カルネ村、奇怪な運命に巻き込まれ、本来であれば、消滅していたこの村はある人物がある計画の地としたことで、大きくその姿を変えていた。そしてその渦の中心にいるのは間違いなく、彼女であった。
エンリ・エモット
村娘でありながら、いや、辺境の村娘であったからこそ、彼女は運命というものに殺されるところであった。しかし、時を同じくして数奇な運命に巻き込まれた男との出会いが彼女のそれまでの在り方を変えていく。
彼女の朝は早い、正確な時間の概念がない世界ではあるけど、もしもそれがあるとしたら、彼女が起きているのはいつも午前5時にあたる時間だったりする。
「おはようございます。お嬢様」
まるでそれを待ち構えていたかのようにかけられる声、目覚まし時計には豪華すぎる程、透き通ったものである。発してのは、少々、風変わりなメイド服を身に纏う従者である女性。
「おはようございます。ルプスレギナさん」
そう、これも変化の一つと言えるだろう。彼女は別に資産家だとか、やり手の商人とかではないのだ。そんな彼女にメイドがついている。それはありえないことではあるのだけど、そのように感じているのはこの少女本人だけだったりする。
そんな少女、エンリは挨拶を返しながらも、目前のメイドの不可思議ともいえる体力の謎を考えてしまう。一応、彼女にも今は亡き、両親の形見たるベッドを貸し出して、休んでもらっているはずなのだが、彼女は決して自分と妹より先に寝ることはない。だというのに、いつの間にか起きているのだ。睡眠時間が足りているか心配になる。
「お嬢様?」
彼女が従者言葉を使うときは冷やかしだとか、からかいではなく、真に自分達を考えている時だ。何だというのだろうか?
「あの、何でしょうか?」
彼女はすかさず自身の頬を指で示してみせる。思わず自分の頬をさすってみれば、濡れていた。
「悪い夢でも見ましたか?」
そう言われれば、見たと言えば、見たわけだけどそれを表に出すわけにいかない。彼女に、恩人たるあの人にこれ以上迷惑をかける訳にいかないのだ。
「大丈夫です。きっと、ゴミでも入ったんです。結構あるんですよ、この辺りだと」
それも嘘という訳ではないし、あくまでにこやかな表情を心掛けて問題はないと告げる。その言葉を受けて、ルプスレギナは、少々怪しむ視線を向けて来るが、やがて納得したのかその瞳の線がゆるむ。
「分かったすよ。エンちゃんがそう言うなら、私は何もないっす」
「ありがとうございます。ルプスレギナさん」
「にしし、それにしてもエンちゃんの寝顔ぱねえっす。思わず襲いたくなる位っすよ」
一瞬、顔が熱くなりかけるが、なんとかこらえる。エンリは別にその手の趣味がある訳ではないが、これ程の美人にそのようなことを言われて、動揺するなというのが、難しいように思う。
「冗談はやめてください」
「もちろんすよ。というかそんな事すれば、今度こそ殺されるっすからね」
軽く、物騒なことを口走る彼女、そういえば、先日彼女たちの居住地である墳墓へと帰った際にキツイ処罰にあったと笑いながら話してくれたことがある。決して自分たちのせいではないと言ってくれるけど、それでも気になってしまうし、不安にもなる。
「ルプスレギナさんの方こそ大丈夫なんですか?私たちの」
そこで彼女は手を振ってみせる。本当に自分たちは関係ないと言ってくれているけど、それでもエンリにとっても他人事ではない。今ではエンリにとって彼女も、大切な家族だという認識なのだから。
「大丈夫っすよ、本当に私のドジっすから」
「何をしたんですか?」
「一言で言うなら、大人のあれっすね」
それを言われては、それ以上聞くことができなくなる。好奇心はうずくがそんな簡単に踏み込んでもいけない話題だと理解しているのだから。でも、1点だけ、気になるというか最早確信でもあるのだが、
「もしかして、それって」
「そうっすよ、アインズ様絡みっす!」
「本当に何をしたんですか?」
問いながらも、考えてしまう。あまり妹に聞かせられない事情、養父たるあの方の寝こみを襲ったのだろうか?
「違うっすよ。エンちゃんもムッツリすね~」
あっさり否定されてしまい、更にまるで、今の思考を読まれてようで、頬が熱くなる。彼女は続ける。その瞳はいつも見る、駄目なやつであった。
「もしかして、エンちゃん、私にお母さんになって欲しいんすか?それなら頑張ってアインズ様とハッスルさせてもらうっすよ?」
「違います!!」
まだ妹が寝ていることを急いで確認する。どうやら、今の会話は聞かれていなかったらしい。安堵すると同時に疑問が湧いてくる。そもそもあの方は骨だけの身なのだ。どうやって目前の彼女はあの方と子供を作るつもりだろうか?
