それと先に予告しておきます。今章の幕間はカルネ村を中心に書いていく予定です。
もう一つ、思ったよりもクレマンティーヌに関するご指摘をいただきましたので彼女の話も同時にやっていきます。後、王国関連の話も入れたいと考えています。その為、更に劇中の時系列がややこしいものになると思いますが、何とか分かるよう書いていきます。
前編 集うは捕食者たち
「ははは、お前の姉はしっかりと仕事をこなしているようんだなナーベ」
「ええ、そのようでございます」
(できるのだから、いつもそうしてくれればいいのに、本当に解らない人)
それはアインズがモモンとしてカルネ村を訪れていたのとほぼほぼ同時刻。
「なんて、おいしい料理なのでしょう。流石はエ・ランテル最高の宿と言われるだけありますね」
そう言って、料理を口にしているのは正に白銀とも言うべき少女であった。年の頃は13から14、まるで死体をおもわせるような白い肌は、この少女が生まれてこの方、太陽というものを浴びてこなかったのではないだろうかという程白く、最早それは人のモノではなく、真珠のモノではないかと言いたくなる程であった。彼女が周囲の目を引く理由はひとつだけではない。色素というものが不要だといっているような銀色の髪に、妖艶さを放つ赤い瞳はそれだけ見れば、この少女が実は成長の止まってしまった大人なのではと疑ってしまう。容姿だけではなく、食事をとる姿勢も綺麗なもので大方どこかの貴族令嬢だろうと周囲の者達は話し込んでいた。
「シャルティア様、こちらの皿、お下げしますね」
「ありがとう、ソリュシャン」
そう言って、皿を下げるのは彼女のお付きのメイドなのだろう。縦ロールにまとめられた金髪に豊満な体つきとこちらも相当の美人である。それだけではない。通常、仕えている人物を名前で呼ぶということはありえないのだが、この女性は少女のことを名前で呼んでいる。それだけ彼女たちの信頼があるということか、
「お嬢様、この後の予定でございますが」
次に少女に声をかけたのは老齢の執事であった。しかしその体は服越しでも鍛えていると解るものであり、その眼光を見る限り、若いころは冒険者として名をはせたかもしれない。そして周囲の者たちは自然とその会話に聞き耳をたてる。この一行の目的を知ってどうしようというのか。
「ええ、王都に行く予定でしたわね、お父様から頼まれたお使いですもの」
どうやら、この貴族令嬢はどこかの地方から、来たらしい。周囲の者達の中にはすぐにその場を離れる者達も出てきた。大方、急いで少女の実家を調べ、何とか繋がりを持とうというのだろう。少女たちの装いを見る限り、そこまで位の高い貴族ではないが、それでもその美貌は確か、上手くやれば伴侶、あるいは妾として少女をもらう算段なのだろう。
「シャルティア様あぁあぁあぁあぁあ!!!」
そこへ、奇怪な叫び声をあげながら新たな人物が走って来た。年は少女の2つ3つ上といったところか、老執事と同じよ燕尾服を身にまとっているということは彼も執事なのだろう。主人を名前呼びしているのは、こちらは親しいというより、
「エドワード君、お嬢様でしょう?」
「だあ!すみません。セバス様、あれ?では何でソリュシャン様はいいのですか?」
使用人としては未熟なのだろう。
「別に構いませんよ、セバス。何でしたらあなたもそう呼んでくれていいのよ?」
少女は気にした風も見せず、むしろ老執事にも名前呼びを頼むあたり、人当たりも相当いい人物なのだろう。
「お戯れを、お嬢様。エドワード君もお嬢様の優しさに感謝するのですよ」
「勿論でございます!」
両手で握り拳を作り、文字通り感謝を体で表現するその少年執事の姿に周囲から笑い声が響く、しかしそれは嘲るものではなく、純粋にそのにぎやかさを微笑ましく思ってのものであった。少女達はそれには気づかない様子で続ける。
