亡くなる前、大事にしていたもので、言うなれば『思い出の遺産』と言ったところなのだ。そんな大事なものを易々と使うわけがない。

 少女はそれを怪しむ。もしかして夜中の内に何者かが侵入したのではないかと。

 すぐさま少女は行動を起こそうとするが、これまた視界に入ったものが彼女の行動を制限する。

 四人掛けのダイニングテーブルの上に奇妙な紙が置いてあったのだ。彼女に見覚えのない不思議な薄汚い紙片が、それも束で。

 手始めにその紙に触れてみる。その手触りに少し悪寒が走ってしまった。学校で配布されるプリントのように滑らかではあるのだが、確実に今まで一度も触れたことがないと直感できた。

 そんな紙如きで驚いている場合じゃないと思いなおし、少女はその文面に目を通し始める。

 文面と言ってもその紙束には、汝には途方もない望みがあるか?という明朝体で構成された文字群、文がたった一つあっただけなのだが。

 なんだコレ。と思うと同時に少女は昨晩の事を思い出してしまった。すると、今まで空白だった部分に次々と文字が浮かび上がってきた。

 この事象には流石に驚き、つい彼女は握っていたその紙束を手放してしまう。それでも独りでに文章は書き連ねていく。見えないペンが紙上を踊っているかのような速さでその紙束は日本語で埋め尽くされた。

 その異変が収まったと思った少女は恐る恐るソレに手を伸ばし、手元に寄せ、目を通し始める。

 この時点で彼女はいつも通りの正常な思考、判断が出来なくなってしまい、そこに書いてあることを概略的にしか掴めなくなってしまっていた。

 そんな彼女が読み解くに、変な戦いにパートナーと共に参加して勝利すれば両親に再び会える。ということだった。

 両親に会える。と愚直にその羊皮紙は書き表していたのだ。

 それには少女も色めきだった。色めきだってしまった。

 彼女はもう一度、昨晩のように強く、強く、願った。

 

「お母さんとお父さんに会いたいっ‼」

 

 それがトリガーとなったのか、今まで背を向けていたシンクに付属する蛇口からハンドルを捻っていないのにも関わらず勝手に水が出てきた。

 頭上から急に勢いよく水がこぼれ出る音が聞こえ、再び少女は驚き怯える。が、それでも勇気を出して足を震わせながらも時間をかけて立ち上がり、何が起きているのかを確認する。

 そして、少女の目に映ったものは水道水で描かれた不可思議な紋様だった。

 ここで少女の頭の中に唐突に言葉が浮かんだ。そして、誰かが頭の中で囁いてくる。その言葉を口にすると良い事がある、と。

 その声の主を彼女は知っていた。

 それで安心してしまったのか、彼女はわなわなとだが口を開く、開いてしまう。それがこれからさらなる苛酷な道への開門だと気付かずに。

 

「そ、祖に軌跡と奇蹟の邂逅。

 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、神の盃より出で、黄泉に至る三叉路は循環せよ。

 満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。

 繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる次元を破却する

 ……告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の弓に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

 誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、

 又は常世総ての悪と成る者。

 汝三大の言霊を纏う十三天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よっ……!」

 

 言い終わった瞬間、不可思議な紋様が青白く発光し始める。それに対して慌てて両腕で目を覆う。

 視界を自分で閉じてからどれほどの時間が経っただろうか。と思った時に次のような声が聞こえた。聞いたことが無い男の人の声だった。

「ッたくよォ。めんどくせェことに巻き込まれちまッたよォだなァ」

 ここで少女は腕をどけて視覚情報を取り込む。

 そこには、白い見た目で黒いオーラを纏っていそうな、痩身の、瞳が真っ赤に染められた見知らぬ男が立っていた。

「……一応言ッとくか。サーヴァント弓兵(アーチャー)。真名『一方通行(アクセラレータ)』。聖杯の寄る辺に従い、オマエの願いを叶えてやる」

 少女は唖然とする。恐怖はなかった。しかし、代わりにこんなことを思った。天使か悪魔の様だと。

「さて、マスター。オマエの名前はなンだ?」

「……わ、私は……」

 圧倒的神々しさ、あるいはどす黒さ。そのようなものに迫られて怖気づく少女、それでも何とか言葉を紡ぎきる。あの紙束が言ったことが本当であればこの人と一緒に戦うことになる。勝てば両親に会えるんだと二つのことを考えながら。そして最後には絶対に両親に再開するんだ。と強く思いながら。

「私は、きっ、霧崎小雨‼貴方のマスターとなる者だっ‼」

 その男は少女の、霧崎小雨の宣言を聞いて、「良ィ返事だ」とニぃと口角を上げながら言った。その笑みは天使の微笑みとはかけ離れていた。

 アーチャー陣営、完成。

 

 

 




初めまして、旅兎と申します。今回初投稿させていただきました。多々至らぬ点があると思いますがこれからも頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします。
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