(もうやめよう)
これに関してはあまり考えない方がいいだろう。それよりもやらなくてはならないことは沢山あるのだから。
(それに)
今日はその墳墓からこの村を訪れるという予定の方が何人かいる。その約束をたがえるなんてことは絶対したくない。
こうして、彼女の慌ただしい一日が始まるのであった。
賜りしは暖かなる施し
軽く身支度を済ませた彼女がまずやるのは朝食作りである、その為の食材を取りに行こうと、新しく作られた食材管理倉庫へと行こうとして扉を出た彼女を出迎えるのは、
「光の巫女たるエンリ様!!」
「エンリ様あああ!!!」
「巫女様ああああ!!!」
法衣服をまとった者達の土下座込みのあいさつであった。
(また変な呼び名が増えてる)
彼らのことも既にルプスレギナから聞いている。何でも新しい宗教団体であるそうな、正直、何の為の組織であるかはいまいち分からないが、それでもあの方がそうしようと決めたこと、そして彼らが、各地で困っている人々を助けているのは知っている為、何も言うつもりはない。唯一、立ったままでいる仮面をつけた女性に声をかける。
「ヤルダバオトさん、こういったことはやめてもらえませんか?」
「私もそういってんだけどね~ごめんね~エンリちゃん~」
「貴様!! ヤルダバオト!」
彼女の言葉に真っ先に反応したのは、土下座軍団の先頭にいた男、この一団のまとめ役である人物、ニグン・ルーインであった。
「エンリ様だろうが!!」
「うっさいニグンちゃん。そのエンリちゃんがやめてほしいってさ~」
「黙れ!!」
それはもう、飽きる程、何度も見た光景。団体のトップ2人による小競り合い、やがて
「テメエら!! お嬢になに群がってやがる!!」
新たにその場に来たのはジュゲム率いるゴブリン軍団であった。どういう訳か彼らは仲が悪い。なんでも親衛隊の座だとか、そんな訳の分からないものの為に争っているのだとか。
(ああ、もう)
何だか騒がしくなってしまったが、やる事は変わらない。
「朝食を用意しますので、ルプスレギナさん、ヤルダバオトさん。お手伝い、お願いできますか?」
「もちろんっすよ~ヤーちゃんもやるっすよね~?」
「そんな目で見ないでもやりますよ~」
今朝はパンにシチューの予定だ。火花を散らしている人たちは放置して、倉庫へと向かう。扉を開けると同時に冷気が彼女たちを襲った。
「冷えるっすね~」
ルプスレギナの言う通りである。この倉庫にはゴウンの部下であるあの男が実験込みで作成したというマジックアイテムが取り付けてある。その効果でこの空間全体が
「デミウルゴス様の事を考えても仕方ないっすよ。あの人、墳墓一の知恵者なんすから」
「ああ、あの悪魔ね」
ヤルダバオトは何か思い出したように、肩を震わせているが、何を思い出しているんだろう?
朝食のメニュー、最初は自分と妹に、ルプスレギナ、あとは最近この村に移った友人宅の5人分の予定であったが、ゴブリン軍団と魔導神教団の人たちが来ているので、彼らの分も用意しなくてはならない。パンもできることなら一から焼きたかったが、とても時間がない。あらかじめ用意してあるものを加熱して出すとしよう。
倉庫を見回して、必要な食材を取り出していく。野菜、まだ墳墓から提供された品ばかりであるが、いつかここも村でつくったもので埋めようと、村長を始め、村の人々全員の目標である。勿論、エンリの目標でもある。なんでもあの方がもといた国の物らしい。
「ルプスレギナさん、今日はどのお肉を使いましょうか?」
天井から吊るされる形で固定されている鶏やウサギを見て、彼女へと問いかける。ルプスレギナはこの手の目利きに優れているところがあるのだ。
「たぶんこれが一番の最適解っす!ヤーちゃんはどう思うすか?」
ルプスレギナに声をかけられた途端、仮面の女性が一瞬震えたように見えた。幻覚だろうか? 彼女はやや声をおぼつかせながらも返す。
「ちょっと、こっちに振るのやめてくれませんか。ルプスレギナさん」
困った様子を見せる彼女にルプスレギナはあくまで笑顔で続ける。心なしかそれは従者としての彼女のものであるような気がした。
「頼んだ呼び方と違うっすよ。ヤーちゃん?」
「………ルプスちゃん」
ヤルダバオトが諦めたようにそう呼ぶと、彼女の瞳はまたいつものように戻っていた。
「そうっす! そうっす! いい感じっすよ!」
その様子を見て、エンリは仲がいいのだろうと――いや、ルプスレギナのことだ、また何かしたのではないかと心配になってくる。
「ヤルダバオトさん?」
「何?エンリちゃん」
「ルプスレギナさんが何かご迷惑をおかけしたんじゃ」
「あ!エンちゃん酷いっす!私がいつ迷惑をかけたというんすか!」
彼女は心外だと訴えてくる。確かに大きなことはしてないが、普段やっていることを見ていると、まったくその行動に問題がないとも言えず、むしろトラブルメーカーだと言える人物だというのが、ここ最近ようやく分かった。それで、ヤルダバオトに何かしたのであれば、一応彼女の主人ということになっている自分が頭を下げるべきだ。
「いやあ、あれは私が悪いし、エンリちゃんが気にする事じゃないよ」
彼女は仮面越しでも苦笑しているとわかる声音で言ってくれたが、エンリとしては納得するわけにいかない。
「ですけど」
「でも、ありがとね」
「え?」
そう言われてしまえば、もうそれは彼女の問題だ。自分がこれ以上踏み込む訳にいかない。それでもほっておくという選択肢を選べる訳がない。
「何かあったら、言ってください。私の方からもきつくルプスレギナさんに言っておきますので」
「エンちゃん酷いっすよ~!」