「ところでエドワード、どうしたのかしら?」
それで思い出したのか、少年は突然、頭を下げる。
「申し訳ございません!!シャルティア様!馬車の調達ができませんでした!」
「あら、渡したお金はどうしたのかしら?」
少女は特に咎めるつもりはなく、その言葉も純粋な疑問から出たようでである。少年はすぐさま、服の間から、金貨袋を取り出して少女へと差し出す。
「なるほどね、そもそも空きの馬車が見つからなかったというところかしら?」
迷いなく、そう言ってのける少女、少年がちょろまかしたという発想はないようだ。それはそれだけ彼らとの信頼関係があると同時に、この少女にはある程度の金銭勘定能力もあるらしいと推測がつく。ある程度、経験を積むと、手に硬貨を乗せただけで、その金額が正確に分かるという。少女にもその手の技能があるのかもしれない。
「お嬢様、ここは」
「大丈夫よ、セバス。急がないといけないのは確かだけど、王都まで行くのに、馬車は必須。ここは焦らずにゆっくり行くとしましょうか」
周囲が静かにざわつき始める。何とか馬車を調達して、この一行と繋がりたいという下心が透けてみえるようであった。
「お嬢さん方、よろしいですかい?」
声をかけたのは少女たちと比べると、夜空に輝く月と路傍に生える雑草ほどの差がある小汚い男であった。
ザックがその一行に声をかけたのは、無論、金のためということもあるが、少女を、あの世の中の汚れを全く知らないという無垢な瞳を壊してやりたいという欲求もでたからだ。彼は世界というものが平等ではないと知っている。だからこそこの少女が許せないのだろう。それにこちらにはあの戦士長と同等の力を持つ男がいるのだ。きっとうまくいくはずだと、彼は馬車の用意と仲間たちへの連絡へと走るのであった。
シャルティア達もまた、宿を後にすべくその場を去ろうしたところで、
「シャルティアさんと言ったかな」
新たな男が声をかけてきた。その身なりと振舞い、そして姿勢を確認して、先ほど声をかけた男とはまた変わった印象を抱く。
(ふむ、向こうから声をかけてくるとは、うまくいっているとみてよさそうね)
自分たちの目的は王都を中心とした情報収集、その為にはうまく現地になじむ必要がある。だからこそ、演じていたのだ。親しみやすいお嬢様というものを。
「はい、どちら様でしょうか?」
言葉一つ一つに神経を使う。いずれ、主とナザリックが表に出た時、僅かばかりの懸念材料も残してはいけない。
「私はバルド・ロフーレと言います。単刀直入に言います。あの男はよくないですよ」
(ああ、そういうこと)
先ほど、自分達に馬車の提供を申し出た男のことだ。自分だってあの男の狙いは分っているし、自分に向けられた劣情交じりの視線を受けただけで殺意が溢れもしたが、何とかそれを抑えた。ああいった輩は使えるのだ。文字通り、様々なことに。
「心配してくれてありがとうございます。ですが、私はあの方の仕事に対する熱意を買ったのです」
すべてがすべて嘘という訳ではない。男の熱意を気に入ったのは確かだ。それが後でどうなるか期待して。
「そこまでいうのでしたら、私は何も言いませんよ。ですけどそうですね」
男はまだ何かあるらしい。
「でしたら、せめて傭兵を雇ってはどうでしょう?信頼できる者たちを紹介しますよ」
(なるほどねえ)
傍らに控えているセバスを眼球を僅かに動かし確認する。その顔は無表情ながらも喜んでいるのが長年の付き合いで分かった。ここまでくれば、男の目的も見えてくる。おそらく自分たちに恩を売りたいのだろう。そうすれば、追々、この男にとって利益となるだろう。しかし、それだけということではなく、純粋に自分たちを心配しているのも確かなのだろう。
(協力者になりえる人材といったところ?)