両手を顔に当て、わざわざ泣き真似までするメイドのことは一旦視界から外し、ヤルダバオトへと笑いかける。
「ま、本当になにかあればね~」
その言葉は確かにクレマンティーヌの心に響いていた。彼女をそれまで狂戦士としていたのは、壮絶な過去が原因であり、肉親からの仕打ち、体を壊される拷問に、幼い心には負担が大きすぎる体験等々、そしてそういったことから精神の安定を図る為にも彼女は狂ってしまったと言える。
しかし、そんな彼女にも転機が訪れた。それは城塞都市での件で、ある支配者と遭遇したこと、彼が大切にしている者を傷つけたということと、本人にもある程度の傷を負わせたということで、世の闇を知り尽くした人間だと自負していた彼女を更なる闇へと誘っていった。
そしてそこで受けた更に恐ろしい出来事が彼女の壊れてた感性を修正するのに一役かった訳だ。そんな彼女が今、恐れている人物はまず、アインズ・ウール・ゴウンである。今でも、夢に出て来るのだ。あの、酷く焼けただれた顔で大笑いしている光景が。
次に恐ろしく感じているのは意外なことに目前のルプスレギナ・ベータであった。何故なら、その出来事の際にずっと自分についていたのが彼女であるからだ。許して欲しいと嘆願したときに見せた氷のような笑顔もまた忘れることができない。そして言われた。
『大切な妹を泣かされて、簡単に許す姉がいるのかしら?』
あの時は恐怖しか感じることができなかったが、今彼女に胸にあるのは、一種の寂しさ、そしてかすかながらの羨望であった。
確かに恐ろしくはあった。しかし、それは結局、それだけ目前の人物があの時戦った、気に入らない瞳の女――名をナーベラルと言うらしい――を大事に思っているということなのだから。もしも、自分が涙を流してもあの人は、あの人たちは少しも気にしないだろうし、むしろ何をしているのかと叱責することだろう。
だからこそ、エンリ・エモットの打算なしの心配が嬉しかったのかもしれない。話ではあの方の養子ということらしい。この少女とその妹を護る為だったら、これまで培った技術が役に立つかもしれないと、生涯初のことを考えるクレマンティーヌであった。
そして、そんなヤルダバオトが恐れるルプスレギナが何を考えているかというと。
(ルプスちゃんて、響き、新鮮でいいっすね~)
特に深く何かを考えているわけではないのである。彼女にとって、確かに先の件は許せないものであるが、既に済んだことでもあるのだ。それに今は監視期間であるものの、既に彼女はナザリックの一兵卒というのが、ルプスレギナの認識である。次に抱くのは親近感、彼女がしてきたことを聞いて、何となく気が合うのではと思い。いろいろ動いている次第であった。
必要な食材をそろえ、家の厨房に向かう。必然、その光景も見えてしまう。
「テメエらのようなヒョロガリ共にお嬢の護衛が務まるか!」
「筋力しか取り柄のない。低脳なゴブリン風情が何を言う!」
(まだやってる)
見れば、力比べをしているらしく、周囲からもそれぞれの大将を応援する声が聞こえる。
「ジュゲム隊長!」
「やっちまえ! ジュゲム」
「ファイトです! 団長殿!!」
「ニグン様!!」
「ニグンちゃんてさ~」
初めに口を開いたのはヤルダバオトであった。
「前々から思ってたけど、馬鹿だよね~」
「そうっすね~。ありゃ、阿保っすね~」
「そんな事」
しかし、それを否定はできなかった。筋力しかないと言っている相手に力比べを挑んだのが、そのニグン本人らしいのは、周囲の様子や、倉庫の中で聞いていた喧噪から察してしまったのだから。あまりにも失礼過ぎて、本人に合わせる顔がなくなってしまい、彼女は2人を促して、厨房へと向かうのであった。
調理を開始して、20分弱、人数にして、40人以上の分を用意しなくてならない訳だけど、ある程度料理に慣れている者が3人でやっているのが大きい。瞬く間にシチューが出来上がり、パンが焼きあがっていく。その匂いにつられたのか、
「お姉ちゃん、おはよう~」
目元を擦りながら、寝室から出て来る妹。それにそれぞれ挨拶を返す。
「おはよう、ネム」
「おはようっす!ネーちゃん」
「おはよう~ネムちゃん」
最後の声に反応するように覚醒した妹はその人物に喜びの声を上げる。
「ヤルダバオトさんが来てる!!」
飛びつこうとするのがすぐに分かったので、軽く牽制しなくてはならない。
「ネム! 今は調理中」
「は~い」
渋々、顔を洗いに洗面所へと向かっていく妹を見送り、再び彼女に謝る。
「すいません。妹が」
「別に気にする必要ないけどね~」
クレマンティーヌにとっては本当に気にならないことであった。これまで自分に向けられていた視線というのは、嘲るもの、嘲笑するもの、見下すもの、何の感情も込められていないもの、恐怖に染まったもの、憎悪を燃やすものといった負の感情ばかりであった。だからこそ、ネムが向けて来る純粋な親愛、尊敬してくれるものがありがたかった。以前、どうして自分にそれだけなつくのか聞いてみたことがある。返ってきたのは実に子供らしい答えであった。
『剣がすごい! 仮面がかっこいい! 目が綺麗!!』
特に最後の言葉が心に沁みたような感じがする。自分の目を見てそんな風に言ってくれたものなんて肉親ですら、いや、一人だけいたが、既にこの世にはいない。
歪んだクレマンティーヌを修正したのは、ナザリックの過剰すぎる対応、しかし、そんなものただのきっかけでしかない。真に彼女を救ったのは、優しさという強さを持つエンリと、無邪気に人を好ける純粋さを持ったネムという姉妹なのである。だからこそ、彼女は思ってしまう。彼女たち姉妹を護る為に死ぬのも存外、悪くないと。