ここまでのやり取りや男から漂う香りで察することができた。この人物が食料関係に関わる商人なのだろう。主が目指す楽園の為には、悔しいが、自分たちだけでは力不足なのも確か、ここである程度繋がり持っていてもいいかもしれない。
「必要ありません。でもお気持ちは嬉しいです。あなたは」
先に名乗ったはずなのに、言いよどむその様子にバルドもまた。この少女がただの世間知らずではなく、高い教養を持つ人物だと思い知った。
「商人をやっています食料を主に」
「やはりそうなのですね、あなたの御厚意は忘れません。このことは必ずお父様に申し上げて、あなたのところの商品を勧めるとしましょう」
「いえ、そこまで見抜かれるとは、お見逸れしました。はい御贔屓に願います。それと、今度、この街に来ることがあれば、私のところへいらっしゃってください。歓迎しますよ」
「ええ、楽しみにさせていただくとしましょう」
こうして白銀の少女とその一行は馬車へと向かう為に「黄金の輝き亭」を後にするのであった。
日がすっかりしずみ、暗くなったエ・ランテルから王都への街道を馬車が揺れながら走行している。この世界の、いや、この国の人間であればそれがどれ程、危ないのか分かっている。もしも盗賊などに襲われても文句は言えない。
(くだらない)
人生である。それがザックのここまで生きてきた感想だ。この世界は強いやつが、奪えるやつがすべてだ。だからたとえ、組織内での地位が低くても自分にはこの生き方しかない。今、この中にいる奴らも奪われる側だ。
(悪く思うなよ)
しかたのない事なのだ。自分があの少女に憎しみに近い感情を抱いたことも、報告の結果彼らが目標になったこともすべては仕方のないことだ。
(リリア)
馬車の中には5人の人物が座っていた。別行動をしていた彼が合流したのだ。
「さて、確認をするでありんす」
声をあげるのはこの班の責任者であるシャルティア。その装いは先ほどの純白のドレス姿ではなく、いつもの彼女のものであった。ほかの者達もその言葉に耳を傾ける。
「今回、私たちは『主人の頼みで王都を目指す一行』ということでありんした。その上で、私は
ワガママなお嬢様と理想的なお嬢様、そのどちらを演じるかは正直迷ったが、彼の助言で決めたのだ。
『人間とはより綺麗なものを汚したくなる生き物ですよ』
その気持ちが分からないでもないが、自分の趣向は別にしてもこちらの方が、なにかと都合がいいだろうと自分なりの結論であった。思えば愛する主も英雄像を作る為、動いているのだから、きっとそれが一番、答えに近いのだろう。そして実際にそれを演じたわけであるが、
「問題はなかったように思います。個人的には普段からそうして頂きたいと思う程でございます」
(じじい)
気になる発言はあったが、それ以外は特に問題がないようだ。ほかの面々も頭を振っている。ならば、話を進めてもいいだろう。
「さて、そんな私たちをこれから襲おうと考えている者共は愚か者、哀れ者、どっちかえ?」
「愚か者かと」
「愚か者ですわ」
「愚か者です!」
「愚か者ですかね」
これは全員一致であった。
「では、先にこの後の展開を決めんしょう。と、その前にベル」
「はい、シャルティア様」
「ぬしの話を聞かせて頂戴、その愚か者たちの情報もありんしょう?」
「畏まりました」
こうして情報収集にあたっていたヴェルフガノンは語る。おそらくこれから自分たちを襲撃するつもりなのは「死を撒く剣団」、傭兵団でありながら、戦時以外は野盗をしている犯罪者集団であるということであった。そしてその中で気になる人物の情報も得られたという。
その男の名はブレイン・アングラウス、あの戦士長ガゼフ・ストロノーフと同等の力を持つというのである。
(使えるかもしれない)
もしもその男があの戦士長と
「ベル、一応、聞きんすけど、スキルは」
「まさか、勝手な使用はしませんよ」
「そうでありんしょうね」
彼のスキルの一つに「記憶
「さて、そのブレインなる人物は興味がありんす」
シャルティアは話を続ける。ここは班を二つに分けることにした。
「まず、私はこっち、セバスとソリュシャンはこのまま王都に向かってほしいでありんす。プランはKを使用しましょう」
「『主人より使いとして来た従者』でございますね」
「ええ、その方向で頼みんす」