顔を洗い終わって戻ってきた妹に姉はお使いを頼む。
「ンフィーとリイジ―さんを呼んできてくれる?」
「うん分かった! 行ってくるね!」
「ダメそうだったら私を呼びなよ~」
「は~い!」
元気よく手を振りながら、玄関から出ていく妹に仮面の女性は呑気に提案する。以前、どうしても研究が手放せないと出てきてくれなかったリイジーを力づくで引っ張りだしたのも彼女であるのだから。
料理はほぼ出来上がり、あとは人数分に取り分けるだけ。しかし、ここからが最大の難所と言える。
「2人ともお肉の配分、慎重にお願いしますね」
そう、これが、結構重要だったりとする。魔導神教団とゴブリン軍団、彼らは本当に些細なことで争う。自分たちに回された肉の量を互いに比べ、少しでも多かった方の一団が、揃って勝ち誇ったような顔をするのだ。真にエンリが必要としているのは我々だと、それでまた争うのだから呆れて声も出ない。
「ねえ、ルプスちゃん」
「なんすかヤ―ちゃん?」
二人がこそこそと何かを囁きあうように言葉を交わす。嫌な予感しかしない。
「ニグンちゃんの皿にさ……」
「いいっすね!」
「お二方?」
間違いなく、力ではエンリよりずっと上の2人がその言葉に肩を震わせ、反応する。一見ただの村娘である少女にそれだけの圧力を感じたのだ。
「食べ物で遊ばない」
「「はい」」
エンリはため息を突きたくなる。先ほどはルプスレギナがヤルダバオトに何かしたのではないかと心配したが、もしかしたら、トラブルメーカーが一人、増えただけかもしれない。それに、気になる事もある。
「どうして、ニグンさんのお皿に?」
それを聞いた二人、正確には1人は仮面で顔は見えないのだが、笑ったのだと確信できるほどにその声は弾んでいた。
「だって~ニグンちゃん」
「いいリアクションしれくれるっすもん、やっちゃうすよ~」
彼を不憫に感じてしまう。そんなに悪い人ではないというのに。ともあれ、盛り付けも終わりそうだ。
外に出てみれば、
「はん! テメエなんざこの程度なんだよ!」
「ぐぐ、私に力を! アインズ・ウール・ゴウン様! 光の巫女たるエンリ様!!」
「お!逆エビ固めっすか」
まだ彼らはやっていた。調理には30分程時間をかけたはずなのだが、その間ずっとこんな事をしていたというのだろうか?何だか呆れるやら、悲しいやらで頭を抱えたくなるが、ここでうずくまるなんてできる訳ない。
「みなさん?」
その声に双方の団体がようやく騒ぎをやめ、速やかにテーブルのセッティングをするのであった。
やがて、出来上がった朝食の場に、妹と薬師一家の2人も合流するのであった。
朝食、しかし、エンリにとってそれは単に食事の時間ではない。
「ヤルダバオトさん?教団の方は」
そう、この機会にいろいろ話を聞かなくてはならない。例えば彼女たちは普段、あちらこちらへと飛び回っており、こうやって朝食を共にする機会は珍しいのだ。ここ最近はこの村より、南東方向の竜王国辺りに行っていたらしい。
「そうだね~」
流石に食事の時は仮面を外している彼女は語ってくれた。あの国は近隣にビーストマンの国があり、彼らと戦争状態であると、人間の危機ではあるのだが、エンリが考えていたのは、別のことであった。
(そのビーストマンの国、食料が足りてないのかな?それとも)
その戦争の根本が何なのかどうにか推察しようとしていた。確かに人間としては冷血な思考であるが、彼女は自分の力というものを分かっている。無制限にすべて救えるなんて思ってはいない。だからこそ、その状況を変える方法を考えなくてはならない、と頭を回す。なんとか平和裏に解決できる方法を求めて。
「……そんな所だね~。また何人か拾ってくるかもだけど~」
「ありがとうございます。難民、孤児に関しては可能な限り受け入れていくつもりですので遠慮なくお願いします」
「おっけ~。分かったよ~」
そう、教団の働きでこの村の人口は少しずつではあるものの確実に増えていた。各地で住むことろをなくしたという人達、親を亡くした子供といった具合に、そういった人たちを回復したのち、村の労働力となる条件で受け入れていっているのだ。無論、元から住んでいる村人たち全員の合意はとってあるし、みんな笑って快諾してくれたゴウン様に少しでも恩を返すんだと。
そして、彼らの中にも薄々とゴウンとその墳墓の正体を察している者が出てきているらしいが、不思議と態度が変わることはなかった。疑問に感じて聞いたところ。
『エンリちゃんがあの方を信頼するといのであれば、それに従うだけだよ』
どうして自分なんかをそこまで信頼してくれるのだろうか?何度も言っているが、自分はただ、図々しい願いをして、結果的にあの方の心に傷をつけた愚か者だというのに。
そして、そうやって受け入れてきた人たちの住居に関しては空いた家に入ってもらっているが、それでも足りなくなってきてしまい。
「ジュゲムさん、工事のほうは」
ゴブリン軍団とゴウンから預かっているゴーレム達の共同で新しい家を建てたり、村の生活県内を拡張する工事など行っている。
「へい!お嬢、報告しやす」
話によれば、そのどちらも滞りなく進んでいるということ、もしも懸念をあげるとすれば、新しく移り住んできたものたちと元々、この村の習慣にずれがあるとのこと。心苦しいが、そこも修正してもらわなければならない。その件であれば、村長が協力を名乗り出てきてくれた。本当にありがたい。
「しかし、よろしいんですかい?」
ジュゲムが何か危惧しているようである。特に問題はなかったように思えるが。
「何がでしょうか?」
「いえ、お嬢の護衛の方は」