この設定であれば、執事とメイドだけで行動をしている理由づけになる。その内容もちゃんと詰めている。
「ベルとエドワードは私とその野盗たち、ブレインという男の調査よ、プランは、Fね」
「『さる方の使いたる戦士とそのシモベ達』でございますね」
元々、こういった裏事情に関わる為に用意したアンダーカバーである。最も注意しないといけないのは、ナザリックに関する情報を渡さないこと。もしもの時は、少々本気を出せば大体のことは何とかなりそうではある。それでどうにかならなければ、また別の案でいくしかない。
「ソリュシャン、
「アルベド様でございますね」
話が早くて助かる。主は遠慮なくスクロールを使うよう言ってくれたけど、それができる相手がいるのであれば、そうするのがいいに決まっている。
その後、彼女越しに今回の作戦を伝え、そして協議の結果、半数をナザリックへと招待することになった。その人選はこちらに任せてくれるということであった。
『最後にシャルティア』
「何かしら?アルベド」
わざわざ繋ぎ直してなんだというのだろうか、
『気をつけなさいね、もしもあなた達になにかあれば、何よりアインズ様が悲しまれるわ』
「分かっていんす。間違っても侮るなんてしんせんよ」
それこそ言われなくたって理解している。プレイヤーの存在も危惧しなければいけないが、もしもいるのであれば、既に攻撃を仕掛けてきているのではないかと思うのも確かだ。何より言われてばっかりは面白くない。
「アルベドこそ、覚悟していなさい」
『何かしら?』
「アインズ様の正妃の座」
『あら、とっくに諦めたものだと』
「ぬかすがいいでありんす」
そのままいつものように小競り合いになりそうになったところで、セバスの静止でなんとか収まるのであった。
「おらぁ!!出てこいや!」
声を挙げたのはシャルティア達の見立て通り、例の野盗の一人であった。その様を眺めながらザックもまた。これから起きることをいつものように木の陰から見ていた。これから行われることも彼にとっては日常茶飯事でしかない。しかし、馬車の扉が開かれ感じたのは疑問であった。
(誰だあいつら?)
出てきたのはザックの知らない者たちであった。血のように真っ赤な鎧と仮面をを身に着けた最も小柄な人物に見たことない服と仮面をつけた男が二人、
「みなさん、お初にお目にかかります」
その声もまたザックが聞いていたものと違った。自分が狙う予定の少女は澄んだ声に年相応の朗らかさがあったのが、この女が発したのはまるでゴミがたまり正常に動かなくなった楽器が奏でるものを思い起こさせる。それを聞いた野盗たちも一瞬たじろぐ、
「私はカーミラといいます。こちらシモベの酒呑童子」
「始めまして、ドクズの皆さん!!」
「同じくベルゼブブ」
「よろしく、虫けらさん共」
挨拶をしたと思えば、女は周囲を見回して意味不明な単語を口にした。
「プレイヤーの存在はなし、と。では二人とも」
「「は!」」
「無力化しましょうか」
一人が叫んだ。何訳の分からないことを抜かしているんだと、しかし、それはすぐに悲鳴に変わる。武器が砕けたのだ。それは、彼だけではない。その場にいた全員が瞬く間に己の獲物を壊され、地に伏せられてどこからか現れた縄にその身を縛られる。
いつの間にか女の剣が自分を向いていた。
「あとはあなただけですね」
それはずっと奪い続けていた自分にきた当然の帰結、最後は自分も誰かにくわれる最後を迎えるのだと、思わず涙とともに呟いていた。
「リリア」
その瞬間、剣先が揺れたようだが、ザックはそれに気づくことはなく気を失う。
(この男)
武器を向けたシャルティアが動揺を受けたのはその一瞬の表情、本当に何故自分がここにいるかというのか分からないという顔であったのだ。そして、その顔には覚えがあった。
(ぺロロンチーノ様)
そう、かつて自分がしていたであろう。喪失した者特有の顔であった。大事な人がいなくなるのは辛いものだ。
先ほどまではこの男をナザリックに送る予定であったが、少々情けをかけてもいいかもしれない。
「ひとまず、この連中は全員縛って、そのまま、彼らのアジトに赴くとしましょう」
「「畏まりました。カーミラ様」」
セバスたちと別れ、シャルティア達は野盗たちのアジトを目指す。
「カーミラ様」