そのことだったら、本当に自分を気遣う必要はないというのに、
「だから言っているだろう!エンリ様の護衛ということでしたら、我が教団から選りすぐりを選抜いたしますとも!」
もう、条件反射というレベルでニグンが返してきて、再び、ジュゲムと火花を散らし始めた。
「いえ、大丈夫ですから」
「しかし!お嬢に何かあれば」
「私は神へと顔向けができない!」
2人とも何が何でも引き下がるつもりはないらしい。だからこそ、
(ごめんなさい)
「ルプスレギナさんがいるので、必要ないんです」
少々、きつめに言い放つ。衝撃を受けたように崩れる2人に、誇らしげに胸をはってみせるメイドがそこにいた。
「ンフィー、リイジーさん、いいかな?」
次に声をかけるのは、薬師である友人とその祖母だ。彼らは、なんでも新しいポーション作りに取り組んでいるのだとか、
「エンリ!ええっと。そうだね」
少し驚いた様子で彼は話をしてくれるが正直エンリには理解が追い付かない話でもあった。それでも研究が順調である事らしいことはなんとか分かった。
「そうなんだね、うん!頑張ってね!」
彼らのやっていることは文字通り専門職、一夜漬けで追いつけるものではない。だからこそ声をかけることしかできないのだが、
「!!!、頑張るよ!エンリ!」
「やれやれ、我が孫ながら、青いね」
なんだか高揚しているみたいな友人にそれを笑って見守っている祖母と、
(仲がいいんだろうな~)
そんな家族のやり取りを羨ましく感じるエンリであった。
墳墓からの客人Ⅰ+農園視察
その客人たちを前にして、ルプスレギナは思う。珍しい組み合わせだと、
「よく来てくれました。イブ・リムス様、それにシズさん」
「ああ、エンリも元気そうで何よりだよ」
「…………遊びに来た」
そう、吸血鬼の前任者に自分の妹だ。彼女たちが行動を共にするというのが、意外だ。いやもしかすると。
(シーちゃん、可愛いものに目がないっすからね)
彼女が普段見せているのは、幻術でそうみせているだけで、本来、かなり幼い容姿であることはナザリックの者であれば周知のことである。なんとかその姿を見たくて、くっついているのかもしれない。
「わ~い!! シズお姉ちゃんだ!」
年で言えば、わりかし近くに感じるからか、ネムはシズやエントマのことを気にいっているらしい。普段、あの子は墳墓の関係者は、姉に倣ってさん付けか、様づけがこの2人などは「お姉ちゃん」呼びだ。そして、妹たちもそんなネムのことは気に入っているらしく。
「…………うん、ネムに会いに来た」
躊躇なく、抱き上げて抱きしめている。その光景は微笑ましく、可愛らしいものである。
「~! 私も混ざりたいっす!」
そんな妹をネムごと抱きしめようとすれば、冷たい視線が飛んでくる。
「…………ルプーは来なくていい」
両膝、両手をついて、崩れおちてしまう。どうしてだ! 姉離れにはまだ早いだろう、我が妹よ。エンリとイブもその光景を見ていたが、不意に片方の様子が変わる。
「イブ・リムスさん?」
彼女は少し謝るとその場を離れ、やがて怒声が聞こえた。
「テメエ、それが物を頼む態度かよ!!」
体がこわばりそうになるが、なんとか抑える。
「まだ引きずってやがるのか! もう済んだ話だろうが!!」彼女は舌打ちをして、拳を握りしめる。「しっかり根に持ってんじゃねえか!」
どうやら、
「悪い、これから一度戻らないといけなくなってね」
「いえ、お気になさらずに」
実際気にすることではないし、もしも用事があるというのであれば、そちらを優先して当然だ。彼女は最後まで謝った後、その場を去っていった。その後ろ姿を見送りながら、メイド姉妹が言葉を交わす。
「あの様子だと」
「…………ウィリニタス様」
「間違いないっすね~」
それは先ほどの
ウィリニタス、その人物のことも一応聞いている。アルベドには姉がおり、その夫にあたる人だと言う。彼女が言うには、とても穏やかで優しい人だとの事。
(どんな人なのかな?)
その顔をルプスレギナに見られたらしい。彼女は笑いながら答えた。
「エンちゃん、一度会ってるすよ」
「そうなんですか?」
それはいつだろうか?何とか思い出したいが、その事に時間を取られるのもよくない。深く考えるのはやめて、ひとまずは自分と妹、そしてメイド姉妹2人を連れて、目的地へと向かう。
「これは姫様方、それに皆さんも」
迎えたのは、ドライアードであり、現在ここの管理者となっているピ二スンであった。現在彼女とその仲間たちが運営している農園は、現在のカルネ村の20分の1の面積を誇り、30本近い木が育てられている。今はリンゴしかないが、その内、他のものにも挑戦する予定であるようだ。それらの話を聞かせてもらいながら、頂いた果物の甘さに心が洗われるようであった。
「それでピ二スンさんたちのほうは何も問題ないかな?」
「問題など、姫様に満足していただける品をこれからも追求するだけでございます」
呼び方に関してはもう諦めることにした。予感がするのだ、それもとっても嫌な部類の。この先、自分の呼び名がさらに増えそうな気がしているのだ。もちろん、外れるのであれば、それに越したことはないのだが。
「そう言われてしまうと、正直困るのですけど」
そう、自分に尽くすというのは方向性が違うが、あの方の恩義に報いるため、働いている仲間なのだ。なのに、彼女はまるでそうするのが当たり前という態度、何も不満だとかをだけを聞いているのではない。より効率的な生産活動をしてもらう為にも、何とか意見が欲しいのだ。
「でしたら、これがあれば、もっとうまくできる!という事はありませんか?」
だからこそ、聞き方を変える。不満ではなく、要望、それもそれで自分が喜ぶんだと、口の動かし方や声音の出し方を細かく操作して絞り出す。それを受けて、ようやく彼女は少し考えるそぶりをみせ、やがて思い当たることがあったのか頭を上げる。
「それでしたら……」
彼女の意見をまとめると、こうだ。どうにもこの辺りの大地は栄養が少ないらしい。しっかりそれらしい不満があるではないかと言いたくなるが、なんとか堪えてルプスレギナに相談を持ち掛ける。彼女はすぐにある考えに行き着いたらしく、得意げに言ってみせる。
「だったら、マーレ様の出番すね!」
その名は聞いたことがあるし、一度会ってもいる。あのアウラの双子の弟である人物だ。何故か女装しているけれど、そういえば、姉の方は男装をしているし、まさかゴウンの趣味ではあるまい。だとしたら、
(あまり考えるのも失礼だよね)
あのゴウンを始め、何かと訳ありなのは知っている。多少のことは目を瞑っていくべきだ。というか、その事よりも、隣の彼女の普段の言動をどうにかしたいという気持ちの方が強い。
こうして、シズが話を通してくれるということなので、農園の視察は終了して、彼女も午後から仕事があるとのことなので、妹と惜しみながらも帰って行った。気づけば、もうすぐ太陽が、真上に昇る頃合いであった。
墳墓からの客人Ⅱ+傅く悪魔と広がる縁
一度、家に帰り3人で軽くお昼を済ませて、次の客人を迎える準備をする。といっても特別にやることはなく、埃がないか確認をするだけなのだが。掃除をしていると、外から土を蹴る、決して強くはない音が聞こえて来る。おそらくだが、妹とそんなに年が変わらない子が走って来ているのだろう。
「エモットさん」
聞こえたのは、まだ成長期を迎えていない、少年特有のやや高い声であった。誰なのか想像もつく、玄関を出れば、想定通りの人物。
「お疲れ様、カイル君。お手紙かな?」
「あ!カイル君だ~!」
妹は一応、同じ年ごろの異性だというのに、躊躇いなく抱き着き、そして顔を赤くさせる少年の姿にあらあらとつい笑いたくなってしまう。
「エンちゃん、その思考、おばさんそのものすっよ」
「ルプスレギナさん!」
一言彼女には文句を言って、少年へと向き直る。
カイル・レミーネ。
元々は近隣の村に住んでいたらしいが、法国の部隊、そして別の野盗たちの襲撃にあい、村が壊滅状態となってしまったので、祖父と共に最近、越してきた少年だ。現在はこの村に運ばれてくる荷物の受け取りだったり、手紙などの配達をしてくれている。
今回、来たのもその関係だったらしく少年はエンリへと一通の手紙を差し出してくる。その送り主は
トーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイム。
やはりあの人であった。彼は以前、友人であるンフィーレアと共にこの村へと訪れた貴族の若者である。彼はその時に見たこの村の光景が忘れられないのか、時折手紙をくれるのだ。
そして、彼の家が管理する土地、ビョルケンヘイム領とこのカルネ村で独自に金銭のやり取りがあった。今、この村で作っているもの。にわとりの肉や、卵、それにピ二スンたちがつくってくれるリンゴ等をその領地に売っているのだ。
その価格も決してこちらを馬鹿にしたものではなく、むしろ相場に色をつけて買ってくれるのだ。ゴウンにも一度、ルプスレギナ経由で確認をしたが、問題なく、好きにやってくれということであった。ビョルケンヘイムにしてもこの村で作っているものは美味しく、領民たちも喜んでいるとのことであった。
だとすれば、エンリに断る理由がない。何故かゴウンがそのビョルケンヘイムを気に入っている様子なのが不思議であったけど、自分の知らない所で知り合っていたのだろうか?
「では、お手紙を渡しましたので」
「うん、ありがとうねカイル君」
「ばいば~い、カイル君」
妹の言葉にやや顔を赤くしながらも少年は次の配達先へと向かっていく、それをエンリは微笑まし気に見送った。
そしてその人物もやって来た。
「お嬢様方、御変りないようで、ルプスレギナもよくやってくれているようだね」
「デミウルゴス様もお元気そうで」
「こんにちは! デミウルゴス様」
「はい、お褒めの言葉、ありがとうございますデミウルゴス様」
そこにいるのは、トラブルメーカーではなくて、正真正銘墳墓の支配者たるあの方に仕える高貴なるメイドそのものである。
本日3人目の来訪者、それは今朝ルプスレギナが話していた墳墓一の知恵者たるこの人物であった。彼の用事は早い話がこれからの村について、個人的な相談だったりする。自分の為に貴重な時間をかけてくれる彼には頭が上がらず、感謝の念が絶えない。
エンリは自分のワガママに自分が合わせたと思っている。しかし、デミウルゴスが彼女の相談に乗ったのにはちゃんとした理由があったりする。いや、もしなくても彼は仕える主の養女たるこの少女の頼みを断るなんてことはありえないことである。
こうして、少女と悪魔の打ち合わせもとい、勉強が始まった。どちらが教師でどちらが生徒だというのは、聞くこと自体野暮というものだろう。
その内容は農作物のことであったり、その人手の確保、身寄りのない子供の受け入れ先、村の拡張の方向性、村の防衛に関する事、余剰分の食料を売り出す計画であったりと、少々どころかかなり専門的な内容に、ネムは椅子に座りながら船をこぎ始め、ルプスレギナは早々に思考を投げだして、怒られることが分かっていながら、姉妹に対する悪戯を考え始める。
(流石ですエンリ様)