声をかけてきたのは、デミウルゴスの紹介で今回旅を共にすることになった男であった。
「何かしら?」
「少々、ご提案が」
平原を歩く二人の男女。一人は神官のようで、もう一人は仮面を身に着け、ローブで完全に体を覆っていたため、性別すら怪しいものであった。
「さて、ヤルダバオトよ」
「なに?ニグンちゃん」
「これより我々がやるべきことは分かっているな」
「分かっているというより、元々はニグンちゃんたちがやったんでしょ?」
「ぐはあ!!」
男はその言葉を聞くや否や、大地を転がり周り、やがて、土下座の形をとり、「お許しを、我が神よ」と繰り返して、3分ほど、ようやく落ち着いたのか、
「さて、いくとしよう」
「ニグンちゃんて、結構大物だよねぇ~」
さて、先の件にてナザリックの者として、新たにその生を謳歌することになった2人、もとい魔導神教団の2人は、カルネ村の周辺、以前、法国の部隊が襲撃した跡地へと向かっていた。被害状況よりも、生き残りの村人たちの様子を見るためだ。
「それにしてもだ、ヤルダバオト、お前も十分変わったと思うが」
「まあ、しゃあないよ~あんな目にあえばね~体を中から食べられる恐怖、それにさ、熱した洋梨以上に痛いものをたくさん経験しちゃったからね~」
しかし、不思議と恐怖を感じない。なんてそんな訳がない。もしかしたら、
(私も壊れたのかもね~)
そして、例え逃げようとしても、決して逃げられないとどこか理解している自分がいるのだ。命を絶っても、蘇生なんて簡単にしてくれそうだ。もう目をつけられた時点で諦めるしかない。誰が想像できようか、新米の冒険者かと思えば、強大な力を持った。
(プレイヤー)
隣の男が気づいているかは、分からないが、おそらくあの人物は故国の伝説である六大神と同じなのだろう。だからこそ、抵抗は無駄なのだ。ならば、
(言われたことをやるしかないんですな~)
何も悪い事ばかりでもなかった。例の回復術で本当に綺麗に体を治してもらったのだ。以前の拷問で自分の体は女としては完全に使い物にならなくなっていたが、それもすべて治してくれたのだ。まあ、あの神のごとき男のことだから特に深い訳はなく、単に「駒として最上」を求めた結果なのだろうが、
(体は軽いんだよね~)
傷とはあるだけで、本人の気をある程度割いてしまうものだ。それがなくなったという実感が彼女にそんなことを考えさせていた。
そしてそれだけではない、現在彼女たちの装備はもう天地がひっくり返るほどのものであったのだから。第7位階以上の魔法が封じられたスクロールに神話級の武器の数々、そして自分にはあるマジックアイテムが渡され、そして提案をされたのだ。
『クレマンティーヌよ、お前の技は面白いものである。それを生かしてはみないか?これを使って』
そうして、渡されたのは投げナイフ用のダースケースであった。それをたすき掛けのように体につけている。話では、このケースのナイフはなくなることがないのだそうだ。代わりにナイフ自体の性能は低く、すぐに壊れてしまうが、確かに神たる男が言う戦法にあったものでもあり、というか断るという選択肢がないのだ。こうして、かつて狂戦士と呼ばれた女はそれ以上の存在たちと邂逅したためにその人生を大きく狂わせることになる。
ロ・レンテ城、それはリ・エスティーゼ王国の王城である。その敷地内にある宮殿の廊下をこの国最強の戦士が歩いていた。顔こそその立場にふさわしく毅然としていたものの、その内心は激情に燃えていた。先ほどの貴族達たちの言葉がまだその脳を離れない。アインズ・ウール・ゴウン、自分にとって、正に恩人たる人物であった。その人物のおかげで村人たちの被害を抑え、法国の者達を抑えることができるのであった。だというのに、
(得たいの知れない人物、か)
これに関してはいくら憤ってもしかたがない。貴族達にとっては辺境の村人などどうでもいいのだ。彼らが大事なのは自らの地位と利益だけである。
(しかし)
それでも、あれほどの力を持ちながらも穏やかな人物が罵倒されるのは耐え難い。奴らは、法国から捉えた者達がいるというのに、そのゴウンなる人物も法国、あるいは帝国からの潜入者ではないかと疑うような発言をしたのだ。絶対にそれはないと断言できる。彼らは旅人と名乗っていたが、確かにこの辺りの情勢に疎いところがあったし、何より、あれ程の力を持つ人物であれば。それこそ、小細工ではなくて、正面から攻めて来るはずだ。かの御仁はやろうと思えば、その場で法国のものたちを皆殺しにできたはず、それをしなかったこそがかの人物という何よりの証明だ。