デミウルゴスは彼女に助言を与え、手助けしながらも彼女を称賛していた。本来、エンリ・エモットとは少々の畑仕事しか知識のない少女であったのだ。それが、この期間でたくさんのことを覚えて、そして主の助けにならんとするその姿は、自分は決して見る事は叶わないが、変わろうと図書館にて奮闘している主自身の姿と重なるのだ。しかし、彼女も年若い少女に変わりなく、ある事に気付くも
(これは、やはりアインズ様の前じゃないといけないようですね)
きっと、この少女はかの主の前じゃないと、それを見せてはくれないだろう。それでもそれが彼女の強さである事には変わりなく、悪魔はよりいっそうエンリへの忠誠を胸に誓うのであった。
墳墓からの客人Ⅲ+溢れたものは
デミウルゴスの授業、もとい相談も終わり、時刻はすっかり夕方である。いつもであれば、夕食を作る時間であったのだが、それは必要なくなってしまった。何故なら、
「ゴウン様!! アルベド様!!」
「お久しぶりです。ゴウン様、アルベド様」
「ああ、本当に久しぶりだな。エンリ、ネム」
「くふふ、2人とも元気そうでなによりだわ」
そう、あの騒動以来、久しぶりに恩人であるその方が連れの女性と共に来てくれたのだ。目的としては村の見回りであったり、今夜一緒に食事を摂ることになっている。骨だけの方がどうやって食事をとるのか気になるが、何でも専用のマジックアイテムがあるのだとか、やはり底知れない人物である。その人物がふと自分の顔を見たような気がした。
「?ゴウン様?どうかしましたか?」
「いや、少し話をしたいと思ってね」
「???」
しばらく、4人で歩いていた。ちなみにルプスレギナは休憩を貰ったということで、一旦、墳墓に帰っている。今頃は姉妹と時間を過ごしていることだろう。行先は養父たるこの方に任せてしまっているので、どこに行くのか分からない。
が、そこは勝手知ったる村である。その足取りが共同墓地へと向かっていると分かって、心なしか足取りが重くなったように感じる。その入り口付近でゴウンは突然、隣を歩いていた女性へと声をかける。
「アルベド、少しの間、ネムを頼めるか?」
「勿論でございます。アインズ様」
意味をすぐに理解するのは難しかった。それは妹も同じようで不思議そうに首をかしげていた。そんな妹に膝を下ろして、目線を合わせて、ゴウンは語る。
「すまないな。君のお姉さんと大事な話があってね、少しだけアルベドと待っててはくれないかな?」
優しく、決して高圧的にならないように言われ、妹も理解したのか。
「うん」
快諾した。その頭にゴウンは手をのせて軽く撫でてやる。妹は嬉しそうに笑っていた。
「ありがとう。ネムは良い子だな」
「えへへ」
こうして、アルベドと妹には墓地の入り口付近に待機してもらって、自分は養父と2人、墓地を歩いている。ここではじめて違和感に気付いた。自分はこの方に両親の墓の場所は言っていない。それなのに、まるで分かっているようにそこに向かうのだ。
「遅くなって申し訳ございませんでした。エモットさん」
今、自分が見ているのは、仮面と籠手を外して、実の両親が眠る墓に手を合わせ、黙祷をするゴウンであった。いや、瞼はないのだから、目を閉じることができないのだろうけど、それでも感謝はある。
この方がいなければ、自分はきっとそれまでと同じように生きるなんて選択肢取れなかっただろうし、そもそも生きてここに立つなんてこともなかった。だからこそ、この方が目指しているものの為、自分なりにできる事をしていく。それが自分の生き方なんだと改めて決意を抱いて、
「ところでエンリ?」
声を掛けられた。一体、話とは何だろうか?何か失敗をしたのだろうか?それとも、と他にもいくつか考えたがかけられたのはそのどれでもなかった。
「無理をしていないか?」
「えっと、急に何ですか?」
唐突な話であった。無理?自分が?それこそありえない、今の自分は幸せ者だ。妹、ルプスレギナといった家族に、村長を始めとして気心知れた村のみんなに、ジュゲム達ゴブリン軍団に、ニグンにヤルダバオトと言った魔導神教団の人たち、ンフィーレアにリイジーといった昔から懇意にしてもらっている人たちに、ピ二スンにカイルと新たにこの村に移り住んで来た人たち。何よりアルベドや目前のゴウンといった、人ではないけど、人以上に人らしい人達に見守ってもらっているんだ。これで、何か不満を抱えているんだというのであれば、自分は酷い人間だ。
「別に無理などしていませんよ。皆さんがいるのですから」
しかし、目前の人物はそれで納得してくれないのか、更に言葉を続ける。
「君は責任感が強い人なのだろう。だからこそ、弱音を吐かないのだろうな」
「いえ、ですから、無理はしていないと」
そこで、その方は自分の肩に優しく手を置いてくれた。骨だけであり、本来冷たいもののはずのその手は確かに暖かい熱を帯びており、安心感をくれるものであった。
「今は、ご両親の前だ」
「……いや……」
何故、ここでその事をあげるのか?ここは父母の墓なのだから当たり前なのに………
「それと……」
「…………」
それ以上言われると何故か自分が壊れそうな気がしていた。頼むからもう喋らないでほしいと、失礼ながら考えてしまった。
「今、ここにいるのは、私と君の2人だけだ」
「…………どうして?」
いけないと思いながらも涙が流れて、言いたくないのに、口が勝手に言葉を吐いていた。
「どうして!! お父さんとお母さんが殺されなくてはいけなかったんですか?!」
そう、あの人たちは決して人の恨みをかうようなことも神が罰を与えることもしなかったはずだ。ただ、自分たちと、その生活を守るために頑張っていただけだ。それなのに、それなのにだ!
「悪いことはしていないと! 私が証明できます! 何で、何で何で!?」
そして気付けば、その方に握り拳を両手で叩きつけていた。いけない、この方は恩人だ。これは単なる八つ当たりだ。最低な行為だ。理性では、頭では分かっているはずなのに止められなかった。
「何で?…………あんなことができるのですか?!あの人たちは……」
突き放しても誰も責めないのに、その御方は自分を優しく抱きしめてくれ、そして言ってくれた。
「時にはそうやって感情に任せてやらないと、心と体の均衡はいつか壊れてしまう。そうなった君を私は見たくないんだよ」
「……ゴウン様あぁ!!」
エンリはそれまで溜まっていた膿を全部、絞り出すように泣き叫んでいた。無理もない話だ。どれだけ、周囲から持ち上げられようと、彼女とて、まだ20年も生きていない少女である事に変わりないのだ。理不尽に奪われた大切な人たちのことを簡単に乗り切れるほど、彼女だって強くはない。
しかし、それを表に出すことができなかったのは、妹を始めとした守らなくてはならない人達の存在が大きかったのだろう。
アインズもまた安堵していた。始まりはルプスレギナからの報告であった。
『お嬢様が夜な夜なお一人で、泣いているみたいなんです』
それから、隠密能力に特化した者たちや彼の協力も得て、彼女が無理をしていると判断、こうやってこの場を設けたわけだ。思えば、彼女のその強さに自分も甘えていたかもしれない。
(まったく、何が養父だ)
これでは、後見人になった意味がないではないか、と自己嫌悪に駆られるが、そんなことをしてもこの少女はきっと自分のせいだと言うに違いない。
(本当、強い子ですよ。あなた方の娘は)
この世界では、死後の魂がどこに行くか、アインズには知りようもない事、それでもここにいるんだと信じて語りかける。
(この娘も絶対幸せにしますから、俺が目指す楽園で)
こうして、泣きじゃくる少女を支配者、ではなく、養父として流れる涙がとまるまで、なだめ続けるアインズの姿がそこにあった。
「すいません、お恥ずかしい所をお見せしましたね」
「構わないさ、親子なのだから」
どこまでも優しくしてくれるこの方には本当に感謝しかない。自分のせいでお召し物を汚してしまったというのに、魔法でどうにかなると笑っているのだ。
(頑張らないと)
だからこそ、この方の為、自分は尽くしていかないと何度目になるか分からずに決意を固める。そんなエンリにアインズが振ったのは、彼にしては攻めたものであった。
「そうだな、いっそ恋人でも作ってみてはどうかな?」
それはアインズなりに考えた結果である。新しく、共にあれる人物を作ってしまえば、いいのだ。別れとは出会いと同様のように、この世界もたくさんの人が溢れているのだから。そして、ここからだ。
「例えば、ンフィーレア君なんか将来、有望そうだぞ」
さりげなく、彼を応援してやるのだ。アインズは薬師であり、豊富な知識を持ち、鋭い慧眼を持ち、それでいて、それを鼻にかけない彼も気に入っているのだ。できることなら、恋のキューピットも悪くはないかもしれない。
しかし、エンリにしてみれば、それこそ今やることではない。自分は恩を返さなければ、ならないのだ。色恋に現を抜かしている暇はない。
「ンフィーは、…………違うと思うんですよね」
その言葉にアインズは彼に内心、特大のエールを送っていた。積極的にアタックをしないと、この娘、気づきもしないと、更に手強い娘はアインズにとっても特大の爆弾を放ってくる。
「ゴウン様こそ、アルベド様のこと、真面目に向き合ってあげてください」
「いや、アルベドはな、いわば、友人の娘のようなもので」
「血のつながりがある訳ではないんですよね?」
「ウグ!! それは、そうだが」
「アルベド様は本気でゴウン様を慕っています」
何だこの流れは、今、自分は養子に自分の色恋を促されているのか?
(まったく、何が養父だ)
あまりにも情けないではないか。アインズはエンリに不用意にこの手の話を振ることを気を付けようと決心した。
やがて、墓地の入り口へと近づいて、話し声が聞こえた。
「いいわよ~ネム、もう一回お願いできるかしら?」
「えへへ、大好き! お母さ~ん!」
「くふふ、いい子ね」
それまでの感情が一気にリセットされる感覚を味わうという非常に貴重な体験をさせてもらった。いくら、相手が合意していたとしてもだ、親を亡くした子供相手に何て遊びをしているんだと、アインズの怒気が高まる。
エンリもこれはゴウンが本気で怒っていると、この先の展開が見えてしまい。彼女へ哀傷の意を送る。
「アルベド、お前何してるんだ?」
「あ、アインズ様、これは……」
こうして少女の一日は終わりを迎えるのであった。
「申し訳ございません! アインズ様~!!」
魔戦士が望むもの
「さて、よく来てくれた。今は許そうクレマンティーヌ」
その言葉と共に頭を上げることを許され、目前の支配者へと向き直る。突然、呼ばれるとは何だろうか?失敗でもしたのか?何か機嫌を損ねてしまったか?できることなら、はやく終わって欲しい。
「お前の働きは聞いている。その上で話をしよう。私は奴隷を飼うつもりはない」
何が言いたいのだろうか?このプレイヤーは?
「働きには対価があって然るべきだ。給付金とは別にお前の願いを聞こうではないか、なんでもいいぞ?言ってみろ」
この支配者はなんと言った?なんでも?
「あの、それは」
「無論、あまり褒められたものではないことでもいいぞ、復讐に、殺人なんてな」
その瞬間、彼女の胸を占めたのは、肉親たちへの憎しみ、しかし、次に浮かんだのが、あの姉妹たちであった。
(もう、いいか)
思えば、そういった感情に支配されてきたからこそ、今までの人生だったのではないか?ならば、もう忘れてもいいだろう。次に浮かんだのは、姉妹の下の方、ネムに頼まれていたことだ。自分は危ないから、駄目だと言ったが、彼女も中々、引き下がる事をしなかった。
『私も、ゴウン様やお姉ちゃんみたいに、戦いたい!』
彼女は戦士向けではないが、そんな彼女だからこそ身に付けられる武器に戦い方というものがある。それを教えてやるのもいいかもしれない。勿論、養父たるこの支配者が許せば、だが。
「それでしたら……」
果たして、彼女の願いとは。
(そんなことでよかったのか?というか、ネムも無邪気に見えていろいろ考えているんだな)
それが、すべて終わったアインズの感想であった。別に彼女を試していた訳ではない。もしも、さっき、そういったことを望まれれば、その通りにするつもりであった。たとえ、派遣であっても、しっかり社員の気持ちを汲むのが、ホワイト企業の社長の在り方だ。
(にしても)
初めて会った時は、狂喜に満ちた顔をしていた彼女が、あんな表情ができるとは、人とは変わるものなのだと、いいや違う。
(姉に妹、やっぱりすごいですよ。あなた方の娘たちは)
そんな彼女を変えたであろう、姉妹の両親に敬意を払い、そしてその養父となれたことを誇りに感じ、彼女たちも必ず守っていくとアインズは静かに誓うのであった。
良ければ、同時投稿の人物紹介もどうぞ。