「あら?戦士長様ではありませんか」
よほど、考え込んでいたらしい。本来であれば極刑者だ。
「これは失礼しました。ラナー様、クライムも務めに励んでいるようだな」
目の前にいたのは、《黄金》と称されるこの国の第3王女たる少女とその騎士である純白の鎧を身に纏った若者であった。
「いえ、お気になさらずに」
王女は特に気にしてもいないようであり、若者の方は、軽く会釈をするのみであった。しかたのないことである。現在この国の状況がそうしてしまう。自分は国王直属、彼は第3王女の付き添い、もしもこれで、2人とも貴族であれば、問題はなかったのだろうか、実際は2人とも平民、とくに彼の事情は自分以上に複雑でそれがかえって、この少年の孤立を招いてしまっている。勿論、できることなら、もっと気にかけたいのだが、
(子供か)
ふと思い出すのは、あの時、現地の姉妹の頭を撫でていたかの御仁の姿。そして自分という人間のそれまでを見つめ直していた。王の剣となると決めてから、その手の話は受ける余裕がなかったのだ。気づけば、自分も年をとったと思う。もしも自分に才能なんてものなかったら、いや、それを考えるのは恩人たる王に対して不敬だと。しかし、それでも思ってしまう。
「戦士長様?どうかされましたか?」
王女が心配そうに声をかけてくる。
「失礼を、ラナー様、つい考えてしまったのですよ」
「何をですか?」
彼女に聞かれたということであれば、文句はある程度抑えることができるかもしれない。
「もしも、自分が妻をめとっていれば、クライムのような息子がいたかもしれないなと」
それは彼の願望込みの言葉であった。ガゼフはどちらかといえば、息子が欲しいと思っている。そうすれば、剣を教えてやれるのだから。この世界、別に男女での力の差はないかもしれないが、それでも男が戦う場所に立つ機会が多いのも確か、
「ふふ、そうなると戦士長様はいずれ、私の
可愛らしく、冗談で返す王女に、
「姫様、何を!?ストロノーフ様もご冗談はおやめください!」
ここではじめて感情を顔にだして、慌てふためく若者と、その場は和やかに終わりを迎えた。
その後、2人と別れ、ガゼフは改めて考えてしまう。叶うならばと、
(国王様も望まれていること)
しかし、同時に難しい、いや、不可能なことでもある。王女たちの問題だけではない。この国の危機が迫っているような気がするするのだ。いつものように戦士長としての勘である訳だけど。
(ブレイン)
かつて、自分と激闘を繰り広げた人物の名が浮かぶ。その男はあの大会の後から会ってはいない。しかし、今はできる限りの力が必要な時、できることなら。彼にも自分の陣営へと加わって欲しいのだ。
(どこにいるんだ)
「アインズ様、よろしいのでしょうか?」
それはいつものように彼女の問いかけであった。
「何だ、アルベド?」
城塞都市の件からアインズがしていたのは、冒険者と支配者を行き来して、目的の為にやれることをやっていた。今は、執務室にて書類整理をしていた。当然のように彼女が補佐を申し出てくれ、特に断る理由もないのでそまま頼んだ次第だ。
「あの女のことです。本当にあれで済ませてよろしかったのでしょうか?いと尊き御身に傷をつけたというのに」
(ああ、そのことか)
クレマンティーヌに関しては、墓地で対峙した時は利用する。本当にそれだけだったのだが、洗礼の際に彼女の体を調べたペストーニャからの報告であった。何でも彼女の体には魔法でその痕を隠しはしていたが、拷問を受けた形跡があったという。それを聞いた途端、彼女の人物像というものが見えてきたのだ。おそらくは大学教授だったという彼のおかげだ。
(死獣天朱雀さん)
そうなれば、彼女にもある程度の恩赦は必要になる。かといって、彼女がこれまでやったことをそのまますべて許すという訳にもいかない。よって、罰と償い、そして運が悪ければ、そこまでと、先の教団を立ち上げに参加させたのだ。
(すっかりあれだな)
一人の人間の人生を更生させようとは、もう自分は一般人ではいられまい。すでに骨だけど。
「構わないさ、アルベド。彼女の能力が高いのもまた事実。うまくやってやれば、計画の為の兵の一人とすることも可能だろうさ」
「それでしたら、よろしいのですが」
「まだ何か心配なことがあるのか?」
「いえ、あの者たちが何者かに捉えられるなんてことがあれば、アインズ様の身に危険が迫る可能性が」
彼女が心配しているのは、彼らに持たせたアイテムや武器の数々、そこからナザリックが特定させる可能性もない訳ではないが。
「いや、そんな心配はないだろう。仮にもこの世界では相当な部類の強者であるあの2人だ」
もしも、それで、彼らが殺させるなんてことになれば、それこそ自分以外のプレイヤーの存在を証明することになるだろう。
(法国の話も聞けなかったしな~)
彼らが持っていた情報があまり多くなかったこともあり、あの国にプレイヤーの存在があるかどうかは今一つであったのだ。もしも、彼らを送ってきたというのが、プレイヤーであれば、
(どうしたもんか)
何とか、話し合いの席についてもらう方法を考えなくてはならない。が、
(あまり欲をかいてもいいことはない)
現在は王国の調査に他にも様々な準備も続いている。あまり広げすぎもよくないのは確かだ。
「アルベドよあの2人が現地の者達に遅れをとると思うか?」
その言葉で彼女も納得してくれたらしい。それ以上は言わず書類の整理を手伝ってくれた。
街道を行くは冒険者たち、彼らが今回受けたのは、野盗たちの調査である。彼らに連れ去られと思しき、娘の親からの依頼であった。調べによれば、絡んでいるのはやはりというべきか、戦時中以外は問題しかおこさないあの一団であるということ、噂によれば、あの戦士長と互角にやり合える戦士がいるのだという。気を引き締めていかないといけないと向かったのに、
「あなた方の目的はこの者達でしょう」
出てきたのは、仮面をつけた3人組であった。深紅の鎧を身に着けた声から、かろうじて女性だと分かる人物と似たような恰好をしている2人の男性であった。その後ろには確かに行方不明であった女性たちがいて、更に件の傭兵団たちも縛られている。彼らが知る由もないが、その中にはザックの姿もあった。
「あなた達は?」
当然の疑問であった。少なくとも「死を撒く剣団」は70人弱の組織であったはずだ。それをたった3人で倒したというのか?
(そんな訳がない)
現にここにいるのは30程、つまり不意打ちで隙をつき、他の者たちは逃げていったに決まっている。そうあってくれと、願いながら問いかける。
「確か、奴らはもっといたはずですけど、どうしたんですか?逃げられました?」
「殺しました」
心臓に剣を向けられたような感触、その言葉が偽りではないということであった。
(まさか、あの男も?)
「あ」
ここで女性が思い出したように声をあげる。
「1人、逃げられてしまったんでした」
そんなもの、コップ一杯の水のたった一滴位のことでしかない。
「では、後はあなた方にお願いしますね」
それで、用事は澄んだと彼女たちは後ろを振り向いていってしまう。
「待ってください!!」
声を上げたのは、今回の調査団で一応紅一点となっているブリタであった。
「何でしょうか?」
「あの、報奨金があるのですが」
そう、今回の依頼は金をもらって受けてしまっている。ここでただ彼女たちからただ手柄をもらう形になるのは、後々、まずいことになり兼ねない。ここは多少損をしても謝礼をすべきだ。しかし女性は、
「興味ありません」
まるで、他に大事なことがあるからと、その場を立ち去ろうとする。ブリタもまずいと思ったのか更に食い下がる。
「でしたら、せめてこれを貰ってはくれないでしょうか?」
彼女が取り出したのは、街で新米冒険者にもらったという真っ赤なポーションであった。確かに高価な品を渡すというのも一つの手だ。女性は面倒そうにそれを受け取り、
「これは」
しばし、黙ったと思うとブリタへと振り向いた。その動きにはそれまで見られなかった熱があるように見えた。
「あなた、これはどうしたの?」
何故それを聞くのか理由は分からない。それでも、ブリタには答えることしかできない。
「これは、モモンという冒険者にもらったものです」
「そう、そうなのね」
それを聞いた彼女は心なしか嬉しそうにしていた。一体何だというのだろうか?
「ふふ、分かりました。これはありがたく貰うとしましょう。それでは」
今度こそ彼女たちは行ってしまった。
「一体、何者なんだ?あの人たち」
「さあ、分からねえよ。それよか」
そう、女性たちに野盗たちを然るべき場所に連れていかないといかない。この人数をあの3人はどうやって運んだのか疑問が湧く。が、魔法がある世界だ。その手の使い手なのかもしれない。
遠くから彼女たちの会話が聞こえてくるような気がした。
「あの男、とんだ見込み違いでしたね、カーミラ様」
「あなたのせいでしょう、ベルゼブブ」
少年は走っていた。そして思うのは、ひたすらな恐怖、少し前にも似たようなことがあった。帝国の兵が攻めてきたのだ。その時、自分は
「おじいちゃん!!」
「行け!天使よ」
祖父の体をすくいあげるように救ったのは天使であった。ついで、ゴーレムの体に大量のナイフが飛び、それがゴーレムの体に接触したと思うと、盛大に爆ぜた。瞬時に砕け散る巨体に、唖然とする少年、
「さあ、救済しようではないか!それこそ我が神の望みなり!!」
「でもさぁ、これもニグンちゃんの尻ぬぐいでしょ」
現れたのは包帯を顔にまいた神官に仮面を身に着けた人物であった。
「ええい、黙れ、ヤルダバオト!!とっとと始めるぞ」
「はいはい~と、僕?もう大丈夫だからね~」
その仮面自体は不気味であるものの、かけられた声は優しく綺麗なものであった。そして彼が言った言葉、
(か…………み?)
何だか無性に記憶に焼き付く言葉であるように感じたのだ。
男は瞑想を続けていた。力とは安定した精神をもって初めて発揮するのだ。追い詰められた時に力を発揮するというのは、無力な子供の夢物語でしかないから。
男は強さを求めていた。その為に日ごろから、自分を強化する努力をしてきたのだ。剣の稽古に、暇ができれば、自分を強化できる可能性があるアイテムや装備を探して歩いた。
男は高みを目指していた。いつか、またあの男と戦い、勝利を得る為に、
その為に男は強さを得る為に手段を選ばなかった。野盗をしているこの一団にいるのも金払いがいいからだ。それだけだ。彼らの性欲処理に使われる女たちは哀れに思わない訳ではないが、ある程度のことは仕方ないで済ますしかない。自分には目的がある。ほかのことに割いている時間はないし、元々正義感がある方でもないのだ。
(ガゼフ)
いつかお前に勝利してみせると、日課の武器の手入れに入ろうとしたところで、現在の住居であるアジトが騒がしくなっているのに気付いた。遂に、正式な討伐隊でも来たのかもしれない。同時に好機だとも思える。強くなるためにはとにかく強者と戦うのが一番なのだ。相手に悪いが、自分の剣のため、錆となってもらおう。
(さて、と)
次に気になるのは今回、攻め込んできた相手がどれくらいの相手であるかということであった。この傭兵団崩れには戦争を生き抜いた古豪が何人かいる。すくなくともそいつらを相手にして、生き延びるくらいではないと、
(困る)
より強い相手が好ましいのだ。それだけ、濃厚な経験値となり、より自分の剣に磨きがかかるのだから。そしてその時は来た。
「ブレインさん!敵です!」
どうやら、それだけの相手ということなのだろう。興味が湧いてくる。
「人数は?特徴、使う武器は?」
「男女の二人組です。得物は」
剣を振り回す女に、曲がった刃物を使う男なのだという。2人とも仮面を身に着けていて、そして男の方の装は見たことがないというものであるという。それは自分の記憶にはあてはまらない者たちであったが、この世界は広い。
(俺の糧になってもらうぞ)
いつか、あの男に届くため、彼はいつも通り、愛用の刀をもって戦場へと向かうのであった。その足取りは非常に軽く、まるで、行きつけの酒屋に行くのかと、聞きたくなるものであった。
「行くか」
第3章は、あと1、長くても2話で終わる予定です。